ドイツがリトアニアに開設した軍事基地2025年04月04日 17:26

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【概要】

 ドイツがリトアニアに開設した軍事基地は、欧州の安全保障に関するロシアと米国の交渉に影響を与える要素となっている。

 ドイツは、第二次世界大戦後初めてとなる恒久的な海外軍事基地を開設した。この基地はリトアニア南東部、ベラルーシ国境付近に位置し、ロシアのカリーニングラード州にも近接している。ドイツはこれによって中央・東欧(CEE)の安全保障に直接関与する立場となり、欧州の安全保障枠組みの形成において大きな影響力を持つこととなる。

 この軍事基地の開設には、いくつかの戦略的な目的がある。第一に、ポーランドがバルト三国の主要な欧州の同盟国としての地位を確立しようとする試みに対する挑戦となる。ドイツはリトアニアに基地を設置することで、ポーランドとバルト三国の間の結びつきを強化しつつ、バルト地域における影響力を拡大する立場を確保した。

 また、ドイツとポーランドは2024年初頭に「軍事シェンゲン」の創設で合意しており、これにより部隊や装備の移動が容易になる。この枠組みは、今後ラトビアやエストニアにも拡大される可能性がある。欧州議会は、EUの東方安全保障戦略において「バルト防衛ライン」の重要性を確認しており、ドイツのリトアニア基地はその中核的な役割を担うことになるかもしれない。

 この動きは、ドイツとポーランドの間でバルト地域の影響力を巡る競争を促進し、最終的にはドイツがCEEの軍事的な主導権を握る可能性を高める。

 さらに、この基地はポーランドだけでなくロシアの利益にも影響を及ぼす。仮にロシアがベラルーシからカリーニングラードへ至る「スヴァウキ回廊」を確保するために軍事行動を起こした場合、この基地がドイツの軍事介入を招く「トリップワイヤー」となる可能性がある。現在のところ、ロシアがポーランドやリトアニアを経由してカリーニングラードへ進軍する意図を示唆する兆候はない。また、そのような行動は米国の関与を招き、欧州全体の戦争、さらには第三次世界大戦につながる可能性が高いため、現実的ではないと考えられる。しかし、このシナリオは欧州の政策立案に影響を与えており、ドイツの関与が強まる要因となっている。

 最後に、ドイツのリトアニア基地開設は、欧州の安全保障に関するロシアと米国の交渉における影響力を確保するための布石ともなっている。ロシアのプーチン大統領は2021年末、米国に対し、1997年のNATO・ロシア基本文書(NATO-Russia Founding Act)に立ち戻るよう求め、ワルシャワ条約機構加盟国だった地域から西側の部隊や軍事インフラを撤退させることを要求した。しかし、現在ではドイツの同意なしにこの要求を実現することは困難になっている。

 他のNATO諸国の東方展開部隊は、実質的には恒久的であるものの公式には「ローテーション配備」とされている。しかし、ドイツと米国のリトアニア駐留部隊は公式に恒久的な駐留とされており、ロシアにとってより深刻な問題となる。これは必ずしもドイツがロシア・米国の交渉に直接参加することを意味するものではないが、少なくともベルリンがこうした交渉の妨げとなり、欧州の安全保障問題が米露間だけで決定されることを阻止する可能性が高まったことを意味する。
 
【詳細】

 ドイツのリトアニア基地開設が欧州安全保障に及ぼす影響

 1. ドイツの海外恒久軍事基地開設の意義

 ドイツがリトアニアに開設した軍事基地は、第二次世界大戦後初めての恒久的な海外基地である。この基地はリトアニア南東部のルクライナイ(Rukla)に設置されており、ベラルーシ国境とロシアの飛び地であるカリーニングラード州に近接している。この地理的な位置は、ドイツの欧州安全保障政策において大きな意味を持つ。

 従来、ドイツはNATOの枠組みの中で「ローテーション配備」により東方展開を行ってきたが、今回のリトアニア基地は正式に「恒久駐留」として設置されている。これにより、ドイツは中央・東欧(CEE)の安全保障に直接関与する立場を確立し、地域の軍事バランスにおいて主導的な役割を果たすことになる。

 2. ドイツとポーランドのバルト地域での競争

 リトアニア基地の開設は、ポーランドがバルト三国における主要な欧州の同盟国としての地位を確立しようとする試みに対抗する動きとも解釈できる。これまでポーランドは、バルト三国とNATOの軍事的な結びつきを強化する中心的な役割を担っていたが、ドイツがリトアニアに恒久基地を設置することで、バルト地域での影響力を強化し、ポーランドとの競争を激化させる可能性がある。

 この競争を助長する要素として、ドイツとポーランドが2024年初頭に合意した「軍事シェンゲン(Military Schengen)」が挙げられる。この協定は、EU域内における軍隊と軍事装備の迅速な移動を可能にするものであり、特に東欧地域での部隊展開をスムーズにすることを目的としている。今後、この「軍事シェンゲン」はラトビアやエストニアにも拡大される可能性があり、EUの東方安全保障戦略における「バルト防衛ライン」の一環として機能することが予想される。

 この結果、ドイツはバルト三国における影響力を強化し、ポーランドに対して軍事的な優位性を確立しようとする動きを加速させると考えられる。長期的には、ポーランドをドイツの安全保障戦略の枠内に組み込み、CEE地域における主導権を握る可能性がある。

 3. ロシアの戦略と「スヴァウキ回廊」の問題

 リトアニア基地の開設は、ロシアの安全保障戦略にも大きな影響を及ぼす。特に、ロシアがベラルーシとカリーニングラードを結ぶ「スヴァウキ回廊(Suwalki Corridor)」の確保を目指す可能性に関連している。

