朝鮮半島の信頼醸成の可能性2025年05月04日 16:51

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【概要】

 SIPRI平和・安全保障インサイト No. 2025/05 2025年4月

 本論文は、広島県と広島グローバル平和推進機構の資金援助により作成された。地域・世界の安全保障政策における核兵器の代替策を探るプロジェクトの一環である。

 「核軍縮への道を開く:朝鮮半島における信頼醸成」を要約等まとめたものである。 

 1. はじめに

 本論文は、朝鮮半島の過度な軍事化を引き起こす紛争構造に対処するための信頼醸成の可能性を探る。朝鮮戦争(1950–1953)に起因するこの構造は、双方が抑止力に過度に依存する中で危険性を増している。韓国(ROK)は米国と共に世界最大規模の軍事演習を定期的に実施し、米国は韓国に「拡張抑止」(核の傘)を提供する。一方、北朝鮮(DPRK)は推定50発の核兵器を保有し、頻繁にミサイル発射実験を通じて核運搬能力を誇示する。過去70年以上大きな衝突はないが、両国の軍事衝突は相対的に頻発しており、先制攻撃を志向する軍事ドクトリンが軍拡競争を加速し、核使用の閾値を低下させている。

 醸成措置(CBMs)は、対話・透明性・自制を通じた緊張緩和策として過去の南北和解努力の中心に位置づけられてきた。2018年9月の「包括的軍事合意(CMA)」は、南北境界の安定化を目指す画期的な軍事CBMsを含んでいた。しかし、2019年の米朝核交渉の失敗とCMAの崩壊により、このアプローチは近年信用を失った。現在、国際社会は制裁圧力と軍事的抑止に依存する一方、北朝鮮は核・ミサイル開発を継続している。

 本論文は、北朝鮮の即時核廃棄を求める強圧的なアプローチが非現実的であるだけでなく、長期的な軍縮を阻害していると指摘する。段階的な軍備管理と制裁緩和を組み合わせた持続可能な外交の必要性を強調し、戦略的CBMsを通じた危機安定性の向上を提言する。

 2. 過去の対北朝鮮核外交の欠点

 朝鮮半島の「非核化」は長年、国際社会の主要目標であった。1990年代の「合意枠組み(1994年)」や六者会合(2003–2009)では、北朝鮮の核凍結と引き換えに軽水炉供与などの措置が取られたが、米国の政権交代や北朝鮮のウラン濃縮問題により頓挫した。2018年の米朝首脳会談(シンガポール)では「相互信頼醸成」が謳われたが、2019年のハノイ会談で米国が「完全な非核化先行」を要求したため交渉は決裂。米国が北朝鮮の核凍結措置(寧辺5MW原子炉停止等)に見合う制裁緩和を提示しなかったことが大きな要因と分析される。

 現在の外交膠着状態は、米バイデン政権の「漸進的アプローチ」にもかかわらず、北朝鮮が対話を拒否する状況を生んでいる。根本的問題は、北朝鮮の安全保障懸念を軽視し、制裁緩和を軍縮完了に紐付けたまま部分的な譲歩を報償しない国際社会の姿勢にある。

 3.朝鮮半島の不安定要因

 (1)先制攻撃ドクトリンの危険性

 韓国・米国の「キルチェーン戦略」(北朝鮮の核・ミサイル施設先制攻撃構想)と北朝鮮の「先制核使用方針」が相互に危機不安定性を増幅。双方が相手の攻撃を恐れて先制行動を誘発する「use-it-or-lose-it」のジレンマが、核使用リスクを高めている。この軍拡競争は北朝鮮の核戦力近代化(潜水艦発射弾道ミサイル等)と韓国内の「自主核武装論」を刺激する悪循環を生んでいる。

 (2) 南北軍事合意の崩壊

 2018年のCMAが規定した非武装地帯(DMZ)の非軍事化措置(共同警備区域設置、砲撃訓練禁止等)は、2020年以降の緊張再燃により事実上機能停止。2024年6月、韓国政府がCMA完全停止を宣言し、熱線通信も途絶した状態が続く。2024年10月の北朝鮮領空への韓国ドローン侵入事件は、危機管理メカニズム欠如が偶発衝突リスクを高める実例となった。

