国家間の技術関係:「支配=優位」という単純な図式でない2025年05月29日 21:52

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【概要】

 アメリカが中国に対して半導体設計ソフトウェアの販売を停止するよう、国内企業に指示を出したと「フィナンシャル・タイムズ」が報じた。これは、中国が先端半導体を開発する能力を制限することを目的とした最新の措置である。具体的には、電子設計自動化(EDA)ソフトウェアを提供する米国企業、Cadence(ケイデンス)、Synopsys(シノプシス)、Siemens EDA(シーメンスEDA)などが対象であり、アメリカ商務省の産業安全保障局(BIS)が各社に書簡を通じて通達したとされる。

 この措置に対して、中国の通信業界専門家であるXiang Ligang(シアン・リガン)氏は、「グローバル・タイムズ」の取材に対し、米国が中国に対する技術封じ込めを強化する意図の一環として、産業チェーンの上流に位置するEDAソフトウェアの供給を制限するものであると述べた。しかしながら、このような制限は成功しないばかりか、逆効果をもたらすとの見方を示した。

 Xiang氏によれば、中国企業はこれまで主に効率性の観点から海外の成熟したソフトウェアを使用していたが、これは独自の研究開発能力がないためではないという。今回の供給停止措置は、中国における独自技術の革新を加速させることにつながるとし、アメリカの抑制策はむしろ中国の産業チェーンの自立を促進する「触媒」となる可能性があると指摘した。

 この措置は、アメリカが中国による先端的な人工知能(AI)チップの開発を抑え込もうとする一連の取り組みの一つである。米商務省は最近、いわゆる輸出管理規則違反の疑いを理由に、HuaweiのAscendチップなどを含む先端的な中国製コンピューティングチップに対して国際的な禁輸措置を取るよう指針を発表した。

 これに対して、中国商務部は5月21日、アメリカの措置を「一方的ないじめ行為であり保護主義の典型例である」と非難し、これが世界の半導体産業およびサプライチェーンに深刻な悪影響を及ぼすと「新華社通信」に対して述べた。

 また、中国外交部の報道官である林剣(リン・ジエン)氏は5月16日の定例記者会見において、米商務省の産業安全保障局がHuawei製Ascendチップの使用が輸出管理規則に違反する可能性があると警告した件について、アメリカが国家安全保障の概念を拡大解釈し、輸出管理措置や域外適用を乱用していると非難した。さらに、AIモデルの学習に米国製AIチップを使用することに対して警告を発したことについても、「市場原則に反し、世界の産業および供給チェーンの安定を損ない、中国企業の正当な権益を侵害するものだ」と述べた。

 林氏は、「中国はこれに断固反対し、断じて受け入れない。米国に対し保護主義的行為と一方的ないじめをやめ、中国の技術企業およびAI産業への抑圧を即刻中止するよう求める。中国は自国の発展権および企業の正当な権益を守るため、断固たる措置を講じる」と表明した。

【詳細】 

 2025年5月29日、イギリスの有力紙「フィナンシャル・タイムズ」が報じたところによれば、アメリカ合衆国政府は、自国内の企業に対して、中国の企業への半導体設計用ソフトウェアの販売を停止するよう命じたという。この措置は、中国の先端半導体技術の開発能力を制限することを目的としており、米国による技術的封じ込めの一環である。

 具体的には、電子設計自動化(EDA: Electronic Design Automation)ソフトウェアを開発・提供しているアメリカおよび関連企業、すなわちCadence(ケイデンス)、Synopsys(シノプシス)、およびドイツ企業シーメンス傘下のSiemens EDA(旧Mentor Graphics)に対して、アメリカ商務省の下部機関である産業安全保障局(Bureau of Industry and Security, BIS)が書簡を通じて、対中取引の停止を命じたとされる。

