「名月を取ってくれろと泣く子」に似たり ― 2025年05月17日 22:00
【概要】
2025年2月下旬、ドナルド・トランプ大統領は、アフガニスタンのバグラム空軍基地におけるアメリカ軍のプレゼンス回復を計画している旨を発表したが、その方針をカタール駐留の米軍に向けた演説の中で改めて表明した。この発言を受けて「トランプが本気でアフガン戦略を進めるなら、パキスタンと取引せざるを得ない」と以前に分析しており、インドとパキスタン間の最近の衝突を背景に、両国間で密かな交渉が進行している可能性があると述べている。
また、トランプは中国との「完全な関係再構築(total reset)」を提唱しており、これが米中の複数極化を特徴とする「G2」もしくは「チメリカ(Chimerica)」と呼ばれる枠組みの復活に繋がる可能性があるとされている。もしこのような方向に向かえば、米国が従来進めていた「アジアへの再転換(Pivot back to Asia)」、特にインドに対して期待されていた中国封じ込めの役割は重要性を失う。この文脈において、トランプがインドとの関係を軽視しているように見える背景が説明されうる。
ただし、バグラム空軍基地への復帰が中国国境に近いという地理的要因から強く意識されていることを鑑みれば、トランプ政権が中国との新たな緊張緩和(“New Détente”)を模索する中でも、対中戦略上の「保険」としての側面を持つと考えられる。
さらに、米国がアフガニスタンに軍を再配置するためには、パキスタンの協力が不可欠であり、テロ対策を名目としたパキスタンへの軍事支援の再開が想定される。このことは、中国とパキスタンが推進する中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安全保障を米国が黙認する可能性を意味しうるが、CPECはインドが自国領と主張するカシミールを通過しているため、インドにとって重大な懸念となる。また、軍事支援がインドとの武力衝突に転用される恐れがあることからも、インドの反発は必至とされる。
このような取り決めが進展した場合、ロシアにとっても悪影響が及ぶ可能性がある。2024年12月に計画されたロシアによるパキスタンの資源部門の近代化プロジェクトは、当時、米国が制裁を見送った背景として、中国の影響力を相対的に抑える意図があったと分析されている。しかし、米中間で「新デタント」が実現した場合、米国はロシアとの関係よりも中国との協調を優先し、このようなロシアの利権に関心を示さなくなる可能性がある。
また、米国がパキスタンへの影響力を行使して、ロシアに対してアフガニスタンへの米軍再駐留を黙認させる交換条件として、同国の資源契約をロシアに与える可能性もある。その場合、米国とロシアはアフガニスタンで「友好的な競争者」として共存する形を取りつつ、ロシアの既存または計画中のプロジェクトを継続させるとの見通しも提示されている。
このように、パキスタンおよびアフガニスタンを舞台とする米露中の三者間協力、あるいは競合が本格化すれば、インドにとって深刻な懸念となる。とりわけ、ロシアとパキスタンの間でアフガニスタンを経由した貿易回廊が形成され、さらにCPECおよび米国による戦略的鉱物への投資、加えて米国からパキスタンへの武器供与が行われれば、地域秩序の大幅な再編に繋がる恐れがある。
この新たな地政学的枠組みにおいて、米国、中国、パキスタン、さらにはロシアからの圧力がインドに加えられ、「大ユーラシア構想(Greater Eurasia)」の実現という名目の下で、カシミール地方の分割を受け入れるよう迫られる可能性もあるとされている。
【詳細】
バグラム空軍基地への米軍復帰構想の背景
トランプ大統領は2021年のアフガニスタンからの米軍撤退を「不名誉な退却」と位置付けており、自らの外交・安全保障戦略の中でその修正を志向している。2025年2月に公表されたこの方針は、同年5月に米軍向け演説でも再確認され、アフガニスタンのバグラム空軍基地への米軍の再駐留が重要政策として位置付けられている。
この復帰計画に関連して、アフガニスタンへのアクセス確保に必要な地政学的条件として、パキスタンとの協力が不可欠であるとされている。これは、米国がアフガニスタンに直接接する唯一の陸路アクセスを、パキスタンの領域を通じて行う必要があるためである。
米中関係と「新デタント(新たな緊張緩和)」の可能性
同時に、トランプは中国との「全面的な関係再設定(total reset)」を模索しており、これは2000年代の「チメリカ(Chimerica)」、すなわち米中二大国による世界秩序管理という枠組みへの回帰とも捉えられうる。これは複数の極が共存する「双多極化(bi-multipolarity)」として理解され、現在の国際秩序に変化をもたらす可能性を秘めている。
