トランプとナイジェリアでの信教の自由問題 ― 2025年11月06日 12:32
【概要】
2025年10月末、米国大統領ドナルド・トランプは、ナイジェリアで深刻な信教の自由の侵害があるとして同国を「特定懸念国(CPC)」に再指定した。さらに翌日、ナイジェリア政府が「キリスト教徒の殺害を容認し続ける」ならば、軍事行動や米国からの援助の全面停止を辞さないとソーシャルメディアで威嚇した。
ナイジェリアのボラ・アハメド・ティヌブ大統領は、自国がインフレ、通貨安、広範な貧困といった国内問題に直面する政治的に困難な時期にこの脅威を受け、米国との関係において微妙なバランスを取る必要性に迫られている。
【詳細】
米国による措置とナイジェリアの状況
特定懸念国(CPC)の再指定と軍事介入の脅威
・トランプ大統領は10月31日、ナイジェリアを「特定懸念国(CPC)」に再指定した。これは国際信教の自由法(IRFA)に基づき、「特に深刻な信教の自由の侵害に関与または容認した」国に適用される。
・CPC指定は、外交的非難や特定の制裁、援助制限を引き起こす可能性がある。ナイジェリアは2020年に一度指定されたが、2021年にバイデン政権下で解除されていたため、今回の再指定は政策の逆転であり、進展がなければさらなる結果を招くという警告である。
翌日、トランプ大統領はソーシャルメディアで、ナイジェリア政府が「キリスト教徒の殺害を容認し続ける」場合、軍事行動および米国援助の全面停止をちらつかせた。
ナイジェリアの国内情勢:
・ナイジェリアは2億3000万人以上の人口を抱え、インフレ、通貨安、広範な貧困に苦しんでいる。
・国民はイスラム教徒とキリスト教徒がほぼ半々で、ティヌブ大統領自身はイスラム教徒である。
・ナイジェリア政府は「キリスト教徒のジェノサイド」という見方を強く否定しているが、ボコ・ハラムやイスラム国西アフリカ州(ISWAP)のような過激派組織が、教会を標的としたり、聖職者を誘拐したり、キリスト教徒の農村共同体で虐殺を行ったりしている。
米ナイジェリア関係の現状
・歴史的パートナーシップ: 米国はナイジェリアの最大の外国投資家であり、二国間貿易は2024年に130億ドルを超えている。米国はまた、ボコ・ハラムやISWAPへの対策、ギニア湾の海賊行為への対処のために軍事訓練、対テロ支援、限定的な武器販売を含む戦略的な安全保障支援を提供している。
外交的な停滞
・2023年5月の就任以来、ティヌブ大統領はワシントンを訪問せず、外交的な空白を生じさせている。
・2023年9月には世界中のナイジェリア大使を全員召還したが、財政的制約を理由に常任の後任を任命しておらず、米国内を含め臨時代理大使などで対応している。これはナイジェリアの地位に見合うものではないと専門家は指摘している。
・大統領は7月のトランプ大統領と西アフリカ首脳との会合にも欠席した。
限定的な接触
ティヌブ大統領とトランプ政権の接触は限られており、4月にトランプ大統領のアフリカ担当上級顧問であるマッサド・ブロスと会談した程度である。ブロス顧問が「ナイジェリアでの暴力の犠牲者はキリスト教徒だけではない」と公に発言したことは、キリスト教擁護団体の「キリスト教徒ジェノサイド」の主張と異なり、ナイジェリア国内で議論を呼んだが、ワシントンの認識を変えるには至っていない。
ティヌブ大統領への提言
記事では、ティヌブ大統領が信頼を回復し、危機を乗り越えるために以下の具体的措置を提言している。
1.外交的プレゼンスの再構築: ワシントンに全権大使を任命し、ナイジェリアの外交的地位を再確立する。
2.透明性と外部の監視を受け入れる: 「キリスト教徒ジェノサイド」の主張を否定するだけでなく、米国国際信教の自由委員会(USCIRF)や国連、アフリカ連合(AU)などの外部オブザーバーによる評価を受け入れる。
3.宗派間暴力との闘いにおける説明責任の回復: 宗派間暴力の加害者に対して可視的な結果をもたらし、治安部隊への資金供給を改善し、犠牲者への補償を行う。警察は資金不足であり、能力と士気において世界で最低ランクに位置付けられているという懸念がある。
