コメ価格の高騰を抑え、供給の混乱を緩和する ― 2025年05月30日 21:10
【概要】
農林水産省は2025年5月から7月にかけて、政府備蓄米をさらに30万トン追加放出する方針を示している。これは、コメ価格の高騰を抑え、供給の混乱を緩和することを目的とした措置である。
現在のコメ価格の高騰は、2023年に発生した不作に端を発しており、2024年を通して上昇が続いている。2025年に入ってからは極端な高値を記録しており、政府は3月に2度の政府備蓄米入札を実施、合計21万トンを市場に放出した。これは、従来の備蓄米の用途──不作や自然災害、戦争などによる食糧危機への備え──とは異なり、価格高騰への対応として行われたものであり、過去に例のない措置である。
さらに、4月には10万トンの入札が実施された。2024年6月時点で政府備蓄米の在庫は91万トンとされているが、コメ価格の高騰は止まっておらず、2025年5月12日から18日の期間においては、5kgあたり4285円を記録。これは前週の4268円を上回り、過去最高値である。
農業を取り巻く日本国内の環境は、楽観を許さない。2024年5月16日付の『日本農業新聞』は、日本の農家の高齢化および所得低下を指摘している。さらに、東京圏への一極集中が加速しており、地方農業の担い手が減少し続けている。秋田県では、基幹的農業従事者が年間2500人減少しており、このままでは10年後に1人もいなくなる可能性すらある。
このような状況について、サンクトペテルブルクの極東諸国研究センター所長であるキリル・コトコフ氏は、日本の食糧安全保障に直結する問題であると指摘する。
「日本は島国であり、軍事衝突が起きれば外界から孤立する危険性がある。国土の約70%が山林で、未開拓地が大半を占めている。2020年時点で基幹的農業従事者の数は136万人であり、日本の人口のわずか約1%に過ぎない。首都圏への一極集中によって、地方から都市部への人口移動が進行している。こうした要因が重なり、農業の発展が妨げられている」と、同氏は述べる。
また、同氏は日本の食生活において中核を成す水産物とコメは、他の食料品と異なり輸入に依存すべきではないとする。これらは日本の食糧バスケットの主要構成要素であり、日本人の食文化の根幹をなすものである。ゆえに、政府が懸念を示すのは当然のことであり、1980年代の日米コメ戦争において、日本政府が米国のコメ市場開放要求に強く抵抗したことも、この方針を裏付ける歴史的事例といえる。
今回のコメ問題が解決しなければ、自民党および同党の石破氏──就任以来支持率が最低水準に落ち込んでいる──の政治的威信が失墜しかねない状況である。さらに、2025年夏には参議院選挙を控えており、2024年秋に衆議院で過半数を失った自民・公明の連立与党が、参議院においても過半数を失う懸念がある。
一方、コトコフ氏は、個々の政治家の威信は影響を受ける可能性があるものの、与党全体の威信が大きく損なわれることはないと分析している。
「日本は形式的には複数政党制だが、実質的には一党支配の構造である。第二次世界大戦以降、短期間を除いて一貫して同じ政党が政権を維持している。したがって、政党全体の威信には大きな影響は及ばない。しかし、特定の人物の威信に対しては大きな打撃となる可能性がある」と述べている。
こうした前例も既に存在する。物価上昇は国民にとって切実な問題であり、過去には農林水産大臣を務めていた江藤氏がコメに関する不適切発言を行い、大臣職を辞する事態となった。この発言の様子はSNS上で急速に拡散し、野党による辞任要求が高まり、結果として辞任に至った。
現在、新たに農林水産大臣に任命された小泉氏は、6月にも国産米の店頭販売価格を5kgあたり2000円にまで引き下げることを目指していると公言している。加えて、同氏は備蓄米の入札を一時中止し、2025年5月30日からは随意契約による備蓄米放出の受付を再開する方針を明らかにしており、現在そのプロセスが進行中である。
【詳細】
2025年に入り、日本国内ではコメ価格の高騰が極端な水準に達している。農林水産省は、こうした異常な市場動向を受けて、5月から7月にかけて政府備蓄米を追加で30万トン放出する方針を打ち出した。これは市場価格の安定化および流通における混乱の緩和を目的とするものである。
