WTO改革2025年06月04日 22:14

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【概要】

 2025年6月3日、フランス・パリで開催された世界貿易機関(WTO)閣僚会合の傍ら、中国のWang Wentao(ワン・ウェンタオ)商務部長は、WTOのンゴジ・オコンジョ=イウェアラ事務局長と会談を行った。中国商務部が翌4日に発表した声明によれば、両者は世界貿易の厳しい現状とWTO改革に関して踏み込んだ意見交換を行った。

 Wang部長は、一部加盟国による恣意的な関税措置に対し、WTOが単独的な関税措置に対する監督を強化すべきであり、中立かつ客観的な政策提言を行う必要があると強調した。また、関連国がWTOルールを順守し、二国間貿易の枠組みが他の加盟国の利益を損なうことのないよう求めた。

 さらに、Wang部長は多国間貿易体制の維持に対する中国の揺るぎない支持を表明し、WTOがグローバル経済ガバナンスにおいてより大きな役割を果たすべきであると述べた。

 WTO第14回閣僚会議(MC14)に向けては、農業および開発分野における成果の達成を重視すべきであると中国は主張している。

 WTO改革に関しては、中国は以下の事項を支持している。

 ・紛争解決メカニズムの早期正常化

 ・より柔軟で効率的かつ責任ある合意形成プロセスの探求

 ・水産補助金、投資円滑化、電子商取引に関する協定の早期発効

 ・貿易と環境、サプライチェーンの強靭性、人工知能(AI)に関する新たな議論の開始

 加えて、WTO事務局長のオコンジョ=イウェアラ氏は6月4日、自身のX(旧Twitter)アカウントにて、中国との間で「後発開発途上国(LDCs)および加盟促進プログラム」に関する了解覚書(MOU)を更新したと投稿した。

 本会談は、中国が多国間主義と国際貿易ルールへの支持を継続して表明し、WTOの制度的機能の強化と改革の推進に積極的な姿勢を示すものとなった。

【詳細】 
 
 会談の概要

 2025年6月3日、中国の商務部長・Wang Wentao(ワン・ウェンタオ)は、フランス・パリで開催されたWTO閣僚級会合の傍らで、WTO事務局長・ンゴジ・オコンジョ=イウェアラと会談した。この会談は、世界的に貿易摩擦や保護主義的な動きが強まる中、WTOの機能回復と制度改革を巡って、主要加盟国の間で協議が続けられているという背景を持つ。

 背景と時期的文脈

 近年、米国など一部先進国が国家安全保障や経済的優位性を理由に、WTOルールを無視した一方的な関税措置を相次いで導入しており、これが多国間貿易体制への深刻な挑戦となっている。こうした中、中国はWTOルールに基づく多国間主義の擁護者としての立場を強調している。

 また、WTOの中核的機能の一つである「紛争解決制度(Dispute Settlement Mechanism)」は、上級委員会(Appellate Body)の機能不全が続いており、紛争処理が実質的に停止している状況である。この点も会談の重要テーマとなった。

 Wang Wentao部長の主張の詳細

 1. 恣意的な関税措置に対する批判と監督強化の要求

 Wang部長は、「特定の加盟国が恣意的に関税を課す行為」に懸念を示し、WTOがそのような単独措置に対する監督責任を強化し、中立的かつ客観的な政策提言を行うべきであると主張した。

 ・意図:名指しは避けているが、主に米国の対中制裁関税などを念頭に置いていると考えられる。

 ・目的:WTOの権威を通じて一方的な制裁措置を抑止し、WTOのルール遵守を国際的に促す狙い。

 2. 二国間協定に対する透明性と規範の遵守

 Wang部長は、各国が独自に締結する二国間・地域間の貿易協定についても、WTOルールとの整合性を保ち、他の加盟国の利益を損なわないようにすべきと訴えた。

 ・文脈:米国などがWTOを回避する形で新たな経済圏構想(IPEF等)を推進する傾向に対抗。

 ・意味合い:WTOを「グローバルな共通ルール」として再認識させようとする働きかけ。

 WTO改革に対する中国の立場と提案

 1. 紛争解決制度の早期回復

 ・上級委員会が機能不全に陥っているため、紛争の最終判断ができない状況が続いている。

 ・中国はこの制度の「正常な機能回復」を最優先課題と位置づけ、迅速な制度改革を求めている。

 2. 意思決定メカニズムの改善

 ・現在のWTOは全会一致主義で合意形成が進みにくい。

 ・中国は「より柔軟・効率的かつ責任ある合意形成方式」の導入を提案している。

  ⇨ 例えば、一定の加盟国多数による合意制度(プルリラテラル・アプローチ)の容認など。

 3. 重要協定の早期発効

 中国は以下の分野の合意内容の早期発効を支持:

 ・水産補助金協定:過剰漁獲・違法漁業防止のための補助金制限。

 ・投資円滑化協定:透明で予測可能な投資環境の構築。

 ・電子商取引協定:国境を越えたデジタル取引に関する国際ルールの整備。

 4. 新たな議論の開始提案

 中国は、以下の新興課題についてもWTO内での議論開始を提唱。

 ・貿易と環境

 ・サプライチェーンの強靭性(地政学的リスクへの対応)

 ・人工知能(AI)の貿易への影響

 LDC支援に関するMOUの更新

 WTOのオコンジョ=イウェアラ事務局長は、自身のSNS(X)で、中国との間で**「後発開発途上国(LDCs)および加盟促進支援プログラム」に関する了解覚書(MOU)**を更新したと発表した。

 ・意味合い:中国がWTOを通じた南南協力や開発途上国支援に引き続き積極的であることを示す。

 ・象徴性:WTO改革と並行して「包摂性」や「開発の公平性」も重視する立場の表明。

 総合評価

 本会談は、WTOの制度的機能の回復と、グローバル貿易秩序の再構築に向けて中国が積極的な役割を果たす意思を示したものである。中国は、保護主義や経済的一極主義に対抗する形で、「ルールに基づく多国間体制の擁護者」としての姿勢を強めており、WTO改革においても中心的なステークホルダーとして関与していく方針である。

 また、LDC支援のMOU更新を通じて、「開発」をキーワードとした道義的責任も強調しており、単なる経済大国としてではなく「責任ある大国」としての立場を内外に印象づけた内容となっている。

【要点】 

 会談の基本情報

 ・日付・場所:2025年6月3日、フランス・パリ(WTO閣僚会合の傍らで実施)

 ・出席者

  ⇨ 中国商務部長・Wang Wentao(ワン・ウェンタオ)

  ⇨ WTO事務局長・ンゴジ・オコンジョ=イウェアラ

 Wang Wentao部長の主張と提言

 (1)一方的な関税措置への対応

 ・一部加盟国が恣意的に関税を課している現状に懸念を表明

 ・WTOに対し、単独的な関税措置に対する監督を強化し、中立・客観的な政策提言を行うよう要請

 ・二国間貿易協定もWTOルールに整合させるべきと強調

 ・他国の利益を損なう一方的な貿易行動を抑制すべきと主張

 (2)WTO制度の擁護と強化

 ・多国間貿易体制の維持と発展に中国は引き続き尽力する方針を明言

 ・WTOがグローバル経済ガバナンスの中核として機能するよう強化を訴える
 
 WTO改革に対する中国の具体的提案

 (1)紛争解決制度(DSB)の正常化

 ・現在機能不全にある上級委員会の早期復旧を支持

 ・公平な貿易紛争解決を可能にする制度の回復が不可欠と強調

 (2)合意形成の効率化

 ・全会一致主義の限界を指摘し、

  ⇨ 「柔軟・効率的・責任ある合意形成方式」の導入を提案

  ⇨ 例:プルリラテラル(多国間但し全加盟国参加不要)協定など

 (3)主要分野の協定発効促進

  以下の協定の早期発効を支持。

  ⇨ 水産補助金協定

  ⇨ 投資円滑化協定

  ⇨ 電子商取引協定

 (4)新たな協議分野の提起

 ・WTO内で以下の分野の協議を新たに開始すべきと提案。

  ⇨ 貿易と環境

  ⇨ サプライチェーンの強靭性

  ⇨ 人工知能(AI)と貿易

 LDC(後発開発途上国)支援に関する覚書(MOU)

