NATO:「5%こそが平和を守る力であり、全同盟国に等しく求められる」2025年06月25日 09:34

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【概要】

 2025年6月下旬、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプはオランダのハーグで開催されるNATO(北大西洋条約機構)サミットに参加予定である。NATOサミットは通常、欧州諸国、カナダ、米国の指導者が集まり、懸念事項についての声明を発表する場であるが、今回のサミットは、トランプ政権が大西洋横断関係をどのように方向づけるつもりかを示す場になる可能性がある。これまでのところ、同政権の欧州政策は衝撃と驚きを伴うものであった。

 1. 欧州指導者はトランプをなだめられるか、それとも怒らせるか

 2025年1月以降、米国と欧州の関係は大きく変化した。前大統領ジョー・バイデンはNATOを強く支持していたが、トランプ政権はNATOを厳しく批判している。副大統領J.D.ヴァンスのミュンヘン安全保障会議での演説や、国防長官ピート・ヘグセットによる欧州同盟国への「情けない」との発言が例である。欧州指導者の多くは、この「愛の無い」大西洋主義への転換にうまく対処できていないのが現状である。

 過去の例として、2019年のロンドンでのNATOサミットでは、欧州指導者がトランプをからかう発言がホットマイクで流出し、トランプが途中退席した。最近では、ウクライナのゼレンスキー大統領とのホワイトハウス会談が、ゼレンスキーがトランプとヴァンスに高圧的だと受け取られ、失敗に終わっている。マクロン仏大統領との会談も、欧州メディアでは評価されたが、米国のトランプ支持層メディアでは批判された。

 しかし、欧州の一部指導者は、トランプ政権下で自国の利益をうまく確保している。オルバン(ハンガリー首相)、メローニ(イタリア首相)、スターマー(英国首相)の3名である。オルバンとメローニは、アメリカ新右派との思想的親和性が高い。ポーランドの新大統領ナヴロツキも同様の右派であり、サミットにオルバンやメローニと連携して参加する可能性がある。スターマーは労働党出身で人権派弁護士だが、トランプとの関係を巧みに維持し、最近の米英二国間貿易協定締結などで成果を上げている。

 したがって、欧州指導者は、スターマー流の迎合策を取るか、ゼレンスキーのように対立を選ぶかの選択を迫られる。対立を選べば、失敗する可能性が高い。

 2. 予想される政策成果

 2022年のマドリード・サミットでは、NATOの新たな部隊モデルの導入や前方展開部隊の規模拡大が決定されたが、2025年のサミットではそれほど大きな配置変更は予想されていない。可能性としては、ポーランド、ブルガリア、ハンガリーに最近配備された部隊の撤収や、欧州抑止イニシアティブの廃止があるが、実現性は低いと見られている。

 欧州側では、地対空防衛システムを中心とする兵器備蓄の増強がブリュッセルで協議されており、サミットで発表される見込みであるが、これは既存の「欧州スカイシールド構想」を新たな名目で示すものである可能性が高い。

 より確実性が高いのは、防衛費に関する新たな目標設定である。2006年に2%目標が設定され、2014年に正式合意されたが、トランプ政権はこれを5%に引き上げようとしている。米国NATO大使マシュー・ウィテカーは「5%こそが平和を守る力であり、全同盟国に等しく求められる」と発言している。

 NATO事務総長ルッテはこれを支持しているが、創造的会計処理で実現を図ろうとしている。すなわち、3.5%を「ハード防衛」に、1.5%をインフラやサイバーセキュリティに充てる案である。しかし、トランプ政権がこれを受け入れるかは不透明である。英国は2027年までに2.5%、最終的に3%を目指すとしており、5%には遠い。

 欧州側が3.5%の目標を設定できれば政権をある程度満足させられる可能性はあるが、実際に達成できるかは疑問である。それでもトランプが「勝利」としてアピールする可能性はあるが、共和党支持層のNATO懐疑論を抑える効果があるかは不確実である。

 3. NATOとウクライナにとっての終わりか

 2019年、マクロン仏大統領は「NATOの脳死状態」を指摘したが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻でNATOは再活性化した。バイデン政権はNATO中心のウクライナ支援を展開し、2024年のワシントンサミットではウクライナへの「NATOへの架け橋」を発表した。しかし、トランプ政権はNATO中心主義を放棄しており、ウクライナへの無制限支援を否定している。

 2025年2月のウクライナ防衛コンタクトグループ会合では、ヘグセット国防長官がNATO非加盟の平和維持活動を支持し、ウクライナのNATO加盟を非現実的と述べた。欧州各国は自前の防衛体制構築を模索しているが、進展は遅い。EU規制を活用した防衛産業強化や「有志連合」によるウクライナ支援も十分な効果を上げていない。