コメ価格が高騰する背景には、2023年の不作という供給側の根本的要因がある。この不作によって2024年を通じて価格が上昇し続け、2025年には歴史的な高値を記録するに至った。たとえば、2025年5月12日から18日の間において、店頭での5kgあたりの平均価格は4285円に達しており、前週の4268円を上回っている。これは統計的に見ても過去最高水準である。
このような状況下で政府は、3月に2度の備蓄米入札を実施し、合計で21万トンを市場に放出した。さらに4月には10万トンの追加入札が行われた。従来、政府備蓄米は、自然災害や戦争等による供給の途絶といった「非常時」への備えとして用意されていたものであり、価格高騰という市場現象への対応目的で放出されることは想定されていなかった。このような運用は、歴史的にも前例のない事態である。
2024年6月時点での備蓄米在庫量は91万トンとされていたが、相次ぐ放出によってその水準は着実に減少している。需給のバランスが崩れるなかで、市場価格の抑制効果は限定的であり、高値は依然として続いている。
農業の構造的問題も深刻である。2024年5月16日付の『日本農業新聞』は、日本の農家が高齢化および所得の低下という二重の課題に直面していることを指摘している。東京圏への人口集中が進行するなかで、地方の農業従事者は急減している。たとえば秋田県においては、基幹的農業従事者が年間約2500人ずつ減少しており、このまま推移すれば10年後には事実上ゼロになる可能性すらあるとされている。
こうした日本の食料生産体制の脆弱化について、サンクトペテルブルクの極東諸国研究センター所長キリル・コトコフ氏は、明確に「国家の食糧安全保障に関わる問題」であると述べている。
同氏は、「日本は島国であり、外的衝突が発生すれば海上輸送の遮断によって孤立する危険性が高い」と警鐘を鳴らしている。日本の国土の約70%が山林であり、可耕地の割合は限られている。また、2020年時点での基幹的農業従事者の数は約136万人であり、日本全人口の1%程度に過ぎない。これは、食糧自給体制としては極めて脆弱な構造である。
加えて、同氏は「魚介類およびコメは日本人の食生活の中核をなしており、これらを他国からの輸入に頼るべきではない」と指摘している。これらはいわゆる「食糧バスケット」の中核品目であり、文化的・栄養的にも国内供給の確保が求められる対象である。過去においても、1980年代には日米間で「コメ市場開放」を巡る外交的対立──いわゆる「日米コメ戦争」──が発生しており、日本政府は自国の食糧主権を守るために強硬な姿勢を貫いた歴史がある。
今回の騒動が政治的にも波及効果を及ぼしていることは否定できない。現政権は、2024年秋に衆議院での過半数を失っており、2025年夏に予定されている参議院選挙においても、自民・公明連立与党が過半数を維持できるか不透明な状況である。特に、就任以来支持率が低迷している石破氏にとって、コメ価格の問題は政治的威信に直結する重要課題となっている。
ただし、コトコフ氏は、「仮に個人の政治的威信が失墜したとしても、与党全体の政治的基盤には大きな影響は及ばない」との見解を示している。曰く、「日本は表面的には複数政党制を採用しているが、実質的には一党支配の構造が維持されている。第二次世界大戦以降、例外的な短期間を除けば常に同一の政党が政権を担ってきた。したがって、特定の人物に対する評価の変動が、直ちに政権交代には結び付かない」としている。
しかしながら、近年では個人の発言や行動がSNSを通じて即座に可視化され、政治的責任を問われる事例も増加している。直近では、前農林水産大臣である江藤氏が、コメに関する不適切な発言を行ったことで、野党および世論の強い批判を受け、大臣職を辞任する事態となった。この発言の様子が撮影された動画は、旧ツイッター(現X)を通じて瞬く間に拡散し、SNS上では炎上状態となった。
こうした経緯を受けて、新たに農林水産大臣に就任した小泉氏は、迅速な対策を講じている。早ければ6月にも、国産米の店頭価格を5kgあたり2000円に抑えるとの方針を示しており、備蓄米の入札を一時的に停止した上で、5月30日より随意契約による放出の受付を再開する意向を表明した。現在、そのプロセスは進行中である。
このように、現在のコメ価格騒動は単なる物価の問題にとどまらず、農業の構造的課題、地方の人口動態、外交安全保障、政権の安定性、さらには個別政治家の進退にまで波及する、極めて複合的かつ本質的な食糧安全保障の問題なのである。
【要点】
1.コメ価格高騰の現状
・2023年の不作を発端に、コメ価格は2024年を通じて上昇。
