中国の伝統文様は公的領域にあり保護が不十分 ― 2026-07-11 14:00
【概要】
中国の伝統的な装飾文様が著作権・商標制度上、公的領域の資源として保護が不十分である問題を報じたものである。近年、ルイ・ヴィトン(LV)が中国のミルクティーブランドに対して商標権侵害で勝訴した事件を契機に、同ブランドのモノグラム文様が中国唐代の伝統文様に由来する可能性が指摘されるようになった。これを受け、歴史学者や芸術関係者らは、数千年の歴史を持つ文化遺産の文様が海外ブランドによって改変・商標登録され、逆に中国国内の事業者が権利主張される事態を憂慮し、保護に向けた取り組みを進めている。また、商標制度の仕組みが伝統文様の集団的かつ長期的な創作プロセスに適合していない構造的課題や、文化的言説における力関係の不均衡も論じられている。
【詳細】
問題の背景と具体的な事例
浙江大學が大学のシンボルマークを全45商標区分で登録し、アルマーニの積極的な商標戦略にならった防御体制を構築したことと対照的に、中国の伝統文様は公的領域に置かれたまま保護が手薄である。この問題が広く注目を集めたのは、LVが中国のミルクティーブランド「モリー・ティー」に対し、商標権侵害で約1030万元(約1億5200万円)の損害賠償を勝ち取った訴訟である。批評家からは、LVのモノグラムが唐代の宝相華(ほうそうげ)文や四つ目菱(しで)文など中国の伝統文様に着想を得ている可能性があるにもかかわらず、逆に中国側が権利主張される矛盾が指摘されている。
伝統文様の由来と欧米デザインとの関連
中国伝統文様データベースの設立者である広西芸術学院のHuang Qingsui准教授は、敦煌の壁画や景徳鎮の青花磁器の図柄などは、祖先の叡智や世界観を反映した国民的象徴であると説く。また、LV創業者ジョルジュ・ヴィトンがモノグラムの着想を日本の伝統文様に求めていたとする報道に対し、それらの日本の文様自体が長年にわたり中国唐代の文化的影響を受けて形成されたものであると指摘。さらに、19世紀の欧州における東洋美術ブームは、単に日本のデザインを吸収したものではなく、中国を中心とする東アジアの装飾体系全体を取り入れたものであり、ジバンシーの組子模様など欧州の有名ブランドのロゴも、ユーラシア大陸で共有されてきた古代の文様を基盤としていると主張する。
代表的な伝統文様の歴史的変遷と意義は以下の通りである。
・仰韶文化期(紀元前5000年~紀元前3000年頃):人面魚文。彩陶に見られ、豊作や子孫繁栄を願うトーテム信仰の表れであり、中国の装飾芸術の源流に位置する。
・殷・周時代(紀元前1600年~紀元前256年):雲雷文。青銅器に用いられ、祭祀や神権と結びついた。
・戦国~漢時代(紀元前475年~西暦220年):蟠螭(ばんち)文。漆器や絵画に見られ、生命力や神仙思想を反映する。なお、四つ目菱文はこの時代までに四方を意味する宇宙観を内包する図柄へと発展した。
・魏晋南北朝~唐時代(西暦386年~907年):宝相華文。インドの蓮、ペルシャの真珠円文、中国固有の牡丹などが融合したシルクロード時代の象徴で、完成を意味する。
・宋・元時代(西暦960年~1368年):蓮華唐草文。汝窯磁器や宋錦に用いられ、神仏中心から人間中心へと移り変わる文人の美意識を体現する。
・明・清時代(西暦1368年~1911年):補子(ほし)。官服に配された鳥獣の図柄で、階級や身分を示す「職業的ロゴ」として機能した。
議論の変化と構造的課題
今回の論争では、ディオーの漢服模倣問題の際に見られた感情的な反応と異なり、ネット上では歴史的遺物の照合や文様の変遷の証拠に基づいた、合理的な文化的自覚の広がりが見られるという。上海財経大学の王憲華人文学院長は、植民地時代の19世紀末には西洋ブランドが東洋のデザインを自由に利用できたのに対し、現代では中国ブランドが自国の伝統文様を使用する際に権利主張される状況は、文化的言説における力関係の不均衡を示すものだと指摘する。
また、文化学者のYu Jinlong氏は、現行の商標法は登録や独自性を基準としているため、長い時間をかけて集団的に創作・発展してきた伝統文様の性質と適合していない点を問題視する。わずかな改変を加えただけで商標登録が可能な現行制度では、元の文化の継承者がその文様を使用できなくなる事態が今後も増加する恐れがあると警告する。
