「米国の半導体産業にとって、中国市場は終わった」2025年06月18日 20:28

Microsoft Designerで作成
【概要】

 米国の半導体産業は、先端コンピューターチップの中国への輸出制限を緩和するよう、これまでに二つの政権に対して働きかけを行ってきた。世界有数のAI用チップメーカーであるNvidiaのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、今月トランプ大統領と政策について協議するため、フロリダ州マール・ア・ラーゴを訪問した。

 しかし、トランプ政権は今週、AIチップの対中販売に新たな制限を課すことを発表し、業界の働きかけは失敗に終わった形となった。この結果、チップメーカー各社は中国向け売上減少を前提に戦略を見直す必要に迫られ、自社の撤退が中国の通信大手ファーウェイを世界的な半導体大手へと押し上げるのではないかとの懸念を強めている。

 政権は火曜日、Nvidia、AMD、IntelによるAIチップ販売の制限を公表した。この措置により、世界最大のチップ輸入国である中国向けの成長市場が事実上閉ざされることとなった。

 制限が明らかになった後の2日間で、Nvidiaの株価は8.4%下落し、AMDは7.4%、Intelは6.8%下落した。

 国際ビジネスストラテジーズの半導体コンサルタント、ハンデル・ジョーンズ氏は「米国の半導体産業にとって、中国市場は終わった」と述べ、中国企業が2030年までに中国国内の主要なチップ市場で多数派を占めると予測している。

 このような状況は、米中間の緊張が世界経済の構造を変えていることの表れである。長年、米国企業は世界中で売れる製品を開発・設計し、中国はそれを製造・購入する役割を担ってきた。しかし過去10年間で、中国は自国製の競合製品を育成し、トランプ氏は関税を課すなどしてこのバランスを変化させてきた。AI技術はこの対立を一層深めている。AIは数兆ドル規模の経済価値を生み出す可能性を持ち、AIの覇権をめぐり米中両国がしのぎを削っている。

 AIの基盤となるのはコンピューターチップである。特にNvidiaはAIシステム構築用チップ市場を支配してきた。同社は一時は時価総額4兆ドルに迫っていたが、最近の株価下落で2.5兆ドル以下となっている。

 バイデン政権は2022年からNvidiaのAIチップを中国が購入することを制限する規則を設けてきた。毎年追加制限が課され、今週ついにNvidiaが中国に販売していた最後のAIチップ「H20」が禁止され、政権はこれを国家及び経済安全保障の観点から必要であると説明した。

 このタイミングはNvidiaにとって最悪であった。フアン氏は今週、中国を訪問し、中国指導者との会合で中国市場の重要性を訴えた。

 フアン氏は「規制に適合する製品を最適化し続け、中国市場にサービスを提供し続ける」と、中国貿易促進会議との会合で述べた。

 フアン氏の発言は、彼が長年懸念してきた事態を示している。彼は米国当局に対し、米国企業が中国で競争できなくなることでファーウェイの台頭が加速すると警告してきたと、事情を知る3人が匿名を条件に明かしている。

 もしファーウェイがシェアを拡大すれば、同社のチップを使って中国が一帯一路構想の一環として世界各地にAIデータセンターを建設する未来が現実味を帯びると、Nvidia社内では見られている。

 ファーウェイはこれまでにも通信市場でエリクソンやノキアを凌駕し、スマートフォンでもAppleに挑んできた。

 しかし、同社の半導体事業には課題がある。米国は中国が台湾でチップを製造することを妨げており、またオランダのASML製の最先端製造装置の購入も制限している。

 CSISのワドワニAIセンターのグレゴリー・C・アレン氏によれば、Nvidiaの旧世代チップは、ファーウェイの最高性能製品より約40%高性能であるという。しかし、米企業の中国市場撤退でファーウェイが新たなビジネスを獲得すれば、その差は縮まる可能性があると同氏は述べる。Nvidiaは今年、中国でH20から160億ドル以上の売上を見込んでいたが、その分がファーウェイの技術開発資金になる恐れがある。

 アレン氏は、政府の規制がファーウェイに中国のAIスタートアップ大手DeepSeekのような顧客をもたらす可能性も指摘している。こうした企業との協業により、ファーウェイは自社チップを制御するソフトウェアを改善できる。この種のソフトウェアはNvidiaの強みの一つであった。

 ファーウェイはコメント要請に応じていない。

 SemiAnalysisのチーフアナリストであるディラン・パテル氏は、ファーウェイの台頭を阻止するためには、中国が米国製の半導体製造装置を購入することを政府が防ぐべきだと述べている。

