F-16の対艦攻撃能力強化とその課題2025年03月27日 14:48

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【概要】

 アメリカはF-16戦闘機にAGM-158Cロングレンジ対艦ミサイル(LRASM)を統合し、中国海軍の艦艇に対する遠距離攻撃能力を強化しようとしている。この改修により、F-16はより柔軟な対艦攻撃能力を獲得するが、一方で生存性や運用基盤、ミサイル備蓄の課題も浮上する。

 LRASMの特徴と統合の背景

 LRASMはAGM-158 JASSM(ジョイント空対地スタンドオフミサイル)を基に開発されたステルス性を有する対艦ミサイルであり、受動赤外線センサーによる終端誘導能力や、自律的なルート設定機能を備えている。現在、アメリカ海軍のF/A-18E/Fスーパーホーネットや空軍のB-1爆撃機に搭載されており、従来のAGM-84ハープーンよりも優れた性能を持つ。射程は約965キロメートルで、電子支援装置(ESM)を活用した高度な航行能力を持つ。

 アメリカはインド太平洋地域での紛争を想定し、空中発射型対艦兵器の能力向上を進めており、その一環としてF-16へのLRASM搭載を決定した。F-16は世界的に普及しており、LRASMを装備することで対艦攻撃能力を拡張し、同盟国との協力体制も強化できる可能性がある。しかし、具体的な運用開始時期については不明である。

 F-16の運用上の課題

 F-16は1970年代に設計された戦闘機であり、現代の空戦環境では生存性に課題がある。ステルス能力を持たないため、中国の防空網や高性能レーダーによる探知を受けやすい。F-16は制空権が確保された状況下でのみ効果的に運用可能であると考えられるが、LRASMの長射程を活かせば、敵の防空圏外から攻撃を行うことは可能である。

 また、F-16の航続距離は約860キロメートル(対地攻撃任務時)であり、太平洋戦域の広大な作戦環境では十分とは言えない。航空機の前方展開や空中給油が不可欠となるが、アメリカの前方展開基地(日本、グアムなど)は中国の長距離ミサイルの攻撃対象となり得る。前線基地が破壊されると空中給油能力が制限され、F-16の作戦行動範囲が大きく制約される可能性がある。

 LRASMの供給問題

 F-16へのLRASM統合が進む一方で、ミサイル備蓄の不足が課題として指摘されている。2023年1月の戦略国際問題研究所(CSIS)報告では、台湾を巡る紛争シナリオにおいて、アメリカはわずか1週間でLRASM450発を消費し、再生産には2年を要するとされた。LRASMの価格は1発あたり約300万ドルであり、大量配備は困難である。コスト面や生産能力を考慮すると、十分な弾薬を確保することは現実的に難しい。

 戦略的な影響

 アメリカ空軍がF-16を用いて対艦攻撃能力を強化することは、中国への戦略的圧力を強める狙いがある。しかし、アメリカ空軍が今後、B-21やB-2爆撃機を用いた制空作戦に重点を置くのか、それともF-16を活用した対艦攻撃を主軸にするのかは明確ではない。

 一方、中国本土への攻撃に関しては、核戦争へのエスカレーションリスクがあるものの、限定的な通常攻撃であれば中国が一定の損害を許容する可能性があると指摘されている。ただし、中国軍は高度な防空システムを整備し、アメリカの限定攻撃を抑止しようとしている。

 結論

 F-16へのLRASM統合は、アメリカの対艦攻撃能力を向上させるが、戦場での生存性、運用基盤の脆弱性、ミサイル備蓄の不足といった課題も存在する。特に、広大な太平洋戦域での作戦運用においては、航空機の航続距離や空中給油の確保が重要な要素となる。さらに、LRASMのコストや供給体制の問題を解決しなければ、長期的な運用は難しい。これらの要因を踏まえ、アメリカ軍は戦略の再検討や新たな兵器の導入を進める可能性がある。
 
【詳細】

 F-16の対艦攻撃能力強化とその課題
アメリカは、F-16戦闘機にAGM-158C長距離対艦ミサイル(LRASM)を統合することで、老朽化したF-16を長距離対艦攻撃機へと改修する計画を進めている。この計画の目的は、中国との潜在的な紛争に備えて、アメリカ軍の空中発射対艦ミサイルの運用能力を拡張することである。しかし、この改修には生存性・前方展開基地の脆弱性・ミサイル在庫不足といった課題が伴う。