保護に向けた取り組みと方向性
Huang准教授のチームは、考古学や図像学に基づくデジタル証拠チェーンを備えた中国装飾文様データベースの構築を進めている。また、全国人民代表大会の代表者からは、民族デザイン遺伝子バンクの設立を求める提案もなされた。
保護のモデルとしては、スコットランドの「タータン登録簿」や、中国の「柳州螺螄粉(リュウシュウルオスーフェン)」に代表される地理的表示制度が挙げられる。これらは模様自体の使用を禁止するのではなく、「タータン」「柳州螺螄粉」といった名称と文化的出自を保護する仕組みであり、中国の伝統文様に応用する場合も、文様の使用は認めつつ「壮族錦」などの文化的呼称を適切な生産者だけが使用できるようにする方向が望ましいとされる。目的は文様を閉じ込めることではなく、中国の伝統文様の系譜を明らかにし、文化的解釈の主導権を取り戻すことにある。
【要点】
・中国の伝統文様は公的領域にあり保護が不十分で、海外ブランドによる改変・商標登録、逆の権利主張のリスクにさらされている。
・LVのモノグラム文様は、中国唐代の宝相華文など東アジアの伝統文様に由来する可能性が指摘されている。
・問題の背景には、伝統文様の集団的・長期的な創作プロセスに現行の商標制度が適合していない構造的課題と、文化的言説における力関係の不均衡が存在する。
・現在、伝統文様の系譜を記録するデジタルデータベースの構築や、民族デザイン遺伝子バンク設立の提案が進められている。
・今後の保護の方向性として、スコットランドのタータン登録簿や地理的表示制度を参考に、文様の使用自体は認めつつ、文化的出自と名称を保護する仕組みが検討されている。
【引用・参照・底本】
Historians, artists rally to protect heritage motifs from global fashion giants GT 2026.07.09
https://www.globaltimes.cn/page/202607/1365602.shtml
中国の伝統的な装飾文様が著作権・商標制度上、公的領域の資源として保護が不十分である問題を報じたものである。近年、ルイ・ヴィトン(LV)が中国のミルクティーブランドに対して商標権侵害で勝訴した事件を契機に、同ブランドのモノグラム文様が中国唐代の伝統文様に由来する可能性が指摘されるようになった。これを受け、歴史学者や芸術関係者らは、数千年の歴史を持つ文化遺産の文様が海外ブランドによって改変・商標登録され、逆に中国国内の事業者が権利主張される事態を憂慮し、保護に向けた取り組みを進めている。また、商標制度の仕組みが伝統文様の集団的かつ長期的な創作プロセスに適合していない構造的課題や、文化的言説における力関係の不均衡も論じられている。
【詳細】
問題の背景と具体的な事例
浙江大學が大学のシンボルマークを全45商標区分で登録し、アルマーニの積極的な商標戦略にならった防御体制を構築したことと対照的に、中国の伝統文様は公的領域に置かれたまま保護が手薄である。この問題が広く注目を集めたのは、LVが中国のミルクティーブランド「モリー・ティー」に対し、商標権侵害で約1030万元(約1億5200万円)の損害賠償を勝ち取った訴訟である。批評家からは、LVのモノグラムが唐代の宝相華(ほうそうげ)文や四つ目菱(しで)文など中国の伝統文様に着想を得ている可能性があるにもかかわらず、逆に中国側が権利主張される矛盾が指摘されている。
伝統文様の由来と欧米デザインとの関連
中国伝統文様データベースの設立者である広西芸術学院のHuang Qingsui准教授は、敦煌の壁画や景徳鎮の青花磁器の図柄などは、祖先の叡智や世界観を反映した国民的象徴であると説く。また、LV創業者ジョルジュ・ヴィトンがモノグラムの着想を日本の伝統文様に求めていたとする報道に対し、それらの日本の文様自体が長年にわたり中国唐代の文化的影響を受けて形成されたものであると指摘。さらに、19世紀の欧州における東洋美術ブームは、単に日本のデザインを吸収したものではなく、中国を中心とする東アジアの装飾体系全体を取り入れたものであり、ジバンシーの組子模様など欧州の有名ブランドのロゴも、ユーラシア大陸で共有されてきた古代の文様を基盤としていると主張する。
