米国の「造船復活」の幻想と国際貿易の現実2025年02月24日 17:07

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【概要】

 「パブリックコメント」が保護主義の政治的演出と化してはならない——環球時報社説

 米国通商代表部(USTR)は最近、中国の海運、物流、造船業界に関するセクション301条調査における「提案された措置」に対して「パブリックコメントを求める」と発表した。これに対し、中国商務省は2月23日に「このような措置は米国の造船業界を復活させることにはならず、むしろ関連する米国産業の利益を損なう」との見解を示した。中国は2024年3月以降、複数回にわたる米国との交渉を通じて、自国の産業問題を中国に転嫁するのをやめるよう求めてきた。米国のこのような対応は問題の解決にはならず、むしろ米国自身の産業的課題に対する短絡的な対処姿勢を露呈させるものである。

 「パブリックコメントの募集」は、一見すると開かれた包括的な手続きのように見えるが、実際には保護主義を推進するための既存の手法を偽装したものである。
 
 「パブリックコメント」の形骸化

 米国政府が対中政策において「パブリックコメント」を募集するのは新しい手法ではない。過去の事例を振り返ると、このプロセスはしばしば米国の政治的意思決定を追認するための「形式的手続き」にすぎなかった。

 例えば、2024年9月に米国が中国製電気自動車や太陽電池などに対して高関税を課す前、USTRは同様に「パブリックコメント」を募集した。しかし、寄せられた意見の多くは関税に反対するものや、関税免除の拡大を求めるものであったにもかかわらず、政策は予定通り実施された。

 米国の対中政策が「政治化」や「安全保障問題化」の傾向を強めるなか、特定の利益団体の主張が誇張され、それがあたかも「国民の声」であるかのように扱われる傾向にある。結果として、合理的な意見はかき消され、パブリックコメントは単なる儀式的手続きとなる。

 造船業界における米国の競争力低下

 現在の中国の海運業界に対する規制措置は、一部の保護主義的な風潮に迎合するものである。米国の造船業は過度な保護政策のために国際競争力を失い、衰退してきた。

 2024年2月22日のブルームバーグの報道によれば、中国、韓国、日本の3カ国が世界の造船市場の90%以上を占めている。一方で、米国が年間に建造する船舶は5隻未満であり、既にグローバル市場における存在感はほとんどない。

 このような状況にもかかわらず、米国は中国造船業への制裁措置を導入しようとしている。例えば、中国で建造された商船が米国の港に寄港する際に追加料金を課す計画は、明らかに差別的な政策であり、公正な国際貿易の原則に反する。米国の造船業を復活させるには、中国の商船を規制するのではなく、国内産業の競争力強化に注力するべきである。

 物流コストの増加とその影響

 このような措置は、米国の海運産業全体に打撃を与える。規制によって物流コストが上昇し、その負担は最終的に米国の消費者が負うことになる。

 USTRの対中措置は、中国だけでなく他国や国際的な業界団体、さらには米国内からも批判を受けている。米国商工会議所は2024年、「中国で建造された船舶に対して米国の港で恣意的な料金を課すことは適切な解決策ではない」と表明した。また、デンマークの大手海運企業であるマースクは、「この政策は世界的な貨物需要に悪影響を及ぼす可能性がある」と懸念を示している。

 これらの懸念は「真の国民の声」であり、米国政府が聞き入れるべきである。

 対中制裁の逆効果

 近年、米国は対中投資や貿易に関して多くの制限措置を講じてきたが、これらはしばしば逆効果を招いている。

 米国国際貿易委員会(USITC)の調査によると、米国政府が中国製品に課した関税のコストは、ほぼ全て米国の消費者が負担している。税制財団(Tax Foundation)の統計によれば、対中関税措置によって米国内で14万2000人の雇用が失われた。

 さらに、2025年2月21日に米国政府が発表した「アメリカ・ファースト貿易政策」では、対中投資をさらに制限する措置が打ち出された。これに対し、多くの米国企業は「中国市場を競争相手に譲り渡すことになる」と懸念を示している。

 国際的な批判とWTOの見解

 米国の一方的な貿易政策は国際社会からの批判を受けている。世界貿易機関(WTO)は、セクション301条に基づく米国の対中関税が国際貿易ルールに違反していると度々指摘してきた。

 近年、米国は「リスク回避(デリスキング)」の名の下に、貿易ルールを都合よく解釈し、少数の友好国でサプライチェーンを構築する「フレンド・ショアリング」を推進している。しかし、実際にはこの戦略は中国の産業競争力を弱めるどころか、逆に中国が産業の強靭性を高め、供給網を再構築する結果を招いている。

 保護主義的な政策は理論的にも実践的にも効果を上げておらず、繰り返し実施されたところで成功する可能性は低い。

 結論:開放と協力が不可欠

 米国の一部では、「米国旗を掲げた米国運航の船舶で港を埋め尽くす」という理想を描いていると報じられている。しかし、世界の海運業が安定し繁栄するためには、多様な航路と事業者の存在が不可欠である。

 歴史の流れは封鎖や対立ではなく、開放と協力の方向へと進む。USTRは1カ月間のパブリックコメント募集期間を設けているが、これがワシントンの政治に操られる「茶番劇」とならないことを期待する。

【詳細】

 中国共産党系メディア「環球時報(Global Times)」の社説であり、米国通商代表部(USTR)が発表した中国の海運、物流、造船業への調査と制裁措置に関する「パブリックコメント(意見公募)」の手続きについて批判している。この「パブリックコメント」が表面的には民主的な手続きに見えるものの、実際には保護主義的な政策を正当化するための手段にすぎないと主張している。以下に、記事の主張を詳しく説明する。

 1. USTRの「パブリックコメント」の目的と中国の反応

 米国通商代表部(USTR)は、中国が海運、物流、造船業を国家戦略として支援し、これらの分野で支配的な地位を築こうとしていると主張し、それに対する対抗策として追加の貿易措置を検討している。その一環として、米国政府は「パブリックコメント(公募意見)」を求める手続きを開始した。

 中国商務部はこれに対し、米国のこうした措置は「米国の造船業の振興にはならず、むしろ関連する米国産業の利益を損なうだけである」と反論した。また、2024年3月以降、中国は複数回にわたり米国と協議を行い、米国の産業問題を中国のせいにするべきではないと主張してきたという。

 2. 「パブリックコメント」は実際には保護主義的政策の正当化手段

 USTRの「パブリックコメント」手続きが過去にも繰り返し行われたが、その実態は「政策決定の追認」にすぎないと批判する。例えば、2024年9月に米国が中国製の電気自動車、太陽電池などに高関税を課す前にも同様の手続きが行われたが、多くの意見が関税に反対したにもかかわらず、政策は予定通り実行された。このように、「パブリックコメント」のプロセスは形骸化しており、実際には一部の利益団体の意見が強調され、政府の意向に沿った結果が出る仕組みになっていると指摘する。

 3. 米国造船業の衰退と新たな規制の影響

 米国の造船業は過去に過度な保護主義によって競争力を失い、現在では世界市場におけるシェアはごくわずかである。2024年2月22日のブルームバーグの報道を引用し、現在、世界の造船市場の90%以上は中国、韓国、日本の3か国が占めており、米国の造船能力は年間5隻未満にとどまるとしている。

 そのため、今回の中国造船業への制裁は、実際には米国造船業の競争力向上にはつながらず、単なる政治的パフォーマンスに過ぎないと主張する。特に、中国製の商船が米国の港に寄港する際に追加料金を課す計画については「明白な差別的措置」であり、国際貿易の公平性を損なうと非難している。

 4. 国際的な反対意見と米国消費者への影響

 USTRの対中制裁措置に対して、米国国内や国際的な業界団体からも反対の声が上がっていると指摘する。例えば、米国商工会議所は「中国製船舶への追加料金は問題の解決策にはならない」と表明し、デンマークの海運大手マースク(Maersk)も「この措置は世界の貨物輸送需要に影響を及ぼす」と懸念を示している。

 さらに、米国の対中関税政策の影響について、**米国国際貿易委員会(USITC)**の調査結果を引用し、米国消費者が関税によるコストのほぼ全額を負担していると指摘する。また、**税財団(Tax Foundation)**の統計によれば、対中関税により米国内で14万2000人の雇用が失われたとされている。

 5. WTOと国際社会の反応

 米国の一方的な対中制裁措置が国際的にも正当性を欠いていると主張する。世界貿易機関(WTO)は、米国が「301条」に基づいて中国製品に課した関税は「多国間貿易ルールに違反する」と裁定している。

 また、米国は「デリスキング(リスク低減)」の名の下に、「フレンド・ショアリング(友好国間でのサプライチェーン構築)」を進めているが、この戦略が中国の発展を阻むには不十分であり、むしろ中国が産業の強靭性を高める契機となっていると指摘する。

