VOAの独立性が試されている2025年03月02日 20:14

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【概要】
 
 アメリカ合衆国の連邦政府が資金提供する国際放送局「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の独立性が試されている。近年、VOAの親機関である「米国グローバルメディア局(USAGM)」は、トランプ大統領に対する批判的な報道を行ったり、公の場で批判的な発言をしたとされるジャーナリストに対し、人事調査を開始している。

 VOAの数名の職員によると、トランプ氏およびその政権に対する批判を含む記事が最近になって公開されなかったり、内容が変更された事例がある。また、VOAの著名なジャーナリストであるスティーブン・ハーマン氏が、SNS上で反汚職団体の発言を引用し、米国国際開発庁(USAID)の予算削減を批判したことで、長期の「特別休暇」に入るよう命じられた。USAGMはハーマン氏のSNS投稿がVOAの客観性や信頼性を損なった可能性があるとして調査を進めている。

 さらに、VOAのホワイトハウス担当記者パツィー・ウィダクスワラ氏も、担当部署の変更を命じられた。職員の一部は、これはトランプ政権との摩擦を避けるための措置であると考えているが、VOAの関係者はこれを否定している。

 トランプ政権は、メディアに対する圧力を強めており、政府の方針に反する報道を行うメディアを締め出す動きも見られる。例えば、ホワイトハウスは一部のメディアを報道陣プールから除外し、AP通信が「メキシコ湾」の名称を「アメリカ湾」と変更しないことを理由に、同社の記者をホワイトハウスのイベントから排除した。また、連邦通信委員会(FCC)は、報道機関が「公共の利益に適合しているかどうか」を調査するとしている。

 トランプ氏はVOAの新たな指導者として、元ニュースキャスターで共和党の上院選候補だったカリ・レイク氏を指名した。レイク氏はVOAを「トランプ支持のメディア」にするつもりはないとしつつも、「トランプ嫌悪症(T.D.S.)」にはならないと発言している。現在、レイク氏は正式な承認を待つ間、VOAおよびUSAGMの上級顧問として指名されている。

 また、トランプ氏はUSAGMの新局長として、保守派の活動家であるブレント・ボーゼル氏を指名しており、上院の承認を待っている。VOAのジャーナリストの間では、すでに政権による締め付けが始まっているとの懸念が広がっている。

 VOAの編集方針に対する監視は、過去にも問題視されていた。2020年には、トランプ政権が任命したマイケル・パック氏がUSAGMを率いた際、VOAを政権寄りのメディアに変えようとしたとして批判された。連邦裁判所は、パック氏の行為がVOAのジャーナリストの「言論の自由」を侵害していると判断し、後に連邦政府の調査では、パック氏が権限を乱用し、トランプ政権への忠誠が不足していると見なした幹部職員を排除していたことが判明した。

 こうした状況の中で、VOAの職員らは、報道の自由と独立性の維持が危機に瀕していると懸念している。

【詳細】
 
 ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、アメリカ合衆国政府が資金提供する国際放送局であり、世界中で約50の言語で放送を行っている。

 2024年12月、トランプ次期大統領は、元ニュースキャスターであり、熱心な支持者であるカリ・レイク氏をVOAの次期長官に指名する意向を表明した。

 レイク氏は、2022年のアリゾナ州知事選挙および2024年の上院議員選挙に立候補したが、いずれも敗北している。

 彼女はトランプ氏の主張する2020年大統領選挙における不正選挙の主張を支持しており、報道機関に対して批判的な姿勢を示している。

 トランプ氏は、レイク氏の指名により、VOAが「自由とリバティというアメリカの価値観を世界中に公正かつ正確に伝える」ことを期待していると述べている。

 しかし、レイク氏の指名には、VOAの独立性や報道の自由に対する懸念が広がっている。

 トランプ政権の1期目には、VOAの親機関である米国グローバルメディア庁(USAGM)のトップにマイケル・パック氏が就任し、幹部職員の解雇やジャーナリストへの忠誠度テストの導入など、報道機関としての独立性に対する攻撃が行われた。
これらの行為は後に違法であると認定されている。

 VOAの独立性を維持するため、2020年に改革が行われ、VOAの長官の任命にはUSAGM長官と超党派の理事会の同意が必要となった。

 しかし、トランプ氏がこのプロセスをどのように進めるか、またVOAの独立性に対してどのような影響を与えるかについては不透明である。

 これらの動きにより、VOAのジャーナリストや関係者の間では、報道の自由と独立性の維持に対する懸念が高まっている。

【要点】

 1.VOA(ボイス・オブ・アメリカ)

