米国の歴史教育:「事実の積み上げ」ではなく、「政治的道具」として使われている2025年04月06日 11:15

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【概要】

 ➡️歴史の記憶と闘争の意義

 歴史において、抑圧された人々が血を流して勝ち取った権利や自由は、忘却されれば二度と再現されることはない。ゆえに、歴史の抹消は不平等や不正義への抵抗の再発を防ぐための手段として、権力者にとって都合が良いのである。

 ヘッジズの主張:歴史改ざんは支配の戦略

 クリス・ヘッジズは、ドナルド・トランプによる大統領令が、客観性や愛国心の名の下に歴史の改ざんを推進するものであり、実態としては権威主義的な支配戦略の一環であると非難している。

 この命令は、米国を「神に選ばれた正義の国家」として描き、過去の罪を抹消することで現在の不正義を正当化するものである。教育は真実の探究ではなく、国家神話を繰り返すプロパガンダと化している。

 ➡️中核的主張:歴史は真実ではなくイデオロギーに奉仕している

 ヘッジズの中心的な主張は、歴史が真実を伝えるものではなく、イデオロギーに奉仕する道具にされているという点である。

 先住民へのジェノサイド、奴隷制度の残虐性、構造的人種差別、労働運動の弾圧、帝国主義といった「不都合な真実」は、米国の偉大さを称える神話の形成のために意図的に削除されている。

 抑圧された人々の声を奪う企図

 このような歴史の再構成は、単なる記念碑や教科書の問題ではない。
それは、抑圧された人々の声そのものを封じ、彼らの闘争の正当性を否定することで、社会的記憶の中から消し去ろうとする試みである。

 ➡️民主主義への脅威

 記憶とアイデンティティの改ざんは、民主主義そのものへの重大な脅威である。
過去に対する誠実な向き合い(reckoning)なくして正義はなく、正義なくして民主主義は成立しない。

 したがって、歴史をめぐる闘いは過去だけでなく、未来をも賭けた闘争であり、真実を消し去ろうとする者たちは、過去が現在を変える力を持つことを恐れているのである。
 
【詳細】

 ジャーナリストであり社会批評家のクリス・ヘッジズによる米国歴史認識の改変に対する強烈な批判である。彼は、ドナルド・トランプ元大統領による「アメリカ史の真実と健全性の回復(RESTORING TRUTH AND SANITY TO AMERICAN HISTORY)」と題された大統領令を、権威主義体制の典型的なプロパガンダ手法と位置づけている。

 以下、各要素についてさらに詳しく解説する。

 1. 権威主義と歴史の捏造

 ヘッジズは、歴史の捏造はあらゆる権威主義体制の「常套手段」であると指摘する。例えば、過去の支配層(多くが白人男性)を神聖化し、彼らの暴力的・抑圧的な行動を隠蔽することで、現代の支配層の正当性を補強する構造を批判している。

 例:ジョージ・ワシントンが奴隷を所有し、先住民への軍事行動を行った事実が無視され、「英雄」としてのみ語られる。

 2. 教育の支配と「反教育」

 彼が特に警鐘を鳴らすのは、教育制度を利用した「思考の支配」である。ジェイソン・スタンリーの著作を引用しつつ、教育の掌握が政治文化を形成し、市民の無知と分断を生み出すと述べている。

 目的は「自ら考える力の剥奪」と「統一的な行動の不可能性の創出」、つまり、支配への無抵抗と狂信の同時育成である。

 3. 記念碑と象徴の再構築

 ヘッジズは、記念碑や祝日の利用が「市民宗教(civil religion)」の構築に使われていると論じる。これらは歴史の教育というよりも、忠誠の誓約であり、国家神話の維持装置である。

 例:南部連合指導者を讃えるストーンマウンテン、感謝祭、独立記念日などが「白人至上主義の象徴」として機能していると分析。

 4. 社会運動と歴史的記憶の抹消

 民衆による抵抗や改革運動――奴隷制度廃止、労働運動、公民権運動、反戦運動など――が、今や「危険」あるいは「不適切」とされ、教育や公共の場から排除されつつある。

 マーティン・ルーサー・キングJr.が「I Have a Dream」スピーチだけに限定され、急進的な社会批判者としての側面は忘れ去られることが象徴的。

 5. 記念碑破壊と象徴的対抗行動

 2020年のBlack Lives Matter運動を例に、過去の記念碑(ワシントン像、コロンブス像など)を破壊する行動は、単なる暴力ではなく、歴史の神話に対する「記憶の解体」として位置づけている。