 EDAソフトウェアは、半導体チップの設計に不可欠なツールであり、トランジスタの配置、配線、検証など複雑なプロセスを支援する。これがなければ、高度なチップの設計と生産は事実上不可能であり、特に人工知能(AI)、5G、データセンター、スーパーコンピューティングなどの分野で用いられる先端半導体には不可欠の技術基盤である。

 この措置に対して、中国の通信業界専門家であるXiang Ligang(シアン・リガン)氏は、中国共産党系の英字紙「グローバル・タイムズ」の5月30日付の取材に応じ、以下のように論じている。すなわち、米国がEDAソフトウェアという産業チェーンの上流部分に位置する基幹技術の供給を制限することで、中国の技術発展を妨げようとしていることは明白である。しかしながら、このような措置は逆効果をもたらすというのが同氏の見解である。

 Xiang氏は、中国の企業がこれまで外国製の成熟したソフトウェアを採用してきたのは、単にそれらが効率的であったからであり、中国に独自の研究開発能力が欠如していたからではないと強調する。そのため、米国による供給の遮断は、中国国内での独自開発と技術的自立を一層加速させる触媒となりうる。つまり、米国の意図とは裏腹に、結果として中国の半導体産業全体の自立化が進み、長期的には中国の産業競争力が強化されるという逆説的な展開が起こり得ると指摘している。

 この動きは、アメリカが主導する中国の人工知能(AI)チップ開発抑制政策の一環でもある。最近、米国商務省は「輸出管理規則違反の可能性」を理由として、Huawei(ファーウェイ)製Ascendチップなどの先進的な中国製AI用チップの国際的供給に対する制限を強化する指針を発表した。

 これを受けて、中国商務部は2025年5月21日に声明を発表し、米国によるこの一連の措置を「一方的ないじめ行為」および「保護主義の典型」と非難した。この措置は、国際的な半導体産業および供給チェーン全体を著しく損ない、自由貿易体制を揺るがすものだと主張している。

 さらに、中国外交部の報道官である林剣(リン・ジエン)氏も、2025年5月16日の定例記者会見において、米国が「国家安全保障」の名の下に、輸出規制措置およびいわゆる「長腕管轄」(long-arm jurisdiction)を乱用し、HuaweiのAscendチップの使用について違反の可能性を示唆したこと、さらには中国のAIモデルが米国製AIチップを用いて学習することへの警告を発したことに対し、強く非難した。

 林氏は、「米国の行動は、国際的な市場ルールに反し、グローバルな産業・供給チェーンの安定を破壊し、中国企業の合法的権益を著しく侵害するものである」と述べたうえで、「中国はこれに断固として反対し、断じて受け入れない」と強調した。そして、米国に対して「保護主義的な行動と一方的な技術封鎖を即刻停止」するよう求めるとともに、中国は自国の発展権および企業の正当な権益を守るために「断固たる措置を取る」と明言した。

【要点】 

 米国の措置について

 ・米国政府が国内企業に対し、中国企業への半導体設計用ソフトウェア(EDAソフト)の販売停止を指示。

 ・対象企業はCadence(ケイデンス)、Synopsys(シノプシス)、Siemens EDA(シーメンスEDA)など。

 ・指示は米国商務省の産業安全保障局(BIS)から書簡という形式で通知された。

 ・目的は、中国の先端半導体技術の開発能力を制限し、AIチップ開発を抑制すること。

 EDAソフトウェアの重要性

 ・EDA(Electronic Design Automation)ソフトは、半導体の設計に不可欠なツール。

 ・トランジスタ配置や配線設計、動作検証など高度な設計工程を支援。

 ・高性能AIチップや5Gチップ、スーパーコンピュータ用プロセッサの開発に必須。

 中国専門家の見解(Xiang Ligang氏)