4.ナイジェリア国民の福祉を優先し、暴力の根本原因に対処する: 最低賃金(月額70,000ナイラ、約48ドル)と議員の給与(年間15万〜19万ドル)との間の不均衡を是正する。貧困、若者の失業(8,000万人の若者が失業)、社会的排除といった不安定性の根源に対処するため、教育、雇用創出、農村開発を拡大する。
【要点】
・トランプ米大統領はナイジェリアを信教の自由の「特定懸念国(CPC)」に再指定し、キリスト教徒の殺害が続けば軍事介入と援助停止を警告した。
・ティヌブ大統領は国内の経済危機と治安問題に直面する中、この外交危機への対応に迫られている。
・米ナイジェリア関係は、過去の戦略的パートナーシップから、ナイジェリア側の大使不在などによる「外交的な停滞」へと移行している。
・ナイジェリア政府は「キリスト教徒ジェノサイド」を否定するが、過激派によるキリスト教徒を標的とした暴力は発生しており、米国は対応の改善を求めている。
・今後の対応は、ティヌブ大統領の外交的信頼性と政治的遺産を左右し、CPC指定は安全保障協力や海外投資環境に悪影響を及ぼす可能性がある。
【桃源寸評】🌍
I.ナイジェリアと米国との歴史的経緯
ナイジェリアと米国との関係は、長きにわたり実利的なパートナーシップに基づいてきたと言える。
1.関係の基盤と戦略的協力
・最大の外国投資家
米国はナイジェリアにとって最大の外国投資家であり、特に石油・ガス、卸売貿易、サービスなどの分野に投資が集中している。
・貿易関係
二国間貿易額は2024年に130億ドルを超えており、ナイジェリアは米国製品にとってアフリカでトップクラスの市場である。
・安全保障協力
米国はナイジェリアに対し、軍事訓練、対テロ支援、限定的な武器売却といった戦略的な安全保障支援を提供している。これは、ボコ・ハラムやイスラム国西アフリカ州(ISWAP)のような過激派組織との戦い、およびギニア湾の海賊行為への対処を支援するためである。
・西アフリカの戦略的パートナー
ナイジェリアは、過激主義、移民、民主主義の後退といった複合的な危機に直面する西アフリカ地域において、米国の利益にとって戦略的なパートナーであり続けている。
2.信教の自由問題
・米国は、ナイジェリア国内の信教の自由の侵害について懸念を表明している。
・ナイジェリアは2020年に特定懸念国(CPC)に指定されたが、2021年にバイデン政権によって解除された。
・しかし、今回の記事にあるように、トランプ政権下で再びCPCに再指定され、軍事行動を含む厳しい脅威に直面している。これは、ワシントンがナイジェリア政府に対し、信教に基づく暴力への対応と説明責任の確保を強く要求していることを示すものである。
II.ナイジェリアと中国との関係
ナイジェリアと中国の関係は、戦略的協力と経済的な緊密化を特徴としている。
1.緊密化する戦略的・経済的関係
・戦略的パートナーシップ: ナイジェリアは、中国にとってアフリカで最も重要な戦略的パートナーの一つと見なされている。その魅力は、ギニア湾地域における戦略的位置、巨大な潜在的消費市場、アフリカ連合(AU)などにおける地域的な影響力、そして膨大な石油埋蔵量に依拠している。
・外交関係の緊密化: 1999年の民政移管以降、両国の外交関係は特に緊密化しており、経済関係もこれに連動している。
・貿易の拡大と不均衡: 1990年代半ば以降、両国間の貿易総額は急速に拡大したが、その成長はもっぱらナイジェリア側から中国製品の輸入に牽引されており、ナイジェリアの対中輸出額は輸入総額に比して非常に低い片務的な貿易関係となっている。
2.広範な協力分野
・中国は、鉄道建設、自由貿易区、通貨スワップ、衛星打ち上げといった分野で協力を行ってきた。
・近年では、デジタル経済、グリーン経済、人工知能、原子力発電を含む幅広い分野での連携深化が図られている。
・インフラ整備への関与
