トランプとネタニヤフ首相 ― 2025年05月11日 18:34
【概要】
ドナルド・トランプ米大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(通称ビビ)との関係が修復不可能なほど悪化している可能性について論じている。
報道によれば、トランプ氏はネタニヤフ氏に操られたと感じたことを理由に、直接の連絡をすべて遮断したとされている。これは一見すると過激な主張であるが、これまでの文脈を踏まえると信憑性がある。発端は2020年末、ネタニヤフ氏がバイデン氏の選挙勝利をいち早く認めたことにトランプ氏が裏切りを感じた点にある。トランプ氏は現在も自身が勝利したと主張しており、この件は非常に個人的な問題となっている。
さらに最近では、ネタニヤフ氏がトランプ氏に対してイランへの軍事攻撃を求めているが、トランプ氏はこれを拒否している。理由としては、中国を封じ込めるための「アジア回帰(再)戦略」が中東での大規模戦争によって妨げられることを懸念しているからである。この方針の一環として、元国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツ氏がイスラエルと過度に連携していたとして更迭されたとも報じられている。また、アメリカとイランの間で秘密裏に交渉が再開されたことにイスラエルが不意を突かれ、反対しているとの噂もある。
これに加えて、アメリカがフーシ派とイスラエルを排除する形で合意に達したこと、サウジアラビアによるイスラエル承認を原子力協議と切り離すという報道、さらには来週リヤドで開かれる湾岸・米国首脳会議でトランプ氏がパレスチナを国家承認する可能性まで浮上している。これらの動きはすべて米・イスラエル関係に新たな緊張をもたらしており、トランプ氏がネタニヤフ氏との連絡を断ったという報道の信憑性を高めている。
今後の展開によっては、両者の亀裂は決定的なものとなる可能性がある。特に、フーシ派によるイスラエルへの空爆封鎖計画が発表された直後に米国が独自合意を結んだこと、さらにはサウジのイスラエル承認を核協議と切り離す動き、そしてトランプ氏によるパレスチナ国家承認が実現すれば、イスラエルにとっては一線を越えた事態となる。このような状況が現実となれば、トランプ政権下での米・イスラエル関係は継続的に対立することになり、仮にJD・バンス氏がトランプ氏の後任となった場合もその影響が続く可能性がある。
米国という最も強力かつ影響力のある同盟国の支援を失えば、イスラエルはイランやトルコといった地域の脅威に単独で対処せざるを得なくなる。さらに悪いシナリオとして、米国が何らかの名目でイスラエルへの軍事援助を縮小または停止する可能性も否定できず、イスラエル軍の戦力低下を招く恐れがある。
そのような事態が現実となれば、イスラエルは戦略的優位を失う前に周辺国への先制攻撃に出るか、あるいは不本意な妥協を強いられることになる。いずれの選択肢もイスラエルにとってはゼロサムのジレンマであり、何としてでも回避すべき状況であるが、トランプ氏との対立が修復不可能な場合、この悪夢のようなシナリオが既成事実となる可能性もある。
ただし、トランプ氏がウクライナのゼレンスキー大統領と予想外の和解を果たした前例もあるため、トランプ・ネタニヤフ間の緊張も克服される可能性が全くないわけではない。そのためには、ゼレンスキー氏が提供した鉱物資源取引のように、ネタニヤフ氏がトランプ氏に対し戦略的価値のある何らかの譲歩を示す必要がある。ただし、それが何であるかは明確ではなく、時すでに遅く、サウジとの協議の構図やパレスチナ国家承認の動きが進展してしまう可能性もある。ゆえに、ネタニヤフ氏は早急にトランプ氏に対して「和平の申し出」を行うべきとされている。
【詳細】
1. トランプとネタニヤフの個人的関係の悪化
トランプ氏とネタニヤフ首相(以下ビビ)の関係は、かつては極めて緊密であった。トランプ政権下では、イスラエルの首都をエルサレムと公式に認定し、ゴラン高原のイスラエル領有を承認するなど、前例のないイスラエル寄りの政策を実行していた。しかし、2020年の米大統領選挙後、ビビがジョー・バイデン氏の勝利を早々に認めたことがトランプ氏の強い不快感を招いた。この時点で、トランプ氏は選挙結果を法廷で争っており、ビビの行動を「裏切り」と感じたとされる。この感情的反発が現在まで尾を引いている。
2. イラン政策をめぐる対立
現在の最大の対立点の一つはイラン政策である。ビビ政権はイランを最大の脅威と見なしており、トランプ氏に対してイランへの軍事攻撃を強く求めている。一方、トランプ氏は「アジアへの再ピボット(回帰)」を戦略目標としており、中東での大規模戦争に巻き込まれることは避けたい意向である。この戦略的判断から、イランとの緊張をエスカレートさせるような行動を望んでいない。
