<虻蜂取らず>のミャンマーでの制裁解除と民主派支援の矛盾 ― 2025年08月01日 21:00
【概要】
アメリカ財務省は2025年7月25日、ミャンマー軍事政権の同盟者に対する制裁を解除した。この措置は、2021年のクーデター記念日にバイデン政権が課した制裁を撤回するものであり、長年続いてきた米国の対ミャンマー政策の大きな転換点である。
これらの制裁はミャンマーの民主派支援の意思表示であり、軍事政権による爆撃や弾圧に耐えてきた国民に対する連帯の証でもあった。制裁解除はトランプ大統領による「ミャンマーへの戦略的失敗」の最新の事例であり、中国にとっては東南アジアでの戦略的勝利を意味する。
制裁解除の理由は明確に説明されていないが、タイミングが注目される。数日前、米議会はミャンマー軍政に対する制裁を継続し、抵抗勢力を支持する超党派の法案を可決していた。加えて、ミャンマー軍事政権の最高指導者ミン・アウン・フライン将軍は、貿易交渉の際にトランプを称賛している。
トランプ政権がこの方針転換を行った背景には、ミャンマーに存在するレアアース鉱物資源への関心があると考えられる。これらの希少資源はスマートフォンからミサイルシステムに至るまで幅広く必要とされ、ミャンマーは重要な供給源の一つとなっている。中国は環境破壊を理由に国内の鉱山操業を縮小し、代わりにミャンマーからの供給に依存するようになった。
しかし、ミャンマーのレアアース鉱山は軍事政権ではなく、民族武装組織(Ethnic Armed Organizations、EAO)が実効支配している。たとえば、カチン独立機構(Kachin Independence Organization、KIO)は昨年、世界最大級の重希土鉱山を掌握している。
米国内ではこの状況を受け、KIOと直接協力して資源を採掘するか、KIOと軍政の和平を仲介し共同開発を進めるべきだという提案が出ている。しかし、KIO支配地域は陸路で孤立しており、軍政側の支配地域や戦闘地帯、インド北東部、中国に囲まれているため、直接協力は現実的ではない。
また、和平仲介案は政治的動機を無視したものであり、KIOが政治的独立を目指して長年闘っている事実を考慮していない。KIOはこれまで中国の圧力に屈せず、政治的目標のために戦い続けている。米国は国際的承認や高度な武器の供与以外に、和平を成立させる十分な手段を持たない。
一方、レアアース採掘の急増は中国の支援を受ける最大の非国家武装勢力である連邦団結軍(UWSA)支配地域で起きている。UWSAは旧ビルマ共産党の残党から形成された組織であり、北京の支援を受けている。
米国がミャンマーのレアアース資源に有効な影響力を持つ可能性は低く、むしろ中国の支配を強化する結果を招く恐れがある。北京は既にミャンマーで大きな影響力を持ち、米国の援助縮小は中国の立場を一層強固にしている。
軍事政権は制裁解除を自らの正統性を高めるために利用し、国内外に向けた宣伝に活用するだろう。しかし軍政は引き続き中国から武器や資金、外交支援を受け続ける。
抵抗勢力はミャンマー領土の半数以上を掌握しているが、米国からの支援は限定的で、バイデン政権が約束した非致死的な援助さえ十分に提供されていない。西側の支援は象徴的な制裁や人道支援、同情の言葉にとどまっているが、それすらも後退しつつある。
こうした状況下で、抵抗勢力が西側を信頼する理由は乏しくなり、中国との関係を強めざるを得ない状況になる可能性がある。ただし、この変化は即時には起こらない。
ミャンマーに存在する20以上の民族武装組織は多様であり、それぞれ異なる戦略と優先事項を持つ。UWSAは長年中国と結びついているが、KIOは歴史的に西側を支持してきた。
KIO内部も単一の見解ではなく、トランプ政権が直接KIOと資源開発で協力する計画があるという報告は、一部のKIO指導者には魅力的に映るかもしれない。しかし、KIOはそのような計画が軍政への圧力を弱めるだけの無意味なものと理解している。
