バイデンの勝利、ゼレンスキーの敗北 ― 2025年02月05日 22:54
【概要】
バイデン大統領のウクライナ支援における「勝利」が、ゼレンスキー大統領にとっての「敗北」と見なされる理由について、以下のように説明する。
背景
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、バイデン大統領は米国の対応において3つの目標を設定した。しかし、その中には「ウクライナの勝利」は含まれていなかった。ホワイトハウスが当時使用した「必要な限り支援する」という言葉は意図的に曖昧であり、具体的な目標を示していなかった。この曖昧さは、「何を達成するために必要な限り支援するのか?」という疑問を生んだ。
バイデン大統領の3つの目標
1.ウクライナの存続:ウクライナが主権国家として存続し、民主主義を維持し、西側諸国との統合を追求できるようにすること。
2.米国と同盟国の結束維持:ロシアとの対立において、米国とその同盟国が一致団結して対応すること。
3.NATOとロシアの直接衝突回避:ウクライナ戦争がNATOとロシアの直接的な軍事衝突に発展することを防ぐこと。
これらの目標は、ウクライナがロシアに占領されたすべての領土を回復することや、2014年にロシアが占領したクリミア半島や東部地域の奪還を約束するものではなかった。当時の国家安全保障会議(NSC)でロシア政策を担当していたエリック・グリーン氏によれば、ホワイトハウスは、ウクライナがこれらの地域を回復することは現実的ではないと判断していた。
バイデン大統領の「成功」とその限界
バイデン大統領は、上記の3つの目標を達成したと見なされている。しかし、この「成功」は、ウクライナの苦しみや将来の不確実性を考えると、満足のいくものではないと指摘されている。グリーン氏は、「残念ながら、この種の成功は喜びを感じるものではない。ウクライナにとっては大きな苦しみがあり、最終的な結末がどうなるか不透明だからだ」と述べている。
ウクライナ側の失望
ウクライナ側、特にゼレンスキー大統領は、バイデン政権に対する失望を強めてきた。2024年の米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利した後、その失望はより顕著に表れている。ゼレンスキー大統領は、バイデン政権がロシアに対する制裁やウクライナへの武器供与、安全保障の保証において不十分だったと批判している。2025年1月のポッドキャストでは、「米国とバイデン政権には敬意を払っているが、同じ状況を繰り返したくない。今すぐ制裁を、今すぐ武器を提供してほしい」と訴えた。
米国の支援額とウクライナの要請
バイデン政権下で米国はウクライナに対し、2022年2月のロシア侵攻以来、660億ドルの軍事支援を含む総額約1,830億ドルの援助を提供してきた。しかし、ゼレンスキー大統領やその支持者たちは、米国がロシアに対する姿勢において過度に慎重であり、特にNATO加盟への明確な道筋を示す点で不十分だったと主張している。
2024年9月のホワイトハウス訪問では、ゼレンスキー大統領は「勝利計画」として、NATO加盟の招待、ロシア領内深くへの攻撃を可能にする新たな武器供与などを求める詳細なリストを提出した。バイデン大統領は再選を目指さないことを表明しており、ウクライナ側はその「レガシー」を外交的な成果で飾るために、より大胆な決定を下すことを期待していた。
バイデン政権の対応
ゼレンスキー大統領の要請に対して、バイデン政権は部分的に応じた。NATO加盟に関しては態度を変えなかったが、ロシア領内へのミサイル攻撃を許可するなど、これまで危険視されてきた措置を承認した。また、2025年1月にはロシアのエネルギー部門に対する厳しい制裁を発動し、ロシアの石油輸出に使われる「影の艦隊」にも対象を拡大した。
結論
バイデン大統領は、任期最後の外交政策演説で、米国がウクライナ防衛の目標を達成したと主張した。しかし、ウクライナがさらに領土を回復することや、戦争の終結まで存続することについては約束しなかった。バイデン大統領は、「プーチン大統領はウクライナを屈服させることができていない。今日、ウクライナは依然として自由で独立した国であり、明るい未来の可能性を秘めている」と述べた。
