米国によるロシアとウクライナの仲介努力が限界 ― 2025年05月13日 19:16
【概要】
アンドリュー・コリブコは、米国によるロシアとウクライナの仲介努力が限界に近づいていると論じている。特にトランプ大統領が、ウクライナに対してロシアの要求に応じるよう圧力をかけることができない、あるいはその意思がないため、難しい局面に直面しているとされている。
当初、米国がロシアとウクライナの和平交渉を主導することで大きな期待が寄せられたが、現在ではアメリカ側の交渉姿勢が厳しくなっていることからも分かるように、その期待は後退している。直近の展開としては、ウクライナと西側がロシアに対して無条件の停戦を要求する一方で、プーチン大統領はウクライナとの2国間協議の無条件再開を申し出た。
ゼレンスキー大統領はこれに応じ、プーチンが提案した日程と場所である木曜日にイスタンブールを訪問すると表明したが、プーチン本人が出席するかは不明である。プーチンが言及した2022年春の和平交渉は代表団レベルのものであり、両首脳の直接会談ではなかった。また、プーチンは現在ゼレンスキーを正統な指導者とみなしておらず、事前に大幅な譲歩がなければ会談に応じない可能性が高いとされる。
問題は、ゼレンスキーがプーチンの要求―すなわち、ウクライナの憲法上の中立性回復、非武装化、非ナチ化、係争地域の割譲―に一切応じる意思がない点にある。トランプもゼレンスキーにこれらを受け入れさせるつもりはない、あるいはできない。現時点で米国の仲介努力がもたらした成果は、戦略的パートナーシップ構想の話、特にエネルギーおよびレアアース分野における協力の可能性にとどまっている。ロシア側からは、これは対立の根本的解決ではなく、米国が経済的利益でロシアを取り込もうとしているだけに映っている。
米国は、ロシアおよびウクライナの双方に影響力を行使できる唯一の国家であり、両国に譲歩を促す「大取引(grand deal)」の仲介が可能な立場にある。他の仲介者候補―たとえば中国やトルコ―には同様の影響力はない。にもかかわらず、米国のアプローチは一貫性を欠いている。ロシアにはさらなる制裁やウクライナへの軍事支援拡大で圧力をかける一方、ウクライナには「支援放棄」の可能性を示唆する程度にとどまっている。だが、米国は新たなミサイル支援パッケージを承認しており、これは単なる脅しに過ぎない可能性もある。
米国がこのままロシアとウクライナ双方に対して均等な圧力をかける姿勢を取らないならば、第三者仲介は機能限界に達する。そうなれば、事態のエスカレーションは不可避となる恐れがある。具体的には、ロシアが新たな地域への地上戦拡大に踏み切る可能性、あるいはトランプが和平交渉の決裂をロシア側の責任とみなしてウクライナ支援を強化する可能性がある。
プーチンは現在、停戦に応じて他の要求を事実上棚上げする構えを見せていない。この姿勢のままでは、無条件停戦中に欧州諸国がウクライナに正規軍を派遣する可能性が高まり、それを懸念するトランプとの関係が悪化することになる。仮にトランプがこの状況において「エスカレーションによるディエスカレーション(Escalate to de-escalate)」戦略を採用すれば、米露間の熱戦が発生するリスクがある。一方、紛争から手を引けば、ロシアがウクライナを圧倒し、西側にとって地政学的な大敗北となる可能性もある。
したがって、トランプは、ウクライナにロシアの要求を飲ませることができないという状況の中で、重大なジレンマに直面しつつある。こうした状況では、米国が関与を断ち切るほうが望ましいが、エネルギー・鉱物分野での取引や兵器支援パッケージの存在は、むしろ関与強化の兆候と見られる。この道を進めば、トランプは自身が目指す「和平の仲介者」というイメージを損ねると同時に、対中戦略の柱である「アジアへの再転換(Pivot back to Asia)」も損なわれることになる。
【詳細】
ロシアとウクライナ間の第三者による和平仲介、特に米国による調整努力が限界に近づいている現状を論じている。その中心には、アメリカが持つ唯一の実効的なレバレッジ(影響力)をどう用いるかという問題がある。
1. 米国の仲介努力に対する期待とその後退
当初、アメリカがロシアとウクライナの間に入り和平を斡旋する可能性に対して国際社会は大きな期待を寄せていた。しかし、その後アメリカ自身の交渉姿勢が硬化し始めたことから、期待は徐々に後退していった。現在では、アメリカはロシアに対しては制裁強化やウクライナへの軍事支援拡大を示唆し、強硬な立場を取っている。一方、ウクライナに対しては、支援停止の可能性をちらつかせる程度にとどまり、圧力が不均衡となっている。
