アメリカの対パキスタン政策2025年04月13日 18:25

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【概要】

 アメリカの対パキスタン政策に関する米国内部の見解の相違と、それが国際情勢に与える影響について記述されている。焦点は、アメリカが今後もパキスタンの軍部支配層との関係を優先するのか、あるいはインドとの関係正常化を促進するために、民間主導の民主統治を支持するのかという点にある。

 2025年4月初頭、「Drop Site News」は「国務省と国防総省がインドおよび中国の将来をめぐり陰の政府(Deep State)と対立している」という内容の報道を行った。同報告によると、国務省および国防総省は、パキスタンにおける軍の支配から民間による民主統治への転換を望んでいるが、CIAは依然として軍部と治安機構を信頼できるパートナーと見なしている。

 この方針転換の背景には地政学的な理由がある。報告によれば、アメリカ・ファースト派の影響力が強まっており、パキスタンにおける民間統治の確立が、トランプ政権による対中戦略の実現を支援すると考えられている。民間政権がインドとの対立を解消すれば、インドは中国への対抗により集中できるというのがその論理である。

 具体的な方策は示されていないものの、アメとムチの政策が取られる可能性に言及している。対象となる政策分野には、アフガニスタンにおけるパキスタンの政治的立場(タリバン支配の弱体化)、同地域における対テロ活動、兵器売却、関税、ロシアとの貿易および投資などがある。

 パキスタンにとっての安全保障上の最大の脅威は、同国が指定したテロ組織がアフガニスタンに潜伏している疑いがあることである。したがって、パキスタンは隣国にこれら勢力の排除を要求し、拒否された場合には圧力をかける必要がある。アメリカからの政治的・軍事的支援がこの戦略には不可欠であり、それが得られなければ、アメリカがパキスタンを「ならず者国家」とみなす可能性がある。

 兵器供与に関しては、パキスタンは主に中国から装備を調達しているが、F-16戦闘機も運用している。アメリカが予備部品の供給停止や新規兵器の売却停止を行えば、それは長距離ミサイル開発への抗議という名目の下、実際には政治的変化を促す手段として機能する可能性がある。

 関税の面では、アメリカは年間約60億ドル(全輸出の18%)の輸出先であり、特に繊維産業がトランプ政権の貿易戦争によって大きな打撃を受けるとの見通しがある。これが新たな政治的不安につながる可能性がある。

 輸出先をアメリカから中国へ切り替えることは、経済的影響を緩和する一方で、米中間の対立に巻き込まれることになり、対米関係が悪化する可能性もある。これが軍事的圧力の口実となり、アメリカのインド重視の転換を加速させることも想定される。

 パキスタン側は、アメリカに見捨てられることを恐れており、それによる経済的混乱、大規模抗議、インドとの安全保障環境の悪化を懸念している。一方でアメリカも、核保有国であるパキスタンが中国の後ろ盾を得て“ならず者化”する事態を避けたいと考えており、双方の恐れが現状の均衡を維持している。

 ただし、パキスタンが中国にインド洋へのアクセスを提供していることで、アメリカの「アジアへの回帰」戦略が妨げられている。アメリカが中国のマラッカ海峡封鎖を行っても、中国はパキスタン経由で代替ルートを確保できるためである。

 このような中、パキスタンは中国から政治的・経済的・軍事的支援を受け、インドとの力の均衡を保っている。したがって、中国との関係を犠牲にしてアメリカとの関係改善を進めるには、安全保障上の代替策が必要である。

 その一つがロシアとの貿易・投資の拡大であり、仮に米露間の関係改善が進めば、アメリカが制裁を緩和する可能性もある。これにより中国との経済関係の縮小をある程度補うことができる。

 もう一つのシナリオは、カシミール問題の解決である。アメリカ・ファースト派は、パキスタンが民間主導の統治を実現すればインドとの和解が進むと考えており、それが経済的恩恵と安全保障上の安定につながるという見方がある。しかし、このシナリオはロシアとの経済協力拡大よりもさらに実現可能性が低いとされる。

 アメリカ内部の二つの勢力(国務省・国防総省 vs CIA)のせめぎ合いの詳細は公には明らかでなく、具体的な展開は不透明である。ただし、それぞれの利害と、変革を目指す勢力がどのような手段をとる可能性があるかについては推察されている。