ゼレンスキー大統領や多くのウクライナ国民が望む未来は、ロシアが敗北するというものだ。しかし、バイデン大統領の目標には、ウクライナを防衛することとロシアを打倒することは同じではないという含意があった。そのため、ゼレンスキー大統領の目標が未だに遠いものであることは、驚くべきことではない。
【詳細】
バイデン大統領のウクライナ支援における「勝利」がゼレンスキー大統領にとっての「敗北」と見なされる背景と経緯を、さらに詳細に説明する。
1. バイデン政権の戦略的目標とその限界
バイデン政権は、ロシアのウクライナ侵攻に対する対応において、以下の3つの主要な目標を設定した。
(1) ウクライナの存続と主権維持
バイデン政権の最優先事項は、ウクライナがロシアの侵略に屈することなく、独立した主権国家として存続することであった。この目標は、ウクライナが民主主義を維持し、将来的に欧州連合(EU)やNATOなどの西側諸国との統合を追求できるようにすることを意味していた。しかし、この目標はあくまで「ウクライナの存続」に焦点を当てたものであり、ロシアに占領された領土の完全回復や、ロシアに対する軍事的勝利を約束するものではなかった。
(2) 米国と同盟国の結束維持
ロシアの侵略に対する国際的な対応において、米国とその同盟国(特にNATO加盟国)が一致団結して行動することが重要視された。バイデン政権は、欧州諸国や他の同盟国との協調を重視し、ロシアに対する経済制裁や軍事支援の枠組みを構築した。この結束は、ロシアに対する国際的な圧力を維持する上で不可欠であった。
(3) NATOとロシアの直接衝突回避
バイデン政権は、ウクライナ戦争がNATOとロシアの直接的な軍事衝突に発展することを避けることを最優先した。このため、米国やNATOはウクライナに対して直接的な軍事介入を行わず、あくまで間接的な支援(武器供与、情報共有、訓練など)に留まった。この戦略は、戦争のエスカレーションを防ぐための慎重な判断であったが、ウクライナ側から見れば、支援に限界があることを意味していた。
2. ウクライナ側の期待と現実のギャップ
ウクライナのゼレンスキー大統領や国民は、ロシアに対する完全な勝利、つまり占領されたすべての領土の回復とロシアの軍事的敗北を望んでいた。しかし、バイデン政権の目標はこれとは異なり、あくまでウクライナの存続とロシアに対する国際的な圧力の維持に焦点を当てていた。このギャップが、ウクライナ側の失望を生む根本的な原因となった。
(1) 領土回復の限界
バイデン政権は、ウクライナが2014年にロシアに占領されたクリミア半島や東部地域(ドネツク州、ルハンスク州など)を回復することは現実的ではないと判断していた。これらの地域はロシアが強固に支配しており、ウクライナが軍事力で奪還することは極めて困難であると考えられていた。このため、米国の支援はあくまでウクライナが現状を維持し、さらなる領土喪失を防ぐことに重点が置かれた。
(2) NATO加盟への慎重な姿勢
ゼレンスキー大統領は、ウクライナのNATO加盟を強く求めていたが、バイデン政権はこれに対して慎重な姿勢を貫いた。NATO加盟はロシアとの直接的な対立を招くリスクが高く、バイデン政権は戦争のエスカレーションを避けるため、この要求に応じなかった。このため、ウクライナ側は西側諸国からの安全保障の保証を得られないまま、ロシアとの戦いを続けなければならなかった。
(3) 武器供与の制限
米国はウクライナに対して大量の武器を供与したが、その使用には一定の制限を設けていた。特に、ウクライナが米国製の兵器を使ってロシア領内を攻撃することは長らく禁止されていた。これは、戦争がロシア国内に拡大することを防ぐための措置であったが、ウクライナ側から見れば、ロシアに対する有効な反撃が制限されることを意味していた。
3. ゼレンスキー大統領の失望と批判
ゼレンスキー大統領は、バイデン政権の慎重な姿勢に対して次第に不満を募らせ、特に2024年の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した後、その批判をより明確に表すようになった。
