第二次世界大戦の主戦場は東部戦線2025年05月09日 19:18

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【概要】

 アメリカのドナルド・トランプ大統領が2025年5月8日に発表した「5月8日を第二次世界大戦の勝利記念日、11月11日を第一次世界大戦の勝利記念日とする」との決定について論じたものである。

 トランプ氏は、「我々は両大戦に勝利した。軍事的な強さ、勇気、才能において誰にも劣らなかったが、我々にはもはや勝利を祝う指導者がいない」と述べた上で、「第二次世界大戦における勝利に最も貢献したのは、他国を大きく引き離してアメリカである」と主張した。この発表は、第二次世界大戦の終結80周年を目前に控えた時期に行われた。欧米諸国および2023年以降のウクライナでは5月8日が記念日とされており、ロシアでは5月9日である。

 文脈としては、こうした発言が「歴史修正主義」や「懐古的ナショナリズム」の潮流と一致しているという点が重要である。第二次世界大戦は、欧米諸国およびロシアにおいて神話化された出来事となっており、その要因には戦時同盟の記憶、未曾有の死傷者数、現代世界への影響が挙げられる。

 第二次世界大戦では、ドイツ軍の戦死者の約80%が東部戦線で発生し、最終的にはソ連がベルリンを占領して戦争を終結させた。一方で、ナチス・ドイツによってソ連市民2700万人が死亡したという事実もロシアでは神聖視されている。西側諸国の貢献も無視できるものではなく、多くの犠牲者が出たことも事実であるが、それでもソ連の被害と貢献は相対的に大きかった。

 しかし近年、バルト三国、ウクライナ、ポーランドなどは、独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定)を根拠として、第二次世界大戦の勃発におけるソ連の共犯性を強調するようになった。そして、これを根拠にソ連の勝利への貢献を矮小化し、自国民の受けた被害を強調する言説が展開された。バルト三国とウクライナにおいては、ナチスとの大規模な協力関係の歴史を相対化する試みも見られる。

 こうした歴史観が西側全体に広まった結果、アメリカ、イギリス、フランスなどは自国の戦争貢献を過剰に主張する傾向を強め、結果的に第二次世界大戦の実態に関するゆがんだ認識が形成された。トランプ氏の発言も、この歴史修正的な認識の影響を受けたものであり、「アメリカが最大の勝利貢献国である」との主張は事実に反している。

 トランプ氏がこの事実を認識していたかどうかは明らかでないが、彼の発言は西側諸国の政治家たちが懐古的ナショナリズムを利用して政治的利益を得ようとする傾向と一致している。トランプ氏の場合、アメリカの「軍事的偉大さ」を国民に想起させることを目的として記念日名称の変更を行ったものと解される。

 ロシアおよびソ連の貢献を正確に理解する者にとって、トランプ氏の発言は歴史修正主義的であり、当然ながら批判の対象となる。しかし、こうした発言がなされたこと自体は「時代の流れ」に即したものであり、むしろアメリカがこの動きに追随するまでにこれほど時間を要したことの方が意外であるとする見方もある。とはいえ、トランプ氏は他の西側諸国の指導者と異なり、将来的に米露間の「新たなデタント(緊張緩和)」を構想しており、その正統性の根拠として戦時同盟の記憶を利用しようとする可能性も指摘されている。

【詳細】

 2025年5月8日にアメリカのドナルド・トランプ大統領が行った記念日の名称変更に関する発表と、それが意味する歴史観・政治的意図について、国際政治評論家アンドリュー・コリブコ氏が論じたものである。トランプ氏は、5月8日を「第二次世界大戦の勝利記念日(Victory Day for World War II)」、11月11日を「第一次世界大戦の勝利記念日(Victory Day for World War I)」とする旨を宣言した。これはアメリカ国内の歴史記念日の再定義に関わるものであり、単なる象徴的措置以上の含意を持つと筆者は指摘している。

 トランプ氏の発言の中核には、次のような主張が含まれていた。「我々は両大戦で勝利した。他国と比較して、我々の強さ、勇気、軍事的才能は圧倒的であった。しかし、我々にはもはや勝利を祝うべきリーダーがいない。」「我々は第二次世界大戦の勝利において、他のどの国よりも多くの貢献をした。」これらの発言には、アメリカの歴史的役割の誇張、そして現代アメリカ政治における「懐古的ナショナリズム(nostalgic nationalism)」の表出が見て取れる。

 この発表の時期に注目している。すなわち、2025年は第二次世界大戦の終結から80周年にあたり、西側諸国および2023年以降のウクライナでは5月8日に、ロシアでは5月9日に戦勝記念日が祝われている。この記念日の解釈には、西側とロシアの歴史観の違いが色濃く反映されており、その背後には第二次世界大戦をめぐる「歴史修正主義(historical revisionism)」が存在している。