 仮にCIAが主導権を握って現状維持が続く場合、トランプ政権は対中戦略の範囲縮小を迫られる可能性があり、アフガニスタンへの軍事関与も再燃しかねないという。2025年2月には、「パキスタン軍がトランプをアフガニスタンの戦争に引き戻そうとしている」との報道もあった。

 一方、アメリカの支援を得ることなくパキスタンが独断でアフガニスタンに軍事介入すれば、報復的に“ならず者化”するリスクもあるため、米国側には対応のジレンマがある。

 現在のパキスタンは軍部主導の体制を維持し、拘束中の前首相イムラン・カーン氏や野党への譲歩を拒んでおり、民主統治への移行は困難な状況である。したがって、CIAが米国内の政策競争に勝たない限り、米パキスタン関係の摩擦は今後も続く可能性が高い。

【詳細】

 1. 米国の対パキスタン政策を巡る内部対立

 アメリカでは、国務省および国防総省とCIAの間で、パキスタンとの将来的な関係性を巡る意見の相違が報じられている。

 Drop Site Newsの報告によると、前者はパキスタンにおける民主的な文民支配の強化を志向しており、軍主導の体制からの転換を模索している。他方、CIAは引き続きパキスタン軍および治安機関を「より信頼できるパートナー」と見なしており、現状維持を望んでいる。

 この対立は、アメリカの対中戦略の一環としての意味合いを持つ。すなわち、国務省と国防総省の立場は「アメリカ・ファースト派」とも関係し、パキスタンの民主化を通じてインドとの関係を正常化させ、中国を戦略的に封じ込める狙いがあるとされる。

 2. 民主化推進のための手段(示唆される「飴と鞭」)

 報告では具体的な方法こそ示されていないものの、米国がパキスタンに対して「飴と鞭(carrot-and-stick)」政策を展開する可能性があると暗示されている。以下の分野において圧力や誘因が用いられる可能性がある:

 ・アフガニスタン政策
 
 パキスタンは、タリバン支配下のアフガニスタンが国内反政府勢力を匿っていると見なしており、それを排除させるための米国の軍事・政治的支援を必要としている。だが、米国の協力を得られないまま行動に出た場合、パキスタンは「ならず者国家」として非難されるおそれがある。

 ・武器供与

 パキスタンは主に中国製兵器を装備しているが、F-16戦闘機など米国製兵器も運用している。米国が補修部品の供給を停止したり、新規売却を凍結したりする可能性があり、これが政治的圧力として機能しうる。

 ・貿易・関税

 米国はパキスタンにとって最大の輸出先(年間約60億ドル、全体の18%)である。トランプ政権下の関税措置は繊維産業に大きな打撃を与えると予想されており、経済危機や政治不安を誘発する可能性がある。

 ・対ロシア関係
 米国は、パキスタンとロシアの関係(貿易・投資)にも圧力をかけることで影響力を行使することができる。

 3. パキスタンの戦略的ジレンマ

 アメリカとの関係悪化が現実化すれば、パキスタンは次のような困難に直面する。

 ・経済・政治の連鎖崩壊
 
 米国市場からの排除や投資減退は経済危機を招き、大規模な国内抗議運動につながる可能性がある。

 ・地域安全保障の悪化

 米国の全面的支援を受けるインドとの軍事的緊張が高まる懸念がある。

 しかし米国もまた、核保有国であるパキスタンが「報復的に暴走する」事態を恐れており、両国は互いの「最悪のシナリオ」を恐れることで現状維持に傾いている。

 4. 中国とインドの地政学的連関

 パキスタンは、中国にとってインド洋への重要な出口を提供している。これにより中国はマラッカ海峡封鎖の際にも欧州・アフリカとの経済連絡を確保できるため、アメリカの「対中包囲網」を一部無効化している。

 パキスタンにとっても、中国からの支援(経済・軍事・政治)は、インドとのパワーバランスを保つ上で不可欠であり、米国との協調によって中国との関係が損なわれることには慎重にならざるを得ない。

