イエスは何人?2024年11月27日 14:50

Microsoft Designerで作成
【概要】
 
 フィリップ・C・アルモンド教授が執筆したこの記事は、イエス・キリストが「パレスチナ人」と呼ばれるべきかどうかという議論について解説している。Netflixの新作映画『Mary』の配役に関する論争がこの議論の背景となっており、イスラエル人俳優がマリアとヨセフを演じることへの批判が起きている。この批判は、マリアとヨセフ、そしてその息子イエスが歴史的に「パレスチナ人」と見なされるべきだとする立場に基づいている。

 イエスの地理的背景と時代背景

 イエス・キリストは、新約聖書によれば紀元前4~6年頃、ヘロデ大王の統治下でベツレヘムで生まれたとされる。当時、ベツレヘムはローマ帝国が支配するユダヤ(Judea)に属していた。ユダヤは、古代イスラエルの部族の一つであるユダ族が定住した地域であり、ローマ時代には「ユダヤ人」(Yehudi)という名称が用いられていた。

 「パレスチナ」という名称の由来と変遷

 「パレスチナ」という名称は、紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスの記録に初めて登場し、「パレスタイン地方(Palaistinê)」と記されている。この名称は、エジプトとフェニキア(現在のレバノン)の間にある地域を指していた。その後、ユダヤはローマ帝国の支配下で名称が変遷し、132~135年のバル・コクバの乱後、ローマ皇帝ハドリアヌスがユダヤ(Judea)を「シリア・パレスティナ」(Palestinian Syria)と改名した。この改名にはユダヤ的な要素を排除する意図があったと考えられている。

 現代の地理的・政治的文脈

 現代では、ベツレヘムはイスラエル占領下の西岸地区に位置し、パレスチナ自治区の一部と見なされている。このため、現代の地理的な基準ではイエスは「パレスチナ人」とも言えるが、彼が生きた時代には「パレスチナ」という政治的単位は存在していなかったため、歴史的には「ユダヤ人」として定義されるべきであると指摘されている。

 論争の意義

 この記事では、イエスがユダヤ人であると同時にパレスチナ人と呼ばれる可能性について、当時の地理的名称の変遷や現代の政治的文脈を考慮しつつ説明している。ただし、歴史的事実を現代の地政学的状況に照らして解釈することは「文化的・政治的な盗用」となる可能性があると警告している。

 結論

 イエスはその時代背景において「ユダヤ人」であり、地理的に見れば現代の基準では「パレスチナ人」とも言える。しかし、当時の地理的名称や政治的単位は現代とは異なるため、このような議論は歴史的な事実と現代の政治的議題の交錯を示している。アルモンド教授は、イエスが「ユダヤ人」であり「パレスチナ人」とも呼べる可能性を認めながら、人類の共通性と歴史の変遷が作り出す分断を乗り越える重要性を説いている。

【詳細】

 イエス・キリストを「パレスチナ人」と呼ぶ問題について、歴史的・宗教的・地理的・政治的側面をさらに詳細に掘り下げて説明する。

 1. 歴史的な背景

 イエスの生誕地と時代背景

 イエスはローマ帝国の支配下にあったユダヤ(Judea)のベツレヘムで生まれた。この地域は、紀元前63年にローマに併合されるまでは、ヘブライ人による独自の王国(イスラエル王国、続いてユダ王国)が存在していた。

 イエスの時代には以下の状況が見られる。

 ・政治的支配:ローマ帝国がこの地域を統治しており、ヘロデ大王(ユダヤ人の王)とその後継者がローマの傀儡政権として統治していた。
 ・宗教的背景:この地域の主要な宗教はユダヤ教であり、イエス自身もユダヤ教徒であった。
 ・地名:イエスの時代、地名として「パレスチナ」はまだ広く使われておらず、「ユダヤ」(Judea)、「ガリラヤ」(Galilee)、「サマリア」(Samaria)などの名称が用いられていた。

 ローマ帝国と地名変更

 イエスの死後約100年、132~135年の「バル・コクバの乱」(ユダヤ人の反乱)鎮圧後、ローマ帝国はこの地を「シリア・パレスティナ」と改名した。この改名には、ユダヤ人の民族的・宗教的アイデンティティを消し去り、地域の住民を分断する意図があったとされる。この改名は、ギリシャ語やラテン語で古代ペリシテ人(Philistines)を表す「Palaistinê」に由来している。

 2. 「パレスチナ人」という用語の現代的文脈

 現代の「パレスチナ人」という用語は、20世紀初頭以降に形成された政治的・民族的アイデンティティを指す。この背景には以下の要素がある。

 ・オスマン帝国時代: パレスチナの地名は、オスマン帝国支配下でも行政区分の一つとして用いられていたが、特定の民族を指すものではなかった。
 ・英国委任統治時代(1917~1948年):イギリスがこの地域を統治した際、「パレスチナ」という地名が広く使われるようになった。この時期にアラブ系住民は自らを「パレスチナ人」と呼び始めた。
 ・1948年以降:イスラエル建国とパレスチナ難民問題の発生により、「パレスチナ人」という用語はアラブ系住民の民族的アイデンティティとして確立された。
 
 3. イエスを「パレスチナ人」と呼ぶ議論の背景

 イエスを「パレスチナ人」と呼ぶ主張は、以下の理由で論争を引き起こしている。

 地理的根拠

 ・イエスが生まれたベツレヘムは現在のパレスチナ自治区の一部であり、現代の地理的な基準で見ると「パレスチナの地で生まれた」と解釈することができる。
 ・一方で、歴史的文脈では、この地域は当時「ユダヤ」または「ガリラヤ」と呼ばれ、住民もユダヤ人として知られていた。したがって、地理的呼称を歴史的アイデンティティと混同することは問題がある。

 民族的・宗教的アイデンティティ

 ・イエスはユダヤ教徒であり、宗教的にはユダヤ人としてのアイデンティティを持っていた。
 ・現代の「パレスチナ人」というアイデンティティは、20世紀以降のアラブ民族主義の中で形成されたもので、イエスの生存時には存在していなかった。

 政治的利用

 ・イエスを「パレスチナ人」と呼ぶ主張は、しばしばイスラエル・パレスチナ問題の文脈で利用される。特に、パレスチナの支持者がイエスを象徴的な「パレスチナの殉教者」として扱うことがある。
 ・これに対し、ユダヤ人の立場からは、イエスの民族的・宗教的アイデンティティを否定する試みとして批判される。

 4. 専門家の見解

 イエスの二重性:歴史的ユダヤ人と普遍的存在

 ・歴史的事実に基づけば、イエスは「ユダヤ人」であるとするのが正確である。彼はユダヤ教の伝統の中で生まれ、その教えを広めた。
 ・同時に、キリスト教が世界宗教となったことで、イエスはユダヤ人という枠を超えて「普遍的な存在」として再解釈されてきた。この視点から見ると、イエスを特定の民族や地域に帰属させることは、その普遍性を制限する可能性がある。

