北緒戦:ロシアとの軍事協力の影響が見られない経済データ2025年02月05日 22:08

Microsoft Designerで作成
【概要】

 2025年1月22日から23日にかけて、北朝鮮の最高人民会議(SPA)が平壌で開催された。本会議では、経済政策や予算編成に関する報告が行われたが、特筆すべき点として以下の二つが挙げられる。

 第一に、北朝鮮の首相が内閣全体を代表して「憲法に忠実であり、党と人民の期待に応える」ことを誓う異例の宣誓を行ったことである。これまでに例がなく、その背景には重要な国内事情があると考えられる。会議の数日後、金正恩が温泉(オンチョン)郡の幹部を厳しく批判したこととも関連がある可能性がある。2025年に予定される朝鮮労働党第9回大会において、さらなる詳細が明らかになる可能性がある。

 第二に、北朝鮮がロシアに対して行っている軍事協力が、公式な経済データや予算編成に顕著な影響を及ぼしていない点である。西側報道では、北朝鮮がロシアに武器を供給し、労働者を派遣することで多額の収益を得ていると報じられているが、2025年の国家予算における収入見通しは2%増にとどまっている。貿易データにおいても、大幅な変化は確認されていない。

 その他、会議では以下の点が強調された。

 ・経済発展の推進

 「持続的発展」などの表現が用いられ、農村経済の発展、インフラ整備、森林再生などに重点が置かれた。これらの政策は、1960~70年代の韓国の開発政策を想起させる。

 ・計画経済の維持

 国家が経済を一元管理し、内閣の決定や指示にすべての部門が従うべきであると強調された。市場経済的な要素を縮小し、国家統制を強化する方針が続いていることが示唆される。

 ・党の重要行事の強調

 2025年に迎える朝鮮労働党創立80周年と、第9回党大会が重要な政治的・思想的な節目として言及された。特に第9回党大会は通常の5年周期(2026年開催予定)よりも前倒しされる可能性がある。

 ・AIや貿易政策への言及の欠如

 過去の会議では言及されていた人工知能(AI)や貿易に関する政策が今回の報道では取り上げられなかった。これは、技術革新や対外経済政策の優先度が低下していることを示唆する。

 ・対南・対米言及の欠如

 2023年末以降の南北関係の変化や、新たに就任した米国大統領に関する言及はなかった。通常、SPAでは国際情勢についても触れられることがあるが、今回は経済関連の報告に集中した形となった。

 ・問題点の抽象的な表現

 これまで具体的に言及されてきた制裁や自然災害についての言及はなく、「多くの障害や困難」といった抽象的な表現にとどまった。

 首相の宣誓について

 首相の朴泰成(Pak Thae Song)が全閣僚を代表して誓約を行ったことは、異例の事態である。その内容は以下の三点に分けられる。

 1.宣誓自体が異例である点
これまでに同様の誓約が行われた記録はなく、その背景に重大な要因があると考えられる。

 2.憲法への忠誠の強調

 「憲法に忠実である」との表現が特に強調されており、これは韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が2024年12月3日に戒厳令を宣言したことと対比される可能性がある。韓国ではこの行為が憲法違反と指摘されており、北朝鮮があえて憲法遵守を強調したのは、南北対立の一環と考えられる。

 3.国家統制の強化

 経済政策を国家の「統一的指導と戦略的管理のもとに置く」と明言されており、経済分権化の流れを完全に逆行させる方針が継続していることが示された。

 「ロシア効果」の欠如

 北朝鮮がロシアと軍事協力を進めているにもかかわらず、経済データに目立った影響が表れていない点が注目される。国家予算の伸び率は2024年に4%増加したものの、2025年の収入見通しは2%増にとどまり、大幅な経済成長を示すものではない。

 また、貿易統計(2023年までのデータ)を見ても、ロシアとの貿易による急激な増加は確認されていない。特に北朝鮮の輸入額が30億ドル未満と依然として低水準であり、大規模な外貨流入があれば貿易統計にも顕著な変化が見られるはずである。しかし、現状ではそのような兆候は見られない。