 実際、第二次世界大戦における主要な戦闘は東部戦線に集中していた。ドイツ国防軍(ヴェアマハト)の死傷者の80%はソ連との戦闘で発生しており、ベルリンを占領して戦争を終結させたのもソ連であった。さらに、ナチス・ドイツによって殺害されたソ連市民は2700万人に上る。これらの犠牲はロシアでは「神聖な記憶」として語り継がれており、5月9日はその象徴の日とされている。

 一方、西側諸国の犠牲や戦争への貢献も無視できないが、量的・質的に見て、ソ連の貢献の方が大きかったというのが歴史的事実である。筆者はこれを再確認した上で、西側で進行中の歴史認識の変化に警鐘を鳴らしている。

 特にバルト三国、ウクライナ、ポーランドなどは、ソ連が1939年にナチス・ドイツと締結したモロトフ=リッベントロップ協定を根拠に、「ソ連もナチスと同様に第二次世界大戦の勃発に責任がある」と主張している。そして、これを利用してソ連の戦後の功績を貶め、自国民の受けた被害に焦点を当てる歴史観を構築している。また、バルト三国およびウクライナでは、ナチス・ドイツとの協力に関する歴史的責任の軽視・相対化が見られる。

 こうしたナラティブが西側諸国に広がるにつれ、アメリカ、イギリス、フランスなどの大国も、自国の貢献を過剰に強調するようになり、第二次世界大戦に関する歪んだ歴史認識が広く受け入れられるようになった。トランプ氏が「アメリカが最も貢献した」と断言したことは、こうした風潮の反映であり、客観的事実とは一致しない。

 トランプ氏がこのような誤った歴史認識に基づいて発言したのか、それとも意図的に政治的効果を狙ってそのような主張をしたのかは不明であるとしながらも、いずれにせよ彼の発言が「懐古的ナショナリズム」に訴えかけ、政治的支持を得るためのものである可能性に言及している。

 また、トランプ氏の姿勢が他の西側諸国の指導者たちと一線を画している可能性にも言及している。すなわち、トランプ氏は将来的にアメリカとロシアの関係を再構築し、「新たなデタント(緊張緩和)」を目指す構想を持っており、かつての米ソ同盟の記憶をその正統性の根拠とする可能性がある。そうであるならば、トランプ氏による「勝利記念日」の再定義は、表面的にはナショナリズム的であっても、地政学的には米露和解を模索する布石とみなすこともできる。
 
【要点】

 トランプ氏の発表内容

 ・トランプ大統領は2025年5月8日を「第二次世界大戦の勝利記念日(Victory Day for World War II)」、11月11日を「第一次世界大戦の勝利記念日(Victory Day for World War I)」と定義すると発表した。

 ・発言の中で「我々は世界大戦で勝利した」「アメリカにはもはや勝利を祝うリーダーがいない」と述べた。

 ・特に第二次大戦におけるアメリカの貢献を最も大きなものと主張した。

 歴史認識の問題

 ・実際には、第二次世界大戦の主戦場は東部戦線であり、ドイツ軍の死傷者の8割がソ連との戦闘によるものである。

 ・ベルリンを占領したのもアメリカではなくソ連であった。

 ・ソ連(現ロシアを中心とする地域)は、約2700万人の市民がナチス・ドイツにより殺害されており、犠牲の規模で群を抜いている。

 ・ロシアでは5月9日が戦勝記念日とされ、神聖視されている。

 西側の歴史修正主義

 ・バルト三国、ポーランド、ウクライナなどはソ連=ナチス同罪論(モロトフ=リッベントロップ協定を根拠)を推進している。

 ・これらの国々では、ナチスと協力した自国の過去を軽視し、ソ連による戦後統治を「占領」と位置づける歴史観が定着している。

 ・西側諸国もこのような歴史観を受け入れ始めており、ソ連の戦争貢献を軽視・否定する傾向が見られる。

 トランプ氏の政治的意図

 ・トランプ氏の発言は、アメリカの過去の栄光を称揚する「懐古的ナショナリズム」に基づくものと見られる。

 ・歴史的事実と一致していないが、国内の保守層の支持獲得を目的としている可能性がある。

 ・一方で、トランプ氏は将来の米露関係改善を視野に入れており、かつての米ソ同盟を想起させる意図もある可能性がある。

 ・その場合、記念日再定義はロシアに対する敵意ではなく、和解の布石として機能し得る。

【桃源寸評】

 このように、単なる記念日名称変更の報道にとどまらず、近年進行している歴史認識の再編成、西側とロシアにおける戦争記憶の対立、そしてトランプ氏の政治的戦略に対する分析を包括的に行っている。理解のためには、第二次世界大戦における戦略的事実、犠牲者の統計、東西の歴史叙述の相違に精通しておく必要がある。