 今回のサミットで欧州側が新たな支援策を打ち出す可能性もあるが、NATOやEUの合意形成の難しさから実現性は低い。

 雰囲気(Alliance Vibes)

 今回のサミットで最も注目すべきは、政策成果ではなく、雰囲気である。トランプの発言や閣僚の発言、欧州側の反応が、NATOの将来像を占う手がかりとなる。サミット後、葬式のような雰囲気になるのか、家族喧嘩程度で収まるのかは現時点では不透明である。

【詳細】 

 1. サミットの背景と重要性

 2025年6月下旬にオランダ・ハーグで開催予定のNATOサミットは、欧州、カナダ、アメリカの首脳が集い、安全保障上の懸念事項について議論し、声明を出す恒例の場である。しかし今回は特に、トランプ大統領の対欧州政策の方向性を明示する場として注目されている。トランプ政権はウクライナ戦争からの米国の関与を後退させつつあり、またNATO加盟国に対して負担の公平化、すなわち防衛費の増額を強く求めていることから、これまでの協調的なアプローチとは一線を画す。

 このような背景により、欧州側にとっては単なる儀礼的なサミットではなく、米欧関係の今後の枠組みを占う試金石となる。

 2. 欧州指導者の選択肢と過去の教訓

 欧州指導者が取れる選択肢は大きく二つに分かれる。一つは、英国のキア・スターマー首相のように、トランプ大統領を外交的に立てつつ自国の利益を確保する迎合的手法をとること。もう一つは、ウクライナのゼレンスキー大統領のように、強硬姿勢を貫いてアメリカに物申す方法である。

 しかし、過去の事例は後者のリスクを示している。2019年のロンドンでのNATOサミットでは、欧州指導者の雑談が漏れ、トランプを揶揄する内容が明らかになり、結果としてトランプは会議を途中退席した。また、ゼレンスキーとのホワイトハウス会談も、ゼレンスキーの物言いがトランプ側に高圧的と受け取られ、関係が悪化した。フランスのマクロン大統領も同様に、欧州メディアでは支持されたが、米国のトランプ支持派からは批判された。

 一方、オルバン(ハンガリー)、メローニ(イタリア)は右派的価値観においてトランプ政権と親和性が高く、トランプとの関係をスムーズに維持している。ポーランドの新大統領ナヴロツキもこの路線に近い。スターマーの場合は、政治信条としてはむしろリベラル寄りだが、トランプへの外交上の配慮を優先することで二国間の利益を引き出している点が注目される。

 3. 具体的な政策面での焦点

 今回のサミットにおいて、目立った新規の部隊配備や撤収の決定はあまり期待されていない。ただし、米国が欧州抑止イニシアティブを終了させたり、ポーランドやブルガリア、ハンガリーに追加派遣していた部隊を撤収させる可能性は完全には否定できない。

 一方、欧州諸国は、兵器備蓄の拡充、特に地上配備型防空システムの強化を進めており、これを「欧州スカイシールド構想」の新パッケージとして発表する動きがある。しかしこれは既存計画の延長線に過ぎないため、抜本的な変化とは言い難い。

 最も重要かつ現実的なのは防衛費増額の議論である。2006年に設定され2014年に再確認された2%目標は、近年達成国が増えているが、トランプ政権は更なる負担増を要求している。米国NATO大使のウィテカーは「5%」という新基準を明言しており、これが今回の最大の圧力ポイントである。

 NATO事務総長ルッテはこれに対し、硬軟織り交ぜた対応策として、純粋な防衛費を3.5%、インフラ・サイバーセキュリティなど関連分野を1.5%とする案を提示している。ただし、トランプ政権がこの案を認めるかどうかは不透明である。また、英政府の最新の国防見直しでは、2027年までに2.5%、最終的に3%への引き上げを掲げているに過ぎず、目標値には遠い。

 4. ウクライナとNATOの今後

 2019年にマクロン仏大統領が述べた「NATOの脳死状態」という言葉は、2022年のロシアのウクライナ侵攻で覆され、NATOは再び結束と役割を強めた。しかしトランプ政権の復帰により、再び「NATOの存在意義」が問われている。

 特にウクライナ支援について、トランプ政権はNATO中心の枠組みを否定しており、ヘグセット国防長官は「NATO加盟は現実的でない」「平和維持活動はNATOではなく別の枠組みで行うべき」と述べている。この方針により、欧州諸国は自前の防衛能力構築を迫られているが、EU内の規制強化や有志連合による支援にも限界があり、実効性が問われている。