2. 無条件停戦をめぐる提案と応答
ウクライナと西側諸国はロシアに対して「無条件停戦」を要求したのに対し、プーチン大統領はこれに応じる形で「無条件での2国間協議再開」を提案した。これは妥協のように見えるが、実際には意味合いが異なる。プーチンが示した協議の形式は、2022年春のような代表団による形式であり、大統領同士の直接対話を想定していない。さらに、プーチンはゼレンスキー大統領を正統な指導者とはみなしておらず、仮に首脳会談が行われるとしても、ウクライナ側が事前に大きな譲歩を行うことが前提条件とされている。
ゼレンスキーは一応この提案に応じ、プーチンが指定した日(木曜日)にイスタンブールを訪問すると表明したが、プーチン自身が出席するかどうかは明らかでない。
3. ロシアの要求とウクライナの拒否
プーチン大統領の要求は明確である。ウクライナに対しては、以下の4項目を実行することを求めている。
・憲法上の中立性の回復(NATO非加盟の明文化)
・軍事力の縮小(非武装化)
・国内の極右勢力の排除(いわゆる「非ナチ化」)
・ドンバスおよびクリミアを含む係争地域の放棄
ゼレンスキーはこれらの要求を一切受け入れておらず、今後も受け入れる可能性は極めて低いとされる。トランプ大統領も、ウクライナにこれらの譲歩を強要する姿勢を示しておらず、あるいは政治的・戦略的事情からできない状況にある。
4. 米国の真意とロシアの警戒
これまでの米国による仲介の結果として具体的に表れたのは、エネルギーおよびレアアース(希土類)分野における戦略的提携の模索である。これは一見するとロシアとの関係改善を意図したものであるが、ロシア側からすれば、紛争解決そのものではなく「経済的な譲歩と引き換えに政治的要求を棚上げにする」というように映っている。つまり、米国は問題の本質に向き合わず、利害調整で乗り切ろうとしていると受け取られている。
5. 他の仲介者の限界
中国やトルコも和平仲介を試みてきたが、両国ともにロシア・ウクライナ両国に対して強制力のある影響力を持っていない。そのため、現実的に両国に譲歩を迫り得るのは米国のみである。しかし、米国のアプローチはバランスを欠いており、それが第三者による仲介の限界を露呈させている。
6. 今後のシナリオ:エスカレーションの危険性
もし米国がロシアとウクライナの双方に対して対等に圧力をかけないままであるならば、和平交渉は失敗に終わる可能性が高い。その場合、次のような展開が考えられる。
・ロシアが軍事作戦を新たな地域へ拡大する(地上戦の再拡大)
・米国が交渉決裂の責任をロシアに求め、ウクライナ支援を強化する
いずれの展開も、地域紛争をより大規模な衝突へと拡大させるリスクを含んでいる。また、仮に無条件停戦が成立した場合でも、プーチンが他の要求を取り下げることは考えにくく、その間隙を突いて欧州諸国がウクライナに正規軍を派遣する可能性すらある。この場合、ロシアは停戦を逆手に取られたと感じ、さらなる強硬策に出る懸念がある。
7. トランプのジレンマと戦略的影響
このような状況下で、トランプ大統領は二つの選択肢の間で板挟みになっている。
・ウクライナに譲歩を強制し、和平に向けた合意を図る
・譲歩を強要せず、ロシアとの対立を深めるリスクを抱えながら関与を継続する
後者を選べば、戦争激化の可能性が高まり、トランプ自身が掲げてきた「和平仲介者としてのイメージ」や、「アジアへの戦略的再転換(Pivot back to Asia)」構想――つまり中国封じ込め戦略――が損なわれる。
一方、前者を選んで関与を断ち切れば、西側がウクライナで敗北する可能性が高まり、トランプの退却がロシアの勢力拡大を招いたとして非難される可能性もある。
【要点】
第三者仲介の限界と現状分析
・米国によるロシアとウクライナの和平仲介は当初大きな期待を集めたが、現在は交渉姿勢の硬化により期待が後退している。
・アメリカはロシアに対して制裁や軍事的圧力を強化する一方、ウクライナには「支援打ち切りの可能性」を示唆するにとどまり、圧力のバランスを欠いている。
停戦提案とそれぞれの立場
・ウクライナと西側諸国はロシアに「無条件停戦」を要求したが、プーチンはこれに対し「無条件での二国間協議再開」を提案。
・プーチンはゼレンスキーを正統な国家元首とは認めておらず、首脳会談には応じないと見られる。
・ゼレンスキーはプーチンが提示した協議日(木曜日)にイスタンブール訪問を表明したが、プーチンが出席するかは不明。
