【桃源閑話】台湾有事が発生したとき2025-11-21 10:27

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【桃源閑話】台湾有事が発生したとき

 「台湾有事が発生したとき、日本近海で実際に何が起きるのか」について

 「台湾有事が発生したとき、日本近海で実際に何が起きるのか」(JBpress 2025年11月18日)は、中国の軍事力増強と台湾有事における日本の巻き込まれリスクを論じたものである。しかし、以下に示す通り、本論考は重大な論理的欠陥、政治的偏向、歴史的認識の欠如を含んでおり、その主張は受容し難い。

 第一の論点:高市首相発言の本質的問題性

 論考は冒頭で「高市早苗首相が、国会答弁で台湾有事が日本の『存立危機事態』になり得ると述べ、これに対して、中国の大阪総領事が『その汚い首を斬ってやる』などとX(旧ツイッター)に書き込んだ」と強調する。しかし、この一連の経緯こそが、論理の根本的な問題点を露呈している。

 国会でのやり取りを見れば、岡田克也氏(立民)が「台湾有事の際、どういう場合に集団的自衛権を行使できる存立危機事態になるのか」と質問したのに対し、高市首相は「戦艦を使い、武力の行使も伴うものであれば、存立危機事態になり得るケースだと考える」と答弁した。

 これは卑近な譬えでいうなら、正に<売り言葉に買い言葉>である。高市氏の発言は、国際法を無視し、日中共同声明を無視し、一つの中国の原則をかなぐり捨てて中国の内政に干渉するというものである。台湾問題は中国の内政問題なのだ。「台湾有事」は本来中国には無い。日本自身が作り出している問題なのである。

 高市氏の発言は、“武力による威嚇”の売り言葉に等しい。その後に続く問題には、日本はすべてに、倒錯、非論理的反論、主客転倒、前後不覚に陥り、屁理屈を述べている。なお、岡田克也氏は存立危機事態と憲法、在日米軍基地からの直接出撃などの見解をも求めていたのである。

 安倍晋三元首相も「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と発言しているが、これは2021年12月に民間(台湾のシンクタンク)が主催したフォーラムでのオンライン講演という形で行われたものである。当時の安倍氏は既に首相を退任しており、私人・元指導者としての立場での発言であった。

 第二の論点:中国軍事力増強論の一面性と不均衡

 論考は中国の軍事力増強を詳細に論じ、1995年から2025年にかけて海軍艦艇が16倍、潜水艦が55倍、戦闘機が64倍に増強されたと強調する。しかし、この議論は著しく均衡を欠いている。

 中国は世界第二の経済大国である。中国の購買力平価ベースのGDPは、2024年の予測で米国を上回り、世界第1位となっている。その中国が国力に応じて軍事力増強を図るのは、米国を例にとれば、当然の帰結である。米国は世界最大の軍事予算を持ち、世界中に軍事基地を展開し、圧倒的な軍事力を維持している。それを一方的に中国だけに焦点を当て非難めくのは、均衡がとれない。

 論考は中国の核弾頭増加(推計600発規模)を危機の根拠として挙げるが、中国の核だけを取り上げる議論は、又もや均衡を欠く。国際的推計によれば、米国の核弾頭は約3700発、ロシアは約4300発規模であり、核バランスは圧倒的に米露側が優位である。にもかかわらず、論考は中国の核のみを取り上げ、日本に恐怖を煽り、軍備拡大や武力行使の心理的正当化に用いている。

 しかも日本は唯一の被爆国であるにもかかわらず、「米国の核の傘」に依存し、中国への核抑止を米国に期待するような議論は道義的にも政策的にも慎重であるべきである。1967年に当時の佐藤栄作首相が表明し、1971年に国会で決議された、日本の核政策の基本方針、持たず、作らず、持ち込ませず、いわゆる、「核三原則」を、固持すべきである。

 第三の論点:「間接侵略」論と歴史認識の欠如

 論考は「中国人の土地購入は間接侵略につながる」「中国の本性を知って対応すべき」などと主張する。これは噴飯ものである。

 日米合同委員会や日本の米軍基地の状況、特に沖縄の置かれた状況を、先ずは理解すべきである。日本国内には今なお広大な米軍基地が存在し、日米合同委員会という不透明な機関が日本の主権を制約している実態がある。

 沖縄では県民の意思を無視した基地建設が強行され、米軍関係者による事件・事故が後を絶たない。この現実を看過したまま、中国人による土地購入を「間接侵略」と断じるのは、まさに主客転倒である。 