 6. 米国の「造船復活」の幻想と国際貿易の現実

 米国が「米国旗を掲げた米国運営の船舶で港を埋め尽くす」という理想を掲げているものの、現実には国際貿易の安定には多様な航路と事業者の存在が不可欠であると指摘する。歴史を振り返れば、閉鎖的な政策や対立は持続不可能であり、開放的な協力こそが持続的な発展につながると主張している。

 最後に、USTRが今回の「パブリックコメント」を1か月間募集するとしているが、これが単なる政治的なパフォーマンスに終わらないことを期待すると結んでいる。
 
【要点】
 
 1.USTRの「パブリックコメント」手続き

 ・米国通商代表部(USTR)が中国の海運、物流、造船業への影響を調査し、貿易制裁を検討
 ・意見公募(パブリックコメント)を実施するが、実際には政策決定の追認に過ぎない

 2.中国の反応

 ・中国商務部は「米国の造船業振興にはならず、むしろ逆効果」と批判
 ・2024年3月以降、米国と協議を重ねるも政策撤回の兆しなし

 3.「パブリックコメント」の問題点

 ・米国は過去にも同様の手続きを実施したが、意見を無視して制裁を強行
 ・実質的に一部の利益団体の意見を反映する形骸化した手続き

 4.米国造船業の衰退と影響

 ・米国の造船業は過去の保護主義により競争力を失い、世界市場でのシェアはごくわずか
 ・2024年時点で米国の年間造船能力は5隻未満
 ・中国製船舶への追加料金は「差別的措置」であり国際貿易の公平性を損なう

 5.国際的な反対意見

 ・米国商工会議所:「中国製船舶への追加料金は問題解決にならない」
 ・マースク(Maersk):「世界の貨物輸送に悪影響を及ぼす」
 ・米国国際貿易委員会(USITC):「関税のコストは米国消費者が負担」
 ・税財団(Tax Foundation):「対中関税により米国内で14万2000人の雇用が喪失」

 6.WTOと国際社会の反応

 ・WTO:「301条関税は多国間貿易ルール違反」と裁定
 ・米国の「デリスキング」政策は中国の産業強化を促すだけ

 7.米国造船業復活の幻想

 ・米国は「自国旗の商船で港を埋め尽くす」理想を掲げるが非現実的
 ・国際貿易の安定には多様な航路と事業者の存在が不可欠

 8.結論

 ・USTRの「パブリックコメント」は形骸化しており、実質的に保護主義政策を正当化する手段
 ・制裁措置は米国経済にも悪影響を及ぼす可能性が高い
 ・米国の対中戦略は国際的な競争環境を無視した政治的パフォーマンスに過ぎない

【引用・参照・底本】

‘Public comment’ should not become a political show for protectionism: Global Times editorial GT 2025.02.24
https://www.globaltimes.cn/page/202502/1328952.shtml

米国における医薬品関税の影響とその分析2025年02月24日 17:36

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【概要】

 GT Voice: 米国における医薬品関税の影響

 1. 米国の関税提案とその背景

 ・トランプ大統領は、製薬輸入品に対して関税を課す意向を示している。
 ・関税の目的は、製薬業界の国内生産を促進し、海外依存を減らすことにある。
 ・2025年2月23日、ブルームバーグは、トランプ氏が製薬会社の幹部との会合で関税の導入を警告し、生産拠点を米国内に移すよう促したと報じた。

 2. 関税がジェネリック医薬品に与える影響

 ・米国で処方される医薬品の約90%はジェネリック医薬品である(出典:Association for Accessible Medicines)。
 ・ジェネリック医薬品の利益率は低く、25%の追加関税が課されれば、製薬会社はコスト増を吸収できず、患者や医療機関に価格転嫁される可能性が高い。
 ・米国ではすでに薬価高騰が問題となっており、2023年の「The Economist」の調査によれば、3人に1人が高額な医薬品を理由に処方薬の購入を断念した。

 3. ジェネリック医薬品の国際的な生産体制

 ・近年、米国の製薬企業はコスト効率を追求し、多くのジェネリック医薬品および有効成分(API)の生産を中国やインドなどの新興市場国に移転した。
 ・これは単なる企業戦略ではなく、コスト削減、効率化、スケールメリットの追求という市場の論理によるものである。

 4. 米国内での生産回帰の困難さ

 ・国内生産を拡大しようとしても、製造施設の建設や運用には長期間を要するため、短期間での輸入代替は困難である。
 ・ジェネリック医薬品は利益率が低いため、新たな製造施設の建設に対する企業の投資意欲は低い。

 5. 医薬品価格の上昇と社会的影響

 ・関税の導入により、輸入ジェネリック医薬品の価格は上昇する。
 ・これにより、特に低所得者層の負担が増加し、医療アクセスの悪化が懸念される。
 ・大病院や資金力のある薬局が医薬品を買い占める可能性があり、地方や小規模医療機関への供給が不安定になる恐れがある。

 6. 世界の製薬サプライチェーンへの影響

 ・米国からの発注が減ることで、インドなどのジェネリック医薬品製造国が供給過剰に陥る可能性がある。
 ・これにより、グローバルな製薬産業全体の安定性が損なわれる恐れがある。

 7. 結論

 ・関税導入は、短期的には米国内の生産能力不足を補えず、医療費の上昇や供給不安を招く。
 ・長期的には、国際的な医薬品供給網を混乱させ、世界の製薬産業の発展に悪影響を及ぼす可能性がある。
 ・トランプ氏の関税政策は、医薬品の自給率向上を目指すものの、実際には市場原理に反し、医療費の高騰と供給リスクをもたらす可能性が高い。

【詳細】

 GT Voice: 米国における医薬品関税の影響とその分析

 1. 米国の関税提案の概要と背景

 (1) トランプ大統領の関税方針

 ・トランプ大統領は、製薬輸入品に対して関税を課す方針を打ち出している。
 ・2025年2月23日、ブルームバーグは、トランプ氏が製薬企業の幹部との会合で「関税は導入される」と警告し、企業に対し生産拠点を米国内に移すよう促したと報じた。
 ・同氏は自動車、半導体、製薬業界の輸入品に25%の関税を課す考えを示しており、特に医薬品の国内生産促進を目指している。

 (2) 目的と想定される狙い

 ・米国の製薬業界の海外依存度を下げ、国内生産を強化する。
 ・特に中国やインドなどの低コスト生産国からの輸入を抑制し、国内雇用を促進する。
 ・米国内の製薬供給網を安定させ、将来的な国家安全保障上のリスクを低減する。

 (3) 関税導入の背景

 ・米国は近年、医薬品の生産拠点をコストの安い新興国(特に中国やインド)に移してきた。
 ・その結果、米国市場では、ジェネリック医薬品の大半が輸入に依存する状況となった。
 ・COVID-19パンデミック時には、サプライチェーンの混乱が医薬品供給不足を引き起こし、国内生産の必要性が改めて浮上した。

 2. 関税がジェネリック医薬品に与える影響

 (1) ジェネリック医薬品の市場構造

 ・米国で処方される医薬品の約90%はジェネリック医薬品である(出典:Association for Accessible Medicines)。
 ・ジェネリック医薬品は、新薬(先発医薬品)よりも価格が低く、低所得者層や慢性疾患患者にとって不可欠な選択肢となっている。
 ・これらの医薬品は、主に中国やインドで製造され、米国市場に供給されている。

 (2) 関税による価格上昇とコスト負担の増大

 ・ジェネリック医薬品の利益率は低いため、25%の関税を課せば製薬企業がコストを吸収することは困難である。
 ・その結果、増加したコストは患者や医療機関に転嫁される可能性が高い。
 ・すでに米国内では薬価の高騰が問題となっており、2023年の「The Economist」の調査によれば、米国人の3人に1人が薬価高騰のために処方薬の購入を諦めたと報告されている。

 (3) 供給の不安定化と流通の混乱

 ・主要な輸入国からの供給が減少すれば、米国内の医薬品供給が不安定化する可能性がある。
 ・一部の医薬品が供給不足に陥ることで、特定の疾患に必要な薬剤が手に入らなくなるリスクがある。
 ・医療機関や薬局がパニック買いを起こし、大病院や資金力のある薬局が在庫を確保する一方で、小規模な薬局や地方医療機関が供給不足に直面する可能性がある。

 3. ジェネリック医薬品の国際的な生産体制

 (1) 中国とインドのジェネリック医薬品生産の現状

 ・米国のジェネリック医薬品市場は、中国とインドの生産能力に大きく依存している。
 ・インドは「世界の薬局」とも称され、ジェネリック医薬品の主要供給国の一つである。
 ・中国はジェネリック医薬品の有効成分(API)の主要供給国であり、多くの米国製薬会社が中国産のAPIに依存している。
 