 ・アメリカ政府が資金提供する国際放送局
 ・約50の言語で放送を実施

 2.カリ・レイク氏の指名

 ・トランプ次期大統領がVOAの長官に指名する意向を表明(2024年12月)
 ・元ニュースキャスターであり、トランプ支持者
 ・2022年アリゾナ州知事選・2024年上院選で敗北
 ・2020年大統領選の不正選挙説を支持

 3.トランプ氏の狙い

 ・VOAを通じて「自由とリバティの価値を世界へ伝える」と主張
 ・一方で、報道の自由やVOAの独立性への懸念が浮上

 4.トランプ政権1期目のVOA介入

 ・2020年、米国グローバルメディア庁(USAGM)の長官にマイケル・パック氏を任命
 ・幹部解雇・忠誠度テスト導入などの報道介入
 ・その後、違法と認定

 5.VOAの独立性確保のための改革(2020年)

 ・長官任命にはUSAGM長官+超党派理事会の同意が必要に
 ・しかし、トランプ氏がこの手続きをどう進めるか不透明

 6.今後の懸念

 ・VOAのジャーナリストや関係者の間で独立性への懸念が高まる
 ・トランプ政権下で報道の自由が制限される可能性

【引用・参照・底本】

Voice of America Journalists Face Investigations for Trump Comments The New York Times 2025.02.28
https://www.nytimes.com/2025/02/28/business/voice-of-america-trump.html

NASAのスターライナー宇宙船の問題と中国の技術的ブレークスルー2025年03月02日 20:29

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【概要】
 
 中国の研究者が、NASAの宇宙船スターライナーのヘリウム漏れ問題を応用し、新たな推進技術を開発した。この技術は、軍事および宇宙開発の分野において大きな影響を与える可能性がある。

 NASAの宇宙飛行士2名は、2024年6月以来、国際宇宙ステーション(ISS)に留まっている。彼らが搭乗したボーイングのスターライナー宇宙船は、スラスターシステムのヘリウム漏れにより正常な運用が困難になった。ヘリウムは液体ロケット燃料を加圧するために使用されるが、この問題によってロケットエンジンの脆弱性が露呈した。

 この状況を受けて、中国の研究者はヘリウムの特性を活用し、固体燃料ロケットの推進力を向上させる技術を開発した。ハルビン工程大学の航空宇宙研究者である楊則南(Yang Zenan)を中心とするチームは、ヘリウムを微小な孔を通じて固体ロケットモーターに注入することで、推力を大幅に増強できることを発見した。

 研究成果は、2025年2月に中国の学術誌「Acta Aeronautica et Astronautica Sinica」に発表された。それによると、燃焼ガスに対して最適なヘリウムの比率(1:4)を維持することで、比推力が5.77%向上し、調整可能なヘリウム注入により推力を300%まで増大させることが可能であるという。

 さらに、この技術は熱的なステルス性を向上させる効果もある。冷却されたヘリウムが排気ガスの温度を最大1,327℃(2,420℉)低下させることにより、排気の赤外線放射が抑えられ、赤外線ミサイル警戒衛星による探知を困難にすることがシミュレーションで示された。

 この技術の実用化が進めば、従来の固体燃料ロケットの性能を大幅に向上させるとともに、軍事用途においてミサイルの探知回避能力を強化する可能性がある。

【詳細】
 
 NASAのスターライナー宇宙船の問題と中国の技術的ブレークスルー
 
 2024年6月以来、NASAの宇宙飛行士2名は国際宇宙ステーション(ISS)に滞在し続けている。彼らが搭乗したボーイング社製のスターライナー宇宙船は、推進システムのヘリウム漏れにより、帰還ミッションが遅延している。スターライナーはNASAとボーイングが共同開発した有人宇宙船であり、ISSへの宇宙飛行士の輸送を目的として設計された。しかし、度重なる技術的な問題により、運用が困難な状況に陥っている。

 ヘリウムはロケット燃料を加圧するために用いられるが、スターライナーの推進システムで発生した漏れは、ロケットの信頼性に関する重大な課題を浮き彫りにした。この問題を契機に、中国の研究者はヘリウムの特性を利用し、新たな推進技術を開発した。

 中国の研究者による技術革新:ヘリウムを活用した推力増強技術
 
 ハルビン工程大学の航空宇宙研究者、**楊則南(Yang Zenan)**を中心とするチームは、固体燃料ロケットの推進力を向上させるための新しい技術を発表した。この技術は、ロケットモーター内にヘリウムを微細な孔を通じて注入することで、推力を大幅に増強し、さらに排気ガスの温度を低下させるものである。

 この研究成果は2025年2月に中国の学術誌「Acta Aeronautica et Astronautica Sinica」に発表されており、以下の主要な成果が示されている。