中国は、ナイジェリア国内の道路や港湾、鉄道などのインフラプロジェクトに深く関与しており、ナイジェリアの工業化プロセスの加速と自主的な発展能力の向上を支援するとされている。
・安全保障協力
中国は、ナイジェリアの軍事装備や情報収集の支援を含む軍事・安全保障面での協力を展開し、同国の国家安全保障能力の向上を後押ししている。
・「一帯一路」構想
ナイジェリアは、習近平国家主席が提唱する「一帯一路」建設における協力を深めることを推進している。また、「一つの中国」原則を支持し、国連やG20、BRICSでの相互協力を強化する姿勢を示している。
・米国への牽制
中国は、米国がナイジェリアへの「干渉」や「武力行使」を警告していることに対し、警告を発しており、米中間の大国間競争がこの地域にも及んでいる状況がうかがえる。
III.国際信教の自由法(IRFA)とは
国際信教の自由法(International Religious Freedom Act of 1998、略称IRFA)は、1998年に米国議会で可決され、ビル・クリントン大統領によって署名・成立した連邦法である。
この法律は、信教の自由を米国の外交政策における高い優先事項として位置づけ、世界各地での信教の自由の侵害を非難し、他国の政府によるこの基本的権利の促進を支援することを目的としている。
1.IRFAの主な規定
IRFAは、世界における信教の自由を監視し、侵害に対処するために、以下の主要な仕組みを定めている。
(1)特定懸念国(CPC)の指定
・大統領(権限は国務長官に委任)は、世界すべての国における信教の自由の状況を毎年審査し、政府が「特に深刻な信教の自由の侵害」に関与または容認した国を「特定懸念国(Country of Particular Concern: CPC)」として指定することが義務付けられている。
・「特に深刻な侵害」とは、「組織的、継続的、甚だしい信教の自由の侵害」と定義され、これには拷問、起訴なしの長期拘束、強制失踪、その他の生命、自由、または個人の安全の著しい否定が含まれる。
・CPCに指定された国は、外交的非難や特定の制裁、援助制限の対象となる可能性があるが、大統領が国家安全保障上の理由で制裁を免除するウェイバーを適用することも可能である。
(2)特別監視リスト(SWL)の創設(2016年フランク・R・ウルフ国際信教の自由法による)
・CPCの全基準には満たないものの、前年に深刻な信教の自由の侵害に関与または容認した国を「特別監視リスト(Special Watch List: SWL)」に指定することが求められている。
(3)特定懸念主体(EPC)の指定(2016年フランク・R・ウルフ国際信教の自由法による)
・特に深刻な信教の自由の侵害に関与した非国家主体を「特定懸念主体(Entities of Particular Concern: EPC)」として指定することも求められている。
(4)信教の自由担当特任大使職の新設
・国務省内に信教の自由を担当する特任大使職が新設された。
(5)年次報告書の義務化
・国務省に対し、世界各地の信教の自由に関する年次報告書を議会に提出することが義務付けられた。
(6)米国国際信教の自由委員会(USCIRF)の創設
・国外の信教の自由の侵害を監視し、報告する独立した連邦政府機関としてUSCIRFが創設された。
2.IRFAの役割
IRFAは、米国政府の外交政策のツールキットの一部として機能し、信教の自由の侵害に対して外交的、経済的、時に軍事的な圧力をかける根拠となる。
例えば、ナイジェリアがCPCに再指定されたことは、同国政府がキリスト教徒に対する暴力への対応において、米国が定める基準を満たしていないという警告を示すものである。
3.国際信教の自由法(IRFA)の法的性質
国際信教の自由法(IRFA)は、米国の内国法である。
国際信教の自由法(International Religious Freedom Act of 1998)は、アメリカ合衆国議会が制定した連邦法であり、主に米国の外交政策において信教の自由を推進するための仕組みを定めている。
