インドの「戦略的自立」は名目に過ぎず ― 2025年07月09日 15:12
【概要】
インドが自国の経済成長と戦略的自立(strategic autonomy)を実現する上で、クリティカル・ミネラル(重要鉱物:CRM)における対中依存が深刻な障害となっている現状を詳細に分析しているものである。筆者は、米中間の「ロンドン合意」における鉱物資源を巡る交渉を踏まえ、中国が持つ鉱物供給における支配力が、インドにとっても地政学的リスクとして現実化しうることを強調している。
インドは、リチウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、ニオブ、ゲルマニウム、レニウム、ベリリウム、タンタル、ストロンチウムといった少なくとも10種類の重要鉱物を100%輸入に依存しており、その多くが中国からの供給に大きく依存している。特にレアアースおよびリチウムに関しては、インドの輸入の50~60%が中国からである。これらの鉱物は、電気自動車(EV)、太陽光パネル、軍需産業、半導体といった最先端分野で不可欠なものであり、供給が途絶すればインドの成長戦略に大打撃となる。
インド政府は「アートマニルバル・バーラト(自立したインド)」を掲げるが、国内における鉱物資源の埋蔵量は乏しく、採掘・精製技術や人的資源も不足している。例えば、ジャンムー・カシミール州でのリチウム発見は注目されたが、商業化可能とされるのは全体の20%に過ぎない。
さらに、中国は国際的な鉱物資源の供給・精製の各段階を垂直統合しており、レアアースにおいては世界の生産の60~70%、精製の85~90%を占めている。中国は2010年に日本に対してレアアース輸出を停止した前例があり、近年もゲルマニウムやガリウムの輸出を制限するなど、これらの鉱物を地政学的武器として活用している。
また、インドはアメリカとの安全保障対話(クアッド)や鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)に参加するなど、対中包囲網に組み込まれており、それが中露との関係を悪化させる要因にもなっている。ガルワン渓谷での中印衝突(2020年)や、インドがイスラエル支持に傾いたことに対するSCO(上海協力機構)内での反発などは、インドの「戦略的自立」の実態が米国依存に傾いていることを示す一例である。
一方、中国は3兆2900億ドルの外貨準備を背景に、アフリカ、ラテンアメリカ、オーストラリアにおいて大規模な鉱山投資を進めており、対照的にインドの2024年時点の外貨準備は約6960億ドルと限られており、海外資源確保のための資金的余裕は乏しい。また、鉱物の探査・採掘・精製に関する中国の技術的優位も際立っており、インドは多くの工程で海外技術や装置に依存している。
インドは「クリティカル・ミネラル・ミッション」や海外鉱山権益取得を目指す公社(KABIL)の設立など、一定の政策的努力をしているものの、これまでに得られた成果は限定的である。たとえば、オーストラリアとの協定に基づくリチウム確保量は、2024年における輸入全体のごく一部に過ぎなかった。また、アフリカにおけるCRM分野での投資規模も中国の500億ドルに遠く及ばない。
さらに、探鉱技術、鉱山技術者、精錬技術者、熟練労働者などの人的資源が乏しいことも、インドの自立への障壁となっている。
結論として、インドの「戦略的自立」は名目に過ぎず、現実には鉱物資源の面で中国に大きく依存しており、対中・対米の二重外交においても一貫性を欠いている。今後、金融、技術、人材の分野において抜本的な強化策を講じなければ、インドの2047年「先進国入り」の目標は達成困難であり、「自立」の掛け声だけが空回りする結果となる。
【詳細】
インドが近年掲げている「アートマニルバル・バーラト(自立したインド)」というビジョンや、2047年までに先進国入りを目指す国家目標が、重要鉱物(Critical Raw Materials:CRM)への海外依存、とりわけ中国への依存によって根本的に脅かされているという事実を論じている。
背景:米中貿易協定と中国の鉱物戦略
米中間の貿易戦争が「ロンドン協定(London Agreement)」という合意により収束したことに触れ、アメリカの対中関税政策と、それに対抗する中国の重要鉱物に対する輸出規制が世界の供給網に与えた影響を指摘している。中国は、太陽光、風力発電、電気自動車、航空機、半導体、軍需産業に不可欠な鉱物資源において支配的地位を持ち、それを外交カードとして活用してきた。この事例は、インドが中国との緊張が高まった場合に同様の戦略的圧力にさらされる可能性を示唆する。
インドの野望と現実の乖離
インドはハイテク製造拠点や再生可能エネルギー大国として台頭することを目指しているが、これにはリチウム、コバルト、レアアースなど30種以上の重要鉱物が不可欠である。だが、国内の鉱物資源は限定的かつ採算性が乏しい。たとえば、ジャンムー・カシミールで発見されたリチウム鉱床は、商業的に採掘可能なものは全体の20%に過ぎないとされている。
その結果、インドは以下の鉱物について100%輸入に依存している。
リチウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、ニオブ、ゲルマニウム、レニウム、ベリリウム、タンタル、ストロンチウム
とりわけ、レアアースとリチウムの輸入元として中国が50~60%を占めている。
輸入依存がもたらす戦略的脆弱性
重要鉱物の供給途絶は、インドのEV(電気自動車)産業、500GWの非化石燃料エネルギー導入目標(2030年)、「メイク・イン・インディア」や「デジタル・インディア」計画に甚大な影響を与える。国際エネルギー機関(IEA)は、コバルト供給が10%減少するだけでEVバッテリー価格が20%上昇する可能性があると見積もっており、これは導入コストの上昇と普及の鈍化を意味する。
中国の圧倒的支配力
中国は、以下のように世界のCRM供給網を支配している。
・レアアース生産:60〜70%
・レアアース精製:85〜90%
・黒鉛精製:90〜100%
・コバルト精製:65〜74%
このような支配力により、中国は必要とあらば輸出規制という手段を行使できる。2010年の対日レアアース禁輸や、最近のゲルマニウム・ガリウムの輸出規制はその一例である。
2047年ビジョンと地政学的リスク
インドの「2047年までに先進国入り」という国家目標は、内的課題のみならず、中国によって外的に妨害され得る構造的脆弱性を含んでいる。2020年のガルワン渓谷における中印衝突(インド側で20名が死亡)は、その緊張の具現例であり、インドの対米傾斜政策が中国との緊張を高めた結果と位置づけられる。
財政・技術・人材における格差
中国は3.29兆ドルの外貨準備を背景に、アフリカ、ラテンアメリカ、オーストラリアで鉱山資源を買い漁っているのに対し、インドは2024年時点で6960億ドルの外貨準備しかなく、対外投資能力に限界がある。
さらに、CRM探索・採掘・加工において中国は高度な技術力と人的資源を保有しており、インドは機器や技術の輸入、精製済鉱物の輸入に依存している。
自称「戦略的自律」の矛盾
インドは多極的世界における柔軟な外交を標榜しているが、現実にはアメリカ寄りの姿勢が顕著である。特に、米国主導の「クアッド」や「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」への参加、イスラエルとイランの対立におけるインドの親イスラエル姿勢などが、BRICS+や上海協力機構(SCO)における中国・ロシアとの摩擦を生んでいる。
中国・ロシアの緊密な関係、さらには中国・パキスタン・バングラデシュがSAARCに代わる新地域機構を模索しているという報道は、インドが南アジア地域でも孤立し得る危機を示唆している。
実行力の欠如
インドは「クリティカルミネラル・ミッション」や、KABIL(Khanij Bidesh India Ltd.)などの対外投資機関を立ち上げたが、その投資規模や実行力は中国と比較して著しく劣る。たとえば、オーストラリアとのJV(ジョイントベンチャー)によって2024年に確保したリチウム量は、インドの全輸入量のごく一部に過ぎない。
また、アフリカでのインドのCRM投資はまだ端緒にすぎず、中国が2010年以降に500億ドル以上投資しているのに対し、差は圧倒的である。
輸入依存のデータ(表の要約)
100%輸入依存(代表例)
・リチウム、コバルト、ニッケル、レアアース、タンタル、ゲルマニウム、ガリウムなど
・主な供給国:中国、豪州、DRコンゴ、ロシア、フィリピン など
50%以上の輸入依存(代表例)
・銅、グラファイト、モリブデン、インジウム、ベリリウム、セレンなど
・主な供給国:中国、米国、チリ、ベルギー、モロッコなど
結論
インドは、戦略的自立や技術大国化を掲げるが、鉱物資源への中国依存という根本的な脆弱性を抱えている。この現実に正面から向き合わなければ、「2047年の先進国入り」は空想に過ぎず、インドの外交的自律性は名ばかりのものとなる。外交政策の再検討、大規模投資、技術力と人材の育成が不可欠である。中国と米国の間で一方に偏ることなく、本当の意味での多極的で均衡ある外交が求められている。
【要点】
1.インドの目標と現実
・インドは「アートマニルバル・バーラト(自立したインド)」や2047年までの先進国入りを国家目標として掲げている。
・これらの目標は、重要鉱物(CRM)の大部分を輸入に依存している現実と矛盾している。
2.重要鉱物と中国依存の実態
・リチウム、コバルト、レアアースなどの30種類以上の重要鉱物が、インドの成長戦略に不可欠である。
・以下の鉱物は 100%輸入依存。
リチウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、ニオブ、ゲルマニウム、レニウム、ベリリウム、タンタル、ストロンチウム
・中国が主要な供給国であり、以下のような支配的地位を占める。
・レアアース生産:世界の60〜70%
・レアアース精製:85〜90%
・グラファイト精製:90〜100%
・コバルト精製:65〜74%
3.戦略的脆弱性
・中国が輸出規制を行えば、インドのEV、再エネ、ハイテク産業は重大な打撃を受ける。
・IEAの試算では、コバルト供給が10%減るとEVバッテリー価格は20%上昇する。
・重要鉱物が入手困難になると、「メイク・イン・インディア」や「デジタル・インディア」政策も機能不全に陥る。
4.中国の戦略と過去の事例
・中国は2010年に日本向けレアアース輸出を停止し、2023年にはゲルマニウム・ガリウムの輸出規制を行った。
・今後、インドに対しても同様の措置を取る可能性がある。
5. 財政・技術・外交面での格差
・中国の外貨準備高:約3.29兆ドル → 資源外交を積極展開
・インドの外貨準備高:約6960億ドル → 資源外交に限界
・探査技術、精製施設、人材においても中国に大きく劣る。
6.インドの外交の矛盾
・米国寄りの政策(クアッド、MSP参加など)が中国との対立を招いている。
・イスラエル支持やイラン軽視も、BRICSやSCO諸国との緊張要因となっている。
・南アジア地域でも中国・パキスタン・バングラデシュが連携を強めており、インドは孤立しつつある。
7.政策と実行の乖離
・インド政府は「クリティカルミネラル・ミッション」やKABILなどを設立したが、投資額・実効性は限定的。
・オーストラリアとのJVなども、インドの需要に比べて規模が小さい。
・アフリカ・中南米への鉱物投資も中国に大きく後れを取っている(中国は2010年以降、500億ドル以上投資)。
結論
・インドの「戦略的自律」は、鉱物資源の中国依存によって根本的に損なわれている。
・外交のバランス、鉱物資源の確保、技術力と人材の育成が不可欠である。
・このままでは2047年の先進国入りは「幻想」に終わる可能性がある。
【桃源寸評】🌍
2010年に中国が日本に対して実施したレアアース禁輸措置(輸出制限)は、資源を地政学的な外交カードとして使った象徴的な事例であり、国際的にも大きな注目を集めた。この出来事の背景、経緯、影響、そしてその後の展開について、以下に詳述する。
1.背景
・尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる日中間の領有権問題が長年存在。
・2010年9月7日、日本の尖閣諸島付近で中国漁船が日本の海上保安庁の巡視船と衝突。
・中国人船長が日本により逮捕・勾留されたことで、日中関係が急激に悪化。
2.中国の対応
・中国は外交的に強く反発し、複数の対抗措置を講じた。
・その中で特に注目されたのが、レアアースの対日輸出の事実上の停止である。
・中国政府は公式に「禁輸」とは発表していないが、実務上は以下のような対応がとられた。
⇨通関手続きを遅延・停止
⇨輸出業者に対し「日本向けの輸出を控えるように」と非公式に指導
⇨一部港湾では、日本向け貨物の積載自体が止められた
3. レアアースとは?