 1.ヘリウム注入による推力増強

 ・ヘリウムそのものは燃焼しないが、燃焼ガスとの最適な混合比(1:4)を維持することで、比推力(specific impulse)が5.77%向上することが確認された。
 ・さらに、ヘリウムの注入量を調整することで、推力を最大300%まで増加させることが可能である。

 2.排気温度の低減とステルス性の向上

 ・ヘリウムの注入により、燃焼ガスの冷却効果が生じ、排気温度を最大1,327℃(2,420℉)低下させることができる。
 ・これにより、赤外線放射が抑制され、赤外線ミサイル警戒衛星による探知が困難になることがシミュレーションで示された。

 3.実験結果とシミュレーションの一致

 ・研究チームは、数値流体力学(CFD)シミュレーションを用いて、ヘリウム注入がロケットモーターの燃焼プロセスに与える影響を解析した。
 ・その結果、理論的な計算と実験データが一致し、ヘリウム注入が確実に推力増強と熱的ステルス性能の向上に寄与することが確認された。

 技術の応用可能性と軍事的影響

 この技術の実用化が進めば、以下の分野で大きな影響を与える可能性がある。

 1.軍事用途(ステルスミサイルの開発)

 ・ヘリウムを用いることで、ロケットの赤外線放射を抑制し、敵の赤外線探知システム(早期警戒衛星や赤外線センサー搭載の迎撃ミサイル)による発見を回避できる。
 ・特に、弾道ミサイルや極超音速兵器(HGV)にこの技術を適用すれば、敵の迎撃システムを突破する能力が向上する。
 ・推力の大幅な増強が可能であるため、ミサイルの加速性能が向上し、迎撃される前に目標へ到達する確率が高まる。

 2.宇宙開発(推進システムの改良)

 ・固体燃料ロケットは化学推進システムの中でも比較的単純な構造を持ち、燃料の貯蔵が容易である。
 ・ヘリウム注入技術を活用すれば、固体ロケットエンジンの性能向上が可能となり、宇宙探査ミッションの効率を改善できる。
 ・例えば、月面基地や深宇宙探査ミッションにおいて、ロケットの推力を柔軟に調整できるシステムの開発につながる可能性がある。

 今後の展望

 この技術は、既存のロケット推進システムの概念を変える可能性がある。特に、以下の点が今後の課題となる。

 1.実際のロケットへの適用

 ・研究チームはシミュレーションと小規模な実験で成果を確認しているが、大規模な実用試験が必要である。
 ・実際のロケットモーターに組み込んだ場合、ヘリウムの供給機構の安定性や燃焼制御の最適化が課題となる。

 2.宇宙環境での実証

 ・地球上での実験結果が宇宙環境でも再現可能であるかどうかを検証する必要がある。
 ・真空環境や微小重力下での挙動を確認するため、宇宙実験が求められる。

 3.軍事的利用に関する国際的影響

 ・赤外線探知を回避する技術が実用化されれば、敵対国の防衛システムに対する重大な脅威となる。
 ・国際的な軍拡競争の激化や、兵器開発に関する規制強化の議論が進む可能性がある。

 この技術は、固体燃料ロケットの性能向上に貢献すると同時に、軍事・宇宙開発分野における新たな展開を生む可能性を秘めている。

【要点】

 NASAスターライナーの問題点

 ・2024年6月以来、NASAの宇宙飛行士2名が国際宇宙ステーション(ISS)に滞在し続けている。
 ・ボーイング社のスターライナー宇宙船が推進システムのヘリウム漏れを起こし、帰還ミッションが遅延。
 ・ヘリウムはロケット燃料を加圧するために使用されるが、漏れにより信頼性が低下。
 ・この問題を受け、中国の研究者がヘリウムを活用した新たな推進技術を開発。

 中国の研究者によるヘリウム推力増強技術

 研究チームと発表

 ・ハルビン工程大学の**楊則南(Yang Zenan)**らが研究を主導。
 ・2025年2月、「Acta Aeronautica et Astronautica Sinica」に論文発表。

 技術の内容

 1.ヘリウムを固体燃料ロケットに注入

 ・燃焼ガスとの混合比を調整(1:4)することで比推力5.77%向上。
 ・ヘリウム注入量の調整により最大300%の推力増加が可能。

 2.排気温度の低減とステルス性の向上

 ・最大1,327℃の排気温度低下が確認され、冷却効果が発生。
 ・赤外線放射を抑制し、赤外線探知衛星や迎撃ミサイルによる発見を困難に。

 3.シミュレーションと実験結果の一致

 ・数値流体力学(CFD)解析により、理論と実験の整合性を確認。
 ・ヘリウム注入が確実に推力増強と熱的ステルス性能の向上に寄与。

 応用可能性と軍事的影響

 軍事用途(ステルスミサイルの開発)

