肉體上の禍害が精神上の幸福であつた事2022-12-18 22:35

繪本道化遊 全
 『アメリカ樣 全』宮武外骨 著

 (二六頁)
 肉體上の禍害が精神上の幸福であつた事       2022.12.18

心身同一體と見れば、禍が転じて福となつたとも云へやう、三年八ヶ月の在獄は、予の一代に於ける最大の苦痛であつた、さりながら逆境に處して其苦痛を他へ轉換する方策を考へ、精神の修養と身體の鍛錬に注意し、日夜心理學の研究に没頭した、その利益は出獄後より今日までにも續き、奇抜の妙想、苛烈の言動、天下無類の創業、毀譽褒貶を氣にせず、偽惡人と呼號して憚らず、冷嘲熱罵、反上抗官、直言直筆、不撓不屈、過激執拗、官僚や軍閥を敵として終始かはらず、貴族富豪を嫌つて其存在を呪ふなど、所謂威武に屈せず、富貴に淫せず、顧みて衷に疚しき事なく、俯仰天地に恥ぢる所なしとして、意志堅實、強情我慢に我儘氣儘を押し通せたのも、皆是れ三年八ヶ月間、モツソウ飯を食つた報償だと思つて居る
これを肉體上の禍害が精神上の幸福であつたと見て居るのである、予が若し三年八ヶ月間入獄しなかつたならば、當時酒色に耽溺の放縱者、其後如何なる境遇の者になつたか知れない、これを想へば禍が転じて福となつた予の入獄は誠に仕合せであり、また官僚の迫害に對する反抗心が、予の一代をスネモノに造り上げたものと見れば、どうであらうか

引用・参照・底本

『アメリカ樣』宮武外骨 著 昭和二十一年五月三日發行 藏六文庫
『繪本道化遊 全』宮武外骨 著 明治四十四年二月十日發行 雅俗文庫

(国立国会図書館デジタルコレクション)