ロシアの要求とウクライナの拒否
・プーチンはウクライナに以下の4点を要求している。
(1)憲法上の中立性(NATO非加盟の明文化)
(2)非武装化(軍事力の削減)
(3)非ナチ化(極右勢力の排除)
(4)領土の放棄(クリミアおよびドンバス地域)
・ゼレンスキーはこれらを一切受け入れておらず、トランプもウクライナに譲歩を強制しようとはしていない。
米国の姿勢とロシアの不信
・米国が提示している成果は、戦略的パートナーシップ(エネルギー・レアアース分野)に限定されている。
・ロシア側は、米国が本質的な問題解決を避けて、経済的な利益でロシアを懐柔しようとしていると疑っている。
他の仲介国の限界
・中国やトルコは中立的立場を取るが、ロシア・ウクライナ両国に対して十分な影響力を持たない。
・結果的に、実効的な仲介を行えるのは米国のみである。
仲介失敗による今後のシナリオ
・米国が両国に均衡ある圧力をかけない限り、和平交渉は失敗に終わる可能性が高い。
・その場合、以下の事態が想定される。
(1)ロシアによる戦線拡大(新たな地上作戦の開始)
(2)米国による対ロシア強硬姿勢への転換(軍事支援の拡大)
・停戦成立時に欧州がウクライナへ正規軍を派遣すれば、ロシアの反発を招き、戦線拡大の引き金となる可能性がある。
トランプのジレンマ
・トランプは次の二つの選択肢に直面している。
(1)ウクライナに譲歩を強要し、和平交渉の成立を図る。
(2)譲歩を強要せず、ロシアとの緊張を激化させるリスクを受け入れる。
・前者を選べば、トランプは「ウクライナを見捨てた」と批判される可能性がある。
・後者を選べば、和平仲介者としての評判を失い、中国封じ込め戦略(Pivot to Asia)にも支障をきたす。
・いずれを選んでも、トランプの地政学的レガシーに深刻な影響を与えるリスクがある。
【桃源寸評】
このように、本稿は単なる停戦交渉の失敗ではなく、米国の外交戦略そのものが試練を迎えていることを示唆している。また、トランプが直面する選択が、米国の世界戦略全体に波及しかねない構造的ジレンマであることを詳細に描写している。
米国の外交的限界、ロシア・ウクライナ双方の硬直した立場、第三者仲介の実効性低下、そしてトランプの戦略的ジレンマに焦点を当て、現実的かつ冷徹な分析を展開している。
しかし、以下の点も考慮してはどうだろうか。
核心点
・論者はトランプ氏を「和平の仲介者」として過大に評価しており、ウクライナへの影響力行使を当然視している節がある。
・一方で、ロシア・中国を相手とした地政学的な主導権競争において、特に中国の戦略的手腕や経済・外交的影響力についての評価が不十分である。
・結果として、米国(およびトランプ)の外交的実力が低下しているという現実を直視せず、第三者仲介の限界を「米国が適切に行動すれば打開可能」とする構図で描いている。
本質的な問題の所在
・すでにウクライナ情勢は、米国主導で打開できる局面を過ぎており、同盟国の結束の緩みや国内政治の分断により、米国の「圧力外交」の有効性が減退している。
・トランプ氏個人の資質よりも、アメリカという国家の地政学的影響力が相対的に低下しており、それを知ったロシア・中国が行動を大胆化している。
・「第三者仲介の限界」という表現自体が、実は米国の調停能力の限界を意味しており、それが今回の情勢分析の核心であるべきである。
したがって、Andrew Korybkoの論説は、「トランプ氏の意思や選択」に焦点を当てすぎており、実際にはアメリカの威信と国力の相対的な低下が、ロシア・ウクライナ戦争の帰趨に決定的な影響を与えているという本質を見落としている可能性が高いと言える。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Third-Party Mediation Between Russia & Ukraine Is Approaching Its Limits Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.13
https://korybko.substack.com/p/third-party-mediation-between-russia?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163455146&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email