、記念日の再定義を通じて、戦争の記憶をめぐる国際的な対立、特にロシアと西側諸国の間にある歴史観の違いを鋭く指摘している。理解には、戦争史だけでなく、現在の地政学的対立の背景を踏まえる必要がある。

 ➢モロトフ=リッベントロップ協定

 モロトフ=リッベントロップ協定(Molotov–Ribbentrop Pact)とは、1939年8月23日にソビエト連邦とナチス・ドイツの間で締結された独ソ不可侵条約であり、正式には「独ソ友好不可侵条約」と呼ばれる。

 概要

 ・署名者:ソ連外相ヴャチェスラフ・モロトフと、ナチス・ドイツ外相ヨアヒム・フォン・リッベントロップ

 ・主目的:両国が互いに戦争を仕掛けないことを約束

 ・有効化:1939年8月23日

 協定の特徴

 ・表向きの条文:戦争の回避、外交紛争の平和的解決、第三国との戦争における中立保持などをうたう。

 ・秘密議定書:バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)、ポーランド、フィンランド、ルーマニア(ベッサラビア地方)を独ソの勢力圏として分割する合意が存在していた。

協定の影響

 ・1939年9月1日:ナチス・ドイツがポーランドに侵攻(第二次世界大戦の開戦)

 ・1939年9月17日:ソ連も東ポーランドに侵攻。独ソがポーランドを東西に分割し、実質的な共犯関係となる。

 ・このため、現在のバルト三国やポーランドでは「ソ連も戦争の開戦に加担した」という認識が強い。

 歴史的評価

 ・旧ソ連・ロシア:かつては協定を「防衛的措置」として正当化。現在も一部で擁護されているが、近年は秘密議定書の存在を公式に認めている。

 ・西側諸国や東欧諸国:この協定を「ヒトラーとスターリンの共謀」として、両国に等しく責任があるとする見方が主流。

 ・欧州議会(2019年決議など):モロトフ=リッベントロップ協定を第二次世界大戦の原因の一つと明言し、ナチスとソ連の「全体主義体制」を同列に批判。

 ➢ソ連がドイツに続いて1939年9月17日に東ポーランドに侵攻した理由

 モロトフ=リッベントロップ協定の秘密議定書に基づくものである。この協定によって、ソ連とドイツはポーランドを互いに分割することを事前に合意していた。

 ソ連が東ポーランドに侵攻した主な理由

 1.秘密議定書による合意の履行

 ・協定の秘密議定書では、ポーランドをナチス・ドイツとソ連の「勢力圏」に分けることが取り決められていた。

 ・東部ポーランドはソ連の勢力圏とされており、ドイツが西側から侵攻したのに対し、ソ連は東側から介入した。

 2.ポーランド国家の崩壊を理由とした「保護」名目

 ・ソ連は公式声明において、「ポーランド国家はすでに崩壊し、政府は機能していない」「ウクライナ人とベラルーシ人の保護のため」と主張して侵攻を正当化した。

 ・これは実際には口実であり、実際は領土拡張と地政学的利益を狙った軍事行動であった。

 3.バッファーゾーンの確保(戦略的理由)

 ・ソ連指導部(特にスターリン)は、将来的にドイツとの衝突を想定し、西方の緩衝地帯を確保しておきたいという意図があった。

 ・東ポーランドを自国領に編入することで、防衛ラインを西へと押し広げることが可能となった。

 4.旧ロシア帝国領の回復

 ・東ポーランド地域には、かつてロシア帝国の領土だった地域が多く含まれており、それを回復することは歴史的な野心でもあった。

 ・特にウクライナ系・ベラルーシ系住民の多い地域を「民族自決」の名のもとに併合する形を取った。

 5.ドイツとの信頼維持・協調関係の維持

 ・ドイツとの関係を損なわないためにも、ソ連は協定通り行動し、両国間の協力体制を保った。

 ・この時点では、独ソは戦略的に協調しており、両国間には相互信頼が一定程度存在していた。

 ・この侵攻により、ポーランドは東西から挟撃され、国家としての独立を喪失した。また、ソ連はこの地域を併合し、西ウクライナ・西ベラルーシとしてソ連領に編入した。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Trump’s Victory Day Decision Aligns With The Trend Of The Times
Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.09
https://korybko.substack.com/p/trumps-victory-day-decision-aligns?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163115273&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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