 米政府は一部の中国企業に米国製機器の購入を認めており、中国企業はその抜け穴を利用して機器を購入し、制裁対象の企業に横流ししているとパテル氏は指摘する。

 アレン氏は「ファーウェイは凄まじい競争相手である。高水準の人材、極めて厳しい企業文化、そして中国政府の強力な支援が揃っている」と述べている。
 
【詳細】 

 米国の半導体産業は、長年にわたり中国市場に依存してきた。とりわけNvidia、AMD、Intelといった企業は、AI(人工知能)関連の先端半導体を中国に大量供給することで収益を拡大してきた。中国は世界で最も多くの半導体を購入する国であり、AI技術の発展に伴い、こうした高性能チップの需要も急増していた。

 しかし、米中間の技術と安全保障をめぐる対立が続く中、米国政府はAI技術が軍事利用など国家安全保障上の脅威になり得るとして、段階的に輸出規制を強化してきた。2022年にバイデン政権が規制を開始し、その後も毎年追加の制限が設けられてきた。そして2025年4月、トランプ政権はついにNvidiaが中国に供給していた最後のAIチップ「H20」にも販売禁止を適用した。このチップは既存の規制を回避するためにNvidiaが設計したものであり、性能をわずかに落とし規制基準を下回る形で中国市場向けに供給されていたが、今回の規制で完全に販売できなくなった。

 この輸出制限により、Nvidia、AMD、Intelといった企業は中国市場での売上を失うこととなった。特にNvidiaは「H20」だけで年間160億ドル以上の売上を中国から得ると予測しており、その損失は極めて大きい。これにより、株価は短期間で大幅に下落した。

 これらの動きは、中国市場を失った米国企業の空白を埋める形で、ファーウェイのような中国企業が自国市場で急速に地位を高める可能性を示唆している。ファーウェイは過去にも、通信機器分野でエリクソンやノキアを追い越し、スマートフォン市場でもAppleに挑んできた実績がある。ただし、最先端の半導体製造に関しては、中国企業は依然として技術面で制約を受けている。先端半導体の量産には、オランダASML製の極端紫外線(EUV)露光装置が不可欠だが、米国の働きかけにより、ASMLは中国への供給を制限している。また、最先端プロセスの多くは台湾での製造に依存しているが、米国は台湾での製造を中国企業に開放しないよう圧力をかけている。

 しかし、技術的な差は徐々に縮小する可能性がある。現在、Nvidiaの旧世代チップはファーウェイ製品よりも約40%性能が高いとされているが、ファーウェイが米企業のシェアを奪って利益を上げれば、その資金を用いて高度なエンジニアを雇い、研究開発を強化することが可能である。また、ファーウェイがDeepSeekのような有力AIスタートアップ企業と連携すれば、Nvidiaが長年強みとしてきたチップ制御ソフトウェアの開発力も向上する可能性がある。

 さらに問題視されているのは、米国が一部の中国企業に半導体製造装置の購入を認めている点である。この抜け道を使い、制裁対象企業に装置が渡る事例が報告されている。SemiAnalysisのパテル氏は、ファーウェイの台頭を防ぐには、このような装置の流入を完全に止める必要があると指摘している。

 ファーウェイは、強い政府支援と質の高い人材、厳格かつ高負荷な企業文化を武器に急速に技術力を伸ばしているとされる。Nvidiaのフアン氏は、これまでも米国政府に対し、輸出規制が自国企業の競争力をそぎ、結果としてファーウェイを利する逆効果を招くと警告してきた。しかし、今回の規制強化により、その懸念が現実味を帯びている。

 米中の技術覇権争いの焦点となるAI分野では、チップ供給網と製造能力、ソフトウェアの開発力が国力を左右する重要要素である。米国政府は国家安全保障を最優先とし、経済的利益よりも技術封じ込めを優先した形であるが、その結果として中国企業の自立と台頭を早めるリスクを抱えている。