・2025年に入り、過去最高水準に達する。
例:2025年5月12日~18日、5kgあたり4285円(前週は4268円)。
・価格安定化を目的に、政府は5月~7月にかけて備蓄米を30万トン追加放出予定。
2.政府備蓄米の異例の放出
・2024年3月:備蓄米の入札を2回実施し、合計21万トンを売却。
・4月:追加で10万トンを入札。
・本来、備蓄米は自然災害や戦争など「非常時」対策用であり、価格対策目的での放出は異例。
・2024年6月時点の備蓄米在庫は91万トン。
3.日本農業の構造的問題
・農家の高齢化・低所得化が進行中。
・地方から都市への人口流出が加速。例:秋田県では基幹的農業従事者が毎年約2500人減少。
・将来的に農業担い手が枯渇するリスクが高まっている。
4.食糧安全保障としてのコメ問題
・キリル・コトコフ所長の見解
日本は島国であり、軍事衝突等で孤立する危険がある。
国土の70%が山林で耕地が限られる。
基幹的農業従事者は2020年時点で約136万人(人口の1%)。
コメと水産物は日本の食生活の基盤であり、輸入依存は望ましくない。
歴史的背景:1980年代の「日米コメ戦争」で日本政府は市場開放に強く抵抗。
5.政治的影響
・自民・公明連立政権は2024年秋に衆議院で過半数割れ。
・2025年夏には参議院選挙を控える。
・石破首相の支持率は就任以来最低。コメ問題の対応次第で政権の評価が左右される可能性。
6. 与党と個人の威信
・コトコフ氏の見解
日本は事実上一党支配体制。政党の威信は大きく揺らがない。
ただし、特定の政治家個人の威信や進退には影響が及ぶ可能性がある。
7.江藤前農水相の辞任とSNSの影響
・前農水相・江藤氏がコメに関する不適切発言。
・発言動画がX(旧Twitter)で拡散し、SNSが炎上。
・野党が辞任を要求し、結果的に大臣職を辞任。
8.小泉新農水相の対応策
・店頭価格を5kgあたり2000円に抑えることを目指すと発表(早ければ6月)。
・備蓄米の入札を一時中止。
・2025年5月30日から随意契約による備蓄米放出を再開予定。
・現在、随意契約の手続きが進行中。
【桃源寸評】
随意契約
「随意契約(ずいいけいやく)」とは、競争入札を経ずに、発注者(この場合は政府)が任意に契約の相手方を選定して結ぶ契約方式である。公共調達における契約方法の一つであり、日本の「会計法」および「財政法」に基づき、一定の条件下で実施が認められている。
随意契約の概要
・定義:原則として競争入札を行わず、発注者が特定の業者と直接契約する方式。
・根拠法令:会計法第29条の3、財政法第29条など。
・契約対象者の選定:行政機関が合理的な理由に基づき、任意に決定する。
・透明性と公正性の確保が課題となるため、通常は例外的な方法とされている。
随意契約が認められる主な条件
・緊急性:災害、物価の異常変動など、速やかな対応が必要な場合。
・唯一性:契約対象物の製造・販売が特定の業者しかできない場合(例:独占品、専門性が高い技術等)。
・少額契約:一定金額以下の小規模契約(省庁ごとに上限額あり)。
・継続契約:継続して業務委託している相手と更新する場合など。
コメ備蓄米放出における随意契約の意味
今回のケースでは、コメ価格の異常高騰により迅速かつ柔軟な対応が求められる中、以下の理由から「随意契約」が選択されたと考えられる。
・入札では時間がかかり、価格がさらに高騰するリスクがあるため。
・市場への速やかな供給確保を優先する政策的判断。
・過去の入札結果を踏まえ、入札価格が高騰する傾向に歯止めがかからなかったため、価格統制をしやすい随意契約方式に切り替えた。
メリット・デメリット
項目 内容
メリット ・迅速な契約が可能
・調整しやすく、政策対応に柔軟
・緊急時に即応性を確保できる
デメリット ・透明性の低下
・価格競争が働かず、コスト増の恐れ
・業者選定に偏りが出る可能性
総括
随意契約は、原則として例外的な手段であり、公的資金を用いる以上、その透明性・公平性・説明責任が常に問われるものである。今回の備蓄米放出における随意契約は、コメの異常な高騰という「非常事態」に対処するため、政策的な柔軟性を優先した措置といえる。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
【視点】コメ価格騒動は、まさに食糧安全保障の問題 sputnik international 2025.05.29
