シリア:HTSに不意を突かれた5つの理由2024年12月01日 17:51

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【概要】
 
 シリアがトルコ支援の武装勢力や「反政府勢力」によるアレッポへの攻勢に対して不意を突かれた理由を、以下の五つに分けて説明する。

 1. 自信過剰と腐敗

 シリア・アラブ軍(SAA)は、2020年3月のロシア仲介による停戦を当然視し、その後の防備を怠った。この停戦を維持する中で、シリア国内に広がる汚職が軍の能力を低下させた。例えば、偵察や情報収集に必要な基本的なドローンの使用すら行われていなかった。さらに、SAAはロシアやイランがこれらの役割を果たすと信じ込んでいた可能性が高い。

 2. ロシアとイランの対立

 ロシアとイランはシリアにおいて共にテロリズムと戦ったが、ダマスカスでの影響力を巡り競争している。この競争のために、ロシアはイスラエルによるイラン革命防衛隊(IRGC)への攻撃を黙認し、シリアにこれらを防ぐ手段を提供しなかった。この対立がなければ、ロシアとイランはSAAを強化し、イドリブでの偵察やアレッポ防衛の強化を共同で行えた可能性がある。

 3. 分散と制約された同盟国

 さらに悪いことに、今回のアレッポ攻勢は、ロシアがウクライナでの「特別軍事作戦」に集中し、イランがイスラエルとの「西アジア戦争」により影響を受けている時期に起こった。ロシアの航空戦力やイランの地上戦力、さらにはヒズボラを通じた支援が不足しているため、SAAが攻勢を押し返すのは極めて困難である。この要因がアレッポの運命を決定付けた可能性が高い。

 4. ロシアの作戦から学ばなかった

 ロシアとイランの対立や同盟国の問題があったとしても、SAA自身がロシアのウクライナ作戦(SMO)から教訓を学び、それに基づいて防衛準備を整えるべきだった。具体的には、ドローン戦術や部隊の戦略的分散といったSMOの特徴を活用すべきだったが、SAAはそれに全く対応できていなかった。これにより、最終的な責任はSAAにある。

 5. 平和のための妥協を拒否した
 
 最後に、シリアが2017年のロシア提案の「憲法草案」を受け入れていれば、今回のアレッポでの危機を回避できた可能性がある。この草案は多くの譲歩を含んでおり、拒否したシリアの立場は理解できるが、結果として紛争の解決を先延ばしにした。このため、現在の厳しい状況下では、この草案を基にした解決策を再検討する必要があるが、現在では「反体制派」がさらに多くの譲歩を要求する可能性が高い。

 結論

 アレッポでの災害は回避可能であったが、現実には非常に厳しい状況に陥っている。これが「テロリストを包囲する巧妙な計画」であるという見解は否定されるべきである。SAAが後退を余儀なくされ、さらなる悪化の可能性が高まっている状況が現実である。

【詳細】

 1. 自信過剰と腐敗

 2020年3月の停戦以降、シリア政府は軍事的緊張が大幅に緩和されたと認識し、防衛体制の強化や警戒を怠った。この背景には、政府内および軍内部での汚職問題が深刻であることが挙げられる。シリア・アラブ軍(SAA)は本来、最前線の防衛力を向上させるために偵察用のドローンや監視機器を導入し、敵勢力の動向を常に把握する必要があった。しかし、これらの資金や装備が適切に使われず、結果として敵の動きを事前に察知する能力を欠いていた。この状況は、トルコ支援の武装勢力が攻勢に出る準備を整える時間を与える結果となった。

 さらに、SAAがロシアやイランの支援に過度に依存し、自ら積極的に防衛力を高める努力を怠ったことも問題である。停戦後にロシアとイランが主導的に行動すると想定していたため、SAAは自律的な軍事的判断力や作戦遂行力を低下させた。

 2. ロシアとイランの対立

 ロシアとイランは、シリア内戦初期から共通の目的であるアサド政権の維持に協力してきたが、長期的にはダマスカスでの政治的影響力を巡り競争関係にある。この対立は、具体的には以下のような形で現れている:

 ・ロシアの行動制約: ロシアはイスラエルとの関係を維持しようと努める一方で、イランの活動を抑制するためにシリア領内でのイスラエルによる空爆を黙認している。このため、イラン革命防衛隊(IRGC)が被害を受けてもロシアはほとんど抗議を行わず、シリアに防空システムや抑止力を提供していない。

 ・統一的な軍事戦略の欠如: ロシアとイランが協力してSAAを強化し、特にイドリブ周辺での偵察活動や防衛強化を行っていれば、今回の攻勢は未然に防げた可能性が高い。しかし、両国の対立により、こうした協力は実現しなかった。