(1) 制裁と武器供与の不十分さ
ゼレンスキー大統領は、バイデン政権がロシアに対する制裁やウクライナへの武器供与において不十分だったと指摘した。特に、ロシアのエネルギー部門に対する制裁が遅れたことや、ウクライナが必要とする最新兵器の供与が制限されたことが批判の対象となった。
(2) 安全保障の保証の欠如
ウクライナは、西側諸国からの明確な安全保障の保証を求めていたが、バイデン政権はこれに応じなかった。NATO加盟の道筋が示されなかったことで、ウクライナは将来的な安全保障に対する不安を抱えることになった。
(3) 「勝利計画」の拒絶
2024年9月のホワイトハウス訪問で、ゼレンスキー大統領は「勝利計画」として、NATO加盟の招待、ロシア領内への攻撃許可、新たな武器供与などを求めるリストを提出した。しかし、バイデン政権はこれらの要求の多くを拒否し、ウクライナ側の期待に応えることはなかった。
4. バイデン政権の部分的対応
ゼレンスキー大統領の要求に対して、バイデン政権は一部で譲歩を見せた。
(1) ロシア領内攻撃の許可
2024年11月、バイデン政権はウクライナが米国製のミサイルを使ってロシア領内を攻撃することを許可した。これは、ウクライナの戦略的な反撃を支援するための重要な措置であったが、ゼレンスキー大統領が求めた「全面的な攻撃許可」には及ばなかった。
(2) ロシアのエネルギー部門に対する制裁
2025年1月、バイデン政権はロシアのエネルギー部門に対する厳しい制裁を発動し、ロシアの石油輸出に使われる「影の艦隊」にも対象を拡大した。これはロシアの経済に打撃を与えるための措置であったが、ウクライナ側から見れば、これまでの制裁が不十分だったことを示すものでもあった。
5. バイデン大統領のレガシーとウクライナの未来
バイデン大統領は、任期最後の外交政策演説で、米国がウクライナ防衛の目標を達成したと主張した。しかし、その「成功」はあくまで限定的なものであり、ウクライナの完全な勝利や領土回復を約束するものではなかった。バイデン大統領は、「プーチン大統領はウクライナを屈服させることができていない。今日、ウクライナは依然として自由で独立した国であり、明るい未来の可能性を秘めている」と述べたが、その未来が具体的にどのようなものかは明らかにされなかった。
結論
バイデン政権のウクライナ支援は、ウクライナの存続と国際的な結束維持という点では一定の成果を上げた。しかし、ゼレンスキー大統領やウクライナ国民が求める「ロシアに対する完全な勝利」や「領土の完全回復」には程遠いものであった。このギャップが、バイデン政権の「勝利」をゼレンスキー大統領にとっての「敗北」として映し出している。ウクライナの未来は依然として不透明であり、戦争の終結と真の平和への道のりは長く険しいものとなっている。
【要点】
バイデン大統領のウクライナ支援における「勝利」がゼレンスキー大統領にとっての「敗北」と見なされる理由を箇条書きで説明する。
1. バイデン政権の戦略的目標
・ウクライナの存続と主権維持
⇨ ウクライナがロシアに屈せず、独立した主権国家として存続することを最優先。
⇨ 領土完全回復やロシアの軍事的敗北は目標に含まれず、あくまで現状維持が焦点。
・米国と同盟国の結束維持
⇨ NATOや欧州諸国との協調を重視し、ロシアに対する国際的な圧力を維持。
・NATOとロシアの直接衝突回避
⇨ 戦争のエスカレーションを防ぐため、米国やNATOの直接介入を避け、間接的な支援に留まる。
2. ウクライナ側の期待と現実のギャップ
・領土回復の限界
⇨ バイデン政権は、クリミア半島や東部地域の奪還は現実的ではないと判断。
⇨ ウクライナ側は全領土回復を望んでいたが、米国の支援は現状維持が中心。
・NATO加盟への慎重な姿勢
⇨ ゼレンスキー大統領はNATO加盟を強く求めたが、バイデン政権はエスカレーションを懸念し拒否。
⇨ ウクライナは西側諸国からの安全保障の保証を得られず。
・武器供与の制限
⇨ 米国はウクライナに武器を供与したが、ロシア領内攻撃の使用を長らく禁止。
