アメリカの誤算・中国の備え ― 2025年04月30日 10:05
【概要】
米中間の激化する経済対立の背景と、中国がこの対立にどのように備え、戦略を練ってきたかが詳細に論じられている。筆者ゾンユアン・ゾーイ・リウは、米トランプ政権の対中貿易戦争の開始が誤算と誤解に基づいていると批判し、中国側もまた外交的に失策を重ねてきたと分析している。
主な論点は以下の通りである。
米中双方の誤算
・米国の誤算:トランプ政権は、中国経済が深刻な危機にあると誤認し、習近平が譲歩を迫られると見誤った。しかし中国は、思った以上に強固な対抗姿勢を取った。
・中国の誤算: 外交的巧妙さを欠き、米国や他国の懸念(安価な中国製品の再流入=第2の「チャイナショック」)に対応できず、強硬なレトリックが逆効果となった。
習近平の長期戦略
・習近平は、外部圧力を国内統治と正当化のために利用しており、経済の「自己依存」推進の口実にしている。
・「苦しみに耐える」という歴史的・文化的スローガンを通じて、国民に困難の受容を促している。
米中の外交スタイルの非対称性
・トランプ: 自らが前面に立つ交渉スタイルで政治的成果をアピール。
・習近平: 実務者に交渉を任せ、自らは「超然とした指導者」として振る舞う。
・この非対称性は、首脳会談の意義やタイミングに関する双方の期待のずれを生み、交渉を難航させている。
4. 中国の備え
・経済: 国内需要主導型成長、供給網の再構築、中小企業支援、人民元決済の国際化。
・法制度: 外国制裁への対抗措置を正当化する法律(反外国制裁法、輸出管理法など)を整備。
・外交: 地域的自由貿易協定(RCEP)やアジア隣国との経済協議を強化し、西側の経済ブロック化に対抗。
5. 今後の見通し
・トランプ政権が仕掛けた高関税戦略は、今のところ中国に譲歩を引き出せておらず、むしろ長期戦に耐える構えを中国に固めさせている。
・習近平にとって、米国市場からの締め出しは「受け入れ可能な痛み」であり、コロナ封鎖のような経験を通じて国民の忍耐力には自信を持っている。
・一方で、中国経済の構造的問題が依然として存在することは否定できず、今後の成否は国内改革と対外関係の巧拙にかかっている。
要するに、米中貿易戦争は単なる経済の衝突ではなく、制度、権力、価値観、そしてリーダーシップのあり方の衝突であり、どちらが勝つかというより、どちらがより長く「持ちこたえられるか」が問われているという視座が重要である。
【詳細】
1. 米中貿易戦争の激化とその経緯
2025年4月、トランプ大統領が「解放の日(Liberation Day)」と称する演説で、同盟国を含むすべての貿易相手に対して関税を導入したことを皮切りに、米中間で報復の応酬が続いた。その結果、4月11日時点で中国製品に対する米国の関税は145%、米製品に対する中国の関税は125%に達した。これにより、年間7000億ドルに及ぶ両国間貿易の80%が今後2年で縮小する恐れがある。
このような関税の応酬は、どちらの国も本質的には望んでいないが、外交的な誤算と誤解によって引き起こされた。
2. アメリカ側の誤算:過小評価された中国の耐性
トランプ政権内の中国強硬派(いわゆるChina hawks)は、中国経済が減速していることを根拠に、習近平が早期に譲歩すると見込んでいた。しかしこの見立ては誤っていた。
米財務長官スコット・ベッセントは中国を「事実上の不況」と断じたが、実際には中国の成長率は4~5%で、米国(2.8%)を上回る。
中国は「国家資本主義」体制を活かし、民間企業・国有企業を動員しながら報復措置と国内補填を進めた。
また、習近平は個別交渉よりも体制的対応を好むため、トランプのような個人主導型外交にはそもそも応じにくい。
3. 中国の備え:自給自足体制と法的反撃の整備
2018年以降、中国はすでに「低強度の貿易戦争」に備えて次のような準備を進めていた。
(1)国内経済の強靭化
・地方政府と国有企業を動員し、サプライチェーンの再構築と海外市場の多角化を推進。
