原子力潜水艦の引き渡し→米国内の造船能力の深刻な不足2025年04月21日 20:45

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【桃源寸評】

 AUKUS発足の背景には、すでに存在していたフランスとオーストラリアとの潜水艦建造契約の破棄があった。これは当時、国際的にも大きな波紋を呼んだ事案である。

 以下にその経緯を簡潔に整理する。

 ✅フランスとの契約破棄とAUKUSの発足

 ・オーストラリアは2016年、フランスの造船大手「ナバル・グループ(Naval Group)」と、通常動力型潜水艦「アタック級」12隻の建造契約(総額500億豪ドル以上)を締結していた。

 ・しかし2021年9月、オーストラリアはこの契約を一方的に破棄し、米英と新たにAUKUS協定を締結。

 ・AUKUSにより、原子力潜水艦の供与および共同開発が決定され、従来のフランス案は放棄された。

 ・フランスはこの決定に激怒し、駐米・駐豪大使を一時帰国させるなど外交的対立に発展した。

 ✅戦略的には「格上げ」、だが現実は…

 ・オーストラリアにとって原子力潜水艦の取得は戦略的な「格上げ」ともいえる判断であった。

 ・しかし、米国・英国の造船能力が不足していることが当初から指摘されており、建造能力や納期、費用の面で不確実性が高かった。

 ・その結果、現在は「フランスとの契約を維持していた方が現実的だったのではないか」という見方も国内外で広がりつつある。

 ✅「ひどい仲間への仕打ち」という評価

 ・フランスに対するこの対応は、NATO加盟国間の信頼関係を傷つける行為として批判された。

 ・米英がフランスを出し抜いてオーストラリアと結託したことは、「同盟国間の仁義を欠いた」とされ、今でも尾を引いている。

 ・さらに、そうして強引に割り込んだにもかかわらず、今になって「造船能力が足りない」「関税で遅延する」などとする事態は、まさに「間抜け」と評されても仕方がない展開である。

 ・つまり、同盟国に対して裏切りに近い行動をとりながら、その後の計画遂行もおぼつかないという現在のAUKUSの姿は、戦略的・道義的両面で深刻な疑問を投げかけていると言える。

 ✅フランス政府の公式見解・反応(2021年9月)

 1.「背中から刺された」発言(フランス外相ジャン=イヴ・ル・ドリアン)

 ・ル・ドリアン外相は当時、AUKUS発表後に「これは裏切りだ」「背中から刺された」と強く非難。

 ・「アメリカ、イギリス、オーストラリアの3カ国による決定は、フランスに対して不誠実かつ一方的で、同盟国間の信頼を損なう行為である」と主張。

 ・特にオーストラリアには事前に何の相談もなかったとされ、極めて非礼とされた。

 2.大使の召還という異例の措置

 ・フランス政府は、米国とオーストラリアから駐在大使を「即時召還」する異例の対応を実施。

 ・同盟国間でこのような措置が取られるのは極めて稀であり、外交上の重大な抗議表明であった。

 ・一方、英国からは召還されなかったが、フランス側は「英国はこの件で“従属的な立場”であったため」と皮肉交じりに言及。

 3.契約破棄による損失と補償要求

 ・フランスのナバル・グループは、契約破棄により数十億ユーロ規模の損失を被ると見られ、補償交渉が行われた。

 ・最終的に、オーストラリア政府は2022年に約5.8億ユーロ(約9億豪ドル)をフランス側に支払うことで和解したが、信頼関係の修復には至らなかった。

 ✅フランスの戦略的対応とその後

 ・フランスはこの出来事を契機に、インド太平洋政策を欧州独自路線で展開する意向を強めた。

 ・欧州連合(EU)における「戦略的自律性(strategic autonomy)」の推進にも拍車がかかる結果となった。

 ・また、NATO内においても「米国に過度に依存する安全保障構造の再検討」が一部加盟国で議論されるきっかけとなった。

 ➡️以上より、AUKUSの発足とそれに伴うフランス契約破棄は、単なる装備供与の枠を超えた同盟関係の信義と主導権をめぐる深い亀裂を象徴する事件であったといえる。必要であれば、各当事者の発言原文やその後の欧州内戦略文書にも触れることが可能である。

 ✅欧州内戦略文書

​ 欧州連合(EU)は、戦略的自律性と経済安全保障の強化を目的とした複数の戦略文書を策定しており、特にAUKUS発足後の地政学的変化を受けて、その重要性が増している。以下に、主要な戦略文書とその概要を示す。​

 1. 欧州経済安全保障戦略(2023年6月)

 2023年6月、欧州委員会は「欧州経済安全保障戦略(European Economic Security Strategy)」を発表した。この戦略は、以下の三つの柱に基づいている。

