米國と太平洋 序 ― 2023-03-11 18:09
『米國と太平洋』マスターオブアーツ 大島高精 著
(一-四頁)
序
人間の歷史には反動の心理が微妙に動いてゐる。政治も外交も、經濟も社會も而して宗教も思想も、其生活に此心理を否定する事が出來ぬ。
第十七八世紀の交・新裝した國際主義、第十九世紀に擡頭しな國家主義、何れも其色調を深く且つ高くしてゐる。殊に大戰後の世界は、表面世界平和を理想する國際主義を裝ひつゝも、事實戰前以上に強烈な排他的國家主義を信奉しつつ、唯此一路を直進してゐる。然るに我國民は輕卒にも、彼等の巧妙な表現に幻覺して、之を盲信する外に何等の批判をも有して居らぬ。國家の危險は此間に醞醸され、米國の野心は此間隙を突く可く敏感であつた。排日移民法の如きは唯其一反映に過ぎぬ。
米國さ太平洋!夫れは米國が國策擴充の為に決定せねばならと高唱し來れる、所謂第二十世紀の重大問題であり、米西戰爭以來洋上利權を獲得すると共に亞細亞大陸政策が樹立した。過去二十四年間の極東政策は、眞に米國の帝國主義進化論を讀むの觀がある。而も其米國は今や日本を想定敵國として百方畫策してゐるが、此意味に於て彼れの眞相を直視するや否やは、軈て對米國策が樹立するや否やの間題であると同時に、國家の興廢、國民の盛衰如何を決定する起準となる。著者が本書を公けにせんとする一念は此處にある。
本書は米國の政治思想史であり、外交史論であると共に、三百年史を通ずる亞米利加主義の進化論である。殊に米西戰爭以前に於ける侵略主義及び其後に於けるネ—ヴァリズムと共に發達した帝國主義史論であるが ,更に夫れが大戰後のミリタリズムを生み出した經緯は擧げて本書中之を明確にした。去り乍ら著者の切望する所は啻に米國史を大觀して、其の眞相を檢討するに止まらぬ。卽ち之によりて國民の愛國心を刺戟し、兎もすれば低調せんとする國家精神生活に躍進あらしめたい。更に國民が自殺に等しい米化文明の模倣から開放せられ、眞に國家愛の精神生活によりてのみ創造せらるゝ新國家の建設を待望する。
著者曩に『戰前戰後の世界』の著を公けにし、書中米國の今日ある所以に言及したが、其豫言は不幸にして適中し、遂に現下の日米關係となつてゐる。本書容るゝ所の未來觀が、若し適中する事なくして止むならば幸ひであるが、夫れは斷じて帝國々民の期待であつてはならぬ。殊に米國史を一貫して躍動しつゝある一脉の流れを檢討すれば、必ずや顧みて我國民の内的生活に油然たる祖國愛を感ず可き筈である。若し夫れ國家主義精神を偏狭な時代錯誤の思想的生産なりと論難するに至りては、夫れは亡國民的妄想であり、外來思想の皮相觀に禍ひせられた病想である此意味に於ても本書は讀者に對し、必ず何をか暗示し得るさ信ずる。
終りに本書稿を脱し、之を刊行するに至らしめたのは、親友法學士盬月學兄の激勵と聲援とに負ふ所が多い。之れ余の最も感謝する所である。
記して以て序言とする。
大正十三年十一月十五日
著 者 識
引用・参照・底本
『米國と太平洋』大島高精 著 大正十三年十二月二日發行 新政倶樂部
(国立国会図書館デジタルコレクション)
(一-四頁)
序
人間の歷史には反動の心理が微妙に動いてゐる。政治も外交も、經濟も社會も而して宗教も思想も、其生活に此心理を否定する事が出來ぬ。
第十七八世紀の交・新裝した國際主義、第十九世紀に擡頭しな國家主義、何れも其色調を深く且つ高くしてゐる。殊に大戰後の世界は、表面世界平和を理想する國際主義を裝ひつゝも、事實戰前以上に強烈な排他的國家主義を信奉しつつ、唯此一路を直進してゐる。然るに我國民は輕卒にも、彼等の巧妙な表現に幻覺して、之を盲信する外に何等の批判をも有して居らぬ。國家の危險は此間に醞醸され、米國の野心は此間隙を突く可く敏感であつた。排日移民法の如きは唯其一反映に過ぎぬ。
米國さ太平洋!夫れは米國が國策擴充の為に決定せねばならと高唱し來れる、所謂第二十世紀の重大問題であり、米西戰爭以來洋上利權を獲得すると共に亞細亞大陸政策が樹立した。過去二十四年間の極東政策は、眞に米國の帝國主義進化論を讀むの觀がある。而も其米國は今や日本を想定敵國として百方畫策してゐるが、此意味に於て彼れの眞相を直視するや否やは、軈て對米國策が樹立するや否やの間題であると同時に、國家の興廢、國民の盛衰如何を決定する起準となる。著者が本書を公けにせんとする一念は此處にある。
本書は米國の政治思想史であり、外交史論であると共に、三百年史を通ずる亞米利加主義の進化論である。殊に米西戰爭以前に於ける侵略主義及び其後に於けるネ—ヴァリズムと共に發達した帝國主義史論であるが ,更に夫れが大戰後のミリタリズムを生み出した經緯は擧げて本書中之を明確にした。去り乍ら著者の切望する所は啻に米國史を大觀して、其の眞相を檢討するに止まらぬ。卽ち之によりて國民の愛國心を刺戟し、兎もすれば低調せんとする國家精神生活に躍進あらしめたい。更に國民が自殺に等しい米化文明の模倣から開放せられ、眞に國家愛の精神生活によりてのみ創造せらるゝ新國家の建設を待望する。
著者曩に『戰前戰後の世界』の著を公けにし、書中米國の今日ある所以に言及したが、其豫言は不幸にして適中し、遂に現下の日米關係となつてゐる。本書容るゝ所の未來觀が、若し適中する事なくして止むならば幸ひであるが、夫れは斷じて帝國々民の期待であつてはならぬ。殊に米國史を一貫して躍動しつゝある一脉の流れを檢討すれば、必ずや顧みて我國民の内的生活に油然たる祖國愛を感ず可き筈である。若し夫れ國家主義精神を偏狭な時代錯誤の思想的生産なりと論難するに至りては、夫れは亡國民的妄想であり、外來思想の皮相觀に禍ひせられた病想である此意味に於ても本書は讀者に對し、必ず何をか暗示し得るさ信ずる。
終りに本書稿を脱し、之を刊行するに至らしめたのは、親友法學士盬月學兄の激勵と聲援とに負ふ所が多い。之れ余の最も感謝する所である。
記して以て序言とする。
大正十三年十一月十五日
著 者 識
引用・参照・底本
『米國と太平洋』大島高精 著 大正十三年十二月二日發行 新政倶樂部
(国立国会図書館デジタルコレクション)
WHY THE AFGHAN SECURITY FORCES COLLAPSED ― 2023-03-11 19:58
