台湾は取引の対象か2025年05月22日 23:47

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【概要】

 台湾の国際関係におけるリベラリズムとリアリズムの衝突、そして米国の役割に焦点を当てている。著者の韓非子(Han Feizi)は、米国が過去にリベラルなパートナーを見捨ててきた歴史があることを指摘し、台湾の運命がこれらのイデオロギーのどちらが国際関係の仲裁役となるかにかかっていると論じている。

 リベラリズムと台湾

台湾が「活気ある」民主主義として西洋メディアに頻繁に言及されていることを指摘し、世界のリベラルエリートの寵児となっていると述べている。台湾の民主進歩党(DPP)は、同性婚の合法化(2019年、アジア初)やLGBTQIA2S+の権利擁護など、「覚醒した進歩的なアジェンダ」を積極的に採用している。

 中国の軍事力増強

 一方で、中国は現実主義とハードパワーに賭けている。過去10年間で、中国人民解放軍(PLA)の軍事力は大幅に増強された。

 ・人民解放軍機による台湾防空識別圏(ADIZ)進入回数: 2022年から2023年には月間約150回だったが、2024年から2025年には月間300回に倍増した。

 ・人民解放軍海軍の艦艇数: 2015年の255隻から現在400隻に増加し、空母3隻、大型強襲揚陸艦4隻、小型揚陸艦8隻を含む。

 ・人民解放軍空軍の戦闘機数: 第4世代および第5世代戦闘機の数が2015年の約600機から現在1,600機に増加した。

 ・人民解放軍ロケット軍の弾道ミサイル数: 2015年の1,300発から現在3,000発以上に増加し、世界最大の兵器庫を誇る。

 ・新兵器の開発: 第6世代戦闘機の試作機2機の公開試験や、大型揚陸艇の展示など、最新鋭の兵器開発も進んでいる。

 台湾の防衛支出と戦略

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによると、台湾の防衛支出は中国と比べて大幅に減少している。

 ・1990年: 中国の防衛支出は台湾より71%多かった。

 ・2023年: 中国の防衛支出は台湾の18倍になった。

 ・GDPに占める防衛支出の割合: この期間に中国は2.4%から1.7%に減少したが、台湾は5.2%から2.1%に減少した。

 台湾が意図的に人民解放軍に対する信頼できる抑止力を構築しようとしていないと示唆している。これは、そのような抑止力の構築が人民解放軍の侵攻を誘発する可能性があるというパラドックス的な戦略に基づいている。

 米国の軍事力と信頼性

 米国は依然として防衛支出において中国を上回っているものの、その差は縮まっている。

 ・2024年: 米国の防衛支出は中国の3倍。

 ・1990年: 米国の防衛支出は中国の39倍。

 ・米海軍の艦艇数: 2000年の318隻から298隻に減少した。

 ・中国海軍の艦艇数: 2000年の110隻から400隻に増加した(ただし、総トン数では米海軍の方が大きい)。

 米国がアジアにおける軍事的優位性を失いつつあること、そして過去の紛争における同盟国を見捨ててきた歴史(ハンガリー1956年、チェコスロバキア1968年、南ベトナム1973年、アフガニスタン2021年など)を指摘し、台湾が米国に依存することのリスクを強調している。

 リアリズムと国際関係

 もしリアリズムが国際関係の究極の仲裁者であるならば、台湾の内部政治(例えば、頼清徳総統が独立志向であることやDPPの進歩的な政策)は外交政策に影響を与えないと主張している。軍事力の優位性、あるいは将来の軍事力の予測が、台湾がどのような外交政策を採るかを決定する。

 ドミノ効果と中国との再統一

 韓国、日本、台湾、フィリピンといった米国の同盟国が中国の海上国境沿いにドミノのように並んでおり、一つが倒れれば他の国々も倒れる可能性があると警告している。これらの国々が米国との同盟が長期的に維持不可能と判断し、中国との間でより良い条件を交渉する最初の国になる可能性を提示している。

 トランプと米国の役割

 ドナルド・トランプ元大統領のような取引主義的な指導者は、イデオロギーに縛られず、中国経済を阻害したり、米国の製造業への投資と米国債の購入と引き換えにアジアでの安全保障上の負担を軽減したりするような「大取引」を行う可能性があると指摘している。トランプの「統一」に関する発言(経済的統一を意味すると後に釈明された)や、頼清徳総統が「一つの中国」原則を企業の買収になぞらえた発言は、台湾の地位が交渉の対象となる可能性を示唆している。

 結論として、台湾の地位は常に交渉の対象であり、すべての行動や発言は、軍事衝突なしに合意を形成するための「巨大な駆け引き」の一部であると述べている。
 
【詳細】 

 リベラリズムと台湾の選択

 台湾が「活気ある民主主義」として、世界のリベラルなエリート層から支持を得ている点が強調されている。これは、台湾が同性婚の合法化など、「覚醒した(woke)進歩的アジェンダ」を積極的に採用していることに起因するとされています。このリベラルな姿勢は、台湾が国際システムは無政府状態ではないというリベラリズムの前提に立っており、米国という「より高次の権威」に訴えかけることができると考えていることを示唆している。

