「2024年中国麻薬情勢報告」 ― 2025年06月23日 19:34
【概要】
2025年6月23日付の『Global Times』は、国際麻薬乱用・不正取引撲滅デーを前に、中国が発表した「2024年中国麻薬情勢報告」について伝えている。この報告によれば、中国国内の麻薬情勢は引き続き安定的に改善しており、特にフェンタニル類物質の顕著な乱用の証拠はないとされている。同日、中国国家禁毒委員会弁公室は記者会見を開き、ニタゼン類およびその他12種類の新たな向精神薬物を新たに規制薬物リストに追加したと発表した。
ニタゼン類とは、フェンタニルよりも強力な合成オピオイドであり、違法使用されると極めて致死性が高いとされる。フェンタニル自体はモルヒネの約100倍の鎮痛作用を持つ合成オピオイド鎮痛薬で、医療現場では重度の疼痛治療に用いられるが、乱用されると死に至る危険が高い。
2018年以降、米国ではフェンタニルを中心とする合成オピオイドにより数十万人が死亡していると米疾病対策センター(CDC)のデータが示している。2023年だけでも、米国では薬物過剰摂取で10万5000人以上が死亡し、そのうち約7万3000人が合成オピオイドによるもので、全体の約69%を占めた。ニタゼン類は米国ではフェンタニルほど一般的ではないものの、その強力さと致死性により関連事件や死亡例が増加傾向にあり、法執行機関や医療関係者の間で警戒が強まっている。
米国政府は自国のフェンタニル危機の主な原因を国外供給網に求める傾向があるが、中国の報告はこれとは異なる視点を提示している。両国の麻薬取締りの効果に顕著な差があることは、深刻に考慮すべきであると指摘している。中国政府は麻薬取締りを公共の安全に直結する重大な健康・安全問題として扱っている。
2019年に中国がフェンタニル類物質を全て非医療用途の規制麻薬及び向精神薬物の補充リストに加えることを決定した際、関連政府機関は直ちに行動を開始した。警察、税関、郵便システムが全国的に監視体制を強化し、法改正から実施までの全過程が短期間で完了したことは、高い意志と資源投入の証であるとされる。
従来の麻薬取締りは、特定の有害化学物質を個別に特定して規制する「点」での管理が主流であった。これに対して、中国は類似の化学構造や薬理作用を持つ物質を一括で規制する「面」での管理、いわゆる「全面管理モデル」を導入した。
この方式は「新種の麻薬が発見され次第規制する」という受動的モデルから脱却し、軽微な化学構造の改変による法の抜け穴を根本的に防ぐものである。同時に、これら物質の輸出管理も強化された。結果として、中国国内の薬物使用者数は7年連続で減少しており、新種麻薬の登場に対しても中国の機関はより精密かつ先見性のある取り締まりを実現している。
この「全面管理モデル」は新たな向精神薬物という世界的課題に対して先見性と高い実行力を示すものであり、国際社会に対する「中国の解決策」かつ「中国の知恵」として評価できると述べている。この革新的かつ能動的なアプローチは、国際麻薬取締りにおいて重要な規制上の進展であるとされる。その鍵は高度な技術ではなく、実効性のある施策を実行する政治的意志にあるとしている。
米国には制度的な課題が存在することは事実である。連邦制のため、州によって政策に一貫性がなく、ある州では大麻が合法化され、他の州では厳罰が科されるなど、全国的な調整が難しい側面がある。しかし、これを言い訳にすべきではないとも述べている。
米国が移民取り締まりで示す強力な実施能力を考えれば、麻薬対策にも同様の動員力を発揮できるはずであると指摘する。移民取り締まりのためには、24時間以内に数千人の法執行官を動員し、軍の支援を得て国境管理を強化し、大規模な臨時収容所を設置し、州や地方政府とも協調するなどの対応を行っている。この規模のリソース動員をフェンタニル対策に適用しない理由はないと主張する。
2025年、米国は移民・国境管理に約340億ドルを投じる一方で、麻薬取締局(DEA)の予算は約30億ドルに過ぎない。この比較は多くを物語っているとし、米国政府が移民問題には莫大な資金と決意を注ぐ一方で、フェンタニル問題には十分な重みを置いていない現状を批判している。
