「トランプではなく、米国全体が通商冷戦を耐え抜く用意があるか」 ― 2025年04月12日 18:34
【概要】
米中間の通商戦争において「どちらの国がより長期的な苦痛に耐えられるか」という核心的な問いを投げかけている。著者フランチェスコ・シッシは、中国が「北朝鮮型の自立経済モデル」に近い代替プランBを用意しており、米国との全面的な対立にも耐える覚悟を示していると論じている。
1. 中国の構造的優位
中国には自由な株式市場も、独立した資本家層も、選挙によって選ばれる議会も存在しない。ゆえに、共産党政権は経済的困難の責任をすべて「米国の圧力」に転嫁し、世論をコントロールしながら長期間の耐久戦を選択することが可能である。
また、習近平国家主席は「中国経済は池ではなく海である」と発言し、規模の大きさを強調。李強首相も、EU委員長フォン・デア・ライエンとの会談において、「米国の関税攻撃にも屈しない」との姿勢を明確にしている。
2. 代替戦略と自立路線
中国は、米国産の大豆やソルガム(家畜飼料として重要)などの輸入停止によって、「これらを失ってもやっていける」ことを示し、米国が対中依存を交渉の材料にできないようにしている。これは「物資の確保よりも政治的自己主張を優先する」という、中国流の自立戦略である。
3. 地政学的複雑性
中国はロシアとの関係を強化しており、ウクライナ戦争において中国人「志願兵」がロシア側に参加しているとの報道もある。これによって中露の結びつきが深まり、プーチンと米国の和平交渉はより難しくなっている。加えて、中国軍(PLA)は45年間戦闘経験がないため、ウクライナでの参戦は実戦経験を積む貴重な機会となっている。
4. 戦略的外交姿勢と対米交渉
一方で、中国はイラン核合意の支持を示唆するなど、米国に「外交的勝利」を提供することで、対立だけでなく交渉の余地を確保している。これは、対米強硬一辺倒ではなく、あくまで長期戦の中で「外交の駆け引き」も並行させる戦術といえる。
5. 中国内部の意思決定メカニズム
中国共産党内部では、上司の意向を読み取り、責任を回避しつつ自身の地位を守ることが重要視される。そのため、アドバイザーたちは「左寄り(反米的かつ国家統制強化)」の提案を優先しやすく、「右寄り(親米的・市場開放)」の提案は失敗した際に政治的なリスクが高いため敬遠される傾向がある。
したがって、中国政府内では強硬策が採用されやすい構造がある。仮に強硬策が失敗しても、「米国との闘争で奮闘した」として名誉を保ちやすいが、妥協案の失敗は「敵に媚びた」として追及される可能性が高い。
6. 米国のジレンマと「マフィア経済」論
米国では、トランプ大統領の政策が「マフィアのボス的」だと評されている。すなわち、商業領域を力で支配しようとする姿勢であり、それは本来の自由資本主義とは矛盾している。
米国が市場をコントロールしようと過度に干渉すれば、「市場の信頼」を失いかねない。特にSWIFTに代わる新たな金融ネットワーク(中国と東南アジア・中東の間で構築中)の存在は、米国の金融的優位性を揺るがしかねない。
7. 米国の本質的課題
米国が真に直面しているのは、再工業化と国家債務管理の課題である。関税政策が一部機能しても、それを持続的に支える国家的合意と戦略が欠如していれば、米国は自らの仕組みを崩壊させ、覇権を他国(中国)に委ねる可能性すらある。
結論:どちらがより耐えられるのか?