・レアアース(希土類元素)は、17種類の金属元素の総称。
・ハイテク製品(スマホ、EV、風力発電機、ミサイルなど)に不可欠。
・当時、中国は世界の約97%のレアアースを生産していたため、供給が中国に極度に依存していた。
4.日本への影響
・日本は当時、レアアースの最大の輸入国であり、中国依存率は90%以上。
・特に以下の産業が打撃を受けた。
⇨自動車(ハイブリッド・EV用モーター)
⇨家電(高性能磁石)
⇨半導体・IT関連
・経済産業省や民間企業は、緊急に以下の対応を開始。
⇨代替供給源の確保(オーストラリア、ベトナム、インド、米国など)
⇨リサイクル技術の推進(都市鉱山からの回収)
⇨使用量の削減・代替素材の研究開発
5. 国際的反響とWTO提訴
・この一件をきっかけに、中国の資源ナショナリズムとそれを外交に使う姿勢が国際社会に強く認識された。
・日本・米国・EUは連携して、2012年に中国をWTO(世界貿易機関)に提訴。
・WTOは2014年に中国の輸出制限を違反と認定。中国は2015年に規制を撤廃した。
6.その後の影響・教訓
・日本を含む先進諸国は「特定国依存のリスク」を認識し、以下のような取り組みを加速。
⇨資源の多角化(鉱山開発への出資や技術支援)
⇨国内の資源循環型社会の構築
⇨中国に代わるサプライチェーンの構築
・中国はその後もレアアース戦略を続け、2020年代には精製・加工能力の強化とハイテク製品輸出の強化にシフト。
7. まとめ
・2010年の対日レアアース禁輸措置は、中国が戦略物資を地政学的な武器として行使した代表例である。
・日本はこれを契機に、資源安全保障と供給元の多角化の重要性を再認識した。
・同様のリスクは、インドや他国にも現在進行形で存在している。
2010年の中国によるレアアース輸出制限は、日本にとって衝撃的な出来事であり、「資源安全保障」や「代替技術開発」が国家的課題として一気に浮上した。
しかし、その後の10年以上にわたる経緯を見ると、一部は進展し、一部は停滞もしくは依存の構造が続いているのが現実である。以下に、代替品開発とレアアースをめぐる状況の「その後」を具体的に整理する。
代替品開発・技術革新の動向
1. レアアース不要なモーターの開発
・トヨタ、日立、三菱電機などが開発。
・特にトヨタは2018年、「ネオジムの使用量を最大50%削減」した新型モーター磁石を発表。
・一部には、レアアースを使用しないモーター(誘導モーターなど)も商用化。
2. 代替素材の研究開発
・ネオジムやジスプロシウムの代替として、鉄系やコバルト系磁石が模索される。
・ただし、性能面やコスト面で完全な代替には至っていない。
3. リサイクル(都市鉱山)技術の発展
・使用済み電子機器や自動車からレアアースを高効率で回収する技術が進展。
・例:JOGMECや日立金属による湿式分離回収プロセス。
・ただし、商業ベースでのスケールアップには課題も多い。
4.資源供給元の多角化
・日本政府は2010年以降、資源外交を展開。
・オーストラリアの**ライナス社(Lynas)**と協業し、供給元を分散化。
・ベトナム、インド、カザフスタンとの協力も拡大。
・ しかしながら、2020年代初頭でも中国のレアアース世界シェアは依然6〜7割以上。特に製錬・分離精製・磁石加工の中間工程は圧倒的に中国が強い。
5..日本国内の動向
・経済産業省は引き続き、戦略鉱物の確保・備蓄・技術開発を補助金で支援。
・しかし、企業側のコスト意識や採算性の課題から、開発が一巡すると投資熱が冷める傾向も。
・「喉元過ぎれば熱さを忘れる」状態に近づいている部分も否定できない。
6. グローバル状況との比較
・米国、EU、韓国は中国依存のリスク回避を国家戦略レベルで強化中。
・EUは「グリーンディール」政策の一環としてレアアース代替や自給を推進。
・米国はバイデン政権以降、レアアースの国内採掘・加工・備蓄に数十億ドルを投じている。
まとめ
・日本は2010年以降、代替技術・リサイクル・供給多様化で一定の成果を上げてきた。
・しかし、中国への依存構造は根本的には依然として大きい。
・ 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という傾向も見られ、一過性の危機対応で終わらせてはならない。
日本のレアアース輸入状況(2023–2025)
・2023年の輸入総額は約3.34億ドル(7,784トン)で、そのうち中国からの輸入は約1.94億ドル(5,700トン)と、全体の約58 %を占めている
・2025年4月以降の制限強化により、中国から日本や欧州、米国へのレアアースおよび磁石の輸出が急減したとの報道がある
・METI(経産省)発表によると、重希土類(ディスプロシウムやテルビウムなど)は日本向けに中国からの輸入が依然100 %である
・2025年春時点においても、日本のレアアース依存率はおよそ60 %前後とされており、依存構造に著しい改善は見られていない
影響と懸念点
・2025年4月に中国が発動した7種類のレアアースおよび磁石製品への輸出制限は、日本の自動車や電子部品産業にとって重大な供給リスクとなった
・サプライチェーン全体に影響が及び、許認可の遅延などが生産計画に不確実性をもたらしている 。
まとめ
・日本は依然として中国産レアアースに大きく依存しており、特に重希土類は100%依存の状況が継続している。
・総輸入のうち中国産は約6割を占める状態が続いており、供給不安が解消されたとは言い難い。
・グローバルな供給網の不安定化、対中依存のリスク、そして自動車・電子産業への影響が今後も懸念材料である。
・重希土類を含む戦略物資の安定供給を確保するために、日本政府や企業は引き続き代替供給元の確保と国内技術強化に取り組む必要がある。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
Dependence on China’s minerals blocks Indian ‘strategic autonomy’ASIA TIMES 2025.07.08
https://asiatimes.com/2025/07/mineral-dependency-on-china-blocks-indias-strategic-autonomy/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=285b819987-DAILY_08_07_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-285b819987-16242795&mc_cid=285b819987&mc_eid=69a7d1ef3c#
インドが自国の経済成長と戦略的自立(strategic autonomy)を実現する上で、クリティカル・ミネラル(重要鉱物:CRM)における対中依存が深刻な障害となっている現状を詳細に分析しているものである。筆者は、米中間の「ロンドン合意」における鉱物資源を巡る交渉を踏まえ、中国が持つ鉱物供給における支配力が、インドにとっても地政学的リスクとして現実化しうることを強調している。
インドは、リチウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、ニオブ、ゲルマニウム、レニウム、ベリリウム、タンタル、ストロンチウムといった少なくとも10種類の重要鉱物を100%輸入に依存しており、その多くが中国からの供給に大きく依存している。特にレアアースおよびリチウムに関しては、インドの輸入の50~60%が中国からである。これらの鉱物は、電気自動車(EV)、太陽光パネル、軍需産業、半導体といった最先端分野で不可欠なものであり、供給が途絶すればインドの成長戦略に大打撃となる。
インド政府は「アートマニルバル・バーラト(自立したインド)」を掲げるが、国内における鉱物資源の埋蔵量は乏しく、採掘・精製技術や人的資源も不足している。例えば、ジャンムー・カシミール州でのリチウム発見は注目されたが、商業化可能とされるのは全体の20%に過ぎない。
さらに、中国は国際的な鉱物資源の供給・精製の各段階を垂直統合しており、レアアースにおいては世界の生産の60~70%、精製の85~90%を占めている。中国は2010年に日本に対してレアアース輸出を停止した前例があり、近年もゲルマニウムやガリウムの輸出を制限するなど、これらの鉱物を地政学的武器として活用している。
また、インドはアメリカとの安全保障対話(クアッド)や鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)に参加するなど、対中包囲網に組み込まれており、それが中露との関係を悪化させる要因にもなっている。ガルワン渓谷での中印衝突(2020年)や、インドがイスラエル支持に傾いたことに対するSCO(上海協力機構)内での反発などは、インドの「戦略的自立」の実態が米国依存に傾いていることを示す一例である。
一方、中国は3兆2900億ドルの外貨準備を背景に、アフリカ、ラテンアメリカ、オーストラリアにおいて大規模な鉱山投資を進めており、対照的にインドの2024年時点の外貨準備は約6960億ドルと限られており、海外資源確保のための資金的余裕は乏しい。また、鉱物の探査・採掘・精製に関する中国の技術的優位も際立っており、インドは多くの工程で海外技術や装置に依存している。
インドは「クリティカル・ミネラル・ミッション」や海外鉱山権益取得を目指す公社(KABIL)の設立など、一定の政策的努力をしているものの、これまでに得られた成果は限定的である。たとえば、オーストラリアとの協定に基づくリチウム確保量は、2024年における輸入全体のごく一部に過ぎなかった。また、アフリカにおけるCRM分野での投資規模も中国の500億ドルに遠く及ばない。
