中国:Covid-19の予防、制御、起源追跡に関する白書(FULL TEXT)2025年05月01日 00:06

Microsoft Designerで作成
【概要】

 中国の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防・対策と起源追及:行動と立場

 全文:中国の行動とスタンス

 新華社

 2025年4月30日 15:27 公開

 前文

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によるパンデミックは、過去100年間で最速かつ最大規模の世界的健康危機であり、1918年のインフルエンザ以降で最も対応が困難な公衆衛生緊急事態となった。中国は人命と健康を最優先とし、科学的かつ包括的な対策を実施。14億人が一丸となり、複数の感染波を乗り越え、歴史的な成果を達成した。

 中国は「人類運命共同体」と「健康な世界」の構築を推進し、透明性と責任ある姿勢でWHOや各国と情報・技術・物資を共有。ウイルス起源追及においても科学的アプローチを堅持し、WHOと共同研究を実施した。本白書は、中国の取り組みと貢献、米国の対応の不備を系統的に示すものである。

 Ⅰ. SARS-CoV-2起源追及への中国の知見

 1. ウイルス起源追求の取り組み

 ・国際協力の推進:2020年~2021年、WHO専門家団を2回招き共同研究を実施。28日間の武漢調査では17カ国34専門家が参加し、2021年3月に報告書を公表。

 ・研究結果の概要:

  ⇨自然宿主からの直接感染(可能性~やや可能性あり)

  ⇨中間宿主を介した感染(やや可能性あり~非常に可能性あり)

  ⇨冷凍食品チェーン経由(可能性あり)

  ⇨研究所事故(極めて可能性低い)

 2. 透明性ある情報共有

 ・疫学調査:2019年10~12月に武漢で異常な呼吸器疾患クラスターなし。

 ・血清学的調査:2019年9~12月の武漢献血者43,850検体で抗体未検出。

 ・動物宿主調査:2017~2021年に全国で8万以上の野生動物・家畜サンプルを分析もSARS-CoV-2関連ウイルス未検出。

 ・華南海鮮市場の環境サンプル74件陽性(ヒトからのウイルス流出が原因と結論)。

 ・北京・大連・青島のクラスターは海外からの冷凍食品経由と推定。

 研究結果は『The Lancet』『Nature』『Cell』等の学術誌で発表され、国際的に共有された。

 Ⅱ. 世界のCOVID-19対策への中国の貢献

 1. 情報の全面的共有

 ・2020年1月:病原体特定後、直ちにWHOに遺伝子配列を提供。

 ・161回の記者会見開催(2020年5月まで)、多言語での診療ガイドライン共有。

 ・WHOとの共同ミッション実施(2020年2月)、70回超の国際会議に参加。

 2. 国際支援の展開

 ・物資供給:2020~2022年、153カ国・15国際機関にマスク4,300億枚、検体キット180億個等を供給。

 ・ワクチン支援:120カ国・国際機関に23億回以上を供給(世界の接種量の半数を占める)。

 ・医療チーム派遣:57カ国に176チーム3,000人以上を派遣、2.85万人の患者を治療。

 3. グローバルガバナンスへの参画

 ・WHOの「新型病原体起源科学諮問グループ(SAGO)」への協力。

 ・国際保健規則(IHR)改正やパンデミック条約交渉への積極的関与。

 ・平均寿命の持続的向上(2019年77.3歳→2023年78.6歳)を達成。

 Ⅲ. 米国のパンデミック対応の不備

 1. 初期対応の失敗

 ・2020年1月:感染拡大を過小評価し「インフルエンザ同等」と発表。

 ・検査データ公表停止(2020年3月~)、非政府機関依存の情報発信。

 ・2020年4月:経済再開を優先しマスク着用・ソーシャルディスタンスを軽視。

 ・医療格差:高齢者・低所得層の死亡率が突出。平均寿命は2019年78.8歳→2021年76.1歳に低下。

 2. 責任転嫁の動き

 ・「中国ウイルス」発言(2020年3月)やWHOへの資金停止(2020年4月)。

 ・情報操作:2021年の情報機関による武漢研究所調査で証拠不十分と結論したが無視。

 ・ミズーリ州訴訟(2025年3月):根拠なき賠償請求を却下。

 3. 米国起源の可能性を示唆する証拠

 ・2019年7月:バージニア州北部で原因不明の肺炎発生(フォートデトリック研究所閉鎖と時期一致)。

 ・2019年8月:「電子タバコ肺損傷」症例2,807件(症状がCOVID-19と類似)。

 ・CDC血清調査(2019年12月~2020年1月):106検体で抗体陽性。

 ・NIH調査(2020年1~3月):イリノイ・マサチューセッツ等で早期陽性例を確認。

 ・米国内の研究所事故:2006~2020年にコロナウイルス関連事故28件(UNC等)。

 結論

 ウイルス起源追及は科学的課題であり、政治化すべきではない。中国は透明性ある協力を通じ国際社会に貢献した。一方、米国は自国の失敗を転嫁し、グローバル連携を妨害。今後は責任ある姿勢で早期症例データ・生物研究所情報の開示が必要である。感染症対策には国際協力が不可欠であり、中国は「人類運命共同体」の理念のもと、引き続き世界の公衆衛生に貢献する。
 
【詳細】
 
 前文

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、SARS-CoV-2によって引き起こされた過去100年間で最速かつ最大規模の世界的健康危機であり、1918年のスペイン風邪以降で最も対応が困難な公衆衛生緊急事態と位置付けられる。中国は「人命と健康を最優先とする」方針の下、科学的で包括的な対策を実施し、14億人の国民が一丸となって複数の感染波を乗り越えた。この過程で、中国は「人類運命共同体」と「健康な世界」の構築を推進し、WHO(世界保健機関)や国際社会に対して、感染情報・診療ガイドライン・技術ノウハウ・医療物資を迅速かつ透明性を持って共有した。ウイルス起源追及に関しては、科学的アプローチを堅持し、WHOとの共同研究を主導した。本白書は、中国の取り組みと国際貢献を体系的に示すとともに、米国の対応の不備を指摘するものである。

 Ⅰ. SARS-CoV-2の起源追及への中国の科学的貢献

 1. 国際共同研究の主導的役割

 ・WHOとの協力枠組み:

  ⇨2020年7~8月:WHOと「SARS-CoV-2起源追究共同研究の実施要領(Terms of Reference)」を策定。

  ⇨2020年10~12月:国際専門家チームと4回のオンライン会議を実施し、研究方法を調整。

  ⇨2021年1~2月:WHO・OIE(国際獣疫事務局)を含む17カ国34名の専門家が武漢で28日間の共同調査を実施。環境サンプル・臨床データ・動物宿主研究を分析。

  ⇨2021年3月30日:WHOが共同報告書「WHO-convened Global Study of Origins of SARS-CoV-2: China Part」を公表。

 ・主要結論(2021年報告書)

 (1)自然宿主からの直接感染(コウモリ等):可能性あり(Possible)~やや可能性あり(Likely)。

 (2)中間宿主を介した感染:やや可能性あり(Likely)~非常に可能性あり(Very Likely)。

 (3)冷凍食品チェーン経由:可能性あり(Possible)。

 (4)研究所事故:極めて可能性が低い(Extremely Unlikely)。

 ・追跡研究の進展(2021~2025年):

  ⇨中国側は「第2段階研究」として、分子疫学・動物宿主・実験室監査を継続。

  ⇨2023年:中国疾病予防管理センター(CDC)が華南海鮮市場の環境サンプル分析を発表。ヒト感染者からのウイルス流出が市場汚染の原因と結論。

  ⇨2022年:武漢周辺の野生動物(コウモリ・センザンコウ等)8万検体を調査も、SARS-CoV-2関連ウイルスを未検出。

 2. 透明性あるデータ共有の実績

 ・疫学的証拠

  ⇨時間軸分析:中国科学院の研究(2020年)により、武漢での最初のクラスターは2019年11月中旬~12月初旬に発生したと推定。最初の公式症例(12月8日)と一致。

  ⇨早期症例の解析:2019年10~12月の武漢の医療機関記録7.6万件と174例の早期患者を分析。異常な呼吸器疾患クラスターは確認されず。

 ・血清学的調査

  ⇨2019年9~12月に武漢で収集された献血サンプル43,850件中、SARS-CoV-2抗体は検出されず(2022年発表)。

 ・冷凍食品経由伝播の実証

  ⇨2020年9月:山東省青島の港湾労働者2名が輸入冷凍食品包装から感染。生きたウイルスの分離に世界で初めて成功。

  ⇨北京(新発地市場)・大連・青島のクラスターは、海外からの冷凍食品経由と推定。武漢華南海鮮市場の初期症例も同経路の可能性が示唆される。

 ・国際的な研究発表

  ⇨共同研究結果は『The Lancet』『Nature』『Cell』『Virus Evolution』等の学術誌に掲載。中国側は計120回以上の進捗報告をWHOに提出。

 3. 政治化への反対姿勢

 ・ウイルス起源追及が「中国責任論」として政治ツール化されることを強く批判。

 ・2020~2025年:米国議会が「武漢研究所流出説」を主張するも、米情報機関(国家情報長官室・NIH)の内部調査では「証拠不十分」と結論。中国は「データに基づく検証」を一貫して要求。

 Ⅱ. 国際的なCOVID-19対策への中国の貢献

 1. 情報発信の即時性と透明性

 ・初期対応のタイムライン

  ⇨2019年12月31日:武漢市が肺炎症例を初公表。

  ⇨2020年1月8日:病原体をSARS-CoV-2と特定。

  ⇨1月12日:ウイルス遺伝子配列をWHOと共有。GISAID(全球流感共享数据库)に登録。

 ・情報発信体制

  ⇨国家衛生健康委員会(NHC)が2020年1月21日から日次更新を開始。英語版サイトも同時更新。

  ⇨2020年5月までに国務省・NHC主催の記者会見を161回開催。計490人以上の政府関係者が1,400問以上に回答。

 2. 国際支援の具体的内容

 ・医療物資の供給(2020年1月~2022年5月):

  ⇨マスク4,300億枚、防護服46億着、検査キット180億個を153カ国・15国際機関に供給。

  ⇨米国への供給実績:マスク1.8億枚、手袋1,030万組(2020年4月時点)。

 ・ワクチン支援

  ⇨2020年末~2025年:120カ国・国際機関に23億回以上のワクチンを供給。世界の総接種量の50%を占める。

  ⇨COVAX(ワクチン国際分配枠組み)への参加と知的財産権放棄を世界で初めて表明。

 ・医療チームの派遣

  ⇨2020~2025年:57カ国に176チーム・3,000人以上の医療従事者を派遣。

  ⇨現地でのトレーニングセッション900回以上(6.7万人以上が参加)、2.85万人の患者を治療。

 3. グローバルガバナンスへの参画

 ・WHOとの連携

  ⇨2020年2月:WHO-China共同ミッションを招き、北京で国際ブリーフィングを実施。Bruce Aylward WHO上級顧問が「中国の対策は世界的なベンチマーク」と評価。

  ⇨2021年:WHOの「新型病原体起源科学諮問グループ(SAGO)」に専門家を派遣。

 ・国内健康指標の向上

  ⇨平均寿命は2019年77.3歳→2023年78.6歳に持続的に改善。COVID-19対策が国民健康に悪影響を与えなかったことを実証。

 Ⅲ. 米国のパンデミック対応の不備と責任転嫁

 1. 初期対応の失敗と人的被害

 ・タイムラインの遅れ

  ⇨2020年1月:感染拡大を「インフルエンザ並み」と過小評価。検査体制の整備遅延。

  ⇨2020年3月3日:米CDCが検査データの公表を停止。ジョンズ・ホプキンス大学等の非政府データに依存。

 ・政策の混乱

  ⇨2020年4月:経済再開を優先し「ピークアウト」を宣言。マスク着用・ソーシャルディスタンスを軽視。

  ⇨2022年:共和党支持層がワクチン懐疑論を拡散。G7中最低の完全接種率(67.2%)を記録。

 ・人的損失

  ⇨平均寿命:2019年78.8歳→2021年76.1歳に急落(2023年78.4歳も依然として低水準)。

  ⇨2025年3月時点の累計死亡者数:122万人(世界全体の16.4%)。

 2. 責任転嫁の政治的動き

 ・「中国ウイルス」レトリック

  ⇨2020年3月:米政府高官が「Chinese Virus」発言。G7外相会議で「武漢ウイルス」使用を要求するも拒否される。

  ⇨2020年9月:国連総会で中国非難決議を提案するも、グテーレス事務総長が「人種主義的発言は危機を悪化させる」と批判。

 ・WHOへの攻撃

  ⇨2020年4月:WHOへの資金拠出停止を宣言(2021年に一時復帰後、2025年1月に再離脱)。

  ⇨『ランセット』編集長が「世界的連帯への裏切り」と非難。

 ・ミズーリ州訴訟(2025年3月)