この場合、従来の「アジア回帰(Pivot to Asia)」戦略、特にインドを対中封じ込めの要とする構想は重要性を低下させる。この地政学的構造変化は、インドに対する米国の戦略的優先順位が低下していることを意味し、トランプがインドの利害に配慮しない姿勢を見せている理由の一端ともなる。
バグラム復帰と中国への「保険」
しかし、バグラム空軍基地の地理的位置、すなわち中国西部との近接性は、軍事戦略的観点から無視できない要素である。したがって、たとえ米中関係に改善の兆しが見えたとしても、トランプ政権がこの地域における軍事的プレゼンスを維持・強化しようとするのは、万が一米中関係が再び緊張した際の「戦略的保険」として機能させる意図があるとされる。
パキスタンとの取り引きとCPECの容認
米国がアフガニスタンに軍を再配置するにあたり、パキスタンの支援が不可欠である。そのため、米国はパキスタンへの軍事支援を「テロ対策」の名目で再開し、それにより中国とパキスタンが推進する中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安定化に貢献する可能性がある。
これは、米国が暗黙のうちにCPECを容認することを意味するが、CPECはインドが自国領と主張するジャンムー・カシミールを経由しているため、インドにとっては主権侵害と捉えられている。そのため、インドは米国のこの姿勢に強く反発することが予想される。
さらに、パキスタンへの米国の軍事支援は、形式上は対テロ戦略であっても、実質的にはインドとの軍事的均衡を変える可能性があり、特に最近の印パ衝突を受けてその懸念は高まっている。
ロシアの地政学的利益との衝突
ロシアは2024年12月、パキスタンの資源セクターの近代化を支援する計画を進めており、当時の米国はこのプロジェクトに対する制裁を控えていた。これは中国の影響力を緩和する戦略的判断とされていたが、米国が中国との「新デタント」を優先させる場合、パキスタンにおけるロシアの利権に対する関心は希薄となり、制裁の可能性も再浮上することがある。
一方で、米国はパキスタンに影響力を行使し、ロシアに対してアフガニスタンへの米軍再駐留を黙認させる見返りとして、パキスタンの資源契約をロシアに与える可能性もある。このような「相互譲歩」によって、米露はアフガニスタンで「友好的な競合者」として共存し、ロシアのインフラ・エネルギープロジェクトが引き続き実施される可能性も排除できない。
インドにとっての地政学的脅威
もしこのような米中、米露、さらにパキスタンを含む新たな地域枠組みが形成された場合、インドにとっては四面楚歌のような状況となる。特に、ロシアとパキスタン間でアフガニスタンを通じた貿易回廊が構築され、それがCPECや米国の鉱物資源投資と連動し、さらには米国製兵器の流入まで加われば、地域の戦略的均衡は大きく変動する。
このような状況下では、「大ユーラシア構想(Greater Eurasia)」の実現を名目として、インドに対してジャンムー・カシミールの最終的な分割(インド・パキスタンの実効支配線を事実上の国境として固定)を受け入れるよう圧力がかかる可能性がある。米国、中国、パキスタン、さらにはロシアまでもがこの立場に立てば、インドの外交的孤立が強まる恐れがある。。
【要点】
トランプ政権のバグラム空軍基地再利用計画とその含意
・トランプ大統領は、アフガニスタンのバグラム空軍基地への米軍の再駐留を計画しており、2025年2月と5月に繰り返し言及している。
・この計画は、アフガニスタン周辺への戦略的影響力を再確立する意図を示している。
・実現にはパキスタンの協力が不可欠であり、現在、米パ間で非公開の交渉が行われている可能性がある。
米中関係と「新デタント」の可能性
・トランプは中国との「全面的な関係再設定(total reset)」を提唱している。
・これは米中G2(チメリカ)構想、すなわち米中共同による世界秩序管理の復活を意味しうる。
・その場合、インドは米国の対中戦略における優先順位を失うことになり、米印関係は冷却化する可能性がある。
バグラム基地の対中地理的優位性
・バグラム空軍基地は中国西部に近接しており、戦略的価値が高い。
・トランプ政権は、中国との協調を模索する一方で、対中けん制の「保険」として同基地を利用しようとしている可能性がある。
パキスタンとの協力とCPECの容認
・米軍のアフガン再駐留には、パキスタンの領域を通る兵站線が必要不可欠である。
・米国はテロ対策を名目に、パキスタンへの軍事支援を再開する可能性がある。