・制定主体: 米国議会
・適用範囲: 米国の外交政策と、その政策を通じて世界各国における信教の自由の状況を評価・監視する活動。
・国際連合(UN)との関係: IRFAは国連で制定された国際法や条約ではない。米国が一方的に制定した法律であり、他国の信教の自由侵害に対応するために、特定懸念国(CPC)の指定や制裁などの措置を定める法的根拠となっている。
4.国際法上の主要な論点
国際信教の自由法(IRFA)のような内国法に基づいて軍事行動や援助停止を他国に課すという威嚇は、国際法上の複数の原則と照らして国際法違反となる可能性がある。
(1)国際法上の主要な論点
トランプ大統領の威嚇について、国際法上特に問題となるのは、国連憲章における武力行使禁止の原則と内政不干渉の原則である。
・武力行使禁止の原則(国連憲章第2条4項)
原則: 国連加盟国は、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対して行うことも、国連の目的と両立しない他のいかなる方法で行うことも、差し控えなければならないとされている。
・ナイジェリアへの軍事行動の威嚇
ナイジェリアに対して軍事行動を行うというトランプ大統領の威嚇は、この国連憲章第2条4項が禁止する「武力による威嚇」に該当する可能性が極めて高い。
例外: 武力の行使が国際法上合法とされるのは、自衛権の行使(国連憲章第51条)として認められる場合、または国連安全保障理事会が国際の平和と安全の維持のために承認した場合(国連憲章第7章)に限定される。ナイジェリアの信教の自由侵害に対する介入は、これらの厳格な例外に通常は該当しないため、国際法違反となる可能性が高い。
(2)内政不干渉の原則
・原則
各国は他国の内政に干渉してはならないという原則である。
・IRFAに基づく措置
国際法は、人権問題など国際社会全体に関わる問題については、一国が外交的非難などの措置をとることを完全に禁止していない。しかし、軍事行動や援助の全面停止といった強制的な手段を用いて他国の政策を強引に変えさせようとする行為は、内政不干渉の原則に違反すると見なされる可能性が高い。
5.経済的強制措置(援助停止)
・援助の全面停止
外国援助の供与は主権国家の裁量に属するが、特定の国に対して内政を強制的に変更させる目的で経済的な強制措置(coercive measures)として大規模かつ全面的な援助停止を行うことは、国際法上の論争の的となる。
・国際法委員会(ILC)の指摘
国際法委員会(ILC)の「国家責任条文」は、国際的に違法な行為を停止させるための対抗措置(Countermeasures)を認めているが、ナイジェリアの信教の自由侵害が国際的に違法な行為であるとしても、軍事行動や不均衡な経済措置は必要性や均衡性の原則を満たさず、違法な対抗措置と見なされる可能性がある。
6.結論
米国が内国法(IRFA)を根拠とすることは、米国内での手続きを正当化するにすぎない。しかし、その内国法に基づく措置として軍事行動の威嚇や強制的な経済措置を他国に課すことは、国連憲章に定める武力行使禁止の原則や内政不干渉の原則といった国際法上の義務に違反する可能性が高い行為であると言える。
【寸評 完】 💚
【引用・参照・底本】
With Trump’s threats of military intervention in Nigeria, Tinubu faces a delicate balancing act Atlantic Council 2025.11.05
https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/with-trumps-threats-of-military-intervention-in-nigeria-tinubu-faces-a-delicate-balancing-act/