 ・赤外線探知システムの回避(早期警戒衛星・赤外線センサー搭載迎撃ミサイル)。
 ・弾道ミサイル・極超音速兵器(HGV)の迎撃困難化。
 ・推力増強による高速飛行が可能となり、迎撃される前に目標到達。

 宇宙開発(推進システムの改良)

 ・固体燃料ロケットの性能向上により、宇宙探査ミッションの効率改善。
 ・月面基地・深宇宙探査での推力調整が可能になり、ミッション柔軟性が向上。

 今後の課題と展望

 1.実際のロケットへの適用

 ・大規模試験が必要。
 ・ヘリウム供給機構の安定性と燃焼制御の最適化が課題。

 2.宇宙環境での実証

 ・真空環境や微小重力下での動作確認が必要。
 ・地上実験の結果が宇宙でも再現可能か検証が求められる。

 3.軍事的影響と国際的規制

 ・敵対国の防衛システムに対する脅威となる可能性。
 ・軍拡競争の激化や兵器開発規制の強化が進む可能性。

 この技術は、固体燃料ロケットの性能向上に貢献すると同時に、軍事・宇宙開発の分野における新たな展開を生む可能性がある。

【引用・参照・底本】

Chinese scientists turn Boeing’s helium leak crisis into stealth missile tech breakthrough scmp 2025.02.23
https://www.scmp.com/news/china/science/article/3299454/chinese-scientists-turn-boeings-helium-leak-crisis-stealth-missile-tech-breakthrough?utm_medium=email&utm_source=cm&utm_campaign=enlz-focus_sea_ru&utm_content=20250228&tpcc=enlz-focus_sea&UUID=5147fda4-c483-4061-b936-ccd0eb7929aa&tc=15

新たなコウモリ由来のコロナウイルスを発見2025年03月02日 20:52

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【概要】
 
 中国の研究チームが、新たなコウモリ由来のコロナウイルスを発見した。このウイルスは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と同様にヒトの受容体を利用するため、動物からヒトへの感染リスクがあるとされている。

 この研究は、広州実験室(Guangzhou Laboratory)を中心に、広州科学院(Guangzhou Academy of Sciences)、武漢大学(Wuhan University)、および武漢ウイルス研究所(Wuhan Institute of Virology)の研究者が参加し、ウイルス学者のShi Zhengli氏が主導した。Shi氏は、コウモリ由来コロナウイルスの研究で知られ、「バットウーマン」とも呼ばれている。

 研究チームが発見したウイルスは、HKU5コロナウイルスの新たな系統であり、もともと香港のアブラコウモリ(Japanese pipistrelle)から同定されていたものである。このウイルスは、MERS(中東呼吸器症候群)を引き起こすウイルスと同じ「Merbecovirus(メルベコウイルス)」亜属に属する。

 さらに、このウイルスは、SARS-CoV-2と同じヒトのアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体に結合することが確認された。これは、ウイルスがヒト細胞に侵入する際に重要な役割を果たす受容体であり、この特性を持つことで、動物からヒトへの感染リスクが生じる可能性がある。

【詳細】
 
 中国の研究チームが新たに発見したコウモリ由来コロナウイルスについて

 中国の研究チームは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と同じ受容体を利用してヒト細胞に感染する可能性がある新たなコウモリ由来コロナウイルスを発見した。この発見は、動物からヒトへの感染リスクを伴う新たなウイルスの存在を示唆している。

 研究の背景と主導者

 この研究は、広州実験室(Guangzhou Laboratory)、広州科学院(Guangzhou Academy of Sciences)、武漢大学(Wuhan University)、および武漢ウイルス研究所(Wuhan Institute of Virology)の研究者によって行われ、著名なウイルス学者であるShi Zhengli氏が主導した。Shi氏はコウモリ由来のコロナウイルス研究において長年の実績があり、「バットウーマン(Batwoman)」とも称される人物である。

 武漢ウイルス研究所は、新型コロナウイルスの起源に関する議論の中心にある研究機関であり、一部の説では同研究所からウイルスが流出した可能性が指摘されている。しかし、Shi氏は研究所がSARS-CoV-2の発生源であるとの主張を否定している。

 新たに発見されたウイルスの概要

 今回発見されたウイルスは、HKU5コロナウイルスの新しい系統である。HKU5コロナウイルスは、もともとアブラコウモリ(Japanese pipistrelle)**から香港で初めて同定されたものである。

 このウイルスはMerbecovirus(メルベコウイルス)亜属に分類される。Merbecovirus亜属には、中東呼吸器症候群(MERS)を引き起こすMERS-CoVも含まれており、これらのウイルスは一般的にコウモリを自然宿主とし、時にヒトや他の動物に感染する可能性を持つ。

