中米ジュネーブで会談:「トランプの方がディールを必要としている」2025年05月11日 13:37

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【概要】

 米国のスコット・ベセント財務長官と中国の何立峰副首相は、今週末にスイス・ジュネーブで会談する予定である。この協議は、正式な貿易交渉というよりも「交渉に向けた交渉(準備交渉)」の性質が強く、貿易ルールや交渉の枠組みをすり合わせる場として注目されている。

 ベセント長官は、元中央銀行総裁のカナダ首相マーク・カーニーをホワイトハウスに招いて、トランプ大統領が一方的に経済講義を試みた件の直後に、中国側との交渉に臨むことになる。トランプ氏は、米国の対カナダ貿易赤字を「補助金」と呼ぶなど、経済理論に反する主張を展開しており、こうした姿勢が中国側にも懸念を与えている。

 米中間の関税は現在、米国が中国製品に対して145%、中国が米国製品に対して125%と非常に高い水準にあるが、米国側はこの関税を60%未満まで引き下げる可能性があると報じられている。これは、米中双方が感じ始めている経済的負担を和らげ、緊張を緩和するためである。

 加えて、米国は中国に対し、希土類(レアアース)など戦略物資の輸出制限の緩和も要求する予定である。トランプ氏は、今回の協議が一定の成果をもたらす可能性があると述べているが、現時点では実質的な成果よりも象徴的な「挨拶」に近いとの見方が強い。

 米国の貿易政策に対する懐疑的な視線は国際的に高まっており、英国との「サブディール」も実質的な成果が乏しく、米国自動車業界からも批判されている。アメリカ自動車政策評議会(AAPC)は、英国製車両に対する市場アクセスの優遇が米国側にとって不利であると主張している。

 米国政府内では、トランプ氏の貿易観を現実的な交渉にどう翻訳するかという課題があり、ベセントとグリア通商代表はそのバランスを取る必要に迫られている。

 一方、中国側の何立峰副首相は、国家主導型経済の構造を熟知しており、中国共産党が進めてきた内需主導型への転換を米国に対して「双方に利益をもたらす」として説明する構えである。中国の需要が拡大すれば、米国製品の輸出先としての可能性が広がるが、米国の関税政策はその需要を抑制する可能性がある。

 さらに、デフレの兆候も中国経済に影響を及ぼしている。卸売物価指数(PPI)は31カ月連続で低下し、消費者物価指数(CPI)も3カ月連続で下落している。これは、トランプ政権の関税政策がアジア最大の経済をデフレに陥れるリスクを高めており、G7各国にとっても懸念材料である。

 中国政府は、米国の一方的な関税政策が世界経済全体に負の影響を及ぼすと警告しており、トランプ政権側が交渉を進める上で最初に譲歩したのは「信頼」そのものであるという指摘もある。

 中国の輸出データによれば、2025年4月の対米輸出は前年同月比で21%減少した一方、全体の輸出は8.1%増加しており、米国依存を減らし他地域への輸出拡大を進めていることがうかがえる。

 また、米国財務省は、中国が保有する7,600億ドル規模の米国債の動向にも注目している。日本の加藤勝信財務相が保有する1.1兆ドルの米国債を「交渉カード」として言及したこともあり、中国も同様の手段に出る可能性が懸念されている。ドルの急落リスクが高まる中、アジア各国は緊張を強めている。

 BCAリサーチは、中国がこれを「経済戦争」と見なしているとの見解を示しており、トランプ政権の姿勢が中国国内の団結を促進する側面もある。

 ただし、中国国内でも社会不安の兆しが見られる。フリーダム・ハウスのデータによれば、過去6カ月間で対面型の抗議活動が有意に増加しており、主に未払い賃金などの労働問題が原因とされている。

 野村證券の試算では、トランプ氏の関税政策が中国本土で最大1,580万人の雇用に影響を与える可能性があるとされている。ゴールドマン・サックスは、通信機器、衣料品、化学製品などの業界が特に脆弱であり、最大2,000万人の雇用が米国向け輸出に依存していると指摘している。

 こうした混乱は新興国市場にも波及しており、国際経済研究所(IIE)の経済学者ジョナサン・フォーチュンによれば、2025年第2四半期の初月は過去10年以上で最も急激な貿易政策の変化が起きた結果、ポートフォリオ投資の流れが事実上停止したという。

【詳細】

 2025年5月9日時点で行われる予定の米中貿易協議について、アジア・タイムズの記者ウィリアム・ペセックが報じたものであり、米国側の不安定な対応とトランプ政権の交渉手法に対する批判的観察を交えながら、今後の展開について詳述している。

 1. 交渉の背景

 米中両国の高官、すなわち米国財務長官スコット・ベセントと中国副首相何立峰(He Lifeng)が、スイス・ジュネーブにて週末に会談を行う予定である。これは関係改善に向けた非公式な「予備交渉」であり、貿易戦争の緊張緩和の端緒として注目されている。

 2. 関税の削減提案

 米国は現在、中国製品に対し145%の高関税を課しているが、これを60%未満にまで引き下げる案が検討されている。これは中国の報復関税(現在125%)に対抗しつつ、双方の経済的苦境を和らげる目的がある。

 また、米国は中国に対し、レアアース(希土類)鉱物の輸出制限を緩和するよう求める予定である。これらは半導体、軍需産業、EV(電気自動車)など、戦略的重要性を持つ物資である。

 3. トランプ政権の交渉スタイルへの批判

 トランプ大統領が経済や貿易の基本概念を理解していない様子を描写しており、例えばカナダとの貿易赤字を「補助金」と表現して各国首脳を混乱させていると報じている。こうした発言は、中国側からも信頼を損なう要因とみなされている。

 トランプ政権は、貿易交渉を「交渉」というより「取引」あるいは「圧力手段」として扱っており、従来の多国間交渉とは異なる姿勢を取っている。こうした姿勢が米国の信頼性を損なっており、他国首脳(日本、シンガポール、韓国、台湾など)も懐疑的な目で見ていると指摘している。

 4. 中国経済の状況と立場

 何立峰は、国家主席習近平の長年の盟友であり、中国経済の国家主導型モデルを熟知している。彼は中国の「輸出依存型経済」から「内需拡大型経済」への転換を交渉の中で訴える可能性が高い。

 ただし、中国国内では工場出荷価格(生産者物価指数)が31ヶ月連続で下落しており、消費者物価も3ヶ月連続で下がっている。これは軽度のデフレ傾向を示しており、関税の継続は中国経済にさらなる打撃を与える可能性がある。記事は、米国自身もこの「中国デフレ」の影響を受けると警告している。

 5. 米国側の交渉上の弱点

 トランプ大統領はこれまで、他国との交渉で相手に「譲歩」する姿勢を複数回見せており、「200の貿易協定が既にある」などと事実と異なる主張もしてきた。英国との貿易協定においても、自動車業界を中心に米国内から反発が起きている。

 また、米国の政策ブレーンであるピーター・ナヴァロが主張した「90日で90協定」という発言も現実味を欠いており、交渉の信憑性を損なっている。

 6. 為替・金融リスク

 日本の加藤勝信財務相が「日本が保有する1.1兆ドル相当の米国債を交渉カードとする可能性」を示唆したことを受け、米国は中国が同様に7,600億ドル以上の米国債を使って報復する可能性を懸念している。アジア諸国全体で2.5兆ドル規模のドル資産が存在するとされ、これが市場に与えるリスクは無視できない。

 7. 中国の立場と国内政治

 中国政府は、米国の関税措置を「経済戦争の宣言」と受け取っており、習近平政権はこの対立を国内支持の源泉として利用している。米国の関税が中国経済に与える打撃(最大で2,000万人の雇用損失の可能性あり)は深刻だが、それでも習近平政権は選挙がないため、政治的に有利な立場にある。

 一方、2025年後半には米国の中間選挙が控えており、トランプ政権は貿易成果を国内に示す必要がある。このため、記事は「トランプの方がディールを必要としている」と指摘している。

