<貧すれば鈍する>か、EU2025年06月04日 20:30

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【概要】

 2025年6月2日(月)、ロイター通信の報道によれば、欧州連合(EU)加盟国は、中国の医療機器企業の公共調達への参加を制限する欧州委員会の提案を支持した。この措置は「国際調達手段(IPI)」と呼ばれる新たな枠組みのもとで初めて発動されるものであり、5年間にわたり、中国企業が500万ユーロ(約5.2百万ドル)を超えるEU域内の入札に参加することを禁止する内容である。

 EUは「世界で最も開かれた市場の一つ」であると主張しているが、実際には近年、保護主義的な方向へと傾きつつある。EUはしばしば一方的な通商措置に頼り、「公正な競争」を掲げつつも実際には不公正な慣行を行っており、二重基準の典型であると指摘されている。

 IPIは「市場の相互主義」を標榜しているが、中国とEUの医療機器分野における深い協力関係という基本的事実を無視している。中国EU商会によれば、欧州の医療機器企業は長年にわたり中国市場に広く参入しており、中国の医療現代化に貢献するとともに、自らも大きな利益を上げてきた。

 一方、米国は最近、EUからの輸入鉄鋼およびアルミニウムに対する関税を50%に引き上げる方針を発表した。これに対しEUは「強い遺憾」を表明し、米国との今後の通商協議において「強い主張を行う」としている。EU自身が米国の通商的強硬姿勢の被害を受けているにもかかわらず、中国企業に対してIPIを用いて制裁的措置をとることは、公平な市場と競争を掲げるEUの主張と矛盾している。

 近年、EU域内では「中国がEU産業に脅威を与えている」との新たな言説が広まっている。北京外国語大学・地域とグローバルガバナンス研究院のCui Hongjian教授は、米国との通商交渉を控えた現在、EUが中国との一部協力を犠牲にして米国から譲歩を引き出そうとする政策を取っていると分析する。教授は、こうした路線は重大な戦略的誤算であり、実質的な成果は得られず、中国とEU間でこれまで築いてきた関係を損ない、結果としてEUが米国の対中戦略の補助的存在にとどまる危険があると警告している。

 医療、技術、グリーン移行といった重要分野において、中国とEUは大きな協力の可能性を有している。米国による国際通商秩序の混乱が進む中、中国とEUの経済協力はむしろ強靱性を保ち、発展を続けてきた。欧州の権威ある報告によれば、2025年第1四半期の中EU間の貿易額は1.3兆元を超え、2024年における中国のEUおよび英国への直接投資額は前年比47%増の100億ユーロとなり、7年ぶりに増加に転じた。

 これらのデータは、中国が欧州に「脅威」ではなく「機会」をもたらしていることを示している。中国は一貫して欧州を対等なパートナーとして見ている。真の協力関係は相互尊重の上に成り立つ。不当に中国を標的とすることで対米交渉における立場を強化しようとする試みは、結果的に逆効果となる可能性が高い。欧州企業の利益や国際通商秩序の維持を考慮するならば、中国との協力を深化させることこそがEUにとって合理的な選択である。

【詳細】 
 
 1. 記事の概要と背景

 2025年6月初旬、欧州連合(EU)の加盟国は、中国の医療機器企業によるEU域内の公共調達市場へのアクセスを制限する提案を支持した。この措置は、EUが導入したばかりの「国際調達手段(International Procurement Instrument, IPI)」に基づくものであり、今後5年間、中国企業は5百万ユーロ(約7.5億円)を超える公共入札に参加することが事実上不可能となる。対象となるのは、医療機器を中心とした分野である。

 この政策の表向きの理由は「市場の相互主義(reciprocity)」の確保である。すなわち、EU企業が中国市場において制限を受けているという前提のもと、中国企業に対しても同様の制限を課すことで「対等な市場アクセス」を目指すとしている。

 しかし、Global Timesはこの主張に対し、実態は逆であると批判している。すなわち、欧州企業は長年にわたり中国の医療市場に大きく進出し、利益を上げており、「相互主義」を理由に中国企業を締め出すのは根拠を欠くとの主張である。

 2. 国際調達手段(IPI)とは何か

 IPIは、EUが2022年に導入した貿易防衛措置の一環である。目的は、EU加盟国が公共調達において、第三国の企業がEU企業に対して不公正な扱いをしていると判断した場合、相手国の企業に対して制限を課す権限を欧州委員会に与える点にある。すなわち、対外的には「報復措置」として機能し得る制度である。