さらに、探鉱技術、鉱山技術者、精錬技術者、熟練労働者などの人的資源が乏しいことも、インドの自立への障壁となっている。
結論として、インドの「戦略的自立」は名目に過ぎず、現実には鉱物資源の面で中国に大きく依存しており、対中・対米の二重外交においても一貫性を欠いている。今後、金融、技術、人材の分野において抜本的な強化策を講じなければ、インドの2047年「先進国入り」の目標は達成困難であり、「自立」の掛け声だけが空回りする結果となる。
【詳細】
インドが近年掲げている「アートマニルバル・バーラト(自立したインド)」というビジョンや、2047年までに先進国入りを目指す国家目標が、重要鉱物(Critical Raw Materials:CRM)への海外依存、とりわけ中国への依存によって根本的に脅かされているという事実を論じている。
背景:米中貿易協定と中国の鉱物戦略
米中間の貿易戦争が「ロンドン協定(London Agreement)」という合意により収束したことに触れ、アメリカの対中関税政策と、それに対抗する中国の重要鉱物に対する輸出規制が世界の供給網に与えた影響を指摘している。中国は、太陽光、風力発電、電気自動車、航空機、半導体、軍需産業に不可欠な鉱物資源において支配的地位を持ち、それを外交カードとして活用してきた。この事例は、インドが中国との緊張が高まった場合に同様の戦略的圧力にさらされる可能性を示唆する。
インドの野望と現実の乖離
インドはハイテク製造拠点や再生可能エネルギー大国として台頭することを目指しているが、これにはリチウム、コバルト、レアアースなど30種以上の重要鉱物が不可欠である。だが、国内の鉱物資源は限定的かつ採算性が乏しい。たとえば、ジャンムー・カシミールで発見されたリチウム鉱床は、商業的に採掘可能なものは全体の20%に過ぎないとされている。
その結果、インドは以下の鉱物について100%輸入に依存している。
リチウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、ニオブ、ゲルマニウム、レニウム、ベリリウム、タンタル、ストロンチウム
とりわけ、レアアースとリチウムの輸入元として中国が50~60%を占めている。
輸入依存がもたらす戦略的脆弱性
重要鉱物の供給途絶は、インドのEV(電気自動車)産業、500GWの非化石燃料エネルギー導入目標(2030年)、「メイク・イン・インディア」や「デジタル・インディア」計画に甚大な影響を与える。国際エネルギー機関(IEA)は、コバルト供給が10%減少するだけでEVバッテリー価格が20%上昇する可能性があると見積もっており、これは導入コストの上昇と普及の鈍化を意味する。
中国の圧倒的支配力
中国は、以下のように世界のCRM供給網を支配している。
・レアアース生産:60〜70%
・レアアース精製:85〜90%
・黒鉛精製:90〜100%
・コバルト精製:65〜74%
このような支配力により、中国は必要とあらば輸出規制という手段を行使できる。2010年の対日レアアース禁輸や、最近のゲルマニウム・ガリウムの輸出規制はその一例である。
2047年ビジョンと地政学的リスク
インドの「2047年までに先進国入り」という国家目標は、内的課題のみならず、中国によって外的に妨害され得る構造的脆弱性を含んでいる。2020年のガルワン渓谷における中印衝突(インド側で20名が死亡)は、その緊張の具現例であり、インドの対米傾斜政策が中国との緊張を高めた結果と位置づけられる。
財政・技術・人材における格差
中国は3.29兆ドルの外貨準備を背景に、アフリカ、ラテンアメリカ、オーストラリアで鉱山資源を買い漁っているのに対し、インドは2024年時点で6960億ドルの外貨準備しかなく、対外投資能力に限界がある。
さらに、CRM探索・採掘・加工において中国は高度な技術力と人的資源を保有しており、インドは機器や技術の輸入、精製済鉱物の輸入に依存している。
自称「戦略的自律」の矛盾
インドは多極的世界における柔軟な外交を標榜しているが、現実にはアメリカ寄りの姿勢が顕著である。特に、米国主導の「クアッド」や「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」への参加、イスラエルとイランの対立におけるインドの親イスラエル姿勢などが、BRICS+や上海協力機構(SCO)における中国・ロシアとの摩擦を生んでいる。
中国・ロシアの緊密な関係、さらには中国・パキスタン・バングラデシュがSAARCに代わる新地域機構を模索しているという報道は、インドが南アジア地域でも孤立し得る危機を示唆している。
実行力の欠如
インドは「クリティカルミネラル・ミッション」や、KABIL(Khanij Bidesh India Ltd.)などの対外投資機関を立ち上げたが、その投資規模や実行力は中国と比較して著しく劣る。たとえば、オーストラリアとのJV(ジョイントベンチャー)によって2024年に確保したリチウム量は、インドの全輸入量のごく一部に過ぎない。
また、アフリカでのインドのCRM投資はまだ端緒にすぎず、中国が2010年以降に500億ドル以上投資しているのに対し、差は圧倒的である。
輸入依存のデータ(表の要約)
100%輸入依存(代表例)
・リチウム、コバルト、ニッケル、レアアース、タンタル、ゲルマニウム、ガリウムなど
・主な供給国:中国、豪州、DRコンゴ、ロシア、フィリピン など
50%以上の輸入依存(代表例)
・銅、グラファイト、モリブデン、インジウム、ベリリウム、セレンなど
・主な供給国:中国、米国、チリ、ベルギー、モロッコなど
結論
インドは、戦略的自立や技術大国化を掲げるが、鉱物資源への中国依存という根本的な脆弱性を抱えている。この現実に正面から向き合わなければ、「2047年の先進国入り」は空想に過ぎず、インドの外交的自律性は名ばかりのものとなる。外交政策の再検討、大規模投資、技術力と人材の育成が不可欠である。中国と米国の間で一方に偏ることなく、本当の意味での多極的で均衡ある外交が求められている。
【要点】
1.インドの目標と現実
・インドは「アートマニルバル・バーラト(自立したインド)」や2047年までの先進国入りを国家目標として掲げている。
・これらの目標は、重要鉱物(CRM)の大部分を輸入に依存している現実と矛盾している。
2.重要鉱物と中国依存の実態
・リチウム、コバルト、レアアースなどの30種類以上の重要鉱物が、インドの成長戦略に不可欠である。
・以下の鉱物は 100%輸入依存。
リチウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、ニオブ、ゲルマニウム、レニウム、ベリリウム、タンタル、ストロンチウム
・中国が主要な供給国であり、以下のような支配的地位を占める。
・レアアース生産:世界の60〜70%
・レアアース精製:85〜90%
・グラファイト精製:90〜100%
・コバルト精製:65〜74%
3.戦略的脆弱性
・中国が輸出規制を行えば、インドのEV、再エネ、ハイテク産業は重大な打撃を受ける。
・IEAの試算では、コバルト供給が10%減るとEVバッテリー価格は20%上昇する。
・重要鉱物が入手困難になると、「メイク・イン・インディア」や「デジタル・インディア」政策も機能不全に陥る。
4.中国の戦略と過去の事例
・中国は2010年に日本向けレアアース輸出を停止し、2023年にはゲルマニウム・ガリウムの輸出規制を行った。
・今後、インドに対しても同様の措置を取る可能性がある。
5. 財政・技術・外交面での格差
・中国の外貨準備高:約3.29兆ドル → 資源外交を積極展開
・インドの外貨準備高:約6960億ドル → 資源外交に限界
・探査技術、精製施設、人材においても中国に大きく劣る。
6.インドの外交の矛盾
・米国寄りの政策(クアッド、MSP参加など)が中国との対立を招いている。
・イスラエル支持やイラン軽視も、BRICSやSCO諸国との緊張要因となっている。
・南アジア地域でも中国・パキスタン・バングラデシュが連携を強めており、インドは孤立しつつある。
7.政策と実行の乖離
・インド政府は「クリティカルミネラル・ミッション」やKABILなどを設立したが、投資額・実効性は限定的。
・オーストラリアとのJVなども、インドの需要に比べて規模が小さい。
・アフリカ・中南米への鉱物投資も中国に大きく後れを取っている(中国は2010年以降、500億ドル以上投資)。
結論
・インドの「戦略的自律」は、鉱物資源の中国依存によって根本的に損なわれている。
・外交のバランス、鉱物資源の確保、技術力と人材の育成が不可欠である。
・このままでは2047年の先進国入りは「幻想」に終わる可能性がある。
【桃源寸評】🌍
2010年に中国が日本に対して実施したレアアース禁輸措置(輸出制限)は、資源を地政学的な外交カードとして使った象徴的な事例であり、国際的にも大きな注目を集めた。この出来事の背景、経緯、影響、そしてその後の展開について、以下に詳述する。
1.背景
・尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる日中間の領有権問題が長年存在。
・2010年9月7日、日本の尖閣諸島付近で中国漁船が日本の海上保安庁の巡視船と衝突。
・中国人船長が日本により逮捕・勾留されたことで、日中関係が急激に悪化。
2.中国の対応
・中国は外交的に強く反発し、複数の対抗措置を講じた。
・その中で特に注目されたのが、レアアースの対日輸出の事実上の停止である。
・中国政府は公式に「禁輸」とは発表していないが、実務上は以下のような対応がとられた。
⇨通関手続きを遅延・停止
⇨輸出業者に対し「日本向けの輸出を控えるように」と非公式に指導
⇨一部港湾では、日本向け貨物の積載自体が止められた
3. レアアースとは?
