EU:ロシアの「シャドーフリート(影の艦隊)」を押収する可能性2025年02月14日 16:25

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【概要】

 EU諸国がバルト海でロシアの「シャドーフリート(影の艦隊)」を押収する可能性については、慎重に考慮する必要がある。これは単なる憶測ではなく、Politicoが報じたように、フィンランドが昨年12月に1隻を押収したことが前例となり、一部のEU加盟国が同様の措置を取ることを検討している事実に基づいている。

 背景と目的

 ロシアのシャドーフリートは、制裁を回避するために使用されるタンカー群であり、その約40%がバルト海を通過している。これは年間約350隻に相当し、ロシアの国防予算の約3分の1に匹敵する収益を生み出しているとされる。EUの一部の国々がこれを押収する目的は、ロシアの石油販売による外貨収入を削減し、経済的な圧力を強めることである。

 実行上の課題

 しかし、この計画には複数の問題が存在する。

 国際法と法的リスク

 シャドーフリートの一部は第三国が所有しているため、押収すれば外交的・法的な対立を招く可能性がある。フィンランドが昨年12月に行った押収に対しても、政治的な反発が生じており、今後同様の行動を取ることが難しくなる可能性がある。EU全体の支持が得られなければ、単独での実行はリスクが高い。

 ロシアの軍事的対応

 ロシアの国会(国家院)の国防委員会副委員長は、「ロシアの船舶に対する攻撃は領土に対する攻撃と見なす」と警告しており、ロシアが軍艦を派遣してシャドーフリートを護衛する可能性がある。この場合、バルト海での軍事的緊張が急激に高まることは避けられない。

 米国の対応

 ドナルド・トランプ大統領は、少なくとも現時点では対ロシアのエスカレーションを望んでいないと考えられる。そのため、EU諸国がロシアの船舶を押収した場合でも、NATOの集団防衛義務(第5条)を適用する可能性は低い。特に、現在進行中の米露間のウクライナに関する交渉が影響を受けることを避けるため、米国は慎重な姿勢を取る可能性が高い。

 EU諸国内の動機

 それにもかかわらず、一部のEU諸国(特にバルト三国やポーランド)は、対ロシア制裁の強化を主張し、何らかの行動を取ることで対抗姿勢を示そうとしていると考えられる。これは、ロシアに対する制裁措置が期待通りの効果を発揮していないことへの不満が背景にある可能性がある。

 また、EU内の強硬派は、ロシアのシャドーフリートへの圧力をかけることで、その運航を抑制しようとする意図もあると考えられる。さらに、トランプ政権がウクライナ問題でロシアと交渉を進める中、EU側からの圧力を強めることで、米国の対ロシア政策を変えさせようとする思惑もあるかもしれない。

 今後の展望

 現時点では、EUがバルト海でロシアのシャドーフリートを大規模に押収する可能性は低い。ただし、一部の国が個別に行動を起こす可能性は否定できず、今後の情勢次第ではさらなる緊張を招くこともあり得る。ロシア側も、もし押収が常態化するならば、何らかの対抗措置を取ることはほぼ確実であり、バルト海が新たな対立の焦点となる可能性もある。 

【詳細】

 ロシアのいわゆる「シャドーフリート(影の艦隊)」がバルト海を通過する際に、EU諸国がこれを拿捕(だほ)する可能性について分析している。この「シャドーフリート」は、西側の制裁を回避するために、ロシアが使用している非正規のタンカー群であり、主にアジア市場へ割引価格の原油を輸送する役割を果たしている。EU諸国の中には、これを海賊行為や環境規制違反の名目で押収しようとする動きがあると報じられている。

 1. バルト海での「シャドーフリート」活動とその経済的影響
バルト海を通過するロシアの「シャドーフリート」は、約40%にあたる350隻近い船舶であり、その経済規模はロシアの年間国防予算の約3分の1に相当する。これらの船舶が輸送する原油が遮断されれば、ロシアの外貨収入に深刻な影響を及ぼす可能性がある。そのため、EUがこの措置を強化すれば、ロシア経済に対する圧力を高めることができると考えられている。

 2. 拿捕の法的・政治的課題

 しかし、こうした措置には法的・政治的なリスクが伴う。まず、国際法上、外国籍の商船を押収するには明確な法的根拠が必要であり、第三国が所有する船舶の拿捕は外交的摩擦を引き起こす可能性がある。例えば、2023年12月にフィンランドがロシア関連の船舶を押収したが、これが国際的な法的問題を引き起こしている。