アンドリュー・コリブコは、米国によるロシアとウクライナの仲介努力が限界に近づいていると論じている。特にトランプ大統領が、ウクライナに対してロシアの要求に応じるよう圧力をかけることができない、あるいはその意思がないため、難しい局面に直面しているとされている。
当初、米国がロシアとウクライナの和平交渉を主導することで大きな期待が寄せられたが、現在ではアメリカ側の交渉姿勢が厳しくなっていることからも分かるように、その期待は後退している。直近の展開としては、ウクライナと西側がロシアに対して無条件の停戦を要求する一方で、プーチン大統領はウクライナとの2国間協議の無条件再開を申し出た。
ゼレンスキー大統領はこれに応じ、プーチンが提案した日程と場所である木曜日にイスタンブールを訪問すると表明したが、プーチン本人が出席するかは不明である。プーチンが言及した2022年春の和平交渉は代表団レベルのものであり、両首脳の直接会談ではなかった。また、プーチンは現在ゼレンスキーを正統な指導者とみなしておらず、事前に大幅な譲歩がなければ会談に応じない可能性が高いとされる。
問題は、ゼレンスキーがプーチンの要求―すなわち、ウクライナの憲法上の中立性回復、非武装化、非ナチ化、係争地域の割譲―に一切応じる意思がない点にある。トランプもゼレンスキーにこれらを受け入れさせるつもりはない、あるいはできない。現時点で米国の仲介努力がもたらした成果は、戦略的パートナーシップ構想の話、特にエネルギーおよびレアアース分野における協力の可能性にとどまっている。ロシア側からは、これは対立の根本的解決ではなく、米国が経済的利益でロシアを取り込もうとしているだけに映っている。
米国は、ロシアおよびウクライナの双方に影響力を行使できる唯一の国家であり、両国に譲歩を促す「大取引(grand deal)」の仲介が可能な立場にある。他の仲介者候補―たとえば中国やトルコ―には同様の影響力はない。にもかかわらず、米国のアプローチは一貫性を欠いている。ロシアにはさらなる制裁やウクライナへの軍事支援拡大で圧力をかける一方、ウクライナには「支援放棄」の可能性を示唆する程度にとどまっている。だが、米国は新たなミサイル支援パッケージを承認しており、これは単なる脅しに過ぎない可能性もある。
米国がこのままロシアとウクライナ双方に対して均等な圧力をかける姿勢を取らないならば、第三者仲介は機能限界に達する。そうなれば、事態のエスカレーションは不可避となる恐れがある。具体的には、ロシアが新たな地域への地上戦拡大に踏み切る可能性、あるいはトランプが和平交渉の決裂をロシア側の責任とみなしてウクライナ支援を強化する可能性がある。
プーチンは現在、停戦に応じて他の要求を事実上棚上げする構えを見せていない。この姿勢のままでは、無条件停戦中に欧州諸国がウクライナに正規軍を派遣する可能性が高まり、それを懸念するトランプとの関係が悪化することになる。仮にトランプがこの状況において「エスカレーションによるディエスカレーション(Escalate to de-escalate)」戦略を採用すれば、米露間の熱戦が発生するリスクがある。一方、紛争から手を引けば、ロシアがウクライナを圧倒し、西側にとって地政学的な大敗北となる可能性もある。
したがって、トランプは、ウクライナにロシアの要求を飲ませることができないという状況の中で、重大なジレンマに直面しつつある。こうした状況では、米国が関与を断ち切るほうが望ましいが、エネルギー・鉱物分野での取引や兵器支援パッケージの存在は、むしろ関与強化の兆候と見られる。この道を進めば、トランプは自身が目指す「和平の仲介者」というイメージを損ねると同時に、対中戦略の柱である「アジアへの再転換(Pivot back to Asia)」も損なわれることになる。
【詳細】
ロシアとウクライナ間の第三者による和平仲介、特に米国による調整努力が限界に近づいている現状を論じている。その中心には、アメリカが持つ唯一の実効的なレバレッジ(影響力)をどう用いるかという問題がある。
1. 米国の仲介努力に対する期待とその後退
当初、アメリカがロシアとウクライナの間に入り和平を斡旋する可能性に対して国際社会は大きな期待を寄せていた。しかし、その後アメリカ自身の交渉姿勢が硬化し始めたことから、期待は徐々に後退していった。現在では、アメリカはロシアに対しては制裁強化やウクライナへの軍事支援拡大を示唆し、強硬な立場を取っている。一方、ウクライナに対しては、支援停止の可能性をちらつかせる程度にとどまり、圧力が不均衡となっている。