・零細企業への財政支援や雇用維持策を実施。
・内需拡大(消費振興)とビジネス環境の改善に重点を置いた新経済政策の導入。
(2)金融・法制度による「反撃」の合法化
・外国制裁に対抗するため、「反外国制裁法」「輸出管理法」「改正スパイ防止法」などを整備。
・国際企業に「米中いずれの法律を順守するか」という選択を迫る、法的ジレンマを生み出した。
4. 外交戦略の強化:地域連携と対米依存の脱却
・中国は経済的な圧力だけでなく、外交面でも以下のような動きを加速させている。
・中東:GCC(湾岸協力会議)諸国との自由貿易協定を推進。
・ヨーロッパ:フランスとの高官級対話を年内3回実施予定。
・東アジア:日中韓の経済対話を5年ぶりに再開し、RCEP(地域的包括的経済連携)強化やWTO改革を協議。
・東南アジア:ベトナムなど「第三国経由の迂回輸出」が可能な隣国との関係を強化。
5. 「外圧」を正当化に利用する習近平の長期戦略
・習近平は「外からの圧力」に対して「耐えて戦う」ことを国民に呼びかける一方で、それを政治的正当化の材料として活用している。
・「吃苦(苦しみに耐える)」という価値観を強調し、「100年の屈辱」からの復興というナラティブを維持。
・ジャック・マーなど、かつて冷遇していた企業家の政治的復権を通じて、内政の柔軟性もアピール。
・COVID-19による長期ロックダウンで「耐久力」が証明されたことが、米国との経済断絶をも乗り越える可能性を裏付けている。
まとめ:「負けない戦い」を仕掛ける中国の現実主義
習近平政権は、米中貿易戦争で「勝つ」ことは現実的でないと理解しているが、「負けない」ための体制はすでに整っている。そして、トランプ政権の即興的な関税攻勢こそが、逆に中国の結束や自立路線を強化する結果になっている。
つまり、中国は単なる対抗ではなく、構造的な「経済の再武装」によって、米国との長期的な経済対立に備えてきたのである。
【要点】
1. 米中貿易戦争の激化(2025年)
・トランプ政権が全ての貿易相手に高関税を課す政策を開始(「解放の日」演説)。
・米中間で報復関税が応酬し、関税率は中国製品に対して145%、米国製品に対して125%に達する。
・双方とも望まぬ形でエスカレートした「戦争」である。
2. アメリカの誤算
・米国は中国経済の減速を理由に早期譲歩を期待。
・財務長官ベッセントが「中国は事実上の不況」と誤認。
・中国のGDP成長率は4〜5%と堅調で、実際には米国より高い。
・習近平は個人交渉を好まず、制度対応を優先するタイプ。
3. 中国の備え(2018年以降の準備)
3.1 経済・産業面の準備
・地方政府と国有企業によるサプライチェーンの国内回帰と多角化。
・零細企業への支援や失業者対策を展開。
・内需拡大策(消費刺激・起業支援など)を強化。
3.2 法制度による対抗手段の整備
・反外国制裁法・輸出管理法・スパイ防止法などを制定。
・米国に協力する企業を制裁対象とすることを合法化。
・多国籍企業に米中どちらの法を守るかの「踏み絵」を強いる構造。
4. 外交面の対応と市場の多様化
・中東(GCC)と自由貿易交渉を推進。
・欧州(特にフランス)との経済・安全保障対話を強化。
・東アジア(日中韓3カ国会談)を5年ぶりに再開。
・ASEANやベトナム経由で「迂回輸出」も視野に。
5. 習近平の長期戦略と国民統合
・「外圧」による苦境を国内結束の材料として利用。
・国民に「吃苦(苦しみに耐える)」という精神を鼓舞。
・コロナ禍の封鎖経験を「耐久力の証明」として活用。
・民間企業家(例:ジャック・マー)との関係を再構築し柔軟性を演出。
6. 総括:戦略的「経済の再武装」
・中国は貿易戦争に「勝つ」よりも「負けない」体制を構築。
・米国の圧力は逆に中国の内政・外交・法制度の強化を促進。
・習近平は、長期戦を前提とした経済・外交・法的備えを完了している。
【桃源寸評】
・自由貿易の破壊者と化した米国の「国家安全保障」政策