⇨ ウクライナ側は効果的な反撃が制限されると不満を表明。
3. ゼレンスキー大統領の失望と批判
・制裁と武器供与の不十分さ
⇨ ロシアに対する制裁や武器供与が遅れ、不十分だと指摘。
・安全保障の保証の欠如
⇨ NATO加盟や明確な安全保障の保証が得られず、将来への不安が増大。
・「勝利計画」の拒絶
⇨ 2024年9月のホワイトハウス訪問で提出した「勝利計画」(NATO加盟、ロシア領内攻撃許可など)の多くが拒否される。
4. バイデン政権の部分的対応
・ロシア領内攻撃の許可
⇨ 2024年11月、ウクライナが米国製ミサイルでロシア領内を攻撃することを許可。
・ロシアのエネルギー部門に対する制裁
⇨ 2025年1月、ロシアのエネルギー部門と「影の艦隊」に対する厳しい制裁を発動。
5. バイデン大統領のレガシーとウクライナの未来
・限定的な「成功」の主張
⇨ バイデン大統領は、ウクライナ防衛の目標を達成したと主張。
⇨ ただし、領土回復や戦争終結については具体的な約束を避ける。
・ウクライナの未来への不透明感
⇨ ゼレンスキー大統領やウクライナ国民が求める「ロシアに対する完全な勝利」は未だ遠い。
⇨ 戦争の終結と真の平和への道のりは不透明で険しい。
結論
・バイデン政権の「勝利」は、ウクライナの存続と国際的な結束維持という点では一定の成果を上げた。
・しかし、ゼレンスキー大統領やウクライナ国民が求める「領土完全回復」や「ロシアの軍事的敗北」には程遠く、このギャップが「バイデンの勝利」を「ゼレンスキーの敗北」として映し出している。
【参考】
☞ 関連:越水桃源BLOG「米国:ロシアの核の威嚇を受けその目標を放棄」
https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/02/05/9752509
【参考はブログ作成者が付記】
【引用・参照・底本】
Why Biden’s Ukraine Win Was Zelensky’s Loss TIME 2025.01.19
https://time.com/7207661/bidens-ukraine-win-zelensky-loss/
バイデン大統領のウクライナ支援における「勝利」が、ゼレンスキー大統領にとっての「敗北」と見なされる理由について、以下のように説明する。
背景
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、バイデン大統領は米国の対応において3つの目標を設定した。しかし、その中には「ウクライナの勝利」は含まれていなかった。ホワイトハウスが当時使用した「必要な限り支援する」という言葉は意図的に曖昧であり、具体的な目標を示していなかった。この曖昧さは、「何を達成するために必要な限り支援するのか?」という疑問を生んだ。
バイデン大統領の3つの目標
1.ウクライナの存続:ウクライナが主権国家として存続し、民主主義を維持し、西側諸国との統合を追求できるようにすること。
2.米国と同盟国の結束維持:ロシアとの対立において、米国とその同盟国が一致団結して対応すること。
3.NATOとロシアの直接衝突回避:ウクライナ戦争がNATOとロシアの直接的な軍事衝突に発展することを防ぐこと。
これらの目標は、ウクライナがロシアに占領されたすべての領土を回復することや、2014年にロシアが占領したクリミア半島や東部地域の奪還を約束するものではなかった。当時の国家安全保障会議(NSC)でロシア政策を担当していたエリック・グリーン氏によれば、ホワイトハウスは、ウクライナがこれらの地域を回復することは現実的ではないと判断していた。
バイデン大統領の「成功」とその限界
バイデン大統領は、上記の3つの目標を達成したと見なされている。しかし、この「成功」は、ウクライナの苦しみや将来の不確実性を考えると、満足のいくものではないと指摘されている。グリーン氏は、「残念ながら、この種の成功は喜びを感じるものではない。ウクライナにとっては大きな苦しみがあり、最終的な結末がどうなるか不透明だからだ」と述べている。
ウクライナ側の失望