 この制度の初適用が、今回の中国企業の医療機器調達への制限である。つまり、この措置はEUにとって象徴的かつ試験的な適用例であり、その政治的意味合いも大きい。

 3. EUのダブルスタンダードと批判

 Global Timesは、EUがしばしば「開かれた市場」「公正な競争」を掲げている一方で、現実には自国産業を保護するために非関税障壁や制度的措置を導入しており、これは典型的なダブルスタンダード(二重基準)であると批判している。

 特に、医療機器分野においては、欧州の企業――たとえば独シーメンス・ヘルシニアーズや仏ソフィバ――は長年にわたり中国市場で活動し、現地の医療制度の近代化に大きく貢献してきたとされる。こうした協力関係を棚上げにし、中国企業に対して「閉鎖的措置」を取ることは矛盾しているというのが同紙の主張である。

 4. 米国との通商関係との関連

 直近の動きとして、米国はEUから輸入する鉄鋼およびアルミニウムに対して関税を50%へと引き上げる措置を発表した。これに対しEUは反発しており、今後の米EU通商交渉で「強く主張する」と表明している。

 この文脈において、Global Timesは、EUが米国からの圧力に屈して対中政策を変更していると見ている。すなわち、EUが中国をスケープゴートにすることで、対米交渉における「交渉カード」として利用しようとしている可能性を指摘している。

 このような姿勢は、EUが自主的な戦略を持たず、むしろ米国の「対中封じ込め戦略(containment strategy)」に従属する形となり、自らの戦略的利益を損なうものであると分析されている。

 5. Cui Hongjian教授の見解

 北京外国語大学のCui Hongjian教授は、EUの対中政策が「戦略的誤算」であると明言している。教授によれば、EUが中国との経済協力を犠牲にしてまで米国から譲歩を引き出そうとする動きは、実利をもたらすどころか、長期的には中国とEUとの信頼関係を損ね、EUの国際的自立性を弱める結果を招く。

 6. 中国とEUの経済関係の実態

 2025年第1四半期における中国とEU間の貿易総額は1.3兆人民元(約1800億米ドル)を超え、依然として堅調である。さらに、2024年における中国からEUおよび英国への直接投資は100億ユーロに達し、前年比47%増と大幅に伸長した。これは2017年以来、初めての増加である。

 このような実績は、中国とEUの経済的結びつきが依然として強固であり、中国がEUにとって経済的な「脅威」ではなく「機会」であることを示しているとされる。

 7. 総括:真の協力には相互尊重が必要

 Global Timesは、こうした分析を踏まえ、EUが「中国を不当に標的とする」ことによって米国との交渉で優位に立とうとする試みは、結果的には裏目に出ると警告している。欧州の企業利益や国際経済秩序を重視するならば、中国との建設的な協力関係を深化させることが、より合理的な戦略選択であると結論付けている。