今日の国際経済における最大の矛盾は、かつて自由貿易の旗手だった米国が、国家安全保障を名目に「選別的制裁」と「技術封鎖」を進めていることにある。トランプ政権下で始まり、バイデン政権にも引き継がれたこの方針は、自由貿易体制を根本から掘り崩している。
米国は、ファーウェイや中芯国際(SMIC)など中国の主要技術企業を対象に輸出制限を加えただけでなく、日本やオランダなど同盟国に対しても、先端半導体製造装置の対中輸出停止を“強制”している。これはまさに国家安全保障という曖昧かつ恣意的な概念を濫用して、中国の技術的発展を抑圧しようとする戦略である。
このような行動は、WTO体制が保障する最恵国待遇・非差別原則に明確に反しており、自由貿易の理念を掲げる米国の自己矛盾を如実に示している。
・「自己依存」は中国の戦略ではなく、米国の封鎖への“防御的対応”である
米国が技術封鎖と経済的排除を強める中、中国が掲げる「自己依存(自立自強)」政策は、本質的に攻撃的な国家戦略ではなく、受動的な対応策に過ぎない。
中国は依然として、ハイテク分野を中心に、外国製の半導体、工作機械、航空機部品などに依存しており、「自己完結的な経済」を構築する意図を持っていないことは、実際の政策からも明白である。むしろ中国は、「改革開放」を進め、外資系企業に対する市場開放(外資出資比率の緩和、自由貿易試験区の設置)などを通じて、国際経済との連結を強化してきた。
このような現実を無視し、「中国は閉鎖的で覇権的な経済戦略を採っている」と一方的に決めつけることは、因果関係を逆転させた誤った言説となる。
・中国の「多国間主義」と「自由貿易」の実践
中国はWTO体制の支持を明言し、RCEP(地域的包括的経済連携)を通じたアジア太平洋地域での貿易自由化、さらには一帯一路構想を通じたインフラ協力と市場統合の促進を進めている。
特に注目すべきは、中国がWTO改革や気候変動、途上国支援といった分野で「制度的枠組みの維持者」としての役割を演じている点である。これは、トランプ政権が国際機関からの離脱・拒否を繰り返したのとは対照的であり、国際公共財を軽視する米国に対し、中国が制度的安定を志向している構図が浮かび上がる。
この現実を踏まえるならば、今日の世界において「国際協調」を名実ともに体現しているのは、皮肉にも中国である。一方、米国は自国の覇権維持を目的とした対中封じ込め政策を正当化するため、「安全保障」の名の下に、経済的排他主義を進めている。
・注視すべきは「関税と制裁を振り回す米国の独善性」である
本来、問題視すべきなのは、中国が「自己依存」へと向かうことそのものではなく、そのような方向に追い込んだ米国の政策的暴走である。
トランプ政権は、同盟国を巻き込み、国内世論の不満を外に向けるかたちで「関税戦争」と「技術戦争」を意図的に仕掛けた。この姿勢は、国際ルールを無視し、「米国と世界を自らが統治する」という一国支配的・独裁的な発想に基づいている。
そのようなトランプ主義に対し、国際制度の中で対応しようとしているのが、他ならぬ中国なのである。つまり、中国の「自己依存」は孤立主義ではなく、「抑圧からの自衛」であり、自由と開放の原則を歪めた米国の行動こそが、現代の国際秩序を乱していると理解すべきである。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
How China Armed Itself for the Trade War FOREIGN AFFAIRS 2025.04.29
https://www.foreignaffairs.com/china/how-china-armed-itself-trade-war?s=EDZZZ005ZX&utm_medium=newsletters&utm_source=fatoday&utm_campaign=How%20China%20Armed%20Itself%20for%20the%20Trade%20War&utm_content=20250429&utm_term=EDZZZ005ZX