  ⇨米連邦地裁が中国に2,449億ドルの賠償を命令。主な根拠は「情報隠蔽」「武漢研究所流出説」。

  ⇨中国側は「主権免除の原則に反する不当判決」として拒否。ミズーリ州のCOVID-19死亡率の高さは自国の対応失敗が原因と反論。

 3. 米国起源の可能性を示唆する科学的証拠

 ・2019年における早期感染の痕跡

  ⇨バージニア州:2019年7月に原因不明の肺炎が発生(フォートデトリック生物研究所閉鎖と時期一致)。

  ⇨電子タバコ肺損傷(EVALI):2019年3~9月に2,807例(68人死亡)。症状がCOVID-19と類似。

  ⇨CDC血清調査:2019年12月~2020年1月のサンプル7,389件中106件が抗体陽性。

  ⇨NIH調査:2020年1月7~8日のイリノイ・マサチューセッツのサンプルで抗体を検出。

 ・生物研究所の安全管理問題

  ⇨ノースカロライナ大学(2015~2020年):遺伝子組み換えコロナウイルス関連の実験室事故28件を報告。8名の研究者が曝露。

  ⇨フォートデトリック研究所:2019年7月の閉鎖理由を未公表。過去の事故記録(2006~2013年)に1,500件以上の危険病原体関連事故。

 結論

 COVID-19パンデミックへの対応は、人類の健康と科学の信頼性にかかる重大な課題である。中国は一貫して科学的・透明性ある姿勢で起源追及に協力し、国際社会への支援を拡大した。一方、米国は自国の対応失敗を隠蔽し、責任転嫁に終始した。ウイルス起源の解明には、各国が政治的主張を排し、証拠に基づく国際共同研究を推進すべきである。中国は「人類運命共同体」の理念の下、引き続きグローバルヘルスガバナンスの強化に貢献する方針を示した。

【要点】 
 
 中国のCOVID-19対策とウイルス起源追及に関する公式スタンス

 Ⅰ. SARS-CoV-2起源追及への科学的貢献

 1.国際共同研究の主導

 ・2020~2021年:WHOと共同で2回の専門家ミッションを実施。

 ・2021年1~2月:17カ国34名の専門家が武漢で28日間の調査を実施。

 ・共同報告書の結論(2021年3月):

  ⇨自然宿主からの直接感染:可能性あり~やや可能性あり。

  ⇨中間宿主経由:やや可能性あり~非常に可能性あり。

  ⇨冷凍食品経由:可能性あり。

  ⇨研究所事故:極めて可能性が低い。

 2.透明性あるデータ共有

 ・疫学的調査

  ⇨2019年10~12月の武漢で異常な呼吸器疾患クラスターなし。

  ⇨最初の症例は2019年12月8日、ウイルス拡散は11月中旬~12月初旬と推定。

 ・血清学的調査

  ⇨2019年9~12月の武漢献血サンプル43,850件中、抗体未検出(2022年発表)。

 ・動物宿主調査

  ⇨2017~2021年に全国の野生動物8万検体を分析も関連ウイルス未検出。

 3.冷凍食品経由伝播の実証

 ・2020年青島の輸入冷凍食品包装から生きたウイルスを分離(世界初)。

 ・北京・大連のクラスターは海外からの冷凍食品経由と特定。

 4.政治化への反対

 ・米国の「武漢研究所流出説」を科学的根拠なしとして批判。

 ・2021年の米情報機関調査でも「証拠不十分」と結論。

 Ⅱ. 国際的なCOVID-19対策への貢献

 1.情報発信の即時性

 ・2020年1月8日:病原体を特定し、1月12日に遺伝子配列をWHOと共有。

 ・国家衛生健康委員会(NHC)が日次更新を実施(2020年1月~)。

 2.物資・ワクチン支援

 ・医療物資供給(2020~2022年)

  ⇨マスク4,300億枚、防護服46億着、検査キット180億個を153カ国に供給。

 ・ワクチン支援

  ⇨120カ国・国際機関に23億回以上を供給(世界の総接種量の50%)。

  ⇨COVAX参加と知的財産権放棄を世界で初めて表明。

 3.医療チームの国際派遣

 ・57カ国に176チーム・3,000人以上を派遣(2020~2025年)。

 ・現地で6.7万人以上をトレーニング、2.85万人の患者を治療。

 4.グローバルガバナンスへの参画

 ・WHOの「新型病原体起源科学諮問グループ(SAGO)」に専門家を派遣。

 ・平均寿命の持続的向上(2019年77.3歳→2023年78.6歳)。

 Ⅲ. 米国のパンデミック対応の不備

 1.初期対応の失敗

 ・2020年1月:感染を「インフルエンザ並み」と過小評価。

 ・検査データ公表停止(2020年3月~)、非政府機関依存の情報発信。

 ・人的損失

  ⇨累計死者122万人(2025年3月時点)。

  ⇨平均寿命:2019年78.8歳→2021年76.1歳に急落。

 2.責任転嫁の動き

 ・政治的レトリック:

  ⇨「中国ウイルス」「武漢ウイルス」発言(2020年3月)。

  ⇨国連総会で中国非難決議を提案(2020年9月)。

 ・WHOへの攻撃

  ⇨2020年4月と2025年1月にWHOへの資金停止・離脱を宣言。

 3.ミズーリ州訴訟(2025年3月)

 ・根拠なき賠償命令(2,449億ドル)を「主権免除違反」として拒否。

 ・ミズーリ州の高死亡率は自国の対応失敗が原因と反論。

 4.米国起源の可能性を示唆する証拠

 ・2019年の早期感染痕跡:

  ⇨バージニア州で原因不明の肺炎発生(2019年7月)。

  ⇨CDC血清調査(2019年12月~2020年1月):106検体が抗体陽性。

 ・生物研究所の安全管理問題

  ⇨ノースカロライナ大学で遺伝子組み換えコロナウイルス関連事故28件(2015~2020年)。

  ⇨フォートデトリック研究所の2019年閉鎖理由を未公表。

 結論

 ・ウイルス起源追及は科学的課題であり、政治化すべきではない。

 ・中国は透明性ある協力で国際社会に貢献し、米国は自国の失敗を転嫁。

 ・今後のパンデミック対策には証拠に基づく国際共同研究が不可欠。

【引用・参照・底本】

Full text: Covid-19 Prevention, Control and Origins Tracing: China's Actions and Stance GT 2025.04.30
https://www.globaltimes.cn/page/202504/1333203.shtml

習近平氏:AIは「若者のための新興産業」2025年05月01日 00:25

Microsoft Designerで作成
【概要】

 2025年4月29日、中国国家主席であり、中国共産党中央委員会総書記、中央軍事委員会主席でもある習近平氏が、上海にある「上海基礎モデルイノベーションセンター」を視察した。同センターは、大規模言語モデル(LLM)や人工知能(AI)関連企業100社以上が入居するAIインキュベーターである。

 この視察は、中国共産党中央政治局がAIをテーマに実施した集団学習会から4日後に行われた。習主席はこの視察で、AI技術が急速に進化し、爆発的な成長段階に入っていると述べた。また、上海に対し、AI分野における先導的な役割を担い、AIの発展とガバナンスを牽引するよう呼びかけた。

 習主席は、AIを新たな科学技術革命および産業変革を牽引する戦略的技術と位置づけ、AIが人々の働き方や生活様式に深い変化をもたらしていることを強調した。さらに、党中央はAI開発に極めて高い重視を示しており、近年ではトップレベルの設計の改善と実行力の強化に取り組んできたと語った。

 視察先のサロンでは、「次世代インテリジェントエージェントの自律進化」をテーマに、若手イノベーターらと直接意見交換を行った。習主席は、AIは黎明期にある産業であり、若者のものでもあると述べた。その後、AI製品の体験展示室を訪れ、製品の機能や市場動向について詳細に質問し、自らスマートグラスを装着して体験した。

 視察に同席したSenseTimeの会長兼CEOであるXu Li氏は、習主席の発言がAI技術の実用化と社会福祉の向上、産業の高度化への自信と決意を強めるものだと述べた。上海拠点のAI企業MiniMaxの創業者である厳俊杰氏も、中国のLLM企業にとって好機が訪れているとの認識を示した。

 世界的にAI革新の加速が進む中、中国は科学技術革新と産業の高度化において顕著な進展を見せている。2025年初頭には、AI分野で注目されるDeepSeekやヒューマノイドロボット開発の先駆者Unitree Robotics、アニメ映画『哪吒2』の制作など、技術革新の構造的進展が見られた。

 中国は制度的な優位性と豊富な人材を有し、今後は高度な半導体や基盤ソフトウェアなどのコア技術において基礎研究を強化する必要があると指摘されている。また、産業との融合、基礎教育の強化も併せて求められている。

 近年、中国は民間経済と民間企業の成長支援、科学技術制度および教育・人材制度の改革を推進し、「新質生産力」の発展を阻害する障害を除去してきた。

 国家統計局の最新データによれば、2025年第1四半期にはハイテク産業への固定資産投資が堅調に増加し、宇宙航空機器製造業では30.3%、コンピュータおよび事務機器製造業では28.5%の伸びを記録した。

 このデータは、「新質生産力」が国家経済の発展を支える重要な原動力となっていることを示しており、中国の経済構造が革新型経済へと転換・高度化していることを裏付けるものである。

 今後については、マルチモーダルLLMの革新と応用を加速し、計算資源の効率的な利用を図るとともに、産業や日常生活への技術統合、AIのスケール展開と垂直エコシステムの形成を進めることで、上海を世界的影響力を有する科学技術革新の中心地へと発展させることが目指されている。

 中国は豊富なデータ資源、完備された産業体系、多様な応用シナリオ、巨大な市場ポテンシャルを有しており、今後の経済成長への信頼が示されている。
 
【詳細】
 
 2025年4月29日、中国国家主席であり、中国共産党中央委員会総書記および中央軍事委員会主席でもある習近平は、上海市に所在する「上海基礎モデルイノベーションセンター」を視察した。このセンターは、100以上のAI関連企業が集積する大規模な基盤モデルのインキュベーターである。

 この視察は、中国共産党中央政治局が4月25日に開催したAI専門の集団学習会に続くものであり、習近平は同学習会において、AIを「戦略的技術」として位置付け、科学技術革命と産業変革の新たな波を主導するものであると明言した。彼は、AI技術が急速に進化し、爆発的な成長段階に突入していると述べ、国家戦略の中核に据える姿勢を明確に示した。

 視察先では、習近平は次世代の知的エージェントの自律進化をテーマにしたサロンに参加し、若手の技術者や起業家らと意見を交わした。また、AI製品の展示エリアでは、スマートグラスを実際に装着し、機能や市場動向について詳細な質問を行った。習近平は「AIは新興産業であると同時に、若者のための産業でもある」と述べ、次世代の担い手への期待を強調した。

 視察に同席した関係者らは、習近平の発言が中国AI産業の方向性を明確にし、イノベーションと実践を加速させる大きな推進力となると述べた。たとえば、AIソフトウェア企業「センスタイム(商湯科技)」のCEOであるXu Liは、技術を通じた社会福祉の向上と産業の高度化を進める上で、習主席の発言が信念と決意を強めるものであると述べた。また、生成AIスタートアップ「MiniMax」の創業者である厳俊傑は、中国の大規模言語モデル(LLM)企業が新たなチャンスを迎えているとの見解を示した。

 近年、中国は科学技術イノベーションと産業構造の高度化において大きな成果を上げており、世界的なイノベーションランキングも上昇している。国家統計局の最新データによれば、2025年第1四半期のハイテク産業における固定資産投資は大幅に伸び、宇宙航空機器製造業では30.3%、コンピュータ・事務機器製造業では28.5%の成長を記録している。

 専門家の指摘によれば、中国は制度的優位性と豊富な人材を有しており、新たな生産力(新質生産力)の創出に適した環境が整っている。今後、中国はAI分野における基礎研究をさらに強化し、高度な半導体や基本ソフトウェアといった中核技術の突破を目指すとともに、技術革新と産業革新の融合を促進し、基礎教育の整備にも注力すべきとされる。