 地名の変遷とアイデンティティの関係

 ・イエスの時代に「パレスチナ人」というアイデンティティは存在していなかったため、歴史的文脈を無視して現代的な地理的概念を適用することは不適切であると考えられる。
 ・一方で、現代の地理的・政治的基準で「パレスチナ人」と呼ぶことは可能だが、それは歴史的アイデンティティではなく、象徴的な表現としての意義にとどまる。

 5. 現代の議論の影響と結論

 イエスを「パレスチナ人」と呼ぶことの問題は、単なる歴史的事実の解釈を超えて、以下のような現代的な課題に関わる。

 ・歴史の再解釈と政治的利用: 歴史的人物のアイデンティティを現代の地政学的文脈に当てはめる試みは、時に政治的議論を助長する。
 ・共通の象徴としてのイエス: イエスを特定の民族や政治的立場に帰属させることは、彼が人類全体の共有する象徴であるという見方と矛盾する可能性がある。

 結論として、イエスを「パレスチナ人」と呼ぶことは、地理的に正当化され得るが、歴史的・宗教的観点からは慎重な考察が必要である。また、このような議論が中東和平や宗教間対話においてどのように影響するかも検討する価値がある。
 
【要点】  
 
 イエスを「パレスチナ人」と呼ぶ問題の要点

 1. 歴史的背景

 ・イエスはローマ帝国支配下の「ユダヤ(Judea)」で生まれたユダヤ教徒である。
 ・当時の地名は「ユダヤ」「ガリラヤ」「サマリア」であり、「パレスチナ」という名称はイエスの時代には一般的ではなかった。
 ・「パレスチナ」という地名は、132~135年の「バル・コクバの乱」後にローマ帝国が「シリア・パレスティナ」と改名したのが起源。

 2. 現代の「パレスチナ人」という用語

 ・現在の「パレスチナ人」は、20世紀以降に形成された民族的・政治的アイデンティティである。
 ・オスマン帝国、英国委任統治期を経て、アラブ系住民が「パレスチナ人」としてのアイデンティティを確立した。

 3. イエスを「パレスチナ人」と呼ぶ根拠

 ・地理的観点:現代の地理的基準で見ると、イエスが生まれたベツレヘムは「パレスチナ自治区」の一部である。
 ・歴史的観点:イエスはユダヤ教徒であり、「パレスチナ人」という概念はイエスの時代には存在しなかった。

 4. 議論の問題点

 ・政治的利用:イエスを「パレスチナ人」と呼ぶことは、現代のイスラエル・パレスチナ問題の文脈で政治的意図を含むことがある。
 ・ユダヤ人の反発: ユダヤ教徒としてのイエスのアイデンティティを否定する試みと見なされることがある。
 ・普遍性への影響: イエスを特定の民族や政治的立場に結びつけることは、彼の普遍的な象徴性を制限する可能性がある。

 5. 専門家の見解

 ・歴史的事実:イエスは「ユダヤ人」として正確に位置付けられる。
 ・象徴的解釈:イエスを現代の地理的文脈で「パレスチナ人」と呼ぶことは、象徴的な表現にすぎない。

 6. 結論

 ・歴史的文脈を無視してイエスを「パレスチナ人」と呼ぶことは正確性に欠ける。
 ・地理的表現として使用することは可能だが、政治的・宗教的にセンシティブな問題を引き起こす可能性が高い。

【参考】

 ☞ イエスが「ガリラヤ人」や「サマリア人」とされる場合、これは現代のパレスチナやイスラエルとどのように関連するのか、歴史的および地理的文脈に基づいて以下のように説明できる。

 1. イエスの出生地と活動地域

 ・出生地: イエスはベツレヘム(ユダヤ、現在の西岸地区=パレスチナ自治区)で生まれた。
 ・育った地域: ナザレ(ガリラヤ地方、現在のイスラエル領内)で育った。
 ・活動地域: 主にガリラヤ地方やユダヤ地方(エルサレムを含む)で布教を行ったが、サマリア地方も一部関与している。

 これにより、イエスの人生は現代のパレスチナ自治区(ベツレヘム、エルサレム)とイスラエル(ナザレ、ガリラヤ湖周辺)にまたがっている。

 2. ガリラヤと現代の地理的関連

 ・ガリラヤ地方: 現代のイスラエル北部に位置する。

  ⇨ ナザレやガリラヤ湖周辺(ティベリアスなど)が含まれ、これらの地域は現在イスラエルに属している。
  ⇨ イエスが育ち、最も多くの活動を行った場所であるため、イエスを「ガリラヤ人」と呼ぶことは妥当である。

 3. サマリアと現代の地理的関連

 ・サマリア地方: 現代の西岸地区(パレスチナ自治区)の一部に該当する。

  ⇨ サマリア人はイエスの時代には独自の宗教的アイデンティティを持ち、ユダヤ人と区別されていたため、イエスを「サマリア人」と呼ぶのは歴史的には誤りである。
  ⇨ ただし、イエスはサマリア地方を通過したり、サマリア人との交流(例: 善きサマリア人のたとえ)を行ったことが記録されている。

 4. 現代のパレスチナとイスラエルの文脈での帰属

 ・イスラエル: ナザレやガリラヤ地方が属しているため、イエスをイスラエルに関連付けることができる。
 ・パレスチナ: イエスが生まれたベツレヘムや活動したエルサレムが含まれるため、パレスチナとも関連付けられる。

 5. 結論: 所属の複雑さ

 イエスの地理的所属は、以下のように考えるべきである。

 ・イエスの生涯は現代のパレスチナとイスラエルの両方にまたがる。
 ・イエスを「ガリラヤ人」と呼ぶ場合、現代のイスラエルに関連する。
 ・イエスの出生地(ベツレヘム)やエルサレムでの活動を考慮すると、現代のパレスチナとも関連付けられる。

 このため、イエスを現代の政治的枠組みに当てはめることは困難であり、彼は歴史的・宗教的文脈において普遍的な存在として捉えるべきである。

 ☞ イエスが生きた時代の地理的所属が現代のパレスチナとイスラエルのどちらに関連付けられるかを考えると、人種的な区分とその人口構成についても、歴史的背景を理解することが重要である。

 1. イエスの時代の人種的背景

 イエスが生きた紀元1世紀頃、地域の人種的背景は以下のように分けられる。

 1.1 ユダヤ人

 ・定義: ユダヤ教を信仰し、ユダヤ民族としてのアイデンティティを持つ人々。
 ・分布: 主にユダヤ地方(現代の西岸地区、エルサレム周辺)、ガリラヤ地方(現代のイスラエル北部)、一部サマリア地方に住んでいた。
 ・人口: 推定200万~250万人とされるが、その一部は地中海周辺のディアスポラ(離散コミュニティ)に移住していた。