・レアアース(希土類元素)は、17種類の金属元素の総称。
・ハイテク製品(スマホ、EV、風力発電機、ミサイルなど)に不可欠。
・当時、中国は世界の約97%のレアアースを生産していたため、供給が中国に極度に依存していた。
4.日本への影響
・日本は当時、レアアースの最大の輸入国であり、中国依存率は90%以上。
・特に以下の産業が打撃を受けた。
⇨自動車(ハイブリッド・EV用モーター)
⇨家電(高性能磁石)
⇨半導体・IT関連
・経済産業省や民間企業は、緊急に以下の対応を開始。
⇨代替供給源の確保(オーストラリア、ベトナム、インド、米国など)
⇨リサイクル技術の推進(都市鉱山からの回収)
⇨使用量の削減・代替素材の研究開発
5. 国際的反響とWTO提訴
・この一件をきっかけに、中国の資源ナショナリズムとそれを外交に使う姿勢が国際社会に強く認識された。
・日本・米国・EUは連携して、2012年に中国をWTO(世界貿易機関)に提訴。
・WTOは2014年に中国の輸出制限を違反と認定。中国は2015年に規制を撤廃した。
6.その後の影響・教訓
・日本を含む先進諸国は「特定国依存のリスク」を認識し、以下のような取り組みを加速。
⇨資源の多角化(鉱山開発への出資や技術支援)
⇨国内の資源循環型社会の構築
⇨中国に代わるサプライチェーンの構築
・中国はその後もレアアース戦略を続け、2020年代には精製・加工能力の強化とハイテク製品輸出の強化にシフト。
7. まとめ
・2010年の対日レアアース禁輸措置は、中国が戦略物資を地政学的な武器として行使した代表例である。
・日本はこれを契機に、資源安全保障と供給元の多角化の重要性を再認識した。
・同様のリスクは、インドや他国にも現在進行形で存在している。
2010年の中国によるレアアース輸出制限は、日本にとって衝撃的な出来事であり、「資源安全保障」や「代替技術開発」が国家的課題として一気に浮上した。
しかし、その後の10年以上にわたる経緯を見ると、一部は進展し、一部は停滞もしくは依存の構造が続いているのが現実である。以下に、代替品開発とレアアースをめぐる状況の「その後」を具体的に整理する。
代替品開発・技術革新の動向
1. レアアース不要なモーターの開発
・トヨタ、日立、三菱電機などが開発。
・特にトヨタは2018年、「ネオジムの使用量を最大50%削減」した新型モーター磁石を発表。
・一部には、レアアースを使用しないモーター(誘導モーターなど)も商用化。
2. 代替素材の研究開発
・ネオジムやジスプロシウムの代替として、鉄系やコバルト系磁石が模索される。
・ただし、性能面やコスト面で完全な代替には至っていない。
3. リサイクル(都市鉱山)技術の発展
・使用済み電子機器や自動車からレアアースを高効率で回収する技術が進展。
・例:JOGMECや日立金属による湿式分離回収プロセス。
・ただし、商業ベースでのスケールアップには課題も多い。
4.資源供給元の多角化
・日本政府は2010年以降、資源外交を展開。
・オーストラリアの**ライナス社(Lynas)**と協業し、供給元を分散化。
・ベトナム、インド、カザフスタンとの協力も拡大。
・ しかしながら、2020年代初頭でも中国のレアアース世界シェアは依然6〜7割以上。特に製錬・分離精製・磁石加工の中間工程は圧倒的に中国が強い。
5..日本国内の動向
・経済産業省は引き続き、戦略鉱物の確保・備蓄・技術開発を補助金で支援。
・しかし、企業側のコスト意識や採算性の課題から、開発が一巡すると投資熱が冷める傾向も。
・「喉元過ぎれば熱さを忘れる」状態に近づいている部分も否定できない。
6. グローバル状況との比較
・米国、EU、韓国は中国依存のリスク回避を国家戦略レベルで強化中。
・EUは「グリーンディール」政策の一環としてレアアース代替や自給を推進。
・米国はバイデン政権以降、レアアースの国内採掘・加工・備蓄に数十億ドルを投じている。
まとめ
・日本は2010年以降、代替技術・リサイクル・供給多様化で一定の成果を上げてきた。
・しかし、中国への依存構造は根本的には依然として大きい。
・ 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という傾向も見られ、一過性の危機対応で終わらせてはならない。
日本のレアアース輸入状況(2023–2025)
・2023年の輸入総額は約3.34億ドル(7,784トン)で、そのうち中国からの輸入は約1.94億ドル(5,700トン)と、全体の約58 %を占めている
・2025年4月以降の制限強化により、中国から日本や欧州、米国へのレアアースおよび磁石の輸出が急減したとの報道がある
・METI(経産省)発表によると、重希土類(ディスプロシウムやテルビウムなど)は日本向けに中国からの輸入が依然100 %である
・2025年春時点においても、日本のレアアース依存率はおよそ60 %前後とされており、依存構造に著しい改善は見られていない
影響と懸念点
・2025年4月に中国が発動した7種類のレアアースおよび磁石製品への輸出制限は、日本の自動車や電子部品産業にとって重大な供給リスクとなった
・サプライチェーン全体に影響が及び、許認可の遅延などが生産計画に不確実性をもたらしている 。
まとめ
・日本は依然として中国産レアアースに大きく依存しており、特に重希土類は100%依存の状況が継続している。
・総輸入のうち中国産は約6割を占める状態が続いており、供給不安が解消されたとは言い難い。
・グローバルな供給網の不安定化、対中依存のリスク、そして自動車・電子産業への影響が今後も懸念材料である。
・重希土類を含む戦略物資の安定供給を確保するために、日本政府や企業は引き続き代替供給元の確保と国内技術強化に取り組む必要がある。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
Dependence on China’s minerals blocks Indian ‘strategic autonomy’ASIA TIMES 2025.07.08
https://asiatimes.com/2025/07/mineral-dependency-on-china-blocks-indias-strategic-autonomy/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=285b819987-DAILY_08_07_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-285b819987-16242795&mc_cid=285b819987&mc_eid=69a7d1ef3c#
中国が電動長距離トラックの採用で先行 ― 2025年07月09日 19:34
【概要】
中国が電動長距離トラックの採用で先行
EV補助金の削減とトランプ氏のガソリン・ディーゼル回帰で欧米は後れを取る
PACCAR社のDAF XF Electricがオランダの製造ラインにて製造されている。これらのトラックは主に欧州市場向けに販売されており、PACCAR社によれば、欧州では一部の都市部の道路でゼロエミッション車のみを許可する方向に進んでいるという。
中国は乗用車における電気自動車(EV)支配を重トラックにも拡大している。これは、トランプ大統領の「ビッグ・ビューティフル法案」により連邦補助金が廃止され、欧州の産業支援もかつてほど強力ではなくなった時期と重なる。
中国においては、ガソリンとディーゼルの生産および消費が減少しており、輸入石油への需要が低下している。これにより、道路騒音の減少、大気の浄化、都市住民の健康改善といった効果が現れている。
環境上の利点に加え、米国および欧州は、もう一つのクリーンエネルギー市場の機会を逃している。経済調査機関モルドール・インテリジェンスによれば、世界の電動トラック市場は2025年には890億ドルに倍増し、2029年までに年平均成長率(CAGR)26%で2,270億ドルに達する見込みである。
中型商用トラック分野は今後最も急速に成長すると予測されており(同期間中CAGR39%)、重トラック分野は市場全体の87%を占める最大のセグメントであった(2024年時点)。
ゼロエミッション目標が主な需要の原動力となっているが、充実した充電インフラの整備が不可欠である。航続距離の延長といったバッテリー性能の向上、バッテリー製造能力の拡張、運転支援システムを備えた新型でより効率的な車両の開発が成長を促進している。中国はこれら全てを備えている。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、2024年における電動トラックの世界販売台数は約80%増加しており、中国では2倍に増加し、世界全体の80%以上を占めた。
非常に低い出発点からスタートし、政府のインセンティブに後押しされる形で、中国における電動トラックの販売台数は約75,000台に達した。欧州および米国(それぞれ第二、第三の市場)では、販売台数はほぼ横ばいであった。
IEAの推計によれば、中国では長距離輸送に使用される重トラックの総所有コストがすでにディーゼルトラックと同等になっており、燃料費の節約が電動トラックの価格の高さを相殺している。一方、欧州および米国では、価格同等性の達成は2030年と予測されている。営業コストは、商用運転手が義務付けられている休憩時間に充電することによってさらに抑えることが可能である。
中国の『Chinese Truck Review』によれば、ハイブリッド車や水素燃料電池車を含む新エネルギー車(NEV)重トラックの中国での販売台数は昨年82,773台であり、市場浸透率は13%に達した。これに対し、欧州では約2%、米国では約1%であった。
世界の主な電動トラックメーカーは以下の通りである。
・中国:BYD、東風汽車、三一重工、徐工集団(XCMG)、中国重汽(Sinotruk)
・欧州:ABボルボ(ボルボ・トラック)、ダイムラー・トラック
・米国:PACCAR、テスラ
ABボルボはボルボ・カーズとは別会社であり、ボルボ・カーズは中国の自動車メーカーである吉利汽車が78.6%を所有している。吉利汽車はABボルボの最大株主ではあるが、議決権は15.7%に過ぎない。
欧州および米国もまた、時間をかけて電動トラック産業を発展させる能力を有している。
中国と同様に、EUはゼロエミッション目標、市場インセンティブ、バッテリー充電インフラの整備を通じて電動トラック導入を推進している。しかし、同地域の電力網は依然として必要な電力需要に対応する準備が整っていない。
欧州自動車工業会(ACEA)の商用車担当最高責任者トーマス・ファビアン氏によれば、「道路輸送を脱炭素化するには、重車両向けに適した充電ネットワークが不可欠である。しかし、将来に対応可能な電力網がなければ、この移行は実現不可能である」と述べている。
ACEAが発表したポジションペーパーでは、2030年までに充電インフラの運営者にとって必要な政策措置として、以下を挙げている。
・官僚主義の削減
・接続および建築許可に関する手続きの迅速化、標準化、デジタル化
・公共用地への透明かつ非差別的なアクセス
・ゼロエミッション車の導入拡大に向けた支援
一方、米国では、トランプ政権が電動トラックを含むゼロエミッション車に対する規制支援を撤廃している。6月12日、大統領は議会審査法(CRA)に基づく決議に署名し、カリフォルニア州のクリーンエア法免除を取り消した。これにより、同州が独自の厳格な排出基準を定める権限、特に重トラックや新車のガソリン車販売禁止(2035年まで)に関する権限が無効となる。
ホワイトハウスの声明では次のように述べられている:「この超党派の措置により、カリフォルニアが全国的なEV義務を課そうとし、炭素排出の規制によって全国の燃費を支配しようとする試みを阻止した。」
これは、カリフォルニア州の経済規模の大きさに起因し、自動車メーカーの方針だけでなく、同州の排出基準を採用している十数州の政策にも影響を及ぼしている。