 3. 分散と制約された同盟国

 今回のアレッポへの攻勢が発生したタイミングは、ロシアとイランの両国にとって非常に厳しい状況であった。

 ・ロシア: ウクライナにおける「特別軍事作戦(SMO)」により、多くの資源と注意がそちらに割かれている。このため、シリアにおける軍事支援は縮小され、航空戦力の派遣や現地での情報収集能力が著しく制限された。

 ・イラン: イランはイスラエルとの「西アジア戦争」とも呼ばれる緊張の高まりに直面しており、ヒズボラを含む地域的な代理勢力の動員も難しくなっている。これにより、SAAに対する人員や装備の支援が不足し、トルコ支援勢力の進攻に対処できる余力を失った。

 こうした制約が重なり、SAAは防衛力を効果的に発揮できなかった。

 4. ロシアの作戦から学ばなかった

 ウクライナでのロシアの「特別軍事作戦(SMO)」では、ドローンの効果的な使用や部隊の分散配置など、現代戦における重要な戦術が見られる。これらの戦術は、特に防衛において重要であり、シリアにとっても参考となるべきものであった。

 ・ドローン戦術: ドローンを活用した情報収集や標的の特定は、現代戦での勝敗を左右する重要な要素である。しかし、SAAはこれを導入しておらず、敵勢力の動きを事前に察知する能力に欠けていた。

 ・部隊の分散配置: ウクライナ戦争では、集中した部隊が攻撃されるリスクを軽減するため、ロシア軍は部隊を戦略的に分散させている。SAAはこれに倣わず、従来の集中配置を続けたため、攻勢に対する防御が困難になった。

 これらの戦術を学ばなかったことが、今回の不意打ちにつながった。

 5. 平和のための妥協を拒否した

 2017年にロシアが提案した「憲法草案」には、自治権の拡大や政治的妥協を含む内容が盛り込まれていた。この提案を受け入れていれば、シリア内戦を早期に終結させ、長期的な平和の基盤を築けた可能性がある。

 ・譲歩の困難さ: この草案は、政府の権限を縮小し、「反政府勢力」に対する大幅な譲歩を要求するものであったため、アサド政権が拒否するのは理解できる。しかし、結果的には紛争が続き、現在の危機的状況を招いた。

 ・現在の交渉の困難さ: 現時点では、トルコ支援勢力や「反政府勢力」がさらなる譲歩を要求する可能性が高く、交渉はより困難になっている。

 総合評価

 今回のアレッポでの危機は、単一の要因によるものではなく、自信過剰、同盟国の制約、学習不足、そして平和のための妥協を拒否したことが複合的に影響している。シリア政府とSAAがこれらの教訓を直視し、戦略の見直しを行わない限り、さらなる悪化が予想される。
 
【要点】 

 1.自信過剰と腐敗

 ・停戦後、軍事的警戒を怠り、腐敗が軍の能力を低下させた。
 ・ドローンなどの偵察装備を使用せず、敵の動きを事前に察知できなかった。
 ・ロシアとイランへの過度な依存により、自主的な防衛努力が不足した。

 2.ロシアとイランの対立

 ・両国はシリアでの影響力を競い合い、協力して軍を強化することができなかった。
 ・ロシアはイスラエルの空爆を黙認し、防空能力を提供しなかった。
 ・統一的な軍事戦略が欠如し、イドリブ周辺の防衛が脆弱になった。

 3.同盟国の制約

 ・ロシアはウクライナでの特別軍事作戦に集中し、シリアへの支援を縮小した。
 ・イランはイスラエルとの紛争や地域代理勢力への対応に追われ、人的・物的支援が不足した。
 ・同盟国のサポートが限定的で、SAAの防衛力が不足した。

 4.ロシア作戦からの教訓不足

 ・ドローンの活用や部隊の分散配置といった現代戦の戦術を学ばなかった。
 ・ウクライナ戦争から得られる戦術的教訓を自軍の防衛計画に活かさなかった。
 ・敵の進攻に対応できる準備が整っていなかった。

 5.平和のための妥協拒否

 ・2017年のロシア提案の「憲法草案」を拒否したため、紛争の早期終結が実現しなかった。
 ・長期的な平和を構築する機会を逃し、現状をさらに悪化させた。
 ・現在では、反政府勢力がより厳しい条件を要求する可能性が高まり、交渉が難航している。

 6.総括

 ・危機の原因は複合的であり、軍事力強化や戦略見直しが不可欠である。
 ・対策を怠れば、さらなる悪化が予想される。

【引用・参照・底本】

The Five Reasons Why Syria Was Caught By Surprise Andrew Korybko's Newsletter 2024.11.30
https://korybko.substack.com/p/the-five-reasons-why-syria-was-caught?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=152353137&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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