 4.協調的リスク削減と地域軍備管理への道

 (1) 核抑制措置の段階的アプローチ

 即時的非核化要求を見直し、現実的な軍備管理プロセスを提案

 ・第1段階(短期): 寧辺核施設の検証可能な凍結(5MW原子炉・ウラン濃縮工場停止)と核・長距離ミサイル実験モラトリアム

 ・第2段階(中期): 未申告核施設の査察受け入れと戦術核削減

 ・最終段階(長期): 完全検証可能な核廃棄

 (2) 制裁緩和の比例性

 ・第1段階の履行に対し、国連安保理制裁(石炭・繊維輸出禁止等)の一時停止

 ・最終段階達成時にはイラン核合意(JCPOA)モデルに準じた制裁全面解除を提示

 (3) 戦略的CBMs

 ・米韓の先制攻撃ドクトリン見直し(NC2施設攻撃自制)

 ・戦略爆撃機示威飛行の中止 

 ・地域多国間安全保障枠組み構想(中国・ロシアを含む安全保障保証)

 (4) 南北軍事CBMs再構築

 ・軍事ホットライン再開

 ・CMA再評価委員会設置

 ・ウィーン文書式軍備透明性措置の導入

 ・在韓米軍削減の長期的検討

 (5) 地域枠組みの拡大

 ・六者会合フォーマット活用

 ・日朝拉致問題を含む地域和解プロセス推進

 5. 結論

 朝鮮半島の危険な現状は、現実的なリスク管理アプローチを必要とする。完全非核化は長期的目標と位置づけつつ、核凍結と制裁緩和の交換プロセスを通じた緊張緩和が急務である。戦略的CBMsと持続的対話により抑止関係の安定化を図りつつ、地域の安全保障構造変革を目指すことが、究極的な軍縮への道程となる。このプロセスは、核保有国の軍縮に向けた国際的モデルとなり得る可能性を秘めている。

 略語表

 CBM:信頼醸成措置
 CMA:包括的軍事合意
 DPRK:朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
 HEU:高濃縮ウラン
 MW(e):メガワット(電気出力)
 NC2:核指揮統制
 NPT:核不拡散条約
 ROK:大韓民国(韓国)

【詳細】

 1. はじめに:問題の根源と分析視点

 朝鮮半島の安全保障環境は、以下の3つの要因が複雑に絡み合う:

 (1)歴史的経緯:朝鮮戦争(1950–53)の未終戦状態(休戦協定のみ)が継続する「凍結された紛争」。

(2)非対称な軍事バランス:

 ・北朝鮮:推定50発の核兵器、固体燃料ICBM「火星-18」、SLBM発射能力を保有(2024年SIPRI年鑑)。

 ・韓国・米国:在韓米軍28,500人、年次合同演習「ウルチ・フリーダムガーディアン」(参加兵力30万人規模)。

 ・エスカレーションリスク:2020年以降、南北間で年平均15件以上の軍事衝突(DMZ越境ドローン事件、西海NLL銃撃戦等)。

 (2)核心課題

 ・米韓の「拡張抑止」vs. 北朝鮮の「先制核使用」ドクトリンが「相互確信的破壊(MAD)」ならぬ「相互不信的破綻」を招く。

 ・国連安保理制裁(決議2375など11本)が民生経済を圧迫し、北朝鮮の核開発を逆に正当化する悪循環。

 2.過去の核外交失敗の構造分析

 (1)1994年「合意枠組み」の教訓

 ・成果:黒鉛減速炉の凍結、IAEA査察受け入れ。

 ・崩壊要因

  ⇨米議会の軽水炉建設資金拠出遅延(共和党反対)

  ⇨北朝鮮の秘密ウラン濃縮計画(HEU疑惑)発覚

  ⇨根本問題:体制保証の欠如(クリントン政権が「核の傘」提供を拒否)。

 (2)2005年六者会合「9.19共同声明」

 ・画期的要素:初めて「朝鮮半島非核化」を多国間合意化。

 ・限界

  ⇨「行動対行動」原則の曖昧さ(CVID〈完全・検証可能・不可逆的廃棄〉vs. 段階的補償)

  ⇨米財務省のマカオ銀行制裁(2005年9月)が北朝鮮の不信感を増幅。

 (3)2018–19年トランプ外交の失敗

 ・シンガポール合意(2018.6):

  ⇨北朝鮮:寧辺5MW原子炉停止、東倉里ミサイルエンジン試験場解体。

  ⇨米国:大規模合同演習「ウルチ」中止。

 ・ハノイ決裂(2019.2)の真因

  ⇨米側要求:寧辺+α(未申告ウラン施設を含む全核施設凍結)