結局のところ、これは技術的な問題でも資金不足でも制度的問題でもなく、政治的意志の問題であると結論づけている。移民問題は票につながり政治的支持基盤を動員できるが、フェンタニル乱用によって毎年何万人もの米国人が死亡しても、十分な政治的重みを持たないため、抜本的な解決が進まないと分析している。
最後に、米国政府が中国のように麻薬取締りを国民の生命に直結する国家安全保障の問題として本気で扱うか否かが問われている。もし口先だけで責任を他国に転嫁するだけであれば、この問題は永遠に解決されないと警鐘を鳴らしている。
フェンタニル危機は毎年何万人もの米国人の命を奪う、いかなる外部の脅威よりも直接的かつ致命的な危険である。世界有数の裕福な国である米国が、麻薬の危害から自国民を守れない現状は、深い省察に値するという論調で締めくくられている。
【詳細】
1. 記事の発端と発表の背景
2025年6月23日、『Global Times』は、中国が「2024年中国麻薬情勢報告」を発表したことを報じた。この発表は、6月26日の「国際麻薬乱用・不正取引撲滅デー」(国連が定めた国際デー)を控えて行われたものである。この日を前に、中国政府は国内外に向けて自国の麻薬取締りの現状と成果を示すことを狙ったとされる。
2. 「2024年中国麻薬情勢報告」の主な内容
報告書では、2024年を通じて中国国内の麻薬問題が引き続き安定的に改善していることが示されている。特に注目される点として、フェンタニル類物質に関しては、国内において有意な乱用の証拠が見つかっていないと明言している。この点は、米国の深刻なフェンタニル危機との対比において重要な論点である。
3. ニタゼン類とフェンタニルの危険性
同時に、中国国家禁毒委員会弁公室は記者会見を開き、新たにニタゼン類と呼ばれる新型の合成オピオイドを含む12種類の新しい向精神薬物を規制対象に加えたと発表した。
ニタゼン類は、フェンタニルよりもさらに強力な合成オピオイドであり、違法に使用されると極めて危険であるとされる。
フェンタニルは、モルヒネの約100倍の鎮痛作用を持つ医療用薬物であるが、乱用されると少量でも致死量に達するため、世界的に最も危険な麻薬の一つとされる。
4. 米国におけるフェンタニル危機の現状
報告書では、米国の現状として以下のデータが引用されている。
米疾病対策センター(CDC)によれば、2018年以降、米国では合成オピオイド、特にフェンタニルにより数十万人が死亡している。
2023年だけで、薬物過剰摂取による死亡者は10万5000人を超え、そのうち約7万3000人(全体の約69%)が合成オピオイドによるものであった。
ニタゼン類は現時点ではフェンタニルほど一般的ではないが、極めて高い致死性により、米国の法執行機関と医療従事者の間で警戒度が急速に高まっている。
5. 中国と米国の麻薬対策モデルの比較
米国がフェンタニル問題を主に「国外供給のせい」とする姿勢を批判し、中国と米国の麻薬対策の実効性の差を強調している。
中国は麻薬問題を公共の安全と国家安全保障に関わる重大事と位置付け、強力に対策を講じているとしている。具体的には:
2019年、中国はフェンタニル類物質を包括的に規制対象に追加することを決定した。
法改正から全国規模での実施まで、警察、税関、郵便システムが即座に連携し、監視体制を強化した。
この一連の対応が短期間で完了したことは、高度な政策決定と実行能力の現れとされる。
6. 「点」と「面」の管理モデル
麻薬取締りの方法論として、記事では従来の「点」と中国の「面」を対比して説明している。
「点」の管理モデル:特定の有害物質を一つ一つ特定し、規制リストに追加していく方式で、後追い型の対応となりがちである。
「面」の管理モデル:中国が採用する方式で、化学構造や薬理作用が類似する物質群をまとめて規制する。この方式により、犯罪組織が化学構造をわずかに変えて法の抜け穴を利用する手口を根本的に封じることができる。
この「全面管理モデル」により、新種麻薬が登場しても先手を打って対処できる仕組みが構築されているとされる。
7. 輸出管理の強化と国内状況の改善
中国は同時に、対象物質の輸出管理も強化していると述べている。その結果、麻薬使用者数は7年連続で減少しており、取り締まりはより精密かつ先見性のあるものになっていると強調されている。
8. 国際社会に対する「中国モデル」の意義