 SARS-CoV-2との共通点と感染メカニズム

 研究によると、この新たなウイルスは、SARS-CoV-2と同じヒト受容体である**アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)**に結合することができる。ACE2は、ヒトの肺、心臓、腎臓、腸などの細胞表面に存在し、ウイルスが細胞内へ侵入する際に重要な役割を果たす。

 SARS-CoV-2がACE2を介して感染することは広く知られているが、今回の研究で発見されたウイルスも同様の感染メカニズムを持つことが確認された。このことは、このウイルスがヒトに感染する可能性を持つことを示唆しており、将来的に動物からヒトへの感染(ズーノーシス)のリスクがあることを意味する。

 今後の研究と懸念点

 現時点では、この新しいウイルスがヒトへの感染能力を持つかどうか、また、どの程度の感染力や病原性を持つのかは明らかになっていない。しかし、SARS-CoV-2と同じ受容体を利用できることから、感染リスクを評価し、必要な対策を講じることが求められる。

今後の研究では、

 ・このウイルスが実際にヒトの細胞に感染し、増殖できるかどうか
 ・動物からヒトへの感染経路
 ・他の動物種への感染可能性
 ・ヒトへの感染が起こった場合の病原性や症状の特徴

などについての調査が進められると考えられる。

 まとめ

 今回の発見は、新たなコロナウイルスがヒトに感染する可能性を持つことを示唆するものであり、ウイルスの進化や感染メカニズムの理解を深める上で重要である。このウイルスが将来的に公衆衛生上の脅威となるかどうかは、さらなる研究が必要であるが、動物由来ウイルスの監視を継続することが、将来の感染症対策において極めて重要である。

【要点】

 中国の研究チームが発見した新たなコウモリ由来コロナウイルスについて

 研究の概要

 ・発見したウイルス: HKU5コロナウイルスの新たな系統
 ・研究機関

  ⇨ 広州実験室(Guangzhou Laboratory)
  ⇨ 広州科学院(Guangzhou Academy of Sciences)
  ⇨ 武漢大学(Wuhan University)
  ⇨ 武漢ウイルス研究所(Wuhan Institute of Virology)

 ・研究主導者: 石正麗(Shi Zhengli)
 ・発表内容: このウイルスは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と同じヒト受容体(ACE2)を利用し、ヒトへの感染リスクがある

 ウイルスの分類と特徴

 ・HKU5コロナウイルス:

  ⇨ もともと香港のアブラコウモリ(Japanese pipistrelle)から同定
  ⇨ 新たな系統が発見された
 
 ・Merbecovirus(メルベコウイルス)亜属に分類

  ⇨ MERS(中東呼吸器症候群)の原因ウイルスMERS-CoVと同じ亜属

 感染メカニズムとリスク

 ・ACE2受容体を利用(SARS-CoV-2と同様)

  ⇨ ACE2はヒトの肺・心臓・腎臓・腸などの細胞に存在
  ⇨ この受容体に結合することでヒト細胞に感染する可能性

 ・動物からヒトへの感染リスク(ズーノーシス)の可能性

 今後の研究課題

 ・ヒト細胞への感染能力と増殖の有無
 ・動物からヒトへの感染経路
 ・他の動物種への感染可能性
 ・ヒトに感染した場合の病原性や症状の特徴

 まとめと意義

 ・新たなコロナウイルスがヒトに感染する可能性があることを示唆
 ・将来的な公衆衛生上のリスクを評価する必要がある
 ・動物由来ウイルスの監視と感染症対策の重要性が再確認された

【引用・参照・底本】

Chinese team finds new bat coronavirus that could infect humans via same route as Covid-19 scmp 2025.02.21
https://www.scmp.com/news/china/science/article/3299491/chinese-team-finds-new-bat-coronavirus-could-infect-humans-same-route-covid?utm_medium=email&utm_source=cm&utm_campaign=enlz-focus_sea_ru&utm_content=20250228&tpcc=enlz-focus_sea&UUID=5147fda4-c483-4061-b936-ccd0eb7929aa&tc=17

米中の量子コンピュータ技術競争が加速2025年03月02日 21:07

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【概要】
 
 2025年2月21日に発表された最新の研究成果によると、米中の量子コンピュータ技術競争が加速していることが明らかになった。中国の北京大学と米国のマイクロソフトが、いずれも量子コンピュータ分野で重要な成果を発表し、同じ日に「ネイチャー」誌にその詳細が掲載された。

 北京大学の研究チームは、世界初の大規模な量子エンタングルメント(量子もつれ)を光チップ上で実現したと報告した。この研究は、光を利用して相互に接続された量子状態のネットワークを生成し、制御する方法を示したもので、量子インターネットの実現に向けた重要な一歩とされている。量子インターネットは、情報を安全かつ効率的に共有できる新しいインフラを提供する可能性がある。

