太平洋上に於ける日米の國際關係2022年09月23日 12:24

万国尽 亜墨利加人
 『對米國策論集』 國民對米會編 編者 葛生能久
 
 米國の東洋に對する野心 内田良平氏

 (三二五-三三七頁)
 第四 太平洋上に於ける日米の國際關係     2022.09.23

 今や日米の關係は、日露戰前の形勢に彷彿たるものがある。露國は日清戰爭に乘じて東清鐵道の布設權を獲得し、次で遼東半島を租借し、又た拳匪の亂に乘じて滿洲全部を占領し朝鮮に侵入して來たのであるが、米國は歐洲戰爭に際して『歐洲諸國間に關係する事に基因する戰爭其他一切の問題に對して亞米利加は關與せず』と云ふ。モンロー主義の國是を公々然と放棄して戰爭の渦中に投したのみならず、専ら國際政局の事件に干渉せざるなく、極東問題に關しては或は支那の利權を獨占せんとし、或は我が帝國が存亡を賭して占有せる滿洲の利權さへ奪取せんと企て幾回も提議を待ち出して來た。加之のみならずチエツクスロバツク援助と稱して西比利亞に出兵し、日本軍を誘ひ出して散々金を糜せしめて露人の恨みを負はせ、又支那を煽動しては萬國平和會議に駄々をこねさせ、自國の首唱せる國際聯盟は成立せる、自國は加入せず、華府會議を起して海軍の制限を行ひ、且つ我が小笠原島の防備に迄制限を加へたのである。此の會議は露國が日露戰爭後海牙に萬國平和會議を開いたのと同じ事であるのであるが、露國は戰に破れ威力が無くなつて居た爲め、具体的に何事も成し得なかつたけれども、米國は戰勝の餘威と戰争成金の勢であつて、高壓的に日本に命令し之れが異議を許さず、我が全權委員の態度は恰も法廷で審間せらるゝ被告人の樣であつたと米國新聞に赤恥を書立てられて居る。夫れ程彼れは傍若無人な振舞を爲し、我れは之れに屈從せしめられて居るのである。
 今や米國は華府會議に於て遺憾なく日本の弱點を知り、剰へ大震災によつて日本の國力が減殺せられた實狀を目撃したので、自家の野心を逞ふするには頗る都合よきことになつたと喜んで居るに相違ない。米國の野心は太平洋の制海權を握り、支那大陸の富源を占奮せんとするのである。從つて太平洋上に長蛇の如く横はり、支那大陸を抱擁して外壁狀をなせる日本は如何にも邪魔である。その日本が弱國であつて彼等の邪魔となれば何も問題は起らぬのであるが、日本は亞細亞の指導者を以て自ら任じて居るのみならず、日本の經濟は支那貿易を主とし日本の過剰人口は滿洲西比利亞に移住せしむるより外に適當の場所がない。場所はあつても濠洲の如く北米の今囘の排日の如く、絶對に我が移民は入國させぬのである。日本は自國存立の上より臥榻の側ら他人の鼾睡を許すことは出來ぬ。飽迄支那を擁護しなければならぬ擁護するに足る力を持て居らねばならぬ。然るに其の力を持つて居ることが彼等の眼の上の瘤である。殊に之れを國際間の關係より見れば支那大陸は世界列國の狙つて其慾を充たさんとする大餌食である然るに、日露戰前迄は之れを侵さんとする者は露國であつた。霧國に代つて脅威を爲して居た者は獨逸であつた。然るに何時も此等が壓力を撃攘して支那に全きを得せしめた者は日本であつて、列國中日本に同情する國も少なくなかつたが、今日では彼等自から取つて之れを喰はんとするので、之れが擁護者たる日本は、彼等に取り全く邪魔になつて來た。從つて日英同盟は廢棄せられ、英米兩國が協同して日本に當つて來ることになつたのである。之がため日本の立場は全く孤立無援の狀態となり危険千萬であるが、今や力強き與國を他に求めんとしても無いのである。夫れが無い以上は日本の運命は日本の自力によつて之を打開するより外他の方法がない。徒に英米に迎合して今日の危機を免がれんとするは却つて自ら穴を掘ると同じである。此際我が國民は須らく國難の來れることを自覺し、非常なる決心を以て之れに當る準備をせねばならぬ。