・これは結果的に、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安全保障に寄与し、事実上の容認と見なされる。
・CPECはインドが領有権を主張するカシミールを通過しており、インドにとっては重大な安全保障上の懸念である。
印パ関係への影響
・米国からパキスタンへの軍事支援が再開されれば、インドはその兵器が対印目的にも使われる可能性を懸念する。
・印パ間で最近も軍事衝突が発生しており、このような状況での米国の姿勢はインドを刺激することになる。
ロシアの利害と米露取引の可能性
・ロシアは2024年末、パキスタンの資源セクター近代化支援を計画していた。
・当時、米国はこのプロジェクトに対する制裁を見送っており、中国の影響力緩和を狙っていたと見られる。
・米中「新デタント」が実現した場合、米国はロシアの利害に対して無関心になる可能性がある。
・一方、米国はパキスタンに圧力をかけて、ロシアに資源契約を与える代わりにアフガンでの米軍再駐留を黙認させる可能性もある。
地域秩序の再構築とインドへの圧力
・米中露パの協調により、新たなユーラシア地政学構造が形成される可能性がある。
・ロシアとパキスタン間でアフガニスタンを経由する貿易回廊が整備される可能性があり、これはCPECおよび米国の鉱物投資と連動する。
・こうした構造の中で、インドは外交的に孤立し、米中露パからカシミールの分割(実効支配線の固定)を受け入れるよう圧力をかけられる可能性がある。
・このような圧力は、「大ユーラシア構想(Greater Eurasia)」の実現という大義名分のもとで行われる可能性がある。
【桃源寸評】
トランプのバグラム空軍基地復帰構想は単なる軍事再配置にとどまらず、米中関係、米印関係、米露関係、さらには印パ関係という多層的な地政学構造に重大な影響を与える可能性を秘めている。
バグラム空軍基地の再活用をめぐる動きは、南アジア・中央アジア全体の地政学的秩序に大きな再編をもたらす潜在性を有しているといえる。
しかし、「名月を取ってくれろと泣く子かな」(=実現不可能な願望を無邪気に求める様子)にも似たりてははないか。
1. バグラム空軍基地の再稼働の非現実性
・アフガニスタンにおける現在のタリバン政権は、2021年の米軍撤退後、明確に外国軍駐留に反対している。
・タリバンの同意なしに米軍が再びバグラムに進出するという前提は、極めて非現実的であり、主権国家の意思や国際法を無視した仮定である。
2. パキスタンの地政学的複雑性の過小評価
・パキスタンが米中露という大国の思惑を天秤にかけながら均衡外交を取っている中、米国の意向だけで軍事協力を即決するとは考えにくい。
・米中関係が改善している状況下で、中国の最大の地政学的パートナーであるパキスタンが、米軍の地域再進出を容易に許すかは大いに疑問である。
3. インドへの圧力構造の形成の非現実性
・米中露パが結託し、インドにカシミールの領土放棄を迫るような協調行動を取るという筋書きは、政治的現実から乖離している。
・ロシアとインドの歴史的関係や軍事協力の深さを無視しており、露がインドに対して領土問題で圧力を加えるという想定は説得力に欠ける。
4. CPECと米国の利益の整合性の欠如
・米国はCPECに含まれる中国国有企業、特に軍民融合企業に対して長年警戒を示しており、これを「黙認」するという仮定には大きな論理的飛躍がある。
・米国が中国の主要戦略プロジェクトに結果的に「安全保障」を与えるような行動を取ることは、自らの対中戦略と矛盾する。
5. 全体的な「大ユーラシア再編」構想の抽象性
・ロシア・中国・米国・パキスタンという大国が、それぞれ異なる価値観・利益・対立要素を抱えたまま、インド包囲のような戦略的一致を形成する可能性は極めて低い。
・現実の国際関係では、経済、民族、宗教、国内政治の要因が複雑に絡み合っており、これを単線的に並べて「圧力構造」とするのは、やや願望的である。
議論には、一定の戦略的着眼点はあるものの、現実的な障壁や外交の複雑性を十分に踏まえないまま、あまりに広範かつ抽象的な地政学的再編を描き出しているという批判も成り立つ。
まさに「名月を取ってくれろと泣く子」に喩えられるような、現実を超越した構想であり、現実的な政策判断に直結させるには慎重な吟味が必要である。
カナダ・クリーンランド・パナマ運河などの、まるで「名月を取ってくれろと泣く子かな」の現実を無視
1.カナダ:同盟軽視と経済圧力への反発