 1.2 サマリア人

 ・定義: ユダヤ教と似た信仰を持つが、ユダヤ人とは異なる宗教的・民族的アイデンティティを持つ人々。
 ・分布: サマリア地方(現代の西岸地区の一部)。
 ・人口: 推定20万人以下とされる。

 1.3 他の民族グループ

 ・例: エドム人、ナバテア人、フェニキア人、ギリシャ系住民、ローマ人など。
 ・分布: 地中海東岸全体に広がり、小規模なコミュニティとして存在。
 ・人口: 総数は不明だが、ユダヤ人やサマリア人より少数派。

 2. 現代の人種的区分と関連

 ・イエスの時代の人々を現代の人種的区分に当てはめることは厳密には困難であるが、以下のように考えられる。

 2.1 現代のユダヤ人

 ・現代のユダヤ人: イエスの時代のユダヤ人の直接の子孫とされる。

  ⇨ 多くは19世紀後半からのシオニズム運動によりイスラエルに移住。
  ⇨ イスラエル国内では約950万人の人口のうち約74%がユダヤ人(2023年時点)。

 2.2 現代のパレスチナ人

 ・現代のパレスチナ人: サマリア人や他の地域の住民の子孫とされることが多いが、厳密な系譜関係を証明するのは困難。

  ⇨ 西岸地区、ガザ地区、東エルサレム、および周辺国に居住。
  ⇨ パレスチナ自治区の総人口は約500万人(2023年時点)。

 3. 人種と人口構成の比較(現代)

地域     ユダヤ人割合 パレスチナ人割合 その他の民族
イスラエル 約74%     約21%      約5%
西岸地区 約10%未満 約90%       少数派あり
ガザ地区 0%     ほぼ100%  なし

 4. 結論

 ・イエスの人種的背景: ユダヤ人であり、当時のユダヤ民族の伝統と宗教に属していた。
 ・現代との関連: イエスの地理的・文化的ルーツは、現代のイスラエルのユダヤ人とパレスチナのアラブ系住民のどちらにもつながる要素があるが、直接的な系譜は限定的。
 ・人種的腑分け: 現代の二大グループ(ユダヤ人とパレスチナ人)に分けることは可能だが、イエスをそのいずれか一方に完全に帰属させるのは現代の政治的枠組みによるものである。

【参考はブログ作成者が付記】

【引用・参照・底本】

Was Jesus Palestinian? ASIA TIMES 2024.11.23
https://asiatimes.com/2024/11/was-jesus-palestinian/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=7e49f43253-DAILY_26_11_2024&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-7e49f43253-16242795&mc_cid=7e49f43253&mc_eid=69a7d1ef3c

「オレシニク」2024年11月27日 16:04

Fotorで作成
【概要】
 
 2024年11月25日のアジア・タイムズの記事において、ガブリエル・ホンラダ氏は、ロシアがウクライナに対して「オレシニク」と呼ばれる中距離弾道ミサイル(IRBM)を使用し、多弾頭再突入体(MIRV)を搭載して攻撃を行ったことが、重大なエスカレーションを意味すると指摘している。この攻撃はNATOとの対立における核の曖昧性を強調し、誤算のリスクを高めるものとされる。

 攻撃の詳細

 報道によれば、ロシアはドニプロのピウデンマシュ工業団地を標的としてミサイル攻撃を実施した。この施設はウクライナ軍向けのミサイルやその他の機械を製造している。攻撃後、ウクライナ空軍(UAF)は、発射されたのはアストラハン地域から発射された大陸間弾道ミサイル(ICBM)であると主張したが、米国および西側当局はこれを中距離弾道ミサイル(IRBM)であると訂正した。

 「The War Zone」の報告では、このミサイルはロシアの「RS-26ルベジ」を改良した「オレシニク」として特定されている。このミサイルは2008年に開発が開始され、固体燃料式で車両移動可能なシステムとして設計されており、旧中距離核戦力(INF)条約の制約内での運用が想定されていた。射程は3,000~5,500kmとされる。

 技術的な課題とリスク

 従来型のMIRV搭載IRBMまたはICBMの使用には多くの技術的課題が伴う。精度が重要であり、高度な誘導・目標設定技術が必要である。また、高価なミサイルを核兵器以外の目的で使用することの費用対効果も問題視されている。さらに、発射されたミサイルが核兵器を搭載しているか従来型の兵器であるかを即座に判別することが困難であるため、「警告発射」による誤認や予期せぬエスカレーションのリスクもある。

 ロシアの「オレシニク」ミサイルは「ホットスワップ可能」な弾頭セクションを備えている可能性があり、従来型弾頭と核弾頭を簡単に切り替えられる設計とされる。このような核の曖昧性はロシアの抑止戦略の中核であり、西側諸国の対応を制約してきた。将来の攻撃が核弾頭を伴う可能性があるという懸念が高まる。

 ロシアの戦略的意図と新たな核戦略

 ロシアの核戦略は、曖昧性を活用することにより、敵対国の対応を混乱させる目的がある。例えば、カリブル巡航ミサイル、イスカンデル短距離弾道ミサイル(SRBM)、Kh-101空中発射型ミサイルなどの二重用途システムを多用しており、これにより核と従来型の区別が困難になる。

 また、ロシアは2024年版の新たな核戦略で核兵器使用の条件を広げたとされる。新しいドクトリンでは「排他的に」という表現が削除され、主権や領土の一体性への脅威が核使用の正当化条件として明記されている。また、ロシアおよびベラルーシ軍が海外で作戦を行う場合の核攻撃シナリオや、大規模な空中・宇宙攻撃システムの発射が確認された場合も含まれている。

 これにより、ロシアが核使用のハードルを下げている可能性が示唆されるが、同時に、これがプロパガンダ的な要素を持つ可能性もあると指摘されている。この戦略は、敵対国に対する警告として機能しつつ、ロシアの地政学的立場を強化する意図があると見られる。

【詳細】

 ロシアの「オレシニク(Oreshnik)」中距離弾道ミサイル(IRBM)による攻撃は、現在のウクライナ戦争における技術的、戦略的、地政学的要素が絡み合う複雑な状況を明らかにする。この攻撃は、ミサイル技術、ロシアの核戦略、そして西側諸国との緊張関係において重要な示唆を含むため、以下にさらに詳述する。

 1. オレシニク(Oreshnik)ミサイルの技術的特徴

 「オレシニク」は、ロシアの「RS-26ルベジ」ミサイルの派生型とされる。RS-26は、固体燃料を使用し、車両で移動可能な中距離弾道ミサイルである。この特徴は、ミサイルの迅速な展開と隠密性を可能にし、発射地点の特定や防御を困難にする。以下に「オレシニク」の具体的な技術的ポイントを挙げる。

 多弾頭再突入体(MIRV) 「オレシニク」は、複数の弾頭を個別にターゲットへ誘導可能なMIRVを搭載している。これにより、1基のミサイルで複数の目標を同時に攻撃可能となる。従来型(非核)弾頭での使用も技術的には可能だが、誘導精度の向上が必須である。