 (2) 米国における生産回帰の困難さ

 ・国内生産を拡大しようとしても、製造施設の建設や運用には長期間を要する。
 ・製薬工場の新設には巨額の投資が必要であり、規制の厳しさも障壁となる。
 ・ジェネリック医薬品は利益率が低いため、米国内での新規参入が進みにくい。
 ・国内生産の拡大には少なくとも数年を要し、短期間での輸入代替は困難である。

 4. 医薬品価格の上昇と社会的影響

 (1) 低所得層への影響

 ・米国内で関税が導入されれば、ジェネリック医薬品の価格上昇は避けられない。
 ・その結果、特に低所得者層や無保険者にとって医薬品が手の届きにくいものとなる。
 ・医療格差が拡大し、慢性疾患の管理が困難になる可能性がある。

 (2) 医療機関への影響

 ・病院や診療所は、医薬品のコスト上昇により財政的な負担を抱えることになる。
 ・小規模病院や地方医療機関では、医薬品の供給不足により適切な医療を提供できない可能性がある。
 ・特定の薬剤の不足が、医療の質の低下や患者の健康悪化を招く可能性がある。

 5. 世界の製薬サプライチェーンへの影響

 (1) インドの製薬業界への影響

 ・米国からの発注が減少すれば、インドの製薬企業は生産過剰に陥る可能性がある。
これにより、インド国内の製薬産業の雇用や経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
(
 2) グローバルな製薬供給網の混乱

 ・中国やインドからの供給減少は、欧州や他の市場にも波及する可能性がある。
 ・世界的な製薬サプライチェーンの混乱が、医薬品の供給リスクを高める可能性がある。

 6. 結論

 ・関税導入は、短期的には米国内の生産能力不足を補えず、医療費の上昇や供給不安を招く。
 ・長期的には、国際的な医薬品供給網を混乱させ、世界の製薬産業の発展に悪影響を及ぼす可能性がある。
 ・トランプ氏の関税政策は、医薬品の自給率向上を目指すものの、実際には市場原理に反し、医療費の高騰と供給リスクをもたらす可能性が高い。
 
【要点】
 
 1. 米国の関税提案の概要

 ・トランプ大統領は製薬輸入品に25%の関税を課す方針を示した。
 ・目的は米国内生産の促進と海外依存の低減。
 ・対象は中国・インドなどからの輸入医薬品。
 ・COVID-19の供給混乱を教訓に、国内供給網の強化を目指す。

 2. 関税がジェネリック医薬品に与える影響

 ・価格上昇:関税のコスト増加が患者や医療機関に転嫁される。
 ・供給不安:輸入減少により一部の医薬品が不足する可能性。
 ・市場構造の変化:低コスト生産国からの輸入減少により、米国内のジェネリック市場が縮小。

 3. 米国の製薬サプライチェーンの現状

 ・ジェネリック医薬品の90%が輸入(主に中国・インド)。
 ・中国:API(有効成分)の主要供給国。
 ・インド:ジェネリック医薬品の主要生産国。
 ・国内生産の困難さ:新規工場建設や規制対応に長期間必要。

 4. 医薬品価格の上昇による社会的影響

 ・低所得層の負担増加:医薬品価格が上昇し、購入困難に。
 ・医療格差の拡大:高価な薬が入手困難になり、健康格差が拡大。
 ・医療機関の財政負担:薬剤コスト上昇により、小規模病院や診療所の運営が厳しくなる。

 5. 世界の製薬サプライチェーンへの影響

 ・インドの製薬業界:米国向け輸出減少により、生産過剰や雇用減少の懸念。
 ・グローバル供給網の混乱:他国市場にも影響を及ぼし、医薬品の供給リスクが増加。
 
 6. 結論

 ・短期的影響:供給不足、価格高騰、医療機関の負担増。
 ・長期的影響:米国の自給率向上を狙うも、実際には市場原理に反し医療費の上昇を招く可能性が高い。
 ・国際的リスク:サプライチェーンの混乱が世界的な医薬品供給に悪影響を及ぼす。

【参考】

 ☞ API(Active Pharmaceutical Ingredient、有効成分)とは、医薬品の主成分となる化学物質または生物学的成分のことである。医薬品の効果を発揮する成分であり、実際の治療作用を担う。

 APIの特徴と役割

 ・医薬品の主成分:薬の効能を発揮する物質。例えば、鎮痛剤のAPIはアセトアミノフェン。
 ・製剤化が必要:API単体では服用できないため、添加剤と混合し錠剤やカプセルなどの製品にする。
 ・品質管理が重要:純度や安定性が薬の有効性や安全性に影響を与える。
 
 APIの供給構造
 
 ・中国・インドが世界最大の供給国
  ⇨ 中国:低コストで大規模生産が可能なため、APIの主要供給源。
  ⇨ インド:ジェネリック医薬品の製造大国であり、APIの調達も多い。

 ・米国や欧州も一部生産:ただし、コストが高いため輸入依存が強い。
 ・規制の厳格化:FDA(米食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)による品質基準がある。

APIの関税が及ぼす影響

 ・輸入コスト上昇 → ジェネリック医薬品の価格高騰。
 ・供給の不安定化 → 医薬品不足や供給遅延のリスク増大。
 ・米国国内生産の難しさ → 新工場の設立には多額の投資と時間が必要。
 
 APIは医薬品の根幹を成すため、輸入制限や関税の導入は医療システム全体に影響を及ぼす。

 ➢ API(有効成分)とジェネリック医薬品は異なる概念である。

API(Active Pharmaceutical Ingredient、有効成分)

 ・定義:医薬品の主成分であり、治療効果を発揮する化学物質や生物学的成分。
 ・例

  ⇨ アセトアミノフェン(鎮痛・解熱剤の成分)
  ⇨ アモキシシリン(抗生物質の成分)

 ・役割:単体では服用できないため、賦形剤(添加剤9と組み合わせて製剤化される。

 ジェネリック医薬品(後発医薬品)

 ・定義:新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に、同じ有効成分(API)を用いて製造される医薬品。

 ・特徴

  ⇨ 先発医薬品と同じ効果・安全性が求められる(規制当局による承認が必要)。
  ⇨ 価格が安い(開発費が低いため)。
  ⇨ 異なる製薬会社が製造可能。

 ・例

  先発薬「バイアグラ(シルデナフィル)」→ ジェネリック薬「シルデナフィル錠」
  先発薬「リピトール(アトルバスタチン)」→ ジェネリック薬「アトルバスタチン錠」

 関係性

 ・APIはジェネリック医薬品の主成分であるが、API自体は薬ではない。
 ・ジェネリック医薬品はAPIを含むが、製剤(添加剤・カプセル・錠剤の形状など)
も含まれる。

 ✅ API(有効成分) = 医薬品の主成分(薬の有効成分)
 ✅ ジェネリック医薬品 = APIを含む後発医薬品(先発薬と同じ成分の安価な薬)

【参考はブログ作成者が付記】


【引用・参照・底本】

GT Voice: US patients to bear the brunt if pending tariffs on drugs imposed GT 2025.02.23
https://www.globaltimes.cn/page/202502/1328937.shtml

【桃源閑話】歴史の中の「卑劣」・歴史心理学の必要性2025年02月24日 20:01

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【桃源閑話】歴史の中の「卑劣」・歴史心理学の必要性

【概要】

 明治以降、日本の政治は急速に近代化し、帝国主義的な方向へ進んだ。特に、日清戦争(1894-1895)から第二次世界大戦(1941-1945)に至るまでの期間、日本は国際社会での地位を強化しつつも、軍国主義へと傾斜していった。

  1. 日清戦争と列強との対立(1894-1905)

 ・日清戦争(1894-1895)では、朝鮮半島の影響力を巡り清と対立し、日本が勝利。下関条約で台湾や遼東半島を獲得するが、三国干渉(ロシア・ドイツ・フランス)により遼東半島を返還。
 ・日英同盟(1902)を締結し、ロシアとの対立を深める。
 ・日露戦争(1904-1905)に勝利し、ポーツマス条約で南満洲鉄道の権益を獲得、大国の仲間入りを果たす。

 2. 第一次世界大戦と国際協調(1914-1930)

 ・1914年に第一次世界大戦が勃発すると、日本は連合国側で参戦し、ドイツの中国・青島や南洋諸島を占領。戦後、ヴェルサイユ条約で戦勝国となる。
 ・1920年に国際連盟に加盟し、国際協調路線を採るが、1921-22年のワシントン会議で海軍軍縮を受け入れる。
 ・1925年、普通選挙法と治安維持法が制定され、民主化と同時に共産主義の弾圧が進む。

 3. 満洲事変と軍国主義の台頭(1931-1937)

 ・1931年、関東軍が満洲事変を起こし、翌年に満洲国を建国。
 ・1933年、国際連盟のリットン調査団の勧告を受け、日本は国際連盟を脱退。
 ・1936年、二・二六事件で陸軍青年将校がクーデター未遂を起こし、軍の影響力が強まる。