 今回のサミットで欧州側が独自のウクライナ支援策を新たに提案する可能性もあるが、NATOとEUの意思決定は合意制に依存しており、具体策がまとまるかは不透明である。

 5. 結局何が注目点か

 今回のサミットで最も重要なのは、具体的な政策変更というよりも、全体の「雰囲気」であるとされる。すなわち、トランプ大統領がどのように同盟国と接するか、閣僚がどのような発言をするか、欧州側がどのように応じるかが焦点である。

 副大統領ヴァンスのミュンヘン安全保障会議での演説が会議全体の空気を一変させたように、今回も一つの発言が大きな影響を及ぼす可能性がある。サミット終了時に、その場の雰囲気が「葬式」のようになるか、単なる「家族内の激しい口論」にとどまるかは、現時点では誰にも分からない状況である。

【要点】 

 1.サミットの背景

 ・2025年6月下旬にオランダ・ハーグでNATOサミットが開催予定である。

 ・トランプ大統領はNATOに対して負担の公平化を強く求めており、ウクライナ戦争からの米国の距離を置く政策を進めている。

 ・本サミットは、トランプ政権の欧州・NATO政策の方向性を示す機会とされている。

 2.欧州指導者の対応

 ・欧州首脳は、トランプ大統領に迎合して自国の利益を引き出すか、対立的姿勢を取るかの選択を迫られている。

 ・過去の例として、2019年ロンドンサミットでは欧州首脳の陰口が原因でトランプが途中退席した。

 ・ウクライナのゼレンスキー大統領の強硬姿勢も、トランプ側からは不快感を持たれた。

 ・オルバン(ハンガリー)、メローニ(イタリア)、スターマー(英国)は、トランプとの関係を円滑に維持している指導者とされる。

 ・ポーランドのナヴロツキ新大統領も右派であり、同様の立場を取る可能性がある。

 3.予想される政策成果

 ・大規模な部隊再配置や欧州抑止イニシアティブ廃止の可能性は低いが、完全には否定できない。

 ・欧州側は防空システムを中心に兵器備蓄の拡充を進めており、「欧州スカイシールド構想」の新パッケージとして発表される見込みである。

 ・最大の焦点は防衛費であり、従来の2%目標から5%への引き上げが米側から強く求められている。

 ・NATO事務総長ルッテは、3.5%を「硬防衛費」、1.5%をインフラ・サイバーなどとする分割案を提示している。

 ・英国は最新の防衛見直しで2.5%(2027年)、最終的に3%を目指すが、5%には遠い。

 ・トランプ政権が欧州の妥協案を受け入れるかは不透明である。

 4.ウクライナとNATOの将来

 ・2019年にマクロン仏大統領はNATOを「脳死状態」と評したが、2022年のロシア侵攻によりNATOは活性化した。

 ・バイデン政権下ではNATOを軸としたウクライナ支援が行われたが、トランプ政権はこれを見直している。

 ・国防長官ヘグセットは、NATOによるウクライナ加盟は非現実的とし、平和維持活動も非NATO枠組みを主張している。

 ・欧州側は独自の防衛能力強化を模索しているが、EU規制や有志連合では実効性に課題が残る。

 ・新たな支援策が発表される可能性はあるが、NATOとEUの合意制が障害となり、進展は不透明である。

 5.サミットの最大の注目点

 ・最大の注目は政策内容そのものよりも「雰囲気(トーン)」であるとされている。

 ・トランプの発言や態度、閣僚の言動が場の空気を大きく左右する可能性がある。

 ・サミット終了時に、家族間の言い争い程度で済むのか、NATOの葬式のようになるのかは現時点では予測不能である。
 
【桃源寸評】🌍

 ドナルド・トランプ氏が大統領に再選された場合、NATO(北大西洋条約機構)の扱い

 1.国防費負担のさらなる要求と集団防衛原則への疑問視

 ・トランプ氏は、長年にわたりNATO加盟国、特に欧州諸国が国防費の目標(GDP比2%)を達成していないことを強く批判してきた。この負担増額要求はさらにエスカレートし、GDP比5%を求める可能性も示唆されている。

 ・彼は、国防費を十分に支払わない国に対しては、NATOの集団防衛原則である「第5条」(加盟国への攻撃は全体への攻撃とみなす)の適用に疑問を呈する発言もしている。「定義による」と述べ、第5条の解釈を巡る議論を引き起こす可能性も指摘されている。これは、ロシアからの脅威に直面する加盟国にとって大きな懸念材料となる。