 ・米国の措置は、中国への技術封じ込めを強化しようとする意図を示すもの。

 ・しかし、このような技術制限は逆効果になる可能性があると指摘。

 ・中国企業はこれまで効率性のために海外製EDAソフトを使用してきただけで、独自技術がないわけではない。

 ・米国の制限措置は、中国における技術自立と国産化を加速させる「触媒」となりうる。

 米国による追加措置

 ・米国商務省は、HuaweiのAscendチップを含む中国製先端AIチップの国際供給停止を促す新たな指針を発表。

 ・「輸出管理規則違反の可能性」を根拠に、世界的な禁止措置を試みている。

 中国政府の反応

 ・中国商務部(2025年5月21日発表):

  ⇨ 米国の行動を「一方的ないじめ」と批判。

  ⇨ 国際的な半導体産業と供給網に深刻な悪影響を及ぼすと指摘。

 ・中国外交部・林剣報道官(2025年5月16日記者会見):

  ⇨ 米国が「国家安全保障」を口実に、輸出規制と域外適用を乱用していると非難。

  ⇨ 米国製AIチップによる中国AIモデルの学習制限についても批判。

  ⇨ 「市場原則に反し、グローバル産業・供給チェーンの安定を損ない、中国企業の合法的権益を侵害する」と発言。

  ⇨ 「断固として反対し、断じて受け入れない」と表明。

  ⇨ 米国に対し「保護主義的行為の即時中止」を要求し、「中国は断固たる措置を講じる」と警告。

【桃源寸評】💚
 
 ☞ 米国の地位が相対的に低下している要因

 1.経済的影響力の変化

 ・中国は世界第2位の経済大国としての存在感を増し、特にアジアやアフリカ、ラテンアメリカなど新興市場での投資やインフラ整備を通じて影響力を強化している。

 ・米国は依然として世界最大の経済大国であるが、経済成長率や貿易面で中国との競争が激化している。

 2.外交戦略の差異

 ・中国は「一帯一路」構想など大規模な国際協力プロジェクトを展開し、多くの国々との経済的・外交的結びつきを深めている。

 ・米国は伝統的な同盟関係維持に重きを置きつつも、近年の政策の一貫性の欠如や国内問題が外交面でのリーダーシップに影響を与えている。

 3.国際的な評価の変化

 ・複数の調査で、アメリカのリーダーシップや価値観への支持率が低下している一方、中国の国際的イメージや経済支援に対する評価は向上している。

 4.経済の実態

 ・米国の製造業の空洞化は、1980年代以降顕著となった現象である。多国籍企業は低コストを求めて生産拠点を中国や東南アジアに移転し、国内では工場の閉鎖と雇用の喪失が相次いだ。この過程で製造業のGDP比率は縮小し、2020年代に入っても依然として10%前後に留まっている。かつて米国経済を支えた鉄鋼、自動車、繊維といった基幹産業は、その多くが国内外の競争力を失っている。

 ・これに対し、米国経済の中核はサービス業、特に金融、保険、不動産、IT分野などに移行した。また、消費主導型経済に転じたことで、家計債務や政府債務が膨張し、借金による需要喚起が恒常化している。輸入依存度も高く、貿易赤字は慢性的である。

 ・このような構造は、経済の短期的な成長には資するが、長期的には国家の生産基盤と戦略的自立性を損なう可能性がある。特に半導体、医薬品、エネルギー関連部品などの分野では、供給網の海外依存が国家安全保障上の問題としても認識され始めている。