結果として、トランプ政権の政策は親西側の声を排除し、中国寄りの勢力を強化する危険性を孕んでいる。これは単なる道徳的失敗や方針の混乱ではなく、東南アジアにおける地政学的な大きな転換を加速させるものであり、中国の影響力を強め、米国の立場を弱め、ミャンマーの人々をさらに孤立させることになる。
【詳細】
2025年7月25日、アメリカ財務省はミャンマー軍事政権の同盟者に対して長年課してきた制裁を解除した。この制裁は2021年の軍事クーデターを受けてバイデン政権が施行したもので、ミャンマーの民主派支援と軍政による弾圧への抗議の意図があった。今回の制裁解除は、これまでの米国の一貫した対ミャンマー姿勢を覆すものであり、東南アジアにおける米中の影響力争いに大きな影響を及ぼす。
この決定の背景には、ミャンマーに豊富に存在するレアアース(希土類元素)への米国内の関心がある。レアアースは現代の先端技術製品や軍事装備の製造に不可欠な資源であり、中国がこれらの資源の世界的な主要供給者であることから、米国は供給源の多様化を強く求めている。中国が自国内の環境破壊を理由に鉱山の操業を縮小する一方で、ミャンマーの鉱山資源に注目している。
しかし、ミャンマー国内のレアアース鉱山の多くは軍事政権ではなく、民族武装組織(Ethnic Armed Organizations、EAO)が支配する地域に位置している。とくにカチン独立機構(KIO)は、世界最大級とされる重希土鉱山を昨年掌握している。KIOはミャンマー北部の中国国境沿いに勢力を持ち、長年にわたり自治権獲得を目指し軍政と対立している。
米国内では、①KIOと直接協力してレアアース採掘を進める案、②KIOと軍政の間で和平を成立させ、共同開発を行う案が浮上している。だが、両案とも現実的ではない。KIO支配地域は軍政支配地域に囲まれており、地理的に孤立しているうえ、複数の武装組織の存在や戦闘状態により、物流や人的交流が困難である。さらに、KIOは政治的目標を追求する組織であり、単なる経済的利益のために中国の圧力に屈することはない。
一方、ミャンマー東北部で最も強力な非国家武装勢力である連邦団結軍(UWSA)は、中国の支援を受けており、その支配地域でレアアース採掘が急増している。UWSAは旧ビルマ共産党の残存勢力が発展させた組織であり、中国との関係が深い。従って、レアアース鉱山の支配は事実上中国の影響下にあると言える。
この状況において、米国が直接KIOと連携してレアアース採掘を進めるのは、軍政支配地域を経由しなければならず、軍政との敵対関係も深いことから物理的にも政治的にも実現困難である。また、和平仲介による共同開発も、米国がKIOに提供可能なインセンティブが乏しいため現実味に欠ける。
さらに、2025年に米議会はミャンマー軍政に対する制裁強化と民主派支援を掲げる超党派法案を成立させているが、制裁解除はこの流れに反するものであり、米国政府内の政策整合性が欠けている状況が見受けられる。
中国はミャンマーに対して武器供与、資金援助、外交的庇護を続けており、軍政の主要な支援国としての地位を揺るがせていない。米国の制裁解除により、軍政は国際的な批判をかわしつつ、形だけの選挙を正当化し、国内外に向けて正統性を主張する材料を得た。
一方、ミャンマー国内の抵抗勢力は全土の約半分を支配しているが、米国からの支援は非致死的な装備提供など限定的であり、言葉や象徴的制裁にとどまることが多い。米国の制裁解除により、こうした抵抗勢力の西側への信頼はさらに低下し、結果的に中国との関係強化を余儀なくされる可能性が高い。
