10月下旬に韓国の古都・慶州でAPEC首脳会議が開催 ― 2025-10-27 09:58
【概要】
2025年10月下旬に韓国の古都・慶州でAPEC首脳会議が開催されることを受け、中国の『環球時報(Global Times)』記者が現地を訪れ、市民や専門家の対中観や、APECおよび中国の習近平国家主席の韓国訪問に対する期待を取材した内容である。
慶州ではAPEC開催を誇りに思う声があり、特に中国人観光客の増加を歓迎する雰囲気がみられる。これは、韓国政府が導入した中国人団体観光客向けの一時的なビザなし入国政策が影響している。
また、専門家や市民からは、悪化したとされる米韓関係に対する懸念を背景に、APECが中韓関係の「転換点」となり、新たな協力関係を築くことへの強い期待が示されている。習近平主席の11年ぶりの訪韓は、中韓間の自由貿易協定(FTA)第2段階交渉などの課題を前に、大きな注目を集めている。
【詳細】
慶州の雰囲気とAPECへの期待
古都慶州は「壁のない博物館」「韓国の西安」とも呼ばれ、高層ビルが少なく豊かな緑に囲まれている。主要な交差点には「APEC 2025 KOREA GYEONG JU」の標識や「Welcome to Gyeongju」の横断幕があり、街全体がAPEC開催に向けて準備を進めている様子である。地元住民はAPECの開催を「誇りに思うこと」として歓迎している。
中国人観光客への歓迎とビザ政策
APEC開催を控え、韓国政府は2025年9月29日から2026年6月30日まで、中国人団体観光客(3人以上)に対する15日間の一時的なビザなし入国政策を施行した。これは、中国が2024年11月に韓国人向けに導入したビザなし入国政策への対応と見られている。
慶州の住民は、このビザ優遇措置により外国人、特に中国人観光客が増加したことを歓迎しており、「観光客は多ければ多いほど良い」との見解を示している。しかし、現時点では済州島などに比べると中国人観光客の数はまだ多くはなく、国立慶州博物館などでは欧米からの観光客が目立っている状況である。
中国との協力関係
慶州は考古学分野や姉妹都市関係を通じて中国と密接な関係にある。慶州国立文化財研究所は中国の陝西考古学博物館と協力協定を締結している。また、慶州市は特に西安と31年にわたる姉妹都市関係を持ち、頻繁に交流している。
APECと中韓関係の「転換点」への期待
APECの主要会場である慶州ファベク国際コンベンションセンターでは、建設作業が急ピッチで進められている。取材に応じた蔚山市の市民は、APEC会場を事前に見て雰囲気を味わいたいと述べ、米韓関係に対する懸念から、韓国の外交は米国や日本だけでなく中国にもっと近づくべきだと考えている。
漢陽大学校のHwang Jae-ho(ファン・ジェホ)教授は、米韓関係の現状、特に米国からの関税圧力などを背景に、今回のAPEC首脳会議が中韓関係の「転換点」になる可能性を指摘している。同氏は、李在明(イ・ジェミョン)政権が反中デモを批判し、国民の対中好感度低下に歯止めをかけようとしている動きの背後には、米国の圧力があるため、韓国世論が中国をより誠実な関係として「再発見」するきっかけになるかもしれないと述べている。市民からも、習近平主席の訪問が「中韓関係の新たな章」を開くことへの強い期待が聞かれた。
習近平主席の訪韓と公共の見解
中国外交部による習近平国家主席のAPEC出席と国賓訪問の正式発表は、主席の11年ぶりの訪韓として、韓国世論の注目の的となっている。専門家は、両国間のFTA第2段階交渉など、注目すべき課題があるため、この訪問が特に期待されていると述べている。
韓国東アジア研究院のWoo Su-keun(ウ・スグン)院長は、現在の中韓関係を「競争と協力の共存」と表現し、李政権が目指すバランス外交は「鳥の外交」(海洋国家である米国と日本、大陸国家である中国とロシアのバランスを保つ)に合致すると解説している。ソウルでの一部の反中デモは「韓国全体を代表するものではなく、その数は非常に少ない」との見解もある。
メディアの役割と変化
中国のDai Bing(ダイ・ビン)駐韓国大使は、2025年10月の「中韓メディア協力フォーラム」で、韓国メディアに対し「色眼鏡」を外し、「国内問題を国外で解決しようとすること」を避け、差別や排斥を控えるよう促している。また、韓国の保守系メディアとされる『朝鮮日報』が、中国の経済発展や中国共産党の統治能力、制度的強みを肯定的に評価する論説を掲載するなど、公共言論の場で変化の兆しが見られることが指摘されている。
【要点】
・APEC開催と慶州の歓迎: 古都・慶州はAPEC首脳会議の開催を「誇り」として歓迎しており、街は準備ムードである。
