バングラデシュ暫定政権の動き2025年05月07日 14:10

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【概要】

 アメリカ人地政学評論家アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)によって2025年5月5日に発表されたものであり、バングラデシュが近年インドに対して示している一連の領土に関する「もっともらしい否認可能性(plausibly deniable)」を有する主張が、地域の安全保障環境に与える影響を論じている。

 まず、2009年のバングラデシュ国境警備隊(BDR)虐殺事件の独立調査委員会委員長であり退役陸軍少将のA.L.M.ファズルル・ラーマンが、自身のFacebookにて「パキスタンとインドの戦争が起きた場合、バングラデシュはインド北東部を占領すべきである」と主張したことが紹介されている。その意図は、バングラデシュによるこのような構えがインドの戦意を削ぎ、結果的にパキスタンの敗北を防ぎ、バングラデシュにとっての安全保障上の脅威を回避できるというものである。ラーマンは後に、これは抑止力を目的とした戦略的提案であると説明した。

 現政権は2024年夏の米国支援による政権交代で成立した暫定政権であり、ラーマンの発言から距離を置いたが、インドとの間の信頼関係には打撃が生じた。こうした発言がインドに対する敵対的な姿勢の一環として捉えられていると分析している。

 さらに、バングラデシュ暫定指導者ムハンマド・ユヌスが2025年初頭に中国を訪問した際、インド北東部に関する発言を行ったことにも言及されている。これはインドがバングラデシュに譲歩しない場合、インドがテロ組織とみなす分離主義勢力を再び庇護する可能性を示唆したものとされている。

 また、2024年12月にはユヌスの特別補佐官マフジュ・アラムが、周辺インド州に領有権を主張するような挑発的な地図をX(旧Twitter)に投稿しており、これら一連の出来事は、インド側においてバングラデシュの意図に対する懸念を高めている。

 これらの行動はいずれも政府の公式な領土主張ではないため、「もっともらしい否認」が可能な形であるが、コリブコはその傾向が明確であり、バングラデシュ新政権がこのような発言や行動を戦略的手段として利用していると指摘している。

 バングラデシュ側の民族主義的観点からは、インドとの不均衡な関係を是正する実利的な手段と見られている可能性があるが、インドにとっては安全保障上の脅威認識が高まり、逆効果を招くおそれがある。

 加えて、ラーマンは投稿の中で「中国との共同軍事体制の議論を始める必要がある」とも述べており、これは中国がインドの北東部、特にアルナーチャル・プラデーシュ州の領有権を主張していることを踏まえると、インドにとって三正面(パキスタン・中国・バングラデシュ)での軍事衝突の可能性を想定させるものである。

 コリブコは、インドがかねてから中国に包囲されつつあるとの懸念を抱いていたが、バングラデシュのこの動きによってそれが「包囲」から「包囲網」としての実感に変化しかねないと論じている。

 その結果、インドはアメリカとの戦略的パートナーシップの軍事的側面をこれまで以上に強化せざるを得なくなる可能性があるが、そうなれば米国の条件をより多く受け入れることになる。インドはこれまで戦略的自律性を重視し、米国による対中包囲網に公式には加わっていないが、今回のような地域的な脅威認識の高まりが、その立場を変化させる契機となる可能性があると結論づけている。

【詳細】

 1. 背景と問題提起

 2024年夏の米国の支援による政権交代で成立したバングラデシュ暫定政権のもと、同国の一部高官・軍関係者らがインドに対して一連の挑発的な発言・行動を繰り返しているという現象に着目し、それがインドの安全保障認識に深刻な影響を与えていると報告している。

 主張の中心は、「バングラデシュは公式には領土要求を行っていないものの、そう受け取られかねない言動を“もっともらしい否認”が可能な形で積み重ねている」という点にある。

 2. ファズルル・ラーマン退役少将の発言

 バングラデシュ陸軍の元少将であり、2009年のバングラデシュ国境警備隊(BDR)による反乱事件を調査する独立委員会の委員長を務める A.L.M. ファズルル・ラーマンは、自身のFacebook投稿において以下の主張を行った:

 ・インドとパキスタンの戦争が再発した場合、バングラデシュはインドの北東部諸州(Assam, Tripura, Mizoram, Meghalaya など)を占領すべきである。

 ・これは、バングラデシュが対インド抑止力を保持することで、インドによるパキスタンへの軍事行動を抑え、結果としてパキスタンの敗北を防ぐと同時に、インドがバングラデシュにとっての潜在的な安全保障上の脅威と化すことを回避するための戦略的発想であるとされた。