中国は内部の統制と長期戦に備えた国家主導体制によって、「痛みに耐える力」が制度的に強化されている。反面、米国は資本主義の原則に縛られ、市場や世論の反応に敏感であるため、政治的・経済的混乱を早期に回避せざるを得ない。
したがって「痛みに耐える力」においては、中国が優位にある可能性が高い。しかし、最終的な勝敗は、「経済体力」ではなく、「国家戦略の持続性」と「同盟国の信頼」によって決まるであろう。
【詳細】
米中「経済冷戦」の核心問題
米中間の通商対立が激化する中、どちらの国がより長期的かつ深刻な経済的苦痛に耐えうるかという根本的な問いを提起している。中国は国家統制型経済体制を武器に「北朝鮮型の自給自足モデル」を準備し、米国に対抗する長期戦を視野に入れている。一方、米国は自由市場経済と民主的制度を有し、国内世論や市場の反応に左右されやすい構造である。
中国の耐久力:計画経済と「敵のせいにできる」統制力
中国政府は、自由な株式市場や独立した資本家階級、あるいは選挙で選ばれる議会を持たないため、経済の苦境を「米国による敵対行為」としてプロパガンダに利用できる。これにより、国内の統制力を維持したまま数年単位の長期戦を戦える構造となっている。
また、習近平主席の「中国経済は池ではなく大洋である」との発言は、自信と自己完結的な経済規模への誇示である。李強首相もEU首脳との会談で「中国は通商戦争に耐える準備がある」と明言しており、対米強硬路線に迷いは見られない。
中国は代替戦略(Plan B)として、北朝鮮的な自給自足モデルに近い構造を構築中である。具体的には、米国産大豆やソルガム(家畜飼料用穀物)の輸入停止により、米国の「食糧による戦略的優位性」を回避しつつ、自国の農業生産やロシア・南米との貿易による代替ルートの確立を試みている。
米国の構造的脆弱性:自由主義体制の制約
米国は自由市場、選挙、議会、メディアという開かれた制度に支えられているが、それは同時に政権の政策に対する即時的な反発や制限にもつながる。とりわけドナルド・トランプ前大統領の強硬な対中経済政策(関税措置やデカップリング=経済切り離し)に対しては、株式市場の暴落やインフレ圧力、失業の増加といった副作用を通じて、国内からの圧力が強まる可能性がある。
そのため、米国が中国との経済戦争に踏み込む際には、「国内の同意」と「持久力ある戦略」が不可欠となる。さもなければ、トランプ政権は「銃撃戦にニンジン(飴)で立ち向かった」かのような、準備不足による混乱を招く危険がある。
地政学的複雑性:中国・ロシア連携と軍事的実利
報道によれば、中国はロシアへの「ボランティア支援」という名目で、ウクライナ戦争において限定的に兵士や人員を派遣している可能性がある。これはロシアとの戦略的結束を強めるだけでなく、中国人民解放軍にとって貴重な実戦経験の獲得にもなる。なぜなら、人民解放軍は1979年の中越戦争以来、実戦経験が皆無だからである。
このような支援は、米国とロシアの交渉余地を狭め、地政学的緊張をさらに高める一因となる。
国際的印象操作:中国の「道徳的優位」の主張
中国は、米国の攻撃的な関税政策や一方的な通商措置を「不当」と位置付け、自国の立場を「被害者」として国際社会に訴えることで、道徳的正当性を主張している。これは特にグローバル・サウス(南半球諸国)に対する影響力の強化に寄与している。
また、中国は、イラン核合意への支援など、米国に対する外交的「飴」も提示しうる立場を取っており、場合によってはトランプ政権に外交的成果を与え、内部矛盾(例:イスラエルとの対立)を誘発させることも可能である。
国内政治力学:中国政府内のイデオロギー構造
中国共産党内部のアドバイザーたちは、「左(強硬・反米)寄りの提案」が失敗しても政治的に非難されにくく、成功すれば愛国的貢献として評価される。しかし「右(親米・穏健)寄りの提案」が失敗すれば、「敵に通じた」「弱腰」とされ、キャリアに打撃を受けやすい。この構造は、習近平主席に対する助言を常に強硬・反米に傾斜させる制度的バイアスを形成している。
「マフィア的経済モデル」とトランプのジレンマ
Gideon Rachman によると、トランプ前大統領の対外経済政策は「マフィアのような分割支配・課税モデル」に近い。これは、資本主義の本質とは異なる封建的統制の論理である。実際の資本主義では市場が自然拡大し、プレーヤー同士が競争する中で価値が創出される。
トランプのような指導者が、市場の自然な成長を無視して強引な関税政策や取引条件を押し付けると、資本主義的制度の優位性を失いかねない。むしろ、そうした制御不能の状況を放置すれば、覇権が他国(中国など)に移転する可能性がある。
SWIFT代替と「新秩序」への胎動
中国は中東・東南アジア諸国と連携し、SWIFTに代わる金融決済ネットワークを模索している。これはドル基軸体制からの離脱の一環であり、長期的には米国の金融制裁の効力を削ぐ効果を持つ。
このような動きは、従来の「自由主義経済秩序」が終焉し、新たな世界秩序が胎動していることを意味する。今はまさに「旧秩序は終焉し、新秩序は未だ来たらず」というグラムシ的(Antonio Gramsci)な「間の時代(interregnum)」にある。
結論:中国は覚悟を固めている。米国は準備があるのか?