 4. 日中戦争と第二次世界大戦(1937-1945)

 ・1937年、盧溝橋事件を契機に日中戦争が本格化。
 ・1940年、日独伊三国同盟を締結し、枢軸陣営に加わる。
 ・1941年、アメリカとの対立が深まり、真珠湾攻撃を行い太平洋戦争が勃発。
 ・1945年、広島・長崎への原爆投下とソ連の対日参戦により、日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏。

 このように、日本の政治は明治維新後の近代化から国際協調を経て、軍国主義と戦争へと進んだ。

 日本の明治以降の政治には「卑劣」(本来なら「卑劣」の定義を述べるべきであるが、抱く疑問の要因を把握するなかで、徐々に明確になるはずである)さを感じる。理由として、以下の二つの視点が考えられる。

 1.朝廷という無産・無能・非生産階級の存在

 2.江戸幕府の倫理道徳や気高さを持たない低層武士の政治支配

 この二つの勢力が結託した結果、日本の政治がどのように「卑劣」ものになったのかを詳細に説明する。

 (1) 朝廷という無産・無能・非生産階級の影響

 ・幕末から明治維新にかけて、天皇とその周辺の朝廷勢力は、政治的には長く権威だけの存在であり、経済的にも生産活動には関与しなかった。江戸時代を通じて朝廷は幕府の庇護を受ける立場にあり、財政的にも困窮していたが、幕末になると尊王攘夷の思想を背景に、薩長などの討幕勢力と結びつくことで影響力を回復した。

 ・しかし、朝廷は国家運営の経験をほとんど持たず、明治維新後も天皇を「象徴」とする形で国家の中心に据えたものの、実質的な政治・経済運営は薩長出身の官僚や軍人が担った。そのため、朝廷は国家のために何かを生み出すわけでもなく、軍国主義的な政策を「天皇の名のもとに」正当化する道具として利用されることになった。

 ・さらに、明治政府は「天皇親政」の名のもとに旧幕府の武士階級を排除し、朝廷の権威を利用しながら、実際には薩長閥の利益を最大化する政治体制を構築した。こうした無産・無能な階級が国家の中枢に居座り続けたことが、近代日本の政治の歪みにつながったと言える。

 (2) 江戸幕府の倫理道徳・気高さを持たない低層武士の政治支配

 ・江戸幕府は、朱子学を基盤とする倫理道徳を重視し、武士の統治理念として「名こそ惜しけれ」を掲げた。上級武士ほど「士道」や「忠義」を重んじ、政治的にも慎重な姿勢をとった。しかし、幕末の動乱期になると、こうした倫理観を持たない下級武士や脱藩浪人が急速に台頭し、討幕運動を主導するようになった。

 ・明治維新の実権を握ったのは、薩摩・長州を中心とする下級武士層であった。彼らは幕府の旧秩序を否定し、功利的かつ現実主義的な政治手法をとった。特に長州出身の木戸孝允や大久保利通らは、西洋列強に対抗するために富国強兵策を推し進める一方で、幕府時代の慎重な外交を捨て、積極的な対外膨張路線をとるようになった。

 ・こうした低層武士出身の支配者層は、欧米列強の侵略を恐れるあまり、国力増強を至上命題とし、倫理や気高さよりも実利を優先する傾向があった。その結果、

  ⇨ 廃藩置県による旧大名層の政治的排除
  ⇨ 西南戦争に代表される旧士族の弾圧
  ⇨ 日清戦争・日露戦争を通じた帝国主義的膨張
といった形で、倫理よりも権力維持と軍事力拡大を優先する政治体制が確立された。

 ・さらに、昭和期に至ると、こうした「下級武士的」な気質が軍部独裁へとつながり、合理性を欠いた精神論的な戦争政策が推し進められた。結果として、日中戦争や太平洋戦争では「皇国史観」の名のもとに無謀な戦略が採られ、日本は破滅へと向かうことになった。

 まとめ

 ・明治以降の日本の政治が「卑劣」と感じられる理由は、朝廷という実務能力のない階級と、倫理道徳を持たない低層武士が結託した結果、国家運営の理念が「名誉ある統治」ではなく「実利優先の拡張政策」へと傾いたことにある。

 ・江戸幕府の上級武士層が重んじた「名誉」や「義理」といった価値観が、明治以降は次第に失われ、代わりに「成果至上主義」「軍事力信仰」「天皇を利用した権力維持」といった実利的な発想が支配的になった。これが、近代日本の政治に「卑劣」さを感じさせる最大の要因であると言える。

【詳細】

 明治維新は、江戸幕府を「封建的で時代遅れの悪政」として描き、それに対して「維新勢力が日本を近代化へ導いた」という歴史観が一般的に定着している。しかし、この見方には相当な偏りがあり、実際には維新勢力が作り上げた政治的プロパガンダの要素が強い。

 1. 江戸幕府を「悪」とした虚構

 維新政府が自身の正当性を確立するために、江戸幕府を「腐敗した封建体制」として描いたが、実際には以下のような側面があった。

 ・外交の安定: 幕府は欧米列強との外交交渉を通じて、日本を植民地化から守っていた。特に井伊直弼による日米修好通商条約の締結は、一方的な不平等条約と批判されがちだが、実際には戦争を避けるための現実的な選択であった。
 ・経済発展: 幕府は全国的な市場経済の発展を促し、大阪・江戸を中心とした商業ネットワークを確立していた。これにより、江戸時代の日本は世界的に見ても高度な経済基盤を持つ国となっていた。
 ・教育と社会秩序: 寺子屋や藩校を通じて識字率が向上し、武士階級だけでなく町人層も一定の教養を持っていた。これにより、社会の安定が維持されていた。
 ・にもかかわらず、明治政府は幕府のこうした功績を意図的に無視し、「封建的で遅れた政治」として歴史を書き換えた。

 2. 維新勢力の「でっち上げ」

 一方で、維新政府自体の統治も決して「清廉潔白」なものではなかった。むしろ、権力奪取のために陰謀と武力を駆使し、幕府以上に権威主義的な体制を築いていった。

 ・武力倒幕の正当化: 1868年の「王政復古の大号令」は、クーデターに過ぎなかった。さらに、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに旧幕府勢力を弾圧し、西郷隆盛の主導で江戸無血開城を演出する一方、会津戦争や函館戦争では容赦のない戦闘を行った。
 ・廃藩置県による地方支配の強化: 江戸幕府時代には各藩がある程度の自治権を持っていたが、明治政府は廃藩置県によって中央集権化を推し進め、地方の権限を奪った。これは、薩長土肥出身の官僚が国家運営を独占するための手段だった。
 ・富国強兵の名の下の民衆収奪: 明治政府は財政基盤が脆弱だったため、地租改正によって農民から厳しく税を徴収し、さらに徴兵制度を導入して庶民を戦争に動員した。これは、江戸時代に比べて庶民の負担を大幅に増大させるものだった。

 3. 天皇制の利用

 維新政府は、実質的には薩摩・長州の下級武士による政権であったが、それを正当化するために天皇を政治の中心に据えた。

 ・「万世一系」という神話の強調: 明治政府は「天皇は神聖であり、日本の統治の唯一の正統な存在である」というイデオロギーを作り上げた。しかし、実際には天皇は江戸時代まで政治に関与しておらず、明治政府にとって都合の良いシンボルとして利用されただけであった。
 ・大日本帝国憲法による天皇権限の拡大: 1889年に制定された大日本帝国憲法では、天皇が統治権を総攬すると定められたが、実際の政治は薩長出身の官僚や軍人によって行われた。つまり、天皇を前面に出しながら、実権は維新政府のエリート層が握る構造が作られた。

 まとめ

 ・明治維新は単なる「近代化」ではなく、旧幕府を否定し、自らの支配を正当化するために歴史を書き換えた「でっち上げ」の側面が強い。江戸幕府が築いてきた秩序や伝統を破壊し、薩長の下級武士層が新たな支配階級となった結果、日本の政治は功利主義的で軍事優先の方向へ進んでいった。これは、後の軍国主義・帝国主義的な政策へとつながり、日本が破滅への道を歩む原因となったと言える。

【要点】
 
 明治維新によって生じた政治構造と歴史観の歪曲は、単なる政権交代ではなく、日本の社会・文化・価値観に深く根を下ろした「品格の問題」として現在に至るまで影響を及ぼしている。維新政府が作り上げた虚構の歴史は、真実を覆い隠し、国民の歴史認識を歪め続けている。

 1. 明治政府による歴史改ざんと隠蔽

 ・維新政府は、自らの正統性を確立するために江戸幕府の政治や社会制度を意図的に否定し、歴史を都合よく作り変えた。

 2.江戸幕府の善政の隠蔽

 ・幕府は平和を維持し、識字率の向上、経済の発展、国際的な交渉による独立維持など、多くの成果を上げていた。しかし、維新政府は「封建的で腐敗した支配体制」として一方的に断罪し、その功績を徹底的に隠蔽した。