 ・EUの競争力の強化

 ・経済安全保障リスクの予防

 ・志を同じくする国々との連携​

 具体的なリスクとして、サプライチェーンの脆弱性、重要インフラの物理的およびサイバーセキュリティ、技術の安全性と漏洩、経済的依存の武器化などが挙げられている。​

 2. EU戦略的自律性に関する報告書(2013–2023)

 欧州議会の研究サービス(EPRS)は、2013年から2023年にかけてのEUの戦略的自律性(Strategic Autonomy)の進展を分析した報告書を発表している。この報告書では、戦略的自律性を「戦略的に重要な政策分野において、他国に依存せずにEUが自主的に行動する能力」と定義している。​

 3. インド太平洋におけるEUの戦略(2021年)

 2021年9月、EUは「インド太平洋における協力のための戦略(EU Strategy for Cooperation in the Indo-Pacific)」を発表した。この戦略は、民主主義、法の支配、人権、国際法の原則を促進し、インド太平洋地域の安定、安全、繁栄、持続可能な発展に貢献することを目的としている。​

 ➡️これらの戦略文書は、EUが地政学的変化に対応し、同盟国との関係を再評価しながら、独自の戦略的立場を確立しようとする姿勢を示している。


 ◆ 米国が横取り(=AUKUS介入)した理由

 1.対中戦略の強化(インド太平洋への軸足移動)

 ・米国は中国の海洋進出、特に南シナ海・東シナ海での行動に対抗するため、インド太平洋地域の軍事的バランス強化を急務と見なしていた。

 ・オーストラリアに核動力潜水艦を供与することで、同盟国による長期間の水中潜航・広範囲な哨戒能力を確保でき、中国の軍事圧力に対抗できると判断した。

 2.フランスのディーゼル潜水艦では不十分と判断

 ・フランスとオーストラリアの契約に基づく潜水艦は、もともと原子力型をベースにしながらもディーゼル仕様に変更されたものであり、長距離作戦能力や静粛性、航続距離に限界があった。

 ・米英製の核動力潜水艦は戦略的な即応力・潜航時間で圧倒的に優れており、米国は「戦域全体の抑止力向上」に必要と考えた。

 3.米英による技術主導権の確保

 ・米国は同盟国の軍備に対して自国技術への依存度を高めることで、同盟の結束と軍事産業の優位を維持することを重視している。

 ・フランス製潜水艦が採用されれば、インド太平洋での主要水中戦力の技術主導権をパリに奪われる懸念があった。

 4.英国の地政学的復帰を支援

 ・AUKUSはブレグジット後の英国にとって、アジア太平洋での影響力再構築の契機でもあり、米国は同盟国の役割分担の中で英国の立ち位置強化も狙っていた。

 5.オーストラリアからの要請・不満

 ・オーストラリア側ではフランスとの契約に関して、納期遅延・コスト増大・透明性の欠如への不満が表面化していた。

 ・米国と英国はこの機運に乗じて、自国の提案をより魅力的に見せることで、契約変更を誘導したとされる。

 ➡️これらの点から、米国は自国の戦略的利益(対中抑止、同盟管理、技術支配)を最優先し、同盟国フランスとの外交摩擦を許容してでもAUKUSを成立させたと総括できる。

 ◆「建前」と「実情」の乖離はあったか?

 1. 「対中抑止」が本当の目的か?

 ・表向きには「中国への抑止」が主目的とされるが、米国は対中戦略を“単独”で主導したい意図を強く持っていた。

 ・フランスの潜水艦導入が進めば、米国の対中戦略に“欧州的解釈”が介入する恐れがあったため、豪州軍の装備体系に米英が直接影響力を持つ方が都合が良いと考えられる。

 ・よって、対中抑止は本音を覆い隠す建前として利用された側面もある。

 2. 「フランス潜水艦の性能不足」は後付けでは?

 ・初期契約時には、オーストラリアはフランス側の設計に納得していた。途中からの「性能が不足」という論調は、契約破棄を正当化する方便とも見なせる。

 ・実際には、米英からの裏交渉が進んでいたことが後に明らかになっており、性能の問題は後から作られた論点の可能性が高い。

 3. 「契約の遅延やコスト増」が主因だったのか?

 ・フランス製造の大型兵器においては、他国でも納期・コストの問題は一般的に見られるが、豪州の不満が急激に増したのは米英と接触した後である。

 ・つまり、米国が“契約不満”の芽を利用して、心理的な契約離脱の口実を与えた形である。

 4. 「同盟国フランスに対する裏切り」の自覚はあったか?