加えて、元国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツ氏がイスラエルと過剰に協調していたことから更迭されたと報じられており、これはトランプ氏の「親イスラエル」路線の軌道修正を象徴している。
3. 米・イラン再交渉とイスラエルの孤立感
アメリカとイランが非公式に接触を再開したとの情報もあり、イスラエルはこれに強く反発している。イラン核合意(JCPOA)からの離脱を主導したのはトランプ政権であったが、再び交渉路線に戻ることはイスラエルにとって安全保障上の大きな打撃となる。
さらに、アメリカがフーシ派(イエメンの反政府勢力)との合意を、イスラエルを関与させずに単独で締結したという報道がある。これは、フーシ派がイスラエルに対して航空封鎖を予告していた時期と重なっており、イスラエル側からは「見捨てられた」との認識を招く要因となっている。
4. サウジとの関係とパレスチナ国家承認の可能性
さらに衝撃的な展開として、米国がサウジアラビアによるイスラエル承認(国交正常化)を、原子力協議から切り離す可能性が報じられている。これまでイスラエルは、アラブ諸国の承認を安全保障上の大きな外交成果と位置づけていたが、その価値が相対的に下がることになる。
加えて、トランプ氏が来週開催されるリヤドでの湾岸・米国首脳会議において、パレスチナを国家として正式に承認する可能性まで取り沙汰されている。これはイスラエルにとっての「レッドライン」を越える措置であり、米・イスラエル関係の決定的な分裂につながり得る。
5. イスラエルの戦略的ジレンマ
こうした事態の進展は、イスラエルにとって極めて不利な安全保障環境を意味する。最も強力な同盟国である米国の支持を失う可能性が現実味を帯びる中、イスラエルはイラン、トルコ、さらにはヒズボラやハマスといった非国家武装勢力と単独で対峙せねばならなくなる。
さらに、アメリカによる軍事援助(年間数十億ドル規模)が制限・中止されれば、イスラエルの防衛力に深刻な影響が及ぶ可能性もある。その場合、イスラエルは追い詰められた状況で先制的な軍事行動に出るか、望まぬ外交的妥協を余儀なくされることになる。
6. 和解の可能性と条件
ただし、すべてが悲観的というわけではない。過去にトランプ氏は、敵対していたウクライナのゼレンスキー大統領と関係を修復した前例がある。その際、ウクライナ側はアメリカにとって戦略的価値の高い鉱物資源の取引を提供した。このように、ビビが何らかの「取引材料(peace offering)」を提示できれば、トランプ氏との和解の可能性は残されている。
しかし現時点では、それが何であるかは明確ではなく、また米国の中東政策の転換がすでに既定路線となっていれば、間に合わない可能性もある。そのため、ビビにとっては時間との戦いとなる。
以上のように、トランプ・ネタニヤフ間の亀裂が単なる個人的対立を超え、米・イスラエル関係の根幹を揺るがしかねない戦略的断絶に発展していることを詳述している。そして、その結末はイスラエルの安全保障環境に大きな影響を与える可能性があると指摘している。
【要点】
1.トランプとネタニヤフの関係悪化の要因
・トランプは大統領時代、イスラエルに極めて友好的な政策を展開(例:エルサレム首都承認、ゴラン高原の併合支持)。
・しかし2020年選挙後、ネタニヤフ(ビビ)がバイデンの勝利を即座に承認したことにトランプが激怒。
・トランプはこれを「個人的な裏切り」と受け取り、両者の関係は急激に冷却化。
2.イランを巡る戦略的対立
・ネタニヤフはイランへの強硬姿勢と軍事行動を主張。
・トランプはイランとの戦争を避け、アジア重視(対中戦略)へ軸足を移す構想。
・トランプの元補佐官ウォルツはイスラエル寄りすぎたとして更迭されたと報じられ、方針の変化がうかがえる。
3.米・イランの接触とイスラエルの孤立感
アメリカがイランと非公式交渉を進めているとの報道があり、イスラエルは不満。
・米国がイスラエルを除外してフーシ派(イエメン)と合意し、イスラエルは「見捨てられた」と感じている。
4.サウジとパレスチナを巡る外交構想
・米国は、サウジとイスラエルの国交正常化を原子力協議と切り離す方向。
・リヤドでの首脳会議でパレスチナ国家の承認が議題に上がる可能性があり、イスラエルの「レッドライン」に接近。
5.イスラエルの戦略的ジレンマ
・米国の支援縮小により、イスラエルはイラン・ヒズボラ・トルコなどと単独で対峙するリスクが増大。
・軍事的孤立や外交的譲歩を迫られる可能性もある。
6.和解の可能性
・トランプは過去にゼレンスキー大統領とも和解しており、可能性はゼロではない。