現時点で明確なのは、中国が通商戦争を全面戦争の一形態と捉え、準備・覚悟を固めている点である。一方、米国は国内の政治的分断と市場依存体質ゆえに、長期戦に持ち込まれることを極端に嫌う傾向がある。
従って問われるべきは、「トランプは準備できているのか?」という単純な問いではなく、より本質的に、「米国という国家そのものが、新たな通商冷戦に耐えうる思想的・制度的・戦略的準備を整えているのか?」という点である。
【要点】
米中通商戦争の核心
・米中は経済冷戦の段階に突入しており、「どちらがより深刻な経済的苦痛に耐えられるか」が問われている。
・中国は統制型経済を活かして長期戦に備えている。
・米国は市場と民主制度ゆえに、短期的な国民の反応や市場変動に弱い。
中国の耐久力と国家戦略
・共産党体制ゆえ、経済悪化を「敵(米国)のせい」にできる。
・民主的制度が存在しないため、政権批判が抑制されやすく、長期戦への耐久力が高い。
・習近平は「中国は大洋である」と述べ、外圧への自信を示す。
・李強首相もEU首脳に「通商戦争への備え」を明言。
給自足型モデルへの移行
・米国からの大豆やソルガムの輸入削減は、自給体制構築の一環。
・ロシアや南米諸国との貿易で食料・資源の代替ルートを確保中。
・北朝鮮的な「閉鎖・自己完結モデル」への回帰が視野にある。
米国の構造的弱点
・民主主義・自由市場経済は、国民の不満や株価下落に敏感。
・トランプ政権の対中強硬策(関税等)は国内の反発を招きやすい。
・米国が通商戦争に勝つには「一貫した戦略」と「国民の合意」が不可欠。
地政学的要素:中国とロシアの連携
・中国がウクライナ戦争に「ボランティア」の形で関与している可能性。
・人民解放軍にとって、実戦経験の獲得は大きな軍事的利益。
・米露交渉を中国が側面から複雑化させている。
国際的印象操作と外交戦術
・中国は「米国によるいじめ」を国際社会に訴え、被害者を演出。
・イラン核合意などを通じて、外交カードとしての譲歩も用意。
・グローバル・サウス諸国に対して「道徳的優位性」を主張。
中国共産党内の制度バイアス
・強硬・反米的提案は失敗しても「愛国的」とされ責任を問われない。
・穏健・親米的提案が失敗すれば「裏切り」とされる。
・結果として、助言は制度的に強硬路線に偏りやすい。
トランプの「マフィア的経済モデル」
・トランプの通商政策は「保護と課税による統治」に近く、封建的。
・資本主義の自然な競争と拡張とは矛盾する。
・強権的手法に依存すれば、米国の制度的優位を損なう危険がある。
中国の金融インフラ構想
・中国はSWIFTに代わる決済ネットワークを構築中。
・ドル覇権からの脱却を目指し、中東・ASEAN諸国と連携。
・米国の制裁力の弱体化と新秩序形成の布石となる。
歴史的転換点としての現在
・グラムシの言葉で言えば、「旧秩序は死につつあるが、新秩序はまだ誕生していない」状態。
・米中通商戦争は、この過渡期における覇権争いの象徴。
結論:問うべきは「米国は準備できているか」
・中国は長期戦を見据えて準備と覚悟を固めている。
・米国は制度的にも心理的にも、長期戦に耐える準備が不十分。
本質的な問いは、「トランプではなく、米国全体が通商冷戦を耐え抜く用意があるか」である。
【引用・参照・底本】
Big question: Can China or the US endure greater trade war pain? ASIA TIMES 2025.04.10
