アルジェリアとサヘル同盟間とロシア2025年04月13日 16:59

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【概要】

 ロシアは、マリを中心とするサヘル同盟(マリ・ニジェール・ブルキナファソ)とアルジェリアという、互いに敵対的立場にある二者の間でバランスを取ろうとしたが、両者の根本的な立場の違い、特にトゥアレグ問題における相反する見解により、最終的には一方を選ばざるを得なくなった。

 2024年、マリ政府はアルジェ合意(2015年締結)を反故にし、トゥアレグの反乱を抑え込む軍事行動を開始した。一方でアルジェリアは、この反乱を合意破棄に対する正当な反応と見なし、トゥアレグ側への共感を示していた。マリとその同盟国(およびロシア)は、トゥアレグを西側諸国、イスラム過激派、ウクライナと関係を持つ外国支援の反乱分子と見なしていたが、アルジェリアはこの主張に同調しなかった。

 2025年初頭、マリの武装ドローンがアルジェリア領空に侵入したとされ、アルジェリア軍がこれを撃墜した事件が発生。これを契機に両国間で空域が閉鎖され、外交関係も悪化。ブルキナファソとニジェールもマリに同調してアルジェリアから大使を引き揚げた。こうした動きは、ロシアにとって戦略的なジレンマを生じさせた。

 ロシアは近年、反仏クーデターを経たサヘル同盟諸国との関係を強化し、政治的・軍事的支援を通じて西アフリカにおける影響力を急速に拡大していた。一方、アルジェリアは伝統的な親ロシア国であり、両国の軍事関係は長年にわたり深く、ロシア製兵器への依存度も高かった。

 しかし、アルジェリアは近年、ロシア依存の是正を目指してインドや米国などとの軍事関係を模索している。こうした中、トゥアレグ問題をめぐる立場の相違が明確化し、ロシアによるマリ支援はアルジェリアの安全保障上の懸念と衝突しつつある。

 仮に緊張が更に悪化した場合、アルジェリアがマリ北部に「安全地帯」を設置するための軍事介入に踏み切る可能性もある。これは、トルコがシリア北部に設置した「安全地帯」と類似の構想であるとされる。こうした軍事行動にロシア製兵器がマリ側で使用されれば、ロシア・アルジェリア関係は一瞬で破綻しかねない。

 仮にアルジェリアがマリ政権の転覆を狙って軍事行動を拡大すれば、ロシアの地域戦略は根本から脅かされる可能性がある。マリはサヘル同盟の中核であり、その政権が失われれば、同盟全体の存続すら危うくなる。これは、西側諸国、特にフランスにとっては望ましい展開であり、仏アルジェ関係の最近の改善は、この方向性に繋がる可能性を示唆している。

 ロシアはこの状況の深刻化を避けたいと考えているが、それにはサヘル同盟を見限る必要があり、それは現在のところ検討されていない。したがって、今後もアルジェリアとサヘル同盟間の緊張は悪化する見通しであり、それに伴いロシアとアルジェリアの関係も厳しさを増す可能性がある。

 ただし、双方ともこれを表立った対立にはせず、水面下で関係を維持しようとする可能性がある。表面化する場合、過去の前例に照らせば、それはアルジェリア側の情報開示によるものであると考えられる。

【詳細】

 1. 対立の核心:トゥアレグ問題

 ロシアが抱えるジレンマの中心には、トゥアレグ民族の武装反乱がある。マリ政府は2024年1月に2015年のアルジェ協定を破棄し、その後、武装勢力との衝突が再燃した。マリおよびサヘル同盟諸国は、トゥアレグ反乱を「外国勢力に支援されたテロ行為」と見なし、ロシアもこれを支持している。一方でアルジェリアは、トゥアレグ側の主張を一定程度「正当なもの」と捉えており、協定破棄に反対してきた。

 このように、マリとアルジェリアの立場は根本的に対立しており、ロシアはその両者とそれぞれ戦略的関係を有していたが、バランスを保つことは事実上不可能であった。

 2. 軍事的衝突と外交的断絶の始まり

 2025年、アルジェリアは国境を越えたとしてマリの武装ドローンを撃墜し、これが外交的な激突を招いた。アルジェリアとサヘル同盟は互いに空域を閉鎖し、マリ、ニジェール、ブルキナファソはアルジェリアから大使を召還するに至った。