【要点】

 1. 会談の基本情報

 ・場所と日程:2025年5月の週末、スイス・ジュネーブで実施予定。

 ・出席者:米国財務長官スコット・ベセントと中国副首相何立峰(He Lifeng)。

 ・目的:米中貿易摩擦の緩和に向けた予備協議。

 2. 関税交渉の動き

 ・現在の関税率:米国→中国に対して145%、中国→米国に対して125%。

 ・米国の提案:自国の関税を60%以下に引き下げることを検討中。

 ・追加要求:中国に対してレアアース輸出制限の緩和を要求予定。

 3. トランプ政権への批判

 ・知識不足の露呈:トランプ大統領が貿易赤字を「補助金」と誤認。

 ・交渉の信頼性:各国首脳も困惑し、交渉に懐疑的。

 ・交渉姿勢:伝統的な外交より、恫喝・取引型アプローチ。

 4. 中国側の立場

 ・交渉責任者の背景:何立峰は習近平の側近で、国家資本主義を推進。

 ・経済状況:生産者物価は31ヶ月連続で下落、軽度のデフレ状態。

 ・影響拡大:この中国デフレが米国・世界経済にも波及し得る。

 5. 米国の交渉上の弱点

 ・実績の誇張:「90日で90協定」など非現実的な発言。

 ・内部反発:英国との協定などで自動車業界から反発。

 ・一貫性欠如:交渉相手に譲歩する場面が多く、戦略性に欠ける。

 ・6. 為替・債券リスク

 ・日本の発言:加藤勝信財務相が米国債1.1兆ドルを交渉カードと示唆。

 ・中国の外貨準備:7,600億ドル以上の米国債を保有。

 ・リスク:アジア全体で2.5兆ドルの米資産が市場に影響を与える可能性。

 7. 中国国内と対米戦略

 ・政治的優位性:習近平政権は選挙がなく、交渉の余裕あり。

 ・経済的代償:最大で2,000万人の雇用喪失リスクも黙認可能。

 ・宣伝効果:対米対立を「国家の戦い」として国民動員に利用。

 8. 米国内事情

 ・選挙プレッシャー:トランプは2025年中間選挙を控え、成果を誇示したい。

 ・交渉の必要性:記事は「トランプの方がディールを必要としている」と断言。

【桃源寸評】

 米中貿易交渉の技術的側面と、それを取り巻く政治的、経済的背景の双方を描写している。特に、米中の交渉は単なる経済問題ではなく、国際政治、国内政治、市場動向をも複雑に絡めた地政学的問題であることを浮き彫りにしている。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

US wobbles ahead of China trade talks in Geneva ASIA TIMES 2025.05.09
https://asiatimes.com/2025/05/us-wobbles-ahead-of-china-trade-talks-in-geneva/

プーチン:「一部欧州諸国による最後通牒に等しい要求は受け入れられない」2025年05月11日 16:47

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【概要】

 プーチン氏、5月15日にウクライナとの直接交渉をトルコで提案

 欧州

 3年にわたる戦争を経て、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は5月11日(日)、トルコのイスタンブールにおいて、5月15日(木)にウクライナとの「直接交渉」を実施するよう提案した。これは、キーウおよび欧州の首脳らが、翌5月12日(月)から30日間の無条件停戦を求めた直後の発言である。

 ロシア国家通信社スプートニクを通じて配信されたプール写真では、プーチン大統領が同日メディアに対して発言する様子が報じられている。

 プーチン大統領は、戦争の根本原因を取り除き、持続可能な平和の実現を目指すためとして、イスタンブールでの直接交渉を提案した。

 ロシアは2022年2月にウクライナへ軍を侵攻させ、数十万人規模の兵士が死亡する戦争を引き起こした。この戦争は、1962年のキューバ危機以来、ロシアと西側諸国との最も深刻な対立をもたらしている。

 プーチン大統領は、「対立の根本的原因を排除し、長期的かつ持続可能な平和の回復を実現する」ために交渉を行う意向を示した。また、「再軍備のための一時停止」ではないことを強調した。

 「我々は、キーウに対して、いかなる前提条件もなしに直接交渉を再開することを提案する」と述べ、「木曜日にイスタンブールで交渉を再開するよう、キーウ当局に申し出ている」と語った。

 アメリカのドナルド・トランプ大統領や欧州諸国からの公私にわたる圧力や警告にもかかわらず、プーチン大統領はこれまで終戦に向けてほとんど譲歩していない。

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、「今回の提案は一歩ではあるが不十分である」と述べた。マクロン大統領は、ウクライナ訪問後にポーランドのプシェミシル駅に到着した際、「無条件停戦は、交渉の前提ではない」と述べ、「プーチンは出口を模索しているが、時間稼ぎをしている」とも語った。

 プーチン大統領は、交渉実現に向け、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と同日中に会談する予定であると述べた。

 「我々の提案は、いわばテーブルの上にある。あとは、ウクライナ当局とその後見人たちの判断に委ねられる。彼らは、国民の利益ではなく、自身の政治的野心に基づいて行動しているように見える」と述べた。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の事務所およびウクライナ外務省は、この提案に対してロイターのコメント要請にすぐには応じなかった。

 停戦は実現するか?

 プーチン大統領による直接交渉の提案は、主要な欧州諸国がキーウでロシアに対して「無条件の30日間停戦」への同意を求め、応じなければ「大規模な制裁」に直面するとした要請の数時間後に出された。

 これに対してプーチン大統領は、「一部欧州諸国による最後通牒に等しい要求は受け入れられない」と述べた。

 ロシアは、エネルギー施設への攻撃停止を含む複数の停戦案、復活祭に関連した停戦、そして直近では第2次世界大戦勝利80周年記念(5月8~10日)に合わせた72時間の休戦案などを提示してきたと主張している。

 しかし、ロシアとウクライナ双方がこれら一時停戦を互いに破ったと非難し合っている。

 11日(日)、ロシアはキーウおよび他地域に対してドローン攻撃を実施したとウクライナ当局は発表した。現時点で負傷者や被害の報告はない。

 プーチン大統領は、トルコでの提案交渉において「新たな休戦や停戦」が合意される可能性を否定せず、それが「持続可能な平和」へ向けた第一歩となる可能性に言及した。

 和平の可能性

 過去1年間で戦果を上げてきたとされるプーチン大統領は、和平に向けて譲歩しない姿勢を維持している。

 2024年6月、同氏は「ウクライナがNATO加盟を正式に断念し、ロシアが領有を主張するウクライナ4州全域から軍を撤退させること」が終戦条件であると述べた。

 また、ロシア政府はアメリカに対して、ロシアによるウクライナ領土の約5分の1に対する支配を認めるよう求めており、ウクライナがEU加盟を目指すことには反対しないとしつつも、「中立国」であることを要求している。

 プーチン大統領は2022年に交渉された草案に言及した。ロシアの侵攻直後にロシアとウクライナが協議したものであり、その草案(ロイターが確認)は、「ウクライナが恒久的中立を宣言する代わりに、国連安保理常任理事国(英・中・仏・露・米)による安全保障の提供」が含まれていた。

 「2022年に交渉を打ち切ったのはロシアではない。キーウ側である」と述べ、「ロシアは無条件で交渉に応じる用意がある」と改めて強調した。

 さらに、和平仲介の努力に対し、中国、ブラジル、アフリカ、中東諸国、アメリカに感謝の意を表明した。

 トランプ米大統領は「和平の立役者として歴史に名を残したい」と繰り返し語っており、同政権はウクライナ戦争を「米ロ間の代理戦争」と位置づけている。

 一方、バイデン前大統領、西欧諸国、ウクライナは、今回の侵攻を「帝国主義的な領土侵略」として非難し、ロシア軍の撃退を誓っている。

 プーチン大統領は、この戦争を「西側によるロシアへの屈辱的な対応に対する転換点」であると捉えており、NATO拡大やウクライナなど旧ソ連圏への介入が、ロシアの勢力圏を脅かしてきたと主張している。

