プーチンの統治25年における「決定的瞬間」2025年05月01日 18:19

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【概要】

 Radio Libertyが報じた内容をもとに、EUおよびNATOのウクライナ戦争における戦略的動向を分析したものである。

 冒頭では、ウラジーミル・プーチン大統領が欧州連合(EU)に対して、西ウクライナへの部隊および航空機の展開を認めたとしても、ロシアは何の見返りも得られないであろうとする主張が提示されている。ロシアは、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が提案した30日間の無条件停戦が、NATOにとって軍事的影響力を拡大する機会となりうると以前から警告していた。これまで西側諸国はこの見解を「陰謀論」として否定してきたが、Radio Libertyの報道によってそれが事実であった可能性が示唆されることとなった。

 報道によると、EU側はこの短期停戦を「欧州諸国が西ウクライナに『安心部隊(reassurance force)』を編成し、同地域での空中哨戒を行う」ための時間稼ぎと見なしている。この一時的な停戦は、アメリカを和平プロセスに巻き込み続け、「段階的な和平(sequencing)」を進めるための手段とされ、ロシアへの更なる譲歩を引き出すための軍事的圧力の時間帯として活用される可能性がある。

 また、Radio Libertyは、このような譲歩があったとしても、EUがロシアによる領土の法的承認を行うことはなく、凍結された約2,000億ユーロ相当の資産も返還されないことを報じている。むしろ新たな制裁措置が講じられ、その利益はウクライナの軍事支出に充てられる可能性がある。

 このような状況の中で、西ウクライナにおけるEU軍の展開を許すことは、ロシアにとって戦争前の緩衝地帯としてのウクライナを失うことを意味し、軍事活動の範囲が将来的にドニエプル川やその先にまで広がる可能性を否定できない。ロシアによる「特別軍事作戦」の目的の一つは、NATOの東方拡大を阻止することであったため、これは重大な譲歩となる。

 さらに、ロシア安全保障会議のニコライ・パトルシェフ書記はTASS通信に対し、NATOがバルト海からオデーサ、さらにはカリーニングラードの奪取やロシアの核抑止力基地への先制攻撃などを想定した過去最大規模の軍事演習を実施していると述べた。また、セルゲイ・ショイグ安全保障会議書記も、ロシア西部国境付近のNATO部隊が過去1年で2.5倍に増加し、10日以内に10万人、30日で30万人、180日で80万人を展開可能な即応体制を整えていると説明した。

 これに加え、バルト防衛線やポーランドの「東の盾(East Shield)」構想、ならびに兵站を円滑化するための「軍事シェンゲン」計画なども進行中であり、これらの要素が重なることで、過去の「バルバロッサ作戦」に類する構図が浮かび上がっていると指摘されている。

 プーチン大統領が西ウクライナにおけるNATO(もしくはEU)軍の事実上の展開を停戦中に容認するか否かは、今後の戦略に大きな影響を与える。これを容認すれば、ロシアとベラルーシの安全保障上の連携にとって深刻な脅威となり、ベラルーシは北・西・南の三方向をNATOに囲まれることとなる。ただし、ロシアの戦術核兵器およびOreshnik電子戦システムが引き続き展開されており、これらが西側の攻撃を抑止する可能性もある。

 プーチン大統領は、アメリカとの間で進展しつつある「新デタント」に経済的・戦略的利益を見出しているとされるが、それと引き換えにNATOの軍事的影響力を西ウクライナに容認することは、従来のロシア戦略と矛盾し、保守強硬派のパトルシェフ氏、ショイグ氏、そしてセルゲイ・カラガノフ氏(外交・防衛政策会議名誉議長)らの反発を招く可能性がある。

 したがって、プーチン大統領は「新デタント」の可能性を保持するために譲歩するのか、あるいはNATOの事実上の拡張に軍事的手段を含めて抵抗し続けるのかという決断を迫られている。この選択は、現在の紛争の行方のみならず、将来的なNATOとの戦争のリスク、さらにはプーチン政権の25年間にわたる統治の方向性を決定づける重大な岐路となる。
 