 3.薩長閥の独裁体制の正当化

 ・明治政府は「国民のための近代化」を掲げたが、実際には薩摩・長州の下級武士が政治を独占し、他の勢力を排除した。これを「維新の功績」として美化し、実態とは異なる形で歴史が書き換えられた。

 4.士族の反乱を「反国家的行為」とした歪曲

 ・西南戦争や神風連の乱など、旧武士層の抵抗運動は、決して単なる反乱ではなく、明治政府の急激な改革による社会不安への反発であった。しかし、政府はこれを「国家に反逆する反動勢力」として弾圧し、彼らの主張や背景を抹消した。

 5. 「天皇神聖化」による虚構の統治

 ・江戸時代の天皇は、政治には関与せず、文化的な象徴に過ぎなかった。しかし、明治政府は自らの正統性を確保するために「万世一系」の神話を強調し、天皇を絶対的な権威として利用した。

 6.国家神道の創出と教育勅語

 ・神道を国教とし、「天皇は神聖であり、日本は特別な国である」という思想を国民に植え付けた。教育勅語を通じて、国民に忠誠心を強要し、政府の都合の良い歴史観を強制した。

 7.現実の政治との乖離

 ・表向きは「天皇親政」とされたが、実際には薩長出身の政治家や軍部が権力を握り、天皇を利用して自らの政策を正当化する手段とした。大正・昭和期に入ると、軍部が独走し、天皇を「統治の道具」として利用し続けた。

 8.維新の遺産としての現在の政治構造

 ・維新政府が築いた政治のあり方は、戦後も根本的には変わらず、現在の日本の統治システムにも影響を与えている。

 9.官僚主導の中央集権体制

 ・廃藩置県によって地方の自主性が奪われた結果、現在もなお中央政府(霞が関)の官僚が政策決定を握る体制が続いている。これは、明治政府の「統治機構の合理化」として導入されたが、地方自治の発展を阻害し、地方経済の衰退を招いた。

 10.歴史教育における事実の歪曲

 ・教科書では、維新が「近代化の原点」として強調される一方で、維新政府による弾圧や独裁的な政治、戦争への道を開いた側面はほとんど語られない。これは、明治以来の歴史観が戦後も修正されずに残った結果である。

 11.政治と品格の欠如

 ・江戸幕府の政治には、儒教的な倫理観や道徳的責任が重視されていたが、維新後の政治は功利主義的な傾向が強まり、権力闘争や利益誘導が横行するようになった。この結果、政治家の倫理観が低下し、「国家のため」という大義名分のもとで不正や汚職が繰り返される構造が生まれた。

 まとめ

 ・明治維新は単なる政権交代ではなく、日本の政治・社会構造を根本から変えた歴史的転換点であった。しかし、その過程で事実が歪められ、江戸幕府の遺産は否定され、天皇制を利用した支配体制が構築された。この歪んだ統治のあり方は、現在に至るまで続いており、日本の政治の品格を損なう要因となっている。維新政府が作り上げた虚構の歴史から脱却し、本来の日本の伝統や価値観を見直すことが、真の歴史的再評価につながるのである。

 ・歴史的・政治的な側面を考慮するなら、戦後日本においては、戦前の軍国主義的な体制が崩壊し、新たに制定された日本国憲法によって民主主義国家としての道を歩み始めた。本来なら、日本の「卑劣」さは、消えたはずであるが、それは戦後の平和主義と民主主義の理念のもとで変化したとも考えられる。

 経済復興や国際関係の中で、戦後日本が自主性を失い、アメリカの影響下にあることは更なる「卑劣」さと捉えられる。

【補遺:歴史心理学の必要性】

 歴史を単なる事象の羅列として捉えるのではなく、そこに関わった人間の心理や倫理観、価値観の変遷を分析することは極めて重要である。特に、日本の近代史においては、政治的な出来事の背景にある人間の意識や道徳観を検証しなければ、真の歴史的理解には至らない。

 この視点に立つと、「歴史心理学」とも呼ぶべき分野が必要であることが明らかになる。これは、歴史上の出来事を単なる因果関係の分析にとどめず、その時代の指導者や国民が持っていた心理的傾向、倫理観、社会意識を解明することを目的とする学問である。

 1. 歴史の中の心理と人格の問題

 ・明治維新以降、日本の統治構造が大きく変化する中で、政治家や支配層の意識にどのような変化が生じたのかを分析することは重要である。

 2.封建社会から中央集権へ:権威の正当化の心理

 ・江戸時代は「士農工商」の身分制度のもと、武士が倫理的な支配者層としての役割を果たしていた。しかし、明治維新では、下級武士と朝廷が手を組んで旧幕府を倒し、新たな支配体制を築いた。このとき、彼らが抱えていたのは「自らの権威をいかに正当化するか」という心理的課題であった。その結果、天皇の神聖化や国家神道の強化が進められた。

 3.戦争への心理的傾向:国民意識の操作

 ・明治政府は「富国強兵」を掲げ、日清戦争・日露戦争へと突き進んだ。この過程では、国民の心理に「戦争は国家の発展のために必要である」という観念を植え付けるプロパガンダが行われた。さらに昭和に入ると、軍部による国民意識の操作が強まり、「聖戦」の名のもとで戦争が正当化される心理的構造が完成した。

 4.敗戦後の心理的転換:責任回避と自己正当化

 ・戦後、日本は敗戦の責任をどのように認識したのか。この時期に見られるのは、「すべては軍部の暴走だった」「国民は被害者だった」とする責任転嫁の心理である。こうした心理は、戦後の政治構造にも影響を与え、「誰も責任を取らない政治文化」を生み出すことになった。

 5.「歴史心理学」の必要性と意義

 ・歴史心理学の視点がなければ、歴史は単なる出来事の因果関係として理解され、そこに関わった人間の意識や価値観の変遷が見落とされる。これを克服するためには、以下のような研究が必要である。

 (1)統治者の心理的動機の分析

 ・歴代の指導者は何を恐れ、何を求め、どのような価値観を持っていたのかを探ることで、政策決定の背景をより深く理解できる。

 (2)国民意識の変化の追跡

 ・ある時代の国民がどのような精神状態にあったのかを分析することで、歴史的な転換点の本質を見極めることが可能になる。

 (3)倫理観の変遷とその影響

 ・近代日本では、武士道的な倫理観が薄れ、国家の利益を最優先する考え方が支配的になった。この倫理観の変遷が政治にどのような影響を与えたのかを解明する。

 6. 歴史を人格と倫理の問題として再評価する

 ・歴史を単なる事実の集合ではなく、「当時の人々の人格と倫理観がどのように働いたか」という視点で再評価することが必要である。維新政府がどのように歴史を歪めたのか、その背景にある心理的要因は何か、そしてそれが現代にどう影響を与えているのかを解明することで、日本の歴史観に新たな視座を加えることができる。

 ・明治維新から現在に至るまでの日本の歴史には、単なる政治的・経済的な変化だけでなく、人々の心理的要因が深く関与している。そのため、歴史を解明するには、出来事の表面的な分析にとどまらず、「歴史心理学」という視点を導入し、当時の人々の意識、倫理観、価値観を掘り下げて考察することが不可欠である。

 7.歴史心理学などの分野の学問は現在ないのか

 現在、「歴史心理学(Historical Psychology)」という名称で確立された学問分野はほぼ存在していない。しかし、歴史と心理学を結びつけた研究領域はいくつかあり、それらが「歴史心理学」として発展する可能性を秘めている。以下、関連する学問分野を挙げ、それらがどのように歴史心理学と結びつくかを説明する。

 関連する学問分野

 (1) 歴史学(History)と心理学(Psychology)の交差領域

 ・歴史学は主に政治・経済・社会の変遷を扱うが、従来、個人や集団の「心理状態」に深く踏み込むことは少なかった。
 ・一方、心理学は個人の行動や思考を研究するが、それを長期的な歴史の流れの中で分析することは少ない。
 ・しかし、近年は「歴史的な文脈における人間心理」を研究する動きがあり、これが「歴史心理学」の基礎になり得る。

 (2) 集団心理学(Social Psychology, Collective Psychology)

 ・ギュスターヴ・ル・ボン(Gustave Le Bon)の『群衆心理』(1895年)は、群衆の行動が個人とは異なるメカニズムで動くことを指摘し、国家や革命の動向を説明するのに応用された。
 ・歴史における集団行動(例:明治維新、戦時中の国民感情)を分析する視点は、歴史心理学の一部となり得る。

 (3) 精神史(History of Mentalities)

