米国:「中国ショック」からの起死回生策となるのか2024年09月08日 17:10

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【桃源寸評】

 バイデン政権の産業政策は、過去の経済ショックに対処するとともに、未来の経済変動に備えることを目的としているが、次のような懸念がある。

 1.過去の経済ショックへの対応

 ・製造業の回復支援: バイデン政権は、過去に影響を受けた地域に対して、製造業や戦略的セクターへの投資を促進している。これには、インフレ削減法やCHIPS法などの政策が含まれる。

 ・民間投資の誘導: これらの政策は、民間企業による投資を促進し、経済的に困難な地域に新たな雇用機会を創出することを狙いとしている。

 2.未来の経済変動への備え

 ・クリーンエネルギー移行への対応: 将来のクリーンエネルギー移行に備え、炭素依存型地域への大規模な投資が進められている。これにより、エネルギー転換に伴う経済的ショックを緩和することが期待されている。

 ・クリーンエネルギー関連の投資: 再生可能エネルギーや電気自動車などの新しい産業に対する投資が進められている。

 3.懸念される点

 ・市場の自由競争への影響: バイデン政権の政策が市場の自由競争に対して制約を加える可能性がある。特に、政府による支援や規制が市場の競争力を削ぐ恐れがあり、これが長期的に経済成長に悪影響を与える可能性がある。

 ・中国との関係と制裁: 中国に対する制裁や貿易制限が、グローバルなサプライチェーンや市場の自由競争に影響を及ぼす可能性がある。これにより、アメリカの企業が国際市場での競争力を失うリスクがある。

 ・国内産業の過度な保護: 国内産業を保護するための政策が、競争を減少させ、効率的な経済活動を阻害することが懸念される。これは長期的にはイノベーションの停滞やコストの上昇につながる可能性がある。

 バイデン政権の政策は、過去の経済ショックに対処し、未来の経済的変動に備えるための重要なステップであるが、市場の自由競争や国際的な経済関係への影響を考慮することも重要である。政策のバランスを取ることで、持続可能な経済成長と安定を実現することが求められている。

 ・更に中国の得意分野に投資することが、必ずしも良い結果をもたらすわけではないという懸念は、いくつかの理由で理解できるだろう。以下にその主な理由を挙げる。

 1.競争の激化

  ⇨ 技術競争: 中国はテクノロジー分野で急速に進歩しており、特に電気自動車(EV)、半導体、バイオテクノロジーなどで強力な競争力を持っている。これらの分野に投資することで、アメリカ企業は中国企業との激しい競争に直面し、利益率の低下や市場シェアの喪失のリスクがある。

 2.地政学的リスク

  ⇨ 政治的緊張: 中国との関係が緊張している中で、重要な分野に投資することは、地政学的リスクを高める可能性がある。例えば、貿易摩擦や規制の変更、外交的対立が投資の成果に影響を与えるかもしれない。

 3.市場の不確実性

  ⇨ 規制と政策の変化: 中国市場には特有の規制や政策があり、これが予期せぬ投資リスクを生む可能性がある。市場環境が急速に変化するため、投資のリターンが予測しづらくなることがある。

 4.経済的依存

  ⇨ 過度な依存: 中国の得意分野に投資することで、中国市場に対する依存度が高まり、特定の産業や企業が中国経済の変動に強く影響される可能性がある。これがリスク分散を難しくし、経済的な安定性を損なう恐れがある。

 5.投資の代替策

  ⇨ 多様化戦略: 中国の得意分野に依存せず、他の新興市場や先進技術分野への投資を進めることでリスクを分散する。
  ⇨ イノベーションの推進: 自国の強みや独自性を活かし、競争力のある新しい技術やビジネスモデルの開発に注力する。

 6.国際的な連携: 他の国との協力や共同研究を通じて、グローバルな競争力を高める。
中国の得意分野に投資する際には、リスクを慎重に評価し、長期的な戦略を持つことが重要である。

 7.アメリカと中国の人材の格差は、国際的な経済競争や技術革新において重要な要素である。これを考慮し、適切な戦略を立てることが、競争力を維持し、未来の成長を促進するために重要である。