 ・WTO事務局長オコンジョ=イウェアラ氏がX(旧Twitter)で発表

 ・中国とWTOが「LDCおよび加盟促進プログラム」支援の覚書を更新

 ・中国が開発途上国支援に引き続き積極的に関与する姿勢を明示

 全体的評価と意義

 ・中国は「責任ある大国」として多国間主義・制度的貿易秩序の維持に積極姿勢を表明

 ・一方的措置に対抗し、WTOの権威と機能の回復を重視

 ・開発問題・デジタル経済・環境問題にも積極的に関与する意思を示した

 ・WTO改革において中国が中心的なステークホルダーであることをアピール

【桃源寸評】💚
 
 現況の要約

 米国は依然としてWTOの最大の経済・財政的貢献国の一つであるにもかかわらず、近年は制度的な枠組みに対して懐疑的かつ選択的な態度を取り、WTOの機能不全をもたらす一因となっている。他方で、制度改革を求める圧力の中で、米国の存在は依然としてWTO改革のカギを握る存在でもある。

 批判的視点:米国の問題的態度と行動

 1. 紛争解決制度(DSB)上級委員の任命拒否

 ・米国は2019年以降、WTOの上級委員(Appellate Body)の任命を一貫して拒否し続け、制度の機能不全(de facto麻痺)を招いている。

 ・表向きの理由は「上級委員の越権的解釈・手続きの透明性欠如」だが、実質的には米国が自国に不利な判決を回避したいという意図が背景にある。

 ・この行動はWTOの法的秩序とルールベースの貿易体制を深刻に損なっており、「ルールの守護者」を自任していた米国の信頼性を低下させている。

 2. WTOルールを無視した一方的な貿易措置

 ・特にトランプ政権下(2017–2021)では、「国家安全保障」を口実に中国・EU・カナダなどに高関税を課し、WTOに通知や協議もせず一方的・恣意的な措置を繰り返した。

 ・バイデン政権下でもそれらの多くが継続または固定化されており、国際貿易ルールよりも国内政治と産業保護を優先する傾向が続いている。

 3. 多国間主義よりプルリラテラリズム(選別的多国間主義)を優先

 ・米国はWTOでの合意形成を忌避し、IPEF(インド太平洋経済枠組)など、自国が主導しやすい場に重きを置いている。

 ・WTOの「全加盟国コンセンサス」モデルより、より柔軟な「志を同じくする国」同士の枠組みに軸足を移しつつある。

 建設的視点:改革に向けた米国の潜在的貢献と役割

 1. 制度改革の推進力としての影響力

 ・米国の問題提起の中には、手続きの透明性向上、時間の短縮、越権的判断の抑制といった妥当な懸念も含まれており、WTO改革の重要な論点を提供している。

 ・他国も米国の要求の一部には同意しており、制度改善に向けた出発点として活用可能である。

 2. 新分野(デジタル貿易、AI、環境)の議論推進役

 ・米国は、電子商取引・AI・環境と貿易の関係といったWTOの新たな交渉分野において、技術・サービス・基準のリーダーとして主導的立場をとり得る。

 ・こうした分野では中国や他の新興国との建設的競争を通じて、国際ルール形成を主導しうる。

 3. LDC(後発開発途上国)支援や包摂性向上の推進

 ・米国はWTOにおけるLDC支援や女性の経済参加促進など、包摂的な成長に関する議題にも一定の支援を行っており、こうした分野での協調は可能である。

 提言:WTOにおける米国の関与再構築のために

 1.上級委員会の改革的再建を主導すべき

 ・手続きと権限の見直しを前提としつつ、紛争解決制度の正常化に向けて米国が妥協と提案を提示すべきである。

 2.一方的措置ではなく制度内手続きを活用すべき

 ・安全保障を理由とした関税もWTOルールとの整合性を確保する形で扱うべきであり、透明性のある対話を重視すべきである。

 3.制度改革と新分野交渉の「二正面作戦」

 ・制度的改革(DSBなど)と、新たな交渉アジェンダ(デジタル・AI・環境)を同時並行で推進し、国際的信頼を再構築すべきである。

 総括

 米国は、WTOにとって最も影響力がありながら、最も制度に批判的かつ選択的な関与をしている矛盾した存在である。

 その一方で、米国が関与しなければWTOの制度改革や新ルール形成は前進し得ないという現実もある。

 したがって、「制度批判」から「制度変革の主体」への転換を促すことが、WTOと国際社会にとって建設的な道である。米国の建設的関与の回復こそ、WTO再生の鍵を握る。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Chinese Commerce Minister meets WTO Director-General, urging WTO to strengthen oversight of unilateral tariffs arbitrarily imposed by certain member GT 2025.06.04
https://www.globaltimes.cn/page/202506/1335369.shtml

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