 それも、戦後直後~占領期、旧日米安保条約の締結、自衛隊の発足、60年安保:新日米安保条約の改定、国内での大規模な反対運動(安保闘争)を経て、

 ・日本列島は太平洋地域の防衛上きわめて重要な位置にある、

 ・アメリカ軍の航空機・艦艇の運用を支える拠点となり得る、

 ・その重要性を踏まえ、日本も相応の防衛力を持つべきだ、

と日本を“沈まない航空母艦”の役割を果たしてきたからではないのか。つまり、「日本列島は不沈空母である」と。

 そして、2015年に新ガイドラインが策定され、同盟は「地理的制約なく」協力可能に。安倍内閣のもとで日米防衛協力が再構築され、 集団的自衛権の限定行使 を可能にする安保法制の成立と、漸次の拡張が憲法を済し崩しに侵食し続いているのである。

 その延長線上に、今次の高市首相発言がある。

 「中国の本性を知って対応すべき」などという主張は、先ず<汝自らを知れ>ではないのか。日本は近代以降、アジア諸国に対して侵略と植民地支配を行った歴史を持つ。特に中国に対しては、日中戦争を引き起こし、多大な犠牲をもたらした。この歴史を忘れては、高市首相の二の舞で、「侵略者」汚名の上塗りとなろう。

 論考は2010年に制定された中国の「国防動員法」を根拠に、在日中国人が有事に暴動を起こす懸念を示すが、これは根拠のない憶測であり、在日外国人に対する差別的言説に他ならない。政府は「中国の国防動員法は他国(=中国)の法律であり、個別条文の解釈には答えを控える」としている。

 1923年9月1日に発生した関東大震災の直後、流言飛語(デマ)を背景に、東京・神奈川など関東各地で多数の朝鮮人が殺害された事件、朝鮮人虐殺事件を想起させるではないか。日本の歴史上、国家や自治体の責任が問題となり続けている重大な人権侵害なのだ。

 この国防動員法、日本にもあったような気がする、まさに既視感ではないのか。つまり、“事前のシナリオ化”は、帰納的に国家総動員法に似た“法”が導き出されることだろう。それも“国民の生命と財産の保護”の美名の下に。

 日本の国民保護法制関連の経緯を具に追えばではあるが、過去の事例が示すように、法の拡大解釈を恐れるものである。日本では特に治安維持法と戦時中の法律運用において、法の文言の拡大解釈や権限の恣意的行使により、国民が思想・行動の自由を奪われ、苦しめられた例が多数ある。
 
 第四の論点:存立危機事態論の政治的・法的欠陥

 論考の論旨は「台湾有事が起きれば日本は巻き込まれるので、存立危機事態等の事態区分をあらかじめ用意せよ」というものである。しかし、この主張は薄弱であり、重大な論理的・政治的問題を含む。

 「存立危機事態」「武力攻撃予測事態」「武力攻撃事態」をあらかじめ「シナリオ」として準備しておくという主張は、政治的・法的正当性を欠きやすい。存立危機事態は、国家の存立が実際に危険に晒されるか、あるいは極めて差し迫った急迫不正の事態に限定される特別措置である。本来は「事態が発生した際に判断されるべきもの」であり、事前に政治的意図をもって準備する種類の措置ではない。

 台湾は日本の同盟国ではなく、日本が一方的に「国家の存立が脅かされる」と主張して武力行使に踏み切ることは、国際法上も憲法上も、国民への説明責任を厳格に果たす必要がある。「巻き込まれる可能性がある」という一般的な不安を理由に、極めて重大な法的措置を常態化し、事前に「政治的シナリオ」として用意することは、民主的統制の観点からも危険である。

 論考が主張する「事前シナリオ化」は、民主的統制の弱体化を招く。戦時対応を平時にまで持ち込み、閣僚判断による「事態認定」を容易にすると、国会による監視、国民への説明責任が希薄化する。日本国憲法は国家権力の暴走を抑制する構造が中心にあり、軍事権限は最大限に制限されている。論考の議論は、この根本原則を軽視したまま軍事対応の自由度を拡大しようとする点で、政治的に危うい。

 第五の論点:「巻き込まれ論」の論理的飛躍

 論考の論旨は「巻き込まれを前提とした政策誘導」に過ぎない。論考は中国の軍事的強圧や情報収集活動を強調するが、それを即「存立危機」へと論理飛躍させている。

 安全保障政策は最悪事態を想定しつつも、外交・経済・国民生活・代替手段を総合考慮して判断されるべきである。論考は軍事的側面のみを強調し、武力行使や戦時準備がもたらす国内の甚大な負担――食糧供給、貿易停止、物流寸断、国民生活の混乱――をほとんど考慮していない。ウクライナの事例を引くまでもなく、戦争は国家の基盤そのものを破壊する事態であり、単に「準備しておけ」で済む話ではない。