 「スヴァウキ回廊」とは、ポーランドとリトアニアの国境地帯にある約65kmの細長い地域であり、NATOとロシアの勢力圏が接する最も脆弱なポイントの一つである。この地域をロシアが軍事的に確保すれば、ベラルーシとカリーニングラードが直接つながり、NATO側のバルト三国との陸上接続を遮断することが可能となる。

 現時点では、ロシアがポーランドやリトアニアを軍事的に侵攻し、「スヴァウキ回廊」を確保する兆候はない。しかし、このシナリオはNATOにとって極めて深刻な脅威と見なされており、欧州の安全保障政策において重要な要素となっている。

 もしロシアが「スヴァウキ回廊」の確保を試みた場合、リトアニアに駐留するドイツ軍が「トリップワイヤー」として機能し、ドイツの軍事介入を誘発する可能性がある。ドイツがNATOの集団防衛義務(NATO条約第5条)に基づき直接関与すれば、結果的に米国も参戦し、欧州全体が戦争に巻き込まれるリスクが高まる。

 このように、ドイツのリトアニア基地はロシアの軍事戦略にも影響を与え、CEE地域における安全保障のバランスを変える可能性がある。

 4. 米露間の欧州安全保障交渉への影響

 ドイツのリトアニア基地開設は、欧州の安全保障を巡るロシアと米国の交渉にも影響を及ぼす要因となる。

 2021年末、ロシアのプーチン大統領は、米国に対して**1997年のNATO・ロシア基本文書(NATO-Russia Founding Act)**に回帰するよう求めた。この要求の核心は、1997年以降にNATOに加盟した旧ワルシャワ条約機構加盟国(ポーランド、チェコ、ハンガリーなど)やバルト三国から、西側の軍隊や軍事インフラを撤退させることであった。

 しかし、現在の状況ではこの要求を満たすことは困難である。特に、ドイツがリトアニアに恒久軍事基地を開設したことにより、ドイツの同意なしにNATOの東方展開を撤回することは事実上不可能になった。

 他のNATO諸国の東方駐留部隊は、公式には「ローテーション配備」とされているが、ドイツと米国のリトアニア駐留部隊は正式に「恒久駐留」とされており、この違いはロシアにとって特に重要である。ロシアにとって、公式に恒久駐留とされる部隊はより深刻な脅威と見なされるため、ドイツの基地開設はNATOの東方拡大の既成事実化をさらに進める要因となる。

 この結果、ロシアと米国が将来的に欧州の安全保障について交渉を行う場合、ドイツの意向が無視できない要素となる。ドイツが直接交渉に参加するかどうかは別としても、ベルリンの立場がロシア・米国間の交渉の障害となる可能性が高まった。これにより、NATOの東方展開の再編や縮小がさらに困難になり、欧州の安全保障構造がより硬直化する可能性がある。

 結論

 ドイツのリトアニア軍事基地の開設は、欧州の安全保障における戦略的な転換点となる可能性がある。ポーランドとのバルト地域での競争、ロシアの戦略的対応、NATOの東方防衛体制、そしてロシア・米国間の交渉に至るまで、広範な影響を及ぼす要素となっている。これにより、欧州の安全保障構造はより複雑化し、ドイツの役割が一層重要になると考えられる。
  
【要点】

 ドイツのリトアニア軍事基地開設の影響

 1. ドイツの海外恒久軍事基地の意義

 ・第二次世界大戦後、ドイツ初の海外恒久駐留基地

 ・設置場所:リトアニア・ルクライナイ(Rukla)

 ・ロシアの飛び地カリーニングラードとベラルーシに近接

 ・NATOの東方防衛強化に直接関与

 ・「ローテーション配備」から「恒久駐留」への転換

 2. ポーランドとのバルト地域での影響力競争

 ・ポーランドは従来バルト三国との軍事的結びつきを強化

 ・ドイツの基地開設でバルト地域の主導権争いが激化

 ・2024年の「軍事シェンゲン」導入で部隊移動が迅速化

 ・長期的にポーランドをドイツの安全保障戦略に組み込む可能性

 3. ロシアの戦略と「スヴァウキ回廊」問題

 ・「スヴァウキ回廊」(ポーランド・リトアニア国境)はNATOの弱点

 ・ロシアが確保すれば、バルト三国は陸上孤立

 ・ドイツ軍は「トリップワイヤー(有事の際に即時介入)」として機能

 ・NATO第5条発動により米国の関与を誘発する可能性

 4. 米露間の欧州安全保障交渉への影響

 ・ロシアはNATOの東方拡大を抑制しようとしてきた

 ・ドイツの恒久基地設置で東欧のNATOプレゼンスが強化

 ・1997年の「NATO・ロシア基本文書」への回帰が困難に

 ・NATOの東方展開の既成事実化が進み、米露交渉が難航

 5. 結論

 ・ドイツのリトアニア基地開設は欧州安全保障の大きな転換点

 ・NATOの東方防衛強化に貢献し、ポーランドとの競争を加速

 ・ロシアの戦略的圧力を強め、米露交渉を硬直化させる要因に

 ・欧州の軍事バランスが一層複雑化し、ドイツの影響力が増大

【引用・参照・底本】

Germany’s Lithuanian Base Complicates A Grand Russian-US Deal Over European Security Andrew Korybko's Newsletter 2025.04.03
https://korybko.substack.com/p/germanys-lithuanian-base-could-complicate?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=160557615&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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