【詳細】

 2025年5月11日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、トルコのイスタンブールにおいて、同年5月15日(木)にウクライナとの「直接交渉」を行う用意があると提案した。この発言は、ウクライナおよび欧州諸国が5月12日(月)から30日間の無条件停戦を求めた数時間後に発表されたものである。

 プーチン大統領は、同交渉の目的を「紛争の根本原因の排除」と「長期的かつ持続可能な平和の実現」と定義している。単なる戦闘の一時停止や再武装の機会ではなく、恒久的な解決を目指すと述べた。

 ロシアは、2022年2月にウクライナに軍を派遣し、これにより多数の兵士が死亡し、1962年のキューバ危機以来最も深刻なロシアと西側諸国の対立を引き起こした。

 プーチン大統領は、「我々は、いかなる前提条件も設けず、キエフ(ウクライナ政府)に対して直接交渉を再開するよう提案する」と述べ、5月15日にイスタンブールでの交渉を呼びかけた。

 さらに、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と交渉の実現に向けて連絡を取る意向も示した。

 一方、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、この提案について「第一歩ではあるが、十分ではない」とし、無条件の停戦は交渉に先立つものであり、プーチン氏は「時間稼ぎをしている」との見方を示した。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領府および外務省は、この提案に関して即時のコメントを発表していない。

 前日の5月10日、欧州主要国はキエフにおいて、プーチン大統領に対して30日間の無条件停戦を受け入れなければ「大規模な制裁」を科すとする要求を提示していた。

 プーチン大統領はこれを「最後通牒」として退け、ロシアがこれまでに複数の一時停戦(エネルギー施設への攻撃停止、復活祭期間中の停戦、第二次世界大戦勝利80周年記念期間中の72時間停戦など)を提案してきたことを強調した。

 しかし、ロシアとウクライナ双方がそれぞれ、これらの一時停戦の違反を非難し合っている。5月8日から10日にかけての停戦中にも、ロシア軍によるドローン攻撃がキエフおよびその他の地域で確認されており、人的被害は報告されていない。

 プーチン大統領は、トルコでの交渉の場において新たな停戦や休戦が合意されるか能性も否定しなかったが、それは持続可能な平和に向けた第一歩であるとした。

 なお、プーチン大統領は、2024年6月に提示した和平条件として、ウクライナがNATO加盟を正式に断念し、ロシアが領有を主張する4つのウクライナ地域から完全に軍を撤退させることを求めている。

 加えて、ロシア当局は、アメリカに対してウクライナ領の約5分の1におけるロシアの統治権を認めるよう要求しており、ウクライナが中立的立場を維持することを求めている。ただし、ウクライナの欧州連合(EU)加盟については反対しないとしている。

 プーチン大統領は、2022年の侵攻直後にロシアとウクライナの間で交渉された草案に言及し、その内容は「ウクライナが永世中立国となる代わりに、国連安全保障理事会の常任理事国(イギリス、中国、フランス、ロシア、アメリカ)による国際的な安全保障の保証を受ける」というものであったと説明した。彼は「交渉を打ち切ったのはロシアではなくキエフである」と主張し、「ロシアは無条件で交渉に応じる用意がある」と再確認した。

 また、和平に向けた調停努力に尽力しているとして、中国、ブラジル、アフリカおよび中東の諸国、さらにアメリカに対して謝意を示した。

 ドナルド・トランプ米大統領は、ウクライナ戦争を「流血の惨事」と位置付けており、自身を「和平をもたらす指導者」として歴史に残すことを望むと公言している。

 一方、ジョー・バイデン前米大統領を含む西欧諸国の指導者およびウクライナ政府は、この侵攻を帝国主義的な領土拡張行為と位置付け、ロシア軍を撃退する方針を堅持している。

 プーチン大統領は、今回の戦争を1991年のソ連崩壊以降、西側諸国がロシアを屈辱にさらし、NATOを拡大させ、モスクワの勢力圏(ウクライナを含む)に侵食してきたことに対する転換点と見なしている。

【要点】

 プーチンの提案と発言内容

 ・プーチン大統領は、2025年5月15日にトルコ・イスタンブールでウクライナとの「直接交渉」を行う用意があると表明した。

 ・この発言は、ウクライナおよび欧州諸国が30日間の無条件停戦を要請した直後に行われた。

 ・プーチンは交渉の目的を、「戦闘の停止」ではなく、「紛争の根本原因の排除」および「持続可能な平和の構築」であると主張した。

 ・トルコのエルドアン大統領とも交渉実現に向けて連絡を取る意向を示した。

 欧州・ウクライナ側の反応

 ・フランスのマクロン大統領は「これは第一歩にすぎず、十分ではない」と発言し、プーチンは時間稼ぎをしていると非難した。

 ・ウクライナ政府からの公式コメントは現時点で出ていない。

 背景:停戦と制裁

 ・欧州諸国は5月10日にプーチンに対して無条件停戦を求め、拒否すれば「大規模な制裁」を科すと警告していた。

 ・プーチンはこれを「最後通牒」として退け、ロシアがこれまでに何度か一時停戦を提案してきた事実を強調した。

 ・例として、エネルギー施設への攻撃停止、復活祭、第二次大戦勝利記念(5月8日~10日)における停戦提案などが挙げられる。

 ・ただし、双方がこれらの停戦違反を非難し合っており、完全な停戦の実効性は疑問視されている。

 交渉内容・和平案

 ・プーチンは、2024年6月に以下の和平条件を提示したとされる:

  ⇨ウクライナがNATO加盟を放棄すること。

  ⇨ロシアが主張するウクライナ東南部4州からウクライナ軍が完全撤退すること。

 ・加えてロシアは、アメリカに対して、ウクライナ領の20%でのロシア支配を承認するよう求めている。

 ・ただし、ウクライナのEU加盟には反対しないと述べている。

 2022年の和平草案

 ・プーチンは、2022年侵攻直後の交渉でウクライナが「永世中立国」となる案が存在したと主張。

 ・その案では、国連安保理常任理事国によるウクライナの安全保障が提案されていた。

 ・プーチンは、「交渉を打ち切ったのはキエフであり、ロシアではない」と繰り返し主張している。

 各国の立場と調停活動

 ・プーチンは、中国、ブラジル、アフリカ諸国、中東諸国、アメリカなどの調停努力に謝意を表明した。

 ・トランプ大統領は、自らを「和平をもたらす人物」として歴史に残したいと語っている。

 ・バイデン政権および欧州諸国は、今回の戦争をロシアによる侵略・領土拡張と見なし、撃退を目指している。

 プーチンの歴史観と戦争の位置付け

 ・プーチンはこの戦争を、冷戦後のロシアに対する西側諸国の「侮辱」とNATO拡大への対抗として正当化している。

 ・特に、ウクライナを含む旧ソ連圏へのNATO進出を「レッドライン」と見なしている。

【桃源寸評】

 1.プーチンが30日間の停戦を“偽装”と見なしているという見方について

 ・実際にプーチンは、欧米やウクライナによる「30日間の無条件停戦」要求を即座に拒否しており、それを「最後通牒」として退けている。

 ・また、彼は過去の停戦提案(復活祭停戦、5月記念停戦)を持ち出して、「ロシアこそ停戦を提案してきたが、相手側が応じなかった」と主張している。

 ・これは、ミンスク合意(2014・2015年)において停戦合意が十分に履行されず、結果的にウクライナ側が軍備強化の猶予を得たとされる経緯を想起させるとする見方もある。

➢ 欧州指導者自身の証言(重要)

 ・2022年以降、独元首相メルケル、仏元大統領オランド、そしてウクライナ元大統領ポロシェンコらは、次のような趣旨の発言を行っている:

