欧州市場:労働力不足が深刻でロボット導入ニーズが高い2025年06月07日 14:47

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【概要】

 中国のロボットメーカーが、米中間の技術対立の激化によるリスクを背景に、欧州市場への進出を加速させている。Unitree Robotics をはじめとする中国ロボットメーカーは、BAT(Baidu、Alibaba、Tencent)などの中国大手テック企業の支援を受け、欧州で顧客やパートナーを積極的に開拓している。

 イギリスに拠点を置く中国ロボットメーカーの販売代理店である EnduX の創業者兼CEOであるアスカ・リウ氏によれば、多くの中国ロボット企業は依然として米国企業との連携を続けているが、地政学的な不安定さを背景に、欧州市場への関心が高まっているという。リウ氏は、中国と米国はそれぞれハードウェアとAI「ブレイン」に強みを持つため、補完的な協力関係を築くべきであると述べている。

 一方で、彼女は中国企業の一部が「すべての卵を1つのバスケットに入れる」ことを避けるため、欧州への注力を強めている点にも言及している。欧州は労働力不足を抱え、産業や農業におけるロボットの導入ニーズが高く、倫理・安全・基準において世界をリードする規制環境を備えているため、中国企業にとって魅力的な市場であると評価している。また、中国は電子部品の供給網が整っており、ロボットの試作から量産までを迅速に進める体制が整っているという。

 中国企業が注目する市場は、研究・教育、巡回・点検、接客・サービス、物品搬送、遠隔操作などである。特に遠隔操作によって、低賃金国の労働者が高コスト国の工場や店舗でロボットを遠隔的に操作する仕組みの活用が見込まれている。

 米国では、中国製ロボットに対する警戒が強まっている。2025年5月9日、米国下院の中国共産党に関する特別委員会は、Unitree製の「デュアルユース(軍民両用)」ロボットが国家安全保障上の脅威であるとして、同社と中国人民解放軍(PLA)との関係や、製品にバックドア(裏口機能)が仕込まれていないかを調査するよう求める超党派の書簡を提出した。委員会のジョン・ムーレナール委員長は、「これらのロボットは単なる道具ではなく、CCP(中国共産党)による潜在的な監視装置である」と指摘した。

 Autodiscovery社は、必要に応じてロボットのネットワーク機能を完全に無効化できるとウェブサイト上で明記している。

 技術力の面では、中国のUnitree G1と米国のBoston DynamicsのAtlasは共に高い機動力を持つが、Atlasの方がより複雑な作業に対応している。Autodiscoveryのマネージングディレクターであるアロン・キスディ氏によれば、工場内で重い物体や形状の異なる物を運搬できる能力が求められており、その点でAtlasは優れているという。Unitreeのプラットフォームは、標準状態ではそのようなソフトウェア機能が備わっていないため、顧客のニーズに応じて個別に実装しているとのことである。ただし、同氏は、2026年末から2027年初めには、改良されたソフトウェアを搭載したUnitree製ロボットを顧客に直接提供できるようになるとの見通しを示している。

 Atlasは販売されておらず、製造コストは50万~100万米ドルとされる。一方、UnitreeのG1は1万6000ドルで販売されており、価格面での優位性がある。リウ氏は「高級・低級」ではなく、それぞれ異なるバリューチェーン上にあると説明している。中国はハードウェアの製造と設計で世界をリードしており、コスト・品質・多様性において他国の追随を許さないとしている。電気自動車(EV)の部品供給網が充実している中国では、ヒューマノイドロボットの構成部品の40~60%をEV部品で賄うことが可能であり、これが中国の競争力となっている。

 EnduXは、Alibaba GroupやNIO Capitalが出資するLimX Dynamics、Tencent・BYD・Baiduが出資するAgiBot、Deep Robotics、Kepler Roboticsなどのロボットを販売している。

 中国国内ではグローバル市場でのコスト優位性を持つ一方で、国内企業間の競争も激化している。2025年5月29〜30日にロンドンで開催された「ヒューマノイド・サミット」では、UnitreeがH1ロボットを展示したが、デモンストレーションは行わなかった。一方、キングストン大学はG1ロボットを用いた簡単な動作を披露した。EnduXはLimXの二足歩行ロボット「TRON1」をデモし、不整地でもバランスを保つ能力を紹介した。