【要点】 

 1. 欧州委員会による対中措置

 ・EU加盟国は、中国の医療機器企業を公共調達市場から排除する提案を支持。

 ・対象は「国際調達手段(International Procurement Instrument:IPI)」に基づく初の措置。

 ・5年間にわたり、500万ユーロ(約7.5億円)超の入札案件から中国企業を排除。

 2. EUの建前と実態の乖離

 ・EUは「世界で最も開かれた市場」と自称している。

 ・実際には、近年保護主義的傾向を強め、一方的措置を講じる傾向がある。

 ・「公正な競争」を掲げながら、恣意的な排除政策を取る点で二重基準を行使している。

 3. 医療機器分野における実情

 ・中国EU商会によれば、欧州企業は長年にわたり中国の医療市場で活動。

 ・欧州製医療機器は中国の医療近代化に貢献し、欧州企業も大きな利益を得てきた。

 ・IPIによる制限は、この協力関係の実績を無視したものである。

 4. 米国との貿易摩擦とEUの姿勢

 ・米国はEU産の鉄鋼・アルミに50%の関税を課すと発表。

 ・EUはこれに「強い遺憾」を表明し、対米交渉で強い姿勢を取ると表明。

 ・にもかかわらず、EUは中国に対して制裁的措置を取っており、矛盾がある。

 5. 中国を「交渉カード」とするEUの動き

 ・Cui Hongjian教授は、EUが米国との取引のために中国との協力を犠牲にしていると指摘。

 ・米国からの譲歩を引き出すことは困難であり、EUは戦略的誤算に陥っている。

 ・結果的にEUは米国の対中包囲政策の補助的存在に成り下がる恐れがある。

 6. 経済協力の実態とデータ

 ・2025年Q1における中EU貿易総額は1.3兆元(約1800億ドル)を超過。

 ・2024年の中国からEU・英国への直接投資は前年比47%増の100億ユーロ。

 ・上記は7年ぶりの投資増加であり、中国が「脅威」ではなく「機会」である証左。

 7. 協力の重要性と結論

 ・医療、技術、グリーン移行分野において中EUは協力の余地が広い。

 ・相互尊重に基づく真の協力が必要であり、不当な標的化は関係を損なう。

 ・欧州の利益や国際秩序維持の観点からも、中国との協力深化が合理的選択である。

【桃源寸評】💚
 
 EUによる対中措置が不当であり、戦略的にも自滅的であるとの論調で一貫しており、欧州と中国との経済的・制度的相互依存を踏まえた上で、協力関係の維持・発展こそが両者にとって利益であると主張している。

 EUの政策転換を強く批判しつつ、中国との経済関係の実利を再評価し、協力の継続こそが両者の利益に資するとの立場をとっている。

「貧すれば鈍する」とEUの対中政策に見る構造的問題

 欧州連合(EU)は、地政学的・経済的圧力のなかで、その政策判断において本来の理念や合理性を損ないつつあるように見受けられる。いわゆる「貧すれば鈍する」の成句が暗示するように、経済的・戦略的な余裕を失った主体が短絡的・受動的判断を下しやすくなる傾向が、EUの対外政策に現れていると評せざるを得ない。

 現在のEUは、米国の戦略的影響下に置かれつつ、自律的な政策立案能力を部分的に喪失しているように見える。特に、米国が対中対立をエスカレートさせる中、EUは本来の「多極的世界秩序の構築者」としての立場よりも、米国の通商政策の補完者・従属者として振る舞う場面が増えている。

 中国排除による「代償」と合理性の欠如

 中国企業の公共調達からの排除、さらには中国の「経済的脅威」といったナラティブの急速な拡散は、EU内部における経済不安や産業競争力の低下と密接に結びついている。産業構造改革が遅れ、グリーン移行にも多額の財政支援が必要とされる現在のEUにとって、域外国からの競争圧力は、容易に「脅威」として解釈されやすい。これはまさに「余裕なき選択」が引き起こす認識の歪みである。

 しかしながら、冷静な分析に基づけば、中国とEUの経済関係は「脅威―被害者」構造ではなく、「相互依存―相互利益」構造である。中国市場に深く依存する欧州企業は少なくなく、中国からの投資は地域の雇用創出や技術連携にも貢献している。こうした協力の現実を無視し、短期的な政治的計算のために中国企業を排除することは、自己矛盾的かつ自己損壊的な政策と言える。

 米国依存の限界と戦略的自律の必要性

 EUは、長らく「戦略的自律性(strategic autonomy)」を外交・防衛・経済政策の基本方針として掲げてきた。にもかかわらず、現下の米中対立において、EUが米国の通商政策や地政学的価値観に同調する傾向を強めているのは、理念と実践の乖離を示している。

 米国は自国のインフレ抑制法(IRA)により、欧州のグリーン産業を直接的に圧迫している。また、鉄鋼・アルミニウム関税の引き上げといった一方的措置を取る米国に対し、EUは依然として対抗的行動を控え、「交渉に期待する」という受動的姿勢を維持している。これは、自らのパートナーを選ぶという能動的外交から逸脱していると見るべきである。

 建設的批判と提言

 EUは、経済的な不安定さや内政的圧力によって、自らの原則を犠牲にする方向へと傾斜している。しかし、本来あるべき姿とは、利害の調整と多角的関係の中で最適解を模索し、国際社会におけるバランサーとして機能することである。

 中国を一方的に排除し、米国に過度に依存する現在の政策は、EUの多極主義的原則と矛盾し、長期的には国際的信頼と競争力の低下を招く可能性がある。今こそ、EUは「選択肢を持つ大陸」として、米中双方とのバランスを保ちつつ、自律的にパートナーシップを築く戦略的胆力を示すべきである。

 総括

 「貧すれば鈍する」とは、単なる経済状況の悪化ではなく、思考と判断の劣化をも示唆する警句である。EUがこの状態に陥ることなく、自らの理念と長期的利益に基づいた政策選択を回復し、構造的な米国依存から脱却することが、ヨーロッパの未来にとって最も建設的な道であると考える。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Unfairly targeting China won’t enhance EU leverage in trade talks with US GT 2025.06.03
https://www.globaltimes.cn/page/202506/1335361.shtml

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