 射程 オレシニクの射程は約3,000~5,500kmとされる。この距離は、ロシア国内の広範な地域からウクライナやヨーロッパの戦略的目標を攻撃する能力を提供する。

 ホットスワップ機能 ミサイルは核弾頭と非核弾頭を容易に切り替える「ホットスワップ」機能を持つ可能性がある。この設計は、攻撃が核兵器によるものか従来型のものであるかを曖昧にするため、相手側の対応を困難にする。

 2. 核の曖昧性と戦略的意図

 ロシアの核戦略は、相手国に核使用の可能性を常に意識させる「核の曖昧性」に基づいている。この戦略は、主に以下の2つの目的を果たす。

 抑止力の強化 核弾頭の使用が現実の可能性として存在することで、敵国の攻撃や反撃を思いとどまらせる。例えば、西側諸国によるウクライナへの長距離ミサイル供与への対応として、この曖昧性を利用している。

 敵国の意思決定の混乱 オレシニクのようなデュアルユース兵器(核・従来型両用兵器)は、相手側に「核か非核か」の判断を強いるため、迅速かつ正確な対応が求められる。誤った判断はエスカレーションのリスクを高める。

 この曖昧性の戦略は、ロシアの「イスカンデル」短距離弾道ミサイルや「カリブル」巡航ミサイルでも使用されており、これらのシステムは核・非核の両方の弾頭を運用できる。

 3. 核戦略の新たな指針(2024年版核ドクトリン)

 2024年に改訂されたロシアの核ドクトリンには、核使用に関する条件が拡張されている。特に注目される変更点は以下の通り。

 核兵器使用条件の拡大 従来の「排他的抑止手段」としての核兵器の位置づけが変更され、主権や領土の一体性への脅威が核使用の正当化条件として追加された。

 新たな軍事的リスクの定義 主な軍事的リスクの数が従来の6つから10に拡大され、特に以下の項目が追加された。

 軍事同盟の拡大(例:NATOの東方拡大)

 ロシア領土を孤立させる取り組み(経済制裁や封鎖など)
作戦地域での核使用 ロシアまたはベラルーシ軍が国外で活動している場合の核使用の可能性が明記されている。

 これらの変更は、ロシアが核兵器使用のハードルを意図的に下げる一方で、プロパガンダ的な役割も果たしている可能性がある。特に、ロシアはNATOや米国に対する「これ以上の介入は容認しない」との強いメッセージを送っている。

 4. 西側諸国への影響とリスク

 ロシアの核の曖昧性は、西側諸国がウクライナに対してどの程度支援を行うべきかの判断に影響を与えている。ロシアの攻撃が核によるものである可能性を否定できない場合、西側諸国は慎重な行動を求められる。これには以下のようなリスクが伴う。

 誤算のリスク 相手国がミサイル攻撃を核によるものと誤認した場合、予防的な反撃を行う可能性がある。これは「警告発射(launch on warning)」と呼ばれる状況であり、核戦争への道を開く危険性がある。

 防衛体制の限界 ウクライナには高度なミサイル防衛システムが不足しており、今回のようなMIRVを搭載したミサイルの迎撃は技術的に困難である。

 5. 結論と展望

 「オレシニク」ミサイル攻撃は、ロシアの核戦略と軍事技術の進化を示すものであり、核の曖昧性という戦略的な道具が依然として中心的役割を果たしていることを明確にしている。このような曖昧性と不透明性は、西側諸国やNATOに対する抑止力を強化する一方で、誤算や意図せぬエスカレーションのリスクを高める。

 将来的には、ロシアがさらに挑発的な行動に出る可能性がある中で、NATOや米国がどのように対応するかが、国際的な安全保障の安定性を左右する鍵となる。
 
【要点】  
 
 オレシニク(Oreshnik)ミサイル攻撃に関する詳細を箇条書きで説明する。

 1. オレシニク(Oreshnik)ミサイルの技術的特徴

 ・MIRV搭載:複数目標を同時攻撃可能な多弾頭再突入体を搭載。
 ・射程:3,000~5,500km、広範囲の攻撃が可能。
 ・機動性:車両での移動可能性が高く、発射地点の特定が困難。
 ・ホットスワップ機能:核弾頭と非核弾頭の切り替えが可能で、敵の判断を混乱させる。

 2. ロシアの核戦略

 ・核の曖昧性:核か非核かの判断を困難にし、相手国の反応を制限。
 ・抑止力強化:核使用の可能性を示唆し、相手の行動を抑制。
 ・エスカレーション管理:攻撃が核かどうかを曖昧にすることで、状況を支配。

 3. 2024年版核ドクトリンの改訂

 ・核使用条件の拡大:領土や主権への脅威を核使用の正当化理由に追加。
 ・リスクの定義拡大:NATOの東方拡大や経済制裁を核対応の理由に。
 ・国外での核使用:ロシアまたは同盟国軍の国外活動時に核使用を想定。

 4. 西側諸国への影響とリスク

 ・誤算のリスク:核攻撃との誤認が核戦争を誘発する可能性。
 ・防衛の課題:MIRV搭載ミサイルの迎撃は技術的に困難。
 ・戦略的圧力:ウクライナ支援への慎重な判断が求められる。

 5. 結論と展望

 ・核の曖昧性の重要性:ロシアの戦略の中核を形成。
 ・エスカレーションのリスク:誤算による大規模な紛争の可能性。
 ・国際的対応の必要性:NATOや西側諸国の慎重かつ統一的な対応が安全保障の鍵。

【引用・参照・底本】

Russia’s MIRV attack on Ukraine a nuclear-pointed escalation ASIA TIMES 2024.11.25
https://asiatimes.com/2024/11/russias-mirv-attack-on-ukraine-a-nuclear-pointed-escalation/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=7e49f43253-DAILY_26_11_2024&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-7e49f43253-16242795&mc_cid=7e49f43253&mc_eid=69a7d1ef3c&mc_eid=69a7d1ef3c

アボットテキサス州知事:資金を中国から引き揚げ2024年11月27日 17:05

Microsoft Designerで作成
【概要】
 
 テキサス州知事のグレッグ・アボットは、中国との関係を縮小するため、州の資金を中国から引き揚げるよう命じた。2024年11月18日から21日にかけて、アボットは3つの行政命令と1通の書簡を発表し、州の政府機関、大学、州資金に対して中国とのつながりを断つよう求めた。この措置は、2024年11月5日に共和党のドナルド・トランプが大統領選挙で当選した後に取られたものである。

 措置の詳細

 アボット知事は以下を実行した。

 1.行政命令1:テキサス州内の中国系住民を中国政府または中国共産党(CCP)による嫌がらせや強要から保護すること。
 2.行政命令2:テキサス州の重要インフラを中国やCCPが引き起こす可能性のある脅威から守ること。
 3.行政命令3:州政府を中国によるスパイ活動やサイバー攻撃から強化すること。
 4.州機関への書簡:中国由来のリスクのある投資を引き揚げるよう指示。