米中間の激化する経済対立の背景と、中国がこの対立にどのように備え、戦略を練ってきたかが詳細に論じられている。筆者ゾンユアン・ゾーイ・リウは、米トランプ政権の対中貿易戦争の開始が誤算と誤解に基づいていると批判し、中国側もまた外交的に失策を重ねてきたと分析している。
主な論点は以下の通りである。
米中双方の誤算
・米国の誤算:トランプ政権は、中国経済が深刻な危機にあると誤認し、習近平が譲歩を迫られると見誤った。しかし中国は、思った以上に強固な対抗姿勢を取った。
・中国の誤算: 外交的巧妙さを欠き、米国や他国の懸念(安価な中国製品の再流入=第2の「チャイナショック」)に対応できず、強硬なレトリックが逆効果となった。
習近平の長期戦略
・習近平は、外部圧力を国内統治と正当化のために利用しており、経済の「自己依存」推進の口実にしている。
・「苦しみに耐える」という歴史的・文化的スローガンを通じて、国民に困難の受容を促している。
米中の外交スタイルの非対称性
・トランプ: 自らが前面に立つ交渉スタイルで政治的成果をアピール。
・習近平: 実務者に交渉を任せ、自らは「超然とした指導者」として振る舞う。
・この非対称性は、首脳会談の意義やタイミングに関する双方の期待のずれを生み、交渉を難航させている。
4. 中国の備え
・経済: 国内需要主導型成長、供給網の再構築、中小企業支援、人民元決済の国際化。
・法制度: 外国制裁への対抗措置を正当化する法律(反外国制裁法、輸出管理法など)を整備。
・外交: 地域的自由貿易協定(RCEP)やアジア隣国との経済協議を強化し、西側の経済ブロック化に対抗。
5. 今後の見通し
・トランプ政権が仕掛けた高関税戦略は、今のところ中国に譲歩を引き出せておらず、むしろ長期戦に耐える構えを中国に固めさせている。
・習近平にとって、米国市場からの締め出しは「受け入れ可能な痛み」であり、コロナ封鎖のような経験を通じて国民の忍耐力には自信を持っている。
・一方で、中国経済の構造的問題が依然として存在することは否定できず、今後の成否は国内改革と対外関係の巧拙にかかっている。
要するに、米中貿易戦争は単なる経済の衝突ではなく、制度、権力、価値観、そしてリーダーシップのあり方の衝突であり、どちらが勝つかというより、どちらがより長く「持ちこたえられるか」が問われているという視座が重要である。
【詳細】
1. 米中貿易戦争の激化とその経緯
2025年4月、トランプ大統領が「解放の日(Liberation Day)」と称する演説で、同盟国を含むすべての貿易相手に対して関税を導入したことを皮切りに、米中間で報復の応酬が続いた。その結果、4月11日時点で中国製品に対する米国の関税は145%、米製品に対する中国の関税は125%に達した。これにより、年間7000億ドルに及ぶ両国間貿易の80%が今後2年で縮小する恐れがある。
このような関税の応酬は、どちらの国も本質的には望んでいないが、外交的な誤算と誤解によって引き起こされた。
2. アメリカ側の誤算:過小評価された中国の耐性
トランプ政権内の中国強硬派(いわゆるChina hawks)は、中国経済が減速していることを根拠に、習近平が早期に譲歩すると見込んでいた。しかしこの見立ては誤っていた。
米財務長官スコット・ベッセントは中国を「事実上の不況」と断じたが、実際には中国の成長率は4~5%で、米国(2.8%)を上回る。
中国は「国家資本主義」体制を活かし、民間企業・国有企業を動員しながら報復措置と国内補填を進めた。
また、習近平は個別交渉よりも体制的対応を好むため、トランプのような個人主導型外交にはそもそも応じにくい。
3. 中国の備え:自給自足体制と法的反撃の整備
2018年以降、中国はすでに「低強度の貿易戦争」に備えて次のような準備を進めていた。
(1)国内経済の強靭化
・地方政府と国有企業を動員し、サプライチェーンの再構築と海外市場の多角化を推進。
・零細企業への財政支援や雇用維持策を実施。
