イスラエルのシリアでの「ショック・アンド・オー」作戦の背景2024年12月13日 19:21

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【概要】
  
 イスラエルによるシリアでの「ショック・アンド・オー」作戦の背景について、以下のように説明する。

 イスラエルは、シリアのアサド政権が崩壊し、テロ組織指定を受けているトルコ支援下のハヤート・タハリール・アル=シャーム(HTS)による新政権が成立した後、同国に対して約500回の攻撃を行った。この大規模作戦の目的は「防衛地帯の無力化」であり、ゴラン高原の緩衝地帯を越え、シリア・レバノン国境沿いに進出し、ダマスカスからわずか数キロの地点にまで到達している。

 この作戦は現在も進行中であり、イスラエルがさらにシリア深部やレバノンを迂回してヒズボラを攻撃する可能性がある。また、ゴラン高原のイスラエル占領地をシリア側に拡張し、さらには南シリアでドルーズ派を武装化させることで、独立はしないまでもクライアント国家を形成する可能性もある。これらは「大イスラエル計画」の一環と見なされる。

 ロシアの国連常駐代表ヴァシリー・ネベンジアは、イスラエルによるシリアへの「継続的な侵略」を非難した。一方で、イスラエルの「非軍事化」作戦は、旧ソ連およびロシア製の戦略兵器がトルコ経由でウクライナに送られることを防ぐとも言える。これらの兵器は反乱軍やテロリストでは運用できないため、彼らが西側支援者への支払いとして渡す可能性があったが、破壊されたことでその可能性が消えた。

 この結果、ロシアにとって軍事技術的な機会が生じた可能性がある。ロシア科学アカデミーの研究者イブラギム・イブラギモフは、新たなシリア軍を編成するためにロシアの軍事教官が協力する可能性を指摘している。このため、ロシアの国営メディアは、シリア政権交代に対して抑制的な反応を示していると考えられる。

 さらに、イスラエルがシリアの戦略兵器を今になって破壊した理由については、アサド政権よりもHTSをより大きな脅威と見なしているためであると考えられる。アサド政権は予測可能であり、イスラエルにとって管理可能な存在であったが、HTSはイデオロギー的に動機づけられた組織であり、戦略兵器を使用してイスラエルに対する攻撃を行う可能性が高い。

 こうした背景から、イスラエルの作戦の動機は以下の通りである。

 1.HTSをアサド政権以上の脅威と見なしていること。
 2.レバノンおよびシリアでの軍事戦略的目標の追求。
 3.領土拡張を目指す「大イスラエル計画」の可能性。

 一方で、以下のような意図しない結果ももたらしている。

 1.バイデン政権によるアフガニスタン撤退の失策がさらに際立つこと。
 2.シリアの重装備がウクライナに渡ることが防がれること。
 3.ロシアがシリアでの軍事的存在を維持する可能性が高まること。

【詳細】

 イスラエルによる今回のシリアでの大規模攻撃作戦は、地域の戦略的環境に深い影響を与えており、政治的、軍事的、そして地政学的な要因が複雑に絡み合っている。これをさらに詳しく解説する。

 作戦の背景と目的

 イスラエルがシリアで展開している「ショック・アンド・オー」作戦は、次の主要な目的に基づいている。

 1.「防衛地帯」の確立

 イスラエルの主要な目標は、ゴラン高原周辺を「無力化」し、将来的な脅威を排除することである。この地域は長年にわたり、イスラエルにとって安全保障上の最優先課題であり、特にヒズボラやイラン革命防衛隊(IRGC)の活動が懸念されてきた。新たに成立したHTS政権は、これまでのアサド政権以上に予測不能で危険な存在と見なされており、彼らが支配するシリアの状況に対応する必要があった。

 2.戦略兵器の無力化

 シリアが保有していた旧ソ連およびロシア製の戦略兵器は、HTSの手に渡る可能性があった。HTS自体はこれらの運用能力を欠いているが、訓練を受けた旧シリア軍兵士や、兵器を西側諸国やトルコに渡すことによる間接的な脅威が存在した。これを阻止することがイスラエルの優先事項であった。