 彼は後に、これは単なる現実的な防衛構想にすぎないと説明したが、その内容はインド政府の強い警戒心を誘発するものであった。

 3. 暫定指導者ムハンマド・ユヌスの訪中と発言

 バングラデシュ暫定政権の首班であるムハンマド・ユヌスは、2025年初頭に中国を訪問した際、インド北東部地域に関する言及を行った。

 この発言を「婉曲な脅し」として位置づけ、ユヌスが以下のような意図を示したと伝えている。

 ・インドがバングラデシュに対して外交的・経済的譲歩を行わない場合、かつてのようにインドが「テロリスト」と指定する分離独立運動組織を再びバングラデシュ領内で庇護する可能性を示唆した。

 この発言はインド側から見れば、内政不安の煽動ともとれるものであり、極めて敏感な安全保障問題と重なる。

 4. マフジュ・アラム補佐官による地図の投稿

 2024年12月、ムハンマド・ユヌスの特別補佐官であるマフジュ・アラムは、SNSプラットフォームX(旧Twitter)上にて、インドの複数の州(とりわけ北東部)に領有権を主張しているかのように見える挑発的な地図を投稿した。

 この地図は公式声明ではなく、政府も公式には支持していないが、それでも周辺国、特にインドに対して不信感を増大させる結果となった。

 5. インドの脅威認識と軍事戦略への影響

 これら一連の事象に対し、インド側は以下のような懸念を抱いている。

 ・これらの発言や行動が連続して起きていることにより、「バングラデシュが自国の国益のために、インドへの軍事的・地政学的圧力を加えることを選択肢として視野に入れているのではないか」という疑念が生じている。

 ・特に、最近のジャンムー・カシミール州パハルガームでのテロ事件(記事ではインド側がパキスタンの関与を疑っている)への報復として、インドがパキスタンに対して外科的攻撃(surgical strike)を行う可能性が示唆される中で、バングラデシュとパキスタンが軍事的に連携する可能性は否定できないという見方が存在している。

 6. 三正面戦争(三面戦)の可能性

 さらに、ファズルル・ラーマンは「中国との共同軍事体制を論じる必要がある」とも主張しており、これが以下の地政学的状況を想起させる:

 ・中国はすでにインド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州を「南チベット」と呼び、領有権を主張している。

 ・インド軍はかねてより「二正面戦争(中国とパキスタンの同時敵対)」を警戒していたが、そこにバングラデシュが加わることで「三正面戦争」の懸念が浮上している。

 ・これはインドの戦略的計画、配備、抑止政策に重大な影響を及ぼす可能性がある。

 7. インドの対米戦略的関係への影響

 バングラデシュの中国・パキスタン接近が進む中、インドは自身の安全保障上の選択肢として米国との戦略的関係の軍事面を強化せざるを得ない状況に近づいているとされている。

 以下の点に言及している。

 ・インドは従来、戦略的自律性(strategic autonomy)を重視し、米国による対中包囲網(特にQUADやAUKUSのような枠組み)には慎重な姿勢を保ってきた。

 ・しかし、バングラデシュが中国・パキスタンと連携する形で「包囲網」を形成する兆しを見せる中で、インドが米国の軍事支援を得るために、より多くの譲歩を求められる可能性が高まっている。

 8. 結論

 このような流れは、インドにとって「戦略的包囲」に近い状況となりつつあり、インドの「大国化(Great Power ambitions)」を阻害する要因として働く可能性があるとされている。バングラデシュの暫定政権が採用しているとされる「もっともらしい否認可能性を伴う挑発」は、結果的にインドとの関係を悪化させ、地域の不安定化をもたらす要因となっている。
 
【要点】

 1.バングラデシュ暫定政権の動き

 ・2024年夏、米国の支援によりバングラデシュで政権交代が発生し、暫定政権が成立。

 ・この政権下で、複数の高官・軍関係者による対インド挑発的言動が相次いでいる。

 ・発言や行動はいずれも公式声明ではないが、「もっともらしい否認(plausible deniability)」が可能な形でなされている。

 2.元少将ファズルル・ラーマンの主張

 (1)元バングラデシュ陸軍少将ファズルル・ラーマンがFacebookで以下を提案:

 ・インドとパキスタンが戦争した場合、バングラデシュはインド北東部を占領すべき。

 ・目的はインドを抑止し、パキスタンの敗北を防ぐこと。

 (2)後に「現実的戦略議論」と釈明するも、インドの不信感を招いた。

 3.暫定首班ムハンマド・ユヌスの中国訪問と発言

 ・中国訪問中に、インド北東部に関し暗に脅しとも取れる発言。

 ・過去にインドがテロ組織と見なす勢力を支援していた事例に触れ、それを再開する可能性を示唆。

 ・インドの内政不安を煽る意図と受け取られる可能性あり。

 4.特別補佐官マフジュ・アラムの地図投稿

 ・マフジュ・アラムがX(旧Twitter)に、インド北東部をバングラデシュ領と暗示する地図を投稿。

 ・政府の公式見解ではないが、意図的な挑発と解釈されうる。

 ・インドとの緊張を高める要因となった。

 5.インドの安全保障認識への影響

 ・インドは、これら一連の動きが偶発的ではなく、意図的な戦略に基づくと懸念。

 ・特に、ジャンムー・カシミールでのテロ事件後、パキスタンへの報復行動と並行して、バングラデシュの出方を警戒。

 ・パキスタン・バングラデシュが連携すれば、インドの軍事的負担が増す。

 6.三正面戦争(三面戦)の懸念

 ・バングラデシュが中国・パキスタンと連携すれば、インドは「三正面戦争」に直面。

  ⇨西にパキスタン、北に中国、東にバングラデシュ。

 ・インドは従来「二正面戦争」対策を進めてきたが、さらに脅威が拡大。

 ・戦略的再配置や軍備強化が必要となる。

 7.中国との連携の示唆

 ・ファズルル・ラーマンは、中国との軍事協力を強調。

 ・中国はインドのアルナーチャル・プラデーシュ州を「南チベット」と主張しており、すでに対立状態にある。

 ・バングラデシュの中国接近は、インドにとって重大な戦略的リスク。

 8.米印関係への影響

 ・インドは「戦略的自律性」を重視してきたが、安全保障環境の悪化により米国との軍事協力を深める可能性。

 ・対中包囲網(QUADなど)への関与を強化する圧力が高まる。

 ・バングラデシュの行動が、米印戦略関係を加速させる一因となる可能性。

 9.まとめ

 ・バングラデシュは公的に領土主張はしていないが、「否認可能な形での挑発」を通じて実質的な圧力をかけている。

 ・こうした戦略は、インドにとって深刻な脅威であり、地域の安全保障環境を不安定化させる。

 ・インドは戦略的包囲を受けていると感じつつあり、その打開策として米国との同盟強化に傾斜する可能性がある。

【桃源寸評】

 この論考(アンドリュー・コリブコによる「Bangladesh Is Back At It Again With Another 'Plausibly Deniable' Territorial Claim To India」)は、直接的な「対中包囲網」への扇動とは言い切れないが、インドに対して「中国・パキスタン・バングラデシュの三正面脅威」を強調することで、インドをよりアメリカ寄りに傾斜させようとする意図が込められている可能性がある。

 以下にその根拠を整理する。

 ・三正面戦争(China-Pakistan-Bangladesh)という構図の強調:バングラデシュの発言を過剰に脅威化し、インドが一国では対応できない複合的脅威に直面しているという印象を与えている。

 ・アメリカとの同盟強化を促す文脈:文末で「インドは戦略的自律性を保ってきたが、包囲感が高まる中で米国の要求を受け入れざるを得なくなるかもしれない」と論じており、インドに対米連携強化を迫る論理的圧力を加えている。

 ・「バングラデシュは中国・パキスタンと連携しつつある」という見方の拡散:現時点では公式の軍事同盟もなければ、明確な連携行動も確認されていないが、それでもコリブコは「バングラデシュが事実上シノ・パク・ネクサスに取り込まれている」と断言的に述べている。これは中国包囲網の正当性を補強するための言説である可能性がある。

 ・中国脅威論の間接的な強化:「中国がアルナーチャル・プラデーシュを主張し、インドの脅威になる」「中国が対パキスタン戦争で介入する可能性がある」といった主張により、中国への警戒心を(主にインドの戦略関係者や親米論者ょに植え付けている。

 ・総合的に見て、この論考はバングラデシュの行動を「直接的な軍事的脅威」として過大に描くことで、インドが中国封じ込め戦略(対中包囲網)に積極的に関与せざるを得ない状況にあると印象づけようとしている。この点で、間接的な「対中包囲網への扇動」であると言える。

【寸評 完】

引用・参照・底本】

Bangladesh Is Back At It Again With Another “Plausibly Deniable” Territorial Claim To India Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.05
https://korybko.substack.com/p/bangladesh-is-back-at-it-again-with?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=162863762&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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