・内需拡大(消費振興)とビジネス環境の改善に重点を置いた新経済政策の導入。
(2)金融・法制度による「反撃」の合法化
・外国制裁に対抗するため、「反外国制裁法」「輸出管理法」「改正スパイ防止法」などを整備。
・国際企業に「米中いずれの法律を順守するか」という選択を迫る、法的ジレンマを生み出した。
4. 外交戦略の強化:地域連携と対米依存の脱却
・中国は経済的な圧力だけでなく、外交面でも以下のような動きを加速させている。
・中東:GCC(湾岸協力会議)諸国との自由貿易協定を推進。
・ヨーロッパ:フランスとの高官級対話を年内3回実施予定。
・東アジア:日中韓の経済対話を5年ぶりに再開し、RCEP(地域的包括的経済連携)強化やWTO改革を協議。
・東南アジア:ベトナムなど「第三国経由の迂回輸出」が可能な隣国との関係を強化。
5. 「外圧」を正当化に利用する習近平の長期戦略
・習近平は「外からの圧力」に対して「耐えて戦う」ことを国民に呼びかける一方で、それを政治的正当化の材料として活用している。
・「吃苦(苦しみに耐える)」という価値観を強調し、「100年の屈辱」からの復興というナラティブを維持。
・ジャック・マーなど、かつて冷遇していた企業家の政治的復権を通じて、内政の柔軟性もアピール。
・COVID-19による長期ロックダウンで「耐久力」が証明されたことが、米国との経済断絶をも乗り越える可能性を裏付けている。
まとめ:「負けない戦い」を仕掛ける中国の現実主義
習近平政権は、米中貿易戦争で「勝つ」ことは現実的でないと理解しているが、「負けない」ための体制はすでに整っている。そして、トランプ政権の即興的な関税攻勢こそが、逆に中国の結束や自立路線を強化する結果になっている。
つまり、中国は単なる対抗ではなく、構造的な「経済の再武装」によって、米国との長期的な経済対立に備えてきたのである。
【要点】
1. 米中貿易戦争の激化(2025年)
・トランプ政権が全ての貿易相手に高関税を課す政策を開始(「解放の日」演説)。
・米中間で報復関税が応酬し、関税率は中国製品に対して145%、米国製品に対して125%に達する。
・双方とも望まぬ形でエスカレートした「戦争」である。
2. アメリカの誤算
・米国は中国経済の減速を理由に早期譲歩を期待。
・財務長官ベッセントが「中国は事実上の不況」と誤認。
・中国のGDP成長率は4〜5%と堅調で、実際には米国より高い。
・習近平は個人交渉を好まず、制度対応を優先するタイプ。
3. 中国の備え(2018年以降の準備)
3.1 経済・産業面の準備
・地方政府と国有企業によるサプライチェーンの国内回帰と多角化。
・零細企業への支援や失業者対策を展開。
・内需拡大策(消費刺激・起業支援など)を強化。
3.2 法制度による対抗手段の整備
・反外国制裁法・輸出管理法・スパイ防止法などを制定。
・米国に協力する企業を制裁対象とすることを合法化。
・多国籍企業に米中どちらの法を守るかの「踏み絵」を強いる構造。
4. 外交面の対応と市場の多様化
・中東(GCC)と自由貿易交渉を推進。
・欧州(特にフランス)との経済・安全保障対話を強化。
・東アジア(日中韓3カ国会談)を5年ぶりに再開。
・ASEANやベトナム経由で「迂回輸出」も視野に。
5. 習近平の長期戦略と国民統合
・「外圧」による苦境を国内結束の材料として利用。
・国民に「吃苦(苦しみに耐える)」という精神を鼓舞。
・コロナ禍の封鎖経験を「耐久力の証明」として活用。
・民間企業家(例:ジャック・マー)との関係を再構築し柔軟性を演出。
6. 総括:戦略的「経済の再武装」
・中国は貿易戦争に「勝つ」よりも「負けない」体制を構築。
・米国の圧力は逆に中国の内政・外交・法制度の強化を促進。
・習近平は、長期戦を前提とした経済・外交・法的備えを完了している。
【桃源寸評】
・自由貿易の破壊者と化した米国の「国家安全保障」政策