この「全面管理モデル」を国際社会にとっての「中国の解決策」かつ「中国の知恵」と位置付けている。このモデルは特別なハイテク技術によるものではなく、最も重要なのは実効性ある政策を実施するための政治的意志であるとする。
9. 米国の制度的問題と優先順位の問題
米国には連邦制による政策の不一致という制度的制約があることは認めている。州によっては大麻を合法化する一方で、他の州では厳罰を科すため、全国規模での一貫した麻薬対策は難しい。しかし、それは言い訳にはならないと批判している。
さらに、米国が移民対策では大規模な資源と人員を短期間で動員できている点を挙げ、同様の規模の動員力を麻薬取締りにも適用すべきと主張している。
10. 移民対策と麻薬対策の予算比較
2025年の米国政府の予算を例に、以下の比較を提示している。
移民および国境管理には約340億ドルを投入する一方で、
麻薬取締局(DEA)の予算は約30億ドルにとどまる。
この数字は、政府の優先順位が移民問題に偏っており、フェンタニル問題が十分に重視されていない証左であると述べている。
11. 総括と提言
最終的にこれは技術の問題でも資金不足でも制度的な問題でもなく、政治的意志の問題であると断じている。移民問題は政治的票田として扱われ、多額の予算と即応力が注がれる一方、フェンタニル問題は何万人もの命が奪われても、政治的重みが低いため根本的解決が進まないと指摘している。
そして、米国政府が中国のように麻薬問題を国家安全保障と捉え、本気で取り組む意思があるかが問われていると結んでいる。ただ責任を他国に転嫁するだけでは問題は解決しないという警鐘を鳴らしている。
【要点】
発表の概要
・2025年6月23日、『Global Times』が報じた内容である。
・国連が定める「国際麻薬乱用・不正取引撲滅デー」(6月26日)を控え、中国政府が「2024年中国麻薬情勢報告」を発表した。
・同時に中国国家禁毒委員会弁公室が記者会見を開いた。
主な報告内容
・2024年、中国国内の麻薬情勢は引き続き安定的に改善していると報告された。
・特に、フェンタニル類物質の重大な乱用の証拠は見つかっていないとされた。
・ニタゼン類を含む12種類の新しい向精神薬物を新たに規制対象に追加した。
フェンタニルおよびニタゼン類の危険性
・フェンタニルはモルヒネの約100倍の鎮痛作用を持つ強力な合成オピオイドである。
・医療用途では重度の疼痛治療に使われるが、乱用されると極めて致死性が高い。
・ニタゼン類はフェンタニルを超える効力を持つ新型の合成オピオイドであり、違法使用はより危険とされる。
米国におけるフェンタニル危機
・米疾病対策センター(CDC)によると、2018年以降、米国で合成オピオイドによる死亡者は数十万人にのぼる。
・2023年だけで薬物過剰摂取死者は約10万5000人、そのうち約7万3000人(全体の約69%)が合成オピオイドが原因である。
・ニタゼン類の流通例も増加傾向にあり、米国の法執行機関や医療従事者が高い警戒を示している。
中国と米国の麻薬対策の比較
・米国政府はフェンタニル危機の原因を主に国外供給に求めている。
・一方で中国は国内での徹底した取締りにより有効に状況を改善していると主張している。
・中国では麻薬問題を公共の安全と国家安全保障の重要課題と位置付けている。
中国の「全面管理モデル」
・中国は2019年にフェンタニル類物質を包括的に規制する追加措置を実施した。
・警察、税関、郵便など関連機関が迅速に監視体制を強化した。
・伝統的な「物質ごと」の個別規制(点の管理)に対し、類似構造や作用を持つ物質群をまとめて規制する「面の管理」を採用している。
・この方法により、犯罪組織が化学構造を少し変えて法規制を逃れる手口を封じることができる。
輸出管理の強化と国内成果
・規制対象物質の輸出管理も強化している。
・麻薬使用者数は7年連続で減少している。
・新種麻薬への対処もより精密かつ先見的に進められている。
国際社会への「中国モデル」の意義
・中国の全面管理モデルは国際麻薬取締りに対する「中国の解決策」「中国の知恵」として位置付けられている。
・特殊技術ではなく、最も重要なのは強い政治的意志であると強調されている。
米国の制度的課題と優先順位の問題