 「ミンスク合意はウクライナに時間を与えるためのものだった。軍を再建し、西側との協力を進める時間を稼ぐ意図があった。」

 ・これに対しロシア側は激しく反発し、「合意が西側の策略だった」との認識を強めた。

 ・よって、プーチンは停戦提案そのものを“相手の欺瞞”と捉え、自身は「根本原因の除去」を強調している。

 2. ゼレンスキーがトランプの和平案に乗らない可能性について

 ・ゼレンスキー大統領は、「領土の割譲」や「NATO断念」を含む和平案にはこれまで一貫して反対してきた。

 ・トランプ大統領は、再選された場合には「24時間以内に戦争を終わらせる」と宣言していたが、その中身は不透明であり、実質的にロシア寄りの条件を容認する形になっているとの懸念もある。

 ・ゼレンスキーにとって、こうした和平案を受け入れることは、

  ⇨国家主権の放棄

  ⇨ロシアによる侵略の既成事実化

  ⇨国民からの強い反発

  ⇨自らの政治的正統性の崩壊

を意味するため、和平=政治生命の終わりという見方には一定の説得力がある。

 ・戦争指導者はしばしば、「戦争継続こそが自らの延命策」となりがちである。

 ・ロシア側も、「和平を望んでいるのは我々で、ウクライナが拒否している」との印象操作を継続している。

 ・逆にウクライナ側は、「和平交渉とはロシアによる再侵略の口実である」とみなしており、戦争継続=国家存続の条件と認識している。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Putin wants Russia to hold direct talks with Ukraine on May 15 FRANCE24 2025.05.11
https://www.france24.com/en/europe/20250511-putin-wants-russia-to-hold-direct-talks-with-ukraine-on-may-15?utm_medium=email&utm_campaign=newsletter&utm_source=f24-nl-quot-en&utm_email_send_date=%2020250511&utm_email_recipient=263407&utm_email_link=contenus&_ope=eyJndWlkIjoiYWU3N2I1MjkzZWQ3MzhmMjFlZjM2YzdkNjFmNTNiNWEifQ%3D%3D

インドとパキスタンの間で緊張がさらに高まる2025年05月11日 17:48

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【概要】

 2025年5月9日、インドとパキスタンの間で緊張がさらに高まり、カシミール地域における一連の衝突による死者数は50人を超えた。インドはパキスタンからの新たなドローンおよび砲撃攻撃を撃退したと発表したが、パキスタン側は攻撃を否定し、事態の非エスカレーションには応じないとの立場を示した上で、インドの「無謀な行動」が両国を「重大な衝突」に近づけたと非難した。

 今回の衝突は、先月インド支配下のカシミール・パハルガームで発生した観光客襲撃事件(死者26人)を契機としている。インド政府はこの事件についてパキスタンが支援していると主張し、報復として5月8日に「テロリストの拠点」とされるパキスタン領内を空爆、これにより20人以上の民間人が死亡した。パキスタンはこの空爆を受けて、同国への損害に見合う「相応の報復」を行うと宣言した。

 その後、両軍は連日交戦を続け、インド側はパキスタンのドローンおよび砲撃を「撃退」したと報告している。パキスタン側は、自国への攻撃で少なくとも5人(2歳児を含む)の民間人が死亡したと主張している。一方、インド側でも1人の女性が死亡、2人の男性が負傷したと伝えられている。

 両国はそれぞれ、無人機の撃墜や航空機の撃墜を発表しており、パキスタン軍は過去2日間でインドのドローン77機を撃墜したと述べ、インド側は300~400機のドローンが領空侵犯を試みたと報告している。さらに、パキスタンはインドの戦闘機5機を撃墜したと主張しているが、インド側はこの件に対して公式な反応を示していない。

 市民の声として、パキスタン支配下のカシミール・ムザファラバードに住む15歳の少年は「このような残虐行為をカシミールの若者は決して忘れない」と述べ、インド支配下のジャンムーに住む21歳の学生は「自国民に対する攻撃への正当な報復である」と語っている。

 事態の悪化により、カシミール両側およびパンジャブ州では学校が休校となり、数千万の児童・生徒に影響が出ている。航空便の迂回・欠航が相次ぎ、インドでは24の空港が閉鎖された。国内最大のクリケット大会であるインド・プレミアリーグ(IPL)も、ダラムサラでの試合中止を受けて1週間の中断を発表した。

 また、パキスタン・スーパーリーグ(PSL)もインドのドローンによるラーワルピンディ・スタジアムへの攻撃を受け、UAEへの移転が決定された。

 国際的には、アメリカのJD・ヴァンス副大統領が両国に対し自制を呼びかける一方で、「この戦争はアメリカの関与すべき問題ではない」と明言した。イランのアッバース・アラーグチ外相は、パキスタン訪問に続き、ニューデリーでインドのジャイシャンカル外相と会談し、仲介の意向を示している。国際的な仲介や人道的介入への期待が高まる一方で、国際危機グループは「諸外国の対応には無関心さが見られる」と指摘している。アムネスティ・インターナショナルは「双方は民間人保護のためにあらゆる措置を講じるべきである」と声明を出している。

 このように、カシミールをめぐる緊張は重大な軍事衝突の一歩手前にまで至っており、今後の展開に対する国際社会の注視が必要とされる。

【詳細】

 1. 概要

 2025年5月9日、インドとパキスタンの間で、カシミール地方における軍事的衝突が激化しており、死者数は50人を超えたと報告されている。双方がミサイル、無人機(ドローン)、砲撃による攻撃を繰り返しており、地域は事実上の準戦時状態にある。パキスタンはインドの行動を「無謀」と非難し、「核保有国同士を重大な衝突に近づけている」と述べている。

 2. 事の発端

 衝突の発端は、4月にインド支配下のカシミール地方・パハルガームで発生した襲撃事件である。この事件では、観光客26人が死亡しており、その多くはヒンドゥー教徒であった。インドは、この攻撃にパキスタンが関与していると主張し、パキスタンを拠点とする武装組織「ラシュカレ・トイバ(Lashkar-e-Taiba)」の犯行であると断定した。これに対してパキスタン政府は関与を否定した。

 3. インドの報復措置

 インドは5月8日にパキスタン領内の「テロリスト・キャンプ」を標的とした空爆を実施した。この空爆により、パキスタン側では20人以上の民間人が死亡したと報告されている。これが契機となり、両国の間で激しい交戦が始まった。

 4. 軍事的応酬

 5月9日時点で、以下の軍事的状況が確認されている:

 ・パキスタン側の発表によれば、インドによる空爆や砲撃により50人以上が死亡しており、うち子どもも含まれている。

 ・一方、インドはパキスタンの無人機攻撃や砲撃を「撃退した」と主張し、「相応の報復を行った」と述べている。

 ・パキスタン軍は、インドの無人機77機を撃墜したと発表しており、その残骸は国内各地で確認されているという。

 ・インドは、300~400機の無人機が領内に侵入しようとしたと主張し、パキスタン軍が軍施設3か所を標的にしたと非難した。

 ・パキスタン側は、5機のインド空軍機を撃墜したと発表したが、インド政府はこれに関する公式な応答をしていない。

 5. 民間への影響

 ・両国のカシミール支配地域およびパンジャーブ州では、学校が閉鎖された。

 ・国際航空便はインド・パキスタン国境上空を避けるルートに変更され、多くの便が欠航または遅延している。

 ・インドは24か所の空港を閉鎖したが、5月10日には一部再開する見込みである。

 ・インド国内で開催中のインディアン・プレミアリーグ(IPL)は、爆発が報告されたダラムシャーラーでの試合中止を受け、1週間の中断が発表された。

 ・パキスタン・スーパーリーグ(PSL)は、ラーワルピンディーのスタジアムがインドの無人機攻撃を受けたことにより、UAEへの移転を決定した。

 6. 国際社会の対応

 ・アメリカのJD・ヴァンス副大統領は「エスカレーションを回避すべき」と呼びかけたが、米国は「この戦争の当事者ではない」として直接的関与を否定した。

 ・イランの外相アッバース・アラグチは、パキスタン訪問に続き、ニューデリーでインドのジャイシャンカル外相と会談した。

 ・複数の国が仲介の意思を示しているが、国際危機グループは「主要国はこの戦争の可能性に無関心である」と警告した。

 ・アムネスティ・インターナショナルは、「全ての当事者は民間人を保護し、被害を最小限に抑える措置をとるべきである」と訴えている。

 7. 歴史的背景と現状の重要性

 カシミール地方は1947年のインド・パキスタン分離独立以降、両国間で三度の戦争の引き金となった係争地である。2019年、インド政府が同地域の特別自治権を撤廃したことにより、武装勢力の活動が活発化していた。今回の衝突は過去数十年で最悪の水準に達しており、双方の核保有国としての立場からも、世界的な注目が集まっている。