 背景

 中国政府は2014年に「オペレーション・フォックスハント」を開始し、国外で経済犯罪の容疑者を逮捕し送還する活動を行った。しかし、この活動は政治的亡命者を標的にしていると批判されている。また、2020年7月にはトランプ政権がヒューストンの中国領事館の閉鎖を命じ、中国は報復として成都の米国領事館を閉鎖した。

 さらに、2023年9月には、中国政府に関連するハッカーグループ「ソルト・タイフーン」が米国の通信会社のネットワークに侵入したと報じられた。アボットはこれらの脅威を踏まえ、テキサス州のエネルギー、通信、輸送、水資源などの重要インフラが攻撃される可能性があると警告した。

 経済的影響

 アボットは11月21日、州の資金が保有する中国や香港の投資を売却するよう指示した。たとえば、テキサス大学およびテキサスA&M大学の投資管理会社(UTIMCO)は、約800億ドルを運用しており、その一部を中国関連投資に使用しているとされる。また、テキサス教職員退職制度(TXRS)は2024年8月末時点で2,105億ドルを管理しており、そのうち約14億ドルが中国および香港関連資産に投資されている。

 これらの動きにより、11月22日には香港のハンセン指数が1.9%、上海総合指数が3.1%下落したと報じられている。

 民間企業への影響

 現時点でテキサス州政府は、民間企業に対して中国市場から撤退するよう強制していない。しかし、ダラスに本拠を置く半導体メーカーのテキサス・インスツルメンツ(TI)など、一部の企業には影響が及ぶ可能性があると指摘されている。

 中国で活動するテキサス企業には、エクソンモービルやハリバートンなどが含まれる。これらの企業は、エネルギー関連のビジネスを通じて中国とのつながりを持っているが、中国市場からの撤退は当面の間予想されていない。

 結論

 アボット知事の措置は、中国からの経済的および技術的な分離(デカップリング)を進める試みとして評価されているが、その影響は州内の経済や中国との関係にどのような影響を及ぼすかが注目される。これは、トランプ次期大統領の政策への支持を示す行動とも見られている。

【詳細】

 以下に、各テーマをより詳細に分解し、アボット知事の取り組みとその影響を説明する。

 1.アボット知事の具体的な措置

 アボット知事は、中国共産党(CCP)を脅威と見なし、州全体で対策を講じるよう指示した。特に注目すべき点は以下である。

 ・中国系住民の保護

 中国政府が国外の中国系住民に対して実施しているとされる「オペレーション・フォックスハント」を背景に、テキサス州内の中国系住民を保護することを目的とした行政命令を発出した。この取り組みは、中国系移民約25万人が州内で安全に暮らせる環境を確保することを目指している。

 ・重要インフラの防御

 エネルギー、通信、輸送、水資源など、テキサス州の基幹インフラが標的になるリスクを考慮し、州の緊急管理部門(TDEM)および公益事業委員会(PUC)に、対策を強化するよう命じた。具体的には、サイバーセキュリティの強化や外国政府からの干渉を防ぐ仕組みが含まれる。

 ・州政府の防諜体制の強化

 州機関に対し、スパイ活動や情報漏洩を防ぐための措置を講じるよう指示した。この命令は、中国政府がアメリカ国内での情報収集活動を活発化させているとの報告を受けて実施された。

 ・州の資産からの中国関連投資の撤退

 州内の投資機関(特にUTIMCOやTXRS)に、中国や香港関連の投資から撤退するよう命じた。これにより、リスクの高い資産を削減し、州の経済的安全を強化する狙いがある。

 2.テキサスの重要インフラと中国の関連

 テキサスはアメリカ最大のエネルギー生産州であり、以下の特徴を持つ。

 ・石油と天然ガス:米国の石油生産の42%、天然ガス生産の27%を占める。州内には32の石油精製施設があり、1日あたり590万バレル以上を処理可能。
 ・主要企業:エクソンモービルやハリバートンなどの大手企業が、長年中国市場で活動してきた。
 ・サイバー脅威:2023年には、中国のハッカーグループ「ソルト・タイフーン」が米国の通信ネットワークを攻撃したと報告されている。これを受け、エネルギーや通信インフラへの中国のサイバー攻撃が懸念されている。

 3.米中対立の文脈

 アボット知事の行動は、米中関係の悪化と共和党の政策との一致を反映している:

 ・トランプ政権との連携

 トランプ次期大統領の当選直後に行動を起こしたことから、彼の対中政策を支持する姿勢が明確である。特に、トランプが掲げる「中国との経済的切り離し(デカップリング)」の理念に沿った動きとみなされる。

 ・2020年の領事館閉鎖

 トランプ政権時にヒューストンの中国領事館が閉鎖された事例があり、今回の措置はその延長線上にあると見られる。

 ・フォックスハントへの対応

 中国政府が国外での反体制派を標的にする活動を行っているとされる中、テキサス州としては州民の安全を優先し、対応を強化する姿勢を示している。

 4. 州経済と企業への影響

 テキサス州の民間企業と中国の関係は以下のような影響が予想される:

 ・州の投資機関

 UTIMCOとTXRSは、中国や香港に多額の資産を保有しており、今回の命令によってこれらを売却する必要がある。TXRSは2024年8月時点で、1.4億ドル相当の中国・香港関連資産を保有していた。

 ・民間企業の動向

 エクソンモービルやハリバートンなど、中国で利益を上げている企業には撤退の圧力はかかっていないが、中国市場での事業リスクが増す可能性がある。半導体メーカーのテキサス・インスツルメンツ(TI)は2022年に中国での一部研究開発を縮小しており、さらなる影響が懸念される。

 ・金融市場への影響

 アボット知事の発表を受けて、香港ハンセン指数と上海総合指数が急落したことは、米中経済関係の変動が広範な影響を及ぼしていることを示唆する。

 5. 米国全体への影響

 アボット知事の措置は、テキサス州にとどまらず、以下のような全米規模の影響を及ぼす可能性がある。

 ・公的年金の投資方針変更

 米国全体で公的年金が約700億ドルを中国に投資しているとされ、今後これらの資金が中国市場から撤退する動きが加速する可能性がある。

 ・米中経済関係の緊張激化

 州政府が中国との経済的結びつきを断つ動きが、米中関係のさらなる悪化を招く可能性が高い。

 6. 今後の見通し

 アボット知事の行動は、トランプ政権と連携しつつ、テキサス州の安全保障を強化し、中国との経済的依存を減らすことを目指している。しかし、これが州内経済や民間企業にどのような長期的影響を与えるかは未知数であり、慎重に見守る必要がある。
 