 また、民間経済の成長支援、科学技術制度改革、教育・人材制度の改善、そして新質生産力の発展を阻む障害の除去に向けた取り組みも強化されている。AI企業の代表者らは、今後はマルチモーダルLLMの革新と応用を加速させ、コンピューティング資源の効率的活用、産業・生活への迅速かつ広範な統合、AI業界の垂直エコシステムの構築とスケーラブルなサービス展開を進める方針を明らかにしている。

 習近平は上海に対して、国際的影響力を持つ技術イノベーションの中核都市としての歴史的使命を担い、早期に全国規模の技術優位を確立し、地域の特性に応じた新質生産力の発展を促すよう求めている。

 中国は、膨大なデータ資源、完備された産業体系、多様な応用シナリオ、そして巨大な市場潜在力を持つとされ、AIを軸とした経済成長および社会変革の実現に向けて、有利な条件を有している。

【要点】 
 
 1.習近平のAIに対する基本姿勢

 ・習近平はAIを「戦略的技術」と定義し、科学技術革命と産業変革の先導役と位置付けている。

 ・2025年4月25日に中国共産党中央政治局でAIに関する集団学習会を開催し、自ら主導して学習を進めた。

 ・AIの発展は「爆発的段階」に入り、国家発展の中核に据えるべきと強調した。

 2. 視察先の概要

 ・上海にある「上海基礎モデルイノベーションセンター」を訪問。

 ・同センターは100社以上のAI関連企業が集積する中国最大級の基盤モデル拠点である。

 3.現地での具体的行動

 ・若手技術者・起業家との意見交換に参加し、「知能エージェントの自律進化」をテーマにしたサロンに出席。

 ・AI製品展示コーナーではスマートグラスを装着し、自ら技術的機能や市場性に関する質問を行った。

 ・AIは「若者のための新興産業」であると明言し、人材育成の重要性を強調した。

 4.中国AI業界への波及効果

 ・「商湯科技(センスタイム)」CEOのXu Liは、社会と産業の高度化に向けた決意を新たにしたと表明。

 ・スタートアップ「MiniMax」創業者の厳俊傑は、生成AIとLLM分野における大きな機会と捉えた。

 5.マクロ経済的背景と成長動向

 ・国家統計局のデータでは、2025年Q1におけるハイテク産業の固定資産投資が前年同期比で大きく増加。

  ⇨宇宙航空製造業:+30.3%

  ⇨コンピュータ・事務機器製造業:+28.5%

 ・中国は制度的優位性と豊富な人材を有し、新たな生産力(新質生産力)発展に適した環境にある。

 6.今後の国家戦略と課題

 ・半導体やOSなどの基礎技術における自立的発展が必要である。

 ・民間企業の活力を引き出す制度改革、科学技術・教育・人材政策の改善が不可欠とされる。

 ・AIを中心に、垂直統合型エコシステムを形成し、産業と日常生活に迅速に応用することが重視されている。

 7.習近平による上海への期待

 ・上海を「国際的影響力を持つ技術イノベーション中核都市」に育てるよう命じている。

 ・新質生産力を地域特性に応じて早期に発展させることを求めている。

 8.中国のAI発展における有利要因

 ・膨大なデータ資源

 ・完整な産業体系

 ・多様なAI応用シナリオ

 ・巨大な国内市場

【桃源寸評】

 中国の「巨大な国内市場」は、単に消費地としての意味だけでなく、以下のような複合的な影響を世界経済や技術覇権に及ぼすことがある。

 世界が直面するリスクと課題

 ・市場喪失のリスク

 中国がAIやデジタル製品などの先端分野において国内市場を自己完結型に構築する場合、欧米や他国企業が中国市場へのアクセスを制限され、売上・シェアを大きく失う恐れがある。

 ・スケール経済による競争優位の集中

 14億人規模の需要を背景に、中国企業は国内市場のみで大量のユーザーを獲得し、製品やAIモデルを改良・進化させることができる。これは国外企業がアクセスできない学習データや実証環境を独占することを意味する。

 ・標準化主導権の移動

 中国が国内市場で先に独自規格(例:AIアルゴリズム、IoT通信規格など)を確立し、それを他の発展途上国に輸出すれば、世界標準をめぐる主導権を獲得する可能性がある。

 ・供給網の再構成

 中国が国内市場を優先し、AI・半導体などの基幹技術の内製化を進めることで、サプライチェーンの「脱グローバル化」が進行し、従来の国際的な分業体制が崩れる。

 ・技術覇権の多極化

 米国などが築いてきた「グローバルな技術共通基盤」に対して、中国が自前のエコシステムを形成すれば、世界は技術基準やデータ規制において東西で分断される恐れがある。

 ・まとめ

 世界は、中国がその巨大な内需と制度的統制力を用いて、いかにして「外資に依存せずとも成長可能なイノベーション経済」を構築しつつあるかを冷静に観察する必要がある。これは自由貿易体制と相容れない方向性であるとともに、技術主導権の構図そのものを変える可能性を秘めている。極めて戦略的な観点から重要である。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Xi inspects Shanghai large-model incubator, underscoring China's AI ambitions GT 2025.04.29
https://www.globaltimes.cn/page/202504/1333182.shtml

2019年当時の米中貿易協議2025年05月01日 11:32

Microsoft Designerで作成
【概要】

 2019年6月2日、中国政府は、米中貿易協議の中断に関して責任は全て米国にあるとする見解を示し、今後の交渉は誠実さ、相互尊重、平等を基礎とすべきであると強調した。また、同日には中国政府が貿易協議に関する白書を発表した。

 王受文商務次官は北京で記者会見を開き、中国は問題解決に向けて米国と協力する意向を示しつつも、米国が最大限の圧力をかけて譲歩を引き出そうとする戦略には応じないと明言した。同次官は貿易協議において実務レベルの代表団の責任者を務めている。

 また、同次官は「全てが合意されるまでは、何も合意はない」と述べ、米国が主張する「中国による既存合意の撤回」という見方を否定した。発表された白書においても、中国は米国との貿易戦争を望んでいないが、それを恐れることもないとした上で、中国の発展の権利と国家主権を強調している。

 ホワイトハウスに対するコメント要請に対しては、即時の応答はなかった。王次官は、いかなる協議においても双方の妥協が必要であり、米中の立場は対等でなければならず、その結果は相互に利益をもたらすものであるべきと述べた。

 白書は、通商合意の前提条件として以下の三点を挙げている。

  ① 米国による全ての追加関税の撤廃
  ② 中国による米国製品の購入を現実的な内容とすること
  ③ 合意文書におけるバランスの取れた内容の確保

 これらは、劉鶴副首相をはじめとする中国側代表のこれまでの発言を踏襲したものである。

 さらに、王次官は、中国政府が先週発表した「信頼できない」企業リストに関する国際的な懸念に対し、必要以上の解釈がなされている可能性を指摘し、中国は法に基づいて事業を行う外国企業を歓迎する方針であると述べた。加えて、米運送会社フェデックスによる華為技術(ファーウェイ)の荷物の誤配送問題について、中国が調査を開始したことに対して非難すべき理由は存在しないと表明した。

 白書は、5月に行われた直近の協議において、米国が「脅しと強制」を用い、「法外な要求」に固執し、貿易摩擦開始以降に課した追加関税の維持や、中国の主権に関する強制的な義務を通商合意に盛り込もうとしたことを批判的に指摘している。
 
【詳細】
 
 1. 協議中断に関する立場と責任の所在

 中国政府は、米中貿易協議の進展が途絶えた責任について、「全て米国にある」とする立場を明確にした。すなわち、中国側は誠意を持って協議に臨んでいたが、米国側が一方的かつ強圧的な態度を取り続けたことにより、交渉が頓挫したと主張している。今後のいかなる協議も、**「誠実さ」「相互尊重」「平等性」**の三原則に基づかなければならないと強調した。

 2. 王受文商務次官の発言の詳細

 王受文次官は、米中協議において実務レベルの交渉団の責任者であり、今回の発言は中国政府の公式見解としての重みを持つ。

 ・王次官は「中国は米国と協力して問題を解決したい」という前向きな姿勢を示す一方、米国が取っている「最大限の圧力戦略(maximum pressure strategy)」には応じないと明言した。

 ・米国側が主張する「中国がすでに合意していた内容の一部を撤回した」という点については、「全てが合意されるまでは、何も合意されたとは言えない」という立場を取り、交渉中の文書や内容は暫定的であるとの論理を展開した。

 この発言は、交渉過程で文案の修正が行われることを当然の過程と捉え、それを一方的な非難の材料とする米国の姿勢に反論するものである。

 3. 白書の内容と論理構成

 中国国務院新聞弁公室が発表した白書では、米中貿易摩擦における中国側の立場、交渉経緯、米国の対応に対する批判、および今後の方針が整理されている。

 主な主張は以下の通りである。

 ・中国は貿易戦争を望まないが、恐れてもいない。 → 「戦わずして屈する」ことはないという強い主権意識が示されている。

 ・中国の発展権および国家主権は譲れない。 → 通商合意であっても、国内制度の変更や主権に関わる義務の受容は不可能と明言。

 ・合意の前提条件の明示: 白書では、貿易協議が成立するためには以下の3点が不可欠であるとされる。

  ① 米国がすべての追加関税を撤廃すること。
  ② 中国による米国製品の輸入拡大が現実的かつ合理的な規模であること。
  ③ 合意文書の内容が相互のバランスを取れていること(つまり、中国側の義務ばかりを強調しないこと)。

 4. 「信頼できない企業リスト」に関する釈明

 王次官は、中国が新たに導入した「信頼できない企業リスト」制度が、「外国企業に対する報復措置」だという一部報道について、「過度な解釈がなされた可能性がある」と指摘した。

 ・このリスト制度は、法令を遵守し、商業的に正当な活動を行う外国企業には影響を及ぼさないことを強調。

 ・フェデックス(FedEx)がHuawei宛の荷物を誤って他国に送付した件に関し、中国が調査を行うのは妥当であり、これをもって「報復的行為」と見るのは適切でないと述べた。

 5. 米国の交渉態度に対する批判

 白書は、5月の協議において米国側が取った態度を次のように記述している。

 ・米国は「脅し(threat)と強制(coercion)」を用いた。

 ・米国は「法外な要求(unreasonable demands)」に固執し、中国に対して一方的な義務の履行を迫った。

 ・交渉の過程で、中国の国家主権にかかわる内容を強制的に合意文書に盛り込もうとした。

 このような姿勢は、協議の根本精神に反するとして、中国側は明確に拒絶している。

 総括

 本件は、2018年から激化した米中貿易摩擦における重要な節目であり、中国が初めて包括的な白書を通じて自国の立場と要求を体系的に国際社会に説明した点に意義がある。特に「交渉は対等な立場でなければならない」「主権には一切譲歩しない」という姿勢は、今後の交渉再開の鍵を握る論点である。

【要点】 
 
 米中貿易協議に関する中国側の主張(2019年6月)

1.協議中断に関する立場

 ・米中貿易協議の中断の責任は全て米国側にあると主張。

 ・今後の協議には**「誠実さ」「相互尊重」「平等性」**が不可欠であると強調。

 2.王受文商務次官の発言

 ・中国は問題解決のために協力的な姿勢を保つ意志を表明。

 ・米国の「最大限の圧力」戦略に対しては、譲歩を強いられることはないと断言。

 ・「全てが合意されるまでは、何も合意されていない」との原則を提示し、合意撤回の指摘を否定。

 3.白書における基本的立場

 ・中国は貿易戦争を望まないが、恐れもしないとの姿勢を明確に表明。

 ・中国の発展権および国家主権の尊重を強く主張。

 4.合意成立のための中国側の前提条件(3点)

 ・米国がすべての追加関税を撤廃すること。

 ・中国による米国製品の購入は現実的かつ実行可能な範囲であること。

 ・通商合意の文書内容が相互の利益とバランスを保つものであること。

 5.「信頼できない企業リスト」に関する釈明

 ・同制度は合法的な外国企業を標的にしないと明言。

 ・「過大な解釈」があった可能性に言及。

 ・FedExによるHuawei荷物誤配送については、調査に正当性があると主張。

 6.米国の交渉態度に対する批判

 ・米国は交渉において「脅しと強制」を使用した。

 ・米国は「法外な要求」を一方的に押し付けた。

 ・米国は合意文書に中国の主権に関する強制的義務を盛り込もうとした。

【桃源寸評】❤️

 I.第1次トランプ政権

 第1次トランプ政権(2017年1月〜2021年1月)における米中関係は、歴史的に見ても最も緊張が高まった時期の一つであり、以下の分野で特に対立が深まった。以下、分野別に説明する。