2. 無条件停戦をめぐる提案と応答
ウクライナと西側諸国はロシアに対して「無条件停戦」を要求したのに対し、プーチン大統領はこれに応じる形で「無条件での2国間協議再開」を提案した。これは妥協のように見えるが、実際には意味合いが異なる。プーチンが示した協議の形式は、2022年春のような代表団による形式であり、大統領同士の直接対話を想定していない。さらに、プーチンはゼレンスキー大統領を正統な指導者とはみなしておらず、仮に首脳会談が行われるとしても、ウクライナ側が事前に大きな譲歩を行うことが前提条件とされている。
ゼレンスキーは一応この提案に応じ、プーチンが指定した日(木曜日)にイスタンブールを訪問すると表明したが、プーチン自身が出席するかどうかは明らかでない。
3. ロシアの要求とウクライナの拒否
プーチン大統領の要求は明確である。ウクライナに対しては、以下の4項目を実行することを求めている。
・憲法上の中立性の回復(NATO非加盟の明文化)
・軍事力の縮小(非武装化)
・国内の極右勢力の排除(いわゆる「非ナチ化」)
・ドンバスおよびクリミアを含む係争地域の放棄
ゼレンスキーはこれらの要求を一切受け入れておらず、今後も受け入れる可能性は極めて低いとされる。トランプ大統領も、ウクライナにこれらの譲歩を強要する姿勢を示しておらず、あるいは政治的・戦略的事情からできない状況にある。
4. 米国の真意とロシアの警戒
これまでの米国による仲介の結果として具体的に表れたのは、エネルギーおよびレアアース(希土類)分野における戦略的提携の模索である。これは一見するとロシアとの関係改善を意図したものであるが、ロシア側からすれば、紛争解決そのものではなく「経済的な譲歩と引き換えに政治的要求を棚上げにする」というように映っている。つまり、米国は問題の本質に向き合わず、利害調整で乗り切ろうとしていると受け取られている。
5. 他の仲介者の限界
中国やトルコも和平仲介を試みてきたが、両国ともにロシア・ウクライナ両国に対して強制力のある影響力を持っていない。そのため、現実的に両国に譲歩を迫り得るのは米国のみである。しかし、米国のアプローチはバランスを欠いており、それが第三者による仲介の限界を露呈させている。
6. 今後のシナリオ:エスカレーションの危険性
もし米国がロシアとウクライナの双方に対して対等に圧力をかけないままであるならば、和平交渉は失敗に終わる可能性が高い。その場合、次のような展開が考えられる。
・ロシアが軍事作戦を新たな地域へ拡大する(地上戦の再拡大)
・米国が交渉決裂の責任をロシアに求め、ウクライナ支援を強化する
いずれの展開も、地域紛争をより大規模な衝突へと拡大させるリスクを含んでいる。また、仮に無条件停戦が成立した場合でも、プーチンが他の要求を取り下げることは考えにくく、その間隙を突いて欧州諸国がウクライナに正規軍を派遣する可能性すらある。この場合、ロシアは停戦を逆手に取られたと感じ、さらなる強硬策に出る懸念がある。
7. トランプのジレンマと戦略的影響
このような状況下で、トランプ大統領は二つの選択肢の間で板挟みになっている。
・ウクライナに譲歩を強制し、和平に向けた合意を図る
・譲歩を強要せず、ロシアとの対立を深めるリスクを抱えながら関与を継続する
後者を選べば、戦争激化の可能性が高まり、トランプ自身が掲げてきた「和平仲介者としてのイメージ」や、「アジアへの戦略的再転換(Pivot back to Asia)」構想――つまり中国封じ込め戦略――が損なわれる。
一方、前者を選んで関与を断ち切れば、西側がウクライナで敗北する可能性が高まり、トランプの退却がロシアの勢力拡大を招いたとして非難される可能性もある。
【要点】
第三者仲介の限界と現状分析
・米国によるロシアとウクライナの和平仲介は当初大きな期待を集めたが、現在は交渉姿勢の硬化により期待が後退している。
・アメリカはロシアに対して制裁や軍事的圧力を強化する一方、ウクライナには「支援打ち切りの可能性」を示唆するにとどまり、圧力のバランスを欠いている。
停戦提案とそれぞれの立場
・ウクライナと西側諸国はロシアに「無条件停戦」を要求したが、プーチンはこれに対し「無条件での二国間協議再開」を提案。
・プーチンはゼレンスキーを正統な国家元首とは認めておらず、首脳会談には応じないと見られる。
・ゼレンスキーはプーチンが提示した協議日(木曜日)にイスタンブール訪問を表明したが、プーチンが出席するかは不明。