トランプ大統領は「カリフォルニアの電気自動車義務を完全に終了させることで、米国の自動車産業を破壊から救った」と述べた。
しかし、カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサムおよび州司法長官ロブ・ボンタは直ちに、この決議に対して提訴した。声明では次のように述べられている:
「先月、共和党が支配する連邦議会は、カリフォルニアのクリーンエア法免除を撤回しようとする違法な試みとして、CRAを用いた。この免除はCRAの対象外であるとの非党派機関である政府監査院および上院議会手続顧問の見解と矛盾している。」
ニューサム知事は「トランプによるカリフォルニアへの全面的な攻撃が続いている。今回は、清浄な空気と米国の国際競争力を破壊しようとしている。われわれはこの違法な措置を阻止するために提訴した」と述べた。
声明はさらに次のように指摘している。
「州の大気浄化への取り組みは、当時のレーガン州知事によって設立されたカリフォルニア大気資源局(CARB)の下で本格化した。クリーンエア法の免除はニクソン政権時代から続いており、米国で最も深刻な大気汚染の改善に必要な基準を同州が設定できるようにするものである。」
これらの基準は保守的政治家によって承認されており、企業にとっても実現可能な内容である。声明は続ける:
「1970年にクリーンエア法が制定されて以来、米環境保護庁(EPA)はカリフォルニアに対して100件以上の免除を認可してきた。カリフォルニアは常に基準が実行可能であり、メーカーが対応技術を開発する十分な猶予があることを証明してきた。これまで提出されたすべての免除で同様である。」
免除には期限がなく、取り消すための正式な手続きも存在しない。これは、政府および産業界が長期にわたり市場の確実性を必要としているためである。
また、カリフォルニアの大気規制は公衆衛生の保護と改善を目的としており、これはホワイトハウスの声明では言及されなかったが、カリフォルニア州側の声明では強調されている:
「大気汚染は心臓病、肺疾患、がんを引き起こす“サイレントキラー”である。過去50年間における同州の大気浄化努力により、病気の減少によって2,500億ドルの医療費が削減された。ディーゼル関連のがんリスクは約80%削減されている。」
最後に、声明は次のように締めくくっている。
「カリフォルニアの排出規制とEV推進政策を撤廃することは、“中国に市場の鍵を渡す”行為に等しい。すなわち、米国以外の世界の電動車市場における主導権を中国に与えることになる。」
【詳細】
中国は乗用車に続き、電動トラック分野でも世界をリードしている。特に、長距離輸送用の大型トラック市場において、中国の優位性が際立ってきている。これに対し、欧州および米国では、電動車に対する補助金の削減や米国におけるトランプ政権の方針転換により、導入が遅れている。
中国国内では、ガソリンやディーゼルの生産と消費が減少傾向にあり、それに伴い輸入石油への依存度が低下している。これにより、都市部における騒音の減少、大気の浄化、住民の健康改善といった副次的効果がもたらされている。
経済調査機関Mordor Intelligenceによれば、世界の電動トラック市場は2025年に890億ドルに達し、2029年までに年平均成長率(CAGR)26%で2,270億ドルに拡大する見通しである。中型商用トラック部門の成長率は同期間で39%と最も高いが、市場規模では重量車両部門が最大であり、2024年には全体の87%を占めていた。
この成長の主因はゼロエミッション目標の存在であるが、充実した充電インフラの整備も不可欠である。航続距離の長いバッテリー性能の向上、バッテリー製造能力の拡大、運転支援システムを搭載した新型車両の開発が、電動トラック市場の成長を促進している。これらの要素を中国はすでに備えている。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、2024年におけるバッテリー駆動型電動トラックの世界販売台数は前年比で約80%増加した。そのうち中国の販売台数は2倍に達し、世界全体の80%以上を占めた。
中国国内で販売された電動トラックは、補助金制度に支えられながら急増し、約75,000台に達した。一方で欧州および米国の販売台数は横ばいであった。IEAの推計によると、中国では長距離輸送用の大型電動トラックの総所有コスト(TCO)はすでにディーゼルトラックと同等となっている。これは、車両価格の高さが燃料費の節約によって相殺されているためである。欧州および米国では2030年までにTCOの同等化が見込まれている。また、運転手の休憩時間中に充電を行うことで、運用コストをさらに削減可能である。
『Chinese Truck Review』誌によれば、中国における新エネルギー車(NEV)大型トラックの販売台数は、ハイブリッド車および水素燃料電池車を含めて82,773台であった。市場浸透率は13%に達し、欧州の約2%、米国の約1%を大きく上回っている。
世界の主要な電動トラックメーカーには、以下の企業が含まれる。
・中国:BYD、東風汽車、三一重工(SANY)、徐工集団(XCMG)、中国重汽(Sinotruk)
・欧州:ABボルボ(Volvo Trucks)、ダイムラートラック
・米国:パッカー(Paccar)、テスラ(Tesla)
なお、ABボルボは乗用車部門であるボルボ・カーズとは別法人であり、ボルボ・カーズの78.6%は中国の自動車メーカーである吉利汽車(Geely)が所有しているが、ABボルボの議決権は15.7%にとどまっている。
欧州および米国もまた、将来的に電動トラック産業を育成する能力を有している。欧州連合(EU)では、中国と同様にゼロエミッション目標、市場インセンティブ、充電インフラの整備を通じて導入を促進している。しかしながら、電力網はまだ大型車両の充電需要に対応できる状態にはなく、これが導入の障害となっている。
欧州自動車工業会(ACEA)商用車部門責任者であるトーマス・ファビアン氏は、「大型車向けに適した充電ネットワークがなければ、道路輸送の脱炭素化は実現しない」と述べている。同会が発表した立場表明文書によれば、2030年までに求められる政策措置には以下が含まれる:
・官僚的手続きの簡素化
・電力網接続および建築許可の迅速化・標準化・デジタル化
・公共用地への透明かつ差別のないアクセスの保証
・ゼロエミッション車の導入加速に向けた支援
一方、米国ではトランプ政権が電動トラックを含むゼロエミッション車の規制的支援を撤廃している。2025年6月12日、トランプ大統領は連邦議会の議決を受け、カリフォルニア州のクリーンエア法特別免除(Clean Air Act waiver)を撤回する法案に署名した。この免除により、カリフォルニア州は独自の厳しい排出基準を設定できる権限を有しており、2035年までにガソリン車の新規販売を段階的に禁止する計画を立てていた。
ホワイトハウスは声明で「これらの超党派による法案は、カリフォルニア州が全米的な電動車義務化を課す試みを阻止するものである」とし、同州の経済規模が自動車メーカーに大きな影響を与えることを指摘した。
カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム氏および州司法長官ロブ・ボンタ氏は、この措置に対して即座に提訴した。声明によれば、「連邦議会は違法に議会審査法(CRA)を用いてカリフォルニアの特別免除を取り消そうとした。この手続きはこれまで適用された前例がなく、政府説明責任局および上院事務総長もCRAの適用を否定していた」とされる。
ニューサム知事は、「今回の措置はトランプ政権によるカリフォルニアへの全面的な攻撃であり、同時に米国の清浄な空気と国際競争力を破壊するものである」と述べた。
声明はさらに、カリフォルニア州の排出規制は1970年のクリーンエア法以来、EPAにより100回以上の特別免除が認められてきたこと、またこれらの基準が実現可能であり、自動車メーカーに十分な猶予を与えてきた実績を強調した。
さらに、排出基準は公衆衛生の向上を目的としたものであり、過去50年間で約2,500億ドルの医療費削減につながっている。ディーゼル由来のがんリスクは約80%削減された。
もしトランプ大統領の規制撤廃措置が維持されれば、カリフォルニア州における医療費の負担は450億ドル増加すると推計されている。
声明の締めくくりでは、このような規制撤廃は「中国に電動車市場の鍵を渡すことになる」と警告している。
【要点】
1.電動トラック市場の世界的動向
・中国は乗用車に続き、電動トラック、特に長距離輸送用の大型車分野で主導的地位を確立している。
・欧州および米国では、補助金の削減および米国の政策転換により導入が停滞している。
2.中国の現状と成果
・ガソリン・ディーゼルの生産および消費が減少しており、輸入石油への依存が低下。
・都市部では騒音・大気汚染が減少し、健康への好影響が報告されている。
・政府の補助により、電動トラックの販売台数が2024年に約75,000台に達した。
・中国の電動トラック市場シェアは世界の80%以上を占めている。
・新エネルギー車(NEV)大型トラックの販売台数は82,773台、市場浸透率は13%。
3.市場予測(Mordor IntelligenceおよびIEAによる)
・世界市場は2025年に890億ドル、2029年には2,270億ドルに成長予定。
・年平均成長率(CAGR)は26%、中型トラックは39%と特に高い。
・2024年における市場の87%は大型トラックが占めている。
・中国ではすでに電動大型トラックのTCO(総所有コスト)がディーゼル車と同等。
・欧米では2030年にTCOが同等に達する見込み。
4.技術的・構造的要因
(1)成長を支える要因
・バッテリー性能向上(航続距離)
・バッテリー製造能力の拡大
・自動運転・運転支援技術の搭載
・商業運転中の休憩時間を活用した充電戦略
(2)主な電動トラックメーカー
・中国:BYD、東風汽車、三一重工(SANY)、徐工集団(XCMG)、中国重汽(Sinotruk)
・欧州:ABボルボ(Volvo Trucks)、ダイムラートラック
・米国:パッカー(Paccar)、テスラ(Tesla)
・ABボルボとボルボ・カーズは別法人。ボルボ・カーズは中国の吉利汽車が78.6%所有。
5.欧州の状況と課題
・EUもゼロエミッション目標と補助金、インフラ整備を通じて電動トラック導入を推進している。
・しかし、電力網が大型車の急速充電需要に対応しておらず、整備が課題となっている。
・ACEAの主張:未来対応型の送電網がなければ移行は実現しない。
・ACEAの要望(政策面)
手続きの簡素化(官僚主義の軽減)
電力網接続および建築許可の迅速化・標準化・デジタル化
公共用地への透明かつ差別のないアクセス
ゼロエミッション車導入への大規模な支援
6.米国の状況(トランプ政権の政策)
・2025年6月、トランプ大統領は連邦補助金の撤廃とともにカリフォルニア州のクリーンエア法特別免除を無効化。
・これにより、同州の独自排出規制(2035年までのガソリン車販売禁止など)を無効にしようとした。
・ホワイトハウス声明:「カリフォルニアが全米にEV義務を課すのを防ぐ」
・カリフォルニア州は即座に提訴し、免除の法的正当性を主張。
・カリフォルニア州の反論と主張
議会審査法(CRA)は州免除には適用されないとの法的根拠を提示。
クリーンエア法の免除はニクソン政権以降100回以上認可されてきた歴史あり。
公衆衛生への効果:過去50年間で医療費を2,500億ドル削減。ディーゼル起因のがんリスクは80%減少。
トランプ政権の措置が維持されれば、医療費は450億ドル増加の見込み。
規制撤廃は「中国に電動車市場の主導権を渡すこと」に等しいと主張。
【桃源寸評】🌍
「将来わたって"大きな差"が付くのは、考える方向の正しさ、である」という言葉は、本記事の背景にある国際的な政策判断や技術開発競争の文脈と密接に関わっているといえる。
以下、その観点から箇条書きで説明する。