 3.「大イスラエル計画」の可能性

 イスラエルが今回の作戦を通じて領土を拡大する可能性も指摘されている。ゴラン高原のイスラエル占領地をシリア側にさらに拡大する、あるいは南シリアにおけるドルーズ派の自治地域を形成することが、長期的な計画として考えられる。

 4.ヒズボラへの対策

 作戦範囲がシリア南部だけでなく、レバノン国境付近にも及んでいることから、ヒズボラに対する牽制の意図が含まれていると推測される。特に、ヒズボラの防衛線を背後から攻撃する形で侵入する可能性が指摘されており、これがレバノン全体の安全保障環境を不安定化させる可能性がある。

 地域的・国際的影響

 1.ロシアとの微妙な関係

 ロシアは今回の政権交代やイスラエルの行動に対して公式には非難を表明したが、同時に、これを自身の利益に活用する余地がある。具体的には、破壊された戦略兵器を新たに供給することで、ロシアがシリアでの影響力を維持する可能性がある。また、ロシアの軍事教官が新政権の軍事力再編に関与する可能性も示唆されている。

 2.アメリカの「失策」との対比

 バイデン政権下でのアフガニスタン撤退により、約240億ドル相当の米国製兵器がタリバンの手に渡った一件と、今回のイスラエルの対応が比較される。イスラエルはHTSの支配下にあるシリアで同様の事態を防ぐために迅速に行動しており、この違いは国際的に注目されている。

 3.トルコの関与と影響

 HTSがトルコの支援を受けていることを考えると、イスラエルの行動はトルコとの緊張を高める可能性がある。同時に、トルコが新政権を通じて地域での影響力を拡大しようとする動きも見逃せない。これにより、トルコとイスラエル、そしてロシアの間で複雑な三角関係が形成される可能性がある。

 4.シリア内政と再編成の行方

 HTS政権は、従来のアサド政権と異なり、宗教的かつイデオロギー的な要素が強い。そのため、シリア国内の安定化がさらに難航する可能性が高い。イスラエルの攻撃によって旧シリア軍の兵器が破壊される中、HTSは新たな装備を確保するために他国との連携を強化する必要がある。

 意図せざる結果

 イスラエルの作戦には意図せざる影響も含まれている。

 1.ロシアの影響力強化

 シリアにおける旧式兵器の破壊により、新たな軍事協力の必要性が生まれ、ロシアがこれを活用する可能性がある。これはロシアのシリアにおける軍事的存在感を維持する一助となる。

 2.ウクライナへの兵器供給の阻止

 シリアの戦略兵器がウクライナに送られる可能性を排除したことで、イスラエルの行動が間接的にロシアの利益を守る結果となっている。

 3.地域の不安定化

 イスラエルの攻撃により、シリア内戦後の安定化がさらに遅れる可能性がある。特に、HTSの支配地域では報復的な攻撃やさらなる過激化が進む可能性が懸念される。

 以上のように、イスラエルの「ショック・アンド・オー」作戦は、複数の戦略的目的を達成するためのものである一方で、地域および国際的な影響を広範に及ぼしている。
 
【要点】 

 作戦の背景と目的

 ・防衛地帯の確立: ゴラン高原周辺を「無力化」し、安全保障を強化。
 ・戦略兵器の無力化: HTS政権の手に渡る旧ソ連・ロシア製兵器を排除。
 ・領土拡大の可能性: ゴラン高原を越えた地域支配の拡大や自治領形成の可能性。
 ・ヒズボラへの牽制: 南シリアおよびレバノン国境付近でのヒズボラの動きを封じ込め。

 地域的・国際的影響

 ・ロシアとの微妙な関係: ロシアは公式に非難しつつも、兵器供給を通じて影響力を維持する可能性。
 ・アメリカとの対比: アフガニスタン撤退時の失策と異なり、迅速な対応で国際的評価を獲得。
 ・トルコとの緊張: HTSへの支援を背景に、イスラエルとトルコ間の摩擦が拡大。
 ・シリア内政への影響: HTS政権のイデオロギー的特徴が国内の安定化をさらに難航させる。