 中国の軍事増強とリアリズムの台頭

 一方で、中国はリアリズム、つまりハードパワーの追求に注力している。人民解放軍(PLA)の劇的な軍事力増強が具体的な数字と共に示されており、これは中国が軍事力の優位性が国際関係における最終的な決定要因であると考えていることの証左である。

 ・台湾海峡への圧力: 人民解放軍機による台湾防空識別圏(ADIZ)への侵入回数の増加や、南シナ海での人工島軍事化など、中国は「サラミ・スライシング」戦術を用いて現状変更の圧力を強めている。

 ・軍事費の対照: 台湾の防衛費がGDP比で減少している一方で、中国の防衛費は大幅に増加し、両者の軍事力の差は開く一方である。これは、台湾が人民解放軍を「信頼できる形で抑止」しようとしていないという皮肉な状況を生み出している。台湾のこの戦略は、過剰な軍備増強が中国の侵攻をかえって誘発しかねないという懸念に基づいていると分析されている。

 米国の信頼性と「リアリストな世界」の現実

 最も重要な論点の一つは、米国の同盟国としての信頼性に対する疑問符である。過去の事例(ハンガリー1956年、アフガニスタン2021年など)を挙げ、米国が「リベラルなパートナーを見捨ててきた長い歴史」があると指摘している。

 ・米国の軍事優位性の縮小: 米国の防衛費は依然として中国を上回るものの、その差は縮まっており、特に艦艇数や次世代戦闘機開発の遅れが指摘されている。また、南シナ海で米海軍が人民解放軍との衝突を避けて空母打撃群を撤退させた事例は、米国がアジアにおける軍事的優位性を失いつつあるという見方を裏付けている。

 ・「アメリカの友であることは致命的」: ヘンリー・キッシンジャーの言葉を引用し、米国に頼ることが台湾にとって「致命的」になる可能性を示唆している。もしリアリズムが国際関係の最終的な決定要因であるならば、台湾の政治体制や独立志向の有無に関わらず、軍事力の均衡が最終的な結論を導き出すと論じている。

 台湾の選択肢と「皇帝メーカー」の可能性

 台湾が取り得る選択肢を提示している。

 ・受動的な選択: 時間の経過と中国の国力増強に身を任せ、中国経済の崩壊や米国の技術革新、あるいは「神の介入」といった予期せぬ展開に救われることを期待する。

 ・積極的な選択: 事態を先取りし、自らが「皇帝メーカー」となり、習近平国家主席の傍らで特別な地位を交渉する。これは、台湾が中国との再統一交渉に積極的に乗り出すことを意味する。

 さらに、韓国、日本、フィリピンといった米国の同盟国もまた、米国との同盟関係が長期的に維持不可能と判断した場合、中国との独自の交渉を始める「皇帝メーカー」となる可能性があると指摘されている。特に、ドナルド・トランプのような「取引主義的な大統領」の存在は、米国がアジアにおける安全保障上の負担を軽減するために、中国との「大取引」を行う可能性を示唆しており、台湾の地位が交渉の俎上に載るという見方を強化している。

 結論と交渉の常態化

 最終的なメッセージは、「取引は、いずれにせよ行われるだろう」というものである。台湾の地位は常に交渉の対象であり、台湾の防衛費、外交的交流、中国の軍事行動のすべてが、軍事衝突なしに合意形成を目指す「巨大な駆け引き」の一部であると結論付けている。

 台湾の未来が、リベラルな価値観への固執だけでは決まらないという現実主義的な視点を提供している。国際関係におけるパワーバランスの変化、特に中国の台頭と米国の相対的衰退が、台湾に厳しい選択を迫っていることを示唆している。

【要点】
 
 1. 台湾のリベラルなスタンス

 ・「活気ある民主主義」: 西洋メディアから称賛され、世界のリベラルなエリートの寵児とされる。

 ・「覚醒した進歩的アジェンダ」: 民主進歩党(DPP)は同性婚合法化(アジア初)やLGBTQIA2S+の権利擁護を積極的に推進。

 ・米国への依存: 台湾は国際システムが無政府状態ではないと仮定し、米国という「高次の権威」に助けを求めるリベラリズム的なアプローチをとる。

 2. 中国の軍事力増強とリアリズムの追求

 (1)人民解放軍(PLA)の強化

 ・台湾防空識別圏(ADIZ)への侵入: 月間約150回から300回に倍増(2022/23年〜2024/25年)。

 ・海軍艦艇数: 2015年の255隻から現在400隻に増加(空母3隻、大型強襲揚陸艦4隻含む)。

 ・戦闘機数: 第4・5世代機が2015年の約600機から現在1,600機に増加。

 ・弾道ミサイル数: 2015年の1,300発から現在3,000発以上に増加し、世界最大規模。

 ・新兵器開発: 第6世代戦闘機試作機、大型揚陸艇などを公開。

 (2)中国の軍事費優位: 1990年には台湾の71%増だったが、2023年には18倍に拡大。GDP比では中国が1.7%(2.4%から減少)、台湾が2.1%(5.2%から減少)。