民族武装組織は多様であり、必ずしも一枚岩ではない。UWSAは中国寄りであるが、KIOはかつて西側に近い立場をとってきた。しかし、KIO内でも異なる意見や戦略が存在し、トランプ政権のレアアース資源獲得のための接近は一部の指導者にとって魅力的に映るものの、現実的には軍政への圧力緩和に過ぎないことを理解している。
結論として、トランプ政権による制裁解除とミャンマー政策は、米国の地政学的利益を損なうばかりか、中国の東南アジアにおける影響力を拡大させる結果となり、ミャンマーの民主勢力を孤立させることに繋がる。この変化は東南アジアにおける力関係の大きな転換点であり、中国の優位を助長し、米国の影響力を減退させることになる。
【要点】
・2025年7月25日、米財務省はミャンマー軍事政権の同盟者に対する制裁を解除した。
・この制裁は2021年の軍事クーデター後にバイデン政権が課したもので、民主派支援の象徴だった。
・制裁解除は米国の長年の対ミャンマー政策を転換し、中国の東南アジアにおける影響力を強化する結果となる。
・米国内でミャンマーのレアアース資源への関心が高まっている。
・レアアースはスマートフォンや軍事装備に不可欠であり、中国依存のリスクを減らす目的がある。
・中国は自国内の鉱山操業を縮小し、ミャンマーからの供給に依存している。
・ミャンマーのレアアース鉱山は軍政ではなく、主に民族武装組織(EAO)が支配している。
・代表的なEAOの一つ、カチン独立機構(KIO)は世界最大級の重希土鉱山を支配している。
・米国内では「KIOと直接協力して資源採掘を進める」案と「KIOと軍政の和平を仲介し共同開発を行う」案が議論されている。
・しかしKIO支配地域は軍政支配地域や戦闘地帯に囲まれ、物流・連携が困難である。
・KIOは政治的自治を目的としており、単なる経済利益のために中国の圧力に屈しない。
・連邦団結軍(UWSA)は中国の支援を受けており、彼らの支配地域でレアアース採掘が急増している。
・UWSAは旧ビルマ共産党残存勢力であり、中国との関係が深い。
・米国がKIOと直接連携するのは政治的・物理的に困難であり、和平仲介案も米国の提案可能なインセンティブが乏しいため実現性が低い。
・2025年に米議会はミャンマー軍政制裁強化を掲げる法案を可決したが、制裁解除はこの流れに反している。
・中国は武器供与や資金援助を続けており、軍政の主要支援国であり続けている。
・制裁解除は軍政に国際的正統性を与え、選挙の正当化や宣伝に利用される。
・ミャンマーの抵抗勢力は領土の約半分を掌握しているが、米国からの支援は限定的で象徴的にとどまる。
・制裁解除により、抵抗勢力の西側への信頼は低下し、中国との関係強化を余儀なくされる恐れがある。
・民族武装組織は多様であり、UWSAは中国寄り、KIOは歴史的に西側寄りだが内部でも意見は分かれる。
・トランプ政権の資源獲得戦略は、一部のKIO指導者には魅力的に映るものの、実際は軍政への圧力を弱める効果しかない。
・結果的にトランプ政権の政策は、中国の東南アジアにおける影響力を拡大し、米国の立場を弱め、ミャンマーの民主勢力を孤立させる。
【桃源寸評】🌍
米国の外交政策の問題点を「虻蜂取らず」「藪をつついて蛇を出す」「三竦み」「二枚舌」「砂上の楼閣」の視点から具体例を挙げて論じる。
1.虻蜂取らず
・ミャンマーでの制裁解除と民主派支援の矛盾は、結局どちらも得られず、中途半端に終わっている。制裁解除で軍政を利しつつ、民主派への支援も謳うが、実質的に両方が手に入らない結果になっている。
・ウクライナ戦争における米国の支援も、軍事支援と外交交渉のバランスを欠き、ロシアへの制裁強化と和平交渉の調整に失敗し、持続可能な解決策を得られていない。
2.藪をつついて蛇を出す
・ミャンマーのレアアース資源に執着し、無理に介入を図った結果、軍政の正統化や中国の影響拡大を招いた。
・同様に、イラク戦争後の中東政策では、政権転覆が地域の混乱と過激派の台頭を招き、米国自身が予想しなかったさらなる混乱を生んだ。