・米国には連邦制ゆえの政策不一致(州ごとに大麻の合法化など規制が異なる)という課題がある。
・しかし、この制度的制約を言い訳にすべきではないと指摘している。
移民対策との比較
・米国政府は移民対策では短期間で大量の人員・資源を動員し、軍を投入し、仮設収容所を建設するなどの強力な実施能力を示している。
・しかし麻薬対策には同様の規模の資源を投入していない。
・2025年、移民・国境管理予算は約340億ドル、麻薬取締局(DEA)の予算は約30億ドルに過ぎない。
総括
・米国がフェンタニル問題を国家安全保障として真剣に取り組む意志があるかが問われている。
・他国に責任を転嫁するだけでは根本解決にはならないと警告している。
・フェンタニル危機は外部の脅威よりも直接的かつ致命的な国民の命の脅威であり、これを守れないことは米国として深く反省すべきだと締めくくっている。
【桃源寸評】🌍
フェンタニル問題の核心
フェンタニルは医療用に開発された極めて強力な合成オピオイドであり、合法流通と違法流通が共存する構造を持つ。合法の医療用途では強力な鎮痛剤として末期癌患者などに用いられるが、違法市場では微量でも大量死を引き起こすため「最も危険な薬物」として恐れられている。
米国は世界最大のフェンタニル乱用国であり、ここ10年以上、処方薬の過剰供与とオピオイド系鎮痛剤依存の蔓延が問題の根幹を形成してきた。フェンタニルはこの問題の延長線上で拡散した側面が強く、需要が国内に自生しているのである。
米国政府の公式説明と現実
米国政府は、自国民の大量死を招いているこの危機をしばしば「国外供給ルートの責任」として説明している。
中国やメキシコの密造組織を非難し、これを国際問題化することで、「供給さえ止めれば危機は収束する」という単純化された物語を国民に提示している。
しかし現実には、米国内での需要削減や中毒者の治療・再犯防止に対する投資は不足しており、処方薬規制の抜本的見直しや過去の製薬会社の責任追及すら進展が鈍い。要するに、問題の温床は自国内にあるにもかかわらず、政府はその構造的改革を政治的に回避し、責任を外部要因に転嫁しているのである。
強力な執行能力の選択的運用
米国は本来、危機に際して国家資源を一気に動員する能力を持つ国である。
例えば移民対策では、国境警備隊を増派し、壁を築き、即座に強制送還を行い、場合によっては軍を動員するほどの徹底ぶりを見せている。
しかしフェンタニル危機に対しては、これと同等の執行力を発揮した形跡はない。
むしろ取締機関の予算は移民対策に比して極端に小さく、法執行や予防教育、治療インフラは慢性的に不足している。
つまり、政治的に「票につながる」課題には全力を注ぎ、「票につながらないが命を救うべき課題」には十分な資源を割かない選択をしているのである。
国民への政治的欺瞞
米国政府は、「国外が悪い」という物語を繰り返すことで、自国の制度的失敗や企業責任の不問を覆い隠している。
本来であれば、処方薬の過剰供与を規制する法改正、製薬企業への高額賠償請求、乱用者への治療費無償化、刑事罰より治療を重視する司法改革など、国内に打つべき手は数多い。
しかし、これらは既得権益や保守的有権者の反発を招きやすく、政争の具にされやすい。
結果として、国民の怒りは「外国の麻薬供給者」に向けられ、根本原因には届かない。
この構造が続く限り、フェンタニル危機は終わるどころか、より強力な類似物質の氾濫を招くだけである。
総括
フェンタニル問題は、需要の抑制と構造的依存の治療が最重要であるにもかかわらず、米国は供給源非難により問題を外に押し付け、国民に「責任は自国にない」という幻想を植え付けている。
この無責任な構図が改められない限り、いかに国境を封鎖し、供給網を叩いても、国内で新たな乱用物質が生まれ、同じ悲劇が繰り返されるのである。
政治的パフォーマンスと外交非難で命を守ることはできないという現実を、米国は自国民に正直に伝えるべきである。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
China’s drug control efforts, achievements send wake-up call to Washington GT 2025.06.23