 論考は中国の軍事プレゼンス拡大を示す事実を挙げるが、それをもって「日本は自動的に巻き込まれる」とするのは短絡である。『令和7年版防衛白書』も中国艦艇・航空機の活動増加を確認しているが、それ自体が武力攻撃の予兆を意味するわけではない。

 さらに重要なのは、中国の監視・情報収集活動が日本に集中している理由である。それは、中国自身が積極的に日本を標的化しているからというより、日米同盟の存在が戦略的に中国側を誘導し、その結果日本近海に活動が集中していると理解する方が正確である。

 米軍基地、在日米軍、自衛隊との共同運用能力――これらが地理的に集中している以上、中国が監視を強めるのは「構造的結果」であり、「中国の強圧が増大した」という一面的説明では論理が足りない。

 第六の論点:米国依存の危うさ

 論考は米国の関与を前提視しているが、これこそ最も危うい前提である。日米安保条約にも制限がある。米国が台湾をめぐる武力衝突に必ずしも参戦する保証はない。もし米国が不参戦、あるいは限定的関与に留まれば、日本は実質的に単独で武力を行使する可能性が生まれる。

 ウクライナ戦争を観よ。西側が挙って武器弾薬をなど提供しても勝算がない。重要なことはロシアと西側(主として米国)の直接対峙する場面は現れない。つまり、代理戦争である。ロシアの国力を削ぐために、ウクライナを支援はするが、“boots on the ground”と云うわけにはいかない。

 これは軍事的現実から見て極めて危険である。補給線、継戦能力、初動被害、国土の脆弱性――いずれも日本は単独で長期戦を戦う能力を持たない。論考はこの最も重大な不確実性を無視し、米国依存を前提に議論を進めている点で、論理的に欠陥がある。

 結論

 『令和7年版防衛白書』が示すように、中国の活動活発化は事実である。しかしそのことは、論考のいうような「存立危機事態の事前準備」や、台湾有事=日本参戦不可避、という短絡を正当化しない。 

 必要なのは、

 (一)透明かつ厳密な基準の整備、

 (二)外交努力の強化、

 (三)日米同盟の構造的問題の検討、

 (四)国民生活の保全を前提とした慎重な政策である、そして何より、

 (五)日本自身の歴史認識と現状認識の正確さ、

 (六)国際法と日中共同声明等の尊重、

 (七)一つの中国の原則への配慮が不可欠である。

 論考の主張は、中国の軍事力増強を一面的に強調し、日本と米国の軍事的役割を看過し、歴史認識を欠き、台湾問題の本質を誤解し、存立危機事態の法的・政治的意味を軽視している。それは大義・論理ともに脆弱であり、現実的な安全保障政策として採用し得るものではない。

 今次の高市首相の国会での発言をとっても、国際法・日中共同声明等の尊重に抵触し、他国からの大いなる反論・批判に遭い、国民の生活に影響してくるのである。

 為政者の軽々なる論じは国を危うくするのである。

参照:https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/11/19/9818317

資料:

令和7年版防衛白書
https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2025/html/n310102000.html?utm_source=chatgpt.com

Nuclear risks grow as new arms race looms—new SIPRI Yearbook out now
https://www.sipri.org/media/press-release/2025/nuclear-risks-grow-new-arms-race-looms-new-sipri-yearbook-out-now?utm_source=chatgpt.com

国会議事録は11.18現在未作成。引用:2025.11.08中日新聞の「衆院予算委員会の論戦のポイント」

衆議院予算委員会ニュース 【第219回国会】令和7年11月7日(金)、第2回の委員会
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/News/Honbun/yosan21920251107002.pdf/$File/yosan21920251107002.pdf

国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法
制の整備について  平成26年7月1日 国家安全保障会議決定 閣議決定

第189回国会 参議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第20号 平成27年9月14日 政府特別補佐人 内閣法制局長官  横畠 裕介

【閑話 完】

【参照】

【桃源閑話】高市早苗首相:中国から脅迫や罵倒の対象とされている?
https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/11/14/9817203

【桃源閑話】高市首相こそが、“日本の有事”であり“日本の存立危機事態”
https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/11/12/9816743

【桃源閑話】2025年APEC宣言の歴史的失敗
https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/11/03/9814640

【桃源閑話】高市首相所信表明演説に対する批判的考察
https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/10/25/9812530

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