・そのためには、ネタニヤフ側が「戦略的な取引材料(peace offering)」を提供する必要がある。
・ただし、現時点ではその見通しは立っていない。
【桃源寸評】
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」と国際秩序の変容:トランプ政策の功罪
アメリカ合衆国は、21世紀に入り、中国の台頭を背景に「アジア回帰(再)戦略」を推進してきた。この戦略は、オバマ政権の「リバランス」から始まり、トランプ政権、バイデン政権へと引き継がれ、アジア太平洋地域におけるアメリカのプレゼンスを強化し、中国の挑戦に対抗することを目的としている。しかし、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は、同盟国との関係悪化や国際的な協調の欠如を招き、アメリカの国益を損なう可能性を孕んでいた。
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」の功罪を検討し、国際秩序の変容におけるアメリカの役割について考察する。
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」は、中国の台頭に対抗するために、同盟国との連携強化、軍事力の展開、経済的な関与、多国間協力の推進など、多岐にわたる取り組みを含んでいる。しかし、トランプ政権の政策は、これらの取り組みに大きな影響を与えた。
トランプ政権は、「アメリカ・ファースト」を掲げ、自国の利益を最優先する政策を推進した。これにより、同盟国との信頼関係が損なわれ、国際的な協調が阻害された。特に、パリ協定からの離脱やWHOからの脱退は、アメリカの国際的なリーダーシップを低下させ、他国の離反を招いた。また、トランプ政権の取引重視の外交は、予測不能な言動や一方的な政策決定により、国際的な信頼を損なう結果となった。
トランプ政権の政策は、短期的な利益を重視する傾向があり、長期的な視点や国際的な協調を欠いていた。同盟国との関係悪化や国際的な孤立は、アメリカの長期的な国益を損なう可能性がある。また、「アメリカ・ファースト」は、アメリカの国際的なリーダーシップを低下させ、結果としてアメリカの国益を損なうことにもなりかねない。
トランプ政権の政策が、アメリカの肥大化を避けるための意図的な自滅策である可能性も否定できない。しかし、その場合でも、同盟国との関係悪化や国際的な孤立は、アメリカにとって大きなリスクとなる。トランプ政権の政策が、アメリカの長期的な国益にどのように影響するかは、今後の国際情勢によって変化する可能性がある。
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」は、中国の台頭という現実と、地域におけるアメリカの国益を維持するという目標の間で、複雑なバランスを取ろうとするものである。しかし、トランプ政権の政策は、同盟国との関係悪化や国際的な協調の欠如を招き、アメリカの国益を損なう可能性を孕んでいた。
アメリカは、国際的なリーダーシップを回復し、同盟国との信頼関係を再構築する必要がある。また、長期的な視点に立ち、国際的な協調を重視する政策を推進する必要がある。アメリカが国際秩序の安定に貢献するためには、自国の利益だけでなく、国際社会全体の利益を考慮した政策を追求することが不可欠である。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Trump’s Rift With Bibi Might Be Irreconcilable
Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.11
https://korybko.substack.com/p/trumps-rift-with-bibi-might-be-irreconcilable?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163314536&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&token=eyJ1c2VyX2lkIjoxMTQ3ODcsInBvc3RfaWQiOjE2MzMxNDUzNiwiaWF0IjoxNzQ2OTQ4NDU4LCJleHAiOjE3NDk1NDA0NTgsImlzcyI6InB1Yi04MzU3ODMiLCJzdWIiOiJwb3N0LXJlYWN0aW9uIn0.CvEyfgj7I8rJr2KVuNj01Wfr3rdpjxYCymBbeAvslag&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email