・NAFTA再交渉とUSMCA:トランプ政権はNAFTA(北米自由貿易協定)を「最悪の貿易協定」と非難し、カナダ・メキシコと再交渉してUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を締結したが、その過程では強硬な交渉姿勢が目立ち、カナダ政府や世論から「侮辱的」との反発が広がった。
・鉄鋼・アルミ関税の導入:国家安全保障を理由に、カナダ産の鉄鋼・アルミに追加関税を課したことも、大きな反発を呼び、「同盟国に対する敵対行為」とカナダ政府は厳しく批判した。
2.カナダ首相の発言と対応
・「カナダは売り物ではない」
・2025年5月、トランプ氏がカナダを「51番目の州」と称し、統合の可能性に言及した際、カナダのマーク・カーニー首相は「カナダは売り物ではない」と明言し、国家の主権と独立性を強調した。
・「我々は押し切られない」
・トルドー首相は「カナダ人は礼儀正しく、合理的だが、押し切られることはない」と述べ、トランプ政権の関税政策に対する強い姿勢を示した。
・「非常に愚かな行為」
・2025年3月、トランプ政権がカナダ産品に対して関税を課した際、トルドー首相はこれを「非常に愚かな行為」と非難し、即座に報復措置を取ると表明した。
3.カナダ政府の具体的な対応
・報復関税の導入
カナダ政府は、米国からの輸入品に対して最大25%の報復関税を課し、主に共和党の支持基盤に影響を与える製品を対象とした。
・農業分野での対応
⇨ 新たに任命されたヒース・マクドナルド農業相は、米国および中国との貿易問題の解決を最優先課題とし、特にカナダの農産物輸出に対する関税問題に取り組む姿勢を示した。
⇨ これらの発言や対応は、カナダがトランプ政権の一方的な政策に対して、国家の主権と経済的利益を守るために毅然とした姿勢を取ってきたことを示している。
・G7サミットでの侮辱:2018年のG7サミット後、カナダのトルドー首相を「非常に不誠実で弱い」と公然と非難し、米加関係は戦後最悪の状態と評された。
グリーンランド:買収提案への侮辱感と外交的拒絶
1.「グリーンランド購入」発言:トランプ大統領は、米国がグリーンランドをデンマークから「買収」することに関心があると発言し、これはデンマーク政府とグリーンランド自治政府から「不愉快かつ非現実的な提案」として強く拒否された。
2.デンマーク首相への侮辱発言:デンマークのメッテ・フレデリクセン首相がこの提案を「ばかげている」と述べたことに対し、トランプは「無礼だ」と応酬し、訪問予定だったデンマーク訪問を突然キャンセル。
・この発言は、グリーンランドの人々にとって「主権の軽視」と映り、「植民地主義的発想」として非難された。
パナマ運河:アメリカ中心主義的発言への警戒感
1.トランプ政権はパナマ運河に対して明確な政策を打ち出したわけではないが、米国第一主義の延長線上で中南米のインフラや運河などに関して、「戦略的権益」としての扱いを示唆する発言があった。
2.中国の影響拡大に対する警戒:パナマが中国と接近し、中国企業が運河周辺の港湾権益を拡大していることに対して、トランプ政権は非公式に懸念を表明。これに対し、パナマは主権国家としての自由な外交選択を擁護した。
3.米国の「干渉的態度」に対し、ラテンアメリカ諸国では「モンロー主義の再来」として不信感が強まり、特にパナマでは「米国の過去の支配的関与」に対する記憶が再燃した。
4.これらの事例に共通する反発の根源は以下の通りである。
・主権軽視への憤り:「買収」「関税」「支配的影響」など、主権国家を対等なパートナーではなく、取引対象・戦略資産と見る発言に対する反感。
・一方的な交渉姿勢への不信:トランプ政権の「ディール優先」「力の論理」に対し、友好国ですら警戒を深めた。
・伝統的同盟の価値軽視:多国間主義・国際協調を軽視する態度は、長年の信頼関係を傷つけた。
トランプ大統領の発言や姿勢は、地政学的構想を描くにあたっても、こうした過去の摩擦や反発を無視できない重要な背景となる。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Trump’s Desired Return To Bagram Airbase Could Reshape South Asian Geopolitics Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.16
https://korybko.substack.com/p/trumps-desired-return-to-bagram-airbase?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163686274&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email
