脱ドル化は政治的スローガンに過ぎない2025年03月07日 23:52

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【桃源寸評】

 「脱ドル化は政治的スローガンに過ぎない」、と言い切れないものがある。つまり、米国のトランプの在り方によっては、BRICSも腹を括るしかない状況が出来する。

 一つには、現在の様な関税政策を続けるケース。もう一つは、2008年9月15日、米国の投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻したことを契機に発生した世界的な金融危機、つまり、リーマンショックのような経済破綻が出来した時だ。

 むしろ、その契機は米政権が引き起こすかもしれない。

【寸評 完】

【概要】 

 「脱ドル化」は、実際には政治的なスローガンに過ぎず、経済的な現実とは言い難いものであった。特に、ロシアと米国の関係におけるいかなる進展も、新冷戦をめぐる最もイデオロギー的な見解を信じ、ロシアが原則として永遠にドルを避けると考えていた者にとっては失望となるであろう。

 ウクライナにおける3年間のNATOとロシアの代理戦争は、国際社会が西側諸国と「世界多数派」に二分され、紛争の結果がグローバルな体制移行をどちらの陣営が主導するかを決定するとの認識を生んだ。この見方は、BRICSが世界多数派を代表し、米国主導の金融支配から脱却するために脱ドル化政策を積極的に推進しているという想像を助長させた。

 しかし、この認識は、昨年10月のBRICS首脳会議が脱ドル化を含め、具体的な成果を何も生まなかった事実にもかかわらず、依然として広まっている。その後、インドとロシアは、トランプ前大統領の関税措置の脅威に対応する形で、新たな通貨の創設を否定した。つまり、ロシア・米国間の「新デタント(緊張緩和)」が始まる以前から、国際社会は一部の多極主義支持者が考えたほど分断されていなかったのである。

 複雑な相互依存関係が主要国同士の結びつきを維持させており、ウクライナでの代理戦争が続く中でも、ロシアは石油・天然ガス・ウランなどの重要鉱物を西側に供給し続けた。こうした相互依存関係があるからこそ、インドのジャイシャンカル外相は昨年11月、「インドは脱ドル化を支持したことはない」と発言し、先週も「インドにはドルを弱体化させる意図はまったくない」と改めて表明した。

 さらに彼は、「BRICSに統一された脱ドル化の立場はない。BRICS加盟国は、それぞれ多様な立場を持っており、脱ドル化に反対する国もある」と述べた。これは、ロシアと米国の「新デタント」が進行している状況において、特に重要な意味を持つ。

 プーチン大統領が米国企業に対し、北極圏のエネルギー資源やドンバスのレアアースなどの戦略資源での協力を呼びかけたことは、実現すればロシアの国際貿易におけるドル使用の増加につながる可能性がある。これは、ロシアが積極的に脱ドル化を進めているという認識を否定することになり、実際、プーチン自身も、ロシアの脱ドル化は制裁によって強制されたものであり、自然に進めたものではないと述べていた。

 したがって、米国がロシアの利益に適う形で代理戦争の終結を仲介した場合、ロシアが再びドルを利用することは必然といえる。ただし、ロシアはBRICSの「BRICS Bridge」「BRICS Clear」「BRICS Pay」といった新たな決済システムの構築を引き続き支援するだろうが、これらは脱ドル化を推進するというよりも、ドルへの依存を回避するためのものである。ロシアは今後も国際貿易においてルーブルを優先的に使用する方針を維持するが、ドルの完全排除には至らないと考えられる。

 このような状況は、新冷戦をめぐる最もイデオロギー的な見解を信じ、ロシアがドルを永久に避けると考えていた多極主義支持者にとっては失望となるだろう。また、インドの実利的な通貨政策や、ジャイシャンカル外相の発言を批判していた者は、ロシアが結局インドの方針に従う形になったことで、その評価を改めざるを得なくなる。