https://www.globaltimes.cn/page/202506/1336730.shtml
2025年6月23日付の『Global Times』は、国際麻薬乱用・不正取引撲滅デーを前に、中国が発表した「2024年中国麻薬情勢報告」について伝えている。この報告によれば、中国国内の麻薬情勢は引き続き安定的に改善しており、特にフェンタニル類物質の顕著な乱用の証拠はないとされている。同日、中国国家禁毒委員会弁公室は記者会見を開き、ニタゼン類およびその他12種類の新たな向精神薬物を新たに規制薬物リストに追加したと発表した。
ニタゼン類とは、フェンタニルよりも強力な合成オピオイドであり、違法使用されると極めて致死性が高いとされる。フェンタニル自体はモルヒネの約100倍の鎮痛作用を持つ合成オピオイド鎮痛薬で、医療現場では重度の疼痛治療に用いられるが、乱用されると死に至る危険が高い。
2018年以降、米国ではフェンタニルを中心とする合成オピオイドにより数十万人が死亡していると米疾病対策センター(CDC)のデータが示している。2023年だけでも、米国では薬物過剰摂取で10万5000人以上が死亡し、そのうち約7万3000人が合成オピオイドによるもので、全体の約69%を占めた。ニタゼン類は米国ではフェンタニルほど一般的ではないものの、その強力さと致死性により関連事件や死亡例が増加傾向にあり、法執行機関や医療関係者の間で警戒が強まっている。
米国政府は自国のフェンタニル危機の主な原因を国外供給網に求める傾向があるが、中国の報告はこれとは異なる視点を提示している。両国の麻薬取締りの効果に顕著な差があることは、深刻に考慮すべきであると指摘している。中国政府は麻薬取締りを公共の安全に直結する重大な健康・安全問題として扱っている。
2019年に中国がフェンタニル類物質を全て非医療用途の規制麻薬及び向精神薬物の補充リストに加えることを決定した際、関連政府機関は直ちに行動を開始した。警察、税関、郵便システムが全国的に監視体制を強化し、法改正から実施までの全過程が短期間で完了したことは、高い意志と資源投入の証であるとされる。
従来の麻薬取締りは、特定の有害化学物質を個別に特定して規制する「点」での管理が主流であった。これに対して、中国は類似の化学構造や薬理作用を持つ物質を一括で規制する「面」での管理、いわゆる「全面管理モデル」を導入した。
この方式は「新種の麻薬が発見され次第規制する」という受動的モデルから脱却し、軽微な化学構造の改変による法の抜け穴を根本的に防ぐものである。同時に、これら物質の輸出管理も強化された。結果として、中国国内の薬物使用者数は7年連続で減少しており、新種麻薬の登場に対しても中国の機関はより精密かつ先見性のある取り締まりを実現している。
この「全面管理モデル」は新たな向精神薬物という世界的課題に対して先見性と高い実行力を示すものであり、国際社会に対する「中国の解決策」かつ「中国の知恵」として評価できると述べている。この革新的かつ能動的なアプローチは、国際麻薬取締りにおいて重要な規制上の進展であるとされる。その鍵は高度な技術ではなく、実効性のある施策を実行する政治的意志にあるとしている。
米国には制度的な課題が存在することは事実である。連邦制のため、州によって政策に一貫性がなく、ある州では大麻が合法化され、他の州では厳罰が科されるなど、全国的な調整が難しい側面がある。しかし、これを言い訳にすべきではないとも述べている。
米国が移民取り締まりで示す強力な実施能力を考えれば、麻薬対策にも同様の動員力を発揮できるはずであると指摘する。移民取り締まりのためには、24時間以内に数千人の法執行官を動員し、軍の支援を得て国境管理を強化し、大規模な臨時収容所を設置し、州や地方政府とも協調するなどの対応を行っている。この規模のリソース動員をフェンタニル対策に適用しない理由はないと主張する。
2025年、米国は移民・国境管理に約340億ドルを投じる一方で、麻薬取締局(DEA)の予算は約30億ドルに過ぎない。この比較は多くを物語っているとし、米国政府が移民問題には莫大な資金と決意を注ぐ一方で、フェンタニル問題には十分な重みを置いていない現状を批判している。