2025年10月末、米国大統領ドナルド・トランプは、ナイジェリアで深刻な信教の自由の侵害があるとして同国を「特定懸念国(CPC)」に再指定した。さらに翌日、ナイジェリア政府が「キリスト教徒の殺害を容認し続ける」ならば、軍事行動や米国からの援助の全面停止を辞さないとソーシャルメディアで威嚇した。
ナイジェリアのボラ・アハメド・ティヌブ大統領は、自国がインフレ、通貨安、広範な貧困といった国内問題に直面する政治的に困難な時期にこの脅威を受け、米国との関係において微妙なバランスを取る必要性に迫られている。
【詳細】
米国による措置とナイジェリアの状況
特定懸念国(CPC)の再指定と軍事介入の脅威
・トランプ大統領は10月31日、ナイジェリアを「特定懸念国(CPC)」に再指定した。これは国際信教の自由法(IRFA)に基づき、「特に深刻な信教の自由の侵害に関与または容認した」国に適用される。
・CPC指定は、外交的非難や特定の制裁、援助制限を引き起こす可能性がある。ナイジェリアは2020年に一度指定されたが、2021年にバイデン政権下で解除されていたため、今回の再指定は政策の逆転であり、進展がなければさらなる結果を招くという警告である。
翌日、トランプ大統領はソーシャルメディアで、ナイジェリア政府が「キリスト教徒の殺害を容認し続ける」場合、軍事行動および米国援助の全面停止をちらつかせた。
ナイジェリアの国内情勢:
・ナイジェリアは2億3000万人以上の人口を抱え、インフレ、通貨安、広範な貧困に苦しんでいる。
・国民はイスラム教徒とキリスト教徒がほぼ半々で、ティヌブ大統領自身はイスラム教徒である。
・ナイジェリア政府は「キリスト教徒のジェノサイド」という見方を強く否定しているが、ボコ・ハラムやイスラム国西アフリカ州(ISWAP)のような過激派組織が、教会を標的としたり、聖職者を誘拐したり、キリスト教徒の農村共同体で虐殺を行ったりしている。
米ナイジェリア関係の現状
・歴史的パートナーシップ: 米国はナイジェリアの最大の外国投資家であり、二国間貿易は2024年に130億ドルを超えている。米国はまた、ボコ・ハラムやISWAPへの対策、ギニア湾の海賊行為への対処のために軍事訓練、対テロ支援、限定的な武器販売を含む戦略的な安全保障支援を提供している。
外交的な停滞
・2023年5月の就任以来、ティヌブ大統領はワシントンを訪問せず、外交的な空白を生じさせている。
・2023年9月には世界中のナイジェリア大使を全員召還したが、財政的制約を理由に常任の後任を任命しておらず、米国内を含め臨時代理大使などで対応している。これはナイジェリアの地位に見合うものではないと専門家は指摘している。
・大統領は7月のトランプ大統領と西アフリカ首脳との会合にも欠席した。
限定的な接触
ティヌブ大統領とトランプ政権の接触は限られており、4月にトランプ大統領のアフリカ担当上級顧問であるマッサド・ブロスと会談した程度である。ブロス顧問が「ナイジェリアでの暴力の犠牲者はキリスト教徒だけではない」と公に発言したことは、キリスト教擁護団体の「キリスト教徒ジェノサイド」の主張と異なり、ナイジェリア国内で議論を呼んだが、ワシントンの認識を変えるには至っていない。
ティヌブ大統領への提言
記事では、ティヌブ大統領が信頼を回復し、危機を乗り越えるために以下の具体的措置を提言している。
1.外交的プレゼンスの再構築: ワシントンに全権大使を任命し、ナイジェリアの外交的地位を再確立する。
2.透明性と外部の監視を受け入れる: 「キリスト教徒ジェノサイド」の主張を否定するだけでなく、米国国際信教の自由委員会(USCIRF)や国連、アフリカ連合(AU)などの外部オブザーバーによる評価を受け入れる。
3.宗派間暴力との闘いにおける説明責任の回復: 宗派間暴力の加害者に対して可視的な結果をもたらし、治安部隊への資金供給を改善し、犠牲者への補償を行う。警察は資金不足であり、能力と士気において世界で最低ランクに位置付けられているという懸念がある。
