文学に何を求めるか2023年11月13日 13:37

千代田之大奥 園中の雪 (千代田の大奥) 国立国会図書館デジタルコレクション
 文学に何を求めるか (2000-08-25)

 生き方を、自分の存在の確認を文学に求めて来た。文学一筋という訳ではないが、時間を割いた。露骨な質問を自分に向けてみよう。「文学を読み、得るところがあったか」と……。
 今思うに、文学は、「多くの生き様を提示してくれた」としか、答えようが無い。文学には解を求めるのでなく、むしろそれが問う先を読むべきだと思う。何をどう問うているかで文学としての在り様が決まる。
 換言すれば、どのような文学を読むかで、読む者の生きる過程を露呈することにもなろう。
 手当たり次第に読む時期から徐々に自分の求めるものが見えてくる時期へと移るにつれて、読むものも次第に的が絞られてくる。道ができてくる。この過程で共に切磋琢磨できる文学(書き手)に出逢えたら、読み手にも書き手にも、その邂逅を無上の喜びとすべきである。
 しかし、ここに至っても、文学それ自体が問うことに傾聴することを忘れてはならない。その問うことを読み手はさらに問うのである。
 が、決して結果を求めてはいけないのである。こういったからとて、文学を堅苦しく考えることはあるまい。文学の第一の条件は「おもしろい」ことである。読み始めたら一気にと言うくらいでないと、文学としての内容もたいしたものではない。ひどく難解とか、退屈とかは論外である。おもしろい文学にはリズムがある。
 未だ見ぬ人よ、自分の文学を見つけて欲しい。それはあなたの生涯の伴侶となるであろうから。
 ではまた次に来る真夜中に語るとしよう。

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