1.「考える方向の正しさ」に関する具体的含意
・中国は戦略的に将来のゼロエミッション社会を見据え、電動長距離トラックに国家を挙げて注力している。
⇨ 政策支援、補助金、インフラ整備、電池産業の拡充、そして一貫した産業構造転換の方向性が明確である。
⇨ この「方向の正しさ」が、すでに国際市場における主導権の獲得という形で成果として現れている。
・欧州は方向性としては正しいが、制度やインフラの準備が遅れており、実行力に課題がある。
⇨ 政策は整っているが、送電網の未整備や許認可の煩雑さにより、理想と現実の間にギャップが存在している。
⇨ 考える方向は合っていても、実現に必要な「地ならし」の遅れが、将来的な競争力に影響を及ぼし得る。
・米国(トランプ政権)は方向そのものを逆行させ、短期的な産業保護と化石燃料回帰に舵を切っている。
⇨ これは将来的なエネルギー転換とグローバル市場の潮流に反する「誤った方向性」とされる可能性が高い。
⇨ その帰結として、国内産業の競争力低下、技術開発の空白、市場の逸失が懸念されている。
・「考える方向の正しさ」とは、単に目先の経済効果ではなく、長期的視野と持続可能性を前提とした戦略的判断である。
⇨ その正しさは、時間の経過とともに、技術的優位性、国際標準の形成力、経済波及効果として現れる。
⇨ それゆえ、現時点での数値的優劣ではなく、「どこへ向かっているか」が決定的な差を生む。
このように、「考える方向の正しさ」は一時の政策転換や短期の市場変動を超え、10年後、20年後の国際競争力を左右する根本的要因である、といえる。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
China leads the adoption of electric long-haul trucks ASIA TIMES 2025.07.07
https://asiatimes.com/2025/07/mineral-dependency-on-china-blocks-indias-strategic-autonomy/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=285b819987-DAILY_08_07_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-285b819987-16242795&mc_cid=285b819987&mc_eid=69a7d1ef3c#
中国が電動長距離トラックの採用で先行
EV補助金の削減とトランプ氏のガソリン・ディーゼル回帰で欧米は後れを取る
PACCAR社のDAF XF Electricがオランダの製造ラインにて製造されている。これらのトラックは主に欧州市場向けに販売されており、PACCAR社によれば、欧州では一部の都市部の道路でゼロエミッション車のみを許可する方向に進んでいるという。
中国は乗用車における電気自動車(EV)支配を重トラックにも拡大している。これは、トランプ大統領の「ビッグ・ビューティフル法案」により連邦補助金が廃止され、欧州の産業支援もかつてほど強力ではなくなった時期と重なる。
中国においては、ガソリンとディーゼルの生産および消費が減少しており、輸入石油への需要が低下している。これにより、道路騒音の減少、大気の浄化、都市住民の健康改善といった効果が現れている。
環境上の利点に加え、米国および欧州は、もう一つのクリーンエネルギー市場の機会を逃している。経済調査機関モルドール・インテリジェンスによれば、世界の電動トラック市場は2025年には890億ドルに倍増し、2029年までに年平均成長率(CAGR)26%で2,270億ドルに達する見込みである。
中型商用トラック分野は今後最も急速に成長すると予測されており(同期間中CAGR39%)、重トラック分野は市場全体の87%を占める最大のセグメントであった(2024年時点)。
ゼロエミッション目標が主な需要の原動力となっているが、充実した充電インフラの整備が不可欠である。航続距離の延長といったバッテリー性能の向上、バッテリー製造能力の拡張、運転支援システムを備えた新型でより効率的な車両の開発が成長を促進している。中国はこれら全てを備えている。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、2024年における電動トラックの世界販売台数は約80%増加しており、中国では2倍に増加し、世界全体の80%以上を占めた。
非常に低い出発点からスタートし、政府のインセンティブに後押しされる形で、中国における電動トラックの販売台数は約75,000台に達した。欧州および米国(それぞれ第二、第三の市場)では、販売台数はほぼ横ばいであった。
IEAの推計によれば、中国では長距離輸送に使用される重トラックの総所有コストがすでにディーゼルトラックと同等になっており、燃料費の節約が電動トラックの価格の高さを相殺している。一方、欧州および米国では、価格同等性の達成は2030年と予測されている。営業コストは、商用運転手が義務付けられている休憩時間に充電することによってさらに抑えることが可能である。
中国の『Chinese Truck Review』によれば、ハイブリッド車や水素燃料電池車を含む新エネルギー車(NEV)重トラックの中国での販売台数は昨年82,773台であり、市場浸透率は13%に達した。これに対し、欧州では約2%、米国では約1%であった。
世界の主な電動トラックメーカーは以下の通りである。
・中国:BYD、東風汽車、三一重工、徐工集団(XCMG)、中国重汽(Sinotruk)
・欧州:ABボルボ(ボルボ・トラック)、ダイムラー・トラック
・米国:PACCAR、テスラ
ABボルボはボルボ・カーズとは別会社であり、ボルボ・カーズは中国の自動車メーカーである吉利汽車が78.6%を所有している。吉利汽車はABボルボの最大株主ではあるが、議決権は15.7%に過ぎない。
欧州および米国もまた、時間をかけて電動トラック産業を発展させる能力を有している。
中国と同様に、EUはゼロエミッション目標、市場インセンティブ、バッテリー充電インフラの整備を通じて電動トラック導入を推進している。しかし、同地域の電力網は依然として必要な電力需要に対応する準備が整っていない。
欧州自動車工業会(ACEA)の商用車担当最高責任者トーマス・ファビアン氏によれば、「道路輸送を脱炭素化するには、重車両向けに適した充電ネットワークが不可欠である。しかし、将来に対応可能な電力網がなければ、この移行は実現不可能である」と述べている。
ACEAが発表したポジションペーパーでは、2030年までに充電インフラの運営者にとって必要な政策措置として、以下を挙げている。
・官僚主義の削減
・接続および建築許可に関する手続きの迅速化、標準化、デジタル化
・公共用地への透明かつ非差別的なアクセス
・ゼロエミッション車の導入拡大に向けた支援
一方、米国では、トランプ政権が電動トラックを含むゼロエミッション車に対する規制支援を撤廃している。6月12日、大統領は議会審査法(CRA)に基づく決議に署名し、カリフォルニア州のクリーンエア法免除を取り消した。これにより、同州が独自の厳格な排出基準を定める権限、特に重トラックや新車のガソリン車販売禁止(2035年まで)に関する権限が無効となる。
ホワイトハウスの声明では次のように述べられている:「この超党派の措置により、カリフォルニアが全国的なEV義務を課そうとし、炭素排出の規制によって全国の燃費を支配しようとする試みを阻止した。」
これは、カリフォルニア州の経済規模の大きさに起因し、自動車メーカーの方針だけでなく、同州の排出基準を採用している十数州の政策にも影響を及ぼしている。
トランプ大統領は「カリフォルニアの電気自動車義務を完全に終了させることで、米国の自動車産業を破壊から救った」と述べた。
しかし、カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサムおよび州司法長官ロブ・ボンタは直ちに、この決議に対して提訴した。声明では次のように述べられている:
「先月、共和党が支配する連邦議会は、カリフォルニアのクリーンエア法免除を撤回しようとする違法な試みとして、CRAを用いた。この免除はCRAの対象外であるとの非党派機関である政府監査院および上院議会手続顧問の見解と矛盾している。」
ニューサム知事は「トランプによるカリフォルニアへの全面的な攻撃が続いている。今回は、清浄な空気と米国の国際競争力を破壊しようとしている。われわれはこの違法な措置を阻止するために提訴した」と述べた。
声明はさらに次のように指摘している。
「州の大気浄化への取り組みは、当時のレーガン州知事によって設立されたカリフォルニア大気資源局(CARB)の下で本格化した。クリーンエア法の免除はニクソン政権時代から続いており、米国で最も深刻な大気汚染の改善に必要な基準を同州が設定できるようにするものである。」
これらの基準は保守的政治家によって承認されており、企業にとっても実現可能な内容である。声明は続ける:
「1970年にクリーンエア法が制定されて以来、米環境保護庁(EPA)はカリフォルニアに対して100件以上の免除を認可してきた。カリフォルニアは常に基準が実行可能であり、メーカーが対応技術を開発する十分な猶予があることを証明してきた。これまで提出されたすべての免除で同様である。」
免除には期限がなく、取り消すための正式な手続きも存在しない。これは、政府および産業界が長期にわたり市場の確実性を必要としているためである。
また、カリフォルニアの大気規制は公衆衛生の保護と改善を目的としており、これはホワイトハウスの声明では言及されなかったが、カリフォルニア州側の声明では強調されている:
「大気汚染は心臓病、肺疾患、がんを引き起こす“サイレントキラー”である。過去50年間における同州の大気浄化努力により、病気の減少によって2,500億ドルの医療費が削減された。ディーゼル関連のがんリスクは約80%削減されている。」
最後に、声明は次のように締めくくっている。
「カリフォルニアの排出規制とEV推進政策を撤廃することは、“中国に市場の鍵を渡す”行為に等しい。すなわち、米国以外の世界の電動車市場における主導権を中国に与えることになる。」
【詳細】
中国は乗用車に続き、電動トラック分野でも世界をリードしている。特に、長距離輸送用の大型トラック市場において、中国の優位性が際立ってきている。これに対し、欧州および米国では、電動車に対する補助金の削減や米国におけるトランプ政権の方針転換により、導入が遅れている。
中国国内では、ガソリンやディーゼルの生産と消費が減少傾向にあり、それに伴い輸入石油への依存度が低下している。これにより、都市部における騒音の減少、大気の浄化、住民の健康改善といった副次的効果がもたらされている。
経済調査機関Mordor Intelligenceによれば、世界の電動トラック市場は2025年に890億ドルに達し、2029年までに年平均成長率(CAGR)26%で2,270億ドルに拡大する見通しである。中型商用トラック部門の成長率は同期間で39%と最も高いが、市場規模では重量車両部門が最大であり、2024年には全体の87%を占めていた。
この成長の主因はゼロエミッション目標の存在であるが、充実した充電インフラの整備も不可欠である。航続距離の長いバッテリー性能の向上、バッテリー製造能力の拡大、運転支援システムを搭載した新型車両の開発が、電動トラック市場の成長を促進している。これらの要素を中国はすでに備えている。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、2024年におけるバッテリー駆動型電動トラックの世界販売台数は前年比で約80%増加した。そのうち中国の販売台数は2倍に達し、世界全体の80%以上を占めた。