 意図せざる結果

 ・ロシアの影響力強化: シリアへの兵器供給を通じ、ロシアの軍事的存在感が維持される可能性。
 ・ウクライナへの兵器供給阻止: 戦略兵器がウクライナに送られる事態を回避。
 ・地域の不安定化: 攻撃によりHTSの過激化や報復の懸念が拡大。

 全体の評価

 イスラエルの作戦は、防衛上の緊急課題に迅速に対応した一方で、ロシアやトルコなど複数国との関係や地域情勢に新たな影響をもたらしている。

【参考】

 ☞ 「ショック・アンド・オー(Shock and Awe)」とは、主に軍事戦略の一形態で、相手に対して強力で迅速な攻撃を行い、心理的な衝撃を与えて戦意を喪失させることを目的とした戦術である。この戦術は、敵軍の能力を奪うだけでなく、民間人や敵軍の士気に対しても強い心理的影響を与え、早期に戦争を終結させることを目指す。

 主な特徴

 1.圧倒的な軍事力の行使: 非常に強力な攻撃を短期間で集中して行う。これには空爆、ミサイル攻撃、大規模な地上戦力の展開が含まれる。
 2.心理的効果: 敵軍や市民に対して恐怖と混乱を引き起こし、戦意喪失を促進することを狙う。戦闘の早期決着を意図して、敵の指導層や重要インフラをターゲットにする。
 3.戦闘の迅速化: 物理的および心理的な圧力によって、戦争をできるだけ速やかに終結させることを目指す。

 歴史的な背景

 ・イラク戦争(2003年): アメリカ合衆国がイラクに対して実施した攻撃で、この戦術が有名になった。空爆を中心に、イラク政府の指導層や軍事施設、通信インフラを瞬時に破壊し、イラクの抵抗力を急速に削ぐことを狙った。

 目的

 ・迅速な制圧: 戦場での戦力を最大限に活用し、戦争を速やかに勝利に導く。
 ・敵の士気を削ぐ: 戦闘が始まった瞬間から、敵の精神的・心理的な抵抗を無力化することを目指す。

 ショック・アンド・オー戦術は、敵の兵力や戦力を単に物理的に破壊するだけでなく、その心理的な影響を通じて戦争の早期終了を図るための戦略である。

 ☞ 「戦略兵器」とは、国家間の戦争や重大な軍事的対立において、広範囲にわたる破壊力を持つ兵器を指す。これには、通常、以下のような兵器が含まれる。

 1.核兵器: 広範囲に甚大な破壊をもたらす兵器で、国家間の抑止力として使用されることが多い。これには核弾頭を搭載した弾道ミサイルや潜水艦発射型ミサイルが含まれる。

 2.戦術ミサイル: 精密誘導型で、長距離のターゲットに対して攻撃を行うことができるミサイル。弾道ミサイルや巡航ミサイルなどがあり、戦略的な目標を攻撃するために使われる。

 3.航空機および爆撃機: 大規模な空爆が可能な航空機、特に核兵器を搭載できる長距離爆撃機が含まれる。

 4.弾道ミサイル防衛システム: 戦略的兵器による攻撃を防御するためのシステム。これは攻撃力自体ではなく、攻撃に対する防御力として戦略的価値がある。

 これらの兵器は、通常、敵国の主要な軍事施設や経済インフラを標的にして、戦争を迅速に決着させることを目的としている。また、戦略兵器は抑止力としても機能し、核戦争を避けるために国家間での使用が制限されている。

【参考はブログ作成者が付記】

【引用・参照・底本】

What’s Really Behind Israel’s “Shock & Awe” Campaign In Syria? Andrew Korybko's Newsletter 2024.12.13
https://korybko.substack.com/p/whats-really-behind-israels-shock?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=153057128&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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