ドナルド・トランプ米大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(通称ビビ)との関係が修復不可能なほど悪化している可能性について論じている。
報道によれば、トランプ氏はネタニヤフ氏に操られたと感じたことを理由に、直接の連絡をすべて遮断したとされている。これは一見すると過激な主張であるが、これまでの文脈を踏まえると信憑性がある。発端は2020年末、ネタニヤフ氏がバイデン氏の選挙勝利をいち早く認めたことにトランプ氏が裏切りを感じた点にある。トランプ氏は現在も自身が勝利したと主張しており、この件は非常に個人的な問題となっている。
さらに最近では、ネタニヤフ氏がトランプ氏に対してイランへの軍事攻撃を求めているが、トランプ氏はこれを拒否している。理由としては、中国を封じ込めるための「アジア回帰(再)戦略」が中東での大規模戦争によって妨げられることを懸念しているからである。この方針の一環として、元国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツ氏がイスラエルと過度に連携していたとして更迭されたとも報じられている。また、アメリカとイランの間で秘密裏に交渉が再開されたことにイスラエルが不意を突かれ、反対しているとの噂もある。
これに加えて、アメリカがフーシ派とイスラエルを排除する形で合意に達したこと、サウジアラビアによるイスラエル承認を原子力協議と切り離すという報道、さらには来週リヤドで開かれる湾岸・米国首脳会議でトランプ氏がパレスチナを国家承認する可能性まで浮上している。これらの動きはすべて米・イスラエル関係に新たな緊張をもたらしており、トランプ氏がネタニヤフ氏との連絡を断ったという報道の信憑性を高めている。
今後の展開によっては、両者の亀裂は決定的なものとなる可能性がある。特に、フーシ派によるイスラエルへの空爆封鎖計画が発表された直後に米国が独自合意を結んだこと、さらにはサウジのイスラエル承認を核協議と切り離す動き、そしてトランプ氏によるパレスチナ国家承認が実現すれば、イスラエルにとっては一線を越えた事態となる。このような状況が現実となれば、トランプ政権下での米・イスラエル関係は継続的に対立することになり、仮にJD・バンス氏がトランプ氏の後任となった場合もその影響が続く可能性がある。
米国という最も強力かつ影響力のある同盟国の支援を失えば、イスラエルはイランやトルコといった地域の脅威に単独で対処せざるを得なくなる。さらに悪いシナリオとして、米国が何らかの名目でイスラエルへの軍事援助を縮小または停止する可能性も否定できず、イスラエル軍の戦力低下を招く恐れがある。
そのような事態が現実となれば、イスラエルは戦略的優位を失う前に周辺国への先制攻撃に出るか、あるいは不本意な妥協を強いられることになる。いずれの選択肢もイスラエルにとってはゼロサムのジレンマであり、何としてでも回避すべき状況であるが、トランプ氏との対立が修復不可能な場合、この悪夢のようなシナリオが既成事実となる可能性もある。
ただし、トランプ氏がウクライナのゼレンスキー大統領と予想外の和解を果たした前例もあるため、トランプ・ネタニヤフ間の緊張も克服される可能性が全くないわけではない。そのためには、ゼレンスキー氏が提供した鉱物資源取引のように、ネタニヤフ氏がトランプ氏に対し戦略的価値のある何らかの譲歩を示す必要がある。ただし、それが何であるかは明確ではなく、時すでに遅く、サウジとの協議の構図やパレスチナ国家承認の動きが進展してしまう可能性もある。ゆえに、ネタニヤフ氏は早急にトランプ氏に対して「和平の申し出」を行うべきとされている。
【詳細】
1. トランプとネタニヤフの個人的関係の悪化
トランプ氏とネタニヤフ首相(以下ビビ)の関係は、かつては極めて緊密であった。トランプ政権下では、イスラエルの首都をエルサレムと公式に認定し、ゴラン高原のイスラエル領有を承認するなど、前例のないイスラエル寄りの政策を実行していた。しかし、2020年の米大統領選挙後、ビビがジョー・バイデン氏の勝利を早々に認めたことがトランプ氏の強い不快感を招いた。この時点で、トランプ氏は選挙結果を法廷で争っており、ビビの行動を「裏切り」と感じたとされる。この感情的反発が現在まで尾を引いている。
2. イラン政策をめぐる対立
現在の最大の対立点の一つはイラン政策である。ビビ政権はイランを最大の脅威と見なしており、トランプ氏に対してイランへの軍事攻撃を強く求めている。一方、トランプ氏は「アジアへの再ピボット(回帰)」を戦略目標としており、中東での大規模戦争に巻き込まれることは避けたい意向である。この戦略的判断から、イランとの緊張をエスカレートさせるような行動を望んでいない。
