討薩檄2022年11月09日 09:11

雲井龍雄
『東北偉人 雲井竜雄全集』 麻績斐, 桜井美成 著

 (二十八-二十九頁)
 討薩檄                 2022.11.09

初め薩賊の幕府と相軋るや頻に外國と和親開市するを以て其罪とし己は専ら尊王攘夷の説を主張し遂に之を假りて天眷を僥倖す天幕の間、之が爲に紛紜内訌列藩動揺、兵亂相踵く然るに己れ朝政を専斷するを得るに及て翻然局を變し百方外國に諂媚し遂に英佛の公使をして紫宸に参朝せしむるに至る先日は公使の江戸に入るを譏て幕府の大罪とし今日は公使の禁闕に上るを悦て盛典とす何ぞ夫れ前後相反するや因是觀之其十有餘年、尊王攘夷を主張せし衷情は、唯幕府を傾け邪謀を濟さんと欲するに在ると昭々可知、薩賊多年譎詐萬端上は天幕を暴蔑し下は列侯を欺罔し内は百姓の怨嗟を致し、外は萬國の笑侮を取る其罪何ぞ問はざるを得んや 皇朝陵夷極まるといへとも其制度典章、斐然として是れ備はる古今の沿革ありといへとも其損益する處、可知也、然るを薩賊専權以來、叨に大活眼、大活法と號して列聖の徽猷嘉謀を任意廃絶し朝變夕革遂に皇國の制度文章をして、蕩然地を掃ふに至らしむ其の罪、何ぞ問わざるを得んや  薩賊、擅に摂家華族を擯斥し、皇子公卿を奴僕視し猥りに諸州群不逞の徒己れに阿附する者を抜て是をして青を紆ひ紫を施かしむ綱紀錯亂下凌ぎ上替る今日より甚きは無し其罪何ぞ問はざるを得んや。  伏水の事、元暗昧、私闘と公戰と孰直孰曲とを不可辨、苟も王者の師を興さんと欲せは須らく天下と共に其公論を定め罪案已に決して然る後徐に之を討すへし然るを倉卒の際俄に錦旗を動かて遂に幕府を朝敵に陥れ列藩を劫迫して征東の兵を調發す是王命を矯めて私怨を報する所以の姦謀なり其罪何ぞ問はざるを得んや 薩賊の兵、東下以來、所過の地、侵掠せさることなく所見の財、剽竊せさることなく或は人の鶏牛を攘み或は人の婦女に淫し、發掘殺戮、殘酷極まる其の醜穢、狗鼠も其餘を不食、猶且靦然として官軍の名号を假り太政官の規則と稱す是今上陛下をして桀紂の名を負はしむる也其罪何ぞ問はざるを得んや 井伊藤堂榊原本多等は徳川氏の勲臣なり臣をして其の君を伐たしむ尾張越前は徳川の親族なり族をして其宗を伐たしむ因州は前内府の兄なり兄をして其弟を伐しむ備前は前内府の弟なり弟をして其兄を伐しむ小笠原佐渡守は壹岐守の父なり父をして其子を伐しむ猶且つ強て名義を飾て日普天之下莫非王土、率土之濱莫非王臣、嗚呼薩賊五倫を滅し三綱を歝り、今上陛下の初政をして保平の板蕩を超へしむ其罪何ぞ問わざるを得んや 右の諸件に因て觀之は薩賊の所爲幼帝を劫制して其邪を濟し以て天下を欺くは莽操卓懿に勝り貪殘無厭、所至殘暴を極るは黄巾赤眉に過き天倫を破壊し舊章を滅絶するは秦政・宋偃を超ゆ我列藩、之を坐視するに不忍、再三再四京師に上奏して萬民愁苦、列藩誣冤せらるゝの狀を曲陳すとへとも雲霧擁蔽、遂に天闕に達するに由なし若し唾手以て之を誅鋤せずんは、天下何に由てか再び青天白日を見ることを得んや於是敢て成敗利鈍を不問、奮て此義擧を唱ふ凡四方の諸藩、貫日の忠、囘天の誠を同ふする者あらは庶幾は我列藩の不逮を助け皇國の爲に共に誓て此の賊を屠り以て既に滅するの五倫を興し既に歝るゝの三綱を振ひ上は汚朝を一洗し下は頽俗を一新し内は百姓の塗炭を救ひ外は萬國の笑侮を絶ち以て列聖在天の靈を慰め奉るへし若し尚賊の籠絡中に在て名分大義を不能辨、或は首鼠の兩端を抱き或は助姦黨邪の徒あるに於ては軍有定律り、不敢赦、凡天下の諸藩、庶幾は勇斷する所を知へし

引用・参照・底本

『東北偉人 雲井竜雄全集』 麻績斐, 桜井美成 著 明治二十七年八月十四日發行 東陽堂

(国立国会図書館デジタルコレクション)