 これらは「過去の嘘を解体する行為」であり、新たな歴史認識の構築を求めるものである。

 6. トランプの政治的象徴化と個人崇拝

 ヘッジズは、トランプに関する象徴的提案――ラシュモア山に顔を刻む、誕生日を祝日にする、新紙幣に肖像を載せる――を列挙し、それが民主主義の否定、そして権威主義的個人崇拝に通じると警告している。

 7. 真の歴史教育の必要性

 批判的歴史教育(例:クリティカル・レース・セオリー)は、白人支配の構造が偶然や努力の結果ではなく、制度的に構築され維持されてきたことを明らかにするものであり、それこそが民主主義に不可欠な「自己批判能力」であると強調している。

 8. 結語:歴史への恐怖

 最後にヘッジズは「抑圧者は常に被抑圧者の歴史を消し去ろうとする」と述べる。読み書きの禁止、記憶の破壊、英雄像の塗り替えは、過去に対する恐怖の表れである。

 歴史を知れば、人は現状の支配構造に疑問を持つ。だからこそ支配者は歴史を塗り替え、封じ込めようとする。

 総括

 このエッセイは、アメリカの歴史教育が「事実の積み上げ」ではなく、「政治的道具」として使われている現状を明らかにし、教育・記念碑・祝祭といった日常に潜む権力のイデオロギー装置への深い警鐘となっている。特に、トランプ政権の「健全な歴史観」の押し付けは、民主主義の根幹である自己批判能力と記憶を奪うものであり、真の意味での「アメリカの病巣」に迫る鋭い分析である。
  
【要点】 

 ➡️歴史改ざんの目的と構造

 ・権威主義体制では歴史の捏造が常套手段である。

 ・トランプ政権の「歴史の正常化」政策は、真実の隠蔽であり、白人支配層の正当化を目的とする。

 ・歴史から抑圧や不正を消し去り、「栄光ある国家神話」を形成することが支配の手段である。

 ➡️教育の支配と思想統制

 ・権威主義の第一歩は教育の掌握である。

 ・子どもたちに国家神話を教え、批判的思考を奪うことが狙い。

 ・教育の役割は真実の探求から忠誠の訓練へとすり替えられる。

 ➡️公共記念碑と祝祭による歴史の神話化

 ・記念碑や祝祭日は国家の神話を再確認させる装置として機能している。

 ・ストーンマウンテンなど南部連合を讃える像が今なお存在し、白人至上主義の象徴となっている。

 ・感謝祭や独立記念日も、植民地主義の暴力を隠す役割を果たしている。

 ➡️民衆の抵抗史の抹消

 ・奴隷解放、労働運動、公民権運動などの歴史が意図的に削除・軽視されている。

 ・民衆運動は「秩序破壊者」として扱われ、英雄の一面しか教えられない(例:キング牧師の過激な側面の無視)。

 ➡️記念碑破壊は歴史修正ではなく「歴史の回復」

 ・2020年のBLM運動による像の破壊は、神話に抗する記憶の回復行動である。

 ・国家が記憶を制御しようとするのに対し、民衆は忘却に抗っている。

 ➡️トランプによる個人崇拝の演出

 ・トランプをラシュモア山に加える、紙幣に肖像を載せる、祝日化するなどの提案がなされている。

 ・これらは独裁者的な個人崇拝の兆候であり、民主主義を危機にさらす。

 ➡️批判的歴史教育の重要性

 ・クリティカル・レース・セオリーのような教育は、制度的人種差別の構造を明らかにする。

 ・歴史教育は国家の正当性ではなく、過去の不正を理解し、現実を変える力を育てるべきである。

 ➡️歴史への恐怖が歴史の弾圧を生む

 ・権力は、過去の真実を知ることで民衆が目覚めることを恐れる。

 ・よって、記憶を破壊し、歴史の語り手を沈黙させようとする。

【参考】

 クリス・ヘッジスの著作について、批判的分析や各主張の裏付けとなる具体例を以下に示す。

 ✅『帝国の終焉』

 ・主張: ヘッジスは、現代社会においてメディアやエンターテイメントがいかにして実際の事実や教育から目を背けさせ、幻想を作り上げているかを批判している。彼は特に、アメリカにおける消費主義、虚構、そして無関心を指摘している。

 ・具体例: ヘッジスは、アメリカの大衆文化が戦争や貧困といった現実を隠蔽し、感情的で直感的な娯楽を提供することで、実際の社会的・政治的問題から目をそらせていると批判する。彼は、例えば「アメリカン・アイドル」のようなテレビ番組を取り上げ、これが視聴者に無意味な現実を見せ、彼らを「虚構の世界」に閉じ込める手段として機能していると説明している。