結局のところ、これは技術的な問題でも資金不足でも制度的問題でもなく、政治的意志の問題であると結論づけている。移民問題は票につながり政治的支持基盤を動員できるが、フェンタニル乱用によって毎年何万人もの米国人が死亡しても、十分な政治的重みを持たないため、抜本的な解決が進まないと分析している。
最後に、米国政府が中国のように麻薬取締りを国民の生命に直結する国家安全保障の問題として本気で扱うか否かが問われている。もし口先だけで責任を他国に転嫁するだけであれば、この問題は永遠に解決されないと警鐘を鳴らしている。
フェンタニル危機は毎年何万人もの米国人の命を奪う、いかなる外部の脅威よりも直接的かつ致命的な危険である。世界有数の裕福な国である米国が、麻薬の危害から自国民を守れない現状は、深い省察に値するという論調で締めくくられている。
【詳細】
1. 記事の発端と発表の背景
2025年6月23日、『Global Times』は、中国が「2024年中国麻薬情勢報告」を発表したことを報じた。この発表は、6月26日の「国際麻薬乱用・不正取引撲滅デー」(国連が定めた国際デー)を控えて行われたものである。この日を前に、中国政府は国内外に向けて自国の麻薬取締りの現状と成果を示すことを狙ったとされる。
2. 「2024年中国麻薬情勢報告」の主な内容
報告書では、2024年を通じて中国国内の麻薬問題が引き続き安定的に改善していることが示されている。特に注目される点として、フェンタニル類物質に関しては、国内において有意な乱用の証拠が見つかっていないと明言している。この点は、米国の深刻なフェンタニル危機との対比において重要な論点である。
3. ニタゼン類とフェンタニルの危険性
同時に、中国国家禁毒委員会弁公室は記者会見を開き、新たにニタゼン類と呼ばれる新型の合成オピオイドを含む12種類の新しい向精神薬物を規制対象に加えたと発表した。
ニタゼン類は、フェンタニルよりもさらに強力な合成オピオイドであり、違法に使用されると極めて危険であるとされる。
フェンタニルは、モルヒネの約100倍の鎮痛作用を持つ医療用薬物であるが、乱用されると少量でも致死量に達するため、世界的に最も危険な麻薬の一つとされる。
4. 米国におけるフェンタニル危機の現状
報告書では、米国の現状として以下のデータが引用されている。
米疾病対策センター(CDC)によれば、2018年以降、米国では合成オピオイド、特にフェンタニルにより数十万人が死亡している。
2023年だけで、薬物過剰摂取による死亡者は10万5000人を超え、そのうち約7万3000人(全体の約69%)が合成オピオイドによるものであった。
ニタゼン類は現時点ではフェンタニルほど一般的ではないが、極めて高い致死性により、米国の法執行機関と医療従事者の間で警戒度が急速に高まっている。
5. 中国と米国の麻薬対策モデルの比較
米国がフェンタニル問題を主に「国外供給のせい」とする姿勢を批判し、中国と米国の麻薬対策の実効性の差を強調している。
中国は麻薬問題を公共の安全と国家安全保障に関わる重大事と位置付け、強力に対策を講じているとしている。具体的には:
2019年、中国はフェンタニル類物質を包括的に規制対象に追加することを決定した。
法改正から全国規模での実施まで、警察、税関、郵便システムが即座に連携し、監視体制を強化した。
この一連の対応が短期間で完了したことは、高度な政策決定と実行能力の現れとされる。
6. 「点」と「面」の管理モデル
麻薬取締りの方法論として、記事では従来の「点」と中国の「面」を対比して説明している。
「点」の管理モデル:特定の有害物質を一つ一つ特定し、規制リストに追加していく方式で、後追い型の対応となりがちである。
「面」の管理モデル:中国が採用する方式で、化学構造や薬理作用が類似する物質群をまとめて規制する。この方式により、犯罪組織が化学構造をわずかに変えて法の抜け穴を利用する手口を根本的に封じることができる。
この「全面管理モデル」により、新種麻薬が登場しても先手を打って対処できる仕組みが構築されているとされる。
7. 輸出管理の強化と国内状況の改善
中国は同時に、対象物質の輸出管理も強化していると述べている。その結果、麻薬使用者数は7年連続で減少しており、取り締まりはより精密かつ先見性のあるものになっていると強調されている。
8. 国際社会に対する「中国モデル」の意義