https://asiatimes.com/2025/04/big-question-can-china-or-the-us-endure-greater-trade-war-pain/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=d474f8e258-DAILY_09_04_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-d474f8e258-16242795&mc_cid=d474f8e258&mc_eid=69a7d1ef3c
米中間の通商戦争において「どちらの国がより長期的な苦痛に耐えられるか」という核心的な問いを投げかけている。著者フランチェスコ・シッシは、中国が「北朝鮮型の自立経済モデル」に近い代替プランBを用意しており、米国との全面的な対立にも耐える覚悟を示していると論じている。
1. 中国の構造的優位
中国には自由な株式市場も、独立した資本家層も、選挙によって選ばれる議会も存在しない。ゆえに、共産党政権は経済的困難の責任をすべて「米国の圧力」に転嫁し、世論をコントロールしながら長期間の耐久戦を選択することが可能である。
また、習近平国家主席は「中国経済は池ではなく海である」と発言し、規模の大きさを強調。李強首相も、EU委員長フォン・デア・ライエンとの会談において、「米国の関税攻撃にも屈しない」との姿勢を明確にしている。
2. 代替戦略と自立路線
中国は、米国産の大豆やソルガム(家畜飼料として重要)などの輸入停止によって、「これらを失ってもやっていける」ことを示し、米国が対中依存を交渉の材料にできないようにしている。これは「物資の確保よりも政治的自己主張を優先する」という、中国流の自立戦略である。
3. 地政学的複雑性
中国はロシアとの関係を強化しており、ウクライナ戦争において中国人「志願兵」がロシア側に参加しているとの報道もある。これによって中露の結びつきが深まり、プーチンと米国の和平交渉はより難しくなっている。加えて、中国軍(PLA)は45年間戦闘経験がないため、ウクライナでの参戦は実戦経験を積む貴重な機会となっている。
4. 戦略的外交姿勢と対米交渉
一方で、中国はイラン核合意の支持を示唆するなど、米国に「外交的勝利」を提供することで、対立だけでなく交渉の余地を確保している。これは、対米強硬一辺倒ではなく、あくまで長期戦の中で「外交の駆け引き」も並行させる戦術といえる。
5. 中国内部の意思決定メカニズム
中国共産党内部では、上司の意向を読み取り、責任を回避しつつ自身の地位を守ることが重要視される。そのため、アドバイザーたちは「左寄り(反米的かつ国家統制強化)」の提案を優先しやすく、「右寄り(親米的・市場開放)」の提案は失敗した際に政治的なリスクが高いため敬遠される傾向がある。
したがって、中国政府内では強硬策が採用されやすい構造がある。仮に強硬策が失敗しても、「米国との闘争で奮闘した」として名誉を保ちやすいが、妥協案の失敗は「敵に媚びた」として追及される可能性が高い。
6. 米国のジレンマと「マフィア経済」論
米国では、トランプ大統領の政策が「マフィアのボス的」だと評されている。すなわち、商業領域を力で支配しようとする姿勢であり、それは本来の自由資本主義とは矛盾している。
米国が市場をコントロールしようと過度に干渉すれば、「市場の信頼」を失いかねない。特にSWIFTに代わる新たな金融ネットワーク(中国と東南アジア・中東の間で構築中)の存在は、米国の金融的優位性を揺るがしかねない。
7. 米国の本質的課題
米国が真に直面しているのは、再工業化と国家債務管理の課題である。関税政策が一部機能しても、それを持続的に支える国家的合意と戦略が欠如していれば、米国は自らの仕組みを崩壊させ、覇権を他国(中国)に委ねる可能性すらある。
結論:どちらがより耐えられるのか?