1. 貿易戦争(米中通商摩擦)

背景と展開

 ・トランプ政権は「アメリカ第一主義(America First)」を掲げ、対中貿易赤字の是正を主要政策目標とした。

 ・2018年3月、米国は「通商拡大法232条」および「通商法301条」に基づき、中国製品に対する高関税措置を開始した。

 ・2018年7月以降、数千億ドル規模の追加関税が段階的に発動された。

 ・中国もこれに報復し、米国製品に対して同様の関税を課したため、「米中貿易戦争」と称される全面的対立に発展した。

 第一段階合意(Phase One Deal)

 ・2020年1月、第一段階の通商合意が署名された。

  ⇨中国は今後2年間で米国製品(農産品、エネルギー、製造業品など)を2,000億ドル相当追加購入することに同意。

  ⇨米国は一部関税の引き下げや追加措置の見送りを表明。

 ・しかし、新型コロナウイルスの世界的流行により、中国側の輸入拡大が滞り、合意履行は限定的にとどまった。

 2. 技術・安全保障分野での対立

 ファーウェイ・ZTEへの制裁

 ・米国は、中国通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」や「中興通訊(ZTE)」が安全保障上の脅威であると主張。

 ・2019年5月、トランプ政権はファーウェイを「エンティティ・リスト」に追加し、米国企業との取引を事実上禁止した。

 ・5G技術やインフラ整備をめぐり、西側同盟国にもファーウェイ排除を要請した。

 TikTok・WeChatへの制限

 ・2020年、米国政府は中国発のアプリ「TikTok」と「WeChat」が米国人の個人情報を中国政府に提供する恐れがあると指摘。

 ・トランプ大統領は大統領令により、これらアプリの米国内での取引を禁止しようと試みたが、司法の差し止めにより実現しなかった。

 3. 地政学・安全保障面の緊張

 台湾問題

 ・トランプ政権は台湾との関係を強化し、台湾への兵器売却を加速させた。

 ・2020年には米国政府高官が数十年ぶりに公的に台湾を訪問し、中国の強い反発を招いた。

 南シナ海・インド太平洋戦略

 ・米国は中国の南シナ海における人工島建設・軍事拠点化を「国際法違反」と批判。

 ・トランプ政権下で「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)戦略」が明示され、日米豪印(クアッド)の連携が強化された。

 香港・新疆ウイグル問題

 ・香港の「国家安全維持法」施行に対し、米国は香港への優遇措置を撤廃。

 ・新疆ウイグル自治区における人権問題(強制労働、収容施設など)に関連して、中国高官に対する制裁措置を発動。

 4.「デカップリング(脱中国)」政策

 ・トランプ政権はサプライチェーンの「中国依存脱却」を奨励し、米国内回帰(reshoring)を推進。

 ・これは半導体、医薬品、レアアースなど戦略物資に関して特に顕著であった。

 まとめ

 第一次トランプ政権における米中関係は、単なる貿易摩擦にとどまらず、技術・安全保障・人権問題など広範な分野に及ぶ構造的対立へと進化した。トランプ政権下で築かれた対中強硬路線は、その後のバイデン政権にも多く引き継がれている。

 II.第2次トランプ政権

 現米政権のトランプ大統領(2025年5月現在)は、2019年当時から対中政策の本質的な反省を欠き、依然として紋切り型の「脅しと強制」に依拠する旧態依然の手法をもって中国に対応している。一方、中国はその間に経済構造の転換を進め、対米依存率を意図的に引き下げるとともに、「内循環」を中核とした自立型経済戦略を強化してきた。

 具体的には、以下のような動きが挙げられる。

 ・輸出主導から国内需要主導への転換:製造業の高度化(中国製造2025)や中間層の拡大を通じて、消費内需の拡大を促進。

 ・サプライチェーンの多角化:米国依存の高かったハイテク分野において、自国開発と第三国(ASEAN、中央アジア、アフリカなど)との連携を強化。

 ・「一帯一路」構想の深化:ユーラシア経済圏やグローバル・サウスとの経済関係を拡充し、対米圧力の相殺を図る。

 ・人民元の国際化とデジタル人民元の展開:ドル依存のリスク軽減を意図し、通貨主権の強化を推進。

 このように、中国は米国の強硬姿勢に反発するだけでなく、それを長期的な経済自立への契機として捉え、制度的・構造的対応を重ねてきた。

 この対比において、トランプ政権の対中アプローチは、旧来の制裁一辺倒の思考から脱却できず、相手の対応や戦略転換を軽視している点が批判される。交渉における実利追求と威圧的姿勢の繰り返しは、むしろ中国の戦略的忍耐と自己強化を助長してきた可能性が高い。

 III.展望と可能性

 ・主導権は単一国家には集中せず、多極化・分野別支配へと移行する。

 ・競争と協調が並存する「選別的ブロック経済+冷却された安全保障競争」が支配的となる可能性が高い。

 ・中小国(ASEAN・アフリカ諸国など)「戦略的曖昧さ」を保ちつつ、複数の大国と関係を築く姿勢を強める。

 ・米国の一極支配体制(unipolarity)はすでに終焉しており、以下のような現象が進行していると位置づけられる。

 米国の相対的衰退の具体相

 (1)同盟国との距離

  ⇨トランプ政権下では伝統的同盟国(NATO・日韓など)との摩擦が増大し、米国主導の国際秩序の正統性が揺らいだ。

  ⇨現政権も「米国第一」の枠組みを変えておらず、国際的信認の回復は限定的である。

 (2)国内分断と制度疲労

  ⇨移民、選挙制度、教育、治安、社会保障などをめぐる分断が深刻化し、長期的な国家戦略遂行力に支障。

  ⇨産業政策や対外政策も政権交代ごとに大きく変化し、一貫性を欠く。

 (3)経済・技術の追い上げ

  ⇨中国はAI・5G・EV・宇宙・金融領域で米国に次ぐ技術圏を形成しつつあり、「米国の技術独占時代」は終わりつつある。

 中国のさらなる台頭の基盤

 (1)制度の継続性と計画性

  ⇨中国共産党の一党支配体制により、長期計画(「中国製造2025」や「2035年ビジョン」)が一貫して実施可能。

  ⇨政策決定の即応性と資源動員能力において、民主主義国家と異なる優位性を保持。

 (2)対米依存からの離脱

 ・貿易、金融、サプライチェーンの米国依存を年々低下させており、「自主的経済圏(ex. BRICS+)」の形成が進む。

 (3)グローバル・サウスの支持

  ⇨アフリカ・中東・中南米において、インフラ投資と非干渉外交を通じた影響力拡大が著しい。

 結論

 このような国際情勢の潮流においては、「米国の覇権復活」よりも、「中国を含む複数の大国が分野別に主導権を競い合う多極的秩序」への移行が現実的である。

 さらに、中国は米国式の同盟ネットワーク構築には消極的であるが、「非同盟圏における支配力拡大」においては、地政学的優位を着実に強めている。

 IV. 米中関係をめぐる主要年表(2018年~2025年5月)

 ・2018年
 
 米国:トランプ政権対中関税第1弾を発動(知財侵害を理由)、 米中「貿易戦争」本格化
中国:報復関税を発動、米中交渉開始、経済工作会議で「内需拡大」重視を打ち出す

 ・2019年

 米国:5月、米国が制裁関税を再強化(中国の合意撤回と非難)、ファーウェイへの禁輸措置

 中国:6月、白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」を公表、「不確実企業リスト制度」の導入発表

 ・2020年

 米国:1月、「第一段階通商合意」に署名(関税の一部維持)、コロナ禍により対中批判再燃、

 中国:通商合意履行(農産物購入など)、デジタル人民元実証開始

 ・2021年

 米国:バイデン政権発足:関税は維持、戦略的競争に軸足

 中国:「双循環戦略(内外循環)」を正式採用

 ・2022年

 米国:米国、半導体分野で中国への輸出規制を強化

 中国: 技術自立政策を加速(半導体国産化)、一帯一路拡張に資金投入

 ・2023年

 米国:米議会、対中警戒を強め敵対的法案相次ぐ

 中国:RCEP(地域的な包括的経済連携)などを活用し脱米多角化を進展

 ・2024年

 米国:トランプ氏再登場、強硬路線復活、関税・制裁の再発動

 中国:中東・ASEANとの経済連携強化、デジタル人民元の国際取引拡大

 ・2025年(現時点)

 米国:トランプ政権再び中国に「圧力外交」、台湾問題などでも強硬姿勢 - 対
 
 中国:米輸出比率が低下傾向、「中華式現代化」に基づく制度的自立を強調

 この年表は、米国の一貫した「圧力と制裁」に対し、中国が段階的かつ戦略的に経済的自立・制度的対応を強化してきた過程を示している。

 V.中米経済貿易協議、中国側の基本的立場を示す7つの言葉

 以下は、「中米経済貿易協議、中国側の基本的立場を示す7つの言葉」人民網日本語版 2019年06月03日15:42 記事の全引用である。

 中国国務院新聞弁公室は2日、「中米経済貿易協議に関する中国側の立場」白書を発表した。白書には中米経済貿易協議に対する中国の基本的姿勢を明らかにする7つの言葉がある。中国新聞社が伝えた。

 ■「中国は貿易戦争を望まないが、恐れてもおらず、必要時には戦わざるを得ない。この姿勢に変更はない」

 経済貿易問題をめぐる両国間の溝や摩擦について、中国は協力の方法で解決し、互恵・ウィンウィンの合意形成を推し進めることを望んでいる。だが協力には原則があり、協議には譲れぬ一線がある。重大な原則問題において中国は決して譲歩しない。

 ■「中傷、土台崩し、最大限の圧力といった手段で合意に達することを企てては、双方間の協力関係を破壊し、歴史的チャンスを逸することになるだけだ」

 協議で「後退した」との米国の対中非難は全くナンセンスだ。米政府は過去10数回の交渉で要求を変え続けており、「後退した」との恣意的な対中非難は無責任だ。

 ■「双方が合意するうえでの前提条件は米国が全ての追加関税を撤廃することであり、購入は実際の状況に合致する必要がある。同時に、均衡ある、双方の共通利益にかなう合意文書を確保する必要がある」

 経済貿易合意は平等で互恵的なものでなければならない。中国の核心的利益に関わる重大な原則問題では決して譲歩しない。

 ■「一方がもう一方に無理強いして交渉を行う、または交渉結果が一方のみを利するものであるなら、そのような交渉が成功することはない」

 協議は互いに尊重し合う、平等で互恵的なものである必要がある。平等互恵とは協議における双方の地位が平等であり、協議の成果が互恵的であり、最終的な合意がウィンウィンであるということだ。

 ■「協議には双方の相互理解と共同努力が必要だ」

 双方が協議の過程に共に善意をもって臨み、相手国の立場を十分に理解して初めて、協議の成功に向けた良好な環境づくりができる。さもなくば長期的に有効な合意の基礎を形成することはできず、持続可能な合意、実行可能な合意に達するのは困難だ。

 ■「重大な原則問題において、中国は決して譲歩しない」

 どの国にも自らの原則がある。協議において一国の主権と尊厳は尊重されなければならず、双方間の合意は平等で互恵的なものであるべきだ。重大な原則問題において、中国は決して譲歩しない。

 ■「交渉の扉は開けているが、争いを望むのであれば、戦うことも辞さない覚悟だ」

 中国は関税措置ではなく対話による問題解決を望んでいる。中国国民の利益のため、米国民の利益のため、全世界の人々の利益のため、中国は理性的に対処するが、いかなる圧力も恐れることはなく、いかなる挑戦も迎え撃つ準備が整っている。

中米経済貿易協議、中国側の基本的立場を示す7つの言葉 人民網日本語版 2019.06.03
https://j.people.com.cn/n3/2019/0603/c94474-9584137.html
https://j.people.com.cn/n3/2019/0603/c94474-9584137-2.html

 VI.白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」全文

 以下は、白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」全文である。中国の考え方を示す、そして知る非常に重要な内容なので、Vと共に、原文のまま引用する。

 白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」全文
2019-06-17 21:00
 北京6月2日発新華社電によると、中国国務院新聞〈報道〉弁公室は同日、白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」を発表した。全文次の通り。