・中国人観光客の増加: 韓国政府の一時的な中国人団体観光客向けビザなし入国政策により、中国人観光客の増加が見込まれ、地元は経済効果を期待し歓迎している。
・中国との関係深化への期待: 悪化した米韓関係への懸念を背景に、APECが中韓関係の「転換点」となり、協力関係が強化されることへの市民や専門家の期待が高まっている。
・習近平主席の11年ぶり訪韓: 習近平国家主席のAPEC出席と国賓訪問は、FTA第2段階交渉などの課題を前に、中韓関係の新たな章を開くものとして大きな注目を集めている。
・世論の現状: 一部の反中デモは存在するが、専門家は「ごく少数」であり、中国との関係は「競争と協力の共存」を管理し、バランス外交を追求すべきと見ている。
・メディアの変化: 韓国メディアの一部には、中国との協力の重要性を強調し、中国の発展を肯定的に捉える論調が出始めている。
・「新羅の微笑」: APEC公式ロゴには、慶州を象徴する「新羅の微笑」が取り入れられている。
【桃源寸評】🌍
I.APECの設立と初期の展開
APECは、1989年11月にオーストラリアのキャンベラで、アジア太平洋地域における経済的な相互依存の高まりに対応し、域外で台頭する地域貿易圏に対抗する形で、12のエコノミーの閣僚によって設立された。当初の目的は、アジア太平洋地域全体の自由貿易を促進することであり、その協調的なアプローチは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の一連のポスト閣僚会議の成功に触発されたものである。
1.決定的な進展
設立後、APECは急速にその活動を拡大した。
・首脳会議の開始: 1993年に米国シアトルで第1回APEC経済首脳会議(AELM)が開催され、首脳レベルでの議論の場が設けられた。これにより、APECの政治的な重要性が高まった。
・ボゴール目標の採択: 1994年にインドネシアのボゴールで開催された首脳会議で、APECの活動の根幹となる目標が採択された。これが「ボゴール目標」であり、先進エコノミーは2010年までに、途上エコノミーは2020年までに、自由で開かれた貿易と投資を達成することを目指すものであった。
・協力の三本柱: 1995年の大阪での閣僚会議では、ボゴール目標の達成に向けた枠組みとして、「貿易・投資の自由化」「ビジネスの円滑化」「経済・技術協力」の「三本柱」が設定された。
・諮問機関の設立: 1995年には、ビジネス界の意見を反映させるため、各エコノミーのビジネス・エグゼクティブで構成されるAPECビジネス諮問委員会(ABAC)の設立が合意された。
2.現代の方向性
ボゴール目標の期限が到来するにつれて、APECは新たな長期的ビジョンを策定した。
・プトラジャヤ・ビジョン2040の採択: 2020年に開催された首脳会議で、ボゴール目標に代わる新たな長期ビジョンである「プトラジャヤ・ビジョン2040」が採択された。これは「すべての人々および将来の世代の繁栄のために、2040年までに開かれた、ダイナミックな、強靭な、平和なアジア太平洋共同体」の実現を目指すものである。
・新たな重点分野: ビジョン2040は、「貿易と投資」「イノベーションとデジタル化」「強靭で持続可能な成長」の三つの経済的な推進要因を追求することを方向性として示した。
・活動の継続: APECは、現在もシンガポールに事務局を置き、年次でホスト・エコノミーを持ち回りながら、地域経済の統合やデジタル経済、気候変動への対応などの現代的な課題に取り組んでいる。なお、2025年のAPEC首脳会議は韓国の慶州で開催される予定である。
II.APEC加盟状況の経緯
設立時の加盟(1989年)APECは1989年11月に、アジア太平洋地域からの12のエコノミーによって設立された。
当時の創設メンバーは、日本、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、およびASEAN(東南アジア諸国連合)の当時の加盟国であるインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイである。
1.第1次拡大期(1991年〜1993年)
設立後、APECは地理的・経済的な重要性を拡大するために迅速なメンバーの追加を行った。
・1991年(ソウル): 中華人民共和国(中国)、チャイニーズ・タイペイ(台湾)、香港の3エコノミーが同時に加盟した。特に、貿易・経済問題に特化するため、国ではなく「エコノミー」として、台湾と香港が中国本土と並んで参加を認められた。
・1993年(シアトル): メキシコとパプアニューギニアの2エコノミーが加盟した。これにより、環太平洋地域の北米と太平洋諸島を代表するエコノミーが加わった。