中国国内で販売された電動トラックは、補助金制度に支えられながら急増し、約75,000台に達した。一方で欧州および米国の販売台数は横ばいであった。IEAの推計によると、中国では長距離輸送用の大型電動トラックの総所有コスト(TCO)はすでにディーゼルトラックと同等となっている。これは、車両価格の高さが燃料費の節約によって相殺されているためである。欧州および米国では2030年までにTCOの同等化が見込まれている。また、運転手の休憩時間中に充電を行うことで、運用コストをさらに削減可能である。
『Chinese Truck Review』誌によれば、中国における新エネルギー車(NEV)大型トラックの販売台数は、ハイブリッド車および水素燃料電池車を含めて82,773台であった。市場浸透率は13%に達し、欧州の約2%、米国の約1%を大きく上回っている。
世界の主要な電動トラックメーカーには、以下の企業が含まれる。
・中国:BYD、東風汽車、三一重工(SANY)、徐工集団(XCMG)、中国重汽(Sinotruk)
・欧州:ABボルボ(Volvo Trucks)、ダイムラートラック
・米国:パッカー(Paccar)、テスラ(Tesla)
なお、ABボルボは乗用車部門であるボルボ・カーズとは別法人であり、ボルボ・カーズの78.6%は中国の自動車メーカーである吉利汽車(Geely)が所有しているが、ABボルボの議決権は15.7%にとどまっている。
欧州および米国もまた、将来的に電動トラック産業を育成する能力を有している。欧州連合(EU)では、中国と同様にゼロエミッション目標、市場インセンティブ、充電インフラの整備を通じて導入を促進している。しかしながら、電力網はまだ大型車両の充電需要に対応できる状態にはなく、これが導入の障害となっている。
欧州自動車工業会(ACEA)商用車部門責任者であるトーマス・ファビアン氏は、「大型車向けに適した充電ネットワークがなければ、道路輸送の脱炭素化は実現しない」と述べている。同会が発表した立場表明文書によれば、2030年までに求められる政策措置には以下が含まれる:
・官僚的手続きの簡素化
・電力網接続および建築許可の迅速化・標準化・デジタル化
・公共用地への透明かつ差別のないアクセスの保証
・ゼロエミッション車の導入加速に向けた支援
一方、米国ではトランプ政権が電動トラックを含むゼロエミッション車の規制的支援を撤廃している。2025年6月12日、トランプ大統領は連邦議会の議決を受け、カリフォルニア州のクリーンエア法特別免除(Clean Air Act waiver)を撤回する法案に署名した。この免除により、カリフォルニア州は独自の厳しい排出基準を設定できる権限を有しており、2035年までにガソリン車の新規販売を段階的に禁止する計画を立てていた。
ホワイトハウスは声明で「これらの超党派による法案は、カリフォルニア州が全米的な電動車義務化を課す試みを阻止するものである」とし、同州の経済規模が自動車メーカーに大きな影響を与えることを指摘した。
カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム氏および州司法長官ロブ・ボンタ氏は、この措置に対して即座に提訴した。声明によれば、「連邦議会は違法に議会審査法(CRA)を用いてカリフォルニアの特別免除を取り消そうとした。この手続きはこれまで適用された前例がなく、政府説明責任局および上院事務総長もCRAの適用を否定していた」とされる。
ニューサム知事は、「今回の措置はトランプ政権によるカリフォルニアへの全面的な攻撃であり、同時に米国の清浄な空気と国際競争力を破壊するものである」と述べた。
声明はさらに、カリフォルニア州の排出規制は1970年のクリーンエア法以来、EPAにより100回以上の特別免除が認められてきたこと、またこれらの基準が実現可能であり、自動車メーカーに十分な猶予を与えてきた実績を強調した。
さらに、排出基準は公衆衛生の向上を目的としたものであり、過去50年間で約2,500億ドルの医療費削減につながっている。ディーゼル由来のがんリスクは約80%削減された。
もしトランプ大統領の規制撤廃措置が維持されれば、カリフォルニア州における医療費の負担は450億ドル増加すると推計されている。
声明の締めくくりでは、このような規制撤廃は「中国に電動車市場の鍵を渡すことになる」と警告している。
【要点】
1.電動トラック市場の世界的動向
・中国は乗用車に続き、電動トラック、特に長距離輸送用の大型車分野で主導的地位を確立している。
・欧州および米国では、補助金の削減および米国の政策転換により導入が停滞している。
2.中国の現状と成果
・ガソリン・ディーゼルの生産および消費が減少しており、輸入石油への依存が低下。
・都市部では騒音・大気汚染が減少し、健康への好影響が報告されている。
・政府の補助により、電動トラックの販売台数が2024年に約75,000台に達した。
・中国の電動トラック市場シェアは世界の80%以上を占めている。
・新エネルギー車(NEV)大型トラックの販売台数は82,773台、市場浸透率は13%。
3.市場予測(Mordor IntelligenceおよびIEAによる)
・世界市場は2025年に890億ドル、2029年には2,270億ドルに成長予定。
・年平均成長率(CAGR)は26%、中型トラックは39%と特に高い。
・2024年における市場の87%は大型トラックが占めている。
・中国ではすでに電動大型トラックのTCO(総所有コスト)がディーゼル車と同等。
・欧米では2030年にTCOが同等に達する見込み。
4.技術的・構造的要因
(1)成長を支える要因
・バッテリー性能向上(航続距離)
・バッテリー製造能力の拡大
・自動運転・運転支援技術の搭載
・商業運転中の休憩時間を活用した充電戦略
(2)主な電動トラックメーカー
・中国:BYD、東風汽車、三一重工(SANY)、徐工集団(XCMG)、中国重汽(Sinotruk)
・欧州:ABボルボ(Volvo Trucks)、ダイムラートラック
・米国:パッカー(Paccar)、テスラ(Tesla)
・ABボルボとボルボ・カーズは別法人。ボルボ・カーズは中国の吉利汽車が78.6%所有。
5.欧州の状況と課題
・EUもゼロエミッション目標と補助金、インフラ整備を通じて電動トラック導入を推進している。
・しかし、電力網が大型車の急速充電需要に対応しておらず、整備が課題となっている。
・ACEAの主張:未来対応型の送電網がなければ移行は実現しない。
・ACEAの要望(政策面)
手続きの簡素化(官僚主義の軽減)
電力網接続および建築許可の迅速化・標準化・デジタル化
公共用地への透明かつ差別のないアクセス
ゼロエミッション車導入への大規模な支援
6.米国の状況(トランプ政権の政策)
・2025年6月、トランプ大統領は連邦補助金の撤廃とともにカリフォルニア州のクリーンエア法特別免除を無効化。
・これにより、同州の独自排出規制(2035年までのガソリン車販売禁止など)を無効にしようとした。
・ホワイトハウス声明:「カリフォルニアが全米にEV義務を課すのを防ぐ」
・カリフォルニア州は即座に提訴し、免除の法的正当性を主張。
・カリフォルニア州の反論と主張
議会審査法(CRA)は州免除には適用されないとの法的根拠を提示。
クリーンエア法の免除はニクソン政権以降100回以上認可されてきた歴史あり。
公衆衛生への効果:過去50年間で医療費を2,500億ドル削減。ディーゼル起因のがんリスクは80%減少。
トランプ政権の措置が維持されれば、医療費は450億ドル増加の見込み。
規制撤廃は「中国に電動車市場の主導権を渡すこと」に等しいと主張。
【桃源寸評】🌍
「将来わたって"大きな差"が付くのは、考える方向の正しさ、である」という言葉は、本記事の背景にある国際的な政策判断や技術開発競争の文脈と密接に関わっているといえる。
以下、その観点から箇条書きで説明する。
1.「考える方向の正しさ」に関する具体的含意
・中国は戦略的に将来のゼロエミッション社会を見据え、電動長距離トラックに国家を挙げて注力している。
⇨ 政策支援、補助金、インフラ整備、電池産業の拡充、そして一貫した産業構造転換の方向性が明確である。
⇨ この「方向の正しさ」が、すでに国際市場における主導権の獲得という形で成果として現れている。
・欧州は方向性としては正しいが、制度やインフラの準備が遅れており、実行力に課題がある。
⇨ 政策は整っているが、送電網の未整備や許認可の煩雑さにより、理想と現実の間にギャップが存在している。
⇨ 考える方向は合っていても、実現に必要な「地ならし」の遅れが、将来的な競争力に影響を及ぼし得る。
・米国(トランプ政権)は方向そのものを逆行させ、短期的な産業保護と化石燃料回帰に舵を切っている。
⇨ これは将来的なエネルギー転換とグローバル市場の潮流に反する「誤った方向性」とされる可能性が高い。
⇨ その帰結として、国内産業の競争力低下、技術開発の空白、市場の逸失が懸念されている。
・「考える方向の正しさ」とは、単に目先の経済効果ではなく、長期的視野と持続可能性を前提とした戦略的判断である。
⇨ その正しさは、時間の経過とともに、技術的優位性、国際標準の形成力、経済波及効果として現れる。
⇨ それゆえ、現時点での数値的優劣ではなく、「どこへ向かっているか」が決定的な差を生む。
このように、「考える方向の正しさ」は一時の政策転換や短期の市場変動を超え、10年後、20年後の国際競争力を左右する根本的要因である、といえる。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
China leads the adoption of electric long-haul trucks ASIA TIMES 2025.07.07
https://asiatimes.com/2025/07/mineral-dependency-on-china-blocks-indias-strategic-autonomy/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=285b819987-DAILY_08_07_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-285b819987-16242795&mc_cid=285b819987&mc_eid=69a7d1ef3c#
個別の発言内容の是非や評価には立ち入らず ― 2025年07月09日 20:31
【概要】
2025年7月9日、グローバルタイムズが報じたところによると、中国外交部の報道官である毛寧氏は、定例記者会見において、アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領による「中国との関係が改善した」「中国政府は我々の貿易協定に対して非常に公正であった」との最近の発言について質問を受けた。
これに対し毛寧報道官は、中国は中米関係について、常に「相互尊重」「平和共存」「ウィンウィンの協力」という三つの原則に基づいて対応・処理していると述べた。
【詳細】
2025年7月9日午後、北京市における中国外交部の定例記者会見において、報道官の毛寧(もう・ねい)氏が、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ氏の最近の発言に関する質問を受けた。
該当の発言においてトランプ大統領は、「中国との関係が改善している」と述べ、さらに「中国政府は我々(米国)との貿易協定に対して非常に公正であった」と言及した。これを受けて記者が中国政府の見解を問うたものである。
この質問に対し、毛寧報道官は、中国政府の対米外交姿勢について明確に言及し、中国は一貫して米中関係に対して「相互尊重(mutual respect)」「平和共存(peaceful coexistence)」「ウィンウィンの協力(win-win cooperation)」という三つの原則に基づいて取り組んでいると述べた。