【要点】  
 
 アボット知事の具体的措置

 ・中国政府による中国系住民への干渉(フォックスハント)を防ぎ、約25万人の中国系住民を保護。
 ・テキサス州の基幹インフラ(エネルギー、通信、水資源など)を守るため、サイバーセキュリティや干渉防止策を強化。
 ・州機関に対し、スパイ活動や情報漏洩の防止措置を指示。
 ・州の資産から中国・香港関連の投資を撤退させ、経済的リスクを低減。

 テキサスの重要インフラと中国の関連

 ・米国最大のエネルギー生産州として、石油・天然ガス生産量が全米トップ。
 ・サイバー攻撃のリスクが高く、中国ハッカーグループ「ソルト・タイフーン」などが過去に攻撃を実施。
 ・エネルギー企業や通信ネットワークが主要ターゲット。

 米中対立の文脈

 ・トランプ政権の「デカップリング」政策を支持し、中国との経済的断絶を推進。
 ・2020年にヒューストンの中国領事館閉鎖が行われた流れを引き継ぐ動き。
 ・中国政府が国外で反体制派を追跡する「フォックスハント」に対抗。

 州経済と企業への影響

 ・テキサス州の投資機関(UTIMCOやTXRS)は中国関連資産からの撤退を余儀なくされる。
 ・エネルギー大手(エクソンモービル、ハリバートン)などには直接的影響はないが、対中事業リスクが増加。
 ・半導体メーカー(テキサス・インスツルメンツ)はすでに中国事業を縮小中。

 米国全体への影響
 
 ・公的年金の中国関連投資(700億ドル規模)に対する影響が拡大。
 ・州政府の対中断絶が全米での対中政策に波及し、米中経済関係の緊張を激化させる可能性。

 今後の見通し

 ・テキサス州の安全保障や経済的独立を強化する狙いがあるが、民間企業や州経済への長期的影響は未知数。
 ・米中関係の悪化を背景に、他州や連邦政府にも同様の動きが広がる可能性がある。

【引用・参照・底本】

Texas takes the lead in deeper decoupling from China ASIA TIMES 2024.11.25
https://asiatimes.com/2024/11/texas-takes-the-lead-in-deeper-decoupling-from-china/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=7e49f43253-DAILY_26_11_2024&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-7e49f43253-16242795&mc_cid=7e49f43253&mc_eid=69a7d1ef3c

Bathing Base2024年11月27日 17:54

Microsoft Designerで作成
【概要】
 
 中国はペルーのチャンカイ港を活用して南米諸国との貿易を強化し、さらには米国向け輸出品の新たな輸送経路を構築する意図を持っている。この港は、中国国有企業の中遠海運港口(Cosco Shipping Ports)が2019年に2億2,500万米ドルで60%の株式を取得した後、35億米ドルを投じて整備された。この整備により、ペルーと中国間の輸送時間が従来の35日から23日に短縮され、物流コストが20%以上削減されたとされている。

 2024年11月14日、中国の習近平国家主席がオンライン形式で同港の第一段階の開港式典に参加した。このプロジェクトは中国の「一帯一路」構想の一環としても位置づけられており、中国国内のメディアでは港の近隣に設置される工業団地が、商品のラベル貼り替えや再梱包を行う「洗浄拠点(bathing base)」として利用される可能性があると報じられている。

 これに対し、米国次期大統領であるドナルド・トランプ氏の移行チーム顧問であるマウリシオ・クラバー=カローネ氏は、トランプ氏が中国製品に課す予定の60%の関税が、この港を経由する製品にも適用されるべきだと主張している。同氏は、この措置により、中国製品が第三国を経由して再輸出されることで低関税を享受する「迂回輸出(transshipment)」を防ぐ意図があると述べている。

 さらに、記事では中国がベトナムやメキシコで同様の「洗浄拠点」を既に設置している事例を挙げている。特に、ベトナムでは中国の太陽光発電製品メーカーが現地で工場を運営し、半完成品を組み立てることで追加関税を回避してきたとされる。同様に、自動車や電子機器、建設機械などの製品をメキシコで生産することで、「メイド・イン・メキシコ」として再輸出する動きも進んでいる。

 記事はまた、米中貿易戦争が2018年に始まって以降、中国の製造業者がこうした迂回輸出戦略を活用してきたことを指摘している。米国がこれに対応して輸入品の原産地規則を厳格化したが、中国は対象国での現地生産能力を増強することで、引き続き低関税を享受しているという。

 最終的に、中国は自国製品を第三国で組み立ててから再輸出することで、米国の追加関税の適用を回避する戦略を強化している。このネットワークがより複雑になるほど、米国が関税を課すことは困難になると見られている。

【詳細】

 この記事では、中国がペルーのチャンカイ港を活用する背景と、その具体的な戦略についてさらに詳しく説明している。以下は各ポイントの詳細である。

 チャンカイ港プロジェクトの概要と目的

 1.買収と投資

 2019年に、中国国有の中遠海運港口(Cosco Shipping Ports)はペルーの多金属鉱山企業からチャンカイ港の60%の株式を2億2,500万米ドルで取得。その後、35億米ドルを投入して港の大規模な改修を実施。これにより、ペルーと中国間の物流効率が飛躍的に向上。

 2.輸送時間とコスト削減

 港の整備により、ペルーから中国への海上輸送時間が35日から23日に短縮。これにより物流コストが20%以上削減され、輸出入の競争力が高まる。

 3.一帯一路構想との関係

 チャンカイ港は、中国の「一帯一路」構想の一環と位置付けられており、中国と南米諸国間の貿易を強化する戦略的拠点とされる。

 洗浄拠点(bathing base)の役割

 1.概念と活用方法

 「洗浄拠点」とは、中国製品を第三国で再梱包、ラベル貼り替え、または軽い加工を行うことで、原産国を偽装する手法を指す。これにより、関税規制を回避する狙いがある。チャンカイ港では、近隣の工業団地を活用してこうした活動が行われる可能性が高い。

 2.過去の事例

 ・ベトナム

 中国の太陽光発電製品(世界シェア90%以上)は、ベトナムで部分的に加工されることで「メイド・イン・ベトナム」として輸出され、欧米の関税障壁を回避してきた。

 ・メキシコ

 自動車、電子機器、建設機械など、中国製品が「メイド・イン・メキシコ」として再輸出される事例が多い。

 3.メリット

 これにより、関税回避だけでなく、現地市場への参入や生産コストの低下、物流拠点の多様化も実現。

 米国の懸念と対応策

 1.米国の対応方針

 米国次期大統領トランプ氏の顧問であるクラバー=カローネ氏は、チャンカイ港を経由する製品にも60%の関税を課すべきだと主張。これは、中国が迂回輸出を行うことで関税を回避するのを防ぐための措置である。

 2.迂回輸出の影響

 ・迂回輸出の手口

 中国製品を第三国経由で輸送することで、関税が回避される。例として、ベトナムやメキシコの工場で部分的な加工を施すことで、原産地を変更する。

 ・規制の強化

 米国はこうした動きに対抗して、例えばメキシコ産の鉄鋼製品に「製造工程がメキシコ、カナダ、米国のいずれかで完結していない場合は25%の関税を課す」といった新たな規制を導入。