・アフガニスタン撤退後の混乱も、現地政権の崩壊を促進し、地域不安定化を深刻化させた。
3.三竦み
・米国はミャンマー軍政、中国、そして民族武装組織の三者間で有効な戦略を構築できず、いずれからも信頼を得られていない。
・台湾問題でも、米国は中国、台湾、そして自国の国益の間で有効な均衡を作れず、緊張を高めるだけで実質的な平和を実現できていない。
4.二枚舌
・ミャンマーにおける「民主派支持」と「軍政制裁解除」の矛盾したメッセージは、米国の信用を著しく毀損し、現地勢力からは裏切りと受け取られている。
・北朝鮮やイランへの外交でも、「対話の意向」と「制裁強化」の二面作戦が混乱を招き、相手国の信用を得られていない。
5.砂上の楼閣
・ミャンマー政策は理想と計画ばかりが先行し、現実の地政学的・軍事的制約を無視したため、実効性のない政策に終わっている。
・イスラエル・パレスチナ和平構想などでも、理想的な合意案は提唱されるが、現場の複雑な実情に対応できず、成果を上げられていない。
・気候変動対策や多国間協定においても、米国は大きな目標を掲げるが、国内政治の不安定や国際的な協力不足で実現が遅れ、砂上の楼閣と批判されることが多い。
以上のように、米国は「虻蜂取らず」で中途半端な成果しか得られず、「藪をつついて蛇を出す」失策を繰り返し、「三竦み」の状況で有効な外交戦略を欠き、「二枚舌」により国際的信用を失い、現実離れした「砂上の楼閣」を築き続けている。これにより米国の国際的地位は揺らぎ、同盟国や現地勢力からの信頼は失墜している。
【寸評 完】 💚
【引用・参照・底本】
Eye on rare earths, Trump handing Myanmar to China ASIA TIMES 2025.07.30
https://asiatimes.com/2025/07/eye-on-rare-earths-trump-handing-myanmar-to-china/
アメリカ財務省は2025年7月25日、ミャンマー軍事政権の同盟者に対する制裁を解除した。この措置は、2021年のクーデター記念日にバイデン政権が課した制裁を撤回するものであり、長年続いてきた米国の対ミャンマー政策の大きな転換点である。
これらの制裁はミャンマーの民主派支援の意思表示であり、軍事政権による爆撃や弾圧に耐えてきた国民に対する連帯の証でもあった。制裁解除はトランプ大統領による「ミャンマーへの戦略的失敗」の最新の事例であり、中国にとっては東南アジアでの戦略的勝利を意味する。
制裁解除の理由は明確に説明されていないが、タイミングが注目される。数日前、米議会はミャンマー軍政に対する制裁を継続し、抵抗勢力を支持する超党派の法案を可決していた。加えて、ミャンマー軍事政権の最高指導者ミン・アウン・フライン将軍は、貿易交渉の際にトランプを称賛している。
トランプ政権がこの方針転換を行った背景には、ミャンマーに存在するレアアース鉱物資源への関心があると考えられる。これらの希少資源はスマートフォンからミサイルシステムに至るまで幅広く必要とされ、ミャンマーは重要な供給源の一つとなっている。中国は環境破壊を理由に国内の鉱山操業を縮小し、代わりにミャンマーからの供給に依存するようになった。
しかし、ミャンマーのレアアース鉱山は軍事政権ではなく、民族武装組織(Ethnic Armed Organizations、EAO)が実効支配している。たとえば、カチン独立機構(Kachin Independence Organization、KIO)は昨年、世界最大級の重希土鉱山を掌握している。
米国内ではこの状況を受け、KIOと直接協力して資源を採掘するか、KIOと軍政の和平を仲介し共同開発を進めるべきだという提案が出ている。しかし、KIO支配地域は陸路で孤立しており、軍政側の支配地域や戦闘地帯、インド北東部、中国に囲まれているため、直接協力は現実的ではない。