 (3)台湾の防衛戦略のパラドックス: 台湾はPLAに対する信頼できる抑止力を意図的に構築しようとしていない。これは、抑止力強化が逆にPLAの侵攻を誘発する恐れがあるため。

 3. 米国の信頼性とアジアにおけるパワーバランスの変化

 ・同盟国を見捨てる歴史: 米国は過去、ハンガリー(1956年)、チェコスロバキア(1968年)、南ベトナム(1973年)、アフガニスタン(2021年)などのリベラルなパートナーを見捨ててきた。

 ・軍事優位性の縮小: 米国の防衛費は中国の3倍だが、1990年の39倍からは大幅に減少。米海軍の艦艇数は減少、中国海軍は増加。米空軍の第6世代戦闘機開発は遅延。

 ・「アメリカの友であることは致命的」: ヘンリー・キッシンジャーの言葉を引用し、米国への過度な依存の危険性を警告。

 ・リアリズムの台頭: 軍事力の優位性、あるいは将来の軍事力予測が国際関係を決定し、台湾の国内政治(独立志向など)は外交政策に影響しないと主張。

 4. 台湾の選択肢と「皇帝メーカー」の可能性

 ・受動的な選択: 時間と中国の国力増強に身を任せ、中国経済の崩壊や米国の技術革新、あるいは「神の介入」といった不測の事態に望みを託す。

 ・積極的な選択: 自ら「皇帝メーカー」となり、習近平国家主席の傍らで特別な地位を交渉する。つまり、中国との再統一交渉に積極的に乗り出す。

 ・周辺国の動向: 韓国、日本、フィリピンといった米国の同盟国も、米国との同盟が長期的に維持不可能と判断し、中国との独自交渉を始める**「皇帝メーカー」**となる可能性がある。

 ・ドナルド・トランプの存在: 「取引主義的な大統領」であるトランプが、イデオロギーにとらわれず、アジアでの安全保障上の負担軽減と引き換えに中国と「大取引」を行う可能性を指摘。これにより、台湾の地位が交渉の対象となる可能性が高まる。

 5. 結論としての交渉

 ・台湾の地位は常に交渉の対象: 台湾の防衛費、外交的交流、中国の軍事行動のすべてが、軍事衝突なしに合意形成を目指す「巨大な駆け引き」の一部である。

 ・「取引は、いずれにせよ行われるだろう」: 最終的には何らかの形で合意が形成されると結論付けている。

【桃源寸評】💚

 中国から言わせれば、台湾は取引の対象ではない

 「中国から言わせれば、台湾は取引の対象ではない」という視点は、これまでの記事で示されたリアリズムと交渉の概念とは異なる、非常に重要な中国側の視点である。

 ・中国の「不可分の一部」という主張

 中国政府の公式な立場は、台湾は中華人民共和国の「不可分の一部」であり、主権の問題であって交渉の対象ではないというものである。これは「一つの中国原則」の核心であり、台湾が独立国家としての地位を持つことを一切認めない立場だ。

 この視点から見ると、台湾海峡における人民解放軍の活動は、主権国家としての領土保全を目的としたものであり、国際的な「交渉」のための圧力ではない。同様に、外国要人の台湾訪問や台湾の国際機関への参加は、中国の主権を侵害する行為とみなされ、強く非難される。

 ・「取引の対象」ではない理由

 中国にとって、台湾は政治的な「取引の対象」ではない。それは、歴史的、文化的、政治的な連続性を持つ中国という国家の構成要素であるという認識がある。したがって、台湾の地位を国際的な「交渉」や「駆け引き」の材料とすることは、中国の核心的利益を根本から否定する行為となる。

 この視点は、記事が提示する「台湾の地位は常に交渉の対象であり、すべての行動が巨大な駆け引きの一部である」というリアリズム的な分析と真っ向から対立する。

 中国側は、交渉の余地があるのは「統一の方法」であり、「統一されるかどうか」ではない、と主張している。

 ・認識のギャップ

 この中国側の強固な主張は、記事が示唆するような「取引」や「大取引」による解決の可能性を、少なくとも中国の公式な立場からは困難にしている。記事は、台湾がリアリズムの世界でいかに生き残るかという視点から分析を進めているが、中国の立場を考慮すると、単なるパワーバランスの変化だけでなく、「主権」という譲れない原則が、国際関係における台湾の未来を左右する極めて重要な要素となる。

 この認識のギャップこそが、台湾海峡の現状を複雑にし、潜在的な紛争のリスクを高めている根本的な原因の一つと言えるだろう。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Asia without America, part 3: liberal Taiwan in a realist world ASIA TIMES 2025.05.21
https://asiatimes.com/2025/05/asia-without-america-part-3-liberal-taiwan-in-a-realist-world/?utm_source=The+Daily+Report&utm_campaign=9ebb771975-DAILY_21_05_2025&utm_medium=email&utm_term=0_1f8bca137f-9ebb771975-16242795&mc_cid=9ebb771975&mc_eid=69a7d1ef3c#

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