 一方、韓国の武器輸出は2024年に230億ドル規模に達し、経済に大きな影響を与えている。これと比較すると、北朝鮮がロシアとの取引で得ている利益は限定的である可能性が高い。

 まとめ

 今回の最高人民会議では、異例の首相の誓約と、ロシアとの軍事協力の影響が経済データに表れていない点が特に注目された。経済政策においては、計画経済の維持と国家統制の強化が再確認され、対外関係についての言及は控えられた。今後、朝鮮労働党第9回大会が開催される可能性が高く、さらなる動向が注視される。

【詳細】

 2025年1月22日から23日にかけて、北朝鮮の最高人民会議(SPA)が平壌で開催され、同会議では経済政策や予算編成に関する重要な報告が行われた。特に注目されたのは、以下の三つの要点である。

 1. 首相の異例の宣誓

 2025年のSPAで最も注目された出来事は、首相の朴泰成(パク・テソン)が内閣全体を代表して「憲法に忠実であり、党と人民の期待に応える」ことを誓う異例の宣誓を行った点である。この宣誓自体が非常に異例であり、これまでに同様の宣誓が行われた記録はない。そのため、この行為には重大な背景があると考えられる。

 宣誓の中で強調された「憲法に忠実である」との表現は、特に注目に値する。これは韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が2024年12月3日に戒厳令を宣言したことに対する対抗措置としての意味を持つ可能性がある。韓国では戒厳令が憲法違反とされ、国際的な議論を呼んでいるが、北朝鮮があえて憲法遵守を強調することで、自国の政治体制の安定性や法的基盤の正当性をアピールしていると見ることができる。また、この宣誓が行われたタイミングから、国内政治における緊張や不安定性を抑えるための意図があることも考えられる。

 さらに、この誓約の一環として、経済政策における「国家統制の強化」が言及された。具体的には、全ての部門は内閣の決定に従い、党と人民の利益にかなった形で経済を運営するべきだという方針が強調された。これにより、北朝鮮が掲げる「計画経済」の維持と、国の統一的な経済管理がさらに進められることが予想される。

 2. ロシアとの軍事協力の影響

 北朝鮮は、ロシアとの軍事協力を強化していると報じられており、特にロシアが北朝鮮に対して武器や兵器の供給を求めているとの情報が流れている。また、北朝鮮は労働者をロシアに派遣しており、これにより一定の外貨収入を得ているとも伝えられている。しかし、2025年の国家予算における収入見通しは、わずか2%増にとどまっており、ロシアとの軍事協力が予想されるような大規模な経済的影響を及ぼしていないことが確認されている。

 貿易データにおいても、北朝鮮のロシアとの貿易額は急激に増加していない。特に、北朝鮮の輸入額は30億ドル未満にとどまっており、ロシアとの貿易による急激な増収がないことが示されている。もし、ロシアとの軍事協力が予想以上に影響を及ぼしているのであれば、その効果が貿易統計に反映されるべきだが、現状ではその兆候は見られない。

 また、北朝鮮がロシアに対して兵器供給を行う一方で、ロシア経済の厳しい状況も影響している可能性がある。ロシアは制裁を受けており、そのために自国の軍需品や兵器の供給に制限がかかっている。そのため、北朝鮮にとっても大きな利益を得ることが難しく、相互の経済的な恩恵は限られていると考えられる。

 3. 経済発展政策の継続

 北朝鮮の経済政策については、引き続き国家統制を強化する方向性が示された。特に、「持続的発展」という言葉が強調され、農村経済の発展やインフラ整備、森林再生などが重要な課題として挙げられた。これらの政策は、1960~70年代の韓国の開発政策に似た構図を持つものであり、政府が指導的な役割を果たすことで経済を発展させようとする意図が見て取れる。