ウクライナ側、特にゼレンスキー大統領は、バイデン政権に対する失望を強めてきた。2024年の米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利した後、その失望はより顕著に表れている。ゼレンスキー大統領は、バイデン政権がロシアに対する制裁やウクライナへの武器供与、安全保障の保証において不十分だったと批判している。2025年1月のポッドキャストでは、「米国とバイデン政権には敬意を払っているが、同じ状況を繰り返したくない。今すぐ制裁を、今すぐ武器を提供してほしい」と訴えた。
米国の支援額とウクライナの要請
バイデン政権下で米国はウクライナに対し、2022年2月のロシア侵攻以来、660億ドルの軍事支援を含む総額約1,830億ドルの援助を提供してきた。しかし、ゼレンスキー大統領やその支持者たちは、米国がロシアに対する姿勢において過度に慎重であり、特にNATO加盟への明確な道筋を示す点で不十分だったと主張している。
2024年9月のホワイトハウス訪問では、ゼレンスキー大統領は「勝利計画」として、NATO加盟の招待、ロシア領内深くへの攻撃を可能にする新たな武器供与などを求める詳細なリストを提出した。バイデン大統領は再選を目指さないことを表明しており、ウクライナ側はその「レガシー」を外交的な成果で飾るために、より大胆な決定を下すことを期待していた。
バイデン政権の対応
ゼレンスキー大統領の要請に対して、バイデン政権は部分的に応じた。NATO加盟に関しては態度を変えなかったが、ロシア領内へのミサイル攻撃を許可するなど、これまで危険視されてきた措置を承認した。また、2025年1月にはロシアのエネルギー部門に対する厳しい制裁を発動し、ロシアの石油輸出に使われる「影の艦隊」にも対象を拡大した。
結論
バイデン大統領は、任期最後の外交政策演説で、米国がウクライナ防衛の目標を達成したと主張した。しかし、ウクライナがさらに領土を回復することや、戦争の終結まで存続することについては約束しなかった。バイデン大統領は、「プーチン大統領はウクライナを屈服させることができていない。今日、ウクライナは依然として自由で独立した国であり、明るい未来の可能性を秘めている」と述べた。
ゼレンスキー大統領や多くのウクライナ国民が望む未来は、ロシアが敗北するというものだ。しかし、バイデン大統領の目標には、ウクライナを防衛することとロシアを打倒することは同じではないという含意があった。そのため、ゼレンスキー大統領の目標が未だに遠いものであることは、驚くべきことではない。
【詳細】
バイデン大統領のウクライナ支援における「勝利」がゼレンスキー大統領にとっての「敗北」と見なされる背景と経緯を、さらに詳細に説明する。
1. バイデン政権の戦略的目標とその限界
バイデン政権は、ロシアのウクライナ侵攻に対する対応において、以下の3つの主要な目標を設定した。
(1) ウクライナの存続と主権維持
バイデン政権の最優先事項は、ウクライナがロシアの侵略に屈することなく、独立した主権国家として存続することであった。この目標は、ウクライナが民主主義を維持し、将来的に欧州連合(EU)やNATOなどの西側諸国との統合を追求できるようにすることを意味していた。しかし、この目標はあくまで「ウクライナの存続」に焦点を当てたものであり、ロシアに占領された領土の完全回復や、ロシアに対する軍事的勝利を約束するものではなかった。
(2) 米国と同盟国の結束維持
ロシアの侵略に対する国際的な対応において、米国とその同盟国(特にNATO加盟国)が一致団結して行動することが重要視された。バイデン政権は、欧州諸国や他の同盟国との協調を重視し、ロシアに対する経済制裁や軍事支援の枠組みを構築した。この結束は、ロシアに対する国際的な圧力を維持する上で不可欠であった。
(3) NATOとロシアの直接衝突回避
バイデン政権は、ウクライナ戦争がNATOとロシアの直接的な軍事衝突に発展することを避けることを最優先した。このため、米国やNATOはウクライナに対して直接的な軍事介入を行わず、あくまで間接的な支援(武器供与、情報共有、訓練など)に留まった。この戦略は、戦争のエスカレーションを防ぐための慎重な判断であったが、ウクライナ側から見れば、支援に限界があることを意味していた。