https://x.com/i/web/status/1928020680051937362
農林水産省は2025年5月から7月にかけて、政府備蓄米をさらに30万トン追加放出する方針を示している。これは、コメ価格の高騰を抑え、供給の混乱を緩和することを目的とした措置である。
現在のコメ価格の高騰は、2023年に発生した不作に端を発しており、2024年を通して上昇が続いている。2025年に入ってからは極端な高値を記録しており、政府は3月に2度の政府備蓄米入札を実施、合計21万トンを市場に放出した。これは、従来の備蓄米の用途──不作や自然災害、戦争などによる食糧危機への備え──とは異なり、価格高騰への対応として行われたものであり、過去に例のない措置である。
さらに、4月には10万トンの入札が実施された。2024年6月時点で政府備蓄米の在庫は91万トンとされているが、コメ価格の高騰は止まっておらず、2025年5月12日から18日の期間においては、5kgあたり4285円を記録。これは前週の4268円を上回り、過去最高値である。
農業を取り巻く日本国内の環境は、楽観を許さない。2024年5月16日付の『日本農業新聞』は、日本の農家の高齢化および所得低下を指摘している。さらに、東京圏への一極集中が加速しており、地方農業の担い手が減少し続けている。秋田県では、基幹的農業従事者が年間2500人減少しており、このままでは10年後に1人もいなくなる可能性すらある。
このような状況について、サンクトペテルブルクの極東諸国研究センター所長であるキリル・コトコフ氏は、日本の食糧安全保障に直結する問題であると指摘する。
「日本は島国であり、軍事衝突が起きれば外界から孤立する危険性がある。国土の約70%が山林で、未開拓地が大半を占めている。2020年時点で基幹的農業従事者の数は136万人であり、日本の人口のわずか約1%に過ぎない。首都圏への一極集中によって、地方から都市部への人口移動が進行している。こうした要因が重なり、農業の発展が妨げられている」と、同氏は述べる。
また、同氏は日本の食生活において中核を成す水産物とコメは、他の食料品と異なり輸入に依存すべきではないとする。これらは日本の食糧バスケットの主要構成要素であり、日本人の食文化の根幹をなすものである。ゆえに、政府が懸念を示すのは当然のことであり、1980年代の日米コメ戦争において、日本政府が米国のコメ市場開放要求に強く抵抗したことも、この方針を裏付ける歴史的事例といえる。
今回のコメ問題が解決しなければ、自民党および同党の石破氏──就任以来支持率が最低水準に落ち込んでいる──の政治的威信が失墜しかねない状況である。さらに、2025年夏には参議院選挙を控えており、2024年秋に衆議院で過半数を失った自民・公明の連立与党が、参議院においても過半数を失う懸念がある。
一方、コトコフ氏は、個々の政治家の威信は影響を受ける可能性があるものの、与党全体の威信が大きく損なわれることはないと分析している。
「日本は形式的には複数政党制だが、実質的には一党支配の構造である。第二次世界大戦以降、短期間を除いて一貫して同じ政党が政権を維持している。したがって、政党全体の威信には大きな影響は及ばない。しかし、特定の人物の威信に対しては大きな打撃となる可能性がある」と述べている。
こうした前例も既に存在する。物価上昇は国民にとって切実な問題であり、過去には農林水産大臣を務めていた江藤氏がコメに関する不適切発言を行い、大臣職を辞する事態となった。この発言の様子はSNS上で急速に拡散し、野党による辞任要求が高まり、結果として辞任に至った。
現在、新たに農林水産大臣に任命された小泉氏は、6月にも国産米の店頭販売価格を5kgあたり2000円にまで引き下げることを目指していると公言している。加えて、同氏は備蓄米の入札を一時中止し、2025年5月30日からは随意契約による備蓄米放出の受付を再開する方針を明らかにしており、現在そのプロセスが進行中である。
【詳細】
2025年に入り、日本国内ではコメ価格の高騰が極端な水準に達している。農林水産省は、こうした異常な市場動向を受けて、5月から7月にかけて政府備蓄米を追加で30万トン放出する方針を打ち出した。これは市場価格の安定化および流通における混乱の緩和を目的とするものである。