2.第2次拡大期(1994年〜1998年)ボゴール目標が採択された時期を通じて、南米およびその他のアジアの主要エコノミーが加盟し、現在の体制がほぼ確立した。
・1994年(ボゴール): チリが南米から最初に加盟した。1998年(クアラルンプール): ロシア、ベトナム、ペルーの3エコノミーが同時に加盟し、加盟エコノミーは21となった。これにより、APECは東アジア、北米、オセアニア、南米を含む環太平洋地域の主要な経済大国をほぼ網羅する体制を完成させた。
3.拡大の停止と現状
・1998年の拡大以降、APECは21エコノミー体制を維持しており、新規加盟に関しては10年間のモラトリアム(一時停止)を設定した経緯がある。この期間、APECは内部統合とボゴール目標の達成に注力した。現在、APECは21エコノミーで構成されており、新規加盟に関する明確な停止期間は終了しているものの、新たな加盟についてはコンセンサスが必要であり、当面は21エコノミー体制が続く見通しである。
4.APEC加盟状況の経緯
・1989年にオーストラリアのキャンベラで12エコノミー(創設時)でせつりつされた。
・1991年にソウル(韓国)で開催された際、中国、チャイニーズ・タイペイ(台湾)、香港の3エコノミーが新たに加盟し、合計は15エコノミーとなった。
・1993年にシアトル(米国)で開かれた会議では、メキシコとパプアニューギニアの2エコノミーが加わり、合計17エコノミーに増加した。
・1994年にはボゴール(インドネシア)での会議で、南米のチリが加盟し、合計18エコノミーとなった。
・そして、1998年にクアラルンプール(マレーシア)で開催された会議において、ロシア、ベトナム、ペルーの3エコノミーが一度に加盟し、APECの加盟エコノミー数は現在の21エコノミーに達した。
1998年の拡大以降、APECは新規加盟を一時停止(モラトリアム)し、現在の21エコノミー体制が維持されている。
【寸評 完】 💚
【引用・参照・底本】
GT investigates: Ahead of APEC South Korea 2025 in Gyeongju, listening to local perspectives on China GT 2025.10.26
https://www.globaltimes.cn/page/202510/1346601.shtml
2025年10月下旬に韓国の古都・慶州でAPEC首脳会議が開催されることを受け、中国の『環球時報(Global Times)』記者が現地を訪れ、市民や専門家の対中観や、APECおよび中国の習近平国家主席の韓国訪問に対する期待を取材した内容である。
慶州ではAPEC開催を誇りに思う声があり、特に中国人観光客の増加を歓迎する雰囲気がみられる。これは、韓国政府が導入した中国人団体観光客向けの一時的なビザなし入国政策が影響している。
また、専門家や市民からは、悪化したとされる米韓関係に対する懸念を背景に、APECが中韓関係の「転換点」となり、新たな協力関係を築くことへの強い期待が示されている。習近平主席の11年ぶりの訪韓は、中韓間の自由貿易協定(FTA)第2段階交渉などの課題を前に、大きな注目を集めている。
【詳細】
慶州の雰囲気とAPECへの期待
古都慶州は「壁のない博物館」「韓国の西安」とも呼ばれ、高層ビルが少なく豊かな緑に囲まれている。主要な交差点には「APEC 2025 KOREA GYEONG JU」の標識や「Welcome to Gyeongju」の横断幕があり、街全体がAPEC開催に向けて準備を進めている様子である。地元住民はAPECの開催を「誇りに思うこと」として歓迎している。
中国人観光客への歓迎とビザ政策
APEC開催を控え、韓国政府は2025年9月29日から2026年6月30日まで、中国人団体観光客(3人以上)に対する15日間の一時的なビザなし入国政策を施行した。これは、中国が2024年11月に韓国人向けに導入したビザなし入国政策への対応と見られている。
慶州の住民は、このビザ優遇措置により外国人、特に中国人観光客が増加したことを歓迎しており、「観光客は多ければ多いほど良い」との見解を示している。しかし、現時点では済州島などに比べると中国人観光客の数はまだ多くはなく、国立慶州博物館などでは欧米からの観光客が目立っている状況である。
中国との協力関係
慶州は考古学分野や姉妹都市関係を通じて中国と密接な関係にある。慶州国立文化財研究所は中国の陝西考古学博物館と協力協定を締結している。また、慶州市は特に西安と31年にわたる姉妹都市関係を持ち、頻繁に交流している。
APECと中韓関係の「転換点」への期待