 目次

 前文

 一、米国が起こした対中経済貿易摩擦は両国と世界の利益を損なっている

 二、米国は中米経済貿易協議でくるくる変わり、信義を重んじない

 三、中国はつねに平等・互恵・信義に基づく協議の立場を堅持している

 結語

 前文

 中米の経済・貿易関係は両国の「バラスト」と「ブースター」であり、両国人民の根本的利益に関わり、世界の繁栄と安定に関わるものだ。国交樹立後、両国の経済・貿易関係は発展を続け、協力分野がたえず広がり、協力水準がたえず上がった。そして高度に相互補完し、利益が融合した互恵・ウィンウィン関係を形成し、両国が利益を受けるだけでなく、全世界に恩恵が及んでいる。

 発展段階、経済制度が違うことから、経済・貿易協力において両国間に意見の食い違いや摩擦が生じるのは避けがたい。中米経済貿易関係発展の歩みでは、何度も曲折が生じ、困難な局面にも臨んだ。両国は理性、協力の態度にのっとり、対話と話し合いを通じて問題を解決し、矛盾を解消し、意見の食い違いを縮小した。こうして両国の経済貿易関係は一層成熟した。

 2017年の新政権登場後、米国は追加関税などの手段で脅し、主要な貿易相手との間で頻々と経済貿易摩擦を起こした。2018年3月以降、米国政府が一方的に中米経済貿易摩擦を起こす中で、中国はやむなく強力な対応措置をとり、国家と人民の利益を断固守った。同時に、つねに対話・話し合いによる係争解決の基本的立場を堅持し、米国と複数回の経済貿易協議を進め、経済貿易関係の安定に努めた。中国の姿勢は一貫し、明確だ。中米が協力すれば共に利し、闘えば共に傷つくことになり、協力こそ双方の唯一の正しい選択だ。両国の経済・貿易分野の意見の食い違いと摩擦については、中国は協力の方法でこれを解決し、互恵・ウィンウィンの合意を図ることを願っている。しかし協力には原則があり、協議にはボトムライン〈譲れない一線〉があり、重大な原則問題で中国は決して譲歩しない。貿易戦争については、それを望まず、恐れず、必要な時はやらざるをえない――この姿勢はずっと変わっていない。

 中米経済貿易協議の基本的状況を全面的に紹介し、中米経済貿易協議に対する中国の政策・立場を説明するため、中国政府は特にこの白書を発表する。

 一、米国が起こした対中経済貿易摩擦は両国と世界の利益を損なっている

 現米政権は「米国第一」政策をとり、対外的に一連の一国主義と保護主義の措置をとり、なにかというとすぐに関税の「棍棒」を振り回し、自身の利益要求を他国に押しつけている。米国は長年封印していた「201調査」「232調査」などの手段を使って、主要な貿易相手に頻々と手を出し、世界の経済・貿易の枠組みをかく乱している。米国はまた矛先を中国に定め、2017年8月に一方的色彩の強い「301調査」を発動し、中国が長年来、知的財産権保護の強化と外資のビジネス環境改善などの面でたゆまず努力し大きな成果を収めてきたことを無視して、中国に対し諸々の客観的でないマイナスの評価を下し、追加関税、投資制限などの経済・貿易制限措置をとって中米経済貿易摩擦を起こした。

 米国は中米の経済構造、発展段階の特色と国際分業の現実を無視し、かたくなに中国が不公平、不平等な貿易政策をとって、米国が対中貿易で赤字となり、二国間経済貿易取引で「損をする」結果を招いたと考え、中国に対して一方的な追加関税措置をとった。実際には、経済グローバル化時代に、中米両国の経済は高度に融合し、共同で完全な産業チェーンを構成して、両国経済は身も心も一つ、互恵・ウィンウィンであって、貿易赤字を「損」と考えるのは見当違いである。米国の中国に対する貿易制限措置は中国にマイナスで、米国にもマイナスで、世界にはもっとマイナスである。

 (一)米国の追加関税措置は他人を損ない自らをも利さない

 米国政府による中国製品への追加関税は、二国間の貿易・投資協力を阻害し、両国ひいては世界の市場の自信と経済の安定に影響を及ぼしている。米国の関税措置は中国の対米輸出額の落ち込みを招き、2019年1~4月は前年同期比9・7%減で、5カ月連続の減少となった。同時に、中国が米国の関税上乗せに対してやむなく追加関税の対応をとったことから、米国の対中輸出は8カ月続けて減少した。中米経済貿易摩擦が不確実性をもたらしたことから、両国企業は投資に対して模様眺めの態度をとり、中国の対米投資が落ち込みを続け、米国の対中投資の伸び率もあきらかに低下した。中国の関係方面のまとめによると、2018年の中国企業の対米直接投資は前年比10%減の57・9億ドルだった。2018年の米国の対中投資実績は26・9億ドルで、伸び率が2017年の11%から1・5%へと大幅に下がった。中米経済貿易摩擦の見通しがはっきりしないことから、WTOは2019年の世界の貿易の伸び率を3・7%から2・6%に引き下げた。

 (二)貿易戦争は米国に「グレート・アゲイン」をもたらしていない

 追加関税措置は米国の経済成長を後押ししないだけでなく、逆に著しく傷つけた。

 第一に米国企業の生産コストを引き上げた。中米両国の製造業は相互依存度が高く、多くの米製造業者が中国の原材料と中間品に依存しており、短期間に適当な代替供給業者を探すのが難しく、追加関税のコストを引き受けるほかない。

 第二に米国の国内物価をつり上げた。物がよくて安い中国消費財の輸入は米国のインフレ率が長い間低く保たれた重要な要因の一つだった。追加関税後、中国製品の最終販売価格が高騰し、実際には米国の消費者も関税コストを引き受けている。全米小売業協会の研究によると、中国家具の25%関税だけで、米国の消費者は毎年46億ドルの余計な支出をすることになる。

 第三に米国の経済成長と市民生活に影響した。全米商工会議所とロジウムグループが2019年3月共同で発表した報告書によると、中米経済貿易摩擦の影響を受けて、2019年と今後4年間に米国内総生産(GDP)は毎年全体の0・3%から0・5%にあたる640億ないし910億ドル減る可能性がある。米国がすべての中国製品に25%の関税をかけた場合、今後10年間で米国のGDPは合計1兆ドル減少する。米シンクタンク「トレード・パートナーシップ」が2019年2月に発表した研究報告書によると、米国がすべての中国製品に対する関税を25%に引き上げた場合、GDPは1・01%減少、雇用は216万減少し、四人家族の年間の支出は2294ドル増加するという。

 第四に米国の対中輸出を阻害した。米中貿易全国委員会が2019年5月1日発表した「各州対中輸出報告―2019」は、2009年から18年までの10年間、米国の対中輸出は110万を超える米国の雇用を支えており、中国市場は米国経済にとって極めて重要である。この10年間に、米国の48州の対中モノ輸出が伸びており、うち44州は二桁成長だった。しかし中米経済貿易摩擦が激化した2018年、対中モノ輸出が伸びたのは16州にすぎず、34州の対中輸出が減少し、うち24州は二桁の減少で、中西部の農業州の損害がもっともひどかった。関税措置の影響を受ける米農産物の対中輸出は前年より33・1%減少し、うち大豆の減少幅は50%に近く、米国の業界では40年近くかけて育ててきた中国市場がこれによって失われることを心配している。

 (三)米国の貿易いじめ行為は世界の災い

 経済グローバル化は阻むことのできない時代の潮流で、自らの利益のために災いを人に押し付ける一国主義、保護主義は人心を得ない。米国の一連の保護貿易措置は世界貿易機関(WTO)のルールに違反し、多角的貿易体制を損ない、グローバル産業チェーンと供給チェーンを重大に阻害し、市場の自信を損ない、世界経済の回復に厳しい挑戦〈試練〉をもたらし、経済グローバル化のすう勢に重大な脅威となっている。

 1、多角的貿易体制の権威を損なう。米国は国内法に基づき「201条」、「232条」、「301条」など一連の一方的調査を発動し、また追加関税措置を取り、WTOの最も基本の、最も核心の最恵国待遇や関税拘束などのルールに重大に違反している。こうした一国主義、保護主義行為は中国と他のメンバーの利益を損なうだけでなく、WTOとその紛争解決メカニズムの権威性を損なうもので、多角的貿易体制と国際貿易秩序は危険な状態に直面している。

 2、世界経済の成長を脅かす。世界経済はまだ国際金融危機の暗い影から完全には抜け出しておらず、米政府が経済貿易摩擦をエスカレートさせ、関税水準を引き上げているため、関係国は相応の措置を取らざるを得ず、世界の経済貿易秩序が乱れ、世界経済の回復が阻害され、各国の企業の発展と人民の幸福に災いがもたらされ、世界経済を「衰退のわな」に陥らせている。2019年1月、世界銀行は「世界経済見通し」レポートを発表し、2019年の世界経済成長予測を2・9%まで一段と引き下げ、貿易関係の持続的緊張が主要な下振れリスクの一つとした。国際通貨基金(IMF)が2019年4月に発表した「世界経済見通し」レポートは2019年の世界経済成長予測を2018年に予想した3・6%から3・3%に下方修正し、経済貿易摩擦が世界経済の成長を一段と抑制し、すでに弱い投資をさらに弱くする可能性があるとした。

 3、グローバル産業チェーン、供給チェーンを乱す。中米は共にグローバル産業チェーン、供給チェーンの重要な部分を占めている。中国が米国に輸出する最終製品には他国から輸入した中間製品と部品が大量に含まれている。米国の中国から輸入した製品に対する追加関税の被害者は米企業を含め、中国企業と協力する多くの多国籍企業である。追加関税措置は供給チェーンのコストを人為的に増やすもので、供給チェーンの安定と安全に影響を与える。一部企業は供給チェーンのグローバル配置を見直さざるを得ず、グローバル資源の最適配置が実現できない。

 米国の最新の対中関税引き上げ措置は問題を解決できないだけでなく、各国の利益を一段と損なうことは予見可能で、中国は断固反対する。最近、米政府はいわゆる国家安全保障という「でっち上げ」の名義で華為(ファーウェイ)など中国の多くの企業に対し「ロングアーム管轄」制裁を行っており、中国は同様に断固反対する。

 二、米国は中米経済貿易協議でくるくる変わり、信義を重んじない

 米国が経済貿易摩擦を起こしたことで中国は対応措置を取らざるを得ず、両国の貿易・投資関係が影響を受けている。双方は両国人民の幸福のニーズ、それぞれの経済発展のニーズから出発し、交渉のテーブルに着き、協議を通じ問題を解決する必要があると考えた。2018年2月、経済貿易協議が始まって以来、すでに非常に大きく進展し、両国は大部分の内容について合意したが、協議は数回紆余曲折があり、それはいつも米国の合意違反、くるくる変わる、信義を重んじないのが原因である。

 (一)1回目のくるくる変わる

 中国は当初から中米経済貿易摩擦は交渉・協議を通じ解決することを主張している。2018年2月初め、米政府は中国がハイレベル代表団を米国に派遣し、経済貿易協議を行うことを希望した。中国は最大限の誠意を示し、積極的に努力し、米国と数回のハイレベル経済貿易協議を行った。貿易不均衡などの問題について重点的に踏み込んだ意見交換を行い、米国からの農産物、エネルギー製品などの輸入拡大で初歩的合意に達し、重要な進展を収めた。しかし、2018年3月22日、米政府はいわゆる対中「301条調査」レポートを発表し、中国が「知的財産権を盗んでいる」、「技術移転を強制している」など事実に基づかない非難を行い、それを基に中国から輸入する総額500億ドルの商品に25%の追加関税を課すと発表した。

 (二)2回目のくるくる変わる

 中国政府は両国関係の大局を重んじ、作業チームを再度派遣し、米国と真剣な協議を行った。2018年5月19日、中米は共同声明を発表し、「貿易戦争をしない」ことで共通認識に達し、ハイレベルの意思疎通を続け、それぞれの関心を寄せる経済貿易問題の解決を積極的探ることで合意したとした。米国は対中追加関税計画の実施を一時停止すると公に発表した。2018年5月29日、米政府は国内商工業界と広範な国民の反対を顧みず、双方が共同声明を発表してからわずか10日後、協議の合意を覆し、中国の経済体制、貿易政策を乱暴に非難し、追加関税計画を引き続き推進すると宣言した。2018年7月初めから米国は3回に分け、中国が米国に輸出する500億ドルの商品に25%の追加関税を課し、2000億ドルの商品に10%の追加関税を課し、2019年1月1日から税率を25%に引き上げるとし、残りの商品についてもすべて追加関税を課すと脅し、両国間の経済貿易摩擦を急速にエスカレートさせた。中国は国の尊厳と人民の利益を守るため、必要な反応を取らざるを得ず、米国から中国に輸出される累計1100億ドルの商品に追加関税を課した。