【要点】 

 ・米国の半導体産業は、長年にわたり中国市場に高性能AIチップを大量供給し、大きな収益を上げてきた。

 ・NvidiaはAI用チップの世界最大手であり、AMDやIntelも主要供給元である。

 ・中国は世界最大の半導体購入国であり、AI技術の需要拡大とともに米企業にとって重要な市場であった。

 ・米国政府は安全保障上の理由から、中国への先端半導体の輸出規制を段階的に強化してきた。

 ・2022年にバイデン政権が規制を開始し、その後も制限を拡大した。

 ・2025年4月、トランプ政権がNvidiaの最後の中国向けAIチップ「H20」の販売も禁止した。

 ・「H20」は既存規制を回避するために性能を抑えて設計されたが、規制強化により供給が不可能となった。

 ・この発表後、Nvidiaの株価は8.4%、AMDは7.4%、Intelは6.8%下落した。

 ・Nvidiaは「H20」で年間160億ドル超の売上を中国で見込んでいたが、それが失われた。

 ・米国の規制により、中国企業は自国市場で米企業の空白を埋める形でシェア拡大が可能となった。

 ・特にファーウェイは通信機器やスマートフォンで海外企業を追い越した実績を持つ。

 ・ファーウェイのAIチップはNvidiaの旧世代品より約40%性能が低いが、シェア拡大で収益を得れば開発力を高めることができる。

 ・ファーウェイが中国の有力AIスタートアップ企業と協力すれば、チップを制御するソフトウェア技術も向上すると見られている。

 ・米国はASML製の先端半導体製造装置を中国に輸出しないよう制限しており、台湾での製造も中国には開放していない。

 ・しかし、一部の中国企業は米国製装置の購入が許可されており、その抜け道が問題視されている。

 ・SemiAnalysisのパテル氏は、ファーウェイの台頭を防ぐには、装置流入を完全に止める必要があると述べている。

 ・NvidiaのフアンCEOは、輸出規制が米企業の競争力を削ぎ、結果的にファーウェイの成長を助長すると米政府に警告してきた。

 ・AI分野は国際的な技術覇権争いの核心であり、半導体供給網、製造力、ソフトウェア技術が国力を左右する重要要素となっている。

 ・米国政府は国家安全保障を最優先とし、経済利益よりも中国の技術発展封じ込めを重視した措置を継続している。
 
【桃源寸評】🌍

 米国政府は制裁すれば相手を制することが可能と、素朴に考えているのか

 1. 制裁万能論への素朴な依存の問題

 米国政府は、先端技術を国家安全保障の根幹と位置付け、輸出規制や制裁措置を用いて中国の技術的自立を抑止しようとしている。この方針は、短期的には有効に機能し得るが、「制裁さえ科せば相手の発展を止められる」という発想は、現実の技術進化や相手国の適応能力を過小評価している危険がある。

 2. 相手国の代替能力と技術進化の加速

 ファーウェイの例が示す通り、中国企業は制裁により一時的に苦境に陥っても、豊富な政府資金や国内市場の大きさを背景に独自開発を加速させる傾向がある。これは過去の通信機器やスマートフォン分野で証明されてきた現象である。つまり、制裁がむしろ自立を促進する逆効果を持つ。

 3. グローバルサプライチェーンの複雑性を無視

 先端半導体の生産は一国で完結し得ない極めて複雑なグローバルサプライチェーンに依存している。米国が装置や技術を止めても、他国の抜け道を完全に封じるには多大な外交コストと協調が必要である。記事でも指摘されているように、現実には一部の中国企業が装置調達を続ける抜け道が残っている。制裁の効果はしばしば限定的である。

 4. 自国企業への副作用を軽視

 制裁によって中国市場を失えば、Nvidiaのような企業は巨額の売上を失い、研究開発資金が減少する。このことは競争力の低下を招き、結果として相手企業の台頭を助長するリスクがある。つまり、制裁は敵だけでなく自国産業の成長機会も奪う「両刃の剣」である。

 5. 長期視点の戦略不在

 制裁だけに頼り、根本的な技術優位性を維持・拡大するための人材育成、研究投資、同盟国との共同行動といった包括的戦略が不足すれば、いずれ相手国が追いつき追い越す事態を招く。制裁はあくまで時間を稼ぐ手段であり、恒久的な優位を保証する手段ではない。

 6. 結論

 以上を総合すれば、米国政府が「制裁を科せば相手を封じ込められる」という一元的発想に依存するのは、現実の国際技術競争と相手国の適応力を過小評価した危うい政策である。むしろ、制裁のみに頼らず、自国産業の革新能力を高め、国際連携を強化する多層的な戦略こそが必要である。さもなくば、制裁は相手の自立と競争力強化を促す逆風となり、結果として自国の優位を損ねる自滅的手段に転化する危険があると言わざるを得ない。

【寸評 完】🌺

【引用・参照・底本】

U.S. Chipmakers Fear They Are Ceding China’s A.I. Market to Huawei The New York Times 2025.04.18
https://www.nytimes.com/2025/04/18/technology/ai-chips-china-huawei.html

コメント

トラックバック