APECの主要会場である慶州ファベク国際コンベンションセンターでは、建設作業が急ピッチで進められている。取材に応じた蔚山市の市民は、APEC会場を事前に見て雰囲気を味わいたいと述べ、米韓関係に対する懸念から、韓国の外交は米国や日本だけでなく中国にもっと近づくべきだと考えている。
漢陽大学校のHwang Jae-ho(ファン・ジェホ)教授は、米韓関係の現状、特に米国からの関税圧力などを背景に、今回のAPEC首脳会議が中韓関係の「転換点」になる可能性を指摘している。同氏は、李在明(イ・ジェミョン)政権が反中デモを批判し、国民の対中好感度低下に歯止めをかけようとしている動きの背後には、米国の圧力があるため、韓国世論が中国をより誠実な関係として「再発見」するきっかけになるかもしれないと述べている。市民からも、習近平主席の訪問が「中韓関係の新たな章」を開くことへの強い期待が聞かれた。
習近平主席の訪韓と公共の見解
中国外交部による習近平国家主席のAPEC出席と国賓訪問の正式発表は、主席の11年ぶりの訪韓として、韓国世論の注目の的となっている。専門家は、両国間のFTA第2段階交渉など、注目すべき課題があるため、この訪問が特に期待されていると述べている。
韓国東アジア研究院のWoo Su-keun(ウ・スグン)院長は、現在の中韓関係を「競争と協力の共存」と表現し、李政権が目指すバランス外交は「鳥の外交」(海洋国家である米国と日本、大陸国家である中国とロシアのバランスを保つ)に合致すると解説している。ソウルでの一部の反中デモは「韓国全体を代表するものではなく、その数は非常に少ない」との見解もある。
メディアの役割と変化
中国のDai Bing(ダイ・ビン)駐韓国大使は、2025年10月の「中韓メディア協力フォーラム」で、韓国メディアに対し「色眼鏡」を外し、「国内問題を国外で解決しようとすること」を避け、差別や排斥を控えるよう促している。また、韓国の保守系メディアとされる『朝鮮日報』が、中国の経済発展や中国共産党の統治能力、制度的強みを肯定的に評価する論説を掲載するなど、公共言論の場で変化の兆しが見られることが指摘されている。
【要点】
・APEC開催と慶州の歓迎: 古都・慶州はAPEC首脳会議の開催を「誇り」として歓迎しており、街は準備ムードである。
・中国人観光客の増加: 韓国政府の一時的な中国人団体観光客向けビザなし入国政策により、中国人観光客の増加が見込まれ、地元は経済効果を期待し歓迎している。
・中国との関係深化への期待: 悪化した米韓関係への懸念を背景に、APECが中韓関係の「転換点」となり、協力関係が強化されることへの市民や専門家の期待が高まっている。
・習近平主席の11年ぶり訪韓: 習近平国家主席のAPEC出席と国賓訪問は、FTA第2段階交渉などの課題を前に、中韓関係の新たな章を開くものとして大きな注目を集めている。
・世論の現状: 一部の反中デモは存在するが、専門家は「ごく少数」であり、中国との関係は「競争と協力の共存」を管理し、バランス外交を追求すべきと見ている。
・メディアの変化: 韓国メディアの一部には、中国との協力の重要性を強調し、中国の発展を肯定的に捉える論調が出始めている。
・「新羅の微笑」: APEC公式ロゴには、慶州を象徴する「新羅の微笑」が取り入れられている。
【桃源寸評】🌍
I.APECの設立と初期の展開
APECは、1989年11月にオーストラリアのキャンベラで、アジア太平洋地域における経済的な相互依存の高まりに対応し、域外で台頭する地域貿易圏に対抗する形で、12のエコノミーの閣僚によって設立された。当初の目的は、アジア太平洋地域全体の自由貿易を促進することであり、その協調的なアプローチは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の一連のポスト閣僚会議の成功に触発されたものである。
1.決定的な進展
設立後、APECは急速にその活動を拡大した。
・首脳会議の開始: 1993年に米国シアトルで第1回APEC経済首脳会議(AELM)が開催され、首脳レベルでの議論の場が設けられた。これにより、APECの政治的な重要性が高まった。
・ボゴール目標の採択: 1994年にインドネシアのボゴールで開催された首脳会議で、APECの活動の根幹となる目標が採択された。これが「ボゴール目標」であり、先進エコノミーは2010年までに、途上エコノミーは2020年までに、自由で開かれた貿易と投資を達成することを目指すものであった。
・協力の三本柱: 1995年の大阪での閣僚会議では、ボゴール目標の達成に向けた枠組みとして、「貿易・投資の自由化」「ビジネスの円滑化」「経済・技術協力」の「三本柱」が設定された。