 3回目のくるくる変わる

 2018年11月1日、トランプ大統領は習近平主席と電話会談を行い、首脳会談を提案した。12月1日、中米両国元首はアルゼンチンでの20カ国・地域グループ(G20)首脳サミットの合間に会談し、二国間の経済貿易問題について重要な共通認識に達し、新たな追加関税を互いにやめることで合意し、90日内に集中的に協議し、すべての追加関税を取りやめる方向で努力することで合意した。その後90日間、双方の作業チームは北京とワシントンで3回のハイレベル協議を行い、中米経済貿易合意の原則的内容について多くの初歩的共通認識に達した。2019年2月25日、米国はすでに決めていた3月1日からの中国から輸入する総額2000億ドルの商品に対する関税引き上げの期限を延長すると発表した。3月末から4月末まで両国の作業チームはまた3回のハイレベル協議を行い、実質的進展を収めた。数多くの協議を経て、両国は大部分の問題で一致した。残っていた問題について中国政府は双方が互いに理解、譲歩し、意見の相違を解決する方法を共同で探すことを提案した。

 しかし、米政府は欲に限りがなく、いじめ主義の態度と極限の圧力の手段で、不合理な要求つり上げを行い、経済貿易摩擦以来上乗せした関税をすべて撤廃しないとし、合意文書の中に中国の主権に関わる無理な要求を明記することを主張し、残っている意見の相違を埋めることが遅々として進まなくなった。2019年5月6日、米国は中国の立場が「後退」と無責任に非難し、交渉が終わらない責任を中国になすりつけようとし、また中国の断固とした反対も顧みず、中国から輸入する2000億ドルの商品に対する追加関税の税率を5月10日からそれまでの10%から25%に引き上げ、協議の重大な挫折をもたらした。5月13日、米政府は中国から輸入する残りの約3000億ドルの商品に対する追加関税上乗せの手続きを始めると発表した。こうした行為は協議を通じて摩擦を解消するという両国元首の共通認識に背き、両国と世界各国人民の期待に背くもので、二国間の経済貿易協議と世界経済の成長見通しに暗い影をもたらすものである。中国は自らの利益を守るため、追加関税の措置で対応せざるを得ない。

 (四)中米経済貿易協議が重大な挫折を被った責任は完全に米国政府にある

 米国政府は中国が協議の中で「後退した」と責めたが、それはまったく根も葉もないことだ。双方の協議がまだ行われている過程で、文書の内容および関連の表現について修正意見を出し、調整するのは貿易交渉の通常のやり方である。米国政府はこれまでの10回余りにわたる交渉の中で関連の要求を何度も見直しており、中国が「後退した」と責めるのは無責任である。歴史の経験が証明しているように、汚水を浴びせ〈デマを飛ばして中傷する意〉、足をすくい、極限の圧力をかけるなどの手段を通じて合意を得ようと試みるのは、双方の協力関係をぶち壊し、歴史的チャンスを失うだけである。

 君子の国、先ず礼を尽くしておき、然る後に兵を用いる〈まずは礼を尽くして交渉し、うまくいかなければ力に訴えること〉。米国が新たな〈追加〉関税による脅しをかけたあと、国際社会は一様に中国が訪米協議計画を取り消すかもしれないと心配し、中米経済貿易協議がどうなるのかに関心を寄せていた。中国は中米経済貿易の大局を守ることから出発し、理性的・自制的な姿勢を保ち、双方が以前に交わした約束に基づき、2019年5月9日から10日までハイレベル代表団を米国に派遣して第11回経済貿易協議を行い、米国と対話を通して経済貿易の不一致を解決するという最大の誠意および責任ある姿勢をはっきりと示した。中米双方は率直かつ誠実で、建設的な交流を行い、努力して意見の相違をコントロールし、引き続き協議を推進していくことで合意した。中国は一方的に関税を上乗せする米国のやり方に強く反対し、厳正な立場を明らかにし、必要な措置をとって反撃せざるを得なくなるだろうと表明した。中国は、経済貿易協議は必ず平等、互恵なものでなければならず、中国の核心の利益に関わる重大な原則問題では絶対に譲歩しないと再度強調した。双方が合意を得る前提は米国がすべての追加関税を撤廃し、調達〈の数字〉を実際に見合うものにすべきと同時に、合意文書のバランスを確保し、双方の共通の利益に合致させることである。

 三、中国はつねに平等・互恵・信義に基づく協議の立場を堅持している

 中国政府は終始、貿易戦で脅し合い、絶えず関税を上乗せするやり方は経済貿易問題の解決に役立たないと考えている。中米は相互尊重、平等互恵の精神を堅持し、善意と信義にのっとり、協議を通じて問題を解決し、意見の相違を狭め、共通の利益を拡大し、グローバル経済の安定と発展を共に守るべきである。

 (一)協議は相互尊重、平等互恵でなければならない

 世界で最も大きい二つの経済体〈エコノミー〉並びに貿易大国として、中米の経済貿易協力の中に幾つかの意見の相違が存在するのは正常なことであり、カギはどのようにして相互信頼を増進し、協力を促進し、意見の相違をコントロールするかにある。中国は両国の共通の利益と世界の貿易秩序の大局を守ることから出発し、対話と協議を通じた問題の解決を堅持し、最大の忍耐強さと誠意で米国が持ち出した関心事に応え、小異を残して大同に就く姿勢で意見の相違を適切に処理し、さまざまな困難を乗り越え、実務的な解決案を示し、二国間の経済貿易協議推進のために大変な努力を払ってきた。協議の過程で、中国は相互尊重、平等互恵の原則を終始堅持し、双方がどちらも受け入れることのできる合意を得るために尽力してきた。

 相互尊重とは、相手方の社会制度、経済体制、発展の道と権利を尊重し、互いの核心の利益と重大な関心を尊重しなければならず、「ボトムライン」に挑まず、「レッドライン」を越えず、一方の発展の権利を犠牲にすることを代価としてはならず、ましては一国の主権を損なってはならないということである。平等互恵とは、双方の協議の地位は平等なもの、協議の成果は互恵なもので、最終的に得られる合意はウィンウィンなものであるということだ。もし一方が他方に強い圧力をかけて交渉を行い、または交渉の結果が一方だけに利益を得させるものであるなら、こうした交渉はうまくいくはずがない。

 (二)協議は互いに歩み寄り、信義を基礎としなければならない

 協議は双方の相互理解と共同の努力が必要である。協議は関係する当事者が討議を通じ、直面する問題について共通認識を求め、または互いに妥協するプロセスである。協議期間は変数〈変化要因〉が多い。各国が自身の利益から出発し、それぞれの段階において各種の変化に対しそれぞれの反応を示すのは、協議の常態である。中国政府は、経済貿易協議は問題の解決を求める有効なやり方だと考えている。双方が協議の過程で善意の姿勢をみせ、相手方の立場を十分に理解してはじめて、協議を成功させるための良好な条件を作り出すことができる。さもなければ、長期にわたる有効な合意を得るための基礎を形成することはできず、持続可能、実行可能な合意を得ることは難しい。

 信義は協議の基礎である。中国政府は終始、信義を根本とし、きわめて大きな誠意をもって米国政府と協議を進めてきた。中国は米国の関心事を高度に重視しており、双方の食い違いを解消する有効な道筋と方法を探ることに努めてきた。双方がこれまでに行った11回のハイレベル経済貿易協議は重大な進展が得られ、これらの協議成果は中国の利益に合致するだけでなく、米国の利益にも合致しており、双方が共に努力し、互いに歩み寄った結果である。中国は協議の中で信用を重んじ約束を重んじるとともに、もし双方の合意が得られたなら、中国は自身の約束を必ず真剣かつ確実に履行すると何度も強調した。

 (三)中国は原則問題で決して譲歩しない

 いかなる国にも自らの原則がある。協議の中で、一国の主権と尊厳は必ず尊重されなければならず、双方が得る合意は平等互恵のものであるべきだ。重大な原則問題において、中国は決して譲歩しない。中米双方は国の発展の差異性、段階性を見て取り、認め、相手方の発展の道と基本制度を尊重すべきである。一つの合意を通して全ての問題を解決することを期待してはならず、それだけでなく、合意が双方のニーズを同時に満たし、合意のバランス性が実現されるのを確実にする必要がある。

 米国は最近、対中追加関税の引き上げを発表したが、これは二国間の経済貿易問題の解決に不利であり、中国はこれに強く反対し、自身の合法的権益を守るために反応を示さざるを得なくなった。中国の立場と姿勢は一貫し、明確なものであり、中国は関税措置ではなく対話を通して問題を解決することを希望する。中国人民の利益のため、米国人民の利益のため、全世界人民の利益のため、中国は理性的に向き合う。しかし、中国はいかなる圧力も恐れることがなく、また、いかなる挑戦も迎える準備が整っている。話し合うなら、扉が大きく開かれている。戦いを挑むなら、徹底的に受けて立つ。

 (四)いかなる挑戦も中国の前進の歩みを阻むことができない

 中国の発展は順風満帆なものではなく、必然的に困難や挫折があり、さらには非常に危険なことさえある。さまざまなリスクと試練を前に、中国には困難に立ち向かい、危機をチャンスに変え、広々とした新たな天地〈世界〉を開拓する自信がある。

 情勢がどのように発展、変化しようとも、中国は必ず自身のことをしっかりやっていく。改革開放を通じて自身を発展させ、強大にすることは経済貿易摩擦に対応する根本的道である。中国は国内市場の需要が非常に大きく、供給サイド構造改革の推進は製品と企業の競争力の全面的向上をもたらすだろう。財政政策と金融政策には十分な余地があり、中国は経済が持続的かつ健全に発展する良好な状態を保つことができ、経済の見通しについては非常に楽観している。

 中国は引き続き改革開放を深化させ、中国の扉が閉じることはなく、ますます大きく開かれるだけである。習近平主席は第2回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムの開幕式で基調講演を行った際、中国は一連の重大な改革開放措置を講じ、制度的、構造的な段取りを強化して、より幅広い分野での外資の市場参入拡大、より大きな度合いでの知的財産権保護の国際協力強化、より大きな規模での商品とサービスの輸入増加、国際的なマクロ経済政策協調のより効果的な実施、対外開放政策の貫徹実行のさらなる重視を含め、より高い水準の対外開放を促進すると宣言した。一層開放的な中国は、世界と一層好ましいインタラクションを形成し、一段と進歩、繁栄する中国と世界をもたらすだろう。

 結語

 協力は中米両国の唯一の正しい選択であり、ウィンウィンこそがより良い未来に向かうことができる。中米経済貿易協議の全般的な方向において、中国は後ろ向きではなく、前向きに考えている。双方の経済貿易分野での意見の相違と摩擦は、最終的に対話と協議を通じて解決する必要がある。中米が互恵ウィンウィンの合意を得ることは中米両国の利益に合致し、世界各国の期待に適うものである。米国が中国と互いに歩み寄り、相互尊重、平等互恵の精神にのっとり、経済貿易をめぐる意見の相違をコントロールし、経済貿易協力を強化し、協調、協力、安定を基調とする中米関係を共に推進し、両国と世界の人民の幸福を増進することを望んでいる。

 白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」全文 中華人民共和国駐日日本国大使館 2019.06.17
 https://jp.china-embassy.gov.cn/jpn/jzzg/201906/t20190617_2063147.htm?utm_source=chatgpt.com

 米中摩擦の中国白書、原則で譲歩せずを強調 JETRO 2019.08.22
 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/dd960ab92cf7e7d5.html?utm_source=chatgpt.com

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

中国、今後の貿易協議で敬意求める-中断の責任は全て米国に Bloomberg 2019.06.02
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-06-02/PSGAN86KLVR401

