インドの外交姿勢2024年10月03日 17:08

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【概要】

 インドの外務大臣であるスブラマニヤム・ジャイシャンカル氏は、2024年9月にアジア・ソサエティ政策研究所での講演で、インドの中国に対するバランス外交について説明した。彼は、現在の世界を形作る三つの大きなトレンドとして、「再均衡」、「多極化」、「複数国間の協力」を挙げた。これらは、西側以外の国々の台頭、新たな独立プレイヤーの創出、そして限られたグループの形成を意味する。

 インドは、これらのトレンドを中国に対するバランス外交において活用している。例えば、再均衡の例として、インドが国連安全保障理事会(UNSC)の常任理事国入りを目指していることが挙げられる。これは、インドがグローバルサウスの声としての役割を果たし、米中間の新冷戦における独立したプレイヤーとして自立していることを証明するものである。また、四国協力(Quad)などの枠組みは、限られたグループの形成を示している。

 さらに、ジャイシャンカル氏は質疑応答で、「インドは複数のことを同時に進めることができる」と述べ、中国主導のBRICSや上海協力機構(SCO)に所属しつつも、インドが他の多国間枠組みにも積極的に参加していることを説明した。彼は中国がアジアで単極的な支配を目指している可能性があると示唆し、インドにとって中国との関係はアジア、ひいては世界の将来に大きく影響を与えると述べている。

 インドと中国の間には未解決の国境紛争があり、これが両国関係を悪化させている要因の一つである。また、中国とパキスタンの経済・軍事協力もインドにとって懸念事項となっており、特に中国の「一帯一路」構想の一環である「中パ経済回廊(CPEC)」がパキスタンが実効支配しているインドの領土を通過していることが問題視されている。

 ジャイシャンカル氏は、中国がインドのUNSC常任理事国入りを妨げていることも指摘しており、この問題がインドの国際的な影響力にとって障害となっていると考えている。しかし、インドの巨大な人口や経済力により、すでに多極化の進展に影響を与えているため、この目標が達成されなくても影響は限定的であるかもしれない。

 最終的に、ジャイシャンカル氏の講演からは、インドが行う全ての外交活動は、中国がアジアで支配的な地位を確立し、最終的に米国と協力して世界を分割しようとする可能性を警戒しているということがわかる。
 
【詳細】

 ジャイシャンカル氏の講演と質疑応答は、インドが中国に対して取っているバランス外交の背後にある深層的な理由や考え方を明確に説明している。インドの外交政策は、単に中国との競争を超えた、広範な地政学的・戦略的目標を含んでおり、特に中国がアジア全域で主導的な立場を築くことに対して懸念を抱いている。

 1. 再均衡、多極化、複数国間の協力という三つのトレンド

 ジャイシャンカル氏が挙げた「再均衡」「多極化」「複数国間の協力(プルリラテラリズム)」は、インドの外交戦略の中核をなすものである。これらのトレンドは、インドが中国とのバランスを取るために活用している基盤であり、それぞれが重要な役割を果たしている。

 ・再均衡:世界の力のバランスが西側諸国から非西側諸国にシフトしつつあり、インドはこの流れの中で大国としての地位を確立しようとしている。その象徴的な目標が、国連安全保障理事会の常任理事国入りである。中国は既に常任理事国であり、インドにとってこれは中国と対等な立場に立つための重要なステップとなる。

 ・多極化:インドは一極的な世界を避け、複数の大国が並立する「多極的」な国際秩序を支持している。中国がアジアにおける単極的支配を目指しているとインドが疑っている背景には、この多極化を守りたいという強い意志がある。もし中国がアジアを支配することになれば、世界全体の多極化プロセスが損なわれ、再び米中の二極化に戻る危険があると考えられている。

 ・複数国間の協力(プルリラテラリズム):インドは、クアッド(Quad)やBRICS、上海協力機構(SCO)など、複数の国が参加する枠組みに積極的に関与している。これらの枠組みを通じて、インドは中国の影響力を制限しつつ、他の国々と共に多様な目的を達成しようとしている。特にクアッドは、インド、アメリカ、日本、オーストラリアという四か国が中国を牽制するために結成されたものであり、BRICSやSCOが中国との協力の場である一方、クアッドはその対抗手段となっている。

 2. インドと中国の未解決の課題

 インドと中国の関係は複雑であり、主に次の三つの問題が緊張の原因となっている。

 ・国境紛争:インドと中国はヒマラヤの一部で長年にわたる領有権争いを続けており、これが両国関係に大きな影を落としている。2020年のガルワン渓谷での軍事衝突がその一例である。領土問題が解決されない限り、両国の関係は根本的に改善されない可能性がある。