この「全面管理モデル」を国際社会にとっての「中国の解決策」かつ「中国の知恵」と位置付けている。このモデルは特別なハイテク技術によるものではなく、最も重要なのは実効性ある政策を実施するための政治的意志であるとする。
9. 米国の制度的問題と優先順位の問題
米国には連邦制による政策の不一致という制度的制約があることは認めている。州によっては大麻を合法化する一方で、他の州では厳罰を科すため、全国規模での一貫した麻薬対策は難しい。しかし、それは言い訳にはならないと批判している。
さらに、米国が移民対策では大規模な資源と人員を短期間で動員できている点を挙げ、同様の規模の動員力を麻薬取締りにも適用すべきと主張している。
10. 移民対策と麻薬対策の予算比較
2025年の米国政府の予算を例に、以下の比較を提示している。
移民および国境管理には約340億ドルを投入する一方で、
麻薬取締局(DEA)の予算は約30億ドルにとどまる。
この数字は、政府の優先順位が移民問題に偏っており、フェンタニル問題が十分に重視されていない証左であると述べている。
11. 総括と提言
最終的にこれは技術の問題でも資金不足でも制度的な問題でもなく、政治的意志の問題であると断じている。移民問題は政治的票田として扱われ、多額の予算と即応力が注がれる一方、フェンタニル問題は何万人もの命が奪われても、政治的重みが低いため根本的解決が進まないと指摘している。
そして、米国政府が中国のように麻薬問題を国家安全保障と捉え、本気で取り組む意思があるかが問われていると結んでいる。ただ責任を他国に転嫁するだけでは問題は解決しないという警鐘を鳴らしている。
【要点】
発表の概要
・2025年6月23日、『Global Times』が報じた内容である。
・国連が定める「国際麻薬乱用・不正取引撲滅デー」(6月26日)を控え、中国政府が「2024年中国麻薬情勢報告」を発表した。
・同時に中国国家禁毒委員会弁公室が記者会見を開いた。
主な報告内容
・2024年、中国国内の麻薬情勢は引き続き安定的に改善していると報告された。
・特に、フェンタニル類物質の重大な乱用の証拠は見つかっていないとされた。
・ニタゼン類を含む12種類の新しい向精神薬物を新たに規制対象に追加した。
フェンタニルおよびニタゼン類の危険性
・フェンタニルはモルヒネの約100倍の鎮痛作用を持つ強力な合成オピオイドである。
・医療用途では重度の疼痛治療に使われるが、乱用されると極めて致死性が高い。
・ニタゼン類はフェンタニルを超える効力を持つ新型の合成オピオイドであり、違法使用はより危険とされる。
米国におけるフェンタニル危機
・米疾病対策センター(CDC)によると、2018年以降、米国で合成オピオイドによる死亡者は数十万人にのぼる。
・2023年だけで薬物過剰摂取死者は約10万5000人、そのうち約7万3000人(全体の約69%)が合成オピオイドが原因である。
・ニタゼン類の流通例も増加傾向にあり、米国の法執行機関や医療従事者が高い警戒を示している。
中国と米国の麻薬対策の比較
・米国政府はフェンタニル危機の原因を主に国外供給に求めている。
・一方で中国は国内での徹底した取締りにより有効に状況を改善していると主張している。
・中国では麻薬問題を公共の安全と国家安全保障の重要課題と位置付けている。
中国の「全面管理モデル」
・中国は2019年にフェンタニル類物質を包括的に規制する追加措置を実施した。
・警察、税関、郵便など関連機関が迅速に監視体制を強化した。
・伝統的な「物質ごと」の個別規制(点の管理)に対し、類似構造や作用を持つ物質群をまとめて規制する「面の管理」を採用している。
・この方法により、犯罪組織が化学構造を少し変えて法規制を逃れる手口を封じることができる。
輸出管理の強化と国内成果
・規制対象物質の輸出管理も強化している。
・麻薬使用者数は7年連続で減少している。
・新種麻薬への対処もより精密かつ先見的に進められている。
国際社会への「中国モデル」の意義
・中国の全面管理モデルは国際麻薬取締りに対する「中国の解決策」「中国の知恵」として位置付けられている。
・特殊技術ではなく、最も重要なのは強い政治的意志であると強調されている。
米国の制度的課題と優先順位の問題