2025年2月下旬、ドナルド・トランプ大統領は、アフガニスタンのバグラム空軍基地におけるアメリカ軍のプレゼンス回復を計画している旨を発表したが、その方針をカタール駐留の米軍に向けた演説の中で改めて表明した。この発言を受けて「トランプが本気でアフガン戦略を進めるなら、パキスタンと取引せざるを得ない」と以前に分析しており、インドとパキスタン間の最近の衝突を背景に、両国間で密かな交渉が進行している可能性があると述べている。
また、トランプは中国との「完全な関係再構築(total reset)」を提唱しており、これが米中の複数極化を特徴とする「G2」もしくは「チメリカ(Chimerica)」と呼ばれる枠組みの復活に繋がる可能性があるとされている。もしこのような方向に向かえば、米国が従来進めていた「アジアへの再転換(Pivot back to Asia)」、特にインドに対して期待されていた中国封じ込めの役割は重要性を失う。この文脈において、トランプがインドとの関係を軽視しているように見える背景が説明されうる。
ただし、バグラム空軍基地への復帰が中国国境に近いという地理的要因から強く意識されていることを鑑みれば、トランプ政権が中国との新たな緊張緩和(“New Détente”)を模索する中でも、対中戦略上の「保険」としての側面を持つと考えられる。
さらに、米国がアフガニスタンに軍を再配置するためには、パキスタンの協力が不可欠であり、テロ対策を名目としたパキスタンへの軍事支援の再開が想定される。このことは、中国とパキスタンが推進する中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安全保障を米国が黙認する可能性を意味しうるが、CPECはインドが自国領と主張するカシミールを通過しているため、インドにとって重大な懸念となる。また、軍事支援がインドとの武力衝突に転用される恐れがあることからも、インドの反発は必至とされる。
このような取り決めが進展した場合、ロシアにとっても悪影響が及ぶ可能性がある。2024年12月に計画されたロシアによるパキスタンの資源部門の近代化プロジェクトは、当時、米国が制裁を見送った背景として、中国の影響力を相対的に抑える意図があったと分析されている。しかし、米中間で「新デタント」が実現した場合、米国はロシアとの関係よりも中国との協調を優先し、このようなロシアの利権に関心を示さなくなる可能性がある。
また、米国がパキスタンへの影響力を行使して、ロシアに対してアフガニスタンへの米軍再駐留を黙認させる交換条件として、同国の資源契約をロシアに与える可能性もある。その場合、米国とロシアはアフガニスタンで「友好的な競争者」として共存する形を取りつつ、ロシアの既存または計画中のプロジェクトを継続させるとの見通しも提示されている。
このように、パキスタンおよびアフガニスタンを舞台とする米露中の三者間協力、あるいは競合が本格化すれば、インドにとって深刻な懸念となる。とりわけ、ロシアとパキスタンの間でアフガニスタンを経由した貿易回廊が形成され、さらにCPECおよび米国による戦略的鉱物への投資、加えて米国からパキスタンへの武器供与が行われれば、地域秩序の大幅な再編に繋がる恐れがある。
この新たな地政学的枠組みにおいて、米国、中国、パキスタン、さらにはロシアからの圧力がインドに加えられ、「大ユーラシア構想(Greater Eurasia)」の実現という名目の下で、カシミール地方の分割を受け入れるよう迫られる可能性もあるとされている。
【詳細】
バグラム空軍基地への米軍復帰構想の背景
トランプ大統領は2021年のアフガニスタンからの米軍撤退を「不名誉な退却」と位置付けており、自らの外交・安全保障戦略の中でその修正を志向している。2025年2月に公表されたこの方針は、同年5月に米軍向け演説でも再確認され、アフガニスタンのバグラム空軍基地への米軍の再駐留が重要政策として位置付けられている。
この復帰計画に関連して、アフガニスタンへのアクセス確保に必要な地政学的条件として、パキスタンとの協力が不可欠であるとされている。これは、米国がアフガニスタンに直接接する唯一の陸路アクセスを、パキスタンの領域を通じて行う必要があるためである。
米中関係と「新デタント(新たな緊張緩和)」の可能性
同時に、トランプは中国との「全面的な関係再設定(total reset)」を模索しており、これは2000年代の「チメリカ(Chimerica)」、すなわち米中二大国による世界秩序管理という枠組みへの回帰とも捉えられうる。これは複数の極が共存する「双多極化(bi-multipolarity)」として理解され、現在の国際秩序に変化をもたらす可能性を秘めている。