 一方、マイクロソフトの研究チームは、新たに開発した「マヨラナ1」チップを発表した。このチップは、最大100万個の量子ビット(キュービット)を保存し、それらが持つ誤差に強い特性を持つことから、量子コンピュータの重要な進展と見なされている。マイクロソフトは、この技術が「新しい薬や革命的な材料の発見など、解決不可能な問題を解決するために何百万ものキュービットを利用する道を開く」と述べている。

 両方の研究成果は、量子情報技術のスケーラビリティを向上させる重要なマイルストーンとして評価され、特に光チップを用いた量子もつれの実現は、過去に米国、ヨーロッパ、日本でも試みられたが、今回の成果はその中でも特筆すべきものとされている。

【詳細】
 
 2025年2月21日に発表された北京大学とマイクロソフトの量子コンピュータに関する研究成果は、いずれも量子技術の重要な進展を示しており、量子情報技術の未来に大きな影響を与える可能性がある。以下、各研究成果をさらに詳細に説明する。

 北京大学の量子エンタングルメント技術

 北京大学の研究チームは、光チップ上で大規模な量子エンタングルメント(量子もつれ)を初めて実現したと報告した。量子エンタングルメントとは、複数の量子状態が互いに強く関連し合う現象で、量子通信や量子計算において重要な役割を果たす。今回の成果は、光を使って量子もつれ状態を生成し、それを制御する方法を示した。

 この研究の核心は、量子もつれ状態を小型の光チップ上で実現する点であり、これにより量子情報を効率的に伝送・処理するための基盤が築かれる可能性がある。光は量子通信において理想的な媒体とされており、光を使った量子インターネットの実現に向けた重要な一歩となる。量子インターネットでは、情報を量子もつれを使って伝送することにより、暗号化され、安全かつ迅速に情報を共有できるとされている。この研究成果は、「スケーラブルな量子情報技術」の重要なマイルストーンとして評価され、過去にアメリカ、ヨーロッパ、日本などでも同様の実験が試みられたが、今回はその中でも注目すべき成果だとされている。

 マイクロソフトの新しい量子ビット技術

 一方、マイクロソフトは、新たに開発した「マヨラナ1」チップを発表した。このチップは、量子ビット(キュービット)を100万個まで保存でき、誤差耐性を持つことから、量子コンピュータの実用化に向けた重要な進展を示すものとされている。量子コンピュータは、膨大な計算を並列に処理できる能力があるが、キュービットは非常に不安定で、外部の影響や内部のエラーに敏感である。そのため、量子コンピュータの実用化には、誤差を抑え、信号を正確に処理する技術が不可欠である。

 マイクロソフトの「マヨラナ1」チップは、量子ビットの誤差に強い特性を持ち、最大100万個のキュービットを同時に扱うことができる。この技術により、量子コンピュータはより大規模な問題を解決できるようになり、特に新薬の発見や材料開発、さらには既存のコンピュータでは解決できないような複雑な計算問題の解決に貢献する可能性がある。マイクロソフトは、この技術が「解決不可能な問題を解決するために何百万ものキュービットを協力させる」ことで、量子コンピュータの未来を切り開くと説明している。

 量子コンピュータ技術の未来

 量子コンピュータ技術は、従来のコンピュータとは異なり、量子力学的な特性を利用して計算を行う。量子ビット(キュービット)は0と1の状態を同時に持つことができるため、膨大な計算を並列で行うことができる。このため、量子コンピュータは新薬の開発や材料科学、気候変動予測など、従来のコンピュータでは解決できなかった問題に挑戦する可能性がある。しかし、量子コンピュータの実用化には、キュービットを安定して制御し、エラーを最小限に抑える技術が必要とされており、北京大学やマイクロソフトの研究成果はその実現に向けた重要な一歩である。

 特に、マイクロソフトの研究チームが開発したマヨラナ1チップは、量子コンピュータが実際に商業的に利用される未来に向けて大きな前進を示しており、今後数年内に他の技術とともに量子コンピュータの実用化が進むことが期待されている。また、北京大学の光チップを用いた量子もつれ技術は、量子インターネットの実現に向けた重要なステップであり、情報通信の新たなパラダイムを提供する可能性を秘めている。

 両国の研究者は、量子コンピュータ技術における競争を繰り広げており、今後の進展が期待される。

【要点】

 北京大学の量子エンタングルメント技術

 ・量子エンタングルメント(量子もつれ)を光チップ上で大規模に実現。
 ・光を使用して、相互に接続された量子状態のネットワークを生成し、制御する技術。
 ・量子インターネットの実現に向けた重要な一歩であり、安全かつ効率的に情報を共有する基盤となる可能性がある。
 ・スケーラブルな量子情報技術として評価され、過去に米国、ヨーロッパ、日本でも類似の実験が試みられたが、今回の成果は注目されている。