 また、EU全体として統一した対応を取れるかも不透明であり、各国の対応が分かれる可能性がある。さらに、NATOの主導国であるアメリカがこれを支持するかどうかも重要な要素である。特に、トランプ前大統領が再び政権を握った場合、彼はロシアとの対立を避ける可能性が高いため、EU諸国が独自にこの政策を推し進めることは難しくなる。

 3. ロシアの軍事的対応の可能性

 ロシア側もこの動きに対し、軍事的対応を示唆している。ロシア議会の国防委員会副委員長は、「我々の輸送船に対する攻撃は、たとえ外国の旗を掲げていても、ロシア領土への攻撃とみなす」と警告している。つまり、ロシアは「シャドーフリート」を護衛するために海軍を派遣し、軍事的緊張が高まる可能性がある。

 もし、EU諸国のいずれかが実際にロシアの船舶を拿捕し、それに対してロシアが軍事的行動を起こした場合、バルト海地域は一気に国際的な危機の中心となる。これは「新冷戦」の重大な局面となり、世界的な注目を集めることになる。

 4. トランプ政権の対応と地政学的影響

 トランプ前大統領が再び政権を握った場合、彼の対ロシア政策がこの問題に大きく影響を与える可能性がある。トランプは従来、ロシアとの対立を避ける姿勢を示しており、EU諸国がロシア船舶を拿捕した場合でも、NATOの集団防衛(北大西洋条約第5条)を適用しない可能性がある。これは、EU諸国の対ロシア戦略にとって大きな制約となる。

 また、現在ロシアとアメリカの間では、ウクライナ戦争に関する秘密交渉が行われているとされており、この交渉が妥結する可能性がある。その場合、EU諸国がロシアの「シャドーフリート」に対する攻撃を行うことは、アメリカの外交政策と衝突することになり、欧米間の亀裂を深める要因となる。

 5. EU諸国がこの問題を持ち出す背景

 EU諸国の中でも、特にバルト三国やポーランドのような反ロシア的立場が強い国々は、今回の「シャドーフリート」拿捕の可能性を持ち出している。これは、彼らがまだロシアに対して実行可能な制裁手段を持っていることをアピールする意図がある可能性が高い。しかし、現実的には、これまでの制裁がロシアの軍事行動を抑止することができなかったことを考慮すると、新たな制裁が決定的な影響を及ぼす可能性は低い。

 また、彼らの目的として、こうした議論を行うことで、ロシアに対する圧力を高めたり、アメリカにさらなる介入を促したりする狙いもある。しかし、実際にロシアの「シャドーフリート」がバルト海を通過することをやめる可能性は低く、トランプ政権がウクライナ戦争への関与を減らす方向に動く中で、アメリカの対応を変えさせることも容易ではない。

 6. 今後の展望とリスク

 結論として、EU諸国がロシアの「シャドーフリート」に対する組織的な拿捕作戦を実施する可能性は低いと考えられる。ただし、フィンランドのように個別の国が自国の法律を根拠にして一部の船舶を押収する可能性はある。その場合、ロシアがどの程度強硬に対応するかが焦点となる。

 仮にEU諸国がこの方針を強化し、複数の船舶を拿捕し始めれば、ロシアは軍事的な対応を本格化させる可能性が高い。これは、1962年のキューバ危機のような核戦争寸前の緊張状態を生み出す危険性もある。特に、ロシアは2023年11月に、西側の長距離ミサイルがロシア本土を攻撃したことに対抗して、極超音速ミサイル「オレシュニク」を初めて使用するなど、エスカレーションの姿勢を強めている。

 そのため、EU諸国がロシア船舶を拿捕する場合、ロシアがこれに対して強硬な対応を取る可能性が高い。トランプ政権がこの状況に介入する可能性は低く、結果として、バルト海が新たな対立の前線となる可能性がある。ロシアの「シャドーフリート」にとって、全面的な拿捕のリスクは低いが、今後も局所的な押収事件が発生する可能性は否定できない。

【要点】

 ロシア「シャドーフリート」拿捕の可能性と影響

 1. 「シャドーフリート」とは何か

 ・ロシアが西側制裁を回避するために使用する非正規のタンカー群
 ・主にアジア市場へ割引価格の原油を輸送
 ・約350隻が活動し、ロシアの外貨収入に大きく貢献

 2. バルト海における「シャドーフリート」の活動とEUの対応

 ・バルト海を経由してロシア産原油を輸送する船舶が多い
 ・EUの一部諸国(特にバルト三国やポーランド)が拿捕を検討
 ・船舶が環境規制違反や海賊行為のリスクを抱えていると主張