ロシアの要求とウクライナの拒否
・プーチンはウクライナに以下の4点を要求している。
(1)憲法上の中立性(NATO非加盟の明文化)
(2)非武装化(軍事力の削減)
(3)非ナチ化(極右勢力の排除)
(4)領土の放棄(クリミアおよびドンバス地域)
・ゼレンスキーはこれらを一切受け入れておらず、トランプもウクライナに譲歩を強制しようとはしていない。
米国の姿勢とロシアの不信
・米国が提示している成果は、戦略的パートナーシップ(エネルギー・レアアース分野)に限定されている。
・ロシア側は、米国が本質的な問題解決を避けて、経済的な利益でロシアを懐柔しようとしていると疑っている。
他の仲介国の限界
・中国やトルコは中立的立場を取るが、ロシア・ウクライナ両国に対して十分な影響力を持たない。
・結果的に、実効的な仲介を行えるのは米国のみである。
仲介失敗による今後のシナリオ
・米国が両国に均衡ある圧力をかけない限り、和平交渉は失敗に終わる可能性が高い。
・その場合、以下の事態が想定される。
(1)ロシアによる戦線拡大(新たな地上作戦の開始)
(2)米国による対ロシア強硬姿勢への転換(軍事支援の拡大)
・停戦成立時に欧州がウクライナへ正規軍を派遣すれば、ロシアの反発を招き、戦線拡大の引き金となる可能性がある。
トランプのジレンマ
・トランプは次の二つの選択肢に直面している。
(1)ウクライナに譲歩を強要し、和平交渉の成立を図る。
(2)譲歩を強要せず、ロシアとの緊張を激化させるリスクを受け入れる。
・前者を選べば、トランプは「ウクライナを見捨てた」と批判される可能性がある。
・後者を選べば、和平仲介者としての評判を失い、中国封じ込め戦略(Pivot to Asia)にも支障をきたす。
・いずれを選んでも、トランプの地政学的レガシーに深刻な影響を与えるリスクがある。
【桃源寸評】
このように、本稿は単なる停戦交渉の失敗ではなく、米国の外交戦略そのものが試練を迎えていることを示唆している。また、トランプが直面する選択が、米国の世界戦略全体に波及しかねない構造的ジレンマであることを詳細に描写している。
米国の外交的限界、ロシア・ウクライナ双方の硬直した立場、第三者仲介の実効性低下、そしてトランプの戦略的ジレンマに焦点を当て、現実的かつ冷徹な分析を展開している。
しかし、以下の点も考慮してはどうだろうか。
核心点
・論者はトランプ氏を「和平の仲介者」として過大に評価しており、ウクライナへの影響力行使を当然視している節がある。
・一方で、ロシア・中国を相手とした地政学的な主導権競争において、特に中国の戦略的手腕や経済・外交的影響力についての評価が不十分である。
・結果として、米国(およびトランプ)の外交的実力が低下しているという現実を直視せず、第三者仲介の限界を「米国が適切に行動すれば打開可能」とする構図で描いている。
本質的な問題の所在
・すでにウクライナ情勢は、米国主導で打開できる局面を過ぎており、同盟国の結束の緩みや国内政治の分断により、米国の「圧力外交」の有効性が減退している。
・トランプ氏個人の資質よりも、アメリカという国家の地政学的影響力が相対的に低下しており、それを知ったロシア・中国が行動を大胆化している。
・「第三者仲介の限界」という表現自体が、実は米国の調停能力の限界を意味しており、それが今回の情勢分析の核心であるべきである。
したがって、Andrew Korybkoの論説は、「トランプ氏の意思や選択」に焦点を当てすぎており、実際にはアメリカの威信と国力の相対的な低下が、ロシア・ウクライナ戦争の帰趨に決定的な影響を与えているという本質を見落としている可能性が高いと言える。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Third-Party Mediation Between Russia & Ukraine Is Approaching Its Limits Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.13
https://korybko.substack.com/p/third-party-mediation-between-russia?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163455146&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email