これにより毛報道官は、中国政府としての基本的かつ継続的な対米方針を強調し、個別の発言内容の是非や評価には立ち入らず、特定の主張への賛否や政治的姿勢を表明することはなかった。発言はあくまでも中国の外交原則に即したものであり、具体的な政策や交渉の詳細、あるいはトランプ氏との個別のやり取り等には触れられていない。
また、本記事には、毛寧氏が記者会見のどのタイミングでこの発言を行ったのか、あるいはその他の外交関係者の補足発言があったかについての記述はない。写真には毛寧報道官の姿が掲載されているが、視覚情報以上の説明は記されていない。
以上が、記事の全体的な構成と趣旨を忠実に踏まえた詳細な説明である。記事本文には、トランプ氏の発言の背景やその真偽、あるいは今後の米中関係の展望に関する分析的記述は含まれておらず、中国側はあくまで原則論を提示するにとどまっている。
【要点】
1.日時と媒体
・2025年7月9日、午後3時57分に『Global Times』が記事を公開した。
2.発言の発端
・アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領が、「中国との関係が改善している」と述べた。
・また「中国政府は我々(米国)との貿易協定に対して非常に公正であった」と発言した。
3.中国側の対応
・同日行われた中国外交部の定例記者会見において、記者がこの発言に関する見解を毛寧報道官に質問した。
4.毛寧報道官の発言概要
・中国は米中関係に対し、常に以下の三原則に基づいて対応していると述べた:
・相互尊重(mutual respect)
・平和共存(peaceful coexistence)
・ウィンウィンの協力(win-win cooperation)
5.発言の特徴
・トランプ氏の具体的発言内容に対する賛否や評価は行わなかった。
・貿易協定や米中交渉の具体的内容についても言及はなかった。
・中国側の原則的立場のみを明確に示す形となっている。
6.その他の情報
・記事には毛寧報道官の写真が掲載されている。
・会見の詳細な時間や、他の外交関係者の発言等には触れられていない。
【桃源寸評】🌍
特に国際外交における「原則的立場の堅持」と「不用意な迎合の回避」という中国側の一貫した対応姿勢を明確に伝わってくる。
1. 「手の平を返す」トランプ政権の言葉は記録資料として残るが、対応は原則の提示に留めている点
・中国外交部は、トランプ大統領の友好的とも取れる発言を受けても、それに対して具体的な謝意や称賛を表すことはなく、「相互尊重」「平和共存」「ウィンウィン協力」という抽象的かつ原則的な立場を述べるに留めている。
・これは、将来いかなる方向に情勢が変化しようとも、発言内容を外交的カードとして保持しつつ、自らは不用意な肯定や否定を避け、主導権を手放さない姿勢と解釈できる。
・記録には残るが、評価は保留。これが中国の「記憶するが、踊らされない」構えである。
2. 中国は「おべっか」に喜ぶ国家ではなく、歴史ある政治文化を持つ
・一時的な賛辞に過度に反応しないのは、外交の場における国家の成熟度を示すものである。
・中国は古代より儀礼と原則を重んじ、軽々に感情や好意に流される外交を「軽薄」として忌避してきた。
・したがって、トランプ氏のような一貫性を欠く発言には、あくまでも儀礼的距離を保ちつつ、原則論で応じることで、軽視も賞賛もせず、国の品位を保っているといえる。
3. これまでの経緯から、トランプ氏の言動に一喜一憂しない
・トランプ政権下での対中政策は、「関税戦争」「ファーウェイ制裁」など、対立と対話を繰り返す不安定なものであった。
・そのため、その場その場で発せられる言葉に振り回されず、あくまで国家としての原則に基づき反応するというのは、中国にとって当然の防衛姿勢である。
・特定の言動に過剰に反応することは、外交上の弱みや思惑を見せることになり、結果として相手の駆け引きに巻き込まれることになる。
4. 将来的に必要であれば、相手の発言を反論材料として用いるであろう
・中国は歴史的にも「記録を活用する」戦略に長けており、過去の発言を引用して相手の矛盾を突く術を心得ている。
・トランプ氏の「中国は我々に対してフェアである」との発言は、将来的に米側からの批判や圧力があった場合、その正当性を問う反論材料となりうる。
・したがって、中国は現時点で明確な反応を示さずとも、その「言質」は慎重に保存されていると見るべきである。
以上より、国際政治における「発言の応酬」ではなく、「姿勢と記憶の勝負」であることを深く理解したものと言える。外交とは、即時の反応よりも、如何に反応せずに相手の言葉を手札として蓄えるかにこそ、真の老練さが表れるのである。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
China handles US ties based on mutual respect, peaceful coexistence, win-win cooperation, FM on Trump's remarks claiming 'ties with Beijing have improved' GT 2025.07.09
https://www.globaltimes.cn/page/202507/1337968.shtml
2025年7月9日、グローバルタイムズが報じたところによると、中国外交部の報道官である毛寧氏は、定例記者会見において、アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領による「中国との関係が改善した」「中国政府は我々の貿易協定に対して非常に公正であった」との最近の発言について質問を受けた。
これに対し毛寧報道官は、中国は中米関係について、常に「相互尊重」「平和共存」「ウィンウィンの協力」という三つの原則に基づいて対応・処理していると述べた。
【詳細】
2025年7月9日午後、北京市における中国外交部の定例記者会見において、報道官の毛寧(もう・ねい)氏が、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ氏の最近の発言に関する質問を受けた。
該当の発言においてトランプ大統領は、「中国との関係が改善している」と述べ、さらに「中国政府は我々(米国)との貿易協定に対して非常に公正であった」と言及した。これを受けて記者が中国政府の見解を問うたものである。
この質問に対し、毛寧報道官は、中国政府の対米外交姿勢について明確に言及し、中国は一貫して米中関係に対して「相互尊重(mutual respect)」「平和共存(peaceful coexistence)」「ウィンウィンの協力(win-win cooperation)」という三つの原則に基づいて取り組んでいると述べた。
これにより毛報道官は、中国政府としての基本的かつ継続的な対米方針を強調し、個別の発言内容の是非や評価には立ち入らず、特定の主張への賛否や政治的姿勢を表明することはなかった。発言はあくまでも中国の外交原則に即したものであり、具体的な政策や交渉の詳細、あるいはトランプ氏との個別のやり取り等には触れられていない。
また、本記事には、毛寧氏が記者会見のどのタイミングでこの発言を行ったのか、あるいはその他の外交関係者の補足発言があったかについての記述はない。写真には毛寧報道官の姿が掲載されているが、視覚情報以上の説明は記されていない。
以上が、記事の全体的な構成と趣旨を忠実に踏まえた詳細な説明である。記事本文には、トランプ氏の発言の背景やその真偽、あるいは今後の米中関係の展望に関する分析的記述は含まれておらず、中国側はあくまで原則論を提示するにとどまっている。
【要点】
1.日時と媒体
・2025年7月9日、午後3時57分に『Global Times』が記事を公開した。
2.発言の発端
・アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領が、「中国との関係が改善している」と述べた。
・また「中国政府は我々(米国)との貿易協定に対して非常に公正であった」と発言した。
3.中国側の対応
・同日行われた中国外交部の定例記者会見において、記者がこの発言に関する見解を毛寧報道官に質問した。
4.毛寧報道官の発言概要
・中国は米中関係に対し、常に以下の三原則に基づいて対応していると述べた:
・相互尊重(mutual respect)
・平和共存(peaceful coexistence)
・ウィンウィンの協力(win-win cooperation)
5.発言の特徴
・トランプ氏の具体的発言内容に対する賛否や評価は行わなかった。
・貿易協定や米中交渉の具体的内容についても言及はなかった。
・中国側の原則的立場のみを明確に示す形となっている。
6.その他の情報
・記事には毛寧報道官の写真が掲載されている。
・会見の詳細な時間や、他の外交関係者の発言等には触れられていない。
【桃源寸評】🌍
特に国際外交における「原則的立場の堅持」と「不用意な迎合の回避」という中国側の一貫した対応姿勢を明確に伝わってくる。
1. 「手の平を返す」トランプ政権の言葉は記録資料として残るが、対応は原則の提示に留めている点
・中国外交部は、トランプ大統領の友好的とも取れる発言を受けても、それに対して具体的な謝意や称賛を表すことはなく、「相互尊重」「平和共存」「ウィンウィン協力」という抽象的かつ原則的な立場を述べるに留めている。
・これは、将来いかなる方向に情勢が変化しようとも、発言内容を外交的カードとして保持しつつ、自らは不用意な肯定や否定を避け、主導権を手放さない姿勢と解釈できる。
・記録には残るが、評価は保留。これが中国の「記憶するが、踊らされない」構えである。
2. 中国は「おべっか」に喜ぶ国家ではなく、歴史ある政治文化を持つ
・一時的な賛辞に過度に反応しないのは、外交の場における国家の成熟度を示すものである。
・中国は古代より儀礼と原則を重んじ、軽々に感情や好意に流される外交を「軽薄」として忌避してきた。
・したがって、トランプ氏のような一貫性を欠く発言には、あくまでも儀礼的距離を保ちつつ、原則論で応じることで、軽視も賞賛もせず、国の品位を保っているといえる。
3. これまでの経緯から、トランプ氏の言動に一喜一憂しない
・トランプ政権下での対中政策は、「関税戦争」「ファーウェイ制裁」など、対立と対話を繰り返す不安定なものであった。
・そのため、その場その場で発せられる言葉に振り回されず、あくまで国家としての原則に基づき反応するというのは、中国にとって当然の防衛姿勢である。
・特定の言動に過剰に反応することは、外交上の弱みや思惑を見せることになり、結果として相手の駆け引きに巻き込まれることになる。
4. 将来的に必要であれば、相手の発言を反論材料として用いるであろう
・中国は歴史的にも「記録を活用する」戦略に長けており、過去の発言を引用して相手の矛盾を突く術を心得ている。
・トランプ氏の「中国は我々に対してフェアである」との発言は、将来的に米側からの批判や圧力があった場合、その正当性を問う反論材料となりうる。
・したがって、中国は現時点で明確な反応を示さずとも、その「言質」は慎重に保存されていると見るべきである。
以上より、国際政治における「発言の応酬」ではなく、「姿勢と記憶の勝負」であることを深く理解したものと言える。外交とは、即時の反応よりも、如何に反応せずに相手の言葉を手札として蓄えるかにこそ、真の老練さが表れるのである。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
China handles US ties based on mutual respect, peaceful coexistence, win-win cooperation, FM on Trump's remarks claiming 'ties with Beijing have improved' GT 2025.07.09
https://www.globaltimes.cn/page/202507/1337968.shtml