 2.「アメリカ・ファースト」による孤立主義的傾向

 トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」は、多国間協調よりも米国の国益を優先する傾向が強いため、NATOのような集団安全保障の枠組みから距離を置く可能性が指摘されている。

 極端な場合には、NATOからの離脱を示唆する発言も過去にあり、その実現性は不透明であるが、同盟関係の信頼性を揺るがしかねない発言である。

 3.ロシアとの関係における不確実性

 ・トランプ氏は、ロシアのプーチン大統領と直接交渉に乗り出す方針を示しており、ウクライナとEUの頭越しでの停戦協議の可能性が懸念されている。これは、NATOの結束を試す動きとなる可能性がある。  

 ・ロシアへの対応こそがNATOの核心部分であるにもかかわらず、トランプ氏がロシアに「好き放題やらせる」と発言したこともあり、ロシアに対するNATOの抑止力が低下するリスクも指摘されている。

 NATO側の対応

 トランプ氏に備え、NATOはすでに様々な対策を講じ始めている。

 ・国防費増額の推進: 加盟国の多くが国防費を増額する動きを加速させている。

 ・部隊の即応性強化: 「NATO即応性イニシアティブ」などの措置により、部隊の展開能力を強化している。

 ・司令部改革: 大西洋や欧州域内の部隊移動の効率化を図るための司令部新設などが進められている。

 ・ウクライナ支援の主導権維持: 新司令部やキーウへの新拠点設置により、ウクライナ支援における主導権を維持しようとする動きも見られる。

 トランプ氏のNATOへのアプローチは、同盟の基盤を揺るがす可能性があるため、今後の動向が国際社会から注目されている。

 米国が必要としたとき

 米国が真に必要とするときには、NATO加盟国が共に戦うという根本的な部分は変わらない可能性が高い。これは、NATOの根幹をなす「集団防衛」の精神と、各国の安全保障上の利益が深く結びついているためである。

 いくつかの理由から、そのように考えられる。

 1.第5条の根本的重要性

 ・NATO憲章第5条は、「いずれかの加盟国に対する武力攻撃は、全加盟国に対する攻撃とみなす」と定めている。これは、単なる建前ではなく、各国の安全保障の根幹をなすものである。  

 ・もし米国が直接的な大規模攻撃を受けた場合、あるいは同盟国が攻撃され、それが米国の安全保障に直結すると判断された場合、欧州諸国を含むNATO加盟国は、自国の防衛のためにも米国と協力して行動せざるを得ない。

 2.相互依存関係の深化

 ・長年にわたる同盟関係により、NATO加盟国間では軍事的な相互運用性(interoperability)が非常に高く、情報共有、共同訓練、兵器システムの連携などが深く進んでいる。

 ・米国にとっても、欧州に強固な同盟国が存在することは、グローバルな安全保障戦略において極めて重要である。中東、アフリカ、アジア太平洋地域など、米国が関与する他の地域での危機に対応する際にも、欧州の同盟国との連携は不可欠である。

 3.共通の価値観と利益

 ・NATOは単なる軍事同盟ではなく、民主主義、法の支配、人権といった共通の価値観に基づいている。これらの価値観を共有する国々が、共通の脅威(例:テロ、サイバー攻撃、権威主義国家の台頭)に直面した場合、自然と協力関係が生まれる。

 ・また、経済的・政治的利益も密接に絡み合っており、世界の安定は各国共通の利益となる。

 4.政治的・外交的圧力

 ・たとえトランプ氏が孤立主義的な発言をしたとしても、米国内の軍事・外交エスタブリッシュメント、議会、さらには共和党内の多くの現実主義者たちは、NATOの重要性を深く認識している。

 ・また、欧州各国からの強力な外交的働きかけも、米国がNATOとの関係を完全に断ち切ることを困難にするだろう。

 もちろん、トランプ氏は、国防費負担の増加要求、第5条の適用を巡る交渉の複雑化、米国のコミットメントに対する不安感の高まりなど、同盟内の軋轢を生む可能性はある。しかし、米国が国家存立に関わるような危機に直面した場合、あるいは同盟国が壊滅的な攻撃を受けた場合、各国が共に戦うという最終的な選択は変わらないと考えられる。

 懸念されるのは、その「真に必要とするとき」の閾値がトランプ政権下で高くなる可能性や、危機に至る前の段階での抑止力が弱まる可能性です。

 米国NATO大使のマシュー・ウィテカー氏の発言

 米国NATO大使のマシュー・ウィテカー氏が「5%こそが平和を守る力であり、全同盟国に等しく求められる」と発言したとされる件について、「金の多寡が平和を守る力の差なのか」、「軍事力による平和の構築とは妙ちきりんな矛盾する話」という視点は非常に重要ではないか。そして、それは「制覇力」という解釈にも繋がり得る。