また、和平仲介案は政治的動機を無視したものであり、KIOが政治的独立を目指して長年闘っている事実を考慮していない。KIOはこれまで中国の圧力に屈せず、政治的目標のために戦い続けている。米国は国際的承認や高度な武器の供与以外に、和平を成立させる十分な手段を持たない。
一方、レアアース採掘の急増は中国の支援を受ける最大の非国家武装勢力である連邦団結軍(UWSA)支配地域で起きている。UWSAは旧ビルマ共産党の残党から形成された組織であり、北京の支援を受けている。
米国がミャンマーのレアアース資源に有効な影響力を持つ可能性は低く、むしろ中国の支配を強化する結果を招く恐れがある。北京は既にミャンマーで大きな影響力を持ち、米国の援助縮小は中国の立場を一層強固にしている。
軍事政権は制裁解除を自らの正統性を高めるために利用し、国内外に向けた宣伝に活用するだろう。しかし軍政は引き続き中国から武器や資金、外交支援を受け続ける。
抵抗勢力はミャンマー領土の半数以上を掌握しているが、米国からの支援は限定的で、バイデン政権が約束した非致死的な援助さえ十分に提供されていない。西側の支援は象徴的な制裁や人道支援、同情の言葉にとどまっているが、それすらも後退しつつある。
こうした状況下で、抵抗勢力が西側を信頼する理由は乏しくなり、中国との関係を強めざるを得ない状況になる可能性がある。ただし、この変化は即時には起こらない。
ミャンマーに存在する20以上の民族武装組織は多様であり、それぞれ異なる戦略と優先事項を持つ。UWSAは長年中国と結びついているが、KIOは歴史的に西側を支持してきた。
KIO内部も単一の見解ではなく、トランプ政権が直接KIOと資源開発で協力する計画があるという報告は、一部のKIO指導者には魅力的に映るかもしれない。しかし、KIOはそのような計画が軍政への圧力を弱めるだけの無意味なものと理解している。
結果として、トランプ政権の政策は親西側の声を排除し、中国寄りの勢力を強化する危険性を孕んでいる。これは単なる道徳的失敗や方針の混乱ではなく、東南アジアにおける地政学的な大きな転換を加速させるものであり、中国の影響力を強め、米国の立場を弱め、ミャンマーの人々をさらに孤立させることになる。
【詳細】
2025年7月25日、アメリカ財務省はミャンマー軍事政権の同盟者に対して長年課してきた制裁を解除した。この制裁は2021年の軍事クーデターを受けてバイデン政権が施行したもので、ミャンマーの民主派支援と軍政による弾圧への抗議の意図があった。今回の制裁解除は、これまでの米国の一貫した対ミャンマー姿勢を覆すものであり、東南アジアにおける米中の影響力争いに大きな影響を及ぼす。
この決定の背景には、ミャンマーに豊富に存在するレアアース(希土類元素)への米国内の関心がある。レアアースは現代の先端技術製品や軍事装備の製造に不可欠な資源であり、中国がこれらの資源の世界的な主要供給者であることから、米国は供給源の多様化を強く求めている。中国が自国内の環境破壊を理由に鉱山の操業を縮小する一方で、ミャンマーの鉱山資源に注目している。
しかし、ミャンマー国内のレアアース鉱山の多くは軍事政権ではなく、民族武装組織(Ethnic Armed Organizations、EAO)が支配する地域に位置している。とくにカチン独立機構(KIO)は、世界最大級とされる重希土鉱山を昨年掌握している。KIOはミャンマー北部の中国国境沿いに勢力を持ち、長年にわたり自治権獲得を目指し軍政と対立している。
米国内では、①KIOと直接協力してレアアース採掘を進める案、②KIOと軍政の間で和平を成立させ、共同開発を行う案が浮上している。だが、両案とも現実的ではない。KIO支配地域は軍政支配地域に囲まれており、地理的に孤立しているうえ、複数の武装組織の存在や戦闘状態により、物流や人的交流が困難である。さらに、KIOは政治的目標を追求する組織であり、単なる経済的利益のために中国の圧力に屈することはない。