代表的な伝統文様の歴史的変遷と意義は以下の通りである。
・仰韶文化期(紀元前5000年~紀元前3000年頃):人面魚文。彩陶に見られ、豊作や子孫繁栄を願うトーテム信仰の表れであり、中国の装飾芸術の源流に位置する。
・殷・周時代(紀元前1600年~紀元前256年):雲雷文。青銅器に用いられ、祭祀や神権と結びついた。
・戦国~漢時代(紀元前475年~西暦220年):蟠螭(ばんち)文。漆器や絵画に見られ、生命力や神仙思想を反映する。なお、四つ目菱文はこの時代までに四方を意味する宇宙観を内包する図柄へと発展した。
・魏晋南北朝~唐時代(西暦386年~907年):宝相華文。インドの蓮、ペルシャの真珠円文、中国固有の牡丹などが融合したシルクロード時代の象徴で、完成を意味する。
・宋・元時代(西暦960年~1368年):蓮華唐草文。汝窯磁器や宋錦に用いられ、神仏中心から人間中心へと移り変わる文人の美意識を体現する。
・明・清時代(西暦1368年~1911年):補子(ほし)。官服に配された鳥獣の図柄で、階級や身分を示す「職業的ロゴ」として機能した。
議論の変化と構造的課題
今回の論争では、ディオーの漢服模倣問題の際に見られた感情的な反応と異なり、ネット上では歴史的遺物の照合や文様の変遷の証拠に基づいた、合理的な文化的自覚の広がりが見られるという。上海財経大学の王憲華人文学院長は、植民地時代の19世紀末には西洋ブランドが東洋のデザインを自由に利用できたのに対し、現代では中国ブランドが自国の伝統文様を使用する際に権利主張される状況は、文化的言説における力関係の不均衡を示すものだと指摘する。
また、文化学者のYu Jinlong氏は、現行の商標法は登録や独自性を基準としているため、長い時間をかけて集団的に創作・発展してきた伝統文様の性質と適合していない点を問題視する。わずかな改変を加えただけで商標登録が可能な現行制度では、元の文化の継承者がその文様を使用できなくなる事態が今後も増加する恐れがあると警告する。
保護に向けた取り組みと方向性
Huang准教授のチームは、考古学や図像学に基づくデジタル証拠チェーンを備えた中国装飾文様データベースの構築を進めている。また、全国人民代表大会の代表者からは、民族デザイン遺伝子バンクの設立を求める提案もなされた。
保護のモデルとしては、スコットランドの「タータン登録簿」や、中国の「柳州螺螄粉(リュウシュウルオスーフェン)」に代表される地理的表示制度が挙げられる。これらは模様自体の使用を禁止するのではなく、「タータン」「柳州螺螄粉」といった名称と文化的出自を保護する仕組みであり、中国の伝統文様に応用する場合も、文様の使用は認めつつ「壮族錦」などの文化的呼称を適切な生産者だけが使用できるようにする方向が望ましいとされる。目的は文様を閉じ込めることではなく、中国の伝統文様の系譜を明らかにし、文化的解釈の主導権を取り戻すことにある。
【要点】
・中国の伝統文様は公的領域にあり保護が不十分で、海外ブランドによる改変・商標登録、逆の権利主張のリスクにさらされている。
・LVのモノグラム文様は、中国唐代の宝相華文など東アジアの伝統文様に由来する可能性が指摘されている。
・問題の背景には、伝統文様の集団的・長期的な創作プロセスに現行の商標制度が適合していない構造的課題と、文化的言説における力関係の不均衡が存在する。
・現在、伝統文様の系譜を記録するデジタルデータベースの構築や、民族デザイン遺伝子バンク設立の提案が進められている。
・今後の保護の方向性として、スコットランドのタータン登録簿や地理的表示制度を参考に、文様の使用自体は認めつつ、文化的出自と名称を保護する仕組みが検討されている。
【引用・参照・底本】
Historians, artists rally to protect heritage motifs from global fashion giants GT 2026.07.09
https://www.globaltimes.cn/page/202607/1365602.shtml