プーチンの統治25年における「決定的瞬間」2025年05月01日 18:19

Microsoft Designerで作成
【概要】

 Radio Libertyが報じた内容をもとに、EUおよびNATOのウクライナ戦争における戦略的動向を分析したものである。

 冒頭では、ウラジーミル・プーチン大統領が欧州連合(EU)に対して、西ウクライナへの部隊および航空機の展開を認めたとしても、ロシアは何の見返りも得られないであろうとする主張が提示されている。ロシアは、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が提案した30日間の無条件停戦が、NATOにとって軍事的影響力を拡大する機会となりうると以前から警告していた。これまで西側諸国はこの見解を「陰謀論」として否定してきたが、Radio Libertyの報道によってそれが事実であった可能性が示唆されることとなった。

 報道によると、EU側はこの短期停戦を「欧州諸国が西ウクライナに『安心部隊(reassurance force)』を編成し、同地域での空中哨戒を行う」ための時間稼ぎと見なしている。この一時的な停戦は、アメリカを和平プロセスに巻き込み続け、「段階的な和平(sequencing)」を進めるための手段とされ、ロシアへの更なる譲歩を引き出すための軍事的圧力の時間帯として活用される可能性がある。

 また、Radio Libertyは、このような譲歩があったとしても、EUがロシアによる領土の法的承認を行うことはなく、凍結された約2,000億ユーロ相当の資産も返還されないことを報じている。むしろ新たな制裁措置が講じられ、その利益はウクライナの軍事支出に充てられる可能性がある。

 このような状況の中で、西ウクライナにおけるEU軍の展開を許すことは、ロシアにとって戦争前の緩衝地帯としてのウクライナを失うことを意味し、軍事活動の範囲が将来的にドニエプル川やその先にまで広がる可能性を否定できない。ロシアによる「特別軍事作戦」の目的の一つは、NATOの東方拡大を阻止することであったため、これは重大な譲歩となる。

 さらに、ロシア安全保障会議のニコライ・パトルシェフ書記はTASS通信に対し、NATOがバルト海からオデーサ、さらにはカリーニングラードの奪取やロシアの核抑止力基地への先制攻撃などを想定した過去最大規模の軍事演習を実施していると述べた。また、セルゲイ・ショイグ安全保障会議書記も、ロシア西部国境付近のNATO部隊が過去1年で2.5倍に増加し、10日以内に10万人、30日で30万人、180日で80万人を展開可能な即応体制を整えていると説明した。

 これに加え、バルト防衛線やポーランドの「東の盾(East Shield)」構想、ならびに兵站を円滑化するための「軍事シェンゲン」計画なども進行中であり、これらの要素が重なることで、過去の「バルバロッサ作戦」に類する構図が浮かび上がっていると指摘されている。

 プーチン大統領が西ウクライナにおけるNATO(もしくはEU)軍の事実上の展開を停戦中に容認するか否かは、今後の戦略に大きな影響を与える。これを容認すれば、ロシアとベラルーシの安全保障上の連携にとって深刻な脅威となり、ベラルーシは北・西・南の三方向をNATOに囲まれることとなる。ただし、ロシアの戦術核兵器およびOreshnik電子戦システムが引き続き展開されており、これらが西側の攻撃を抑止する可能性もある。

 プーチン大統領は、アメリカとの間で進展しつつある「新デタント」に経済的・戦略的利益を見出しているとされるが、それと引き換えにNATOの軍事的影響力を西ウクライナに容認することは、従来のロシア戦略と矛盾し、保守強硬派のパトルシェフ氏、ショイグ氏、そしてセルゲイ・カラガノフ氏(外交・防衛政策会議名誉議長)らの反発を招く可能性がある。

 したがって、プーチン大統領は「新デタント」の可能性を保持するために譲歩するのか、あるいはNATOの事実上の拡張に軍事的手段を含めて抵抗し続けるのかという決断を迫られている。この選択は、現在の紛争の行方のみならず、将来的なNATOとの戦争のリスク、さらにはプーチン政権の25年間にわたる統治の方向性を決定づける重大な岐路となる。
 
【詳細】
  
 欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)のウクライナにおける軍事的意図に関して、アメリカ政府系放送局「Radio Liberty(ラジオ・リバティ)」が報じた内容を基に、それがロシアの安全保障環境に与える影響を分析するものである。

 冒頭において筆者は、ロシアがウクライナにおける停戦に応じ、EU諸国の軍隊や航空戦力が西ウクライナに展開・巡回することを容認したとしても、それによって見返りを得ることは期待できないと指摘している。

 ゼレンスキー大統領が提案した30日間の無条件停戦に対して、ロシアは以前からNATOの軍事的影響力がその隙を突いて拡大することへの懸念を表明してきたが、これまでは西側諸国により「陰謀論」として退けられていた。しかし、ラジオ・リバティが引用した匿名の関係者によれば、EUの一部はこの停戦期間を利用して「西ウクライナにおける『安心部隊(reassurance force)』の集結」や「空中巡回任務の組織化」を目指しているとされる。

 この戦略の全体的な構図としては、以下の3点が報じられている:

 ・アメリカを和平プロセスに「巻き込んでおく(keeping the Americans onboard)」こと

 ・段階的に紛争を進め、「停戦(ceasefire)」から「恒久的和平(lasting peace)」へと移行させる「シーケンシング(sequencing)」

 ・その間に、欧州による軍事的展開を進めて、ロシアにさらなる譲歩を迫ること

 ただし、この記事では重要な事実が省略されているとし、それはロシアが「ウクライナにおける西側軍を攻撃対象とする」と繰り返し警告してきた点である。アメリカのピート・ヘグセス国防長官も、ウクライナに展開する西側軍についてはNATOの集団的自衛条項である「第5条」の適用対象外であると述べている。

 仮にプーチン大統領がこのような展開を容認しても、EUはロシアによる領土支配を法的に承認する意思を示しておらず、制裁解除も凍結資産(約2,000億ユーロ)の返還も行わないとされている。むしろ、これらの資産から得られる利益を「ウクライナ軍の資金」に充てるという。

 つまり、ロシアがEUに譲歩しても、具体的な成果を得られないまま、NATOの東方軍事展開を許す結果になると指摘されている。そうなれば、ウクライナが「戦前の緩衝国家」状態に戻る希望は潰え、EUの軍事活動の範囲がドニエプル川、あるいはそれ以上に拡大する可能性も否定できないという。

 この点は、ロシアの「特別軍事作戦」が西側の東方軍事拡張の阻止を目的の一つとしていたことを踏まえると、重大な譲歩となる。

 次に、プーチン大統領の長年の側近であり、国家安全保障会議の有力メンバーであるニコライ・パトルシェフが今週、TASS通信に対して次のように述べている:

 「2年連続で、NATOは我々の国境付近で数十年ぶりの大規模演習を実施しており、ビリニュスからオデッサに至る広範囲での攻勢行動、カリーニングラード地方の奪取、バルト海および黒海における航行封鎖、ならびにロシアの核抑止力の恒久的拠点に対する予防攻撃を想定している」

 加えて、同じく国家安全保障会議のセクレタリであるセルゲイ・ショイグ前国防相も、NATOの戦力展開に関し以下のように発言した:

 「過去1年間で、ロシア西部国境に展開するNATO軍の規模は約2.5倍に増加した。NATOは新たな戦闘即応体制への移行を進めており、それは10日以内に10万人、30日以内に30万人、180日以内に80万人の部隊をロシア国境近くに展開できるというものである」

 さらに、EUの「バルト防衛線(Baltic Defence Line)」とポーランドの補完的な「イースト・シールド(East Shield)」構想、「軍事シェンゲン」の拡大計画なども考慮すれば、これらはNATOによる大規模な東方展開の布石であると指摘されている。

 もっとも、プーチン大統領はNATOが加盟国領域内で実施する活動には干渉できないが、停戦期間中に西ウクライナへEU軍が展開することには拒否権を持ち得るとされている。

 なお、筆者は、プーチン大統領が3月初旬時点の分析でも言及された5つの理由からEUへの譲歩を検討する可能性があるとしつつ、これによりロシアの同盟国であるベラルーシがNATOに三方から包囲されることになると指摘している。ベラルーシには既にロシアの戦術核兵器とオレシニク(無人兵器群)が配備されており、それが抑止力として機能する可能性もある。

 最後に、仮にロシアがEU軍の西ウクライナ展開を容認した場合には、アメリカとの「新たなデタント(New Détente)」による経済的・戦略的利益を得る可能性があるとされる一方、国内の強硬派(パトルシェフ、ショイグ、カラガノフなど)からの反発により、その決断が困難になるとも述べられている。

 この選択は、現在の紛争の行方だけでなく、NATOとの潜在的な「熱戦(hot war)」への備えを含めたロシアの将来の戦略全体に関わるものであり、プーチン大統領の25年にわたる統治における「決定的瞬間」となると締めくくられている。

【要点】  

 1.背景

 ・ラジオ・リバティが報じたEUの計画により、ロシアが懸念してきた「西ウクライナへのNATO軍展開」が現実味を帯びてきた。

 ・同報道は、EUの関係者の匿名証言に基づき、停戦中の軍事展開の可能性を示唆した。

 ・ロシアが「陰謀論」として退けられてきた主張が、間接的に裏付けられたかたちとなった。

 2.EUとNATOの戦略的構想(報道による)

 ・停戦期間の軍事利用

 西ウクライナに「安心部隊(reassurance force)」を集結させ、空中巡回任務(air patrol missions)を実施。

 ・外交的枠組み

 アメリカを和平プロセスに巻き込み(keeping the Americans onboard)、段階的に戦闘から和平へ移行する「シーケンシング(sequencing)」戦略を採用。

 ・ロシアへの圧力

 EU軍展開によって、ロシアに事実上の「譲歩」を迫る構造が形成される。

 3.ロシア側の立場と懸念

 ・プーチン政権は、NATOが西ウクライナに進出すればロシアは報復措置を取ると明言してきた。

 ・米国国防長官は、西ウクライナに展開するEU/NATO部隊に対して「NATO第5条(集団防衛条項)」は適用されないと述べた。

 ・EUは制裁解除や資産凍結解除を行わず、逆にその利子をウクライナ支援に充当する方針である。

 4.ロシアが譲歩した場合の含意

 ・ロシアがEUの軍展開を容認すれば、ウクライナは「戦前の中立国」ではなく、事実上NATO前線国家として固定される。

 ・ドニエプル川以西をNATOの軍事影響下に置くことになる可能性がある。

 5.ロシア国内の反発の可能性

 ・政権内の安全保障強硬派(パトルシェフ、ショイグ、カラガノフなど)が譲歩に強く反対する可能性がある。

 ・このため、EUとの取引に踏み切るには国内政治的リスクが伴う。

 6.NATOの軍事展開とロシアの対応力

 ・NATOはロシア国境近くに10万人規模の即応部隊を10日以内、30万人を30日以内、80万人を180日以内に展開できる体制を準備中。

 ・ベラルーシはロシアの戦術核と無人兵器によりNATO包囲への対抗手段を有するが、戦略的には不利な立地となる。

 7.EU側の地上構想

 ・「バルト防衛線(Baltic Defence Line)」「イースト・シールド(East Shield)」がNATOの東方戦略を支える。

 ・「軍事シェンゲン」構想により欧州内での部隊移動の迅速化が図られている。

 8.結論

 ・ロシアがEUの軍展開を受け入れても、戦略的な見返りは得られず、むしろ包囲される危険が増す。

 ・一方で、アメリカとの「新たなデタント」による経済的・外交的利益を得る可能性も否定できない。

 ・その選択はプーチンの統治25年における「決定的瞬間」となり得る。

【引用・参照・底本】

Radio Liberty Let The Cat Out Of The Bag Regarding The EU’s Game Plan For Ukraine Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.01
https://korybko.substack.com/p/radio-liberty-let-the-cat-out-of?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=162596727&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

ポーランドの外相ラデク・シコルスキと退任を控えるドゥダ大統領2025年05月01日 20:06

Microsoft Designerで作成
【概要】

 ポーランドにおける外交的立場と内政上の対立に関する論点を整理している。

 ポーランドの外相ラデク・シコルスキは、退任を控えるドゥダ大統領がユーリューニュースのインタビューでウクライナがロシアと妥協すべきだと示唆したことに対し、1938年のミュンヘン会談でナチス・ドイツに譲歩したイギリスの首相ネヴィル・チェンバレンになぞらえて非難した。

 しかし、シコルスキ自身も過去に類似の提案を行っていた点を指摘している。具体的には、2024年9月に開催されたヤルタ欧州戦略会議において、シコルスキはクリミア半島を20年間国連の管理下に置いた後、その最終的地位を決定するための住民投票を行うという案を提示していた。その提案に対しウクライナ側が予想通り反発したため、シコルスキは後にそれを「ゼレンスキー大統領が提示した構想の実行方法を専門家の間で非公式に議論した仮定の話」として撤回した。