 ・中国-パキスタン経済回廊(CPEC):CPECは中国の「一帯一路」構想の旗艦プロジェクトの一つで、パキスタンを通じて中国と西アジアを結ぶ重要な経済回廊である。しかし、この回廊はパキスタンが実効支配するカシミール地方を通過しており、インドはこの地域を自国領土と主張している。そのため、CPECはインドにとって領土主権に関わる深刻な問題であり、インドと中国の対立を深めている。

 ・中パ軍事関係:中国とパキスタンは緊密な軍事協力関係にあり、これはインドにとってさらなる脅威となっている。インドは、パキスタンとの対立において中国がパキスタンを支援することを強く警戒しており、この軍事関係が両国間の緊張を増大させている。

 3. 国連安全保障理事会(UNSC)常任理事国問題

 インドは長い間、UNSCの常任理事国入りを目指してきたが、中国がこれに対して強い反対を示している。インドが常任理事国入りを果たせば、中国に対抗する国際的な影響力が増し、特に国際政治の舞台での発言力が格段に向上する。ジャイシャンカル氏は、中国がこの問題においてインドの台頭を妨げていると示唆しているが、国際社会におけるインドの重要性が増す中で、この妨害も今後難しくなるだろうと指摘している。

 4. プルリラテラリズムと多国間外交の意義

 ジャイシャンカル氏は、インドが複数の国際的枠組み(プルリラテラリズム)に積極的に参加することが、中国を牽制するための重要な手段であると述べている。クアッドのような枠組みに参加することで、インドは中国の影響力を制限し、アジア全域の多極化を促進することを目指している。さらに、インドは人口や経済規模の大きさを背景に、すでに多極化プロセスに影響を与えており、たとえ常任理事国になれなくても、実質的な影響力を持つことができるとされている。

 5. インドの戦略的懸念

 ジャイシャンカル氏の発言によれば、インドは中国がアジアで支配的な立場を確立し、それによってアメリカと協力して世界を二分することを警戒している。つまり、中国がアジアで単極的な支配を確立すれば、かつての米ソ冷戦時代のように、米中の二極体制が復活することを恐れているのである。このような中国の野望を警戒することが、インドの外交政策全体に影響を与えており、そのバランス外交の背景にある根本的な懸念となっている。

 結論

 ジャイシャンカル氏の講演から明らかになるのは、インドが現在取っている外交政策のほぼ全てが、中国との競争を背景にしたものであり、特に中国がアジアで支配的な地位を確立することを防ぐためのものだということである。インドは、再均衡、多極化、複数国間の協力を通じて、自国の影響力を強化し、中国との対抗を続けながら、多極的な世界秩序の構築を目指しているのである。
 
【要点】

 1.三つのトレンド

 ジャイシャンカル氏は、世界を形作る三つのトレンドとして「再均衡」「多極化」「複数国間の協力(プルリラテラリズム)」を挙げ、これらがインドの中国に対するバランス外交において重要な役割を果たしていると説明。

 2.再均衡

 インドは国連安全保障理事会(UNSC)の常任理事国入りを目指し、中国と同等の地位を確立しようとしている。これがインドにとって中国との競争における戦略的目標の一つ。

 3.多極化

 インドは多極的な国際秩序を支持し、中国がアジアで単極的な支配を確立することを防ごうとしている。中国のアジア支配は、世界の多極化を阻害し、再び米中二極体制に戻る恐れがある。

 4.複数国間の協力(プルリラテラリズム)

 インドはクアッド(Quad)などの多国間枠組みに積極的に参加し、中国の影響力を制限しながら、他国と協力して地域的な安定を図っている。

 5.インドと中国の未解決の課題

 ・国境紛争:ヒマラヤの国境争いが続いており、2020年のガルワン渓谷での軍事衝突などが緊張を悪化させている。
 ・中国-パキスタン経済回廊(CPEC):パキスタンが実効支配するインド領を通過するため、インドはこれに反対。
 ・中パ軍事関係:中国とパキスタンの軍事協力がインドにとって脅威。
 
 6.UNSC常任理事国問題

 インドは常任理事国入りを目指しているが、中国がこれを妨げている。インドは世界的な影響力を高め、国際的な支持を得て中国に圧力をかけようとしている。

 7.プルリラテラリズムの重要性

 インドは複数の国際的枠組みに参加し、特にクアッドのような限定的な目標を持つグループで中国に対抗しつつ、影響力を拡大している。

 8.中国に対するインドの戦略的懸念

 インドは、中国がアジアで主導的な地位を確立し、その後米国と世界を二分することを恐れている。これがインドの外交政策の基本的な懸念となっている。

【引用・参照・底本】

Jaishankar Hinted At The Rationale Behind India’s Balancing Act Vis-à-Vis China Andrew Korybko's Newsletter 2024.10.03
https://korybko.substack.com/p/jaishankar-hinted-at-the-rationale?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=149743933&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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