この場合、従来の「アジア回帰(Pivot to Asia)」戦略、特にインドを対中封じ込めの要とする構想は重要性を低下させる。この地政学的構造変化は、インドに対する米国の戦略的優先順位が低下していることを意味し、トランプがインドの利害に配慮しない姿勢を見せている理由の一端ともなる。
バグラム復帰と中国への「保険」
しかし、バグラム空軍基地の地理的位置、すなわち中国西部との近接性は、軍事戦略的観点から無視できない要素である。したがって、たとえ米中関係に改善の兆しが見えたとしても、トランプ政権がこの地域における軍事的プレゼンスを維持・強化しようとするのは、万が一米中関係が再び緊張した際の「戦略的保険」として機能させる意図があるとされる。
パキスタンとの取り引きとCPECの容認
米国がアフガニスタンに軍を再配置するにあたり、パキスタンの支援が不可欠である。そのため、米国はパキスタンへの軍事支援を「テロ対策」の名目で再開し、それにより中国とパキスタンが推進する中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安定化に貢献する可能性がある。
これは、米国が暗黙のうちにCPECを容認することを意味するが、CPECはインドが自国領と主張するジャンムー・カシミールを経由しているため、インドにとっては主権侵害と捉えられている。そのため、インドは米国のこの姿勢に強く反発することが予想される。
さらに、パキスタンへの米国の軍事支援は、形式上は対テロ戦略であっても、実質的にはインドとの軍事的均衡を変える可能性があり、特に最近の印パ衝突を受けてその懸念は高まっている。
ロシアの地政学的利益との衝突
ロシアは2024年12月、パキスタンの資源セクターの近代化を支援する計画を進めており、当時の米国はこのプロジェクトに対する制裁を控えていた。これは中国の影響力を緩和する戦略的判断とされていたが、米国が中国との「新デタント」を優先させる場合、パキスタンにおけるロシアの利権に対する関心は希薄となり、制裁の可能性も再浮上することがある。
一方で、米国はパキスタンに影響力を行使し、ロシアに対してアフガニスタンへの米軍再駐留を黙認させる見返りとして、パキスタンの資源契約をロシアに与える可能性もある。このような「相互譲歩」によって、米露はアフガニスタンで「友好的な競合者」として共存し、ロシアのインフラ・エネルギープロジェクトが引き続き実施される可能性も排除できない。
インドにとっての地政学的脅威
もしこのような米中、米露、さらにパキスタンを含む新たな地域枠組みが形成された場合、インドにとっては四面楚歌のような状況となる。特に、ロシアとパキスタン間でアフガニスタンを通じた貿易回廊が構築され、それがCPECや米国の鉱物資源投資と連動し、さらには米国製兵器の流入まで加われば、地域の戦略的均衡は大きく変動する。
このような状況下では、「大ユーラシア構想(Greater Eurasia)」の実現を名目として、インドに対してジャンムー・カシミールの最終的な分割(インド・パキスタンの実効支配線を事実上の国境として固定)を受け入れるよう圧力がかかる可能性がある。米国、中国、パキスタン、さらにはロシアまでもがこの立場に立てば、インドの外交的孤立が強まる恐れがある。。
【要点】
トランプ政権のバグラム空軍基地再利用計画とその含意
・トランプ大統領は、アフガニスタンのバグラム空軍基地への米軍の再駐留を計画しており、2025年2月と5月に繰り返し言及している。
・この計画は、アフガニスタン周辺への戦略的影響力を再確立する意図を示している。
・実現にはパキスタンの協力が不可欠であり、現在、米パ間で非公開の交渉が行われている可能性がある。
米中関係と「新デタント」の可能性
・トランプは中国との「全面的な関係再設定(total reset)」を提唱している。
・これは米中G2(チメリカ)構想、すなわち米中共同による世界秩序管理の復活を意味しうる。
・その場合、インドは米国の対中戦略における優先順位を失うことになり、米印関係は冷却化する可能性がある。
バグラム基地の対中地理的優位性
・バグラム空軍基地は中国西部に近接しており、戦略的価値が高い。
・トランプ政権は、中国との協調を模索する一方で、対中けん制の「保険」として同基地を利用しようとしている可能性がある。
パキスタンとの協力とCPECの容認
・米軍のアフガン再駐留には、パキスタンの領域を通る兵站線が必要不可欠である。
・米国はテロ対策を名目に、パキスタンへの軍事支援を再開する可能性がある。