【詳細】
  
 欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)のウクライナにおける軍事的意図に関して、アメリカ政府系放送局「Radio Liberty(ラジオ・リバティ)」が報じた内容を基に、それがロシアの安全保障環境に与える影響を分析するものである。

 冒頭において筆者は、ロシアがウクライナにおける停戦に応じ、EU諸国の軍隊や航空戦力が西ウクライナに展開・巡回することを容認したとしても、それによって見返りを得ることは期待できないと指摘している。

 ゼレンスキー大統領が提案した30日間の無条件停戦に対して、ロシアは以前からNATOの軍事的影響力がその隙を突いて拡大することへの懸念を表明してきたが、これまでは西側諸国により「陰謀論」として退けられていた。しかし、ラジオ・リバティが引用した匿名の関係者によれば、EUの一部はこの停戦期間を利用して「西ウクライナにおける『安心部隊(reassurance force)』の集結」や「空中巡回任務の組織化」を目指しているとされる。

 この戦略の全体的な構図としては、以下の3点が報じられている:

 ・アメリカを和平プロセスに「巻き込んでおく(keeping the Americans onboard)」こと

 ・段階的に紛争を進め、「停戦(ceasefire)」から「恒久的和平(lasting peace)」へと移行させる「シーケンシング(sequencing)」

 ・その間に、欧州による軍事的展開を進めて、ロシアにさらなる譲歩を迫ること

 ただし、この記事では重要な事実が省略されているとし、それはロシアが「ウクライナにおける西側軍を攻撃対象とする」と繰り返し警告してきた点である。アメリカのピート・ヘグセス国防長官も、ウクライナに展開する西側軍についてはNATOの集団的自衛条項である「第5条」の適用対象外であると述べている。

 仮にプーチン大統領がこのような展開を容認しても、EUはロシアによる領土支配を法的に承認する意思を示しておらず、制裁解除も凍結資産(約2,000億ユーロ)の返還も行わないとされている。むしろ、これらの資産から得られる利益を「ウクライナ軍の資金」に充てるという。

 つまり、ロシアがEUに譲歩しても、具体的な成果を得られないまま、NATOの東方軍事展開を許す結果になると指摘されている。そうなれば、ウクライナが「戦前の緩衝国家」状態に戻る希望は潰え、EUの軍事活動の範囲がドニエプル川、あるいはそれ以上に拡大する可能性も否定できないという。

 この点は、ロシアの「特別軍事作戦」が西側の東方軍事拡張の阻止を目的の一つとしていたことを踏まえると、重大な譲歩となる。

 次に、プーチン大統領の長年の側近であり、国家安全保障会議の有力メンバーであるニコライ・パトルシェフが今週、TASS通信に対して次のように述べている:

 「2年連続で、NATOは我々の国境付近で数十年ぶりの大規模演習を実施しており、ビリニュスからオデッサに至る広範囲での攻勢行動、カリーニングラード地方の奪取、バルト海および黒海における航行封鎖、ならびにロシアの核抑止力の恒久的拠点に対する予防攻撃を想定している」

 加えて、同じく国家安全保障会議のセクレタリであるセルゲイ・ショイグ前国防相も、NATOの戦力展開に関し以下のように発言した:

 「過去1年間で、ロシア西部国境に展開するNATO軍の規模は約2.5倍に増加した。NATOは新たな戦闘即応体制への移行を進めており、それは10日以内に10万人、30日以内に30万人、180日以内に80万人の部隊をロシア国境近くに展開できるというものである」

 さらに、EUの「バルト防衛線(Baltic Defence Line)」とポーランドの補完的な「イースト・シールド(East Shield)」構想、「軍事シェンゲン」の拡大計画なども考慮すれば、これらはNATOによる大規模な東方展開の布石であると指摘されている。

 もっとも、プーチン大統領はNATOが加盟国領域内で実施する活動には干渉できないが、停戦期間中に西ウクライナへEU軍が展開することには拒否権を持ち得るとされている。