  ⇨北朝鮮要求:国連制裁5決議(2016–17年)の即時解除

  ⇨認識ギャップ:米国務省の「最大限圧力」派(ポンペオ長官)vs. ホワイトハウスの妥協派。

 3.危機深化のメカニズム

 (1)先制攻撃ドクトリンの危険性

 ・韓国「三軸体系」(2023年国防白書):

  ⇨キルチェーン(先制攻撃)

  ⇨韓国型ミサイル防衛(KAMD)

  ⇨大規模懲罰報復(KMPR:平壌攻撃計画)

 ・北朝鮮「核武力政策法」(2022.9):

  ⇨第4条:政権存立危機時に先制核使用を明文化。

  ⇨第7条:自動核報復システム「核トリガー」の構築を宣言。

 (2)CMA崩壊のプロセス

 ・2018年CMA主要条項

  ⇨DMZ内共同警備区域(JSA)非武装化

  ⇨西海・東海緩衝水域設定(艦艇출입禁止)

  ⇨地上ホットライン11ヶ所設置

 ・崩壊の転換点

  ⇨2020.6 開城連絡事務所爆破(北朝鮮の対米不満の転嫁)

  ⇨2023.11 韓国によるCMA一部停止(北朝鮮の軍事衛星発射反発)

  ⇨結果:2024年6月、韓国がCMA完全廃棄を宣言。現在、西海NLLで2024年だけで7回の銃撃戦発生。

 4.協調的リスク管理の具体策

 (1)核軍備管理の3段階モデル

 ・第1段階(1–3年)

  ⇨北朝鮮:寧辺核施設のIAEA査察受け入れ、ICBM発射モラトリアム継続。

  ⇨国際社会:国連制裁決議2371(石炭禁輸)・2397(石油制限)の一時解除。

 ・第2段階(3–5年)

  ⇨北朝鮮:高濃縮ウラン(HEU)生産凍結、核弾頭20発の検証可能保管。

  ⇨米韓:戦略爆撃機B-52の朝鮮半島周辺飛行中止。

 ・最終段階(10年+)

  ⇨北朝鮮:NPT再加盟、CTBT批准。

  ⇨米国:在韓戦術核再配備禁止の法的拘束力化。

 (2)戦略的CBMsの具体例

 ・「非先制使用」共同宣言:

  ⇨米韓がNC2(核指揮系統)攻撃をドクトリンから削除。

  ⇨北朝鮮が「核武力政策法」第4条改正。

 ・多国間監視メカニズム:

  ⇨中立国(スイス・スウェーデン)によるDMZ監視団再編。

  ⇨中露を含む「六者会合検証チーム」の寧辺査察受け入れ。

 (3)制裁緩和の具体案

 ・人道支援チャンネル:

  ⇨国連制裁例外枠を年間5億ドルに拡大(現行2,000万ドル)。

  ⇨コメ・医薬品輸入の関税免除。

 ・経済協力プロジェクト

  ⇨ロシア・中国経由の鉄道接続(シベリア鉄道-韓国釜山ルート)。

  ⇨開城工業団地再開(従業員の現金給与からデジタル通貨決済へ移行)。

 5.実現可能性と課題

 (1)国内政治の壁

 ・米国:大統領選挙サイクル(2024/2028)ごとの政策変動リスク。

 ・韓国:保守(国民の力)vs. 進歩(共に民主党)の政権交代ごとの姿勢変化。

 ・北朝鮮:金正恩体制の「核・経済並進路線」の本音(核を経済交渉の切り札と位置づけ)。

 (2)地域力学

 ・中国のジレンマ:北朝鮮の「戦略的資産」化 vs. 米中対立緩和の必要性。

 ・ロシアの関与:ウクライナ戦争以降、北朝鮮への兵器供与と技術援助が急増(2024年、T-14戦車技術提供疑惑)。

 (3)国際法の制約

 ・国連安保理決議の「完全非核化先行」原則との整合性:

  ⇨安保理常任理事国による「暫定合意」解釈が必要。

  ⇨日本・フランスなど「強硬派」の説得が鍵。

 結論:現実主義に基づく漸進的アプローチ

 朝鮮半島の非核化は「ビッグバン」的解決ではなく、以下の3段階を経たプロセスが必要:

 ・敵対管理(2025–30):核凍結と制裁部分解除で偶発衝突防止。

 ・緊張緩和(2030–40):通常戦力の均衡削減と多国間安保枠組み構築。

 ・体制転換(2040–):北朝鮮の経済開放と非核化の連動。

 最終目標は「核なき平和」ではなく「核が不要な安全保障環境」の創出。このプロセス自体が、中東・南アジアの核問題に対する新しいモデルとなり得る。

【要点】

 1. 問題背景

 ・歴史的要因:朝鮮戦争(1950–53)の未終戦状態が継続。

 ・軍事対立構造

  ⇨北朝鮮:推定50発の核兵器、ICBM・SLBM開発を推進。

  ⇨韓国・米国:年次大規模合同演習、拡張抑止(核の傘)を展開。

 ・エスカレーションリスク:

  ⇨双方の先制攻撃ドクトリン(韓国「キルチェーン」、北朝鮮「核先制使用」)が危機を誘発。

  ⇨2018年南北軍事合意(CMA)崩壊後、DMZ紛争が多発(2024年10月ドローン事件など)。

 2. 過去の核外交の失敗要因

 ・1994年合意枠組み

  ⇨北朝鮮の核凍結 vs. 米国の軽水炉供与遅延→崩壊。

 ・2005年六者会合

  ⇨共同声明も、米金融制裁で信頼喪失。

 ・2018–19年米朝交渉

  ⇨シンガポール合意で寧辺原子炉停止実施も、ハノイ会談で「完全非核化先行」要求が決裂点に。

  ⇨北朝鮮の部分措置(東倉里解体等)に対し、米国が制裁緩和を提示せず。

 3. 現在の危機要因

 ・軍拡競争:

  ⇨北朝鮮:固体燃料ミサイル・戦術核開発加速。

  ⇨韓国:三軸防衛体系(先制攻撃・ミサイル防衛・報復攻撃)強化。

 ・CBMsの崩壊:

  ⇨CMA廃止(2024年6月)後、軍事ホットライン停止、西海NLLで銃撃戦頻発。

 ・制裁の逆効果

  ⇨国連制裁(石炭・石油禁輸等)が北朝鮮民生を圧迫→核開発正当化の口実に。

 4. 提言される解決策

 ・段階的核軍備管理

  ⇨短期:寧辺核施設のIAEA査察受け入れとICBM発射停止。

  ⇨中期:高濃縮ウラン生産凍結、核弾頭20発の検証可能保管。

  ⇨長期:NPT再加盟・CTBT批准。

 ・制裁緩和の比例性:

  ⇨第1段階履行で国連制裁(石炭・石油)一時解除、最終段階で全面解除。

 ・戦略的CBMs

  ⇨米韓の「非先制使用」宣言、戦略爆撃機示威飛行中止。

  ⇨多国間監視(中立国+六者会合チーム)によるDMZ監視再開。

 ・南北CBMs再構築

  ⇨軍事ホットライン復旧、ウィーン文書式軍備透明性措置導入。

  ⇨開城工業団地再開(デジタル通貨決済導入で資金流用防止)。

 5.課題と展望

 ・政治的要因

  ⇨米大統領選挙サイクル、韓国政権の保守/進歩対立。

  ⇨北朝鮮の「核・経済並進路線」維持の意思。

 ・地域力学

  ⇨中国:北朝鮮を「戦略的資産」としつつ米中対立緩和を模索。

  ⇨ロシア:ウクライナ戦争受け、北朝鮮へ兵器技術供与強化。

 ・国際法整合性

  ・国連安保理決議「完全非核化先行」原則との調整必要。

  ・日本・フランスなど強硬派の説得が鍵。

 6. 結論

 ・3段階プロセス

  ⇨敵対管理(2025–30):核凍結と制裁部分解除で偶発衝突防止。

  ⇨緊張緩和(2030–40):通常戦力削減と多国間安保枠組み構築。

  ⇨体制転換(2040–):北朝鮮の経済開放と非核化連動。

 ・最終目標:

  ⇨「核なき平和」ではなく「核が不要な安全保障環境」の創出。中東・南アジアのモデル化を視野。

【桃源寸評】

 恐らく実行されたとしても、紆余曲折の中に<画餅に帰す>の落ちである。

 訊ねる。米国は朝鮮半島を去るか、韓国は米国の庇護廃止可能か。

 もし、上記の質問が"NO"ならば、話は簡単、無駄である。

 では、どうすればよいのか?もう答えは出した。が、これも全く無理筋である。

 現在維持、既に北も南も気が付いている、周囲は無駄骨を折るな、である。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

CLEARING THE PATH FOR NUCLEAR DISARMAMENT: CONFIDENCE-BUILDING IN THE KOREAN ENINSULA SIPRI Insights on Peace and Security 2025.04
https://www.sipri.org/publications/2025/sipri-insights-peace-and-security/clearing-path-nuclear-disarmament-confidence-building-korean-peninsula

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