【要点】

  発端と背景

 ・2025年4月、インド支配下のカシミール(パハルガーム)で襲撃事件発生
 
  ⇨ヒンドゥー教徒の観光客26人が死亡

 ・インドは、パキスタンを拠点とする武装組織「ラシュカレ・トイバ」による犯行と断定

 ・パキスタン政府は関与を否定

 インドの報復措置

 ・インドは5月8日、パキスタン領内の「テロリスト拠点」を空爆

 ・パキスタンによると、民間人を含む20人以上が死亡

 軍事的衝突の激化

 ・双方による無人機(ドローン)、空爆、砲撃が交錯

 ・パキスタンはインドのドローン77機を撃墜と発表

 ・インドは300~400機のパキスタン製無人機が領空に侵入と主張

 ・パキスタン軍はインドの軍施設3か所を攻撃したと述べた

 ・パキスタンはインド軍機5機を撃墜と主張(インドは認めていない)

 ・死者数は両国あわせて50人を超える

 民間への影響

 ・インドとパキスタンの国境付近の学校が閉鎖

 ・インドは24の空港を一時閉鎖(一部は5月10日より再開予定)

 ・航空各社がインド・パキスタン上空を避ける航路に変更

 ・インドのIPL(インディアン・プレミアリーグ)が一時中断

 ・パキスタンのPSL(パキスタン・スーパーリーグ)はUAEへ移転
 → ラーワルピンディーのスタジアムが攻撃を受けたため

 国際的対応

 ・米副大統領JD・ヴァンスは「エスカレーションを回避せよ」と発言
   
  ⇨ただし「米国は戦争の当事者ではない」と明言

 ・イラン外相アッバース・アラグチが両国を訪問し仲裁を試みる

 ・国際危機グループは「主要国は関心が薄い」と懸念表明

 ・アムネスティは「民間人保護」を各国に要求

 歴史的背景

 ・カシミールは1947年の分離独立以来、印パ間の争点

 ・両国はこれまでにカシミールを巡って3度の戦争を経験

 ・2019年、インドはカシミールの特別自治権を撤廃し緊張が再燃

【桃源寸評】

 1.プーチンが30日間の停戦を“偽装”と見なしているという見方について

 ・実際にプーチンは、欧米やウクライナによる「30日間の無条件停戦」要求を即座に拒否しており、それを「最後通牒」として退けている。

 ・また、彼は過去の停戦提案(復活祭停戦、5月記念停戦)を持ち出して、「ロシアこそ停戦を提案してきたが、相手側が応じなかった」と主張している。

 ・これは、ミンスク合意(2014・2015年)において停戦合意が十分に履行されず、結果的にウクライナ側が軍備強化の猶予を得たとされる経緯を想起させるとする見方もある。

➢ 欧州指導者自身の証言(重要)

 ・2022年以降、独元首相メルケル、仏元大統領オランド、そしてウクライナ元大統領ポロシェンコらは、次のような趣旨の発言を行っている:

 「ミンスク合意はウクライナに時間を与えるためのものだった。軍を再建し、西側との協力を進める時間を稼ぐ意図があった。」

 ・これに対しロシア側は激しく反発し、「合意が西側の策略だった」との認識を強めた。

 ・よって、プーチンは停戦提案そのものを“相手の欺瞞”と捉え、自身は「根本原因の除去」を強調している。

 2. ゼレンスキーがトランプの和平案に乗らない可能性について

 ・ゼレンスキー大統領は、「領土の割譲」や「NATO断念」を含む和平案にはこれまで一貫して反対してきた。

 ・トランプ大統領は、再選された場合には「24時間以内に戦争を終わらせる」と宣言していたが、その中身は不透明であり、実質的にロシア寄りの条件を容認する形になっているとの懸念もある。

 ・ゼレンスキーにとって、こうした和平案を受け入れることは、

  ⇨国家主権の放棄

  ⇨ロシアによる侵略の既成事実化

  ⇨国民からの強い反発

  ⇨自らの政治的正統性の崩壊

を意味するため、和平=政治生命の終わりという見方には一定の説得力がある。

 ・戦争指導者はしばしば、「戦争継続こそが自らの延命策」となりがちである。

 ・ロシア側も、「和平を望んでいるのは我々で、ウクライナが拒否している」との印象操作を継続している。

 ・逆にウクライナ側は、「和平交渉とはロシアによる再侵略の口実である」とみなしており、戦争継続=国家存続の条件と認識している。

【引用・参照・底本】

Pakistan blames India for 'reckless conduct' as death toll in Kashmir clashes tops 50 FRANCE24 2025.05.09
https://www.france24.com/en/asia-pacific/20250509-india-accuses-pakistan-of-launching-fresh-drone-and-artillery-attacks?utm_medium=email&utm_campaign=newsletter&utm_source=f24-nl-info-en&utm_email_send_date=%2020250509&utm_email_recipient=263407&utm_email_link=contenus&_ope=eyJndWlkIjoiYWU3N2I1MjkzZWQ3MzhmMjFlZjM2YzdkNjFmNTNiNWEifQ%3D%3D

トランプとネタニヤフ首相2025年05月11日 18:34

Microsoft Designerで作成
【概要】

 ドナルド・トランプ米大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(通称ビビ)との関係が修復不可能なほど悪化している可能性について論じている。

 報道によれば、トランプ氏はネタニヤフ氏に操られたと感じたことを理由に、直接の連絡をすべて遮断したとされている。これは一見すると過激な主張であるが、これまでの文脈を踏まえると信憑性がある。発端は2020年末、ネタニヤフ氏がバイデン氏の選挙勝利をいち早く認めたことにトランプ氏が裏切りを感じた点にある。トランプ氏は現在も自身が勝利したと主張しており、この件は非常に個人的な問題となっている。

 さらに最近では、ネタニヤフ氏がトランプ氏に対してイランへの軍事攻撃を求めているが、トランプ氏はこれを拒否している。理由としては、中国を封じ込めるための「アジア回帰(再)戦略」が中東での大規模戦争によって妨げられることを懸念しているからである。この方針の一環として、元国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツ氏がイスラエルと過度に連携していたとして更迭されたとも報じられている。また、アメリカとイランの間で秘密裏に交渉が再開されたことにイスラエルが不意を突かれ、反対しているとの噂もある。

 これに加えて、アメリカがフーシ派とイスラエルを排除する形で合意に達したこと、サウジアラビアによるイスラエル承認を原子力協議と切り離すという報道、さらには来週リヤドで開かれる湾岸・米国首脳会議でトランプ氏がパレスチナを国家承認する可能性まで浮上している。これらの動きはすべて米・イスラエル関係に新たな緊張をもたらしており、トランプ氏がネタニヤフ氏との連絡を断ったという報道の信憑性を高めている。