 ・アナール学派(フランスの歴史学派)が発展させた分野で、特にマルク・ブロックやリュシアン・フェーヴルが「ある時代の人々がどのように考え、感じていたか」を研究した。
 ・これは歴史心理学と非常に近いアプローチであり、「近代日本人の意識変化」などを分析する上で重要な視点となる。

 (4) 政治心理学(Political Psychology)

 ・政治家や指導者の心理、国家の政策決定における心理的要因を分析する分野。

  ・例えば、ナチス・ドイツや大日本帝国の戦争遂行における指導者層の心理を研究する際に用いられる。
 ・明治政府がなぜ天皇制を強化し、国民を動員する政策をとったのかを分析する上で有用。

 (5) 歴史認識と記憶の研究(Historical Memory Studies)

 ・人々がどのように過去を記憶し、語り継ぐかを研究する分野。
 ・明治維新の「神話化」や、戦後日本における歴史の捉え方の変化を分析するのに適している。

 歴史心理学の可能性

 現在、歴史心理学という独立した学問は確立されていないが、既存の研究分野の組み合わせによって構築することは可能である。例えば、

 ・明治維新の心理的側面を分析し、武士階級の没落による不安、薩長勢力の正当化のための心理的戦略などを研究する。
 ・戦時中の国民感情の変遷を分析し、「なぜ戦争を支持する世論が形成されたのか」「どのように天皇崇拝が心理的に定着したのか」を明らかにする。
 ・敗戦後の歴史認識の変化を追跡し、「なぜ日本人は自らの戦争責任を曖昧にしたのか」「どのようにして歴史の記憶が操作されたのか」を解明する。

 これらの研究が積み重なれば、「歴史心理学」という新たな学問が成立する可能性がある。

 まとめ

 現在、「歴史心理学」という名称で確立された学問はないが、歴史と心理学の融合は重要な研究領域となり得る。特に、歴史的な出来事の背景にある「人間の心理」を解明することは、単なる事実の記録ではなく、「なぜそのような選択がなされたのか」を明らかにする上で不可欠である。今後、この分野の体系化が進めば、歴史の新しい解釈を生み出す鍵となるだろう。
 
【引用(孫引き)】

 徳川の体制は、さまざまな点で、第二次大戦後の日本の体制と類似する点があります。第一に象徴天皇制です。〔……〕第二に、全般的な非軍事化です。〔……〕戦後憲法一条と九条の先行形態として見出すべきものは、明治憲法ではなく、徳川の国制〔憲法〕です。〔……〕ある意味で明治以前のものへの回帰なのです。(『江戸の憲法構想』関義良基 著 2024年3月30日初版第1刷発行 47頁 作品社)

【引用完】

ドイツ連邦議会選挙結果2025年02月24日 21:45

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【概要】

 2025年2月23日に行われたドイツ連邦議会選挙において、キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)の保守連合が28.5%の得票率で勝利した。次いで、ドイツのための選択肢(AfD)が20.6%、社会民主党(SPD)が16.5%の票を獲得した。緑の党は11.8%、左翼党(Die Linke)は8.7%を得票し、自由民主党(FDP)とザラ・ワーゲンクネヒト連合(BSW)はそれぞれ4.4%および4.9%の支持を集めた。これはドイツ公共放送ARDの報道によるものである。なお、連邦議会に議席を得るためには、政党は全国投票で5%以上の得票が必要である。

 この選挙結果を受け、中国外交部の林剣報道官は2月24日の記者会見で、中国は新たなドイツ連邦政府と協力し、中独の包括的戦略的パートナーシップをさらに発展させる意向であると述べた。また、中国は独中関係を戦略的かつ長期的な視点から捉えており、相互尊重、平等、互恵、ウィンウィンの協力、意見の相違を残しつつ共通の利益を追求する原則を堅持すると強調した。さらに、ドイツとEUは国際的な影響力を有しており、中国は欧州の統合とEUの戦略的自立を支持し、世界の平和と繁栄のために協力する意向を示した。

 選挙結果を受けて、CDUの党首であるフリードリヒ・メルツが次期首相に就任する可能性が高いが、連立交渉は困難を極めると見られている。ドイツメディア「ドイチェ・ヴェレ(DW)」は、メルツが複雑かつ長期化する連立交渉に直面すると報じた。ロイター通信は、オラフ・ショルツ首相の三党連立が崩壊し、極右政党AfDが歴史的な第2位となる中、ドイツの政治は不安定な状況にあると指摘した。

 対米関係について、メルツはドイツの安全保障政策を根本的に見直し、米国への依存を終わらせる必要があると述べた。フィナンシャル・タイムズは、メルツが「米大統領ドナルド・トランプは欧州の運命にほとんど関心を示していない」と発言し、ドイツの独立性を確立することが重要であると主張したと報じた。トランプは選挙結果を受け、「ドイツにとって素晴らしい日だ」とコメントしたとロイター通信が伝えている。

 ウクライナ危機に関して、メルツは欧米の緊密な協力を主張し、ウクライナの利益を守ることの重要性を強調している。ドイツ通信社(DPA)によると、彼は2月に「ウクライナでの持続的な平和を追求するために、欧州と米国が協力すべきである」と述べている。

 上海国際問題研究院の欧州研究専門家であり、上海地区・国別研究学会会長のJiang Feng教授は、中国紙「環球時報」に対し、メルツがウクライナ問題に関して欧州の関与を主張し続けた場合、対米関係の改善には困難が伴う可能性があると指摘した。Jiang教授はまた、ドイツの新政権は連立交渉の難航が予想されるため、短期的に対米関係を改善することは現実的でないとの見方を示した。

 ロイター通信は、メルツの勝利によりドイツは新たな不確実性の時代を迎えると分析し、連立交渉には数カ月を要する可能性があると伝えている。また、同通信は「欧州連合の経済大国であるドイツは、深刻な地政学的状況の中で適切な政府を持たない状態が続き、経済は3年連続で危機に直面している」と報じた。

【詳細】

 2025年2月23日に実施されたドイツ連邦議会選挙では、ドイツの保守系政党であるキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が予備的な結果として28.5%の票を獲得し、第一党となった。これに続いて、極右政党であるドイツのための選択肢(AfD)が20.6%、社会民主党(SPD)が16.5%という結果を得た。緑の党(11.8%)と左翼党(Die Linke、8.7%)はそれぞれ4位と5位となり、自由民主党(FDP)とザラ・ワーゲンクネヒト連合(BSW)はそれぞれ4.4%、4.9%の得票を得た。この選挙の結果、CDU/CSUは次期連邦政府を形成するための連立交渉を行う必要があり、特にAfDとの関係をどうするかが重要な課題となる。

 CDU/CSUが得票率で第一党となったことにより、フリードリヒ・メルツが次期ドイツ首相に就任することが確実視されているが、ドイツの政治状況は非常に不安定である。メルツは連立政権を築くために、いくつかの政党と協力する必要があり、そのためには長期間の協議が避けられないと予測されている。メルツは、特に極右のAfDとの協力の可能性について、複雑な交渉を行うことになると考えられている。また、CDUが勝利したものの、メルツが直面する課題として、ショルツ政権下で崩壊した三党連立のような政治的不安定性をどのように解消するかが注目される。

 ドイツの新政府の形成に関して、メルツは対米関係において「独立」を目指すと述べ、ドイツが米国に依存してきた安全保障体制を根本的に見直す必要があると強調している。具体的には、米国大統領ドナルド・トランプが欧州の運命に対してあまり関心を示していないとの認識に基づき、ドイツは自らの防衛政策を再構築し、米国からの依存を減らすべきだと主張している。ドイツ国内においては、こうした立場が広く支持されており、特にトランプのようなリーダーシップが続く中で、ドイツの独立性がより強調される形となっている。

 また、メルツはウクライナ危機に関しても重要な立場を取っており、欧米の緊密な協力を促進し、ウクライナの利益を守ることを強調している。彼は、ウクライナとロシアの戦争に関して、ヨーロッパと米国が協力し、持続可能な平和を築くべきだと考えており、そのためには欧米間の戦略的連携が不可欠だとしている。

 中国の外交部報道官である林剣は、ドイツ連邦政府の新政権の発足を受けて、中国はドイツとの関係を強化する意向を示し、今後も包括的な戦略的パートナーシップを深めていく方針を明言した。中国は、ドイツとの関係を長期的かつ戦略的に捉えており、相互尊重、平等、利益の共有といった原則を基に関係を発展させていく意向を示している。特にドイツとEUは国際社会で重要な役割を果たす存在であり、中国はEUの戦略的自立や統合を支持していると述べた。

 その一方で、ドイツとEUの今後の関係には多くの不確実性がつきまとう。メルツが次期首相として誕生することは確実であるが、その後の政治状況は一層複雑化し、ドイツの政権形成に時間がかかると見込まれている。これにより、EU内でのドイツのリーダーシップがどう変化していくかも、今後の欧州の外交政策に影響を与えると予測されている。