一方、ミャンマー東北部で最も強力な非国家武装勢力である連邦団結軍(UWSA)は、中国の支援を受けており、その支配地域でレアアース採掘が急増している。UWSAは旧ビルマ共産党の残存勢力が発展させた組織であり、中国との関係が深い。従って、レアアース鉱山の支配は事実上中国の影響下にあると言える。
この状況において、米国が直接KIOと連携してレアアース採掘を進めるのは、軍政支配地域を経由しなければならず、軍政との敵対関係も深いことから物理的にも政治的にも実現困難である。また、和平仲介による共同開発も、米国がKIOに提供可能なインセンティブが乏しいため現実味に欠ける。
さらに、2025年に米議会はミャンマー軍政に対する制裁強化と民主派支援を掲げる超党派法案を成立させているが、制裁解除はこの流れに反するものであり、米国政府内の政策整合性が欠けている状況が見受けられる。
中国はミャンマーに対して武器供与、資金援助、外交的庇護を続けており、軍政の主要な支援国としての地位を揺るがせていない。米国の制裁解除により、軍政は国際的な批判をかわしつつ、形だけの選挙を正当化し、国内外に向けて正統性を主張する材料を得た。
一方、ミャンマー国内の抵抗勢力は全土の約半分を支配しているが、米国からの支援は非致死的な装備提供など限定的であり、言葉や象徴的制裁にとどまることが多い。米国の制裁解除により、こうした抵抗勢力の西側への信頼はさらに低下し、結果的に中国との関係強化を余儀なくされる可能性が高い。
民族武装組織は多様であり、必ずしも一枚岩ではない。UWSAは中国寄りであるが、KIOはかつて西側に近い立場をとってきた。しかし、KIO内でも異なる意見や戦略が存在し、トランプ政権のレアアース資源獲得のための接近は一部の指導者にとって魅力的に映るものの、現実的には軍政への圧力緩和に過ぎないことを理解している。
結論として、トランプ政権による制裁解除とミャンマー政策は、米国の地政学的利益を損なうばかりか、中国の東南アジアにおける影響力を拡大させる結果となり、ミャンマーの民主勢力を孤立させることに繋がる。この変化は東南アジアにおける力関係の大きな転換点であり、中国の優位を助長し、米国の影響力を減退させることになる。
【要点】
・2025年7月25日、米財務省はミャンマー軍事政権の同盟者に対する制裁を解除した。
・この制裁は2021年の軍事クーデター後にバイデン政権が課したもので、民主派支援の象徴だった。
・制裁解除は米国の長年の対ミャンマー政策を転換し、中国の東南アジアにおける影響力を強化する結果となる。
・米国内でミャンマーのレアアース資源への関心が高まっている。
・レアアースはスマートフォンや軍事装備に不可欠であり、中国依存のリスクを減らす目的がある。
・中国は自国内の鉱山操業を縮小し、ミャンマーからの供給に依存している。
・ミャンマーのレアアース鉱山は軍政ではなく、主に民族武装組織(EAO)が支配している。
・代表的なEAOの一つ、カチン独立機構(KIO)は世界最大級の重希土鉱山を支配している。
・米国内では「KIOと直接協力して資源採掘を進める」案と「KIOと軍政の和平を仲介し共同開発を行う」案が議論されている。
・しかしKIO支配地域は軍政支配地域や戦闘地帯に囲まれ、物流・連携が困難である。
・KIOは政治的自治を目的としており、単なる経済利益のために中国の圧力に屈しない。
・連邦団結軍(UWSA)は中国の支援を受けており、彼らの支配地域でレアアース採掘が急増している。
・UWSAは旧ビルマ共産党残存勢力であり、中国との関係が深い。
・米国がKIOと直接連携するのは政治的・物理的に困難であり、和平仲介案も米国の提案可能なインセンティブが乏しいため実現性が低い。