 北朝鮮の経済政策は依然として「計画経済」に依存しており、市場経済的な要素が縮小している。内閣の決定や指示に従い、国家が経済活動を一元管理する形態が強化されると予想される。このような方針は、国家が労働力や資源を集中的に管理し、特定の産業分野に資源を集中させることを意味する。

 さらに、北朝鮮が自国の経済発展において「外部依存」を減らし、内需の拡大や自給自足を目指す方針を強化していることも示唆されている。これには、外部からの制裁に依存せず、内部資源を最大限に活用するという意図があると考えられる。

 4. 朝鮮労働党創立80周年と第9回党大会

 2025年には、朝鮮労働党創立80周年を迎えるとともに、第9回党大会も開催される予定である。この党大会は、国内政治において重要な役割を果たし、政策の方向性や指導部の決定が発表される場である。北朝鮮はこの機会を利用して、国内外に向けて自国の経済政策や政治体制の正当性を強調することが予想される。

 第9回党大会は、通常の5年周期(2026年開催予定)よりも前倒しされる可能性があり、その詳細が注目されている。特に、金正恩の指導体制の確立や、経済政策における新たな方針が示されることが期待される。

 5. 外交政策の言及の欠如

 今回のSPAでは、外部との外交関係や国際情勢についての言及はほとんどなかった。特に、南北関係や米国との関係についての言及がなかった点が注目される。これは、北朝鮮が内政に集中しており、外部への対応を後回しにしていることを示している。北朝鮮は、現在の国内情勢において安定を求めており、外部との摩擦を避けるために外交的な言及を控えた可能性がある。

 また、南北関係についても、特に新たな進展がないことが確認された。韓国との関係においては、北朝鮮が積極的な外交を行うよりも、内政の安定に力を入れている状況である。

 まとめ

 2025年1月の最高人民会議では、首相による異例の宣誓と、ロシアとの軍事協力の影響が見られない経済データ、そして計画経済の維持が強調された。北朝鮮は今後も国家統制を強化し、国内の経済発展を推進する方針を示している。また、外交に関しては、特に南北関係や米国との関係についての新たな進展は確認されていない。今後、朝鮮労働党創立80周年を迎え、第9回党大会での新たな方針が発表されることが注目される。
 
【要点】
 
 2025年1月22日から23日に開催された北朝鮮の最高人民会議(SPA)に関する主要なポイントを箇条書きで説明したものである。

 1.首相の異例の宣誓

 ・朴泰成(パク・テソン)が「憲法に忠実であり、党と人民の期待に応える」ことを誓う宣誓を行う。
 ・韓国の戒厳令に対する対抗措置として、憲法遵守が強調される。
 ・経済政策における国家統制強化が言及され、計画経済の維持が示される。

 2.ロシアとの軍事協力の影響

 ・ロシアとの兵器供給や労働者派遣が行われるが、貿易額は30億ドル未満と急激な増収は見られない。
 ・ロシア経済の制裁や厳しい状況が影響し、経済効果は限定的。

 3.経済発展政策の継続

 ・「持続的発展」が強調され、農村経済やインフラ整備が重点課題として挙げられる。
 ・国家統制強化と計画経済維持が継続される。

 4.朝鮮労働党創立80周年と第9回党大会

 ・2025年に朝鮮労働党創立80周年を迎え、第9回党大会が開催される予定。
 ・党大会で金正恩指導体制の強化や新たな経済政策が発表されることが期待される。

 5.外交政策の言及なし

 ・南北関係や米国との関係についての言及がなく、外交的な進展は見られない。
 ・内政安定が優先され、外部との摩擦を避ける方針。

 6.総括

 ・北朝鮮は国内の政治体制の安定と経済発展を優先し、外部との関係は後回しにしている。

【引用・参照・底本】

The January 2025 Session of the North Korean Parliament: An Unusual Oath and the Absence of a “Russia-Effect”38NORTH 2025.01.31
https://www.38north.org/2025/01/the-january-2025-session-of-the-north-korean-parliament-an-unusual-oath-and-the-absence-of-a-russia-effect/

コメント

トラックバック