【寸評 完】

【概要】

 過去および将来の産業や労働市場の衝撃に対応するために、バイデン政権が推進する「場所に基づいた産業戦略」について説明している。特に、過去の産業ショックで打撃を受けた地域や、将来的なクリーンエネルギー移行による影響を受けやすい地域への投資が重要視されている。

 記事は、過去のショックとして、中国の2001年の世界貿易機関(WTO)加盟による製造業の失業(「中国ショック」)が挙げられており、このような衝撃を受けた地域に対して、民間の投資が行われていることを指摘している。また、今後のクリーンエネルギー移行に伴い、炭素依存の高い地域に対する投資も増加していることが報告されている。これにより、産業戦略が過去のショックを緩和しつつ、将来の変化にも対応しようとしていることが強調されている。

 最終的に、この戦略は、過去の教訓に基づいて、地域ごとに異なるニーズに対応し、将来の経済的な混乱に備えることを目指している。

【詳細】

 アメリカの「場所に基づいた産業戦略」が、過去の産業や労働市場の衝撃に対応し、将来の経済的変動に備えるためにどのように機能しているかを詳細に分析している。特にバイデン政権が推進しているこの戦略は、過去に大きな産業ショックを受けた地域や、今後のクリーンエネルギー移行により影響を受ける可能性が高い地域に焦点を当て、民間投資を誘導することで地域経済を強化することを目的としている。

 1. 過去の産業ショックへの対応

 まず、この記事では、過去数十年にわたる産業ショックの中でも特に大きな影響を与えた「中国ショック」に言及している。中国が2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟した後、低コストの中国製品がアメリカ市場に急増し、2000年から2012年の間にアメリカの製造業が壊滅的な打撃を受けた。この結果、製造業に依存していた多くの地域が深刻な経済的困難に直面し、現在でもその影響が残っているとされている。特に、製造業の雇用が失われた地域では、長期にわたり経済の低迷が続いており、これらの地域への投資が必要とされている。

 この記事によると、アメリカの新たな産業政策は、この「中国ショック」のダメージを修復することを目指している。インフレ削減法、CHIPS法、インフラ投資と雇用法などに基づく資源が、これらの地域に向けて供給され、地元の産業クラスターやサプライチェーンを強化することを意図している。この政策は、単に過去の損失を補うだけでなく、将来の経済的ショックに備える役割も果たしている。

 2. 将来の産業ショックに備える

 この記事では、バイデン政権の産業戦略が過去のショックだけでなく、今後の産業変動に備えるためにも重要であると強調している。特に、クリーンエネルギーへの移行が炭素依存度の高い地域に与える影響が懸念されており、これらの地域への投資が進められている。アメリカ経済の脱炭素化は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーのコストが化石燃料よりもはるかに安くなっていることから進行している。このため、炭素依存型の産業に依存している地域(アパラチア地方やメキシコ湾岸など)は、将来の経済的なショックを受ける可能性が高いとされている。

 この記事によれば、民間企業が発表した戦略的セクターへの投資のうち、2021年以降に発表された7360億ドルの投資の約30%、すなわち2220億ドルが、過去に「中国ショック」の影響を受けた地域に流れ込んでいる。さらに、炭素依存度の高い地域も、アメリカ全体のGDPや人口に比べて大きな割合の投資を受けており、将来の経済的ショックを緩和するための準備が進められている。

 3. 地域別の投資の特徴

 記事では、民間の投資が流れ込んでいる地域の特徴についても詳述されている。まず、かつて「中国ショック」によって製造業が失われた地域には、バッテリー、電気自動車、クリーンエネルギー関連の製造業への投資が多く行われている。これらの地域では、高度な製造業への雇用が増加しており、多くの新しい仕事が4年制大学の学位を必要としないため、過去に製造業で働いていた労働者がそのまま新しい産業にシフトできる可能性が高いとされている。

 一方、炭素依存型の地域には、クリーンエネルギーの生産やインフラへの投資が進められており、特に再生可能エネルギーの発電に関するプロジェクトが大規模に行われている。例えば、炭素依存度の高い地域におけるクリーンエネルギー発電プロジェクトの平均規模は、他の地域のプロジェクトと比べて約8倍に達しており、これらのプロジェクトはより大きな雇用効果をもたらす可能性があるとされている。