 F-16とLRASMの統合

 米海軍は、ロッキード・マーティンに対して**コストプラス固定料金方式(Cost-Plus Fixed Fee Delivery Order)でLRASMのF-16への統合・試験を発注した。この契約は海軍航空システムコマンド(Naval Air Systems Command, NAVAIR)**によって実施されている。

 LRASMは、AGM-158 JASSM(統合空対地スタンドオフミサイル)を基に開発された長距離・ステルス性を備えた対艦ミサイルである。このミサイルは受動赤外線画像センサー(passive imaging infrared sensors)を用いた終末誘導と自律航路計画能力を有し、高度な電子戦環境下でも標的を攻撃できる。

 このF-16への統合は、これまでF/A-18E/FスーパーホーネットやB-1爆撃機のみが搭載可能だったLRASMの運用を拡大することを意味する。これにより、アメリカ軍の対艦攻撃力の分散化と柔軟性の向上が期待される。

 LRASM統合の戦略的意義

 F-16は全世界に約3,000機が配備されており、アメリカ空軍だけでも約600機を運用している。この広範な運用体制を活かし、F-16を対艦攻撃任務に投入することで、アメリカの対艦攻撃能力の柔軟性と即応性を向上させることが可能となる。

また、この計画は同盟国への輸出の可能性も含んでおり、台湾やフィリピン、日本などF-16を運用する国々が同様の能力を獲得する可能性がある。これにより、アメリカ主導の対中国戦略において、同盟国の役割を強化することができる。

 F-16の生存性に関する懸念

 しかし、F-16は1970年代に設計された機体であり、ステルス性を持たないため、現代の対空脅威に対して脆弱である。

 『The National Interest』のハリソン・カス(Harrison Kass)は、2024年8月の記事で、現代の防空システムの発展により、F-16は空中優勢が確保された状況でのみ有効であると指摘している。つまり、F-16がLRASMを発射するためには、米軍が制空権を確保している必要がある。

 一方、LRASMの航続距離は965kmと長く、発射母機が中国の防空圏外から攻撃を行うことが可能である。これにより、F-16が最前線に進出せずとも、間接的な打撃力として活用できる。

 LRASMの在庫問題

 LRASMの有効性は高いが、アメリカの在庫量には大きな制約がある。

 戦略国際問題研究所(CSIS)の2023年1月の報告書によると、台湾をめぐる戦争のシミュレーションでは、アメリカは1週間で全在庫450発のLRASMを消費するとされている。しかし、LRASMは1発300万ドルと高価であり、現在の生産ペースでは補充に2年を要する。

 また、2024年7月の『Air & Space Forces Magazine』の記事では、米空軍と国防総省(DOD)がLRASMを必要数確保することは現実的ではないと指摘されている。そのため、より安価な精密誘導兵器(PGM)の開発が進められているが、従来型の誘導兵器は生存性の低下という問題を抱えている。

 F-16の航続距離の制約と前線基地の脆弱性

 F-16の対地・対艦攻撃時の航続距離は約860kmであり、太平洋戦域では長距離運用に向いていない。

 これに対し、米空軍は空中給油機を活用して航続距離を延長する計画だが、『Stimson Center』の2024年12月の報告書では前方展開基地(日本、グアムなど)が中国の長距離ミサイルの標的になるため、空中給油機の運用自体が危険にさらされると指摘されている。

 『National Defense Magazine』のブライアン・クラーク(Brian Clark)は、アメリカ軍がハワイやオーストラリア、アラスカといったより後方の基地からF-16を発進させる必要があると述べている。しかし、この場合、1,000マイル(約1,600km)以上の移動が必要になり、作戦効率が大幅に低下する。

 また、F-16が中国の防空圏外からLRASMを発射しようとすると、直線的な飛行ルートを取ることになり、敵に撃墜されるリスクが高まる。ミサイルの航続距離を超えないようにするため、自由な機動が制限されるためである。