・米国には連邦制ゆえの政策不一致(州ごとに大麻の合法化など規制が異なる)という課題がある。
・しかし、この制度的制約を言い訳にすべきではないと指摘している。
移民対策との比較
・米国政府は移民対策では短期間で大量の人員・資源を動員し、軍を投入し、仮設収容所を建設するなどの強力な実施能力を示している。
・しかし麻薬対策には同様の規模の資源を投入していない。
・2025年、移民・国境管理予算は約340億ドル、麻薬取締局(DEA)の予算は約30億ドルに過ぎない。
総括
・米国がフェンタニル問題を国家安全保障として真剣に取り組む意志があるかが問われている。
・他国に責任を転嫁するだけでは根本解決にはならないと警告している。
・フェンタニル危機は外部の脅威よりも直接的かつ致命的な国民の命の脅威であり、これを守れないことは米国として深く反省すべきだと締めくくっている。
【桃源寸評】🌍
フェンタニル問題の核心
フェンタニルは医療用に開発された極めて強力な合成オピオイドであり、合法流通と違法流通が共存する構造を持つ。合法の医療用途では強力な鎮痛剤として末期癌患者などに用いられるが、違法市場では微量でも大量死を引き起こすため「最も危険な薬物」として恐れられている。
米国は世界最大のフェンタニル乱用国であり、ここ10年以上、処方薬の過剰供与とオピオイド系鎮痛剤依存の蔓延が問題の根幹を形成してきた。フェンタニルはこの問題の延長線上で拡散した側面が強く、需要が国内に自生しているのである。
米国政府の公式説明と現実
米国政府は、自国民の大量死を招いているこの危機をしばしば「国外供給ルートの責任」として説明している。
中国やメキシコの密造組織を非難し、これを国際問題化することで、「供給さえ止めれば危機は収束する」という単純化された物語を国民に提示している。
しかし現実には、米国内での需要削減や中毒者の治療・再犯防止に対する投資は不足しており、処方薬規制の抜本的見直しや過去の製薬会社の責任追及すら進展が鈍い。要するに、問題の温床は自国内にあるにもかかわらず、政府はその構造的改革を政治的に回避し、責任を外部要因に転嫁しているのである。
強力な執行能力の選択的運用
米国は本来、危機に際して国家資源を一気に動員する能力を持つ国である。
例えば移民対策では、国境警備隊を増派し、壁を築き、即座に強制送還を行い、場合によっては軍を動員するほどの徹底ぶりを見せている。
しかしフェンタニル危機に対しては、これと同等の執行力を発揮した形跡はない。
むしろ取締機関の予算は移民対策に比して極端に小さく、法執行や予防教育、治療インフラは慢性的に不足している。
つまり、政治的に「票につながる」課題には全力を注ぎ、「票につながらないが命を救うべき課題」には十分な資源を割かない選択をしているのである。
国民への政治的欺瞞
米国政府は、「国外が悪い」という物語を繰り返すことで、自国の制度的失敗や企業責任の不問を覆い隠している。
本来であれば、処方薬の過剰供与を規制する法改正、製薬企業への高額賠償請求、乱用者への治療費無償化、刑事罰より治療を重視する司法改革など、国内に打つべき手は数多い。
しかし、これらは既得権益や保守的有権者の反発を招きやすく、政争の具にされやすい。
結果として、国民の怒りは「外国の麻薬供給者」に向けられ、根本原因には届かない。
この構造が続く限り、フェンタニル危機は終わるどころか、より強力な類似物質の氾濫を招くだけである。
総括
フェンタニル問題は、需要の抑制と構造的依存の治療が最重要であるにもかかわらず、米国は供給源非難により問題を外に押し付け、国民に「責任は自国にない」という幻想を植え付けている。
この無責任な構図が改められない限り、いかに国境を封鎖し、供給網を叩いても、国内で新たな乱用物質が生まれ、同じ悲劇が繰り返されるのである。
政治的パフォーマンスと外交非難で命を守ることはできないという現実を、米国は自国民に正直に伝えるべきである。
【寸評 完】🌺
【引用・参照・底本】
China’s drug control efforts, achievements send wake-up call to Washington GT 2025.06.23
https://www.globaltimes.cn/page/202506/1336730.shtml