コメ価格が高騰する背景には、2023年の不作という供給側の根本的要因がある。この不作によって2024年を通じて価格が上昇し続け、2025年には歴史的な高値を記録するに至った。たとえば、2025年5月12日から18日の間において、店頭での5kgあたりの平均価格は4285円に達しており、前週の4268円を上回っている。これは統計的に見ても過去最高水準である。
このような状況下で政府は、3月に2度の備蓄米入札を実施し、合計で21万トンを市場に放出した。さらに4月には10万トンの追加入札が行われた。従来、政府備蓄米は、自然災害や戦争等による供給の途絶といった「非常時」への備えとして用意されていたものであり、価格高騰という市場現象への対応目的で放出されることは想定されていなかった。このような運用は、歴史的にも前例のない事態である。
2024年6月時点での備蓄米在庫量は91万トンとされていたが、相次ぐ放出によってその水準は着実に減少している。需給のバランスが崩れるなかで、市場価格の抑制効果は限定的であり、高値は依然として続いている。
農業の構造的問題も深刻である。2024年5月16日付の『日本農業新聞』は、日本の農家が高齢化および所得の低下という二重の課題に直面していることを指摘している。東京圏への人口集中が進行するなかで、地方の農業従事者は急減している。たとえば秋田県においては、基幹的農業従事者が年間約2500人ずつ減少しており、このまま推移すれば10年後には事実上ゼロになる可能性すらあるとされている。
こうした日本の食料生産体制の脆弱化について、サンクトペテルブルクの極東諸国研究センター所長キリル・コトコフ氏は、明確に「国家の食糧安全保障に関わる問題」であると述べている。
同氏は、「日本は島国であり、外的衝突が発生すれば海上輸送の遮断によって孤立する危険性が高い」と警鐘を鳴らしている。日本の国土の約70%が山林であり、可耕地の割合は限られている。また、2020年時点での基幹的農業従事者の数は約136万人であり、日本全人口の1%程度に過ぎない。これは、食糧自給体制としては極めて脆弱な構造である。
加えて、同氏は「魚介類およびコメは日本人の食生活の中核をなしており、これらを他国からの輸入に頼るべきではない」と指摘している。これらはいわゆる「食糧バスケット」の中核品目であり、文化的・栄養的にも国内供給の確保が求められる対象である。過去においても、1980年代には日米間で「コメ市場開放」を巡る外交的対立──いわゆる「日米コメ戦争」──が発生しており、日本政府は自国の食糧主権を守るために強硬な姿勢を貫いた歴史がある。
今回の騒動が政治的にも波及効果を及ぼしていることは否定できない。現政権は、2024年秋に衆議院での過半数を失っており、2025年夏に予定されている参議院選挙においても、自民・公明連立与党が過半数を維持できるか不透明な状況である。特に、就任以来支持率が低迷している石破氏にとって、コメ価格の問題は政治的威信に直結する重要課題となっている。
ただし、コトコフ氏は、「仮に個人の政治的威信が失墜したとしても、与党全体の政治的基盤には大きな影響は及ばない」との見解を示している。曰く、「日本は表面的には複数政党制を採用しているが、実質的には一党支配の構造が維持されている。第二次世界大戦以降、例外的な短期間を除けば常に同一の政党が政権を担ってきた。したがって、特定の人物に対する評価の変動が、直ちに政権交代には結び付かない」としている。
しかしながら、近年では個人の発言や行動がSNSを通じて即座に可視化され、政治的責任を問われる事例も増加している。直近では、前農林水産大臣である江藤氏が、コメに関する不適切な発言を行ったことで、野党および世論の強い批判を受け、大臣職を辞任する事態となった。この発言の様子が撮影された動画は、旧ツイッター(現X)を通じて瞬く間に拡散し、SNS上では炎上状態となった。
こうした経緯を受けて、新たに農林水産大臣に就任した小泉氏は、迅速な対策を講じている。早ければ6月にも、国産米の店頭価格を5kgあたり2000円に抑えるとの方針を示しており、備蓄米の入札を一時的に停止した上で、5月30日より随意契約による放出の受付を再開する意向を表明した。現在、そのプロセスは進行中である。
このように、現在のコメ価格騒動は単なる物価の問題にとどまらず、農業の構造的課題、地方の人口動態、外交安全保障、政権の安定性、さらには個別政治家の進退にまで波及する、極めて複合的かつ本質的な食糧安全保障の問題なのである。
【要点】
1.コメ価格高騰の現状
・2023年の不作を発端に、コメ価格は2024年を通じて上昇。