 戦略的視点:空軍の役割の再定義

 アメリカ空軍がF-16にLRASMを統合する意図が対艦攻撃の強化なのか、あるいは中国本土への打撃力強化なのかは明確ではない。

 『RAND』の2024年11月の報告書では、中国はアメリカの限定的な対地攻撃には一定の耐性を持ち、直ちに核報復を行うとは考えにくいとされている。しかし、中国本土の航空基地を攻撃することが作戦の一環となる場合、核戦争のリスクが伴う。

一 方で、F-16の対艦攻撃に焦点を当てる場合、中国の揚陸艦隊や輸送部隊を標的とすることで、台湾侵攻の阻止に寄与する可能性がある。しかし、現代の水上艦艇は高度な防空システムを備えており、1発のミサイルだけで撃破するのは難しい。

 結論

 F-16へのLRASM統合は、アメリカの対艦攻撃能力を向上させるものの、生存性・前方展開能力・ミサイル在庫の制約といった問題が未解決のままである。この戦力が実戦で有効に機能するためには、戦略的な前方基地の防衛強化、ミサイル生産能力の向上、およびF-16の運用ドクトリンの見直しが必要である。
 
【要点】

 F-16へのLRASM統合:概要と課題

 1. F-16へのLRASM統合の目的

 ・アメリカ空軍がF-16に**AGM-158C長距離対艦ミサイル(LRASM)**を統合。

 ・老朽化したF-16を長距離対艦攻撃機として活用する計画。

 ・中国との紛争に備え、空軍の対艦攻撃能力を強化。

 ・F/A-18E/FスーパーホーネットやB-1爆撃機以外の運用機を増やすことで攻撃手段を多様化。

 2. LRASMの特徴

 ・射程:965km(F-16が中国防空圏外から攻撃可能)。

 ・ステルス設計:レーダー被探知率を低減。

 ・自律誘導:敵の電子妨害に強い。

 ・精密攻撃能力:艦船識別能力を備え、誤射リスクを低減。

 3. 戦略的意義

 ・全世界で約3,000機運用されるF-16を活用し、即応性を向上。

 ・台湾・日本・フィリピンなど同盟国への輸出の可能性。

 ・米軍の対艦攻撃能力の分散化による生存性向上。

 4. F-16の生存性の課題

 ・F-16はステルス性を持たないため、敵の防空システムに対して脆弱。

 ・制空権確保が前提(制空権がなければ発射前に撃墜される可能性)。

 ・低高度侵入が必要な場合、対空砲火やミサイルの脅威が増大。

 5. LRASMの在庫問題

 ・米軍のLRASM在庫は約450発(台湾戦争シナリオでは1週間で枯渇)。

 ・生産コスト:約300万ドル/発(補充には2年かかる)。

 ・現状では大量使用に耐えられない。

 6. F-16の航続距離の制約と基地の脆弱性

 ・対艦攻撃時のF-16の航続距離:約860km。

 ・空中給油機に依存するが、前線基地や給油機が標的になるリスクが高い。

 ・ハワイ・オーストラリア・アラスカなど後方基地からの運用は距離が遠すぎる。

 7. 戦略的リスクと中国本土攻撃の懸念

 ・中国の揚陸艦や輸送艦を狙うことで、台湾侵攻阻止に寄与可能。

 ・しかし、現代の艦艇は高度な防空システムを持ち、1発では撃沈困難。

 ・中国本土の基地攻撃に用いる場合、核戦争のリスクが増大。

 8. 結論と今後の課題

 ・F-16のLRASM運用は対艦攻撃能力を強化するが、課題が多い。

 ・生存性確保のために前線基地の防御力向上が必要。

 ・LRASMの増産とコスト削減が不可欠。

 ・運用ドクトリンを見直し、より効率的な使用方法を確立する必要がある。

【引用・参照・底本】

US turning F-16s into stealthy Chinese ship-killers ASIA TIMES 2025.03.24
https://asiatimes.com/2025/03/us-turning-f-16s-into-stealthy-chinese-ship-killers/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=b7e95743e3-DAILY_25_03_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-b7e95743e3-16242795&mc_cid=b7e95743e3&mc_eid=69a7d1ef3c#

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