 仮に、米国がロシアとの戦略資源取引に関連して制裁を緩和し、ロシアが部分的にでもドルの国際金融システムに再統合された場合、BRICS諸国の脱ドル化政策も一層緩和される可能性が高い。そもそも、BRICS諸国が明確な脱ドル化政策を採用していたわけではないが、仮にそのような政策があったとしても、今回の動きはその修正につながる可能性がある。中国だけは脱ドル化に向けた取り組みを継続するかもしれないが、それでも西側との相互依存関係が強く、米国債の保有などを考えれば、完全な脱ドル化には慎重にならざるを得ない。

 ロシア・インド・中国の三国(RIC)がBRICSの中核を成しているため、彼らの立場は他の比較的小規模な加盟国にも大きな影響を与える。しかし、これは特段驚くべきことではない。経済や金融システムに大きな変革をもたらす力は、やはり主要国に集中している。また、ほとんどの新興国は米国との貿易関係を維持する必要があり、ドル圏から完全に離脱することは現実的でない。彼らが脱ドル化を進めるとすれば、米国・ドルへの依存を中国・人民元に置き換えることになるが、それは単なる依存先の変更に過ぎず、本質的な解決にはならない。

 最も現実的なアプローチは、インドが主導してきたように、各国が自国通貨の使用を増やし、外貨準備の分散化を進めることである。これにより、いずれかの通貨に過度に依存することなく、経済主権を強化できる。また、特定の主要国の通貨を積極的に排除したり、対立国の通貨を全面的に採用したりするのではなく、慎重にバランスを取ることが求められる。このような姿勢こそが、今後の金融多極化プロセスを特徴付けることになるであろう。

【詳細】 

 「脱ドル化(De-Dollarization)」が政治的スローガンに過ぎず、実際の経済的事実とは異なるという視点が示されている。主な論点を整理すると、以下のようになる。

 1. 脱ドル化の政治的スローガンとしての性質

 ・ロシアと西側諸国の対立が深まる中で、一部の「多極主義支持者(Multipolar Enthusiasts)」は、ロシアが原則としてドルを完全に排除するという見方をしていた。
 ・しかし、ロシアの脱ドル化は主に制裁による強制的なものであり、ロシア自身が自発的にドルを排除したわけではない。
 ・実際には、ロシアはエネルギー資源やウランなどの重要鉱物を引き続き西側へ供給しており、西側経済との相互依存は継続していた。

 2. ウクライナ戦争と世界の分断に関する誤解

 ・NATOとロシアの代理戦争が進行する中で、世界は「西側」と「世界の大多数(World Majority)」に二極化しているとの見方が広まった。
 ・この見解では、BRICSが脱ドル化を積極的に進め、西側の金融支配から脱却しようとしていると考えられていた。
 ・しかし、2023年10月のBRICS首脳会議では、脱ドル化に関して具体的な成果はなく、インドやロシアもトランプ政権の関税政策に対する反応として、新通貨の創設を否定した。

 3. インドの立場とBRICS内の不統一

 ・インドの外務大臣スブラマニヤム・ジャイシャンカルは、「インドは脱ドル化を目指していない」と明言しており、BRICSの統一的な脱ドル化政策も存在しないことを強調している。
 ・BRICS諸国は経済的に多様な状況にあり、共通の脱ドル化戦略を持つわけではない。
 ・これは、BRICSが対米経済関係を維持しながら独自の金融政策を模索していることを示唆している。

 4. 米露関係の改善とドルの利用

 ・最近のロシアと米国の「新デタント(New Détente)」により、ロシアがドルを再び使用する可能性が高まっている。
 ・プーチンは、米国企業に対し、北極圏のエネルギー資源やドンバスのレアアースなどの戦略資源分野での協力を呼びかけた。
 ・もしこれが実現すれば、ロシアはドル建て取引を増やすことになり、脱ドル化の動きとは矛盾する。