・2025年に米議会はミャンマー軍政制裁強化を掲げる法案を可決したが、制裁解除はこの流れに反している。
・中国は武器供与や資金援助を続けており、軍政の主要支援国であり続けている。
・制裁解除は軍政に国際的正統性を与え、選挙の正当化や宣伝に利用される。
・ミャンマーの抵抗勢力は領土の約半分を掌握しているが、米国からの支援は限定的で象徴的にとどまる。
・制裁解除により、抵抗勢力の西側への信頼は低下し、中国との関係強化を余儀なくされる恐れがある。
・民族武装組織は多様であり、UWSAは中国寄り、KIOは歴史的に西側寄りだが内部でも意見は分かれる。
・トランプ政権の資源獲得戦略は、一部のKIO指導者には魅力的に映るものの、実際は軍政への圧力を弱める効果しかない。
・結果的にトランプ政権の政策は、中国の東南アジアにおける影響力を拡大し、米国の立場を弱め、ミャンマーの民主勢力を孤立させる。
【桃源寸評】🌍
米国の外交政策の問題点を「虻蜂取らず」「藪をつついて蛇を出す」「三竦み」「二枚舌」「砂上の楼閣」の視点から具体例を挙げて論じる。
1.虻蜂取らず
・ミャンマーでの制裁解除と民主派支援の矛盾は、結局どちらも得られず、中途半端に終わっている。制裁解除で軍政を利しつつ、民主派への支援も謳うが、実質的に両方が手に入らない結果になっている。
・ウクライナ戦争における米国の支援も、軍事支援と外交交渉のバランスを欠き、ロシアへの制裁強化と和平交渉の調整に失敗し、持続可能な解決策を得られていない。
2.藪をつついて蛇を出す
・ミャンマーのレアアース資源に執着し、無理に介入を図った結果、軍政の正統化や中国の影響拡大を招いた。
・同様に、イラク戦争後の中東政策では、政権転覆が地域の混乱と過激派の台頭を招き、米国自身が予想しなかったさらなる混乱を生んだ。
・アフガニスタン撤退後の混乱も、現地政権の崩壊を促進し、地域不安定化を深刻化させた。
3.三竦み
・米国はミャンマー軍政、中国、そして民族武装組織の三者間で有効な戦略を構築できず、いずれからも信頼を得られていない。
・台湾問題でも、米国は中国、台湾、そして自国の国益の間で有効な均衡を作れず、緊張を高めるだけで実質的な平和を実現できていない。
4.二枚舌
・ミャンマーにおける「民主派支持」と「軍政制裁解除」の矛盾したメッセージは、米国の信用を著しく毀損し、現地勢力からは裏切りと受け取られている。
・北朝鮮やイランへの外交でも、「対話の意向」と「制裁強化」の二面作戦が混乱を招き、相手国の信用を得られていない。
5.砂上の楼閣
・ミャンマー政策は理想と計画ばかりが先行し、現実の地政学的・軍事的制約を無視したため、実効性のない政策に終わっている。
・イスラエル・パレスチナ和平構想などでも、理想的な合意案は提唱されるが、現場の複雑な実情に対応できず、成果を上げられていない。
・気候変動対策や多国間協定においても、米国は大きな目標を掲げるが、国内政治の不安定や国際的な協力不足で実現が遅れ、砂上の楼閣と批判されることが多い。
以上のように、米国は「虻蜂取らず」で中途半端な成果しか得られず、「藪をつついて蛇を出す」失策を繰り返し、「三竦み」の状況で有効な外交戦略を欠き、「二枚舌」により国際的信用を失い、現実離れした「砂上の楼閣」を築き続けている。これにより米国の国際的地位は揺らぎ、同盟国や現地勢力からの信頼は失墜している。
【寸評 完】 💚
【引用・参照・底本】
Eye on rare earths, Trump handing Myanmar to China ASIA TIMES 2025.07.30
https://asiatimes.com/2025/07/eye-on-rare-earths-trump-handing-myanmar-to-china/