 ・批判的分析: ヘッジスのこの分析は、アメリカの文化が消費主義とメディアに支配される中で、知識と批判的思考が次第に無視されている点を鋭く指摘している。しかし、実際には、メディアとエンターテイメントが全て悪であるという過度な一般化には問題もあり、これらのメディアが時には社会問題に対する認識を深める場合もある。例えば、報道番組やドキュメンタリー映画などは、しばしば現実問題に対して深刻な議論を提供している。

 ✅『アメリカの終わり』

 ・主張: クリス・ヘッジスは、アメリカにおけるキリスト教右派の影響力が強まり、ファシズム的な傾向が広がっていると警告している。彼は、キリスト教右派が道徳的な絶対主義をもとに政治を左右し、民主主義の基本的な価値を脅かしていると論じている。

 ・具体例: ヘッジスは、ジョージ・W・ブッシュ政権下でのイラク戦争を例に挙げ、キリスト教右派が戦争支持を正当化するために「神の意思」を持ち出す様子を批判している。彼は、アメリカの宗教右派が戦争を「神の義務」として扱い、そのイデオロギーが広がることで、政治的・道徳的な価値観が歪められていると指摘している。

 ・批判的分析: ヘッジスのこの主張は、アメリカの政治における宗教の役割を批判しており、特にキリスト教右派の活動がどのように民主主義と政治的自由を危うくしているかに焦点を当てている。しかし、宗教と政治が絡み合う現象を完全に否定するのではなく、アメリカにおけるキリスト教の影響力を評価する視点が欠けている。例えば、宗教的な価値観が選挙活動や社会運動においても積極的な役割を果たしていることを考慮する必要がある。

 ✅『戦争の終わり』

 ・主張: 戦争は人々に意味を与える力を持つが、その代償として人間の精神を破壊する。ヘッジスは、戦争が人々を犠牲にし、無意味で無情な暴力を拡大し、結果的に社会に深刻な傷を残すことを強調している。

 ・具体例: ヘッジスは、自身がジャーナリストとしてイラク戦争に従事した経験を基に、戦争が人々にどのような心理的影響を及ぼすかを描いている。例えば、戦争を経験した兵士が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患う様子や、戦争によって人々が「何かを成し遂げた感覚」を抱く一方で、精神的な崩壊に直面する過程を詳細に述べている。

 ・批判的分析: ヘッジスの分析は戦争の破壊的影響に焦点を当てており、戦争の人間的代償を鮮明に描写している。しかし、戦争が人々に「意味」を与えるという点には、すべての兵士が同じ感覚を抱くわけではないという点を考慮する必要がある。戦争に参加した者の中には、家族や国家のために戦っていると感じる者も多く、これが精神的な強さや帰属意識を生むこともある。

 ✅『無知の帝国』

 ・主張: 現代アメリカ社会における無知とその政治的な影響を批判している。ヘッジスは、教育の崩壊と、それに伴う無知が社会や政治を動かす力を持っていると指摘している。

 ・具体例: ヘッジスは、アメリカの学校教育が競争主義と経済的利益に縛られており、真の知識や批判的思考を養うことが少なくなっている現状を批判する。彼は、アメリカの学生が世界史や政治についてほとんど知識を持たないままで卒業し、また一般市民が基本的な政治的知識を欠いていることが、民主主義の危機を生んでいると警告している。

 ・批判的分析: ヘッジスは、無知がアメリカの社会構造を支配していると断言しているが、教育の改革と改善を求める声も多く存在する。例えば、個々の教育機関やオンライン学習プラットフォームでは、批判的思考や分析的能力を養うプログラムが充実しており、ヘッジスの主張が必ずしも全体を代表しているわけではないことに留意すべきである。

 ✅結論

 クリス・ヘッジスは、アメリカ社会の様々な問題に鋭い批判を加えているが、その視点は必ずしも一面的ではない。彼の主張はしばしば深刻で影響力のある問題を扱っているが、そのアプローチには一部過度に一般化されている部分もあり、反証的な観点からの議論も重要である。

【参考はブログ作成者が付記】

【引用・参照・底本】

Chris Hedges: Restoring Lies to US History Consortium News 2025.04.05
https://consortiumnews.com/2025/04/05/chris-hedges-restoring-lies-to-us-history/?eType=EmailBlastContent&eId=1d5c2976-53bb-4a1f-a426-3a1dad883f43

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