料理屋の二色2023-03-12 16:51

近江蕪村九老画譜
 『鄥其山漫文 生ける支那の姿』

 (九四-九九頁)
 料理屋の二色

 上海の今日の人口は、三百四十萬人と云ふことである。そして上海は、世界人類の展覧會場である。世界三十餘國の人間か集まつて居るとよく言ふところだ。其三三百四十萬人の三百三十萬人以上は、實は中国人であつて、殘る六、七萬の外國人が賓に言はれる處の三十餘國の人間であるから、上海に居る者でも、果して三十餘筒國の人を見たかと云はれると、恐らく見た人は一人もないであらうと思ふ。其筈だ、六、七萬人の外国人の中で最多数が日本人で、三萬人、それから印度人を加へた英國人か、露西亞人が第二位となり米國(比律賓人を加へて)とか、佛蘭西とか、獨逸、葡萄牙、西班牙と云ふ順序になるであらう。此れだけ位迄は各國とも最少か数百人であらうが、此以外の国々になると、何十人とか十人とか二人とか云ふ國さへも十個國に餘るのであるから、展覧會々々々とさも見て來た樣に言ふが、それはそう云ふ話であるといふわけだ。其上海居住者の収入を一流、二流、三流と三つに大別して見ると、失張り歐米人が一流で、日本人が二流で支那人が三流になる樣である。ロシヤ人は恐らくは、今日では支那人と同じ位の収入であらうと思ふ。そして此の大別を料理屋に適用すると、洋食と日本食と支那食とロシヤ食とになる。其料理の値段は、どれが一番高いかと云ふと、それは日本料理屋である。次が洋食屋、(歐米人經營の)次ぎが支那料理屋で、ロシヤ料理は支那料理と差不多である。最も美しい、つまり眼の料理は日本料理で、最も香ぱしい、つまり鼻の料理は洋食で、最も甘い、つまり口に食ふ料理は支那食である。ロシヤ料理は、此處に於いて又支那料理に近いものである。支那人と、ロシア人とは、其収入と料理屋の値段とが、正比例して居る樣であつて、歐米人も恐らく正比例と思はれる。獨り日本人丈けは其収入に於て二流にありながら、料理屋の値は最高にあると云ふことは、全く反比例にある。私は英語もロシヤ語も知らぬから、歐米人とロシヤ人との事を除いて、只日本人と支那人とに就いてだけ云ふ。以下兩國料理の差異を並べて何かの参考にしようと思ふ。

 高い長い塀を圍らした、堂々たる門をはいつて、ひろい植え込みの庭を通つて、電燈まばゆい御殿のやうな家の玄關に立つと、美しく着飾つた仲居さんが、案内に出て呉れる。誠に丁寧に挨拶して呉れる。導かれて二階の座敷へ通る。金屏風に金唐紙で、青い畳を圍んだ大廣間、見上げると天井は、薩摩杉の舛形天井、長押の大額は、貫名海屋の一筆、床の掛軸は竹田の山水、青磁の香爐は名香ゆるやかに上り、古銅の花瓶には寒椿の一輪が生けてある。運ぱれる坐蒲團は我等の手足が觸れると、ぱりぱり音をたてる八反織、桐の胴丸の手あぷり、いぷし銀の茶卓には、九谷焼の茶碗、更らに高蒔繪の膳碗、有田、清水焼の皿鉢に鯛と鮪の紅白造り、嗚呼なんと云ふ美しさであらうか、實際限の料理とはよく言うた。徹頭徹尾美しい料理である。此れ實に日本料理屋が常に専念しなければならぬ點である。

 車馬の往來にさへ不自由な街に、軒を並べた料理屋の入口の一方では、油でにしめた樣な着物を着た男が、二三人卓子にもたれてちゆんと手鼻をやりながら、小蝦のむき身を積んで居る。庭には穢ならしい男が、何やら聲高にしゃべりながら、出入して居る。是等の人々に何か指圖して居る二三人、鹿爪らしく帳面を開いて、みゝずの樣な字をのたくつて居る。厨房から來る油の煙が、蒙々と入つて來る。お客を先づ煙に捲く。二階へ上ると油着物の茶房(ボーイ)が油びかりの面をヌツと突出して曰く。
 先生幾個人呀。と聞く。案内されて房子(部屋)へはいる。房子と云ふても丁度目かくし位の高さでペンキ塗の板で仕切られた、四畳半位の廣さである。卓子が一個と、椅子が幾個か置いてある。
 圓い板を持つて來て、卓子に載せて紅い布わかけると、これで八仙卓子となつて、毛巾が來る。多くの場合は汚れて茶色位になつて居る。卓子の上には水菓、糖菓、などが盛られて出る、西瓜子が出る。
 やがて四冷盆が出る。象牙の箸はたいがい茶色になつて居る。順々に運び出される炒莱炸条、烤菜、素菜、葷菜、湯など私等の眼に美しいと思ふ樣な物は極めて少なく多くはこれ猫のヘド然たる物で、見て居るだけでは随分と氣持の惡いものが並ぷ。其の上にかけ碗かけ皿を平氣で出す。一層感じが惡るい。
 敢へて、厨房の隣が便所で、汚水溜が親類然と同居して居ることなどは云ふ事を止めるが、然かしこれで支那料理屋は、常に無關心で居られるのである。
 然かし料理は眼で見るだけであつたり、鼻で香ぐばかりでは、未だ料理の本質を云々することは出來ない。料理はどうしても食うて、而して後に其本質を言はねぱならぬ。こうなると日本料理が僅かに日本人だけの賞味より外上らないに(スキ焼を除く)反して支那料理が世界人の食卓を賑し、而も彼の傲慢なる歐米人をして、どうしても、已むを得ざるものとして涙をふるつて、支那料理は世界第一であると賞讚せしめて居るのは一體何を語るものであるか。

 私かく自分で書きながら、非常に考へさせられる事の多いことを思ふ。敢へて言ふ。よい加減な支那談の尻馬に乘つて、支那を冷笑したり、惡罵したりすることを止めて、昧うて見よ、嚙みしめて見よ、と。

引用・参照・底本

『鄥其山漫文 生ける支那の姿』内山完造著 昭和十一年六月五日第三版 學藝書院

(国立国会図書館デジタルコレクション)