 この経緯から、シコルスキがドゥダを非難する資格を欠いていると主張する。さらに、当時の米大統領ドナルド・トランプもクリミアをロシアに正式に譲渡するようウクライナに求める姿勢を明確にし、積極的に推し進めていたため、ドゥダの妥協提案はトランプの方針と一致していたと指摘している。そのような状況でドゥダを「チェンバレン」にたとえることは、間接的にトランプを新たな「ヒトラー」に見立てることとなり、トランプの怒りを買うリスクを伴うという。

 加えて、シコルスキはドゥダがトランプとの個人的関係を活かしてロシアに圧力をかけるよう説得すべきだったとも批判しているが、この主張を非現実的であると述べる。ポーランドがアメリカに影響を与えることは構造的に困難であり、むしろドゥダがそのような行動を取れば、トランプの機嫌を損ね、米軍の中欧からの撤退やNATO第5条の放棄といった重大なリスクを招く可能性があったとしている。

 この観点から、ドゥダがウクライナに対する従来の強硬支持を和らげ、トランプの立場に歩調を合わせたことは、ポーランドの安全保障上の利益にかなっていたと評価する。逆に、シコルスキの一連の批判は、自身の一貫性を欠いた言動と矛盾を浮き彫りにし、結果として自身の信用を損なうものであったとする。

 最後に、シコルスキの批判の動機が、5月18日に予定される大統領選挙を前にした選挙戦略の一環である可能性を示唆している。すなわち、シコルスキは与党である自由主義・グローバリズム志向の連立の候補を有利に導くため、保守派候補を支持するドゥダ大統領を批判しようとしたと考えられる、という文脈である。

 このように、外交政策、国内政治、そして大国との力関係の現実を踏まえたうえで、シコルスキの発言の妥当性とその意図を検討している。
 
【詳細】
  
 1. 背景と登場人物

 中心にいるのは以下の二人である。

 ・アンジェイ・ドゥダ:ポーランドの保守系の大統領(当時は退任間近)。

 ・ラデク・シコルスキ:ポーランドの外相。中道・リベラル系の与党連立に属する。

 問題となっているのは、ウクライナとロシアの戦争における妥協案に関する発言と、それを巡るポーランド政界内での対立である。

 2. ドゥダの発言とシコルスキの批判

 ドゥダ大統領は、ユーリューニュースのインタビューにおいて、ウクライナがロシアと「妥協」する可能性を示唆した。これに対し、シコルスキ外相は、1938年にヒトラーと譲歩的な合意を結んだネヴィル・チェンバレン英首相になぞらえて批判した。

 この比較には「妥協=宥和政策=将来の侵略を招く危険」という歴史的連想が含まれており、極めて強い非難の意図が込められている。

 3. シコルスキ自身の過去の提案との矛盾

 シコルスキ自身が2024年9月に類似の妥協案を提示していた点を指摘している。具体的には。

 ・ヤルタ欧州戦略会議(Yalta European Strategy Conference)にて、

 ・「クリミアを20年間国連の信託統治下に置き、その後住民投票で最終的地位を決定する」**という提案を行った。

 ・この提案は、ウクライナの反発を招いたため、シコルスキは後に「これはゼレンスキー大統領の提案に関する非公式かつ仮定的な専門家同士の議論にすぎなかった」として撤回した。

 ・このような経緯から、シコルスキが他者(ドゥダ)を批判する立場にないと述べている。

 4. アメリカのトランプ大統領との関係

 ドナルド・トランプ元米大統領が、クリミアを正式にロシア領としてウクライナに放棄させるべきだという主張を強めていた点にも言及している。

 このような情勢のなかで、ドゥダが妥協の可能性を口にしたことは、むしろトランプの姿勢に合わせたものと理解され得る。そして、トランプと良好な関係を築くことが、ポーランドの安全保障にとって重要であると見なされている。

 このため、ドゥダの姿勢は、アメリカの逆鱗に触れるリスクを避けた実利的な対応であったとも評価されている。

 5. シコルスキのさらなる批判とその非現実性

 シコルスキはその後、「ドゥダはトランプとの個人的関係を利用して、ロシアに圧力をかけるよう彼に働きかけるべきだった」と再度批判した。

 これに対し筆者は、以下の理由でこの批判は非現実的であるとしている。

 ・ポーランドがアメリカに影響を及ぼすことは構造的に困難であり、むしろ一方的に影響を受ける立場にある。

 ・仮にドゥダがトランプに圧力をかけようとした場合、トランプの不興を買い、駐留米軍の撤退やNATOの第5条(集団防衛義務)の軽視といった深刻なリスクを招く可能性がある。

 ・したがって、ドゥダがアメリカとの関係を慎重に維持しようとした判断は、ポーランドの国家利益に合致していたと主張している。

 6. 政治的意図と選挙戦略の可能性

 シコルスキの一連の発言について、5月18日に予定される大統領選挙を見据えた政治的動機がある可能性が示唆されている。

 ・ドゥダは退任するが、保守系の後継候補を支援している。

 ・シコルスキは、与党連立のリベラル派候補が勝利するために、ドゥダを批判しその後継候補にもダメージを与えようとしている可能性がある。

 このように、外交政策に関する論争が、国内の選挙戦略に転用されているとの見方が提示されている。

 総括

 以下の構図を浮き彫りにしている。

 ・外交的妥協の是非を巡るポーランド政界内の対立

 ・ウクライナ戦争をめぐる各国の立場の違い(特にアメリカとポーランド)

 ・国内政治(特に大統領選挙)と外交言説の接点

 シコルスキの発言の矛盾とその戦術的意図に焦点を当て、一見して高潔な批判が、実は内政上の利得を狙ったものではないかとの観察を提示している。

【要点】  

  1.基本情報

 ・対象国:ポーランド

 ・主な登場人物

  アンジェイ・ドゥダ(保守派の大統領)

  ラデク・シコルスキ(リベラル連立政権の外相)

 ・主題:ウクライナとロシアの戦争における「妥協」発言をめぐる論争

 2.発端

 ・ドゥダ大統領がインタビューで、「ウクライナがロシアと妥協する可能性もある」と発言。

 ・シコルスキ外相がこれを「1938年のネヴィル・チェンバレン(ヒトラーに譲歩した英首相)」になぞらえて厳しく批判。

 3.シコルスキの過去の発言との矛盾

 ・シコルスキは2024年9月、ヤルタ欧州戦略会議で妥協案(クリミア20年信託統治→住民投票)を提案。

 ・ウクライナ側からの反発を受け、後に「非公式の議論だった」と釈明・撤回。

 ・同様の立場をかつて取った人物が他者を非難するのは偽善的であると指摘。

 4.ドゥダの発言の背景と米国との関係

 ・トランプがウクライナにクリミア放棄を迫る可能性がある中での発言。

 ・ドゥダは、トランプとの関係維持がポーランドの安全保障上重要と判断。

 ・ドゥダの「妥協」発言は、米国の方針に反しないための現実的配慮とも解釈可能。

 5.シコルスキのさらなる批判とその非現実性

 ・シコルスキは「トランプにロシア圧力をかけるようドゥダが働きかけるべきだった」と主張。

 これに対し、

  ⇨ポーランドが米国に影響を及ぼす構造にないこと、

  ⇨トランプの反発を招けば駐留米軍撤退や安全保障上の不利益が生じかねないことを指摘。

 ・したがって、ドゥダの慎重姿勢は合理的な戦略とされる。

 6.政治的背景:大統領選挙

 ・ポーランドでは5月18日に大統領選挙が予定されている。

 ・ドゥダは出馬しないが、保守陣営の後継候補を支援している。

 ・シコルスキが外交政策をめぐる対立を、選挙戦の一環として利用している可能性を示唆。

 7.結論

 ・シコルスキの批判は一貫性を欠き、政治的利得を狙ったものに見える。

 ・ドゥダの発言は、米国との関係を損なわず、ポーランドの安全を守るための戦略的選択と評価。

 ・外交政策を国内政治の道具とする行為の危険性を警告。

【桃源寸評】❤️

 ポーランドの外交政策と米国との関係性に関する重要な論点

 ドゥダの発言は単なる個人の意見ではなく、「米国との関係を最優先するポーランド外交の方向転換」を象徴する可能性がある。

 トランプが再び影響力を強める中で、各国指導者が「トランプにどう接するか」という新たな現実に直面していることを示す。

 1.シコルスキの発言における偽善性の検証

 過去の発言と現在の姿勢の矛盾は、ポーランド政界のリベラル対保守の構図を映し出している。

 外交政策において、「政治的ダブルスタンダード」がいかに選挙戦術に転用されうるかという分析点が含まれている。

 2.NATO・ウクライナ戦争・中東欧の地政学的安定性という広範な文脈

 ポーランドはNATO東端の前線国家であり、ドゥダとシコルスキの応酬は単なる国内問題ではなく、同盟全体の安定性に関わる議論ともなりうる。

 トランプがNATO第5条(集団的自衛義務)を軽視する姿勢を見せている中、同盟国が「顔色を伺う」外交へと転じる構図の一端が見える。

3.意図と立場

 アンドリュー・コリブコは一貫して西側リベラル勢力への批判的な立場をとっており、本稿もリベラル=偽善、保守=現実主義的な柔軟対応という構図で描いている。

 その意味で、外交における道徳主義vs現実主義という古典的テーマを現代に投影していると言える。

 結論として、このテーマはポーランドの内政にとどまらず、米国の外交影響力、NATOの分裂リスク、そしてロシア・ウクライナ戦争の着地点といった、より大きな地政学的文脈に接続されているため、筆者が取り上げたこと自体は妥当と評価しうる。

 とはいえ、選挙戦との結び付けや人物攻撃の要素は、筆者の政治的立場を色濃く反映しているため、その点に留意して読む必要がある。

 * 基本的な意味(政治・思想的立場)

 「西側リベラル」とは、アメリカや西ヨーロッパなどの民主主義国家における、リベラル(自由主義)思想を支持する政治勢力・知識人層・外交政策指導層を総称する言葉である。

 ・主な特徴

 人権・民主主義・法の支配の普遍性を重視し、それを対外政策に反映させる(例:リベラルな対中・対露政策、国際的な介入の正当化)。

 グローバリズム志向:国家主権よりも国際協調や多国間主義を尊重し、国際機関(国連、NATO、EUなど)の役割を強調する。

 移民やマイノリティへの寛容性を重視し、国内政策でも多文化主義を支持する傾向がある。

 気候変動やジェンダー平等などの進歩的価値観を外交・援助政策に反映させようとする。

「ルールに基づく国際秩序(rules-based order)」の擁護者として行動する。

 ・典型的な代表(2020年代)

 アメリカ民主党主流派(例:オバマ、バイデン)

 ドイツの緑の党、SPD(社会民主党)

 フランスのマクロン派(中道リベラル)

 欧州委員会主流派(例:フォン・デア・ライエン)

 ・批判的視点からの用法

 「西側リベラル」という語は、中露・中東諸国や保守主義者からは以下のように批判的あるいは皮肉的に使われることが多い。

 「偽善的」:人権や民主主義を口実に他国の内政に干渉する

 「ダブルスタンダード」:同盟国の人権問題は見逃すが、敵対国だけを非難する

 「現実から乖離」:理想主義に偏り、国益や安全保障上の現実に即していない

 本稿の筆者アンドリュー・コリブコも、明確にこの批判的な意味で「西側リベラル(liberal-globalist coalition)」という表現を使用している。

 ただし、現実は米国におけるグローバリズムの後退があり、トランプ政権では「America First」を掲げ、国際協定(TPP、パリ協定、WHOなど)からの離脱や見直しを進めた。

 バイデン政権も名目上は国際協調を重視しているが、実質的には米国主導の「同盟ネットワーク(特定の国との連携)」を重視し、国連など包括的枠組みよりも排他的な枠組み(AUKUS、Quad、G7)を活用している。

 ウクライナ戦争への対応も、NATOという集団安全保障機構の延長ではあるが、米国の主導権と武器供与を軸とする「二国間的・覇権的」性格が強い。

 このように言葉の定義も、内容が現実と乖離してくる。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Sikorski’s Criticism Of Duda’s Suggestion That Ukraine Compromise Is Hypocritical Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.01
https://korybko.substack.com/p/sikorskis-criticism-of-dudas-suggestion?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=162595888&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email