 4. 過去と未来を見据えた産業戦略

 最後に、この記事では、アメリカの新たな産業戦略が過去の教訓を生かしながら、将来の経済的変動にも対応するためのものであると結論づけている。特に、「中国ショック」のような地域ごとの労働市場の衝撃が、今後も自動化やロボット化の進展、さらにはクリーンエネルギーへの移行などで起こる可能性が高いため、政府と民間の投資がそれに備える形で進められていることが重要視されている。

 このように、アメリカの「場所に基づいた産業戦略」は、過去の産業ショックを乗り越えると同時に、将来の経済的な変化にも対応し、地域経済を強化しようとする長期的な取り組みである。

【要点】

 ・過去の産業ショック対応: 「中国ショック」(2000-2012年)により、アメリカの製造業が壊滅的な影響を受け、特に製造業依存地域が大きな打撃を受けた。新たな産業政策はこれらの地域の復興を目指している。

 ・バイデン政権の産業戦略: インフレ削減法やCHIPS法などを通じ、産業クラスターやサプライチェーンの強化を目指し、過去に産業ショックを受けた地域に民間投資を誘導している。

 ・将来の経済変動への備え: クリーンエネルギー移行が進む中、炭素依存度の高い地域(アパラチア地方、メキシコ湾岸など)が大きな経済的ショックを受けるリスクがあるため、これらの地域への投資が進められている。

 ・民間投資の状況: 2021年以降の7360億ドルの民間投資のうち、30%(2220億ドル)が過去に「中国ショック」の影響を受けた地域に流れている。また、炭素依存地域にも多くの投資が行われている。

 ・クリーンエネルギー投資: 炭素依存型地域にはクリーンエネルギー発電プロジェクトへの大規模な投資が行われており、他地域よりも大きなプロジェクトが進行中。

 ・労働市場への影響: 新たな投資により、かつて製造業で働いていた労働者が新しい雇用機会を得られる可能性が高い。多くの仕事は4年制大学の学位を必要としない。

 ・過去と未来の産業戦略: 過去の「中国ショック」などの経験を踏まえ、将来の経済的変動(自動化やクリーンエネルギー移行)に備える政策が進められている。

【参考】

 ☞ 「中国ショック」の具体例は、アメリカにおける製造業の衰退と多くの地域での失業増加である。いくつかの代表的な影響を以下に示す。

 1.製造業の失業: 中国の2001年の世界貿易機関(WTO)加盟後、低コストの中国製品がアメリカ市場に大量に流入し、アメリカの製造業が競争に敗れて多くの工場が閉鎖した。これにより、数百万人のアメリカの製造業従業員が職を失った。

 2.ラストベルト(Rust Belt)地域の衰退: 特に、アメリカ中西部や東部に位置する「ラストベルト」と呼ばれる地域(オハイオ州、ペンシルバニア州、ミシガン州など)は、中国からの輸入の急増で製造業が大きく衰退した。これらの地域は、かつてアメリカの産業の中心地であったため、影響が特に顕著であった。

 3.繊維業や家具産業の打撃: アメリカ南部に位置する繊維産業や家具製造業が、中国からの安価な製品との競争で大打撃を受け、企業の倒産や労働者の解雇が相次いだ。

 4.貿易赤字の増加: アメリカは中国との貿易で大規模な赤字を抱えるようになり、これが経済の構造的な問題として認識されるようになった。特に製造業の分野で、安価な中国製品に押され、国内の生産が減少した。

 5.地域の社会経済的な問題: 工場の閉鎖による失業は、地域の経済を停滞させ、生活水準の低下や社会問題(犯罪率の上昇、薬物乱用の増加など)を引き起こした。これらの地域は、経済的に回復するのに長い時間を要した。

中国ショックは、米中間の貿易関係が急速に変化した結果、アメリカの産業構造に大きな変化をもたらし、地域経済や労働市場に深刻な影響を与えた。

【参考はブログ作成者が付記】

【引用・参照・底本】

‘Place-based industrial strategy’ responds to past and future industrial and labor market shocks BROOKINGS 2024.08.29
https://www.brookings.edu/articles/place-based-industrial-strategy-responds-to-past-and-future-industrial-and-labor-market-shocks/?utm_campaign=Brookings%20Brief&utm_medium=email&utm_content=322510836&utm_source=hs_email

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