 今後の展開によっては、両者の亀裂は決定的なものとなる可能性がある。特に、フーシ派によるイスラエルへの空爆封鎖計画が発表された直後に米国が独自合意を結んだこと、さらにはサウジのイスラエル承認を核協議と切り離す動き、そしてトランプ氏によるパレスチナ国家承認が実現すれば、イスラエルにとっては一線を越えた事態となる。このような状況が現実となれば、トランプ政権下での米・イスラエル関係は継続的に対立することになり、仮にJD・バンス氏がトランプ氏の後任となった場合もその影響が続く可能性がある。

 米国という最も強力かつ影響力のある同盟国の支援を失えば、イスラエルはイランやトルコといった地域の脅威に単独で対処せざるを得なくなる。さらに悪いシナリオとして、米国が何らかの名目でイスラエルへの軍事援助を縮小または停止する可能性も否定できず、イスラエル軍の戦力低下を招く恐れがある。

 そのような事態が現実となれば、イスラエルは戦略的優位を失う前に周辺国への先制攻撃に出るか、あるいは不本意な妥協を強いられることになる。いずれの選択肢もイスラエルにとってはゼロサムのジレンマであり、何としてでも回避すべき状況であるが、トランプ氏との対立が修復不可能な場合、この悪夢のようなシナリオが既成事実となる可能性もある。

 ただし、トランプ氏がウクライナのゼレンスキー大統領と予想外の和解を果たした前例もあるため、トランプ・ネタニヤフ間の緊張も克服される可能性が全くないわけではない。そのためには、ゼレンスキー氏が提供した鉱物資源取引のように、ネタニヤフ氏がトランプ氏に対し戦略的価値のある何らかの譲歩を示す必要がある。ただし、それが何であるかは明確ではなく、時すでに遅く、サウジとの協議の構図やパレスチナ国家承認の動きが進展してしまう可能性もある。ゆえに、ネタニヤフ氏は早急にトランプ氏に対して「和平の申し出」を行うべきとされている。

【詳細】

 1. トランプとネタニヤフの個人的関係の悪化

 トランプ氏とネタニヤフ首相(以下ビビ)の関係は、かつては極めて緊密であった。トランプ政権下では、イスラエルの首都をエルサレムと公式に認定し、ゴラン高原のイスラエル領有を承認するなど、前例のないイスラエル寄りの政策を実行していた。しかし、2020年の米大統領選挙後、ビビがジョー・バイデン氏の勝利を早々に認めたことがトランプ氏の強い不快感を招いた。この時点で、トランプ氏は選挙結果を法廷で争っており、ビビの行動を「裏切り」と感じたとされる。この感情的反発が現在まで尾を引いている。

 2. イラン政策をめぐる対立

 現在の最大の対立点の一つはイラン政策である。ビビ政権はイランを最大の脅威と見なしており、トランプ氏に対してイランへの軍事攻撃を強く求めている。一方、トランプ氏は「アジアへの再ピボット(回帰)」を戦略目標としており、中東での大規模戦争に巻き込まれることは避けたい意向である。この戦略的判断から、イランとの緊張をエスカレートさせるような行動を望んでいない。

 加えて、元国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツ氏がイスラエルと過剰に協調していたことから更迭されたと報じられており、これはトランプ氏の「親イスラエル」路線の軌道修正を象徴している。

 3. 米・イラン再交渉とイスラエルの孤立感

 アメリカとイランが非公式に接触を再開したとの情報もあり、イスラエルはこれに強く反発している。イラン核合意(JCPOA)からの離脱を主導したのはトランプ政権であったが、再び交渉路線に戻ることはイスラエルにとって安全保障上の大きな打撃となる。

 さらに、アメリカがフーシ派(イエメンの反政府勢力)との合意を、イスラエルを関与させずに単独で締結したという報道がある。これは、フーシ派がイスラエルに対して航空封鎖を予告していた時期と重なっており、イスラエル側からは「見捨てられた」との認識を招く要因となっている。

 4. サウジとの関係とパレスチナ国家承認の可能性

 さらに衝撃的な展開として、米国がサウジアラビアによるイスラエル承認(国交正常化)を、原子力協議から切り離す可能性が報じられている。これまでイスラエルは、アラブ諸国の承認を安全保障上の大きな外交成果と位置づけていたが、その価値が相対的に下がることになる。

 加えて、トランプ氏が来週開催されるリヤドでの湾岸・米国首脳会議において、パレスチナを国家として正式に承認する可能性まで取り沙汰されている。これはイスラエルにとっての「レッドライン」を越える措置であり、米・イスラエル関係の決定的な分裂につながり得る。

 5. イスラエルの戦略的ジレンマ

 こうした事態の進展は、イスラエルにとって極めて不利な安全保障環境を意味する。最も強力な同盟国である米国の支持を失う可能性が現実味を帯びる中、イスラエルはイラン、トルコ、さらにはヒズボラやハマスといった非国家武装勢力と単独で対峙せねばならなくなる。

 さらに、アメリカによる軍事援助(年間数十億ドル規模)が制限・中止されれば、イスラエルの防衛力に深刻な影響が及ぶ可能性もある。その場合、イスラエルは追い詰められた状況で先制的な軍事行動に出るか、望まぬ外交的妥協を余儀なくされることになる。

 6. 和解の可能性と条件

 ただし、すべてが悲観的というわけではない。過去にトランプ氏は、敵対していたウクライナのゼレンスキー大統領と関係を修復した前例がある。その際、ウクライナ側はアメリカにとって戦略的価値の高い鉱物資源の取引を提供した。このように、ビビが何らかの「取引材料(peace offering)」を提示できれば、トランプ氏との和解の可能性は残されている。

 しかし現時点では、それが何であるかは明確ではなく、また米国の中東政策の転換がすでに既定路線となっていれば、間に合わない可能性もある。そのため、ビビにとっては時間との戦いとなる。

 以上のように、トランプ・ネタニヤフ間の亀裂が単なる個人的対立を超え、米・イスラエル関係の根幹を揺るがしかねない戦略的断絶に発展していることを詳述している。そして、その結末はイスラエルの安全保障環境に大きな影響を与える可能性があると指摘している。

【要点】

  1.トランプとネタニヤフの関係悪化の要因

 ・トランプは大統領時代、イスラエルに極めて友好的な政策を展開(例:エルサレム首都承認、ゴラン高原の併合支持)。

 ・しかし2020年選挙後、ネタニヤフ(ビビ)がバイデンの勝利を即座に承認したことにトランプが激怒。

 ・トランプはこれを「個人的な裏切り」と受け取り、両者の関係は急激に冷却化。

 2.イランを巡る戦略的対立

 ・ネタニヤフはイランへの強硬姿勢と軍事行動を主張。

 ・トランプはイランとの戦争を避け、アジア重視(対中戦略)へ軸足を移す構想。

 ・トランプの元補佐官ウォルツはイスラエル寄りすぎたとして更迭されたと報じられ、方針の変化がうかがえる。

 3.米・イランの接触とイスラエルの孤立感

 アメリカがイランと非公式交渉を進めているとの報道があり、イスラエルは不満。

 ・米国がイスラエルを除外してフーシ派(イエメン)と合意し、イスラエルは「見捨てられた」と感じている。

 4.サウジとパレスチナを巡る外交構想

 ・米国は、サウジとイスラエルの国交正常化を原子力協議と切り離す方向。

 ・リヤドでの首脳会議でパレスチナ国家の承認が議題に上がる可能性があり、イスラエルの「レッドライン」に接近。

 5.イスラエルの戦略的ジレンマ

 ・米国の支援縮小により、イスラエルはイラン・ヒズボラ・トルコなどと単独で対峙するリスクが増大。

 ・軍事的孤立や外交的譲歩を迫られる可能性もある。

 6.和解の可能性

 ・トランプは過去にゼレンスキー大統領とも和解しており、可能性はゼロではない。

 ・そのためには、ネタニヤフ側が「戦略的な取引材料(peace offering)」を提供する必要がある。

 ・ただし、現時点ではその見通しは立っていない。

【桃源寸評】

 アメリカの「アジア回帰(再)戦略」と国際秩序の変容:トランプ政策の功罪

 アメリカ合衆国は、21世紀に入り、中国の台頭を背景に「アジア回帰(再)戦略」を推進してきた。この戦略は、オバマ政権の「リバランス」から始まり、トランプ政権、バイデン政権へと引き継がれ、アジア太平洋地域におけるアメリカのプレゼンスを強化し、中国の挑戦に対抗することを目的としている。しかし、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は、同盟国との関係悪化や国際的な協調の欠如を招き、アメリカの国益を損なう可能性を孕んでいた。