・これは結果的に、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の安全保障に寄与し、事実上の容認と見なされる。
・CPECはインドが領有権を主張するカシミールを通過しており、インドにとっては重大な安全保障上の懸念である。
印パ関係への影響
・米国からパキスタンへの軍事支援が再開されれば、インドはその兵器が対印目的にも使われる可能性を懸念する。
・印パ間で最近も軍事衝突が発生しており、このような状況での米国の姿勢はインドを刺激することになる。
ロシアの利害と米露取引の可能性
・ロシアは2024年末、パキスタンの資源セクター近代化支援を計画していた。
・当時、米国はこのプロジェクトに対する制裁を見送っており、中国の影響力緩和を狙っていたと見られる。
・米中「新デタント」が実現した場合、米国はロシアの利害に対して無関心になる可能性がある。
・一方、米国はパキスタンに圧力をかけて、ロシアに資源契約を与える代わりにアフガンでの米軍再駐留を黙認させる可能性もある。
地域秩序の再構築とインドへの圧力
・米中露パの協調により、新たなユーラシア地政学構造が形成される可能性がある。
・ロシアとパキスタン間でアフガニスタンを経由する貿易回廊が整備される可能性があり、これはCPECおよび米国の鉱物投資と連動する。
・こうした構造の中で、インドは外交的に孤立し、米中露パからカシミールの分割(実効支配線の固定)を受け入れるよう圧力をかけられる可能性がある。
・このような圧力は、「大ユーラシア構想(Greater Eurasia)」の実現という大義名分のもとで行われる可能性がある。
【桃源寸評】
トランプのバグラム空軍基地復帰構想は単なる軍事再配置にとどまらず、米中関係、米印関係、米露関係、さらには印パ関係という多層的な地政学構造に重大な影響を与える可能性を秘めている。
バグラム空軍基地の再活用をめぐる動きは、南アジア・中央アジア全体の地政学的秩序に大きな再編をもたらす潜在性を有しているといえる。
しかし、「名月を取ってくれろと泣く子かな」(=実現不可能な願望を無邪気に求める様子)にも似たりてははないか。
1. バグラム空軍基地の再稼働の非現実性
・アフガニスタンにおける現在のタリバン政権は、2021年の米軍撤退後、明確に外国軍駐留に反対している。
・タリバンの同意なしに米軍が再びバグラムに進出するという前提は、極めて非現実的であり、主権国家の意思や国際法を無視した仮定である。
2. パキスタンの地政学的複雑性の過小評価
・パキスタンが米中露という大国の思惑を天秤にかけながら均衡外交を取っている中、米国の意向だけで軍事協力を即決するとは考えにくい。
・米中関係が改善している状況下で、中国の最大の地政学的パートナーであるパキスタンが、米軍の地域再進出を容易に許すかは大いに疑問である。
3. インドへの圧力構造の形成の非現実性
・米中露パが結託し、インドにカシミールの領土放棄を迫るような協調行動を取るという筋書きは、政治的現実から乖離している。
・ロシアとインドの歴史的関係や軍事協力の深さを無視しており、露がインドに対して領土問題で圧力を加えるという想定は説得力に欠ける。
4. CPECと米国の利益の整合性の欠如
・米国はCPECに含まれる中国国有企業、特に軍民融合企業に対して長年警戒を示しており、これを「黙認」するという仮定には大きな論理的飛躍がある。
・米国が中国の主要戦略プロジェクトに結果的に「安全保障」を与えるような行動を取ることは、自らの対中戦略と矛盾する。
5. 全体的な「大ユーラシア再編」構想の抽象性
・ロシア・中国・米国・パキスタンという大国が、それぞれ異なる価値観・利益・対立要素を抱えたまま、インド包囲のような戦略的一致を形成する可能性は極めて低い。
・現実の国際関係では、経済、民族、宗教、国内政治の要因が複雑に絡み合っており、これを単線的に並べて「圧力構造」とするのは、やや願望的である。
議論には、一定の戦略的着眼点はあるものの、現実的な障壁や外交の複雑性を十分に踏まえないまま、あまりに広範かつ抽象的な地政学的再編を描き出しているという批判も成り立つ。
まさに「名月を取ってくれろと泣く子」に喩えられるような、現実を超越した構想であり、現実的な政策判断に直結させるには慎重な吟味が必要である。
カナダ・クリーンランド・パナマ運河などの、まるで「名月を取ってくれろと泣く子かな」の現実を無視
1.カナダ:同盟軽視と経済圧力への反発
・NAFTA再交渉とUSMCA:トランプ政権はNAFTA(北米自由貿易協定)を「最悪の貿易協定」と非難し、カナダ・メキシコと再交渉してUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を締結したが、その過程では強硬な交渉姿勢が目立ち、カナダ政府や世論から「侮辱的」との反発が広がった。