 3.ペルーへの対応の違い

 ペルーは米国と貿易黒字ではなく赤字の関係にあるため、トランプ政権が直接的な追加関税を課す可能性は低いとの見方もある。

 戦略の多層化とその意図

 1.第三国ネットワークの構築

 中国製品を複数の国を経由させることで、原産国の追跡を困難にする。具体的には、商品をまず日本、韓国、東南アジア諸国に輸送した後、チャンカイ港を経由して米国市場へ送る複雑な物流ルートを形成。

 2.戦略的な分業

 部品や半製品の段階で各国に輸出し、最終的な組み立てや加工を現地で行う。これにより、関税や規制を回避するだけでなく、現地の雇用を創出し、経済的利益を分配することで第三国との関係も強化。

 3.米国の圧力回避

 米国が直接的な制裁を加えにくい地域や国を選んでネットワークを拡大することで、対立を回避しつつ影響力を拡大。

 結論

 中国のチャンカイ港プロジェクトは単なる貿易拠点の拡大に留まらず、米中貿易摩擦における戦略的な布石である。中国は、第三国を経由する複雑な物流ネットワークを構築し、規制の回避と市場拡大を同時に狙っている。一方で、米国はこれに対抗するための原産地規則や追加関税の導入を進めているが、こうした中国の多層的な戦略を完全に封じ込めることは容易ではない。
 
【要点】  
 
 チャンカイ港プロジェクトの詳細と背景

 1.買収と投資

 ・2019年、中国国有の中遠海運港口がチャンカイ港の60%を取得。
 ・約35億米ドルを投じ、港を大規模に改修。

 2.目的と効果

 ・ペルーと中国間の輸送時間を35日から23日に短縮。
 ・ロジスティクスコストを20%以上削減。
 ・一帯一路構想の重要拠点として、南米との貿易を強化。

 洗浄拠点(bathing base)の役割

 1.目的

 ・中国製品を第三国で再梱包・ラベル変更・加工し、原産地を変更。
 ・米国や欧州の関税規制を回避。

 2.事例

 ・ベトナム:太陽光製品を部分加工し「メイド・イン・ベトナム」として輸出。
 ・メキシコ:自動車や電子機器を現地で再加工し、米国市場へ再輸出。

 3.メリット

 ・関税回避、物流効率化、現地市場への参入促進。
 
 米国の対応と懸念

 1.対策案

 ・トランプ次期大統領顧問が、チャンカイ港経由製品にも60%関税を課すよう提言。
 ・メキシコ製鉄製品に対する25%関税など、原産地規制を強化。

 2.懸念事項

 ・中国が迂回輸出(第三国経由)で関税を回避する手法を警戒。
 ・ペルーは米国との貿易赤字国であるため、直接的な制裁を回避する可能性も。

 中国の戦略

 1.第三国ネットワークの構築

 ・日本、韓国、東南アジアを経由する複雑な物流ルートを活用。
 ・原産国追跡の難易度を上げる。

 2.現地生産能力の増強

 ・部品や半製品を各国で組み立て、最終製品として輸出。
 ・雇用創出で第三国との関係強化。

 3.米国の圧力回避

 ・米国が直接制裁を加えにくい国や地域を選択。

 結論

 ・チャンカイ港は、中国の貿易戦略の中核として機能。
 ・中国は物流ネットワークを多層化し、規制回避と市場拡大を目指す。
 ・米国の制裁強化が続く中でも、中国の戦略を完全に封じ込めることは困難。

【引用・参照・底本】

China opens Peru ‘bathing base’ port to fight Trump in trade war ASIA TIMES 2024.11.23
https://asiatimes.com/2024/11/china-opens-peru-bathing-base-port-to-fight-trump-in-trade-war/

トランプの再選後の米中関係2024年11月27日 18:41

Microsoft Designerで作成
【概要】
 
 中国の学者やアナリストが、ドナルド・トランプの再選後の米中関係に対する期待と懸念について分析した内容である。中国のエリートたちは、トランプが2期目において中国に与える影響について異なる見解を持っており、意見は大きく分かれている。

 一般的に、アメリカは中国を経済的・政治的競争相手と見なしており、台湾問題や南シナ海における緊張が引き続き米中関係の火種となるだろうと予想されている。また、米中間で再び貿易戦争が勃発する可能性が高いと考えられている。特に、トランプが選挙運動中に中国から輸入されるすべての製品に60%以上の関税を課す可能性を示唆したことは注目される。

 一部の中国の学者は、トランプ2期目が前回のトランプ政権の終わりから始まり、米中関係が急激に悪化する恐れがあると警告している。例えば、清華大学の教授であるダ・ウェイは、米中関係が急速に悪化する可能性があると懸念しており、北京大学のワン・ドン教授は新たな冷戦の可能性について警鐘を鳴らしている。また、アメリカが中国の経済発展を支援することが「アメリカの外交政策の最大の失敗であった」とするロバート・C・オブライエンの発言も引用され、トランプ政権下で中国に対する厳しい方針が強化されたことが強調されている。

 一方で、楽観的な見方をするアナリストも存在する。例えば、元上海市党学校の教授であるフ・ウェイは、トランプがビジネスマンであり交渉において利益を追求するため、道徳的な原則を無視することもあるため、アメリカにとって不利益な場合でも中国には利益をもたらす可能性があると述べている。また、フューダン大学のウー・シンボー教授は、トランプが多国間貿易協定に興味を持たないことが中国にとって有利に働き、中国が環太平洋経済連携協定(CPTPP)に加入する可能性があると指摘している。

 さらに、トランプが外国戦争を避ける傾向があるため、台湾問題での戦争を引き起こす可能性は低いという意見もある。また、トランプがロシアとの関係を重視することによって、中国がその影響を受ける可能性があるとの懸念も示されている。

 結局のところ、トランプ政権下での米中関係は、楽観的な見方と悲観的な見方の両方を含んだ複雑な情勢になると予想されている。

【詳細】

 ドナルド・トランプの再選を予測した中国の学者やアナリストたちの見解を紹介しており、トランプ2期目の米中関係に対する期待と懸念を詳細に述べている。記事の中で示された異なる視点とその背後にある根拠を以下のようにさらに詳しく説明する。

 1. 米中関係の一般的な見解

 中国のエリートたちは、トランプが再選されても米中関係は改善しないと予想している。アメリカは、どの大統領が就任しても中国を経済的および政治的な競争相手と見なしており、または敵対的な関係にあると認識している。この見解に基づき、台湾問題や南シナ海問題は引き続き重要な対立軸となり、これらが原因で衝突が起こる可能性もあると警戒している。さらに、再び貿易戦争が起こる可能性が高いと考えられており、トランプが中国製品に60%以上の関税を課す可能性を示唆した発言が強調されている。