【要点】
 
 1.ドイツ連邦議会選挙(2025年2月23日)

 ・CDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟)が28.5%の得票で第一党に。
 ・AfD(ドイツのための選択肢)が20.6%、SPD(社会民主党)が16.5%で続く。
 ・緑の党(11.8%)と左翼党(Die Linke、8.7%)は4位、5位。
 ・FDP(自由民主党)とBSW(座ら・ワーゲン久根人連合)はそれぞれ4.4%、4.9%を獲得。

 2.次期首相

 ・フリードリヒ・メルツ(CDU)が次期ドイツ首相に就任する見込み。
 ・連立政権の形成には長期間の交渉が必要とされ、AfDとの協力が課題。

 3.対米関係

 ・メルツは「独立」を強調し、ドイツは米国の影響を減らし、自国の安全保障を再構築する意向。
 ・米国大統領ドナルド・トランプの欧州に対する無関心を背景に、ドイツは自立を追求。

 4.ウクライナ問題

 ・メルツは、ウクライナの利益を守るために欧米の協力を強調。
 ・ヨーロッパと米国の協力による持続的な平和を目指す。

 5.中国の立場

 ・中国外交部報道官・林剣は、ドイツとの関係強化を表明。
 ・中国は、ドイツとの戦略的パートナーシップを深化させ、EUの統合と自立を支持。

 6.ドイツ政治の不確実性

 ・メルツの首相就任後、連立交渉に時間がかかるため、ドイツの政治情勢は不安定。
 ・EU内のドイツのリーダーシップが今後どう変化するかが注目される。
 
【引用・参照・底本】

China willing to work with new German government to further develop ties: Chinese Foreign Ministry GT 2025.02.24
https://www.globaltimes.cn/page/202502/1328969.shtml

シオニズムの崩壊につながる可能性2025年02月24日 22:33

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【概要】

 イラン・パペによる記事「シオニズムの崩壊」は、2024年6月21日に発表された政治論説である。この記事では、パペは、イスラエルにおけるシオニズムのプロジェクトが崩壊に向かっている可能性について論じている。彼は、ハマスの10月7日の攻撃を、古い建物を襲う地震に例え、以前から存在していた亀裂が、その基盤において顕在化したと述べている。

 パペは、国家が崩壊する要因として、隣国からの絶え間ない攻撃、慢性的な内戦、公共機関の崩壊などを挙げ、イスラエルの事例において、これらの初期兆候がかつてないほど明確になっていると主張する。彼は、シオニズムの崩壊という歴史的なプロセスが始まっており、イスラエルが危機の大きさを認識した際には、南アフリカのアパルトヘイト体制が末期に行ったように、封じ込めるために猛烈かつ抑制のない力を解き放つだろうと予測する。

 パペは、シオニズム崩壊の兆候として、以下の6つの要因を挙げている。

 1.イスラエル系ユダヤ人社会の分裂

 ・イスラエル系ユダヤ人社会は、「イスラエル国家」と「ユダヤ国家」という2つの対立する陣営に分裂している。
 ・「イスラエル国家」は、世俗的、リベラル、主に中産階級のヨーロッパ系ユダヤ人とその子孫で構成され、1948年の建国に貢献し、20世紀末まで覇権を握っていた。
 ・彼らは、ヨルダン川から地中海までの全パレスチナ人に様々な形で課せられているアパルトヘイト体制へのコミットメントに影響を与えることなく、「リベラルな民主主義的価値観」を擁護している。
 ・彼らの基本的な願いは、アラブ人が排除された民主的で多元的な社会でユダヤ人市民が生活することである。
 ・「ユダヤ国家」は、占領下のヨルダン川西岸の入植者の間で発展し、国内での支持を増やし、2022年11月のネタニヤフの選挙での勝利を確保した選挙基盤を構成している。
 ・イスラエル軍と治安機関の上層部での影響力が指数関数的に増大している。
 ・「ユダヤ国家」は、イスラエルが歴史的なパレスチナ全土に広がる神権政治となることを望んでいる。
 ・これを達成するために、パレスチナ人の数を最小限に減らすことを決意しており、アルアクサの代わりに第三神殿の建設を検討している。
 ・そのメンバーは、これが聖書の王国の黄金時代を更新することを可能にすると信じている。
 ・彼らにとって、世俗的なユダヤ人は、この取り組みに参加することを拒否すれば、パレスチナ人と同じくらい異端的である。
 ・両陣営は10月7日以前から激しく衝突し始めていた。
 ・襲撃後の最初の数週間は、共通の敵に直面して違いを棚上げしたように見えた。
しかし、これは幻想であった。
 ・路上での戦闘が再燃し、和解をもたらす可能性のあるものは見当たらない。
 ・より可能性の高い結果は、すでに目の前で展開されている。
 ・「イスラエル国家」を代表する50万人以上のイスラエル人が10月以降に国外へ出ており、国が「ユダヤ国家」に飲み込まれつつあることを示している。
 ・これは、アラブ世界、そしておそらく世界全体が長期的に容認しない政治プロジェクトである。

 2.イスラエルの経済危機

 ・政治階級は、アメリカの財政援助への依存度を高める以外に、絶え間ない武力紛争の中で公的財政のバランスを取る計画を持っていないようだ。
 ・昨年の最終四半期には、経済は20%近く落ち込んだ。
 ・それ以来、回復は脆弱である。
 ・ワシントンの140億ドルの誓約は、これを逆転させる可能性は低い。
 ・むしろ、一部の国(トルコやコロンビアを含む)が経済制裁を科し始めた時期に、イスラエルがヒズボラと戦争し、ヨルダン川西岸での軍事活動を強化する意図を実行に移せば、経済的負担は悪化するだけである。
 ・この危機は、財務大臣ベザレル・スモトリッチの無能によってさらに悪化している。彼は、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地に絶えず資金を投入しているが、他の方法では省を運営できないようだ。
 ・「イスラエル国家」と「ユダヤ国家」の間の対立は、10月7日の出来事とともに、一部の経済・金融エリートに資本を国外に移転させている。
 ・投資の移転を検討している人々は、税金の80%を支払うイスラエル人の20%の大部分を占めている。

 3.イスラエルの国際的な孤立

 ・イスラエルは徐々にパリア国家になりつつある。
 ・このプロセスは10月7日以前に始まったが、ジェノサイドの開始以来激化した。
 ・これは、国際司法裁判所と国際刑事裁判所が採用した前例のない立場に反映されている。
 ・以前は、世界のパレスチナ連帯運動は、人々をボイコットの取り組みに参加させるために刺激することができたが、国際制裁の見通しを進めることはできなかった。
 ・ほとんどの国では、政治・経済界の間でイスラエルへの支持は揺るぎないものであった。
 ・この文脈において、イスラエルがジェノサイドを犯している可能性、ラファでの攻撃を停止しなければならないこと、その指導者が戦争犯罪で逮捕されるべきであるという最近のICJとICCの決定は、エリートの意見を反映するだけでなく、グローバルな市民社会の意見に耳を傾けようとする試みと見なされなければならない。
 ・裁判所は、ガザとヨルダン川西岸の人々への残忍な攻撃を緩和していない。
 ・しかし、彼らは、イスラエル国家に向けられた批判の合唱を増大させることに貢献しており、それはますます上からも下からも来ている。

 4.世界中の若いユダヤ人の変化

 ・過去9か月間の出来事の後、多くの人々がイスラエルとシオニズムとのつながりを捨て、パレスチナ連帯運動に積極的に参加する意欲があるように見える。
 ・かつて米国を中心にユダヤ人コミュニティは、イスラエルの批判に対する効果的な免責を提供していた。
 ・この支援の喪失、または少なくとも部分的な喪失は、国の世界的な地位に大きな影響を与える。
 ・AIPACは依然としてキリスト教シオニストに支援を頼り、メンバーシップを強化することができるが、重要なユダヤ人支持層がなければ、同じような手ごわい組織にはならないだろう。
 ・ロビーの力は弱まっている。

 5.イスラエル軍の弱体化

 ・IDFが最先端の兵器を自由に使用できる強力な軍隊であることは間違いない。
 ・しかし、その限界は10月7日に露呈した。
 ・多くのイスラエル人は、ヒズボラが協調的な攻撃に参加していれば、状況ははるかに悪化していた可能性があり、軍は非常に幸運だったと感じている。
 ・それ以来、イスラエルは、4月に行われたイランの警告攻撃で、約170機のドローンに加えて弾道ミサイルと誘導ミサイルが配備されたイランから身を守るために、米国が主導する地域連合に必死に依存していることを示している。
 ・これまで以上に、シオニストのプロジェクトは、アメリカ人からの大量の物資の迅速な配達に依存しており、それがなければ、南部の小さなゲリラ軍とさえ戦うことができない。
 ・現在、国内のユダヤ人人口の間で、イスラエルの準備不足と自衛能力の欠如についての認識が広まっている。
 ・それは、1948年以来実施されている超正統派ユダヤ人の軍事的免除を解除し、彼らを数千人規模で徴兵し始めるという大きな圧力につながっている。
 ・これは戦場で大きな違いを生むことはほとんどないが、軍隊に対する悲観論の規模を反映しており、それが今度はイスラエル国内の政治的分裂を深めている。