 この発言は、以下のような多層的な意味合いを持つと解釈できる。

 1. 「金の多寡が平和を守る力」という現実主義的視点

 トランプ政権の基本的な考え方は、「力による平和(Peace Through Strength)」である。これは、強い軍事力を持つことによって、他国からの侵略や挑戦を抑止し、平和を維持するという考え方である。

 この文脈において、ウィテカー氏の発言は、以下のように解釈できる。

 ・抑止力の強化: 高い国防費は、最新鋭の兵器、十分な兵員、高度な訓練などを可能にし、それが潜在的な敵対国に対する抑止力となる。彼らの視点では、国防費が低いと、敵対国が同盟を軽視し、攻撃を仕掛ける誘因になると考える。

 ・負担の公平性: 米国は長年、同盟国が「ただ乗り」していると不満を述べてきた。特にトランプ氏は、米国の納税者が欧州の防衛費を肩代わりしていると主張し、同盟国にもっと負担するよう求めてきた。彼の視点では、5%という高い目標を掲げることで、各国の「本気度」を試しているとも言える。

 ・能力の向上: 防衛費の増加は、同盟全体の軍事能力を向上させ、共同作戦の能力を高めることにも繋がる。これにより、紛争が発生した場合の対処能力が向上し、結果として紛争の長期化や拡大を防ぐ効果を期待しているとも言える。

 2. 「軍事力による平和の構築」の矛盾と「覇権力」への視点

 「軍事力による平和の構築」には本質的な矛盾が孕んでいる。

 ・軍拡競争の誘発: 一国または一集団が軍事力を強化すれば、それに対抗して他国も軍事力を強化しようとする「安全保障のジレンマ」を引き起こし、結果として軍拡競争に陥り、かえって緊張が高まる可能性がある。

 ・紛争のリスク増大: 大規模な軍事力は、使用する誘惑を生む可能性がある。特に、外交的解決よりも軍事的解決を優先する傾向がある場合、平和が脅かされるリスクが高まる。

 ・「制覇力」への疑念: ウィテカー氏の発言の背景には、「米国の覇権」、すなわち米国が世界秩序において圧倒的な力を持ち、その力をもって秩序を維持するという思想が見え隠れする。

 ・「力による秩序」の維持: 米国は冷戦後、唯一の超大国として世界各地で安定化の役割を担ってきたという自負がある。国防費5%の要求は、その「力による秩序」を維持するための同盟国への協力要請と捉えることができる。

 ・「制覇力」としての側面: しかし、これを一歩引いて見れば、米国が自らの影響力を維持・拡大するために、同盟国に対しても軍事力を強化し、米国の戦略に従うよう求める「制覇力」の側面と見ることも可能である。つまり、同盟国が「自主的な防衛」を行うというよりは、米国の「覇権」の下で、その維持に貢献することを求めるという解釈も成り立つ。

 ・交渉の道具: トランプ氏の外交スタイルは、時に「取引(deal-making)」に例えられる。国防費の負担増額要求は、同盟国との関係を再交渉し、米国の負担を減らすための「交渉の道具」として使われている側面も否定できない。これは、同盟の理念よりも、目先の利益を優先する姿勢として映る可能性がある。

 結論として

 マシュー・ウィテカー氏の「5%こそが平和を守る力」という発言は、トランプ政権の「力による平和」という現実主義的な安全保障観を反映している。それは、抑止力の強化、負担の公平性、そして同盟全体の能力向上を目指すという意図がある一方で、軍拡競争のリスクや、米国が自らの覇権を維持・強化するための「制覇力」を行使しているという批判も呼び起こすものである。

 平和の構築は、軍事力だけでなく、外交、経済協力、文化交流など多角的なアプローチによって達成されるべきであり、軍事力偏重のアプローチは、時に矛盾を孕み、国際社会に新たな緊張をもたらす可能性も否定できない。この発言は、同盟内における軍事と平和の役割、そして大国間のパワーバランスに関する根本的な問いを私たちに投げかけていると言えるだろう。

【寸評 完】🌺

【引用・参照・底本】

Three Big Questions for the 2025 NATO Summit STIMSON 2025.06.06
https://www.stimson.org/2025/three-big-questions-for-the-2025-nato-summit/?utm_source=Stimson+Center&utm_campaign=69ea9ab4ed-RA%2FComms%2FWeekend+Read+NATO+2025&utm_medium=email&utm_term=0_-e28a87e949-46298933

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