 なお、筆者は、プーチン大統領が3月初旬時点の分析でも言及された5つの理由からEUへの譲歩を検討する可能性があるとしつつ、これによりロシアの同盟国であるベラルーシがNATOに三方から包囲されることになると指摘している。ベラルーシには既にロシアの戦術核兵器とオレシニク(無人兵器群)が配備されており、それが抑止力として機能する可能性もある。

 最後に、仮にロシアがEU軍の西ウクライナ展開を容認した場合には、アメリカとの「新たなデタント(New Détente)」による経済的・戦略的利益を得る可能性があるとされる一方、国内の強硬派(パトルシェフ、ショイグ、カラガノフなど)からの反発により、その決断が困難になるとも述べられている。

 この選択は、現在の紛争の行方だけでなく、NATOとの潜在的な「熱戦(hot war)」への備えを含めたロシアの将来の戦略全体に関わるものであり、プーチン大統領の25年にわたる統治における「決定的瞬間」となると締めくくられている。

【要点】  

 1.背景

 ・ラジオ・リバティが報じたEUの計画により、ロシアが懸念してきた「西ウクライナへのNATO軍展開」が現実味を帯びてきた。

 ・同報道は、EUの関係者の匿名証言に基づき、停戦中の軍事展開の可能性を示唆した。

 ・ロシアが「陰謀論」として退けられてきた主張が、間接的に裏付けられたかたちとなった。

 2.EUとNATOの戦略的構想(報道による)

 ・停戦期間の軍事利用

 西ウクライナに「安心部隊(reassurance force)」を集結させ、空中巡回任務(air patrol missions)を実施。

 ・外交的枠組み

 アメリカを和平プロセスに巻き込み(keeping the Americans onboard)、段階的に戦闘から和平へ移行する「シーケンシング(sequencing)」戦略を採用。

 ・ロシアへの圧力

 EU軍展開によって、ロシアに事実上の「譲歩」を迫る構造が形成される。

 3.ロシア側の立場と懸念

 ・プーチン政権は、NATOが西ウクライナに進出すればロシアは報復措置を取ると明言してきた。

 ・米国国防長官は、西ウクライナに展開するEU/NATO部隊に対して「NATO第5条(集団防衛条項)」は適用されないと述べた。

 ・EUは制裁解除や資産凍結解除を行わず、逆にその利子をウクライナ支援に充当する方針である。

 4.ロシアが譲歩した場合の含意

 ・ロシアがEUの軍展開を容認すれば、ウクライナは「戦前の中立国」ではなく、事実上NATO前線国家として固定される。

 ・ドニエプル川以西をNATOの軍事影響下に置くことになる可能性がある。

 5.ロシア国内の反発の可能性

 ・政権内の安全保障強硬派(パトルシェフ、ショイグ、カラガノフなど)が譲歩に強く反対する可能性がある。

 ・このため、EUとの取引に踏み切るには国内政治的リスクが伴う。

 6.NATOの軍事展開とロシアの対応力

 ・NATOはロシア国境近くに10万人規模の即応部隊を10日以内、30万人を30日以内、80万人を180日以内に展開できる体制を準備中。

 ・ベラルーシはロシアの戦術核と無人兵器によりNATO包囲への対抗手段を有するが、戦略的には不利な立地となる。

 7.EU側の地上構想

 ・「バルト防衛線(Baltic Defence Line)」「イースト・シールド(East Shield)」がNATOの東方戦略を支える。

 ・「軍事シェンゲン」構想により欧州内での部隊移動の迅速化が図られている。

 8.結論

 ・ロシアがEUの軍展開を受け入れても、戦略的な見返りは得られず、むしろ包囲される危険が増す。

 ・一方で、アメリカとの「新たなデタント」による経済的・外交的利益を得る可能性も否定できない。

 ・その選択はプーチンの統治25年における「決定的瞬間」となり得る。

【引用・参照・底本】

Radio Liberty Let The Cat Out Of The Bag Regarding The EU’s Game Plan For Ukraine Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.01
https://korybko.substack.com/p/radio-liberty-let-the-cat-out-of?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=162596727&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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