加えて、元国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツ氏がイスラエルと過剰に協調していたことから更迭されたと報じられており、これはトランプ氏の「親イスラエル」路線の軌道修正を象徴している。
3. 米・イラン再交渉とイスラエルの孤立感
アメリカとイランが非公式に接触を再開したとの情報もあり、イスラエルはこれに強く反発している。イラン核合意(JCPOA)からの離脱を主導したのはトランプ政権であったが、再び交渉路線に戻ることはイスラエルにとって安全保障上の大きな打撃となる。
さらに、アメリカがフーシ派(イエメンの反政府勢力)との合意を、イスラエルを関与させずに単独で締結したという報道がある。これは、フーシ派がイスラエルに対して航空封鎖を予告していた時期と重なっており、イスラエル側からは「見捨てられた」との認識を招く要因となっている。
4. サウジとの関係とパレスチナ国家承認の可能性
さらに衝撃的な展開として、米国がサウジアラビアによるイスラエル承認(国交正常化)を、原子力協議から切り離す可能性が報じられている。これまでイスラエルは、アラブ諸国の承認を安全保障上の大きな外交成果と位置づけていたが、その価値が相対的に下がることになる。
加えて、トランプ氏が来週開催されるリヤドでの湾岸・米国首脳会議において、パレスチナを国家として正式に承認する可能性まで取り沙汰されている。これはイスラエルにとっての「レッドライン」を越える措置であり、米・イスラエル関係の決定的な分裂につながり得る。
5. イスラエルの戦略的ジレンマ
こうした事態の進展は、イスラエルにとって極めて不利な安全保障環境を意味する。最も強力な同盟国である米国の支持を失う可能性が現実味を帯びる中、イスラエルはイラン、トルコ、さらにはヒズボラやハマスといった非国家武装勢力と単独で対峙せねばならなくなる。
さらに、アメリカによる軍事援助(年間数十億ドル規模)が制限・中止されれば、イスラエルの防衛力に深刻な影響が及ぶ可能性もある。その場合、イスラエルは追い詰められた状況で先制的な軍事行動に出るか、望まぬ外交的妥協を余儀なくされることになる。
6. 和解の可能性と条件
ただし、すべてが悲観的というわけではない。過去にトランプ氏は、敵対していたウクライナのゼレンスキー大統領と関係を修復した前例がある。その際、ウクライナ側はアメリカにとって戦略的価値の高い鉱物資源の取引を提供した。このように、ビビが何らかの「取引材料(peace offering)」を提示できれば、トランプ氏との和解の可能性は残されている。
しかし現時点では、それが何であるかは明確ではなく、また米国の中東政策の転換がすでに既定路線となっていれば、間に合わない可能性もある。そのため、ビビにとっては時間との戦いとなる。
以上のように、トランプ・ネタニヤフ間の亀裂が単なる個人的対立を超え、米・イスラエル関係の根幹を揺るがしかねない戦略的断絶に発展していることを詳述している。そして、その結末はイスラエルの安全保障環境に大きな影響を与える可能性があると指摘している。
【要点】
1.トランプとネタニヤフの関係悪化の要因
・トランプは大統領時代、イスラエルに極めて友好的な政策を展開(例:エルサレム首都承認、ゴラン高原の併合支持)。
・しかし2020年選挙後、ネタニヤフ(ビビ)がバイデンの勝利を即座に承認したことにトランプが激怒。
・トランプはこれを「個人的な裏切り」と受け取り、両者の関係は急激に冷却化。
2.イランを巡る戦略的対立
・ネタニヤフはイランへの強硬姿勢と軍事行動を主張。
・トランプはイランとの戦争を避け、アジア重視(対中戦略)へ軸足を移す構想。
・トランプの元補佐官ウォルツはイスラエル寄りすぎたとして更迭されたと報じられ、方針の変化がうかがえる。
3.米・イランの接触とイスラエルの孤立感
アメリカがイランと非公式交渉を進めているとの報道があり、イスラエルは不満。
・米国がイスラエルを除外してフーシ派(イエメン)と合意し、イスラエルは「見捨てられた」と感じている。
4.サウジとパレスチナを巡る外交構想
・米国は、サウジとイスラエルの国交正常化を原子力協議と切り離す方向。
・リヤドでの首脳会議でパレスチナ国家の承認が議題に上がる可能性があり、イスラエルの「レッドライン」に接近。
5.イスラエルの戦略的ジレンマ
・米国の支援縮小により、イスラエルはイラン・ヒズボラ・トルコなどと単独で対峙するリスクが増大。
・軍事的孤立や外交的譲歩を迫られる可能性もある。
6.和解の可能性
・トランプは過去にゼレンスキー大統領とも和解しており、可能性はゼロではない。