 2. 悲観的な見解

 多くの中国の学者は、トランプ2期目が前回のトランプ政権の終わりから引き継がれると予測している。これらの学者たちは、米中関係がさらに悪化することを恐れており、その懸念は以下のような要素に基づいている。

 冷戦の再来:北京大学のワン・ドン教授は、米中関係が「新たな冷戦」に突入する可能性が高いと警告している。彼は、アメリカの政策が「より厳しく、より極端、より予測不可能、そして対立的」になるだろうと予想している。

 経済的な分断:清華大学の教授であるダ・ウェイは、米国が中国との経済的な「デカップリング」(分断)を加速させると述べており、これが中国にとって大きな痛手となる可能性を示唆している。

 ロシアとの関係:一部の中国の学者は、トランプ政権がロシアとの関係を強化し、中国に対して圧力をかける可能性を懸念している。例えば、元上海国際問題研究院の教授であるフアン・ジンは、アメリカがロシアと協力して中国に対抗することを心配しており、そうなると中国の安全保障環境が大きく悪化すると予測している。

 アメリカの目的:元人民大学の教授であるシー・インホンは、トランプ政権が中国の体制転覆を目指していると考えており、その結果、米中関係が最悪の状態に至る可能性があると指摘している。

 3. 楽観的な見解

 一方で、楽観的な見方をする中国のアナリストも存在する。彼らはトランプが再選後に米中関係が意外に安定する、または中国にとって有利に進展する可能性があると考えている。具体的な根拠は以下の通りである。

 ビジネスマンとしてのトランプ:元上海市党学校の教授であるフ・ウェイは、トランプを「ビジネスマン」として評価し、利益を追求するトランプは交渉可能であり、道徳的な原則を超えて中国との取引を行う可能性があると述べている。彼は、トランプが中国にとって有益な経済的な取引を行う可能性が高いと見ている。

 イーロン・マスクの影響:フ・ウェイはまた、アメリカの億万長者イーロン・マスクがトランプに対して中国との関係改善を促すだろうと指摘している。マスクのテスラが中国市場で大きなビジネスを展開しており、彼の影響力が米中関係に良い影響を与えると考えている。

 台湾問題へのアプローチ:いくつかの中国のアナリストは、トランプが台湾問題で戦争を引き起こすことはないと考えている。トランプは台湾に関して、戦争を避けるための取引を模索する可能性があると見ており、その結果、米中関係は過度に緊張せず、安定する可能性があると予測している。

 4. トランプの外交方針に対する認識の違い

 トランプの外交政策は、アメリカの利益を最優先し、取引において即時の経済的な成果を求める性格が強いとされています。彼の政策は、時には中国に対して厳しい姿勢を示しつつも、相手と交渉を通じて利益を得ようとする傾向がある。このため、トランプ政権が次期政権で採る方針も、協定を結ぶことによって米中関係が安定する可能性がある一方で、戦略的に中国を牽制するために強硬な姿勢を取ることも予想されている。

 5. トランプのスタッフと政策

 トランプの外交政策を形作る上で、彼の周囲のスタッフの影響も重要である。トランプが任命するスタッフの中には、強硬派が多く、中国に対して厳しい政策を推進しようとする者もいる。例えば、元国家安全保障顧問のロバート・C・オブライエンや元国務長官のマイク・ポンペオは、いずれも中国に対して強硬な立場を取っており、トランプ政権の対中政策に大きな影響を与えた。しかし、これらの人物が政権に復帰しないことで、中国の学者たちはある程度の安堵を感じている。

 また、トランプの外交政策は時折矛盾を含んでおり、たとえば、ウイグル人に対する人権問題では、中国に対して厳しい措置を取る一方で、経済交渉を優先し、習近平との個人的な関係を重視したりすることがあった。このように、トランプの外交政策は一貫性を欠くことがあり、トランプ2期目でもその傾向が続くと見られている。

 結論

 中国のアナリストたちは、トランプの再選後の米中関係に対して極めて複雑な見解を持っている。悲観的な予測もあれば、楽観的な予測もあり、トランプの外交政策は時折取引と対立を交えながら進行すると見られている。どちらのシナリオが現実となるかは、トランプがどのような政策を採用し、国際情勢や米国内の圧力にどのように対応するかにかかっている。
 
【要点】  
 
 以下、ドナルド・トランプの再選に関する中国のアナリストたちの見解を箇条書きで説明する。

 1. 米中関係の一般的な見解

 ・トランプ再選後、米中関係は改善しないと予測。
 ・アメリカはどの大統領でも中国を競争相手・敵と見なしている。
 ・台湾問題や南シナ海問題が対立軸として引き続き重要。
 ・貿易戦争再発の可能性もあり、トランプは中国製品に60%以上の関税を課す可能性あり。

 2. 悲観的な見解

 ・冷戦再来: ワン・ドン教授(北京大学)は、米中関係が新たな冷戦に突入する可能性を警告。
 ・経済的分断: ダ・ウェイ教授(清華大学)は、アメリカが「デカップリング」を加速し、中国に大きな影響を与えると指摘。
 ・ロシアとの関係: トランプがロシアと協力し、中国に圧力をかける懸念。
 ・体制転覆: シー・インホン教授(人民大学)は、トランプが中国の体制転覆を狙うと予測。

 3. 楽観的な見解

 ・ビジネスマンとしてのトランプ: フ・ウェイ教授(元上海市党学校)は、トランプが交渉可能で、経済的取引を通じて米中関係を安定させると見ている。
 ・イーロン・マスクの影響: トランプがマスクの影響を受け、中国との関係改善を試みる可能性がある。
 ・台湾問題: 一部アナリストは、トランプが台湾問題で戦争を避け、取引を通じて米中関係を安定させると考えている。

 4. トランプの外交方針に対する認識の違い

 ・トランプの外交政策は、アメリカの利益を最優先し、時には中国に対して強硬であり、時には交渉を通じて利益を得ようとする。
 ・トランプ政権下で、強硬な政策と取引を交えた方針が続く可能性。

 5. トランプのスタッフと政策

 ・トランプのスタッフが米中関係に与える影響が大きい。
強硬派(例: ロバート・C・オブライエン、マイク・ポンペオ)による対中政策の影響が懸念される。
 ・トランプの政策は矛盾を含み、対中強硬と経済交渉のバランスが取れた形になる可能性がある。

 結論

 ・トランプ再選後の米中関係には悲観的・楽観的な見解があり、どちらのシナリオになるかはトランプの政策次第。
 ・米中関係は、対立と取引が交錯する複雑な状況が続くと予想されている。

【引用・参照・底本】

China’s thinking class weighs Trump 2.0 pain to come ASIA TIMES 2024.11.26
https://asiatimes.com/2024/11/chinas-thinking-class-weighs-trump-2-0-pain-to-come/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=7e49f43253-DAILY_26_11_2024&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-7e49f43253-16242795&mc_cid=7e49f43253&mc_eid=69a7d1ef3c