 元來米國の日本に對する政策は、自から戰はずして日本を屈服せしむべく、支那に於て日本の經濟的政事的地歩を失はしむることに腐心して居るのである。夫れであるから十數年以來滿洲中立問題及び同地に於ける各種の問題を起し、近くは新銀行團を組織し、或は支那人を煽動して排日排貨を實現せしめ、或は遼東還附を迫らせて居るのである。若し萬一我が日本にして遼東を還附するとなれば、南滿鐵道も同じ運命に陥り、日本人は滿洲より撤退せねばならぬことになる。日本が滿洲を撤退すれば、今度は朝鮮の獨立問題起して來ること、恰も往年露國が東洋の平和に害ありとして日本より還附せした遼東を取り、次で朝鮮に手を延ばした手段と同じ順序に出て來るに相違ない、露國は嘗て朝鮮に於て一人の居留民を有せず一厘の借款をも有せざるに拘らず、幾萬の居留民と巨額の借款を有し且つ數千年來の古き關係ある日本を無視して、我が儘勝手なる行動を取つたのである。近未來米國が支那問題に關して帝國に加へ來れる行動は、日露戰前の露國と殆んど同一行動である。米國は支那に對して大なる利害關係を持つて居ない。彼の國の支那に貸付けたる借款は僅かに壹千九百九十二萬圓に過ぎざるに對し、我が日本は六億六百貳拾萬圓の大借款を持つて列國中第一位に居るのである。第二は英國の四億参百五十萬圓、第三位は露國の三億三千七百七十六萬圓、第四位は佛國の二億九千七百十四萬圓、第五位は白耳義の八千七百二十三萬圓であつて、米國は實に第六位で一番少ないのである。如斯く利害關係の薄弱なる米國が横暴極まる行動に出て日本の支那に於ける地位を根底より覆さんとして居るのは決して利害關係などゝ言ふ如き生ま温るき考から出て居るもので無いことが分るのみでなく我が帝政をも咒ふのから出て居るのである。此の點は我が國民の特に老慮を要すべきことである。
 米國が計畫せる如く我が國民が支那大陸より駆逐せらるゝやうな事になる場合には吾人は武力に訴へても斷然之を防禦しなければならぬ。其の時亞米利加一國のみを相手にするのであれば少しも心配はない。縱令海軍が十對六であつでも、猛虎の群羊を驅るが如く打ち拂ふことは困難でない。然るにいざ戰爭となれば。英露兩國も米國に加擔し支那も加擔す恐れがある。現に英國の如きは日英同盟を繼續した時でさへ米國を除外する攻守同盟であつた。況んや其の同盟を棄て米國と協力して、日本の海軍を制限し、陸軍迄制限せんと企てゝ居る今日であるから、米國に加擔するのは豫定の行動とせねばならぬ。次に露西亞は共産主義の本家亞米利加は資本主義の本家で、氷炭相容れざる兩國が聯合する筈が無いと思ふ人もあらんが、是れは空ら頼みに過ぎない。否な正に其の虞れがある。米國と露両亞だけならば資本主義と共産主義と相容れざる國柄で、露両亞は屡々米國に赤化を試み、米國は大々的之れが排撃を斷行したこともあるが、日米互に戰端を開く場合に至れば、米國が常政を咒ふ以上に常政を希望せざる露國は、米國に加擔して、先づ日本を倒さんとして來るのは見易き道理ではないか。又た露國は米國と主義上の爭闘戰を行ふにしても、露米兩國間に日本の横はつて居るのは邪魔であるから、此の點からしても先づ邪魔物から除かんが爲めに兩國が協同して來るのは豫じめ覺悟して置かねばならぬ事である。既に英米兩國の協同丈けにて大敵であるのに、更に露西亞を加ゆるに於ては、獨逸が英、佛、白、露、伊、米等を敵として戰つた以上の強敵である。之に加ふるに支那迄も米軍に参加することになつたならば、日本愈々以て苦戰の位置に立たねばならぬ。然らば支那が何故に唇歯輔車の關係ある日本に與みせずして米國に加擔するかと云へば、日米戰爭の原因は必らず支那問題より起るからである。其の起る所以は米國は陰に陽に日本の既得權を奪はんとして支那人を煽動し、前に述べたる通り、遼東の回収、滿鐵の回牧、其の他總ての利權を悉く回収せしめんとして支那人と迫らするのである。日本が若し之を肯ぜざる時は支那から日本に反抗せしめ、米國は知らぬ顔して仲裁に這入り、何處迄も支那の主張を助けやうとするであらう。夫れでも日本が承諾せざるに於て其次は日米戰爭と來るのである。米圃の計畫は箇樣なる段取りをして居るのである。事此に至れば我國は戰はざるも亡びるのである。我々日本國民は座して亡ぶるを待つよりも戰つて運命を開拓するの外生きるの道がないのである。故に我々國民は今日より戰ふべき決心を以て經濟上に政治上に總ての準備が必要である。  私は今日迄の日米關係によつて將來を卜するに、大正十七年頃には戰を開かなけれならぬことになるであろうと考へて居る。此の豫想は筮竹を以て卜なつたのではなく矢張り日露戰爭の前例から割出して居るのである。日露戰爭の動機は拳匪の亂、後露酉亞が滿洲から撤兵せぬ爲めにあつたが、其の間拳匪の亂から四年目であつた。日米戰爭は移民排斥の法律を定めた今年より四年目位には必ら衝突を免れざる幾多の問題が存在して居るから私は斯く考へて居るのである。