・鉄鋼・アルミ関税の導入:国家安全保障を理由に、カナダ産の鉄鋼・アルミに追加関税を課したことも、大きな反発を呼び、「同盟国に対する敵対行為」とカナダ政府は厳しく批判した。
2.カナダ首相の発言と対応
・「カナダは売り物ではない」
・2025年5月、トランプ氏がカナダを「51番目の州」と称し、統合の可能性に言及した際、カナダのマーク・カーニー首相は「カナダは売り物ではない」と明言し、国家の主権と独立性を強調した。
・「我々は押し切られない」
・トルドー首相は「カナダ人は礼儀正しく、合理的だが、押し切られることはない」と述べ、トランプ政権の関税政策に対する強い姿勢を示した。
・「非常に愚かな行為」
・2025年3月、トランプ政権がカナダ産品に対して関税を課した際、トルドー首相はこれを「非常に愚かな行為」と非難し、即座に報復措置を取ると表明した。
3.カナダ政府の具体的な対応
・報復関税の導入
カナダ政府は、米国からの輸入品に対して最大25%の報復関税を課し、主に共和党の支持基盤に影響を与える製品を対象とした。
・農業分野での対応
⇨ 新たに任命されたヒース・マクドナルド農業相は、米国および中国との貿易問題の解決を最優先課題とし、特にカナダの農産物輸出に対する関税問題に取り組む姿勢を示した。
⇨ これらの発言や対応は、カナダがトランプ政権の一方的な政策に対して、国家の主権と経済的利益を守るために毅然とした姿勢を取ってきたことを示している。
・G7サミットでの侮辱:2018年のG7サミット後、カナダのトルドー首相を「非常に不誠実で弱い」と公然と非難し、米加関係は戦後最悪の状態と評された。
グリーンランド:買収提案への侮辱感と外交的拒絶
1.「グリーンランド購入」発言:トランプ大統領は、米国がグリーンランドをデンマークから「買収」することに関心があると発言し、これはデンマーク政府とグリーンランド自治政府から「不愉快かつ非現実的な提案」として強く拒否された。
2.デンマーク首相への侮辱発言:デンマークのメッテ・フレデリクセン首相がこの提案を「ばかげている」と述べたことに対し、トランプは「無礼だ」と応酬し、訪問予定だったデンマーク訪問を突然キャンセル。
・この発言は、グリーンランドの人々にとって「主権の軽視」と映り、「植民地主義的発想」として非難された。
パナマ運河:アメリカ中心主義的発言への警戒感
1.トランプ政権はパナマ運河に対して明確な政策を打ち出したわけではないが、米国第一主義の延長線上で中南米のインフラや運河などに関して、「戦略的権益」としての扱いを示唆する発言があった。
2.中国の影響拡大に対する警戒:パナマが中国と接近し、中国企業が運河周辺の港湾権益を拡大していることに対して、トランプ政権は非公式に懸念を表明。これに対し、パナマは主権国家としての自由な外交選択を擁護した。
3.米国の「干渉的態度」に対し、ラテンアメリカ諸国では「モンロー主義の再来」として不信感が強まり、特にパナマでは「米国の過去の支配的関与」に対する記憶が再燃した。
4.これらの事例に共通する反発の根源は以下の通りである。
・主権軽視への憤り:「買収」「関税」「支配的影響」など、主権国家を対等なパートナーではなく、取引対象・戦略資産と見る発言に対する反感。
・一方的な交渉姿勢への不信:トランプ政権の「ディール優先」「力の論理」に対し、友好国ですら警戒を深めた。
・伝統的同盟の価値軽視:多国間主義・国際協調を軽視する態度は、長年の信頼関係を傷つけた。
トランプ大統領の発言や姿勢は、地政学的構想を描くにあたっても、こうした過去の摩擦や反発を無視できない重要な背景となる。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
Trump’s Desired Return To Bagram Airbase Could Reshape South Asian Geopolitics Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.16
https://korybko.substack.com/p/trumps-desired-return-to-bagram-airbase?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163686274&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email