2. ウクライナ側の期待と現実のギャップ
ウクライナのゼレンスキー大統領や国民は、ロシアに対する完全な勝利、つまり占領されたすべての領土の回復とロシアの軍事的敗北を望んでいた。しかし、バイデン政権の目標はこれとは異なり、あくまでウクライナの存続とロシアに対する国際的な圧力の維持に焦点を当てていた。このギャップが、ウクライナ側の失望を生む根本的な原因となった。
(1) 領土回復の限界
バイデン政権は、ウクライナが2014年にロシアに占領されたクリミア半島や東部地域(ドネツク州、ルハンスク州など)を回復することは現実的ではないと判断していた。これらの地域はロシアが強固に支配しており、ウクライナが軍事力で奪還することは極めて困難であると考えられていた。このため、米国の支援はあくまでウクライナが現状を維持し、さらなる領土喪失を防ぐことに重点が置かれた。
(2) NATO加盟への慎重な姿勢
ゼレンスキー大統領は、ウクライナのNATO加盟を強く求めていたが、バイデン政権はこれに対して慎重な姿勢を貫いた。NATO加盟はロシアとの直接的な対立を招くリスクが高く、バイデン政権は戦争のエスカレーションを避けるため、この要求に応じなかった。このため、ウクライナ側は西側諸国からの安全保障の保証を得られないまま、ロシアとの戦いを続けなければならなかった。
(3) 武器供与の制限
米国はウクライナに対して大量の武器を供与したが、その使用には一定の制限を設けていた。特に、ウクライナが米国製の兵器を使ってロシア領内を攻撃することは長らく禁止されていた。これは、戦争がロシア国内に拡大することを防ぐための措置であったが、ウクライナ側から見れば、ロシアに対する有効な反撃が制限されることを意味していた。
3. ゼレンスキー大統領の失望と批判
ゼレンスキー大統領は、バイデン政権の慎重な姿勢に対して次第に不満を募らせ、特に2024年の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した後、その批判をより明確に表すようになった。
(1) 制裁と武器供与の不十分さ
ゼレンスキー大統領は、バイデン政権がロシアに対する制裁やウクライナへの武器供与において不十分だったと指摘した。特に、ロシアのエネルギー部門に対する制裁が遅れたことや、ウクライナが必要とする最新兵器の供与が制限されたことが批判の対象となった。
(2) 安全保障の保証の欠如
ウクライナは、西側諸国からの明確な安全保障の保証を求めていたが、バイデン政権はこれに応じなかった。NATO加盟の道筋が示されなかったことで、ウクライナは将来的な安全保障に対する不安を抱えることになった。
(3) 「勝利計画」の拒絶
2024年9月のホワイトハウス訪問で、ゼレンスキー大統領は「勝利計画」として、NATO加盟の招待、ロシア領内への攻撃許可、新たな武器供与などを求めるリストを提出した。しかし、バイデン政権はこれらの要求の多くを拒否し、ウクライナ側の期待に応えることはなかった。
4. バイデン政権の部分的対応
ゼレンスキー大統領の要求に対して、バイデン政権は一部で譲歩を見せた。
(1) ロシア領内攻撃の許可
2024年11月、バイデン政権はウクライナが米国製のミサイルを使ってロシア領内を攻撃することを許可した。これは、ウクライナの戦略的な反撃を支援するための重要な措置であったが、ゼレンスキー大統領が求めた「全面的な攻撃許可」には及ばなかった。
(2) ロシアのエネルギー部門に対する制裁
2025年1月、バイデン政権はロシアのエネルギー部門に対する厳しい制裁を発動し、ロシアの石油輸出に使われる「影の艦隊」にも対象を拡大した。これはロシアの経済に打撃を与えるための措置であったが、ウクライナ側から見れば、これまでの制裁が不十分だったことを示すものでもあった。
5. バイデン大統領のレガシーとウクライナの未来