・諮問機関の設立: 1995年には、ビジネス界の意見を反映させるため、各エコノミーのビジネス・エグゼクティブで構成されるAPECビジネス諮問委員会(ABAC)の設立が合意された。
2.現代の方向性
ボゴール目標の期限が到来するにつれて、APECは新たな長期的ビジョンを策定した。
・プトラジャヤ・ビジョン2040の採択: 2020年に開催された首脳会議で、ボゴール目標に代わる新たな長期ビジョンである「プトラジャヤ・ビジョン2040」が採択された。これは「すべての人々および将来の世代の繁栄のために、2040年までに開かれた、ダイナミックな、強靭な、平和なアジア太平洋共同体」の実現を目指すものである。
・新たな重点分野: ビジョン2040は、「貿易と投資」「イノベーションとデジタル化」「強靭で持続可能な成長」の三つの経済的な推進要因を追求することを方向性として示した。
・活動の継続: APECは、現在もシンガポールに事務局を置き、年次でホスト・エコノミーを持ち回りながら、地域経済の統合やデジタル経済、気候変動への対応などの現代的な課題に取り組んでいる。なお、2025年のAPEC首脳会議は韓国の慶州で開催される予定である。
II.APEC加盟状況の経緯
設立時の加盟(1989年)APECは1989年11月に、アジア太平洋地域からの12のエコノミーによって設立された。
当時の創設メンバーは、日本、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、およびASEAN(東南アジア諸国連合)の当時の加盟国であるインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイである。
1.第1次拡大期(1991年〜1993年)
設立後、APECは地理的・経済的な重要性を拡大するために迅速なメンバーの追加を行った。
・1991年(ソウル): 中華人民共和国(中国)、チャイニーズ・タイペイ(台湾)、香港の3エコノミーが同時に加盟した。特に、貿易・経済問題に特化するため、国ではなく「エコノミー」として、台湾と香港が中国本土と並んで参加を認められた。
・1993年(シアトル): メキシコとパプアニューギニアの2エコノミーが加盟した。これにより、環太平洋地域の北米と太平洋諸島を代表するエコノミーが加わった。
2.第2次拡大期(1994年〜1998年)ボゴール目標が採択された時期を通じて、南米およびその他のアジアの主要エコノミーが加盟し、現在の体制がほぼ確立した。
・1994年(ボゴール): チリが南米から最初に加盟した。1998年(クアラルンプール): ロシア、ベトナム、ペルーの3エコノミーが同時に加盟し、加盟エコノミーは21となった。これにより、APECは東アジア、北米、オセアニア、南米を含む環太平洋地域の主要な経済大国をほぼ網羅する体制を完成させた。
3.拡大の停止と現状
・1998年の拡大以降、APECは21エコノミー体制を維持しており、新規加盟に関しては10年間のモラトリアム(一時停止)を設定した経緯がある。この期間、APECは内部統合とボゴール目標の達成に注力した。現在、APECは21エコノミーで構成されており、新規加盟に関する明確な停止期間は終了しているものの、新たな加盟についてはコンセンサスが必要であり、当面は21エコノミー体制が続く見通しである。
4.APEC加盟状況の経緯
・1989年にオーストラリアのキャンベラで12エコノミー(創設時)でせつりつされた。
・1991年にソウル(韓国)で開催された際、中国、チャイニーズ・タイペイ(台湾)、香港の3エコノミーが新たに加盟し、合計は15エコノミーとなった。
・1993年にシアトル(米国)で開かれた会議では、メキシコとパプアニューギニアの2エコノミーが加わり、合計17エコノミーに増加した。
・1994年にはボゴール(インドネシア)での会議で、南米のチリが加盟し、合計18エコノミーとなった。
・そして、1998年にクアラルンプール(マレーシア)で開催された会議において、ロシア、ベトナム、ペルーの3エコノミーが一度に加盟し、APECの加盟エコノミー数は現在の21エコノミーに達した。
1998年の拡大以降、APECは新規加盟を一時停止(モラトリアム)し、現在の21エコノミー体制が維持されている。
【寸評 完】 💚
【引用・参照・底本】
GT investigates: Ahead of APEC South Korea 2025 in Gyeongju, listening to local perspectives on China GT 2025.10.26
https://www.globaltimes.cn/page/202510/1346601.shtml