・そのためには、ネタニヤフ側が「戦略的な取引材料(peace offering)」を提供する必要がある。
・ただし、現時点ではその見通しは立っていない。
【桃源寸評】
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」と国際秩序の変容:トランプ政策の功罪
アメリカ合衆国は、21世紀に入り、中国の台頭を背景に「アジア回帰(再)戦略」を推進してきた。この戦略は、オバマ政権の「リバランス」から始まり、トランプ政権、バイデン政権へと引き継がれ、アジア太平洋地域におけるアメリカのプレゼンスを強化し、中国の挑戦に対抗することを目的としている。しかし、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は、同盟国との関係悪化や国際的な協調の欠如を招き、アメリカの国益を損なう可能性を孕んでいた。
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」の功罪を検討し、国際秩序の変容におけるアメリカの役割について考察する。
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」は、中国の台頭に対抗するために、同盟国との連携強化、軍事力の展開、経済的な関与、多国間協力の推進など、多岐にわたる取り組みを含んでいる。しかし、トランプ政権の政策は、これらの取り組みに大きな影響を与えた。
トランプ政権は、「アメリカ・ファースト」を掲げ、自国の利益を最優先する政策を推進した。これにより、同盟国との信頼関係が損なわれ、国際的な協調が阻害された。特に、パリ協定からの離脱やWHOからの脱退は、アメリカの国際的なリーダーシップを低下させ、他国の離反を招いた。また、トランプ政権の取引重視の外交は、予測不能な言動や一方的な政策決定により、国際的な信頼を損なう結果となった。
トランプ政権の政策は、短期的な利益を重視する傾向があり、長期的な視点や国際的な協調を欠いていた。同盟国との関係悪化や国際的な孤立は、アメリカの長期的な国益を損なう可能性がある。また、「アメリカ・ファースト」は、アメリカの国際的なリーダーシップを低下させ、結果としてアメリカの国益を損なうことにもなりかねない。
トランプ政権の政策が、アメリカの肥大化を避けるための意図的な自滅策である可能性も否定できない。しかし、その場合でも、同盟国との関係悪化や国際的な孤立は、アメリカにとって大きなリスクとなる。トランプ政権の政策が、アメリカの長期的な国益にどのように影響するかは、今後の国際情勢によって変化する可能性がある。
アメリカの「アジア回帰(再)戦略」は、中国の台頭という現実と、地域におけるアメリカの国益を維持するという目標の間で、複雑なバランスを取ろうとするものである。しかし、トランプ政権の政策は、同盟国との関係悪化や国際的な協調の欠如を招き、アメリカの国益を損なう可能性を孕んでいた。
アメリカは、国際的なリーダーシップを回復し、同盟国との信頼関係を再構築する必要がある。また、長期的な視点に立ち、国際的な協調を重視する政策を推進する必要がある。アメリカが国際秩序の安定に貢献するためには、自国の利益だけでなく、国際社会全体の利益を考慮した政策を追求することが不可欠である。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Trump’s Rift With Bibi Might Be Irreconcilable
Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.11
https://korybko.substack.com/p/trumps-rift-with-bibi-might-be-irreconcilable?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163314536&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&token=eyJ1c2VyX2lkIjoxMTQ3ODcsInBvc3RfaWQiOjE2MzMxNDUzNiwiaWF0IjoxNzQ2OTQ4NDU4LCJleHAiOjE3NDk1NDA0NTgsImlzcyI6InB1Yi04MzU3ODMiLCJzdWIiOiJwb3N0LXJlYWN0aW9uIn0.CvEyfgj7I8rJr2KVuNj01Wfr3rdpjxYCymBbeAvslag&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email