4.ナイジェリア国民の福祉を優先し、暴力の根本原因に対処する: 最低賃金(月額70,000ナイラ、約48ドル)と議員の給与(年間15万〜19万ドル)との間の不均衡を是正する。貧困、若者の失業(8,000万人の若者が失業)、社会的排除といった不安定性の根源に対処するため、教育、雇用創出、農村開発を拡大する。
【要点】
・トランプ米大統領はナイジェリアを信教の自由の「特定懸念国(CPC)」に再指定し、キリスト教徒の殺害が続けば軍事介入と援助停止を警告した。
・ティヌブ大統領は国内の経済危機と治安問題に直面する中、この外交危機への対応に迫られている。
・米ナイジェリア関係は、過去の戦略的パートナーシップから、ナイジェリア側の大使不在などによる「外交的な停滞」へと移行している。
・ナイジェリア政府は「キリスト教徒ジェノサイド」を否定するが、過激派によるキリスト教徒を標的とした暴力は発生しており、米国は対応の改善を求めている。
・今後の対応は、ティヌブ大統領の外交的信頼性と政治的遺産を左右し、CPC指定は安全保障協力や海外投資環境に悪影響を及ぼす可能性がある。
【桃源寸評】🌍
I.ナイジェリアと米国との歴史的経緯
ナイジェリアと米国との関係は、長きにわたり実利的なパートナーシップに基づいてきたと言える。
1.関係の基盤と戦略的協力
・最大の外国投資家
米国はナイジェリアにとって最大の外国投資家であり、特に石油・ガス、卸売貿易、サービスなどの分野に投資が集中している。
・貿易関係
二国間貿易額は2024年に130億ドルを超えており、ナイジェリアは米国製品にとってアフリカでトップクラスの市場である。
・安全保障協力
米国はナイジェリアに対し、軍事訓練、対テロ支援、限定的な武器売却といった戦略的な安全保障支援を提供している。これは、ボコ・ハラムやイスラム国西アフリカ州(ISWAP)のような過激派組織との戦い、およびギニア湾の海賊行為への対処を支援するためである。
・西アフリカの戦略的パートナー
ナイジェリアは、過激主義、移民、民主主義の後退といった複合的な危機に直面する西アフリカ地域において、米国の利益にとって戦略的なパートナーであり続けている。
2.信教の自由問題
・米国は、ナイジェリア国内の信教の自由の侵害について懸念を表明している。
・ナイジェリアは2020年に特定懸念国(CPC)に指定されたが、2021年にバイデン政権によって解除された。
・しかし、今回の記事にあるように、トランプ政権下で再びCPCに再指定され、軍事行動を含む厳しい脅威に直面している。これは、ワシントンがナイジェリア政府に対し、信教に基づく暴力への対応と説明責任の確保を強く要求していることを示すものである。
II.ナイジェリアと中国との関係
ナイジェリアと中国の関係は、戦略的協力と経済的な緊密化を特徴としている。
1.緊密化する戦略的・経済的関係
・戦略的パートナーシップ: ナイジェリアは、中国にとってアフリカで最も重要な戦略的パートナーの一つと見なされている。その魅力は、ギニア湾地域における戦略的位置、巨大な潜在的消費市場、アフリカ連合(AU)などにおける地域的な影響力、そして膨大な石油埋蔵量に依拠している。
・外交関係の緊密化: 1999年の民政移管以降、両国の外交関係は特に緊密化しており、経済関係もこれに連動している。
・貿易の拡大と不均衡: 1990年代半ば以降、両国間の貿易総額は急速に拡大したが、その成長はもっぱらナイジェリア側から中国製品の輸入に牽引されており、ナイジェリアの対中輸出額は輸入総額に比して非常に低い片務的な貿易関係となっている。
2.広範な協力分野
・中国は、鉄道建設、自由貿易区、通貨スワップ、衛星打ち上げといった分野で協力を行ってきた。
・近年では、デジタル経済、グリーン経済、人工知能、原子力発電を含む幅広い分野での連携深化が図られている。
・インフラ整備への関与