 アメリカの「アジア回帰(再)戦略」の功罪を検討し、国際秩序の変容におけるアメリカの役割について考察する。

 アメリカの「アジア回帰(再)戦略」は、中国の台頭に対抗するために、同盟国との連携強化、軍事力の展開、経済的な関与、多国間協力の推進など、多岐にわたる取り組みを含んでいる。しかし、トランプ政権の政策は、これらの取り組みに大きな影響を与えた。

 トランプ政権は、「アメリカ・ファースト」を掲げ、自国の利益を最優先する政策を推進した。これにより、同盟国との信頼関係が損なわれ、国際的な協調が阻害された。特に、パリ協定からの離脱やWHOからの脱退は、アメリカの国際的なリーダーシップを低下させ、他国の離反を招いた。また、トランプ政権の取引重視の外交は、予測不能な言動や一方的な政策決定により、国際的な信頼を損なう結果となった。

 トランプ政権の政策は、短期的な利益を重視する傾向があり、長期的な視点や国際的な協調を欠いていた。同盟国との関係悪化や国際的な孤立は、アメリカの長期的な国益を損なう可能性がある。また、「アメリカ・ファースト」は、アメリカの国際的なリーダーシップを低下させ、結果としてアメリカの国益を損なうことにもなりかねない。

 トランプ政権の政策が、アメリカの肥大化を避けるための意図的な自滅策である可能性も否定できない。しかし、その場合でも、同盟国との関係悪化や国際的な孤立は、アメリカにとって大きなリスクとなる。トランプ政権の政策が、アメリカの長期的な国益にどのように影響するかは、今後の国際情勢によって変化する可能性がある。

 アメリカの「アジア回帰(再)戦略」は、中国の台頭という現実と、地域におけるアメリカの国益を維持するという目標の間で、複雑なバランスを取ろうとするものである。しかし、トランプ政権の政策は、同盟国との関係悪化や国際的な協調の欠如を招き、アメリカの国益を損なう可能性を孕んでいた。

 アメリカは、国際的なリーダーシップを回復し、同盟国との信頼関係を再構築する必要がある。また、長期的な視点に立ち、国際的な協調を重視する政策を推進する必要がある。アメリカが国際秩序の安定に貢献するためには、自国の利益だけでなく、国際社会全体の利益を考慮した政策を追求することが不可欠である。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Trump’s Rift With Bibi Might Be Irreconcilable
Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.11
https://korybko.substack.com/p/trumps-rift-with-bibi-might-be-irreconcilable?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163314536&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&token=eyJ1c2VyX2lkIjoxMTQ3ODcsInBvc3RfaWQiOjE2MzMxNDUzNiwiaWF0IjoxNzQ2OTQ4NDU4LCJleHAiOjE3NDk1NDA0NTgsImlzcyI6InB1Yi04MzU3ODMiLCJzdWIiOiJwb3N0LXJlYWN0aW9uIn0.CvEyfgj7I8rJr2KVuNj01Wfr3rdpjxYCymBbeAvslag&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email

インドとパキスタン2025年05月11日 19:06

Microsoft Designerで作成
【概要】

 意見が分かれる中でも、最新の印パ紛争ではインドが優位に立ったと論じられている。その根拠として、インドがパーハールガームにおけるテロ攻撃への報復としてパキスタン国内の複数の軍事拠点を空爆したこと、インダス川水資源条約の停止、そして新たな軍事ドクトリンの採用が挙げられている。

 この新ドクトリンにより、インドは今後のテロ行為をパキスタンによる戦争行為と見なし、報復的な越境攻撃を実施する姿勢を明確にした。これが抑止力となるかは不明であるが、少なくともパキスタン側に再考を促す要因にはなり得るとされる。パキスタン軍はカシミール紛争の未解決状態によって自国の軍事的影響力を正当化しているため、現状が容易に変わることはないと示唆されている。

 インダス川水資源条約は停戦または「相互理解」が成立している状況にあっても依然として停止されたままであり、これが南アジアの新たな現実を形作っている。また、報道によれば、今回の紛争ではインドではなくパキスタンの側がアメリカに外交的介入を要請したとされる。インド政府は調停の存在を否定しているが、アメリカは両国間の連絡役を果たした可能性がある。

 CNNによれば、米政府高官ヴァンス氏が「憂慮すべき情報」を受けてモディ首相に連絡したとされており、これはパキスタンが核兵器使用の可能性をアメリカに伝えたことを示唆している。この背景には、インドの空爆がパキスタン国内の複数拠点に及んだことがあると考えられている。このような動きは、パキスタンが戦局で劣勢にあると感じたことを意味し、インドが「エスカレーション支配」を確立していたことを示している。

 パキスタン側もドローンやミサイルによる反撃を試みたが、多くはインドのロシア製S-400防空システムにより迎撃されたとされ、またインド側はロシアと共同開発したブラモス超音速巡航ミサイルを使用して成果を挙げたと報じられている。これに対し、パキスタンの中国製装備は期待された性能を発揮できなかったと評価されている。

 一方、オルタナティブ・メディア界隈では「親ロシア的だが非ロシア系」の論者を含め、パキスタンが勝利したと主張する者も存在する。しかし、彼らの主張には中国やパレスチナへの支持という思想的一貫性が背景にあるとされ、そのためインドに批判的な立場を取る傾向にあるという指摘がある。これらの立場は、ロシアのプーチン大統領とインドのモディ首相が「テロとの断固たる戦いの必要性」を確認したという最近の電話会談の内容とは整合しないと論じられている。

 総じて、誰が勝者であるかに関する意見は分かれているが、インドは明確な戦果を挙げたと評価されている。すなわち、報復空爆の実施、重要条約の停止、新たな軍事ドクトリンの策定という点でパキスタンを上回った。これに対し、パキスタンは同等の成果を得ることができなかった。今後も両国間で緊張が再燃する可能性は否定できない。

【詳細】

 最新の印パ紛争においてどちらが「勝者」となったかという問いに対し、意見が分かれていることを認めつつ、複数の具体的要素を根拠にインドが優位に立ったとする見解を提示している。

 まず、2025年に起きたパーハールガームでのテロ攻撃に対し、インドは軍事的報復を実施した。これにより、パキスタン領内の複数の軍事拠点がインド軍の攻撃対象となり、これらの空爆は迎撃されることなく遂行されたとされる。この事実は、インドが「エスカレーション支配(escalatory dominance)」を確立していたことを示すものとされている。すなわち、インドはパキスタンの軍事的対応能力を上回る行動を取ることに成功したという分析である。

 次に、インドはインダス川水資源条約の履行を一方的に停止した。インダス川水資源条約は、1960年に締結された印パ間の歴史的合意であり、水資源を巡る両国間の対立を回避するための枠組みである。その停止は、両国の関係において重大な意味を持つ。今回の紛争後もこの条約の停止措置は継続されており、たとえ一時的な停戦や「相互理解」が成立していても、インドは条約の再開に応じていない。これは南アジア地域における新たな現実を形作っているとされる。

 さらに、インドは今回の紛争を契機として新たな軍事ドクトリンを正式に導入した。このドクトリンは、パキスタンからのいかなるテロ行為も、国家的な戦争行為と見なし、それに対して報復的な軍事攻撃を行うという内容である。従来、インドはテロ攻撃に対して限定的な対応に留めていたが、この方針転換により、軍事行動の範囲が明確かつ広範なものとなった。