 北京のスタートアップ企業であるBooster Roboticsは、サッカーをするロボット「T1」と人間のダンサーとの共演によって注目を集めた。T1は身長1.2メートル、体重30キログラムで、G1の1.3メートル・35キログラムと比較される。

 Boosterのグローバル戦略責任者であるチャオイー・リ氏は、「Unitreeは素晴らしい企業で、優れた製品とマーケティングを行っている」と評価しつつも、自社製品との差別化を図る必要があると述べている。同社はソフトウェア開発にも注力しており、元Microsoftなどの大手企業出身者も多く在籍している。今後は、より高度な作業が可能となるロボット用の手の開発も進める方針である。
 
【詳細】 
 
 概要

 近年の米中間の技術摩擦の激化、特に国家安全保障に絡む分野における規制の強化を受け、中国のロボットメーカーは欧州市場への進出を加速させている。特にUnitree Robotics、LimX Dynamics、AgiBotなど、中国国内の主要企業やBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)系の出資を受けたロボット関連企業が、ロンドンを拠点とする販売代理店を通じて欧州のパートナーや顧客の開拓に力を入れている。

 欧州市場への注力

 EnduX社の創業者アスカ・リウ氏は、現在も中国と米国のロボット関連企業が協業を続けていると述べている。米国のAI企業 Physical Intelligence(略称 Pi)は、2024年に設立されたばかりであるが、中国のAgiBot社のロボットハードウェアを利用して自社のAI機能(ブレイン)を構築している。これは、ハードウェア面での中国の優位性と、ソフトウェア・AI面での米国の技術力を補完的に組み合わせた事例である。

 しかし、リウ氏はこうした協業が将来的に困難になる可能性を指摘しており、中国企業は米国の政治的リスクに備えて市場分散を図り、より安定した欧州市場に目を向けている。彼女は「欧州は労働力不足が深刻で、産業・農業の分野でロボットの導入余地が大きい。さらに、規制面でも倫理性・安全性・国際標準化において信頼できる地域である」と述べている。

 また、中国は電子機器やEVの分野で高度に発達したサプライチェーンを持つため、ロボットの試作(POC)から量産に至るまでの時間とコストを大幅に削減できる体制を整備している。この点も欧州市場への展開を後押しする要因である。

 米国での政治的リスクと規制圧力

 2025年5月、米国議会の中国共産党に関する特別委員会は、中国のUnitree社が製造するロボットが軍事転用(デュアルユース)の可能性を有するとの懸念を示し、調査を要請した。委員長のジョン・ムーレナール議員は、「中国人民解放軍(PLA)と関係がある企業のロボットが米国内の刑務所や陸軍の作戦で使用されているのは重大な問題である。これらは単なる機械ではなく、監視・情報収集・破壊活動の可能性を秘めた『トロイの木馬』になり得る」と指摘している。

 同様の安全保障上の懸念から、2022年にはHuaweiやZTEといった中国通信機器メーカーの米国市場での製品販売が禁止されており、2024年には中国製電気自動車(EV)にも同様の規制が検討された経緯がある。

 ヨーロッパでの現地適応と販売戦略

 イギリスのロボットディストリビューターであるAutodiscovery社は、中国製ロボットを販売するだけでなく、顧客のニーズに合わせてソフトウェアをカスタマイズするサービスも提供している。たとえば、ロボットに搭載されたネットワーク機能をすべて無効化することで、セキュアな環境での使用に対応している。

 Autodiscovery社のアロン・キスディ氏は、UnitreeのG1など中国製ロボットのハードウェア性能は高いが、工場内での重物運搬や複雑形状物の取り扱いなど、実務的な作業への対応にはソフトウェア開発が不可欠であると述べている。現時点ではBoston DynamicsのAtlasがその点で優れており、同社ではクライアントごとに追加開発を行って対応しているが、2026年末から2027年初めにかけては、標準機能として実装された製品を直接納入できるようにする予定である。

 コストパフォーマンスと競争力

 Unitree G1は、2025年に中国・杭州で行われた世界初のロボットキックボクシング大会で注目を集めた。価格は16,000米ドルであり、対照的にBoston DynamicsのAtlasは市販されておらず、製造コストは50万〜100万米ドルと推定されている。