中国は、ナイジェリア国内の道路や港湾、鉄道などのインフラプロジェクトに深く関与しており、ナイジェリアの工業化プロセスの加速と自主的な発展能力の向上を支援するとされている。
・安全保障協力
中国は、ナイジェリアの軍事装備や情報収集の支援を含む軍事・安全保障面での協力を展開し、同国の国家安全保障能力の向上を後押ししている。
・「一帯一路」構想
ナイジェリアは、習近平国家主席が提唱する「一帯一路」建設における協力を深めることを推進している。また、「一つの中国」原則を支持し、国連やG20、BRICSでの相互協力を強化する姿勢を示している。
・米国への牽制
中国は、米国がナイジェリアへの「干渉」や「武力行使」を警告していることに対し、警告を発しており、米中間の大国間競争がこの地域にも及んでいる状況がうかがえる。
III.国際信教の自由法(IRFA)とは
国際信教の自由法(International Religious Freedom Act of 1998、略称IRFA)は、1998年に米国議会で可決され、ビル・クリントン大統領によって署名・成立した連邦法である。
この法律は、信教の自由を米国の外交政策における高い優先事項として位置づけ、世界各地での信教の自由の侵害を非難し、他国の政府によるこの基本的権利の促進を支援することを目的としている。
1.IRFAの主な規定
IRFAは、世界における信教の自由を監視し、侵害に対処するために、以下の主要な仕組みを定めている。
(1)特定懸念国(CPC)の指定
・大統領(権限は国務長官に委任)は、世界すべての国における信教の自由の状況を毎年審査し、政府が「特に深刻な信教の自由の侵害」に関与または容認した国を「特定懸念国(Country of Particular Concern: CPC)」として指定することが義務付けられている。
・「特に深刻な侵害」とは、「組織的、継続的、甚だしい信教の自由の侵害」と定義され、これには拷問、起訴なしの長期拘束、強制失踪、その他の生命、自由、または個人の安全の著しい否定が含まれる。
・CPCに指定された国は、外交的非難や特定の制裁、援助制限の対象となる可能性があるが、大統領が国家安全保障上の理由で制裁を免除するウェイバーを適用することも可能である。
(2)特別監視リスト(SWL)の創設(2016年フランク・R・ウルフ国際信教の自由法による)
・CPCの全基準には満たないものの、前年に深刻な信教の自由の侵害に関与または容認した国を「特別監視リスト(Special Watch List: SWL)」に指定することが求められている。
(3)特定懸念主体(EPC)の指定(2016年フランク・R・ウルフ国際信教の自由法による)
・特に深刻な信教の自由の侵害に関与した非国家主体を「特定懸念主体(Entities of Particular Concern: EPC)」として指定することも求められている。
(4)信教の自由担当特任大使職の新設
・国務省内に信教の自由を担当する特任大使職が新設された。
(5)年次報告書の義務化
・国務省に対し、世界各地の信教の自由に関する年次報告書を議会に提出することが義務付けられた。
(6)米国国際信教の自由委員会(USCIRF)の創設
・国外の信教の自由の侵害を監視し、報告する独立した連邦政府機関としてUSCIRFが創設された。
2.IRFAの役割
IRFAは、米国政府の外交政策のツールキットの一部として機能し、信教の自由の侵害に対して外交的、経済的、時に軍事的な圧力をかける根拠となる。
例えば、ナイジェリアがCPCに再指定されたことは、同国政府がキリスト教徒に対する暴力への対応において、米国が定める基準を満たしていないという警告を示すものである。
3.国際信教の自由法(IRFA)の法的性質
国際信教の自由法(IRFA)は、米国の内国法である。
国際信教の自由法(International Religious Freedom Act of 1998)は、アメリカ合衆国議会が制定した連邦法であり、主に米国の外交政策において信教の自由を推進するための仕組みを定めている。