バイデン大統領は、任期最後の外交政策演説で、米国がウクライナ防衛の目標を達成したと主張した。しかし、その「成功」はあくまで限定的なものであり、ウクライナの完全な勝利や領土回復を約束するものではなかった。バイデン大統領は、「プーチン大統領はウクライナを屈服させることができていない。今日、ウクライナは依然として自由で独立した国であり、明るい未来の可能性を秘めている」と述べたが、その未来が具体的にどのようなものかは明らかにされなかった。
結論
バイデン政権のウクライナ支援は、ウクライナの存続と国際的な結束維持という点では一定の成果を上げた。しかし、ゼレンスキー大統領やウクライナ国民が求める「ロシアに対する完全な勝利」や「領土の完全回復」には程遠いものであった。このギャップが、バイデン政権の「勝利」をゼレンスキー大統領にとっての「敗北」として映し出している。ウクライナの未来は依然として不透明であり、戦争の終結と真の平和への道のりは長く険しいものとなっている。
【要点】
バイデン大統領のウクライナ支援における「勝利」がゼレンスキー大統領にとっての「敗北」と見なされる理由を箇条書きで説明する。
1. バイデン政権の戦略的目標
・ウクライナの存続と主権維持
⇨ ウクライナがロシアに屈せず、独立した主権国家として存続することを最優先。
⇨ 領土完全回復やロシアの軍事的敗北は目標に含まれず、あくまで現状維持が焦点。
・米国と同盟国の結束維持
⇨ NATOや欧州諸国との協調を重視し、ロシアに対する国際的な圧力を維持。
・NATOとロシアの直接衝突回避
⇨ 戦争のエスカレーションを防ぐため、米国やNATOの直接介入を避け、間接的な支援に留まる。
2. ウクライナ側の期待と現実のギャップ
・領土回復の限界
⇨ バイデン政権は、クリミア半島や東部地域の奪還は現実的ではないと判断。
⇨ ウクライナ側は全領土回復を望んでいたが、米国の支援は現状維持が中心。
・NATO加盟への慎重な姿勢
⇨ ゼレンスキー大統領はNATO加盟を強く求めたが、バイデン政権はエスカレーションを懸念し拒否。
⇨ ウクライナは西側諸国からの安全保障の保証を得られず。
・武器供与の制限
⇨ 米国はウクライナに武器を供与したが、ロシア領内攻撃の使用を長らく禁止。
⇨ ウクライナ側は効果的な反撃が制限されると不満を表明。
3. ゼレンスキー大統領の失望と批判
・制裁と武器供与の不十分さ
⇨ ロシアに対する制裁や武器供与が遅れ、不十分だと指摘。
・安全保障の保証の欠如
⇨ NATO加盟や明確な安全保障の保証が得られず、将来への不安が増大。
・「勝利計画」の拒絶
⇨ 2024年9月のホワイトハウス訪問で提出した「勝利計画」(NATO加盟、ロシア領内攻撃許可など)の多くが拒否される。
4. バイデン政権の部分的対応
・ロシア領内攻撃の許可
⇨ 2024年11月、ウクライナが米国製ミサイルでロシア領内を攻撃することを許可。
・ロシアのエネルギー部門に対する制裁
⇨ 2025年1月、ロシアのエネルギー部門と「影の艦隊」に対する厳しい制裁を発動。
5. バイデン大統領のレガシーとウクライナの未来
・限定的な「成功」の主張
⇨ バイデン大統領は、ウクライナ防衛の目標を達成したと主張。
⇨ ただし、領土回復や戦争終結については具体的な約束を避ける。
・ウクライナの未来への不透明感
⇨ ゼレンスキー大統領やウクライナ国民が求める「ロシアに対する完全な勝利」は未だ遠い。
⇨ 戦争の終結と真の平和への道のりは不透明で険しい。
結論
・バイデン政権の「勝利」は、ウクライナの存続と国際的な結束維持という点では一定の成果を上げた。
・しかし、ゼレンスキー大統領やウクライナ国民が求める「領土完全回復」や「ロシアの軍事的敗北」には程遠く、このギャップが「バイデンの勝利」を「ゼレンスキーの敗北」として映し出している。
【参考】
☞ 関連:越水桃源BLOG「米国:ロシアの核の威嚇を受けその目標を放棄」
https://koshimizu-tougen.asablo.jp/blog/2025/02/05/9752509
【参考はブログ作成者が付記】
【引用・参照・底本】
Why Biden’s Ukraine Win Was Zelensky’s Loss TIME 2025.01.19
https://time.com/7207661/bidens-ukraine-win-zelensky-loss/