 マイクロソフトの新しい量子ビット技術

 ・「マヨラナ1」チップを開発し、最大100万個のキュービットを保存できる。
 ・誤差耐性を持つキュービットを使用し、量子コンピュータの実用化に向けて大きな進展。
 ・新薬の発見や材料開発など、従来のコンピュータでは解決できない複雑な問題に挑戦する可能性がある。
 ・量子コンピュータの商業化に向けて、何百万ものキュービットを協力させて問題を解決する技術として期待されている。

 量子コンピュータ技術の未来

 ・量子コンピュータは量子力学的特性を利用し、並列計算を行うため、従来のコンピュータでは解決できない問題に取り組む。
 ・キュービットの安定性と誤差制御技術が量子コンピュータの実用化に必要不可欠であり、北京大学やマイクロソフトの技術はその実現に向けた重要な進展。
 ・マイクロソフトの技術は量子コンピュータの商業的利用に近づくための重要なステップ。
 ・量子インターネットを実現するためには、量子もつれを利用した光通信技術が重要な役割を果たす。

 競争と今後の展望

 ・米中の競争が激化しており、両国の研究チームは量子技術の発展に向けて重要な成果を発表している。
 ・今後数年内に量子コンピュータの実用化が進むと期待されている。

【引用・参照・底本】

China-US chip war takes a quantum leap with breakthroughs declared on same day scmp 2025.02.21
https://www.scmp.com/news/china/science/article/3299670/china-us-chip-war-takes-quantum-leap-breakthroughs-declared-same-day?utm_medium=email&utm_source=cm&utm_campaign=enlz-focus_sea_ru&utm_content=20250228&tpcc=enlz-focus_sea&UUID=5147fda4-c483-4061-b936-ccd0eb7929aa&tc=19

世界初の斜め爆轟エンジン(ODE)を開発2025年03月02日 21:29

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【概要】
 
 中国の研究者たちは、標準的な航空ケロシンを使用して、最大マッハ16の速度に達する世界初の斜め爆轟エンジン(ODE)を開発し、実験に成功した。このエンジンは、航空機や宇宙旅行におけるハイパーソニック推進のゲームチェンジャーとなる可能性があり、航空および宇宙旅行の限界を再定義するものと期待されている。

 中国科学院(CAS)の研究者たちは、北京市のJF-12衝撃波トンネルで一連の実験を行い、40km(25マイル)以上の高度における高マッハ飛行の条件を再現した。この実験では、商業用ケロシンのRP-3を使用して、斜め爆轟波を持続的に発生させることに成功した。これらの結果は、『中国流体力学実験誌』に発表され、従来のスクラムジェットエンジンよりも1,000倍速い燃焼速度を示している。運転可能な速度範囲は、マッハ6からマッハ16であり、この速度帯では従来の空気呼吸エンジンは機能しなくなる。

 従来のスクラムジェットエンジンは、大型の燃焼室を必要とし、高速飛行時に炎が消えるリスクがあるが、ODEは衝撃波を利用してその課題を克服している。エンジンの燃焼室壁に5mmの突起を戦略的に配置することで、自己持続的な「爆轟ダイヤモンド」を誘発し、極めて高速な爆発的燃焼を達成した。この燃焼プロセスは、マイクロ秒単位で完了する。

 「衝撃波は燃料と空気の混合物を非常に激しく圧縮し点火することで、自己強化する爆発前線を生み出す」と、プロジェクトの主任研究員であるHan Xin氏は述べている。

 マッハ9でのテストでは、爆轟点での圧力が周囲の20倍に達し、このエンジンがかなりの推力を生成する能力があることが示唆された。これは、多くのスクラムジェットエンジンが機能しない速度領域においても有効な推力を生み出すことを意味している。

【詳細】
 
 中国の研究者たちは、標準的な航空ケロシンを用いて、最大マッハ16の速度に達することができる斜め爆轟エンジン(ODE)を世界で初めて開発し、実験に成功した。この技術は、ハイパーソニック飛行の推進方法として、航空および宇宙旅行に革命をもたらす可能性を秘めている。

 研究背景と実験環境

 この実験は、中国科学院(CAS)の研究者たちによって行われ、北京市にあるJF-12衝撃波トンネルで実施された。この衝撃波トンネルは、航空機の高マッハ飛行を模擬するために、40km以上の高度における極限的な飛行条件を再現することができる施設である。このような過酷な環境下での実験は、将来のハイパーソニック飛行を実現するために非常に重要なものとなる。