中国は内部の統制と長期戦に備えた国家主導体制によって、「痛みに耐える力」が制度的に強化されている。反面、米国は資本主義の原則に縛られ、市場や世論の反応に敏感であるため、政治的・経済的混乱を早期に回避せざるを得ない。
したがって「痛みに耐える力」においては、中国が優位にある可能性が高い。しかし、最終的な勝敗は、「経済体力」ではなく、「国家戦略の持続性」と「同盟国の信頼」によって決まるであろう。
【詳細】
米中「経済冷戦」の核心問題
米中間の通商対立が激化する中、どちらの国がより長期的かつ深刻な経済的苦痛に耐えうるかという根本的な問いを提起している。中国は国家統制型経済体制を武器に「北朝鮮型の自給自足モデル」を準備し、米国に対抗する長期戦を視野に入れている。一方、米国は自由市場経済と民主的制度を有し、国内世論や市場の反応に左右されやすい構造である。
中国の耐久力:計画経済と「敵のせいにできる」統制力
中国政府は、自由な株式市場や独立した資本家階級、あるいは選挙で選ばれる議会を持たないため、経済の苦境を「米国による敵対行為」としてプロパガンダに利用できる。これにより、国内の統制力を維持したまま数年単位の長期戦を戦える構造となっている。
また、習近平主席の「中国経済は池ではなく大洋である」との発言は、自信と自己完結的な経済規模への誇示である。李強首相もEU首脳との会談で「中国は通商戦争に耐える準備がある」と明言しており、対米強硬路線に迷いは見られない。
中国は代替戦略(Plan B)として、北朝鮮的な自給自足モデルに近い構造を構築中である。具体的には、米国産大豆やソルガム(家畜飼料用穀物)の輸入停止により、米国の「食糧による戦略的優位性」を回避しつつ、自国の農業生産やロシア・南米との貿易による代替ルートの確立を試みている。
米国の構造的脆弱性:自由主義体制の制約
米国は自由市場、選挙、議会、メディアという開かれた制度に支えられているが、それは同時に政権の政策に対する即時的な反発や制限にもつながる。とりわけドナルド・トランプ前大統領の強硬な対中経済政策(関税措置やデカップリング=経済切り離し)に対しては、株式市場の暴落やインフレ圧力、失業の増加といった副作用を通じて、国内からの圧力が強まる可能性がある。
そのため、米国が中国との経済戦争に踏み込む際には、「国内の同意」と「持久力ある戦略」が不可欠となる。さもなければ、トランプ政権は「銃撃戦にニンジン(飴)で立ち向かった」かのような、準備不足による混乱を招く危険がある。
地政学的複雑性:中国・ロシア連携と軍事的実利
報道によれば、中国はロシアへの「ボランティア支援」という名目で、ウクライナ戦争において限定的に兵士や人員を派遣している可能性がある。これはロシアとの戦略的結束を強めるだけでなく、中国人民解放軍にとって貴重な実戦経験の獲得にもなる。なぜなら、人民解放軍は1979年の中越戦争以来、実戦経験が皆無だからである。
このような支援は、米国とロシアの交渉余地を狭め、地政学的緊張をさらに高める一因となる。
国際的印象操作:中国の「道徳的優位」の主張
中国は、米国の攻撃的な関税政策や一方的な通商措置を「不当」と位置付け、自国の立場を「被害者」として国際社会に訴えることで、道徳的正当性を主張している。これは特にグローバル・サウス(南半球諸国)に対する影響力の強化に寄与している。
また、中国は、イラン核合意への支援など、米国に対する外交的「飴」も提示しうる立場を取っており、場合によってはトランプ政権に外交的成果を与え、内部矛盾(例:イスラエルとの対立)を誘発させることも可能である。
国内政治力学:中国政府内のイデオロギー構造
中国共産党内部のアドバイザーたちは、「左(強硬・反米)寄りの提案」が失敗しても政治的に非難されにくく、成功すれば愛国的貢献として評価される。しかし「右(親米・穏健)寄りの提案」が失敗すれば、「敵に通じた」「弱腰」とされ、キャリアに打撃を受けやすい。この構造は、習近平主席に対する助言を常に強硬・反米に傾斜させる制度的バイアスを形成している。
「マフィア的経済モデル」とトランプのジレンマ
Gideon Rachman によると、トランプ前大統領の対外経済政策は「マフィアのような分割支配・課税モデル」に近い。これは、資本主義の本質とは異なる封建的統制の論理である。実際の資本主義では市場が自然拡大し、プレーヤー同士が競争する中で価値が創出される。
トランプのような指導者が、市場の自然な成長を無視して強引な関税政策や取引条件を押し付けると、資本主義的制度の優位性を失いかねない。むしろ、そうした制御不能の状況を放置すれば、覇権が他国(中国など)に移転する可能性がある。
SWIFT代替と「新秩序」への胎動
中国は中東・東南アジア諸国と連携し、SWIFTに代わる金融決済ネットワークを模索している。これはドル基軸体制からの離脱の一環であり、長期的には米国の金融制裁の効力を削ぐ効果を持つ。
このような動きは、従来の「自由主義経済秩序」が終焉し、新たな世界秩序が胎動していることを意味する。今はまさに「旧秩序は終焉し、新秩序は未だ来たらず」というグラムシ的(Antonio Gramsci)な「間の時代(interregnum)」にある。
結論:中国は覚悟を固めている。米国は準備があるのか?