 ☞ 技術的・構造的に見た「優位」の空洞化

 1.制裁によって米国が実際に得た「技術的独占」は維持困難

 ・技術の拡散速度は制裁よりも速く、中国の設計・製造能力はむしろ制裁を契機に急進展。

 ・2023年以降のHuaweiのKirinチップ復活、SMICの7nm製造、2nm着手などは象徴的事例。

 2.「同盟国との連携」も米主導一辺倒ではない

 ・日本・オランダなどは自国産業の損失リスクと米国の要求の狭間で「選択的協力」にシフト。

 ・特にASMLなどは、中国を失うことによる事業リスクを警戒し、実質的な限定的協力に留める姿勢も見られる。

 3.「国家安全保障」の名目による正当化

 ・米国政府はしばしば国家安全保障を名目として輸出規制や制裁を発動。

 ・しかし、その定義や対象範囲が政治的に拡張されており、本質的には経済競争の手段となっているとの批判が国際的にも存在。

 ☞ 政治的要素としての「制裁の演出性」

 1.対国内:産業政策の失敗を隠蔽

 ・米国内の半導体製造基盤(製造人材、インフラ)は依然として脆弱。

 ・Intelなどの遅延・不振を覆い隠すために「外敵の封じ込め」という分かりやすい構図を強調。

 2.対外的:影響力の誇示

 ・実際の抑止効果が限定的でも、「米国が制裁に動いた」という事実自体が外交的メッセージとして使われる。

 ・これは実効性というより、外交・経済カードとしての「威圧戦術」に近い。

 3.米中経済の共依存構造の中での矛盾

 ・米企業(Apple、Qualcomm、NVIDIAなど)は依然として中国市場に深く依存。

 ・制裁の強化が同時に自国企業の売上・株価に打撃を与えるという構造的ジレンマを内包。

 総括

 ・制裁は「実効的優位の確立」ではなく「戦略的演出」の側面が強い

 ・したがって、「米国が優位に立てる訳は無く、ただの政治的誤魔化しである」

 ・政治的意図と実質的効果の乖離という視点から極めて妥当な分析と言える。

 実際、現在の動向を見る限り、米国の対中制裁は「真の主導権確保」よりも「一時的遅延と政治的演出」に近い性格を持っている。

 ☞ 中国の専門家の指摘は、「中国が外国製のEDAソフトウェアを使ってきたのは、技術的に依存していたからではなく、単に効率性や実用性の面で優れていたからに過ぎない」という点を強調している。

 この言葉の重みと含意

 1.技術依存≠技術力不足ではない

 ・多くの国や企業が効率性や市場の成熟度を理由に、最適な外国技術を採用するのは当然の合理的選択。

 ・依存というレッテルを貼り、一方的な制裁や規制でそれを断ち切っても、必ずしも技術的優位を奪えるわけではない。

 2.中国の独自研究開発力は存在し、着実に伸びている

 ・制裁によって追い込まれるほど、内製化や自前開発の強化が加速する。

 ・実際、中国はEDAソフトや半導体製造技術の国産化を国家戦略として大規模投資し、短期間で成果を出しつつある。

 3.米国の規制戦略の根本的な誤解

 ・米国が「中国の技術力不足」に基づく封じ込めを前提に制裁している場合、その前提自体が揺らいでいる。

 ・規制が「技術的脅威」としてではなく「経済的・政治的競争手段」としての性格を持つことを示唆。

 総括

 ・米国は、この専門家の言葉が示す「効率的な技術利用は各国の成長に不可欠であり、単純な封じ込めでは技術的優位は保てない」という事実を深く認識すべきである。

 ・その認識の欠如が、長期的に見て米国の対中技術政策の限界を生み出していると言える。

 ・中国の専門家が語る「効率性ゆえの外国技術利用」は、国際的相互依存の中での合理的な選択である。

 ・それを「依存」と誤解し制裁に走ることは、政策的な逆効果や国際的孤立を生む可能性がある。

 ・したがって、国家間の技術関係は「支配=優位」という単純な図式でなく、柔軟な選択と相互依存の中での戦略的立ち位置の設計が問われている。

 ・この点が、国際関係と経済戦略において極めて重要な示唆を与える本質である。

【寸評 完】

【引用・参照・底本】

US reportedly orders halt on chip software sales to China, a move may backfire and accelerate China’s domestic innovation: expert GT 2025.05.29
https://www.globaltimes.cn/page/202505/1335065.shtml

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