・2025年に入り、過去最高水準に達する。
例:2025年5月12日~18日、5kgあたり4285円(前週は4268円)。
・価格安定化を目的に、政府は5月~7月にかけて備蓄米を30万トン追加放出予定。
2.政府備蓄米の異例の放出
・2024年3月:備蓄米の入札を2回実施し、合計21万トンを売却。
・4月:追加で10万トンを入札。
・本来、備蓄米は自然災害や戦争など「非常時」対策用であり、価格対策目的での放出は異例。
・2024年6月時点の備蓄米在庫は91万トン。
3.日本農業の構造的問題
・農家の高齢化・低所得化が進行中。
・地方から都市への人口流出が加速。例:秋田県では基幹的農業従事者が毎年約2500人減少。
・将来的に農業担い手が枯渇するリスクが高まっている。
4.食糧安全保障としてのコメ問題
・キリル・コトコフ所長の見解
日本は島国であり、軍事衝突等で孤立する危険がある。
国土の70%が山林で耕地が限られる。
基幹的農業従事者は2020年時点で約136万人(人口の1%)。
コメと水産物は日本の食生活の基盤であり、輸入依存は望ましくない。
歴史的背景:1980年代の「日米コメ戦争」で日本政府は市場開放に強く抵抗。
5.政治的影響
・自民・公明連立政権は2024年秋に衆議院で過半数割れ。
・2025年夏には参議院選挙を控える。
・石破首相の支持率は就任以来最低。コメ問題の対応次第で政権の評価が左右される可能性。
6. 与党と個人の威信
・コトコフ氏の見解
日本は事実上一党支配体制。政党の威信は大きく揺らがない。
ただし、特定の政治家個人の威信や進退には影響が及ぶ可能性がある。
7.江藤前農水相の辞任とSNSの影響
・前農水相・江藤氏がコメに関する不適切発言。
・発言動画がX(旧Twitter)で拡散し、SNSが炎上。
・野党が辞任を要求し、結果的に大臣職を辞任。
8.小泉新農水相の対応策
・店頭価格を5kgあたり2000円に抑えることを目指すと発表(早ければ6月)。
・備蓄米の入札を一時中止。
・2025年5月30日から随意契約による備蓄米放出を再開予定。
・現在、随意契約の手続きが進行中。
【桃源寸評】
随意契約
「随意契約(ずいいけいやく)」とは、競争入札を経ずに、発注者(この場合は政府)が任意に契約の相手方を選定して結ぶ契約方式である。公共調達における契約方法の一つであり、日本の「会計法」および「財政法」に基づき、一定の条件下で実施が認められている。
随意契約の概要
・定義:原則として競争入札を行わず、発注者が特定の業者と直接契約する方式。
・根拠法令:会計法第29条の3、財政法第29条など。
・契約対象者の選定:行政機関が合理的な理由に基づき、任意に決定する。
・透明性と公正性の確保が課題となるため、通常は例外的な方法とされている。
随意契約が認められる主な条件
・緊急性:災害、物価の異常変動など、速やかな対応が必要な場合。
・唯一性:契約対象物の製造・販売が特定の業者しかできない場合(例:独占品、専門性が高い技術等)。
・少額契約:一定金額以下の小規模契約(省庁ごとに上限額あり)。
・継続契約:継続して業務委託している相手と更新する場合など。
コメ備蓄米放出における随意契約の意味
今回のケースでは、コメ価格の異常高騰により迅速かつ柔軟な対応が求められる中、以下の理由から「随意契約」が選択されたと考えられる。
・入札では時間がかかり、価格がさらに高騰するリスクがあるため。
・市場への速やかな供給確保を優先する政策的判断。
・過去の入札結果を踏まえ、入札価格が高騰する傾向に歯止めがかからなかったため、価格統制をしやすい随意契約方式に切り替えた。
メリット・デメリット
項目 内容
メリット ・迅速な契約が可能
・調整しやすく、政策対応に柔軟
・緊急時に即応性を確保できる
デメリット ・透明性の低下
・価格競争が働かず、コスト増の恐れ
・業者選定に偏りが出る可能性
総括
随意契約は、原則として例外的な手段であり、公的資金を用いる以上、その透明性・公平性・説明責任が常に問われるものである。今回の備蓄米放出における随意契約は、コメの異常な高騰という「非常事態」に対処するため、政策的な柔軟性を優先した措置といえる。
【寸評 完】
【引用・参照・底本】
【視点】コメ価格騒動は、まさに食糧安全保障の問題 sputnik international 2025.05.29
https://x.com/i/web/status/1928020680051937362