 リウ氏によれば、「中国と米国のロボットは単純に『高級』『廉価』と分類すべきではなく、異なる役割・階層にある。中国は設計・製造の面で世界有数の水準にあり、多様性・価格競争力・品質の三点で他国を凌駕している」としている。また、ヒューマノイドロボットの構成部品の4〜6割はEVの部品と共通しており、EV産業での発展がロボット開発にも寄与しているとされる。

 欧州での展示・競合の動き

 2025年5月末にロンドンで開催された「ヒューマノイド・サミット」では、Unitree社がH1ロボットを展示したが、動作デモは行われなかった。一方で、キングストン大学はUnitree G1を使った簡易動作を披露し、EnduXはLimX社のTRON1ロボットを用いて不整地でのバランス維持能力を紹介した。

 このイベントでは、2023年創業の北京系スタートアップ、Booster Robotics社が注目を集めた。同社のT1ロボットは、サッカーのデモンストレーションや人間ダンサーとの共演を行い、観客の関心を集めた。T1は身長1.2m、体重30kgで、Unitree G1の1.3m・35kgと比較される。

 Booster社のグローバル展開責任者チャオイー・リ氏は、「Unitreeは優れた製品と市場での知名度を持つが、自社はより堅牢な製品を志向し、差別化を図っている」と述べた。また、同社は元Microsoftの技術者を含む経験豊富な開発陣を抱えており、将来的にはより複雑な作業に対応可能なロボット用の「手」の開発にも取り組む予定である。

【要点】 

 中国ロボットメーカーの欧州進出拡大

 ・米中技術戦争の激化で米国市場リスクが高まるため、欧州市場に注力。

 ・Unitree RoboticsやBAT系企業(Baidu、Alibaba、Tencent)支援の企業が欧州で販売・提携を強化。

 中国と米国のロボット技術協業

 ・米国のAI企業Physical Intelligence(Pi)は中国AgiBotのハードウェアを利用し、AI脳を開発。

 ・ハード(中国)とソフト(米国)の強みを組み合わせる協業が継続している。

 欧州市場の魅力

 ・労働力不足が深刻でロボット導入ニーズが高い。

 ・産業・農業分野でのロボット活用機会が豊富。

 ・規制面で倫理・安全・国際標準を重視し、信頼性が高い。

 ・中国の高度な電子サプライチェーンが試作から量産まで支える。

 米国での安全保障上の懸念と規制

 ・米議会の中国共産党委員会がUnitreeのロボットを「デュアルユース」兵器の可能性で調査要請。

 ・ロボットの遠隔操作機能を使ったスパイや破壊活動の懸念。

 ・過去にHuawei、ZTEの通信機器輸入禁止やEV輸入警告などの安全保障措置が実施済み。

 欧州での現地適応とカスタマイズ

 ・Autodiscovery社は中国製ロボットのネットワーク機能を無効化し、安全環境利用を支援。

 ・ソフトウェア面での顧客ニーズに合わせたカスタマイズを提供。

 ・2026〜2027年頃にソフトウェア強化済み製品の直接納入を計画。

 技術的差異と競争力

 ・Unitree G1はハード性能が高いが、複雑作業対応のソフトウェアは不足。

 ・米Boston DynamicsのAtlasは重い物体の精密移動など高度な作業が可能。

 ・Atlasは市販されておらず価格は数十万〜百万ドル、Unitree G1は約16,000ドルと価格差大。

 ・中国はハードウェア設計・製造に優れ、多様性・コストパフォーマンスで世界屈指。

 ・ヒューマノイドロボットの部品はEV産業の部品と多く共通し、EV産業の発展が強み。

 欧州展示会と国内競争

 ・2025年5月のロンドン・ヒューマノイド・サミットでUnitree、LimX、Booster Roboticsなどが参加。

 ・Booster RoboticsはT1ロボットのサッカーやダンスデモで注目を集める。

 ・Boosterは堅牢性やソフトウェア強化に注力、Microsoft出身者も開発に参画。

 ・自社製の高度な「手」の開発も計画。
 
【桃源寸評】🌍

 中国のロボットメーカーは国際的な規制リスクを回避しながら、欧州において技術的応用の深化と市場展開を進めており、同時に国内外での競争力強化に取り組んでいる現状が浮き彫りとなっている。

【寸評 完】🌺

【引用・参照・底本】

US Trojan horse alarms pushing China’s robots to Europe ASIA TIMMES 2025.06.06
https://asiatimes.com/2025/06/us-trojan-horse-alarms-pushing-chinas-robots-to-europe/#

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