 5. 二つの「譲歩の見返り」シナリオ

 ・対ロ関係の強化

 米国がロシアに対する制裁を一部解除(あるいは例外扱い)し、パキスタンの経済的補完を認める可能性。中国への依存を一部減らす効果が期待される。

 ・カシミール問題の解決

 アメリカ・ファースト派は、パキスタンが文民政権に移行すればインドとの対話が進み、対立が緩和されると見ている。だが、これは実現可能性がより低いとされている。

 6. 結末の不透明性と今後の影響

 アメリカ内部のどの派閥が勝利するかは依然として不明である。CIAが主導権を維持すれば、現状が継続されるが、「アジアへの再転換(Pivot back to Asia)」戦略は頓挫し、アフガニスタンへの再関与のリスクも高まる。

 一方で、国務省・国防総省の意向が通れば、パキスタンへの圧力は強まり、内政干渉的な形での変化が生じる可能性もある。その成否は、イムラン・カーン元首相への対応や、軍主導体制の今後にかかっている。

 結論

 本報告は、アメリカの対パキスタン政策が単なる二国間問題ではなく、米中対立、インド太平洋戦略、ロシアとの関係、アフガニスタン情勢など、複数のグローバルな文脈に交差していることを示している。

 その意味で、アメリカの内部動向とパキスタンの政局は、今後の世界秩序に大きな影響を与え得る重要なファクターとなっている。

【要点】 

 米国の対パキスタン政策における内部対立

 (1)アメリカ国内では、パキスタン政策をめぐって以下の対立があると報道されている

 ・国務省・国防総省:パキスタンの文民政権を支援し、軍主導の体制を改めさせたい(民主化志向)。

 ・CIA:パキスタン軍を引き続き主要パートナーとみなし、現体制との協力を優先(安定重視)。

 (2)この対立は、対中戦略の文脈で意味を持つ。国務省側はインドとの関係改善を通じて、中国包囲網を強化しようとしている。

 ・米国による圧力手段(飴と鞭)

  ⇨ 文民政権移行を促すため、米国が以下の分野で圧力をかける可能性がある

  ⇨ アフガニスタン政策:パキスタンが米国の支援なくタリバン政権に強硬策を取れば、「ならず者国家」扱いされる恐れがある。

  ⇨ 兵器供与:F-16など米国製装備の整備支援を停止する可能性があり、軍の即応性に影響。

  ⇨ 貿易関係:米国はパキスタン最大の輸出先。関税措置や市場制限は経済危機を招き得る。

  ⇨ 対ロ関係への干渉:ロシアとのエネルギー・穀物貿易への圧力により、中国依存を強める結果も。

 パキスタンのジレンマ

 ・アメリカとの関係悪化によって次のような問題が生じうる:

  ⇨ 経済危機・輸出減少・失業増加 → 国内での政情不安・抗議運動拡大。

  ⇨ 米国の支援を受けるインドとの軍事的緊張激化。

 ・ただし、米国側もパキスタンが核保有国であることから、圧力の限度をわきまえる必要がある。

 中国・インド・パキスタンの地政学的関係

 ・パキスタンは中国にとってインド洋への戦略的出口であり、海上シーレーン確保の要。

 ・米国はパキスタンをインド側に引き寄せることで、中国の対外展開を阻止しようとしている。

 ・一方で、パキスタンにとっては中国との関係維持が、インドとの軍事的均衡に不可欠である。

 パキスタンに対する譲歩の見返りシナリオ

 (1)対ロシア関係容認

 ロシアとの貿易を黙認することで、中国依存を相対的に緩和させる余地を与える。

 (2)カシミール問題の平和的解決支援:
 
 民主化を進めた暁に、インドとの関係改善を仲介する構想。ただし実現可能性は低いと見られている。

 今後の展開と世界的影響

 ・CIAが影響力を維持すれば現状維持に留まり、「アジア重視戦略」が停滞する恐れ。

 ・国務省・国防総省が主導権を握れば、パキスタンへの圧力が増し、体制変化が生じる可能性。

 ・パキスタン政局(とりわけイムラン・カーン元首相の扱い)が今後の対米関係の焦点。

 結論

 ・アメリカの対パキスタン政策は、単なる二国間問題にとどまらず、対中・対印・対露・対タリバン政策を含む複合的な戦略に深く関わっている。

 ・この問題の帰趨は、アジア全域における米国の影響力および新冷戦構造の今後に直接的な影響を及ぼし得る。

【引用・参照・底本】

The Future Of US-Pakistani Ties Is Uncertain Amidst Reported American Deep State Differences Andrew Korybko's Newsletter 2025.04.10
https://korybko.substack.com/p/the-future-of-us-pakistani-ties-is?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=161001603&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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