 ・バイデン政権自身もAUKUS発表直後に「コミュニケーションに失敗があった」と認めており、外交上の衝撃と影響を十分認識していた。

 ・にもかかわらず発表に踏み切ったのは、米国にとってAUKUSの意義が“同盟国の信義より重い”と判断された証拠である。

 ➡️結論:美辞麗句の裏には冷徹な戦略的損得勘定がある

 AUKUSの背後にある米国の行動原理は、同盟国との“友情”よりも、軍事覇権の維持・同盟国の装備支配・地域主導権の独占といった冷徹な国家戦略に根ざしている。

 したがって、建前として「中国抑止」「技術優位」などが繰り返される一方で、実情は“フランスを押しのけて利益を確保する”覇権的行為であったと見るのが妥当である。
 
【寸評 完】

 【概要】

 米国、英国、オーストラリアの三国間防衛協定であるAUKUS(オーカス)に基づく原子力潜水艦の引き渡しに関して、深刻な遅延や不確実性が生じているとの見方が報じられている。この背景には、米国による新たな鉄鋼およびアルミニウム製品への関税措置、ならびに米国内の造船能力の深刻な不足があるとされている。

 南華早報(South China Morning Post)は、米国上院の海軍戦力小委員会のトップである民主党のティム・ケイン上院議員の発言を引用し、原潜建造における予算やスケジュールの問題が顕在化していると伝えている。ケイン議員によれば、米国海軍の艦艇に使用される鉄鋼およびアルミニウムの約3分の1は、カナダや英国などの同盟国から供給されており、これらの国も新関税の対象となっている。具体的には、英国には10%の関税が課され、カナダには25%の包括的な関税が適用されているという。

 また、ロイター通信による今月初めの報道でも、AUKUSに基づくオーストラリアへの原子力潜水艦の提供が、トランプ大統領による関税措置の影響で不透明となっていること、さらにワシントン内での懸念として、これらの潜水艦をキャンベラに提供することが中国への抑止力を低下させる可能性があるとの声も紹介されている。

 オーストラリア政府の公式説明によれば、2030年代初頭から米国製のバージニア級原子力潜水艦3隻が引き渡される計画であり、能力の空白を生じさせないことが目的とされている。また、英国は2030年代後半に自国製の新型原潜(SSN-AUKUS)を1隻引き渡す予定であり、オーストラリア国内で建造される初の同型艦は2040年代初頭に納入予定とされている。

 しかし、東華師範大学のオーストラリア研究センター長であるChen Hong教授は、米国の造船能力の深刻な不足は、新関税が課される以前から懸念されていたと述べている。2025年3月12日に発効した新たな関税は、米国の同盟国を含めたアルミニウムおよび鉄鋼製品に広く適用されており、これが米国内の製造業、特に造船業に追加的な負担をもたらしているとの見解を示している。

 このような状況下では、AUKUSに基づく原子力潜水艦の引き渡しが今後実現するかどうかに深刻な疑問が生じていると、陳教授は述べている。

 一方で、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の上級アナリストであるマルコム・デイビス氏は、仮にオーストラリアが2033年に初のバージニア級潜水艦を受け取り、その後も2030年代末までに残り2隻を受領するならば、関税の影響は限定的となる可能性があると述べている。

 しかし、陳教授は、米国が国内回帰的な製造政策を進めていることにより、労働力や資源が米国内向けに集中され、オーストラリア向けの潜水艦建造に割ける能力に疑問が残ると指摘している。ASPIの認識は現在の米国の状況を正確に反映しておらず、やや旧態依然とした見方に基づいていると述べている。

 さらに、オーストラリアは他国との関係を評価する際には、現実的かつ合理的な視点に基づいて判断すべきであるという見解も示されている。

【詳細】

 1. AUKUSとは何か

 AUKUS(オーカス)は、米国、英国、オーストラリアの三国間による安全保障協定であり、2021年に発足した。主な柱の一つは、米英両国がオーストラリアに対して原子力潜水艦の技術を提供し、同盟国の防衛力を強化することである。この協定により、オーストラリアは少なくとも3隻の米国製バージニア級原子力潜水艦を2030年代から順次受領し、その後、英国と協力して新型原潜(SSN-AUKUS)の建造・配備を進める計画となっている。

 2. トランプ政権の新関税とその影響

 2025年3月12日、米国は鉄鋼およびアルミニウム製品に対する新たな関税措置を発動した。これにより、カナダ製の金属には25%、英国製には10%の関税が課されている。米国上院のティム・ケイン議員によれば、米海軍の艦艇に使用される鉄鋼やアルミニウムの約3分の1は同盟国からの輸入に依存しており、これらの新関税は造船コストの上昇と納期の遅延を引き起こす要因になり得るという。

 この関税政策は、トランプ大統領の「米国製造業回帰」の方針に基づくものであり、国内製造業の保護・育成を目的としているが、その副作用として同盟国との共同防衛計画、特にAUKUSのようなプロジェクトに重大な影響を及ぼしている。