現時点で明確なのは、中国が通商戦争を全面戦争の一形態と捉え、準備・覚悟を固めている点である。一方、米国は国内の政治的分断と市場依存体質ゆえに、長期戦に持ち込まれることを極端に嫌う傾向がある。
従って問われるべきは、「トランプは準備できているのか?」という単純な問いではなく、より本質的に、「米国という国家そのものが、新たな通商冷戦に耐えうる思想的・制度的・戦略的準備を整えているのか?」という点である。
【要点】
米中通商戦争の核心
・米中は経済冷戦の段階に突入しており、「どちらがより深刻な経済的苦痛に耐えられるか」が問われている。
・中国は統制型経済を活かして長期戦に備えている。
・米国は市場と民主制度ゆえに、短期的な国民の反応や市場変動に弱い。
中国の耐久力と国家戦略
・共産党体制ゆえ、経済悪化を「敵(米国)のせい」にできる。
・民主的制度が存在しないため、政権批判が抑制されやすく、長期戦への耐久力が高い。
・習近平は「中国は大洋である」と述べ、外圧への自信を示す。
・李強首相もEU首脳に「通商戦争への備え」を明言。
給自足型モデルへの移行
・米国からの大豆やソルガムの輸入削減は、自給体制構築の一環。
・ロシアや南米諸国との貿易で食料・資源の代替ルートを確保中。
・北朝鮮的な「閉鎖・自己完結モデル」への回帰が視野にある。
米国の構造的弱点
・民主主義・自由市場経済は、国民の不満や株価下落に敏感。
・トランプ政権の対中強硬策(関税等)は国内の反発を招きやすい。
・米国が通商戦争に勝つには「一貫した戦略」と「国民の合意」が不可欠。
地政学的要素:中国とロシアの連携
・中国がウクライナ戦争に「ボランティア」の形で関与している可能性。
・人民解放軍にとって、実戦経験の獲得は大きな軍事的利益。
・米露交渉を中国が側面から複雑化させている。
国際的印象操作と外交戦術
・中国は「米国によるいじめ」を国際社会に訴え、被害者を演出。
・イラン核合意などを通じて、外交カードとしての譲歩も用意。
・グローバル・サウス諸国に対して「道徳的優位性」を主張。
中国共産党内の制度バイアス
・強硬・反米的提案は失敗しても「愛国的」とされ責任を問われない。
・穏健・親米的提案が失敗すれば「裏切り」とされる。
・結果として、助言は制度的に強硬路線に偏りやすい。
トランプの「マフィア的経済モデル」
・トランプの通商政策は「保護と課税による統治」に近く、封建的。
・資本主義の自然な競争と拡張とは矛盾する。
・強権的手法に依存すれば、米国の制度的優位を損なう危険がある。
中国の金融インフラ構想
・中国はSWIFTに代わる決済ネットワークを構築中。
・ドル覇権からの脱却を目指し、中東・ASEAN諸国と連携。
・米国の制裁力の弱体化と新秩序形成の布石となる。
歴史的転換点としての現在
・グラムシの言葉で言えば、「旧秩序は死につつあるが、新秩序はまだ誕生していない」状態。
・米中通商戦争は、この過渡期における覇権争いの象徴。
結論:問うべきは「米国は準備できているか」
・中国は長期戦を見据えて準備と覚悟を固めている。
・米国は制度的にも心理的にも、長期戦に耐える準備が不十分。
本質的な問いは、「トランプではなく、米国全体が通商冷戦を耐え抜く用意があるか」である。
【引用・参照・底本】
Big question: Can China or the US endure greater trade war pain? ASIA TIMES 2025.04.10
https://asiatimes.com/2025/04/big-question-can-china-or-the-us-endure-greater-trade-war-pain/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=d474f8e258-DAILY_09_04_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-d474f8e258-16242795&mc_cid=d474f8e258&mc_eid=69a7d1ef3c