インドの生産連動型奨励(PLI)制度が直面する課題2025年03月24日 20:43

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【概要】

 インドの生産連動型奨励(PLI)制度が直面する課題について、中国系メディア「グローバル・タイムズ」は、開発途上国にとっての教訓として論じている。2025年3月23日に公開された記事によれば、インド政府が「メイク・イン・インディア」政策の一環として導入したこの制度は、期待された成果を上げられず、制度的な停滞の象徴となっている。

 PLI制度は、230億ドル規模の補助金を通じて製造業を振興し、中国の製造業優位に対抗することを目的としていた。しかし、世界銀行のデータによれば、2023年時点でインドの製造業がGDPに占める割合は約13%であり、中国の26%、ベトナムの24%と比較すると大幅に低い。モディ首相が掲げた「2025年までに製造業比率を25%に引き上げる」という目標の達成は困難であることが明らかである。

 この状況は、インドの製造業発展が制度的な課題に直面していることを示している。歴史的背景として、インドは植民地時代の制度や思想の影響を受け続けており、それらを根本から改革しない限り、産業の発展は制約される。特に、外資系企業の報告によれば、インドの行政効率の低さ、階級制度の影響、労働力の育成不足が製造業の成長を妨げているとされる。

 インドの改革は、植民地時代の官僚制度の修正にとどまり、構造的な変革には至っていない。この制度は、帝国支配の遺産として形成され、統治を目的としたものであり、産業振興には適していない。結果として、政策実行力の低下やイノベーションの抑制につながっている。教育制度においても、カースト差別や基礎教育の未整備が問題視されており、これが産業の発展を阻害する要因となっている。

 インドの制度的課題は、規制の複雑さや政策の問題だけにとどまらない。土地法の整備不足、煩雑な許認可手続き、非効率的な司法制度などが、投資環境やイノベーションの促進を妨げている。また、地方ごとの統治モデルが分裂し、州ごとの政策の足並みが揃わないことが、製造業の発展を阻害している。

 教育制度の遅れも問題の一因である。ニューヨーク大学アブダビ校のポストドクトラル・フェローであるニティン・クマール・バルティ氏と、ライプニッツ欧州経済研究センターの研究員であるリー・ヤン氏の共同研究によれば、インドの製造業の発展の遅れは、教育制度の歴史的な影響によるものとされる。植民地時代に形成された教育モデルは、高等教育を重視し、基礎教育の整備を後回しにした。その結果、理工系(STEM)分野よりも人文学分野に重点が置かれ、技術者や熟練労働者の不足を招いている。

 インドが製造業の競争力を高めるためには、制度の根本的な改革が必要である。統治構造の簡素化、地方の権限強化、教育制度の改善を通じて、産業人材の育成を進めることが求められる。PLI制度のような財政支援策に依存するのではなく、国家の制度全体を現代の産業ニーズに適応させる必要がある。

 この状況は、開発途上国にとって重要な教訓を示している。成功する産業発展には、単なる他国の模倣ではなく、自国の制度を抜本的に見直すことが不可欠である。植民地時代の遺産や西洋の制度に依存するのではなく、各国の実情に即した制度設計を行うことが、持続可能な経済発展の鍵となる。

 世界のサプライチェーンが急速に変化する中で、改革の機会は限られている。インドが今後、製造業の発展を実現するためには、他国の成功例を模倣するのではなく、自国の経済システムを根本から見直す必要がある。この点は、開発途上国にとっての重要な指針となるものであり、自国の実情に基づいた発展戦略の必要性を示している。

【詳細】 
 
 インドの生産連動型奨励(PLI)制度の問題点と開発途上国への教訓
インド政府は、製造業の振興を目的として、2020年に「生産連動型奨励(Production-Linked Incentive:PLI)制度」を導入した。この制度は、「メイク・イン・インディア(Make in India)」政策の一環であり、中国に依存するサプライチェーンの代替としてインドを製造業の拠点とすることを目指していた。しかし、導入から4年が経過した2024年時点で、PLI制度は当初の目標を達成できておらず、制度的な停滞の象徴となっている。

 グローバル・タイムズが指摘するように、PLI制度の失敗は単なる政策上の問題ではなく、インドの制度的課題や歴史的要因に根差している。本稿では、PLI制度が十分な成果を上げられなかった主な要因と、それが開発途上国にとって示唆する教訓について詳述する。

 1. PLI制度の概要と導入の背景

 PLI制度は、特定の産業に対して生産量に応じた奨励金を支給し、国内生産を促進する仕組みである。政府は、製造業を強化するために以下のような主要産業を対象とした:

 ・電子機器(特にスマートフォンと半導体)

 ・医薬品・バイオテクノロジー

 ・自動車・電動車(EV)

 ・太陽光発電設備

 ・通信機器

 政府は、これらの分野でインド国内の生産を拡大し、グローバルな供給網の中でインドをより重要な拠点とすることを目標としていた。また、PLI制度は雇用の創出や輸出の増加を促し、インドの製造業比率を2025年までにGDPの25%に引き上げることを目指していた。

 しかし、PLI制度の運用が進む中で、多くの課題が浮かび上がった。特に、製造業の発展に不可欠な制度的・構造的問題が解決されていないため、思うように成果が出ていない。

 2. PLI制度が失敗した主な要因

 (1) 産業基盤の未整備と製造業の低成長

 PLI制度の導入にもかかわらず、インドの製造業がGDPに占める割合は2023年時点でわずか13%にとどまり、中国(26%)やベトナム(24%)と比べて著しく低い。このことから、制度的な奨励策だけでは製造業の大幅な成長にはつながらないことが示されている。

 製造業が成長しない主な要因として、インフラの不備と労働力の質の低さが挙げられる。例えば:

 ・電力供給の不安定さ:製造業の成長には安定した電力供給が不可欠であるが、インドでは停電が頻発し、工場の操業に支障をきたしている。

 ・輸送インフラの遅れ:道路・鉄道・港湾の整備が不十分であり、物流コストが高く、製造業の国際競争力を低下させている。

 ・技能労働者の不足:教育システムの問題により、熟練技術者が育成されておらず、高付加価値の製造業に対応できない。

 このような状況では、PLI制度による財政支援があっても、製造業の成長を促進することは困難である。

 (2) 行政の非効率性と制度の複雑さ

 インドの行政システムは、植民地時代の官僚制度の影響を色濃く受けており、投資や事業運営の障害となっている。特に、煩雑な許認可手続きと州ごとの規制の違いが製造業の発展を妨げている。

 ・土地取得の困難さ:製造業の発展には工場建設のための土地が必要だが、インドでは土地法が複雑で、取得に長期間を要する。

 ・規制の不透明性:中央政府と各州政府の規制が異なり、企業が進出しにくい。

 ・汚職と行政の遅れ:官僚機構の非効率性により、投資手続きが長期化し、企業の参入障壁となっている。

 こうした要因のため、多くの外資系企業がインドへの投資に慎重になっている。

 (3) 教育制度の問題と労働力の質の低さ

 インドの教育制度は、植民地時代の影響を受けており、高等教育を重視する一方で、基礎教育や技術教育が軽視されている。これにより、産業労働力の質が低く、製造業の発展に必要な熟練技術者が不足している。

 ・STEM教育の不足:科学・技術・工学・数学(STEM)分野の教育が十分に整備されておらず、技術者が育成されにくい。

 ・基礎教育の遅れ:識字率や数学教育の水準が低く、労働者の技能向上が進まない。

 ・カースト制度の影響:社会的な分断が残っており、特定の職業に従事できる人材が限られている。

 このような教育制度の問題が、インドの製造業発展を阻害している。

 3. 開発途上国への教訓

 PLI制度の失敗は、単なる財政支援では製造業の発展が実現しないことを示している。開発途上国が産業振興を目指す際には、次の点に留意する必要がある。

 ・インフラ整備の優先:電力供給や交通インフラを整備し、製造業が発展しやすい環境を作る。

 ・行政改革の推進:規制を簡素化し、投資を促進するための制度改革を進める。

 ・教育制度の改革:STEM教育を重視し、産業に適した人材を育成する。

 ・統治モデルの見直し:中央と地方の連携を強化し、一貫した産業政策を実施する。

 インドのPLI制度は、単なる補助金政策では製造業を振興できないことを示す事例であり、開発途上国にとって制度改革の重要性を示している。製造業の発展には、国家の制度や統治モデルを自国の実情に即して改革することが不可欠である。

【要点】

 インドの生産連動型奨励(PLI)制度の問題点と開発途上国への教訓

 1. PLI制度の概要と目的

 ・導入年:2020年

 ・目的:インド国内の製造業を強化し、中国依存のサプライチェーンに代わる拠点となること

 ・対象産業

  ⇨ 電子機器(スマートフォン・半導体)

  ⇨ 医薬品・バイオテクノロジー

  ⇨ 自動車・電動車(EV)

  ⇨ 太陽光発電設備

  ⇨ 通信機器

 ・目標:2025年までに製造業のGDP比率を**13%→25%**へ引き上げ

 2. PLI制度が失敗した主な要因

 (1) 産業基盤の未整備

 ・製造業のGDP比率は13%に留まる(2023年時点、中国26%、ベトナム24%と比較)

 ・インフラの問題

  ⇨ 電力供給が不安定:停電が頻発し、工場の安定稼働が困難

  ⇨ 物流コストが高い:道路・鉄道・港湾の整備が不十分

 ・熟練労働者の不足

  ⇨ 高度な製造業に対応できる技能労働者が少ない

 (2) 行政の非効率性と規制の複雑さ

 ・土地取得の困難さ:土地法が複雑で、工場建設に長期間を要する

 ・規制の不透明性:中央政府と州政府の規制が異なり、企業の進出が難しい

 ・汚職・官僚主義の影響:投資手続きが長期化し、参入障壁となっている

 (3) 教育制度の問題と労働力の質の低さ

 ・STEM教育の不足:技術者不足が深刻化

 ・基礎教育の遅れ:識字率・数学教育の水準が低く、労働者の技能向上が困難

 ・カースト制度の影響:職業選択の自由が制限され、産業の発展を妨げる

 3. 開発途上国への教訓

 1.インフラ整備を最優先する

 ・電力・道路・港湾などの基盤を強化し、製造業が成長できる環境を作る

 2.行政改革を進め、投資環境を改善する

 ・煩雑な許認可手続きを簡素化し、透明性を向上させる

 3.教育制度を改革し、産業に適した人材を育成する

 ・STEM教育を重視し、技術者・熟練労働者を増やす

 4.統治モデルを見直し、一貫した産業政策を実施する

 ・中央と地方の連携を強化し、政策の一貫性を確保する

 5.単なる補助金政策ではなく、制度全体の改革が必要

 ・短期的な財政支援だけではなく、産業振興のための長期的な戦略を構築する

 結論

 インドのPLI制度は、財政支援だけでは製造業を成長させることができないことを示している。開発途上国が産業振興を目指す際には、インフラ整備・行政改革・教育改革といった制度全体の抜本的な改革が不可欠である。

【引用・参照・底本】

Lesson for developing countries: Why India’s PLI scheme is failing GT 2025.03.23
https://www.globaltimes.cn/page/202503/1330694.shtml

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