 私は明治三十一年より露酉亞の亡國を唱へ、三十四年に露西亞亡國論を著はして發行禁止の厄に遇ひ、再び露西亞論を著はして露酉亞帝國の滅亡すべき幾多の原因あることを説いたが、果せる哉露西亞帝國は私の説いた通りの順序を以て滅亡した。日米戰爭も恐らく適中して米國は日本と戰つたが爲めに内亂がを生じ、米國の資本家政治は亡びることになるのであらう。古より日本と戰つた國が永續した例はない。世界の殆んど半ば以上を征服して居た元帥即ち蒙古帝國でさへ日本に攻めで來て敗れ、間もなく亡びた文祿の役が我が豐太閤と戰つた明朝も之れが爲めに亡び清朝も亡びた。露西亞帝國も亡びた。獨逸帝國も亡びた。今度は米國も聯合して來るならば來たが好い。此の戰爭は勿論乾坤擲の大難ではあるが、吾人は最後の一人迄戰つて居たならば彼等の國々は必らず亡びるに相違ない。併しながら是れは唯だ我々國民の努力如何にある。我々國民は今日より擧げて其の準備にかゝらねばならぬ。世界の氣運は既に彼等を亡ぼすべく吾人を驅つて最後の無臺に上らしめて居るのである。
 歐洲戰爭の如き千二百九十萬の人命を失ひ、土地の荒廢に歸するものゝ損害價格二百九十九億六十萬弗、生産阻碍に由る損失額四百五十億弗、船舶の喪失壹千三百萬七十六百五十噸で、直接の戰費一千八百三億三千三百六十三萬七千九十七弗、間接の戰費一千五百十六億四千六百九十四萬二千五百六十弗、戰費合計三千三百七十九億八千五十七萬九千六百五十七弗であると計へられて居る。箇樣な巨額の財力を失ひたる歐洲諸國今尚ほ米國に對して二百億弗の負債を持つて居る。此の負債は何れの時支拂の付くものであらうか。其の支拂の道が付かぬから獨佛間のゴタゴタも止まない。列國と露酉亞との國交も回復せられぬのである。要するに世界の平和は借金ゆへに之れを期待することが出來ぬのである。露西亞が共産主義を實行したのも、二百億留以上の内外債を持つて居る露西亞としては此の債務を破棄する外國民の福利を囘復することが出來ぬからである。共産主義は結局此の借金踏み倒しの口實として其の學説を拝借したのである。露酉亞は共産主義と稱して居るけれども、其の實は猛烈なる國家主義ではないか。寡頭専制政治ではないか。是れ等の實情を知らず共産主義の露國を崇拝して居る連中が我國に少なくないと云ふは何んたる悲けないことである。露西亞は借金を踏み倒さねばならぬ必要があるから共査主義を唱導するのである。之れに反し日本は國が小さくて露國の如く幾百億と云ふ借金を作ることが出來ぬから借金踏み倒しの共産主義などは必要ないのである。日本に必要なるものは唯だ列國の領土を開放して過剰人口の移住を自由にさするにある。然るに我が日本は其の領土を開放さすることが出來ざるのみならず、、却つて到る處に閉鎖され排斥され侮辱されて居る。斯くても尚安閑として居ては、日本存立の上から計りでなく、世界平和の爲めにも寔に不忠實なるものと謂ふべきである。
 私は思ふに世界の平和を永遠に確立するには、國際間に於ける一切の債権債務を帳消しと爲し、同時に各國の領土を解放しで相互國民の居住を自由にせしむるの外眞の平和を招來する道は無いのである。米國の如きは口に世界平和を説くよりも先づ己れの債権を棄て巳れの國を開放するが世界平和の早道である。然るに彼は此の債権を笠に着て、列國の間に横暴を縱にして居るのである。己れの國は閉鎖して東洋人入る可からずと拒絶しながら、東洋へは機會均等門戸開放などゝ稱して勝手な開放を迫り之れが侵略を企てて居る。日本國民たる者此際東亞百年の爲に眞に遠大の計畫を立てやうとするならば、宜しく起つて一切の債権破棄と領土の開放とを列國の間に提唱すべきである。勿論露西亞や支那に對する自國の債権は棄てゝかゝらねばならぬ。然らぱ列國も敢て異議を挟む者はあるまい。日本の刻下の國情に於て、十億近き債務を棄てることは甚だ苦痛なるが如きも、世界の戰渦を未然に防ぎ、平和を永遠に確立する代償としては頗る低廉なるものではないか。若し夫れ米國が日本の微弱なるを侮り之れに應ぜざるに於ては、斷然膺懲することも容易である。何となれば支那は勿論列國も亦た初めて日本の正義を認め、米國と行動を共にする者は無い事になるからである。今や世界は最後の闘爭期に達して居る。其の闘爭を未然に防ぎ永遠の平和を確立するを得るに於ては、日本の功績は赫々として人天に輝くのみならす、長へに世界人類渇仰の的となるであらう。

引用・参照・底本

『對米國策論集』 國民對米會編 編者 葛生能久 大正十三年十二月二十五日發行 發行所 讀賣新聞社

(国立国会図書館デジタルコレクション)

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