・制定主体: 米国議会
・適用範囲: 米国の外交政策と、その政策を通じて世界各国における信教の自由の状況を評価・監視する活動。
・国際連合(UN)との関係: IRFAは国連で制定された国際法や条約ではない。米国が一方的に制定した法律であり、他国の信教の自由侵害に対応するために、特定懸念国(CPC)の指定や制裁などの措置を定める法的根拠となっている。
4.国際法上の主要な論点
国際信教の自由法(IRFA)のような内国法に基づいて軍事行動や援助停止を他国に課すという威嚇は、国際法上の複数の原則と照らして国際法違反となる可能性がある。
(1)国際法上の主要な論点
トランプ大統領の威嚇について、国際法上特に問題となるのは、国連憲章における武力行使禁止の原則と内政不干渉の原則である。
・武力行使禁止の原則(国連憲章第2条4項)
原則: 国連加盟国は、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対して行うことも、国連の目的と両立しない他のいかなる方法で行うことも、差し控えなければならないとされている。
・ナイジェリアへの軍事行動の威嚇
ナイジェリアに対して軍事行動を行うというトランプ大統領の威嚇は、この国連憲章第2条4項が禁止する「武力による威嚇」に該当する可能性が極めて高い。
例外: 武力の行使が国際法上合法とされるのは、自衛権の行使(国連憲章第51条)として認められる場合、または国連安全保障理事会が国際の平和と安全の維持のために承認した場合(国連憲章第7章)に限定される。ナイジェリアの信教の自由侵害に対する介入は、これらの厳格な例外に通常は該当しないため、国際法違反となる可能性が高い。
(2)内政不干渉の原則
・原則
各国は他国の内政に干渉してはならないという原則である。
・IRFAに基づく措置
国際法は、人権問題など国際社会全体に関わる問題については、一国が外交的非難などの措置をとることを完全に禁止していない。しかし、軍事行動や援助の全面停止といった強制的な手段を用いて他国の政策を強引に変えさせようとする行為は、内政不干渉の原則に違反すると見なされる可能性が高い。
5.経済的強制措置(援助停止)
・援助の全面停止
外国援助の供与は主権国家の裁量に属するが、特定の国に対して内政を強制的に変更させる目的で経済的な強制措置(coercive measures)として大規模かつ全面的な援助停止を行うことは、国際法上の論争の的となる。
・国際法委員会(ILC)の指摘
国際法委員会(ILC)の「国家責任条文」は、国際的に違法な行為を停止させるための対抗措置(Countermeasures)を認めているが、ナイジェリアの信教の自由侵害が国際的に違法な行為であるとしても、軍事行動や不均衡な経済措置は必要性や均衡性の原則を満たさず、違法な対抗措置と見なされる可能性がある。
6.結論
米国が内国法(IRFA)を根拠とすることは、米国内での手続きを正当化するにすぎない。しかし、その内国法に基づく措置として軍事行動の威嚇や強制的な経済措置を他国に課すことは、国連憲章に定める武力行使禁止の原則や内政不干渉の原則といった国際法上の義務に違反する可能性が高い行為であると言える。
【寸評 完】 💚
【引用・参照・底本】
With Trump’s threats of military intervention in Nigeria, Tinubu faces a delicate balancing act Atlantic Council 2025.11.05
https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/with-trumps-threats-of-military-intervention-in-nigeria-tinubu-faces-a-delicate-balancing-act/