 5. 脱ドル化の現実とBRICSの経済戦略

 ・BRICSは「BRICS Bridge」「BRICS Clear」「BRICS Pay」といった独自の決済システムを構築しているが、これらはドル依存を避けるための手段であり、必ずしもドルを排除するものではない。
 ・ロシアは引き続きルーブルを主要な貿易通貨として活用するが、完全な脱ドル化には至らない。
 ・もし米国がロシアに対するドル取引制裁を緩和すれば、ロシアは部分的にドルのグローバルシステムに復帰し、BRICS諸国の脱ドル化政策にも影響を与える可能性がある。
 ・ただし、中国は独自の経済戦略として脱ドル化を進めているものの、米国との経済的相互依存(米国債保有など)を考慮し、慎重な姿勢を維持している。

 6. 小規模国家の現実とドルの支配

 ・経済規模の小さい国々は、独自に世界経済や金融システムに影響を与えることが困難である。
 ・これらの国々の多くは依然として米国との貿易関係を維持しており、ドル経済圏からの完全な脱却は難しい。
 ・仮に脱ドル化を進めた場合、それは米国・ドル依存から中国・人民元依存への移行に過ぎず、経済的リスクを伴う。

 7. インドの現実的アプローチ

 ・インドは、自国通貨(ルピー)を活用しつつ、外貨準備を分散させ、単一通貨への依存を防ぐ「バランス戦略」を採用している。
 ・これは、主要国との摩擦を避けつつ、経済的主権を確保する現実的なアプローチである。
 ・結果として、BRICSの金融多極化プロセスは、完全な脱ドル化ではなく、多様な通貨の並立という形で進む可能性が高い。

 まとめ

 この記事の主張は、脱ドル化が実際には政治的スローガンに過ぎず、現実には各国の経済的相互依存によって制約を受けているという点にある。特にロシア、インド、中国の立場を比較することで、BRICSが統一的に脱ドル化を進めているわけではないことが明らかになった。今後の国際金融システムは、特定の通貨に依存しない「バランス戦略」が主流になり、完全な脱ドル化は実現しない可能性が高い。

【要点】

 1.脱ドル化は政治的スローガンに過ぎない

 ・ロシアの脱ドル化は制裁による強制的なものであり、自発的なものではない。
 ・ロシアはエネルギー資源を西側へ供給し続けており、経済的相互依存が継続している。

 2.ウクライナ戦争による世界の二極化は単純化された見方

 ・「西側 vs. 世界の大多数(World Majority)」という構図は誇張されている。
 ・BRICSは脱ドル化を進めているとされるが、実際には統一的な政策は存在しない。

 3.インドの立場とBRICSの不統一性

 ・インドの外務大臣は「インドは脱ドル化を目指していない」と明言。
 ・BRICS諸国は経済的に多様であり、共通の脱ドル化戦略を持っていない。

 4.米露関係の改善とドルの利用

 ・プーチンは米国企業とのエネルギー協力を呼びかけており、ドル取引の再開も視野に。
 ・これにより、ロシアの脱ドル化は部分的に後退する可能性がある。

 5.BRICSの金融戦略とドル依存の現実

 ・「BRICS Bridge」「BRICS Clear」「BRICS Pay」など独自の決済システムを構築。
 ・しかし、完全な脱ドル化ではなく、多通貨システムの一環に過ぎない。
 ・米国が対ロ制裁を緩和すれば、ロシアは再びドルを使用する可能性が高い。

 6.小規模国家の現実とドル支配の継続

 ・経済規模の小さい国は、世界経済や金融システムに影響を与えることが困難。
 ・脱ドル化を進めても、米国依存から中国依存に移行するだけの可能性が高い。

 7.インドの現実的なアプローチ

 ・ルピーを活用しつつ外貨準備を分散させ、単一通貨依存を回避。
 ・経済的主権を確保しながら、主要国との摩擦を避けるバランス戦略を採用。

 8.まとめ

 ・脱ドル化は政治的なスローガンであり、現実には各国の経済的相互依存が続く。
 ・BRICSは統一的な脱ドル化を進めているわけではなく、多通貨体制が主流となる。
 ・完全な脱ドル化は実現しない可能性が高い。

【引用・参照・底本】

De-Dollarization Was Always More Of A Political Slogan Than A Pecuniary Fact Andrew Korybko's Newsletter 2025.03.07
https://korybko.substack.com/p/de-dollarization-was-always-more?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=158572407&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

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