 ODEの機構

 従来、ハイパーソニック飛行を実現するためのエンジン技術として、スクラムジェットエンジンが注目されてきた。スクラムジェットは、高速で飛行する際に空気を圧縮し、その圧縮された空気と燃料を混ぜて燃焼させる方式だが、燃焼室が大きくなることや、高速飛行時に炎が消えるリスクが課題であった。

 一方、今回開発された斜め爆轟エンジン(ODE)は、従来のスクラムジェットとは異なる方式で燃焼を行う。このエンジンは、燃焼室内に5mmの突起を設置し、その位置で発生する衝撃波を利用して燃料と空気を圧縮、点火する。これにより、従来の燃焼方式では難しかった、自己持続的な「爆轟ダイヤモンド」を発生させることができる。この爆轟ダイヤモンドとは、極めて高速で進行する爆発的な燃焼波のことで、マイクロ秒単位で燃焼が完了する。

 この方式により、ODEは従来のスクラムジェットエンジンと比べて、圧倒的に速い燃焼速度を達成できる。具体的には、従来のスクラムジェットエンジンの1,000倍速い燃焼が可能となり、より高い効率で推力を得ることができる。

 実験結果

 実験の結果、ODEエンジンは、マッハ6からマッハ16の範囲で安定的に動作することが確認された。この速度帯では、従来の空気呼吸エンジン(スクラムジェットやラムジェット)は機能しなくなるため、このエンジンの成功は非常に画期的なものとなる。特に、マッハ9のテストでは、爆轟点での圧力が周囲の20倍に達することが確認され、このエンジンが高い推力を生み出す能力を持つことが示された。

 ODEは、空気と燃料の混合物を衝撃波によって圧縮し、その圧縮エネルギーで燃焼を引き起こすため、燃焼室の設計が非常に効率的である。また、この爆轟が自己持続的に進行するため、エンジンの高い安定性と効率性が確保されている。

 未来への影響

 この技術は、従来のハイパーソニック飛行技術を大きく上回る可能性があり、未来の航空機や宇宙機における新しい推進システムとして、非常に注目されている。具体的には、マッハ6以上の速度で飛行するために必要なエンジンの設計において、ODEが非常に有力な選択肢となり得る。従来のエンジンでは達成が難しかった高速飛行を実現することで、将来的な宇宙旅行や超音速商業航空など、航空産業に革新をもたらすと期待されている。

 加えて、この技術は、超音速での長距離旅行を可能にするだけでなく、今後のミサイル技術や防衛システムにも応用できる可能性があり、軍事的な観点からも大きな関心を集めることになるだろう。

 総じて、今回の実験成果は、ハイパーソニック技術の進展において重要なステップを示しており、将来的な飛行機や宇宙機の性能を大きく向上させる可能性がある。

【要点】

 ・研究者と機関: 中国科学院(CAS)の研究者たちが、最大マッハ16に達する斜め爆轟エンジン(ODE)を開発。
 ・実験環境: 北京のJF-12衝撃波トンネルで、高マッハ飛行を模擬する実験を実施。高度40km以上の飛行条件を再現。
 ・使用された燃料: 標準的な航空ケロシンであるRP-3を使用。
 ・エンジンの仕組み

  ⇨ 5mmの突起を燃焼室内に配置。
  ⇨ 衝撃波を利用して燃料と空気を圧縮・点火。
  ⇨ 爆轟ダイヤモンド(超高速爆発的燃焼波)を自己持続的に生成。

 ・従来のスクラムジェットとの違い

  ⇨ スクラムジェットは大きな燃焼室と炎の消失リスクが課題。
  ⇨ ODEは衝撃波を活用し、自己持続的な爆轟で燃焼を高速化。

 ・燃焼速度: 従来のスクラムジェットの1,000倍速い燃焼速度を実現。
 ・テスト結果

  ⇨ 運転可能な速度範囲はマッハ6からマッハ16。
  ⇨ マッハ9のテストで、爆轟点の圧力が周囲の20倍に達する。

 ・推力生成能力: マッハ16の速度領域で安定した推力を生成。
 ・未来の影響

  ⇨ ハイパーソニック飛行や宇宙旅行の実現に寄与。
  ⇨ 超音速商業航空や軍事技術に応用可能。

 ・技術の革新性: ODEは、従来のエンジン設計を超える効率性と安定性を提供。

【引用・参照・底本】

Chinese scientists build world’s first jet fuel-powered engine for Mach 16 flight scmp 2025.02.26
https://www.scmp.com/news/china/science/article/3299576/chinese-scientists-build-worlds-first-jet-fuel-powered-engine-mach-16-flight?utm_medium=email&utm_source=cm&utm_campaign=enlz-focus_sea_ru&utm_content=20250228&tpcc=enlz-focus_sea&UUID=5147fda4-c483-4061-b936-ccd0eb7929aa&tc=21