 この事件は、アルジェリアが「事実上の当事者」として紛争に関与し始めたことを意味し、今後はマリ国内に**「安全地帯(safe zone)」を設ける可能性**も示唆されている。

 3. ロシアの戦略的立場

 ロシアは、旧宗主国フランスへの反発を背景にサヘル同盟と軍事的連携を強化しており、ワグネルを通じた軍事支援を行っている。一方で、冷戦期以来のパートナーであるアルジェリアとの関係も重視している。

 しかし、以下のような点でロシアの立場は難しくなっている。

 ・トゥアレグ問題はゼロサムゲームであり、両者の立場を同時に尊重することは不可能

 ・ロシアの武器がアルジェリアに対して使用される可能性

 ・アルジェリアが米印など他国との軍事関係を模索していること

 したがって、ロシアがサヘル同盟への支援を続ければ、アルジェリアとの関係悪化は不可避となる一方で、サヘル同盟を切ることは戦略上不可能である。

 4. アルジェリアとフランスの再接近

 かつては植民地宗主国であり関係が冷えていたフランスとアルジェリアが、戦略的利益の一致から再接近している可能性がある。特に、アルジェリアがマリ国内で軍事行動を取る場合、フランスは以下のような支援を提供する可能性がある。

 ・情報・諜報支援

 ・兵站支援

 ・武器提供

 これは、フランスがロシアの影響力を西アフリカから後退させるための「間接的手段」としても機能しうる。

 5. 将来的なリスク

 この状況の進展には以下のようなリスクが含まれる。

 ・アルジェリアとマリ間の全面戦争

 ・ロシア・アルジェリア戦略的パートナーシップの断絶

 ・フランスの地政学的巻き返し

 ・トゥアレグ問題の地域全体への波及(ニジェールやアルジェリア領内)

 現時点では戦争は不可避ではないが、「一手の誤り」や「誤算」により全面衝突に発展する危険性は日増しに高まっているとされる。

 結論

 ロシアはサヘル同盟とアルジェリアという両戦略的パートナー間の対立に挟まれ、選択を迫られている。現状では、サヘル同盟との関係維持を優先しており、これがロシア・アルジェリア関係の悪化を招く結果となっている。この問題は地政学的構造上の帰結であり、ロシアの思惑とは関係なく避けがたいものであったとされる。

【要点】 

 全体構図

 ・サヘル同盟(マリ、ニジェール、ブルキナファソ)とアルジェリアの関係が急速に悪化している。
 
 ・ロシアは双方と戦略的関係を持つが、対立が不可避となりジレンマに直面している。

 対立の原因

 ・2015年のアルジェ協定をマリが一方的に破棄し、トゥアレグ武装勢力との戦闘が再燃。

 ・マリ政府は、トゥアレグ勢力がアルジェリアに支援されていると主張。

 ・アルジェリアは、トゥアレグ民族の政治的権利を一定程度擁護しており、協定の維持を主張してきた。

 ・ロシアはマリを支持しつつも、伝統的同盟国であるアルジェリアとの関係も維持したかった。

 軍事的・外交的衝突

 ・2025年、マリのドローンがアルジェリア空域を侵犯し、撃墜された。

 ・サヘル同盟3カ国はアルジェリアとの外交関係を事実上断絶。

 ・空域封鎖が相互に実施され、国境地帯の緊張が高まる。

 ・アルジェリアはマリ国内に安全地帯を設ける可能性を示唆。

 ロシアの戦略的ジレンマ

 ・ロシアはサヘル同盟に対してワグネルを通じた軍事支援を提供中。

 ・同時に、アルジェリアとは冷戦期以来の安保・軍事・経済パートナー関係にある。

 ・トゥアレグ問題はゼロサム構造であり、中立は現実的に不可能。

 ・ロシアの兵器がアルジェリアに対して使われる懸念が高まっている。

 フランスの再浮上の可能性

 ・フランスはアルジェリアとの歴史的な確執があるが、今回の対立構造において戦略的協力の可能性が浮上。

 ・アルジェリアがマリに軍事介入した場合、フランスは以下の形で支援可能:

  ⇨ 諜報支援

  ⇨ 兵站支援

  ⇨ 武器提供

 ・これはロシアを西アフリカから排除する間接戦略にもなる。

 将来的なリスク

 ・アルジェリアとマリとの間で戦争に発展する可能性。

 ・ロシア・アルジェリア関係の断絶。

 ・サヘル同盟内でのトゥアレグ問題の激化、地域全体への拡大。

 ・ロシアのアフリカ政策に深刻な打撃。

 結論

 ・ロシアはアルジェリアとサヘル同盟の対立という構造的ジレンマにより、戦略的再調整を迫られている。

 ・現状ではサヘル同盟支持の姿勢が明確であり、アルジェリアとの対立は深まる傾向にある。

 ・状況がさらに悪化すれば、地域的戦争と国際勢力の代理対立に発展する危険性を孕む。

【参考】

 ☞ トゥアレグ反乱

 1. トゥアレグ民族とは

 ・サハラ砂漠周辺に居住するベルベル系の遊牧民で、主にマリ、ニジェール、アルジェリア、リビアに分布。

 ・イスラム教徒ではあるが、独自の言語(タマシェク語)と文化を持つ。

 ・植民地時代以降の国家形成において、政治的疎外を受けてきた。

 2. トゥアレグ反乱の概要

 ・トゥアレグ反乱は、民族的自治や独立を求める武装闘争であり、マリとニジェールを中心に複数回発生。

 ・主な要求は、自治拡大、政治的参加、社会経済的不平等の是正、安全保障の確保などである。

 3. 主な反乱の経緯

 (1)マリ

 ・1990年–1995年:第1次反乱。和平合意成立も履行されず不満が残る。

 ・2006年–2009年:第2次反乱。軍との戦闘激化、アルジェリアの仲介で和平。

 ・2012年反乱(MNLA):リビア崩壊後、武装帰還兵が流入し、反乱が再燃。

  ⇨ 独立国家「アザワド国」樹立を宣言(国際的には未承認)。

  ⇨ しかしイスラム過激派(AQIM、ムジャオなど)と衝突し、主導権を奪われる。

  ⇨ フランスの軍事介入(セルヴァル作戦)で制圧され、アザワドの独立は頓挫。

 (2)ニジェール

 ・1991年–1995年:第1次反乱。和平合意により終息。

 ・2007年–2009年:第2次反乱。MNJ(ニジェールの正義運動)による武力闘争。政府軍と対立。

 ・現在も小規模な武装集団が残存し、断続的な衝突がある。

 4. 主要勢力

 ・MNLA(アザワド民族解放運動):2012年の反乱時にアザワド独立を宣言した世俗的民族運動。

 ・HCUA(アザワド・統一高等評議会):元イスラム過激派との関係を持つ政治組織。

 ・Mouvement pour le Salut de l’Azawad(MSA):MNLAの分派、現政権との交渉に積極的。

 ・上記は2015年のアルジェ協定に署名したグループを中心に形成。

 5. 2015年のアルジェ協定

 ・トゥアレグ系勢力とマリ政府との間で締結された和平合意。

 ・内容は以下の通り。

  ⇨ 地方自治の強化

  ⇨ 地域民兵の統合

  ⇨ 開発支援と武装解除

 ・アルジェリアが仲介し、国際社会(国連、EU、AU)が後押し。

 ・しかし、履行は不十分で、2024年以降に再び緊張が高まる。

 6. 現在の緊張

 ・2023年以降、マリ政府はアルジェ協定を事実上放棄し、トゥアレグ勢力との戦闘が再燃。

 ・トゥアレグ勢力は和平交渉ではなく武力対決の構え。

 ・マリ政府はワグネルの支援を受けて軍事制圧を優先。

 ・トゥアレグ勢力はアルジェリアに後方支援を求めており、国家間対立に発展している。

 7. 国際的含意

 ・サヘル地域の不安定化が進み、イスラム過激派の温床ともなっている。

 ・トゥアレグの反乱は民族自決の問題だけでなく、地政学的対立の震源地ともなっている。

 ・ロシア、フランス、アルジェリア、トルコ、アラブ首長国連邦などが複雑に関与している。

【参考はブログ作成者が付記】

【引用・参照・底本】

Worsening Tensions Between Algeria & The Sahelian Alliance Put Russia In A Predictable Dilemma Andrew Korybko's Newsletter 2025.04.11
https://korybko.substack.com/p/worsening-tensions-between-algeria?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=161218084&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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