 3. 米国の造船能力の問題

 米国における造船能力の不足は、今回の関税措置以前からすでに懸念されていた問題である。特に、原子力潜水艦のような高性能軍艦の建造には、高度な技術と熟練労働者が必要であり、生産ラインの拡張は容易ではない。Chen Hong教授によれば、関税により鉄鋼・アルミニウム供給のコストが増すことで、建造プロセス全体がさらに圧迫され、結果としてAUKUSに基づく引き渡しスケジュールの達成が一層困難になるとされる。

 また、米国が製造業を国内回帰させようとする政策の中で、造船業も例外ではなく、国内需要が優先されることで、同盟国向けの建造案件が後回しにされる懸念もある。AUKUS向けの潜水艦建造は、米海軍の自国艦艇建造計画と直接競合する可能性がある。

 4. オーストラリアの期待と現実のギャップ
 
 オーストラリア国内には、米国が同盟国を優先して対応すると信じる向きもあるが、陳教授はそれを「現実との乖離」と評価している。実際、AUKUS計画では、米国製潜水艦3隻の受領が2030年代前半から中盤に予定されているが、その後に英国が自国製のSSN-AUKUSを供給し、さらにオーストラリア国内で建造される同型艦は2040年代初頭の配備とされている。現時点でこれらのスケジュールが維持できる保証はない。

 マルコム・デイビス氏(ASPI)は、仮に予定どおりに引き渡しが行われるならば、関税の影響は軽微であると主張しているが、陳教授は、ASPIのこうした見解が現在の米国の製造業・造船業の実態を過去の視点から判断している点に問題があるとし、再評価の必要性を示唆している。

 5. 戦略的含意と今後の展望

 AUKUSは、中国の海洋進出に対する抑止力を構築する意図を含んでいると広く理解されているが、報道によれば、ワシントンでは「オーストラリアへの原潜供与が米国自身の抑止力を低下させるのではないか」との懸念も広がっている。このような地政学的判断が、技術的・経済的要因とあわせて、AUKUSの実行可能性に影響を及ぼしている。

 加えて、関税によるコスト増と製造能力の逼迫が重なれば、同盟国に対する軍事的約束が後退する可能性も否定できず、AUKUSを巡る不確実性は今後さらに高まる可能性がある。

【要点】

 1.AUKUS計画の概要

 ・AUKUSは米国・英国・オーストラリアによる三国間の安全保障協定である。

 ・オーストラリアが原子力潜水艦を保有するため、米英から技術支援と艦艇供与を受ける計画である。

 ・2030年代に米国からバージニア級原潜3隻、2040年代に英豪共同開発の新型SSN-AUKUSの受領が予定されている。

 2.新関税の内容と影響

 ・2025年3月12日、米国は鉄鋼およびアルミニウムに対し新たな関税を導入した。

 ・カナダからの金属には25%、英国からの金属には10%の関税が課された。

 ・米海軍艦艇の建造に用いられる鉄鋼・アルミニウムの約3分の1は同盟国からの輸入である。

 ・これにより建造コストの上昇および納期の遅延が懸念されている。

 3.米国の造船能力の制約

 ・米国は造船業において深刻な生産能力不足に直面している。
 
 ・原子力潜水艦の建造には高度な技術と人材が必要であり、容易に増産できない。

 ・国内の艦艇建造が優先される中、同盟国向けの供与が後回しにされる可能性がある。

 4.AUKUS潜水艦の納入見通しの不確実性

 ・2030年代に予定されていた米国製原潜の供与は、現状では達成が困難であるとの見方が出ている。

 ・英国製SSN-AUKUSの供与およびオーストラリア国内建造分も2040年代にずれ込む可能性がある。

 ・関税と製造能力の問題が重なり、全体計画の遅延が現実味を帯びている。

 5.オーストラリア国内の認識とその批判

 ・一部のオーストラリア国民および専門家は、米国が同盟国を優先すると信じている。

 ・中国の東華師範大学・Chen Hong教授は、こうした認識を「現実との乖離」として批判している。

 ・陳教授は、ASPI(オーストラリア戦略政策研究所)の見解が現在の米国情勢を過去の視点で捉えていると指摘している。

 6.地政学的・戦略的観点からの懸念

 ・米国内では「オーストラリアへの原潜供与により米国自身の対中抑止力が低下する」との懸念も存在する。

 ・トランプ政権の「製造業の国内回帰政策」が進む中で、国外への技術供与や艦艇供与の優先順位が下がる可能性がある。

 ・AUKUS計画の進展は政治的・経済的・軍事的要因により、今後も不透明な状況が続くと見られる。

【引用・参照・底本】

Amid US tariff blow, delivery of AUKUS submarines is in serious doubt: analyst GT 2025.04.20
https://www.globaltimes.cn/page/202504/1332485.shtml

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