 3. 拿捕の法的・政治的課題

 ・国際法上、外国籍の商船を押収するには明確な法的根拠が必要
 ・拿捕が外交的摩擦を引き起こす可能性が高い
 ・EU内でも統一した対応が困難(加盟国間で意見が分かれる)
 ・NATOの主導国アメリカが支持するか不透明

 4. ロシアの軍事的対応の可能性

 ・ロシアは「シャドーフリート」を護衛する可能性
 ・ロシア議会国防委員会副委員長が「拿捕はロシア領土への攻撃とみなす」と警告
 ・EUによる拿捕が軍事的衝突を招くリスク

 5. トランプ政権の影響

 ・トランプ前大統領が再選した場合、ロシアとの対立を避ける可能性が高い
 ・NATOの集団防衛(第5条)を適用しない可能性
 ・ウクライナ戦争に関するアメリカとロシアの秘密交渉と衝突のリスク

 6. EU諸国が拿捕を主張する背景

 ・反ロシア的なバルト三国やポーランドが主導
 ・ロシアに対する制裁圧力を強化する意図
 ・しかし、ロシアの軍事行動を抑止する決定的な影響は期待しにくい

 7. 今後の展望とリスク

 ・EU全体で大規模な拿捕作戦を実施する可能性は低い
 ・フィンランドなど一部の国が個別に拿捕する可能性はある
 ・ロシアが軍事的対応を強化する可能性が高い
 ・バルト海が新たな対立の前線となるリスク
 ・1962年のキューバ危機のような核戦争寸前の緊張状態に発展する可能性も

 8. 結論

 ・ロシアの「シャドーフリート」は短期的には活動を継続できる可能性が高い
 ・EUがどこまで強硬に対応するか次第で、軍事的緊張が高まる可能性あり
 ・アメリカの対応次第でEUの戦略が左右される

【参考】

 ☞ シャドーフリート(Shadow Fleet)とは

 1. 概要

 ・ロシアが西側諸国の制裁を回避するために運用している非正規のタンカー群
 ・主にロシア産原油を制裁対象国以外の国(特にアジア市場)へ輸送
 ・船舶の所有者や運航会社の実態が不透明で、西側の規制を逃れるように運用される

 2. 主な特徴

 ・匿名性の高い運用

  第三国籍の船舶を使用し、名義を頻繁に変更
  資産凍結や規制の回避を目的とする

 ・老朽化したタンカーの利用

  既存の規制を回避するため、老朽船を安価に買収し運用

 ・海上での積み替え(STS:Ship-to-Ship)

  公海上で原油を積み替え、出荷元の特定を困難にする

 ・追跡困難な航行ルート

  船舶追跡システム(AIS)を意図的にオフにする
  第三国の港を経由して出荷元を曖昧にする

 3. 目的と背景

 ・2022年以降、西側諸国がロシア産原油に対する価格上限を設定(G7の制裁措置)
 ・ロシアは中国、インドなどのアジア市場に輸出を継続するため、制裁回避の仕組みを構築
 ・正規の海運会社がリスクを回避する中、「シャドーフリート」が輸送を担う

 4. シャドーフリートの規模

 ・全体数:約600~1000隻(推定)
 ・バルト海経由:約350隻(ロシアの対アジア輸出に関与)
 ・年間取引額:ロシア国防予算の約1/3に相当

 5. 問題点とリスク

 ・環境リスク:老朽船の事故による海洋汚染の危険性
 ・安全リスク:制裁対象の船舶が国際的なトラブルを引き起こす可能性
 ・地政学的リスク:EUが拿捕を検討することで、ロシアとの軍事的緊張が高まる可能性

 6. 今後の展望

 ・EU諸国がバルト海でのシャドーフリート取り締まりを強化する可能性
 ・ロシアが軍事的護衛を強化し、海上衝突のリスクが高まる
 ・米国の政権交代により、EUの対応が変化する可能性あり

【参考はブログ作成者が付記】

【引用・参照・底本】

Will The EU Seize Russia’s “Shadow Fleet” In The Baltic? Andrew Korybko's Newsletter 2025.02.14
https://korybko.substack.com/p/will-the-eu-seize-russias-shadow?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=157122265&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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