今日の国際経済における最大の矛盾は、かつて自由貿易の旗手だった米国が、国家安全保障を名目に「選別的制裁」と「技術封鎖」を進めていることにある。トランプ政権下で始まり、バイデン政権にも引き継がれたこの方針は、自由貿易体制を根本から掘り崩している。
米国は、ファーウェイや中芯国際(SMIC)など中国の主要技術企業を対象に輸出制限を加えただけでなく、日本やオランダなど同盟国に対しても、先端半導体製造装置の対中輸出停止を“強制”している。これはまさに国家安全保障という曖昧かつ恣意的な概念を濫用して、中国の技術的発展を抑圧しようとする戦略である。
このような行動は、WTO体制が保障する最恵国待遇・非差別原則に明確に反しており、自由貿易の理念を掲げる米国の自己矛盾を如実に示している。
・「自己依存」は中国の戦略ではなく、米国の封鎖への“防御的対応”である
米国が技術封鎖と経済的排除を強める中、中国が掲げる「自己依存(自立自強)」政策は、本質的に攻撃的な国家戦略ではなく、受動的な対応策に過ぎない。
中国は依然として、ハイテク分野を中心に、外国製の半導体、工作機械、航空機部品などに依存しており、「自己完結的な経済」を構築する意図を持っていないことは、実際の政策からも明白である。むしろ中国は、「改革開放」を進め、外資系企業に対する市場開放(外資出資比率の緩和、自由貿易試験区の設置)などを通じて、国際経済との連結を強化してきた。
このような現実を無視し、「中国は閉鎖的で覇権的な経済戦略を採っている」と一方的に決めつけることは、因果関係を逆転させた誤った言説となる。
・中国の「多国間主義」と「自由貿易」の実践
中国はWTO体制の支持を明言し、RCEP(地域的包括的経済連携)を通じたアジア太平洋地域での貿易自由化、さらには一帯一路構想を通じたインフラ協力と市場統合の促進を進めている。
特に注目すべきは、中国がWTO改革や気候変動、途上国支援といった分野で「制度的枠組みの維持者」としての役割を演じている点である。これは、トランプ政権が国際機関からの離脱・拒否を繰り返したのとは対照的であり、国際公共財を軽視する米国に対し、中国が制度的安定を志向している構図が浮かび上がる。
この現実を踏まえるならば、今日の世界において「国際協調」を名実ともに体現しているのは、皮肉にも中国である。一方、米国は自国の覇権維持を目的とした対中封じ込め政策を正当化するため、「安全保障」の名の下に、経済的排他主義を進めている。
・注視すべきは「関税と制裁を振り回す米国の独善性」である
本来、問題視すべきなのは、中国が「自己依存」へと向かうことそのものではなく、そのような方向に追い込んだ米国の政策的暴走である。
トランプ政権は、同盟国を巻き込み、国内世論の不満を外に向けるかたちで「関税戦争」と「技術戦争」を意図的に仕掛けた。この姿勢は、国際ルールを無視し、「米国と世界を自らが統治する」という一国支配的・独裁的な発想に基づいている。
そのようなトランプ主義に対し、国際制度の中で対応しようとしているのが、他ならぬ中国なのである。つまり、中国の「自己依存」は孤立主義ではなく、「抑圧からの自衛」であり、自由と開放の原則を歪めた米国の行動こそが、現代の国際秩序を乱していると理解すべきである。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
How China Armed Itself for the Trade War FOREIGN AFFAIRS 2025.04.29
https://www.foreignaffairs.com/china/how-china-armed-itself-trade-war?s=EDZZZ005ZX&utm_medium=newsletters&utm_source=fatoday&utm_campaign=How%20China%20Armed%20Itself%20for%20the%20Trade%20War&utm_content=20250429&utm_term=EDZZZ005ZX