 パキスタン側の対応については、軍事的反撃としてドローンやミサイルを用いてインド領内への攻撃を試みたものの、ロシア製S-400防空システムによって多くが迎撃されたとインド国内では報じられている。一方、インドはロシアと共同開発したブラモス超音速巡航ミサイルを用いて、パキスタンの拠点に対する攻撃を成功させたとされている。これにより、ロシア製兵器の有効性がインド国内で高く評価されている。一方、パキスタン側が主に使用している中国製兵器は、事前の期待を下回る性能しか発揮できなかったとの報道がなされており、これが両国の軍事技術水準の評価に影響を与えている。

 外交面においては、アメリカが両国間の仲介に関与した可能性が指摘されている。報道によれば、アメリカ国務副長官クラスの人物であるヴァンス氏が「憂慮すべき情報」を得た後にインドのナレンドラ・モディ首相に連絡したとされる。この情報とは、パキスタンが核兵器使用の可能性を示唆したものであると推測されている。この背景には、インドによるパキスタン軍拠点への空爆があったとされ、パキスタン側が戦況において劣勢を感じていたことが示唆される。

 また、アメリカ政府は両国の公式会談の場において、パキスタンの意向をインドに伝えた可能性があるが、インド政府はこれを否定している。したがって、正式な「仲裁」ではなく、非公式なメッセージ伝達に留まった可能性が高い。

 加えて、オルタナティブ・メディア(いわゆる「Alt-Media」)の一部では、パキスタンが勝利したとの主張がなされている。特に、「非ロシア系だが親ロシア的」とされる言論人の間では、パキスタン支持の姿勢が顕著である。しかし、これらの言論人はしばしばパレスチナや中国への支持も表明しており、インドがイスラエルと友好関係にあり、中国と対立している点から、思想的一貫性の観点からパキスタン支持に傾いている可能性が指摘されている。

 これに対し、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領とインドのモディ首相は、直近の電話会談において「テロとの妥協なき戦いの必要性」を共同で強調しており、印露関係の中ではインド支持の姿勢がより明確となっている。したがって、Alt-Media内でのパキスタン支持の言説は、ロシア政府の公式方針とは一致しないとされる。

 結論として、記事は「誰が勝者か」という点に関しては意見が分かれているとしながらも、インドが実質的に有利な立場を確保したとする立場をとっている。すなわち、インドは軍事的報復を成功させ、水資源条約を停止し、新たな軍事ドクトリンを採用した。一方、パキスタン側には同等の成果が見られず、また核の可能性に言及したとすれば、それは敗勢を示唆する行動であると位置づけられている。

 なお、記事の末尾では、今回の紛争における経験からパキスタンが教訓を得たかどうかは不明であり、将来的な衝突の再燃も排除できないとの見通しが示されている。


【要点】

 軍事的側面

 ・インドはカシミール地方のパーハールガームにおけるテロ攻撃を受け、パキスタン領内の軍事拠点に対し空爆による報復を実施した。

 ・インドの空爆はパキスタンの迎撃を受けることなく成功し、インド側の「エスカレーション支配(escalatory dominance)」を示した。

 ・パキスタンは報復としてドローンやミサイルによる攻撃を試みたが、インドのロシア製S-400防空システムにより多くが迎撃された。

 ・インドはロシアと共同開発したブラモス超音速巡航ミサイルを使用し、軍事的優位を示した。

 ・パキスタンの主力兵器である中国製システムは期待以下の性能しか発揮できなかったと報じられている。

 戦略・政策面

 ・インドはインダス川水資源条約の履行を停止し、水資源を対パキスタン圧力の手段として利用し始めた。

 ・インドは、パキスタンからのテロを国家的戦争行為とみなし、報復攻撃を正当化する新たな軍事ドクトリンを導入した。

 ・この新ドクトリンにより、今後インドは限定的ではない軍事対応を選択肢とすることになる。

 外交的動向

 ・アメリカ国務副長官級のヴァンス氏がモディ首相に連絡を取り、パキスタンの核兵器使用に関する懸念を伝えた可能性がある。

 ・この接触によりインドは事態の一時的沈静化を受け入れたとされるが、公式にはアメリカの仲裁は否定されている。

 ・ロシアのプーチン大統領とモディ首相は電話会談を行い、テロに対する妥協なき戦いを共有し、インド支持の姿勢を確認した。

 世論・情報戦

 ・一部のオルタナティブ・メディア(Alt-Media)ではパキスタンの勝利が主張されているが、これらは親パレスチナ・親中国的立場からの意見に過ぎないとされる。

 ・ロシアの公式姿勢はインド寄りであり、Alt-Mediaのパキスタン支持はロシアの方針と整合していない。

 ・パキスタンが核の可能性に言及したこと自体が、戦況での劣勢を示唆する行動と受け取られている。

 総括

 ・インドは空爆成功、水資源戦略、軍事ドクトリン転換という三点で優位に立った。

 ・パキスタン側は軍事的・外交的にも同等の成果を得られなかった。

 ・将来的に再び同様の衝突が発生する可能性は否定できず、パキスタンが今回の結果から学ぶかどうかが今後の焦点である。

【桃源寸評】

 アンドリュー・コリブコの記事における「インドはパキスタンの反撃(ドローン・ミサイル攻撃)をS-400で迎撃し、被害を最小化した」という描写は、インド側の優位を強調する構成である。一方、ASIA TIMES(2025年5月9日付)の記事「India loses top fighter jet – bad news for its future air combat」では、異なる視点が提示されているとされ、比較対象として興味深い。

 以下、両者の対比を箇条書きで示す。

 ① インド側防空能力に対する評価の違い
 
 Korybko記事:

 ・パキスタンのミサイル・ドローン攻撃の大部分はインドのS-400システムにより迎撃されたと主張。

 ・ロシア製防空システムの実力とインドの技術的優位を印象づける論調。

 ASIA TIMES記事:

 ・インドが「最上位の戦闘機」を失ったことに言及。

 ・迎撃体制の限界や、航空戦力への打撃の深刻さを強調。

 ・特に今後の空中戦力(future air combat)への悪影響を指摘。

 ② 戦略的帰結に対する評価の違い

 Korybko記事:

 ・インドの新軍事ドクトリン導入やインダス条約停止をもって、インドの「勝利」と断定。

 ・空爆の成功、迎撃成功によってインドがエスカレーション優位にあるとする。

 ASIA TIMES記事:

 ・パキスタンによる反撃(少なくとも一部)はインドの防空を突破した可能性を示唆。

 ・インド空軍の損失がインドの防衛計画や調達戦略に悪影響を与えると指摘。

 ・全体としてインドの脆弱性や戦略的リスクにも言及。

 ③ 報道姿勢・地政学的立場の違い

 Korybko記事(RT系・ロシア寄り分析):

 ・インド=対テロの正当な主体として描写。

 ・ロシア製兵器(S-400、ブラモス)の優秀さを間接的に宣伝。

 ・「非ロシア系親ロシア論者」によるパキスタン支持に対する批判を含む。

 ASIA TIMES記事(シンガポール拠点のアジア系分析):

 ・比較的中立的ながら、中国やパキスタンに対する軍事分析に定評あり。

 ・インドの損失を冷静に取り上げ、楽観視を戒める内容。

 このように、同一事象をめぐる報道でも、立場や意図によって記述の重点が大きく異なる。インドの防空能力が実際にどこまで有効だったか、また航空機損失の戦略的影響がどれほどかについては、両報道を照合し、さらに第三国の独立した軍事報告なども参照する必要がある。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

Who Won The Latest Indo-Pak Conflict? Andrew Korybko's Newsletter 2025.05.11
https://korybko.substack.com/p/who-won-the-latest-indo-pak-conflict?utm_source=post-email-title&publication_id=835783&post_id=163319270&utm_campaign=email-post-title&isFreemail=true&r=2gkj&triedRedirect=true&utm_medium=email