 6.若い世代のパレスチナ人のエネルギーの再生:

 ・若い世代のパレスチナ人は、パレスチナの政治エリートよりもはるかに団結し、有機的につながり、見通しについて明確である。

【詳細】

 イスラエル系ユダヤ人社会の分裂

 1.「イスラエル国家」と「ユダヤ国家」の対立

 ・イスラエル社会は、世俗的・リベラルな「イスラエル国家」と、宗教的・右派的な「ユダヤ国家」という二つの陣営に深く分裂している。
 ・この分裂は、ユダヤ教と国家主義の矛盾に根ざしており、社会の性格や国家のあり方をめぐる激しい対立を引き起こしている。
 ・「イスラエル国家」は、建国以来の主流派であり、民主主義と多元主義を掲げるが、パレスチナ人に対する差別的な政策を維持している。
 ・「ユダヤ国家」は、入植者を中心に勢力を拡大しており、神権政治の樹立とパレスチナ人の排除を主張している。
 ・両陣営の対立は、政治的な対立だけでなく、文化的な対立も伴っており、社会全体を不安定化させている。
 ・この社会分裂は、イスラエルの将来にとって深刻な脅威である。

 2.イスラエル人の国外流出

 ・「ユダヤ国家」の台頭により、多くのイスラエル人が将来への不安を感じ、国外への移住を検討している。
 ・特に、経済的に豊かな層や知識層の流出は、イスラエルの経済や社会に深刻な影響を与える可能性がある。
 ・この流出は、イスラエル社会の将来に対する信頼の喪失を示している。

 イスラエルの経済危機

 1.軍事費の増大と財政悪化

 ・イスラエルは、周辺のアラブ諸国との緊張やパレスチナ問題のために、多額の軍事費を支出している。
 ・軍事費の増大は、財政を圧迫し、経済成長を阻害する要因となっている。
 ・アメリカからの財政援助に依存しているが、経済の根本的な解決策にはならない。
 ・ベザレル・スモトリッチ財務大臣の政策は、経済危機を更に悪化させている。

 2.資本の国外流出

 ・政治的な不安定や経済的な不安から、多くの投資家がイスラエルから資本を引き揚げている。
 ・資本の流出は、経済の停滞や雇用の悪化を引き起こす可能性がある。
 ・特に、高額納税者の資本流出は、イスラエルの財政基盤を揺るがす。

 イスラエルの国際的な孤立

 1.国際司法裁判所と国際刑事裁判所の動き

 ・イスラエルのパレスチナ政策に対する国際的な批判が高まっており、国際司法裁判所や国際刑事裁判所もイスラエルに対して厳しい姿勢を示している。
 ・これらの国際機関の動きは、イスラエルの国際的な地位を低下させ、制裁などの圧力を強める可能性がある。
 ・世界の市民社会からの批判は、エリート層の意見に影響を与え始めている。

 2.パレスチナ連帯運動の拡大

 ・世界中でパレスチナ連帯運動が拡大しており、イスラエルに対するボイコットや制裁を求める声が高まっている。
 ・特に、若い世代を中心に、イスラエルに対する批判的な意見が広がっている。
 ・今までは、政治、経済界ではイスラエルへの支持は揺るぎなかったが、その状況は変化しつつある。

 世界の若いユダヤ人の変化

 1.イスラエルへの支持の低下

 ・若い世代のユダヤ人の間で、イスラエルへの支持が低下しており、パレスチナ連帯運動に参加する人も増えている。
 ・これは、イスラエルのパレスチナ政策に対する批判的な見方が広がっていることを示している。
 ・AIPACなどのロビー団体の影響力低下にもつながる。

 イスラエル軍の弱体化

 1.10月7日の攻撃

 ・2023年10月7日のハマスによる攻撃は、イスラエル軍の脆弱性を露呈させた。
 ・イスラエル軍は、情報収集や防衛体制の不備を指摘されており、国民の信頼を失いつつある。
 ・ヒズボラの存在もイスラエル軍にとっては大きな脅威である。

 2.超正統派ユダヤ人の徴兵問題

 ・軍の弱体化を受けて、超正統派ユダヤ人の徴兵を求める声が高まっている。
 ・しかし、超正統派ユダヤ人は、宗教的な理由から徴兵を拒否しており、社会的な対立を引き起こしている。
 ・軍内部の政治的分裂も深刻化している。

 若い世代のパレスチナ人のエネルギーの再生

 1.新しい指導者の登場

 ・若い世代のパレスチナ人の間で、新しい指導者が登場し、パレスチナ解放運動を活性化させている。
 ・彼らは、パレスチナ自治政府の腐敗や無能を批判し、より積極的な抵抗運動を呼びかけている。
 ・パレスチナ自治政府の二国家解決を否定し、一つの民主的な国家を求める意見も出ている。

 2.パレスチナ解放運動の新たな展開

 ・若い世代のパレスチナ人は、ソーシャルメディアなどを活用し、国際的な連帯を強化している。
 ・彼らは、イスラエルのパレスチナ政策を批判し、国際社会に圧力をかける活動を展開している。
 ・パレスチナの若い世代は、今までよりも団結し、組織化されている。

 パペは、これらの要因が複合的に作用し、シオニズムの崩壊につながる可能性があると指摘している。

【要点】
 
 1.イスラエル系ユダヤ人社会の分裂

 ・「イスラエル国家」(世俗的・リベラル)と「ユダヤ国家」(宗教的・右派)の対立
 ・ユダヤ教と国家主義の矛盾による社会の不安定化
 ・イスラエル人の国外流出の増加

 2.イスラエルの経済危機

 ・軍事費増大による財政悪化
 ・アメリカの財政援助への過剰な依存
 ・ベザレル・スモトリッチ財務大臣の政策による経済悪化
 ・資本の国外流出

 3.イスラエルの国際的な孤立

 ・国際司法裁判所、国際刑事裁判所のイスラエルへの批判姿勢
 ・パレスチナ連帯運動の拡大
 ・世界の市民社会からのイスラエルへの批判の高まり

 4.世界の若いユダヤ人の変化

 ・若い世代のユダヤ人のイスラエル支持低下
 ・パレスチナ連帯運動への参加増加
 ・AIPACなどのロビー団体の影響力低下

 5.イスラエル軍の弱体化

 ・2023年10月7日のハマスによる攻撃による脆弱性の露呈
 ・超正統派ユダヤ人の徴兵問題による社会の対立
 ・軍内部の政治的分裂

 6.若い世代のパレスチナ人のエネルギーの再生

 ・新しい指導者の登場によるパレスチナ解放運動の活性化
 ・パレスチナ自治政府への批判
 ・ソーシャルメディアによる国際的な連帯強化

【参考】

 ☞ AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)は、米国における著名な親イスラエル・ロビー団体である。主な側面の内訳は次のとおり。

 1.目的

 ・AIPACの主な目標は、米国とイスラエルの関係を強化する政策を提唱することである。
 ・それは、イスラエルの安全保障と利益を支援する米国の法律と行政措置に影響を与えるために働いている。

 2.活動

 ・ロビー活動:AIPACは、広範なロビー活動に従事し、議会のメンバーや他の政府関係者と会う。
 ・政治的影響力:米国の選挙で重要な役割を果たし、親イスラエルの立場に同調する候補者を支援している。
 ・教育:AIPACは、米国とイスラエルの関係についての理解を促進するための教育プログラムやイベントを実施している。
 ・政治家候補者の支援:AIPACは、親イスラエルの政治候補者を支援する政治活動委員会を設立した。

 3.影響

 ・AIPACは、ワシントンDCで最も強力なロビー団体の1つと見なされている。
 ・それは、中東に関する米国の外交政策に大きな影響を与えている。

 4.論争

 ・AIPACのイスラエルに対する強力な擁護は、それが米国の政策に不当な影響力を及ぼしていると信じる人々から批判を浴びている。
 ・批評家たちは、イスラエルの利益に焦点を当てることは、時に、この地域の他の重要な考慮事項を犠牲にすることになる可能性があると主張している。
 ・また、AIPACが政治家に影響を与えるために使用する方法に対する批判もある。

 要するに、AIPACは米国の対イスラエル政策を形作る主要なプレーヤーであり、その活動は支持と論争の両方を生み出している。

【参考はブログ作成者が付記】
 
【引用・参照・底本】

The Collapse of Zionism SIDECAR 2024.06.21
https://newleftreview.org/sidecar/posts/the-collapse-of-zionism